留保利益課税の提案 - 醍醐聰のブログ

留保利益課税の提案
醍醐
聰
下記の表を見ると、この 15 年間に、企業の経常利益は大幅な増勢を持続したにもかかわら
ず、有形固定資産(設備投資の現在高高)は ⒓ポイント(55 兆円)減少、従業員数、従業員給
与とも減少している。その一方で、現金預金残高が 41 兆円(32 ポイント)増加し、留保利益
は 165 兆円(93 ポイント)も増加している。ここから言えるのは、業績は顕著に上昇したにも
かかわらず、良好な設備投資の機会がないため、税引き後利益の多くを内部留保に回わし、一
部を現金・預金として保有しているというわが国企業の実態である。これほど留保利益が積み
あがった要因は何か?
大きくは 3 つを挙げられる。
法人企業(金融・保険業を除く全規模)の経営状況等の推移
単位:兆円
2000 年度
2010 年度
2015 年度
法人税率(国+地方)
40.87%
34.62%
32.11%
現金預金
128
138
169
有形固定資産
303
263
248
経常利益
9.1
13.3
20.3
利益剰余金
178
277
343
従業員給与
32
29
28
従業員数(万人)
3,148
3,521
3,213
35.6%
29.7%
28.3%
22.3%
20.5%
18.9%
18.6%
23.0%
29.4%
※『法人企業統計調査』各年度第 1 四半期末、財務省資料より作成
1 つは、この間、法人税率が大幅に引き下げられ、税引き後利益が膨らむ制度的環境が作ら
れたという点である。経常利益が急増した中で法人税率が引き下げられれば税引き後利益が膨
らむのは当然である。
ただし、法人税率引き下げ=法人税負担の減少=税収減となるのは自明ではない。1995 年か
ら 2013 年にかけてイギリスでは法人税率が 9.0%ポイント引き下げられたが法人税収は 4.8%
ポ イ ン ト 増 加 し た 。 ド イ ツ で も 法人 税率 が 24.90% ポ イ ン ト も 引 き 下 げ ら れた が 法 人 税 収 は
5.6%ポイント増加した。その理由は経済成長による自然増収もあ ったが、税率引き下げとセッ
トで課税ベースの拡大が実施されたからである。ところが、日本ではこの間、経済成長の低迷
による欠損法人の増加、研究開発の税額控除といった税の特典が拡大され、課税ベースの 拡大
が図られなかった結果、法人税率の引き下げが法人税収の減少につながったのである。このこ
とは政府や経済界が法人税率引き下げの大義名分に掲げてきた経済の好循環効果が空疎なもの
であったことを意味している。
第 2 の要因は、労働分配の低さである。この間、従業員の(定昇と区別される)ベースアッ
プの抑制、低賃金の非正規雇用の急増など によって、広い意味の労働分配が抑制された。その
結果、企業業績が急上昇しても従業員給与総額は絶対額でも減少した。そうなると、法人税率
や課税ベースが一定としても営業費用の一部である人件費が減少した分だけ、税引き前利益は
増加し、配当等の社外分配を所与とすると留保利益はおのずと増加する。こうした企業業績と
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の対比で見た労働分配の低さが家計の可処分所得を減らし、国内消費の低迷に拍車をかけたこ
とは明らかである。
第 3 の要因は、時系列でも国際比較でも企業の社会保険料負担が著しく低下し、それが企業
の税引き前利益、引いては留保 利益を押し上げたという点である。国立社会保障・人口問題研
究所がまとめた社会保障財源の項目別割合の推移を見ると、事業主負担の割合は 1960 年当時、
41.7%、2000 年では 31.8%だったのが、 2010 年には 25.7%、2013 年には 23.5%へと急低下
している。その最大の理由は、本来なら職場の社会保険に加入すべき若年労働者の多くが非正
規雇用のために市町村の国保に流れたという事情がある。こうした応能負担力の乏しい低賃金
労働者の加入が増加した結果、市町村国保が深刻な財政難に陥っていることは周知のとおりで
ある。
さる 11 月 26 日の『毎日新聞』に「内部留保に課税論 」という見出しの記事が掲載され、政
府・与党の一部に設備投資や賃上げへの活用がままならない企業の内部留保に課税すべきとの
議論が出ていることを紹介した。しかし、この記事でも甘利経済再生担当相の意見として紹介
されているように、法人税を払った後の利益に課税するのは二重課税だとの意見が出るのが常
である。そこで立ちすくんでよいのか?
のか?
形式論に拘泥せず、言葉の実質的意味で二重課税な
論点は 2 つある。
1 つは、留保利益の使途である。法人税減税の大義名分とされてきたマ クロ経済に好循環を
もたらすような設備投資や労働分配が果たされて来たのかである。事実がその逆であったこと
は上で立証した通りである。
米国では、閉鎖会社か公開会社かを問わず、事業の拡張計画など「合理的必要性を超えた留保
金」に対して 20%の税率で賦課税を課す「留保金課税」( Accumulated earnings tax)が採用
されている。韓国でも 2014 年の税法改正案で当期純利益から投資、賃金、配当に充てられる
金額が一定基準以下であれば不足分に対して 10%の税率で追加課税する「企業所得還流税制」
を導入することが決められた。韓米いずれにおいても、内部留保の実態を問題視し、形式的な
「二重課税」を考慮した形跡はない。
わが国にも配当課税の延期を意図した過剰な内部留保が起こりがちな一定の同族会社に対し
て留保金課税制度が採用されている。これについては、
「大規模法人が『事業のための合理的必
要性』もなく塩漬けにしている内部(金)に対してこそ課税すべきである」
(石村耕治「法人留
保金課税制度の日米比較」『白鴎大学法科大学院紀要』 2013 年 12 月、118~119 ぺージ)とい
う意見がある。同感である。
二重課税論に対するもう一つの反論 は留保利益が膨らんだ因果に照らしてである。すでに指
摘したように、企業の留保利益が急増したのは、 ①課税要因(税率、課税ベース)とともに、
②企業の労働分配の抑制、社会保険料負担の減少といった税引き前の増益要因がある。 ①の結
果、表で示したように国税収入に占める法人税収入は、2000 年以降、急減し、逆進性が強い消
費税収がそれに代替するという構造が定着してしまった。また、企業の社会保険料負担の減少
は非正規雇用の増加、市町村国保への移動という形で家計や地方公共団体(の住民)に多大な
負担を転嫁してきたことと表裏の関係にあるは否定できない。
こうした法人税減税・減収の負の連鎖を想起すると、留保利益課税は同じ利益への二重課税
ではなく、過去に適正に課税されず、他の経済セクターの犠牲の上に過剰に留保された利益の
累計に対する追徴税とみなすことができる。そのような留保利益は、一部好業績企業で賃上げ
に回すにとどまらず よりも留保利益課税を通じて国庫に還流させ、社会保障等の財源として社
会全体に再分配する方が、過去の不公正な課税を矯正するのにかなうとともに国の財源確保、
経済の好循環にも資するのである。
筆者の試算では、①条理のない法人税減税を中止し、法人税率を 2014 年のベースに戻すこ
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とによって 2.8 兆円の税収を温存できる。また、②資本金 1 億円超の企業が保有する留保利益
課税に 2%の付加税を課すことによって当面 5.4 兆円の税収を確保できる。それによって正味
で約 4 兆円弱の税収が見込まれる消費税の 10%への引き上げは不要となる。
(だいご さとし・会計学・東京大学名誉教授)
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