留学生受け入れの現状と課題: 先進大学としての振り返り

内なる
グローバル化
留学生受け入れの現状と課題:
先進大学としての振り返り
立命館アジア太平洋大学
教授・入学部 部長
こんどう
ゆういち
近藤 祐一
1. APU の受け入れの現状
いる。海外での APU のブランドがある程度
立命館アジア太平洋大学(APU)は 2000
浸透してきており、2016 年 5 月の文部科学
年大分県別府市に県・市の協力の下に開学し
省への報告時には国際生の比率が 50%を超
た。開学時の設計から国際的な大学教育を目
えることが見込まれている。
指し、3 項目から成る「50 の目標」を立てた。
APU の教育の根源は国際生と国内生の協働
学生の 50%は最低 50 ヵ国・地域から招き、教
であり、開学準備時からかなりのリソースをか
員の 50%も外国籍の教員とし、多文化教育環
けて受け入れシステムを構築し、
運用してきた。
境を構築するという当時としては画期的な構
入学担当の部署では国内入試とほぼ同数の職
想であった。そのために授業料減免制度、合
員が国際入試に関わっている。また海外での
格通知送付時に授業料減免額の提示、入学前
「事務所(国により設置方法が違う)
」を現在
に日本語の要件を課さない、全ての授業を英
7 ヵ所設置している。入試は書類審査と面接に
語と日本語で開講、初年次国際生(APU では
より行っている。国際生は授業言語を日本語ま
留学生とは呼ばない)全員を学内宿舎収容、
たは英語から選択するが、入学生の多くは英
キャンパス全体での日英 2 言語サービス等の
語による入学で、入学後に集中日本語教育を
諸策を実施した。現在ではどの 50 も達成して
卒業要件の一部として履修する。受験生には
おり、2014 年に選出されたスーパーグローバ
合否情報とともに学費減免額の通知と、キャン
ル大学創成支援においては新たに四つの 100
パス内の宿舎への入寮許可が送付される。
を目指し、
大学のさらなる国際化を図っている。
さらに事務所設置国を中心に大学説明会、
APU の留学生受け入れ状況であるが 2015
入学手続き説明会を行うとともに「ドブ板営
年 11 月 1 日現在、APU の総学生数は 5,959
業」も行っており、筆者も入学部長として多
人であり、
国際生が 2,916 人(約 49%)となっ
い時で年に 50 校程度を訪問、3 千人以上の
ている。この中で学士号取得課程在籍国際生
高校生に直接 APU の魅力を訴えている。ま
は 2,664 人である。近年、学生に多様性のあ
た開学以来 135 ヵ国・地域から学生を受け入
る教育を提供するために、入試戦略として東
れており、力強いサポーターとして現地広報
アジアではなく、他の地域(例えば ASEAN
に卒業生の協力を得ている。
諸国出身 1,118 人)において積極的に学生募
集を行い、
次のターゲットとして南アジア(現
在 233 人)
、およびアフリカで展開を行って
22 日本貿易会 月報
2. APU の受け入れの課題
円高や東日本大震災、数々の世界的な危機
留学生受け入れの現状と課題:先進大学としての振り返り
を乗り越えながら国際生募集を行ってきた
ダードの導入など、これまでの大学の教育に関
が、幾つか大きな課題もある。第一に国内大
する概念を突き破る改革が求められている。こ
学との海外での国際生獲得競争であり、さら
れにはコストと時間との競争ではあるが、5 年
に海外の大学との競争である。多くの国内の
以内には成果を挙げることが期待されている。
大学は大学院生募集が主であり、競合はない
が、幾つかの国内大学で学部での国際プログ
3. これからの施策
ラム展開が進んでおり、シビアな競争が起き
APU のこれまでの経験から国際生の受け入
ている。これよりも脅威なのが、欧米、オセ
れ施策について考察したい。重要なのは教育
アニア、中国、台湾、シンガポールの大学と
の質とシステムを「グローバルスタンダード」
の競争である。留学生を伝統的に多く受け入
に合わせることである。留学生の増加、英語
れ、入試や教育の面で圧倒的な強さを誇る欧
コースの設置、9 月入学制度導入などが他大学
米・オセアニア、
安価な学費と言語でマーケッ
で行われている。それらは表層的な改革であり、
ト力がある中台の大学、アジアでランキング
大学教育の中身についての根本的な改革は行
ナンバーワンのシンガポール等の大学との競
われていない。学部教育の目的の変化に応じ
争は避けられず、それらの大学との直接対決
て教育方法が変革しているのに対して、多くの
は避けられない。ある国では APU との併願
日本の大学はそれに対応しきれていない。教
校は東京大学ではなく、それよりも格上のシ
育の世界的自由市場に日本の大学がいることを
ンガポール国立大学や北京大学である。
再確認する必要がある。また、留学生の受け
第二の課題は人的なつながりである。入学
入れに関わる広報や審査等にも弱さが目立つ。
に関わる業務は多くのステークホルダーとの
APU 程度の入試部門を持ち、戦略的募集をし
関係を時間をかけて構築するもので、担当が
ない限り、グローバル競争に参加もできない。
変わった途端積み上げたものが瓦解するケー
留学生をめぐる獲得合戦が熾 烈 を極める
スもある。小規模の APU が人的・予算的な
中、日本の大学はその確保に困難が増すであ
リソースの配分をどこまで継続できるかが課
ろう。理系の大学院は先端技術と奨学金によ
題となる。前述した海外の競争相手校は多大
り当分安定した受け入れが可能かと思われる
なリソース投下を行っており、ここで手を緩
が、人文社会系の大学院と学部においては難
めるわけにはいかない。
しいものがある。日本の若者が大学において
が かい
し れつ
国際生の受け入れには入試システムと同時
他国の学生との協働学習や生活を経験せずに
にキャンパスのインフラも整備する必要があ
卒業することは、日本がグローバル化に出遅
る。APU は開学当初から国際生比率、2 言語
れるだけでなく、世界市民としての教育が行
対応を念頭に設計されてきたが、最大の課題
われていないことに等しい。留学生受け入れ
は大学教育の質の向上である。英語で授業を
については日本全体の構造改革の問題として
開講している限り、前述の通り比較先は他の日
捉える必要がある。長期的ビジョンによる政
本の大学ではない。教育の質を高める欧米の
府予算の安定配分、企業のグローバル化との
教育方法の積極導入、また国際経営学部が挑
調整、思い切った大学の改革等大きなシステ
戦している AACSB 認証による世界的なスタン
ム改変が必要である。
JF
TC
2016年3月号 No.745 23