DSM とCMM を用いた地域イノベーション活動のつながり可視化・構造化

DSM と CMM を用いた地域イノベーション活動のつながり可視化・構造化モデルの提案
○保井俊之(慶應義塾大学)
・坂倉杏介(東京都市大学)・林亮太郎(慶應義塾大学)
・前野隆司(慶應義塾大学)
Keyword:Design Structure Matrix, Capability Maturity Model, 地域イノベーション
【問題・目的・背景】
【研究方法・研究内容】
本報告は、地域イノベーションの活動を行う NPO 等に
最初に、地域イノベーション活動を行う団体の人的ネ
参加するメンバーの多様な活動の関係性に着目し、システ
ットワークとそのネットワークの質の分析に用いる
ムズ・エンジニアリングの手法を用い、地域イノベーショ
DSM-CMM モデルを構築した。
ン活動のつながりを可視化及び構造化するモデルを提案す
ることを目的としている。
2010 年代に入り、地域活性化活動に対する活動参加者個
DSM はシステムのネットワーク構造の可視化に、
CMM はシステムの成熟度を計測するのに、それぞれ優
れている。地域イノベーションを行う組織の多くは、地
人の心的コミットメントに着目し、地域活性化活動におけ
域の社会経済的エコシステムのハブとして活動しており、
る彼らの自己実現と関係性構築こそが内発的な地域活性化
そのシステムを構成する要素である参加メンバーが織り
の主要な原動力である、と分析する研究群が萌芽している
なすネットワーク構造とそのシステムとしての成熟度を
(坂倉杏介ら 2013, 前野マドカら 2014)。
可視化・定量化するためには、DSM と CMM を一体的
また同時期に地域活性化の課題解決並びにそのための政
策導出について、地域の経済社会構造を社会システムと捉
に用い、DSM-CMM モデルとして地域イノベーション分
析に用いることが適当であるからである。
え、システムズ・エンジニアリングの方法論を用いて可視
DSM は、システムを構成する要素とそれらの相互作用
化・構造化し、分析を行う学術的流れが拡大している(津々
を表現するシステムズ・エンジニアリングのネットワー
木晶子ら 2011, Yasui et al. 2015)。
クモデリングツールであり、製品や組織のアーキテクチ
本報告は、地域活性化論で近年台頭しつつあるこれら二
ャを、N×N マトリクスという簡素かつ直感的に関係性
つの学術的潮流を踏まえ、地域活性化活動を行う団体メン
が可視化することに優れている。本研究では地域イノベ
バーの関係構築の可視化・構造化について、システムの要
ーション団体の主要構成要素は地域のステークホルダー
素とその相互作用をマトリクスで表現するモデリングツー
である団体の参加者であることに着目し、イノベーショ
ルである Design Structure Matrix (DSM) (Eppinger and
ン団体の参加者を構成するメンバーを要素とする DSM
Browning 2012)、並びにシステム開発を行う組織の成熟度
をモデリングした。
を評価するツールである Capability Maturity Model
また CMM については、システムズ・エンジニアリン
(CMM) (Chrissis, Konrad, Shrum 2007) を 用 い て
グの製品とサービス開発のためのプロセス改善成熟度モ
DSM-CMM モデルを構築し、地域活動における主要ステ
デルであり、米国の国防総省がカーネギーメロン大学に
ークホルダー間のつながりの分析を行うものである。
設置したソフトウェア工学研究所で初案が考案された、
筆者らはこれまで、地域イノベーション活動を行う団体
システム開発と保守の統合的な知識体系である。
メンバーの地域における自己実現と関係性獲得に注目し、
「共同行為における自己実現の段階モデル」(坂倉杏介ら
本研究では、地域活性化の活動に関与する主要ステー
2013, 2015a, 2015b)による地域活性化モデルを研究して
クホルダーから構成される地域イノベーション団体に適
きたが、本研究では DSM 及び CMM という、システムズ・
用できるよう、主要ステークホルダー間のソーシャルネ
エンジニアリングに根ざし、定量化・構造化により適した
ットワークを、システム要素を人とする N×N マトリク
モデルに拡張してモデル構築を行う。
スに置換した。
次にインタビューにより、DSM の要素間のインプット
及びアウトプットを数値化した。さらに数値化に当たり、
1
成熟化のレベルを地域活動への関与度に適用する形で拡
間の関係性を定量化した DSM-CMM を図 2 に示す。つ
張した CMI を適用した。
き合いの頻度は五段階で調査されたが、関係性をより明
こ の よ う に 構 築 した 地 域 活 性化 分 析 の た め の
DSM-CMM モデルの有効性を検証するため、東京都心の
確に表現するために、高頻度と低頻度の二段階の成熟度
に再分類した。
地域イノベーションの成功例である「芝の家」(坂倉杏介
次に、高頻度と低頻度の二段階の成熟度に再分類した
ら 2013)を事例として、
地域イノベーション分析のための
「芝の家」の DSM-CMM モデルを二度クラスタリング
DSM-CMM モデルのプロトタイプを作成し、団体内の主
し、最適化を図った。二度のクラスタリングにより、
要ステークホルダー間の関係性の可視化・構造化を行っ
DSM-CMM モデルの N×N マトリクスの人的配置は大
た。さらに、DSM の主要機能であるクラスタリングを行
きく変わり、
「芝の家」の参加メンバーの活動配置につい
い、団体内の人的配置の最適化を図った。
て、さらなる工夫のポテンシャルが高いことが示された。
クラスタリングとは、DSM においてシステムアーキテ
クチャとしての機能を最適化するため、要素間の関係性
がもっとも効率的に作用するよう、要素の再配置を N×
N マトリクスの上で行うものである。
【研究・調査・分析結果】
本研究により、地域イノベーションの分析のための
DSM-CMM モデルが構築された。
「芝の家」を創設以来
定点観測しているレビューアーがエスノグラフィの結果
作成した DSM-CMM のプロトタイプを、図 1 に示す。
(図 2) 自発的つきあいの頻度による
芝の家の DSM-CMM プロトタイプ
(図 1) DSM-CMM プロトタイプ
さらにモデルをより簡素に適用するため、同じ「芝の
家」の事例で、参加メンバー間の地域イノベーション活
動のための社会的連携の頻度、すなわち活動のための自
発的つきあいの頻度のみをエスノグラフィによって反映
された DSM-CMM を作成した。
メンバー間の自発的つきあいの頻度によってメンバー
(図 3) 自発的つきあいの頻度による
芝の家の DSM-CMM プロトタイプ (1 回クラスタリング)
2
【引用・参考文献】

Chrissis, M.B., Konrad, M., Shrum, S., 2007,
CMMI: Guidelines for Process Integration and
Product Improvement, 2nd Edition, New York:
Pearson Education, Inc.

Eppinger, S.D. and Browning, T.R. 2012, Design
Structure Matrix Methods and Applications,
Boston, MI: The MIT Press.

(図 4) 自発的つきあいの頻度による
Yasui, Toshiyuki, Seiko Shirasaka, Takashi
Maeno,
芝の家の DSM-CMM プロトタイプ (2 回クラスタリング)
2014,
Infrastructures
Analysis:
The
Designing
by
Critical
Participatory
Case
of
Policy
Systems
Fukushima’s
Reconstruction, International Journal of Critical
【考察・今後の展開】
Infrastructures, Vol.10 Nos.3/4, 2014, pp.334-346.
本研究は、地域のイノベーション活動団体の人的ネッ
トワークの可視化・構造化が、DSM-CMM としてモデル

坂倉杏介, 保井俊之, 白坂成功, 前野隆司, 2013,
化することで実現できることを示した。さらに、
「共同行為における自己実現の段階モデル」による
DSM-CMM モデルはそのツールが持つ特性により、地域
「地域の居場所」の来場者の行動分析: 東京都港区
のステークホルダー間の関係性の可視化・構造化につい
「芝の家」を事例に,
てモデルの有効性を示した。
pp.23-40.
地域活性研究, Vol.4,
さらに、DSM-CMM のプロトタイプを構築し、実際に
地域イノベーション活動の成功例として知られる「芝の

坂倉杏介, 保井俊之, 白坂成功, 前野隆司, 2015a,
家」の事例に適用することで、クラスタリングによる人
「共同行為における自己実現の段階モデル」を用い
的配置の最適化の提案などに同モデルが活用できること
た協創型地域づくり拠点の参加者の意識と行動変化
を示した。
の 分 析 , 地 域 活 性 研 究 , Vol. 6, web 掲 載
筆者らは今後、地域活性化の先進事例に DSM-CMM
www.hosei-web.jp/chiiki/sale/ron2015.html (最終
アクセス 2015 年 6 月 17 日)
モデルをさらに適用し、先進事例に共通にみられるマト
リクス上の関係性の分布を分析していく。このことによ
り、地域イノベーションの成功要因となる関係性のディ
シプリンを帰納的に抽出することを予定している。

坂倉杏介, 西村勇哉, 真木まどか, 早田吉伸, 前野
隆司, 保井俊之, 2015b, NPO 法人「ミラツク」の超
域型場づくりフレームワークによる地域活性化の特
徴分析: 場づくりの比較分析や共同行為における自
己実現の段階モデル分析を通じて, 地域活性研究,
Vol.
6,
web
載
,
www.hosei-web.jp/chiiki/sale/ron2015.html
(最
掲
終アクセス 2015 年 6 月 17 日)
3

津々木晶子, 保井俊之, 白坂成功, 神武直彦, 2011,
システムズ・アプローチによる住民選好の数量化・
見える化: 中心市街地の新しい政策創出の方法論,
関東都市学会年報, 第 13 号, pp.110-116.

前野マドカ, 加藤せい子, 保井俊之, 前野隆司,
2014, 主観的幸福の 4 因子モデルに基づく人と地域
の活性化分析: NPO 法人「吉備野工房ちみち」のみ
ち く さ 小 道 を 事 例 に , 地 域 活 性 研 究 , Vol.5,
pp.41-50.
4