特集2 こんな時どうする? 終末期の輸液&鎮静 ケースで考える! 終末期の輸液① 輸液をしないと命が縮まると 輸液の減量を家族が拒否するケース 困ったらガイドラインの目次をじっくり眺めてみる。 ● 予後を推定し,治療の目標を話し合う。 ● 合意に至らなくても,説得するのではなく妥協案も考慮する。 ● 坂本雅樹 名古屋徳洲会総合病院 外科・緩和ケア外科 部長 1997年名古屋市立大学卒業,同第一外科入局,2004年名古屋市立大学消化器外科助手,2009年名古屋市 立大学病院緩和ケア部病院講師,2013年4月名古屋徳洲会総合病院外科医長,2014年4月から現職。外科 専門医,消化器外科指導医,内視鏡外科技術認定医,消化器内視鏡専門医,日本緩和医療学会暫定指導医・ 代議員,日本サイコオンコロジー学会認定ファシリテーター・代議員。 がん終末期には,輸液による利益よりも, されていた。患者もこれ以上つらい治療を 輸液によって患者にかえって苦痛を与えてし 受けたくないと思い,苦痛なく穏やかに療 まう不利益が上回る時があり,医療者は輸液 養することを希望して,当院の緩和ケア病 の減量・中止を考えます。しかし,往々にして 棟へ転院してきた。呼吸困難と右胸部痛に 患者・家族の抵抗に遭います。これは,日本で 対して塩酸モルヒネ持続皮下注20mg/日 は輸液療法は基本的な医療として広く一般に受 が投与され,呼吸困難と疼痛は緩和されて け入れられていて,輸液をしないという選択 い た。 病 状 の 進 行 と 共 に 倦 怠 感 の 増 強, 肢が考えにくくなっているからでしょうか。 ADLの低下が見られ,現在は終日ベッド がん終末期の輸液についてはさまざまな成 上臥床で傾眠状態(PS4)である。食思 書に取り上げられていますが,いろいろと読 不振があり,水分が少量摂取できる程度 みかじりして悩むより,まずは『終末期がん だったため,維持輸液が1,000mL/日投 患者の輸液療法に関するガイドライン』(以 与されていた。徐々に下肢の浮腫は増強 下,ガイドライン)をじっくりと噛み砕いて し,痰も増えて頻回の吸引を必要とし,患 理解する方がよいと思います。 者は吸引のたびに苦しそうにしていた。主 本稿では,ある臨床例を挙げ,ガイドライ 治医は輸液の減量を家族に提案したが, ンのどこを参照してどのように対応するか考 えてみましょう。 症例1~60代,男性,右肺がん 58 「水分も飲めなくなっているのに,点滴を 減らしたら命が縮まってしまうのではない ですか」と輸液の減量に反対した。 このような場面では,何が問題でしょう 大学病院で抗がん剤治療を受けていたが か。多くの場合は,次のように考えられます。 いずれも無効で,積極的治療は限界と判断 ・家族が輸液の利益,不利益について知らな オンコロジーナース Vol.9 No.1 い,もしくは正しく理解できていない。 ・患者の状態を家族が理解できていない。 ・家族の不安が強く,何に対する不安かよく 分かっていない。 最初は,ガイドラインにある「終末期がん 患者に対する輸液療法の概念的枠組み」(図 1)に沿って考えてみましょう。 Step1 全般的な治療の目標の設定 現在,患者は傾眠傾向なので輸液に関する 図1 終末期がん患者に対する 輸液療法の概念的枠組み [全般的な治療の目標の設定] 患者の価値観に照らして,全般的な治療の 目標を明確にする [選択肢の包括的な比較検討] 1)輸液による治療目標への影響を評価する 身体的苦痛への影響(脱水による苦痛と 体液貯留による苦痛のバランス) 生命予後への影響 精神面(希望など) ・生活への影響 2)倫理的・法的妥当性 意向を確認することは困難ですが,以前に 「苦痛なく穏やかに療養することを希望して」 いたので,苦痛がないことが優先されます。 Step2 選択肢の包括的な比較検討 終末期の治療・ケアを考える時に,ある程 度の予後予測は欠かせません。予後予測の ツ ー ル と し て はPalliative Prognostic Index (PPI) (P.68の表参照)が代表的です。PPIは 予後3週間未満を推定するためのツールであ り,さらに短い予後予測は図2のような報告 を参考にするとよいでしょう。この症例では PPIは7.5になり,予後3週間未満の可能性が を考慮すると残された時間は数日以内ではない でしょうか。痛みと呼吸困難についてはモルヒ ネの投与で緩和されています。浮腫があります が,直接患者の苦痛にはつながっていないよう です。痰は多く頻回の気道吸引が必要であり, 患者の苦痛は大きいようで,スタッフもつら い思いをしてケアしているでしょう。経口摂 取ができない患者に対する通常の輸液より少 ない量の輸液が行われていますが,浮腫や痰 が増加しており,体液貯留徴候は明らかです。 この状態を念頭にガイドラインを参照してみ ると,次のように述べられており,患者の現在 の苦痛は輸液の減量により緩和できそうです。 [定期的な評価と修正] 治療によって生じる効果を定期的に評価し 修正する 日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編:終末期がん患者の 輸液療法に関するガイドライン 2013年版,P.67,金原出版,2013. 図2 日常生活動作の障害の出現からの 生存期間(206例) (%) 100 75 累積頻度 高いですが,傾眠,経口摂取困難についてなど [治療の実施] 患者・家族と相談し,治療を実施する 50 排便 25 移動 食事 0 ∼ 15 排尿 水分摂取 10 生存期間 5 会話 応答 0(日) 死亡 恒藤暁:最新緩和医療学,P.20,最新医学社,1999. 【臨床疑問6】輸液の減量は気道分泌に よる苦痛を軽減するか? 【推奨6】生命予後が数日と考えられる, 気道分泌による苦痛のある終末期がん 患者に対して,輸液を行っている場 オンコロジーナース Vol.9 No.1 59 合,気道分泌による苦痛の軽減を目的 に関する希望が不明確な場合,家族の として,輸液量を500mL/日以下に 希望に従って,輸液を行う・行わない 減量または中止することを推奨する。 (減量,中止する)ことは倫理的に許 (1C:強い推奨,とても低いエビデン スレベル) 1) しかし,家族は「輸液の減量で命が縮む」 と思い輸液の減量を拒否しています。患者・ 家族の多くが,輸液をしないと十分な栄養補 給ができない,輸液の中止は死期を早めると 考えていることが報告されています2)。輸液 と予後の関係についてガイドラインを参照す ると,次のように述べられています。 【臨床疑問12】輸液は臓器不全のある終 末期がん患者の生命予後を延長するか? 【推奨26-2】家族の希望が,医療者が 判断する患者の最善と一致しないとき, ①患者の人となりの理解に基づく,輸液 についての希望を推定し,家族の希望 が,十分な理解を伴うものであるか, そして医療者の判断が患者の事情を理 解したうえで個別化したものになって いるかどうかを確認し,それらを改善 する過程で不一致を解消することがで きないか探る。 ②不一致が解消できない場合, 【推奨12-2】不可逆性の呼吸不全のた (1)家族の希望は十分受け止めて,今 めに生命予後が1週間以下と考えられ 後も医療者としてよく考えたいこと, る終末期がん患者に対して,生命予後 (2)さしあたって最も妥当と思われる の延長を目標とした輸液を行わないこ 方法をとり,今後も話し合いを進め とを推奨する。 (1C:強い推奨,とて て,家族の希望に適った選択をする可 も低いエビデンスレベル)3) 能性を探っていくことを暫定的な対処 本症例に当てはめて考えみても,輸液に として提案する4)。 よってこの患者の予後は改善しないことが分 医療チームと患者・家族が常に一緒に話し かります。 合っていくことが重要で,その結果であれば では,家族が抱える不安にはどのように対 倫理的に許されるようです。 応すればよいでしょうか。ガイドラインにも Step3 治療の実施 丁寧に解説があり,本稿の一番のポイントだ 以上のことを参考に,医療チーム,家族と と思います(表) 。患者・家族の思いをくみ 相談してみましょう。 取り,一緒に考えていくことが重要です。 ・患者が「苦痛なく穏やかに療養したい」と 輸液の中止は倫理的にも悩みますが,その 言っていたことは家族も理解しており,治 点にもガイドラインは触れています。 療の目標は「苦痛なく過ごせること」で一 【臨床疑問26】患者に意思決定能力がな く,以前の意思表示などもなく,輸液 60 されるか? オンコロジーナース Vol.9 No.1 致した。 ・患 者の予後は数日であることを説明する と,家族は驚きを隠せなかったが,徐々に 表 家族が抱える不安への対応のポイント 【臨床疑問13】患者・家族が輸液を行う・行わない・中止することに関して感じる不安への適 切なケアは何か? 【推奨13】 ①患者・家族へのケア ●評価 不安の程度や内容を把握する。 患者・家族の病状認識,輸液・栄養・食事に関する知識,経験,信念,希望を把握する。 患者の経口摂取状況や,身体症状(口渇,嘔気・嘔吐,痛み,せん妄など)を把握する。 ●身体的ケア・実際的ケア 不安を助長する身体的苦痛を緩和する 例) 口渇に対する口腔ケア 嘔気・嘔吐に対する適切な制吐薬の使用や食事の工夫 においに対する配慮 室内の換気 体位・排痰・呼吸法の工夫 気分転換やリラクセーション法,倦怠感に対するマッサージや四肢の他動運動,下肢浮腫に対する 足浴やマッサージ,腹水による腹部膨満感に対する温罨法やマッサージ,皮膚乾燥に対する保湿ク リームによるマッサージ など ●精神的ケア・コミュニケーション 栄養・水分摂取に関する不安の表出を受けとめ,気遣いを示す。 不安を助長するような輸液に関する誤解を解く。 輸液の目的,利益・不利益について,患者・家族に説明する。 患者の意思を尊重することを患者・家族に保証する。 ②医療チームの対応 患者・家族が栄養・水分摂取に関して不安を抱えているという認識を,医療チームが共有する。 輸液の内容や方法,必要性を再検討する。 日本緩和医療学会緩和医療ガイドライン作成委員会編:終末期がん患者の輸液療法に関するガイドライン 2013年版,P.106 ∼ 108, 金原出版,2013.より一部抜粋 状態が悪くなっていく患者を見ていて,そ 族が抱える何かの思いがあるのかもしれませ んなに長くないのだろうと思っていたとの ん。家族には患者を大切に思うがために,患 ことだった。 者に何かしてあげたいという気持ちがあり, ・家族が心配と言っている生命予後に対して それが「輸液」という形をとっていることを は輸液の利益はなさそうで,輸液をするこ 多く見受けます。家族の思いを十分にくみ取 とで痰が増強しているという不利益の方が り,家族にケアに参加していただくなど,家 上回るであろうことを家族に説明した。家 族が患者のために何ができるかを提案してく 族は,残された時間が短そうであれば,苦 ださい。 痛緩和を優先にしてほしいと希望した。 頭では理解できても,心情的に輸液の減量 ・輸 液を500mL/日に減量したところ痰は に賛成できないということは意外に多いと思 著明に減少し,ブチルスコポラミン臭化物 われます。そういう場合は,家族の気持ちに を併用することで痰の吸引は不要となり, 寄り添いつつ,医学的によいと思われる方法 3日後に穏やかな表情で亡くなられた。 を暫定的に行うこと,効果がはっきりしない このように,家族が話し合いの内容を理解 時はいつでも元の輸液に戻すということを丁 すれば,輸液の減量ができそうです。それで 寧に提案してみてください。多くの場合は, も家族が輸液の減量を拒否する場合には,家 輸液の減量により痰や浮腫は減少するので, ➡続きは本誌をご覧ください オンコロジーナース Vol.9 No.1 61
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