高分子のモノマー配列を制御する手法の開発

科学技術振興機構(JST)
京都大学企画・情報部広報課
URL http://www.kyoto-u.ac.jp/ja
高分子のモノマー配列を制御する手法の開発
ポイント
 高分子のモノマー配列を制御することは高分子分野の長年の課題でした。
 設計通りの配列でモノマーが並ぶ高分子合成手法を開発し、ビニルポリマー
の配列制御に成功した。
 機能性基の配列を制御することで、性能向上や新しい機能性材料の開発が期
待される。
J S T 戦 略 的 創 造 研 究 推 進 事 業 に お い て 、京 都 大 学 の 大 内 誠 准 教 授 ら は 、
高 分 子 を 構 成 す る 繰 り 返 し 単 位 ( モ ノ マ ー ) の 並 び 方 ( 配 列 注 1 )) を 制 御 す る
手法を開発しました。
近年、高分子は、さまざまな機能を備えた「機能性材料」として、電子材料
や医療材料などで活用されるようになりました。導入される機能性基注2)によ
って高分子の機能は発揮されますが、一般的な方法で合成される高分子では機
能性基が無秩序に並んでいるために、これら機能性基の機能を有効に活用でき
て い ま せ ん で し た( 図 1 )。機 能 性 基 の 並 び 方 を 制 御 で き れ ば 、複 数 機 能 性 基 の
協調による機能を設計できる可能性があり、材料としての機能向上や新しい機
能の創出が期待できます。このため、繰り返し単位の並び方を分子レベルで精
密に制御する手法が求められていました。
本 研 究 グ ル ー プ は 、 高 分 子 の 長 さ 制 御 に 有 効 な 「 リ ビ ン グ ラ ジ カ ル 重 合 注 3 )」
法と、環状化合物が非環状化合物に変化する環化反応注4)を用い、繰り返し単
位の配列制御が可能な合成手法を開発しました。
今回の方法では数個のモノマーの配列が制御された分子を合成できることを
示しました。分子設計をさらに工夫することで反応サイクルや効率が向上し、
より分子量の大きい配列制御高分子の合成が期待できます。配列が制御された
高分子は電子材料、導電材料、電池材料、医用材料など、機能性高分子が使わ
れる材料に役立つことが期待されます。
本 研 究 は 、京 都 大 学 大 学 院 工 学 研 究 科 の 澤 本 光 男 教 授 、日 比 裕 理 氏 と
共同で行ったものです。
本研究成果は、2016年3月21日(英国時間)発行の英国科学誌「Na
ture Communications」に掲載されました。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
研 究 領 域 :「 分 子 技 術 と 新 機 能 創 出 」
(研究総括:加藤 隆史 東京大学 大学院工学系研究科 教授)
研 究 課 題 名 :「 結 合 を 操 っ て 構 築 す る 創 造 性 分 子 鎖 : 位 置 ・ 配 列 ・ 形 態 の 制 御 に よ る 機 能 創 出 」
研 究 者:大内 誠(京都大学 大学院工学研究科 准教授)
研究期間:平成25年10月~平成29年3月
1
<研究の背景と経緯>
高 分 子 は 、従 来 、プ ラ ス チ ッ ク 、合 成 繊 維 や 合 成 ゴ ム な ど 、軽 量 で 強 度 が 強 い
い わ ゆ る「 力 学 的 材 料 」と し て 用 い ら れ て き ま し た が 、近 年 は 選 択 分 離 性 、導 電
性 、薬 理 性 、エ ネ ル ギ ー 変 換 性 、生 体 適 合 性 な ど の 高 度 な 機 能 を 備 え た「 機 能 性
材 料 」と し て の 役 割 が 大 き く な っ て き て い ま す 。し か し 、従 来 の 機 能 性 高 分 子 は 、
材 料 機 能 を 担 う 機 能 性 基 が ラ ン ダ ム に 配 置 さ れ 、材 料 内 で 平 均 的 に 分 散 す る た め
に 、効 率 よ く 機 能 を 発 現 さ せ る こ と は 困 難 で し た 。機 能 性 基 の 並 び 方( 配 列 )を
狙 い 通 り に 制 御 で き れ ば 、機 能 向 上 や 新 機 能 発 揮 が 期 待 さ れ る た め に 、近 年 合 成
高 分 子 に 対 す る「 配 列 制 御 」に 関 心 が 集 ま っ て い ま す 。例 え ば 、ビ ニ ル ポ リ マ ー
注5)
は 身 の 回 り で 広 く 使 わ れ る 代 表 的 な 合 成 高 分 子 で す 。ビ ニ ル ポ リ マ ー は ビ ニ
ル モ ノ マ ー を 繰 り 返 し 単 位 と し て 、 炭 素 —炭 素 結 合 で つ な が っ た 主 鎖 と 、 炭 素 1
つ お き に 結 合 す る 側 鎖 か ら 成 る 構 造 を 持 っ て い ま す 。D N A や た ん ぱ く 質 の よ う
に 、側 鎖 の 並 び 方 を 制 御 す る こ と で 飛 躍 的 な 機 能 発 現 が 期 待 で き る 合 成 高 分 子 で
あり、ビニルポリマーの配列制御は高分子分野の長年の課題でした。
<研究の内容>
従 来 、鋳 型 注 6 ) 上 に モ ノ マ ー を あ ら か じ め 並 べ て 重 合 し 、配 列 を 制 御 す る 方 法
が 考 え ら れ て い ま し た 。し か し 、こ の 手 法 に は 、① 配 列 の 制 御 さ れ た 鋳 型 を 合 成
す る の が 困 難 、② 鋳 型 の 配 列 に 沿 っ て 重 合 さ せ る の が 困 難 、③ 側 鎖 官 能 基 の 種 類
に 制 約 が あ る 、 な ど の 問 題 点 が あ り ま し た 。( 図 2 左 )
ビ ニ ル モ ノ マ ー を 繋 げ て い く 重 合 は 連 鎖 重 合 注 7 ) と 呼 ば れ 、生 成 す る ビ ニ ル ポ
リ マ ー の 長 さ( 分 子 量 )制 御 を 可 能 に す る 連 鎖 重 合 は リ ビ ン グ 重 合 注 8 ) と 呼 ば れ
ま す 。今 回 は 、リ ビ ン グ 重 合 の 一 種 で あ る リ ビ ン グ ラ ジ カ ル 重 合 の 機 構 を ベ ー ス
と し た 環 化 反 応 に 着 目 し 、こ の ラ ジ カ ル 環 化 反 応 に よ り ビ ニ ル モ ノ マ ー が 1 ユ ニ
ットのみ付加する反応を制御しました。さらに結合の切断と再生を操ることで、
こ の 付 加 反 応 を 繰 り 返 し て 配 列 を 制 御 す る 手 法 を 開 発 し ま し た 。本 研 究 の 手 法 は 、
切 断 し な が ら 環 化 反 応 を 繰 り 返 し 、配 列 を 制 御 す る も の で 次 の よ う な 特 長 が あ り
ま す 。( 図 2 右 )
(1)配列の制御された鋳型が不要である。
(2)鋳型を前進させることで付加反応を繰り返す。
(3)切断に用いる分子が側鎖に導入されることで、さまざまな側鎖官能基
を導入できる可能性がある。
本 研 究 で は 、ま ず リ ビ ン グ ラ ジ カ ル 重 合 法 を ベ ー ス に 、希 釈 条 件 で ラ ジ カ ル 種
と ビ ニ ル モ ノ マ ー 間 の 環 化 反 応 を 制 御 し ま し た 。さ ら に こ の 環 化 反 応 で 生 成 す る
環 状 分 子 に 対 し 、お 互 い に 影 響 す る こ と な く 切 断 と 再 生 が 可 能 な 2 種 類 の 結 合 を
あらかじめ導入しておくことで、
( 1 )環 化 反 応 、
( 2 )一 方 の 結 合 の 切 断 、
(3)
再 生 に よ る ビ ニ ル 基 の 導 入 、と い う 3 ス テ ッ プ を 繰 り 返 し 、配 列 の 制 御 さ れ た ビ
ニルオリゴマーを合成することに成功しました。
こ こ で 天 然 の ペ プ チ ド 生 成 機 構 に 目 を 向 け る と 、鋳 型 を 利 用 す る の は 成 長 す る
反 応 末 端 の み で あ り 、ア ミ ノ 酸 1 ユ ニ ッ ト 分 が 伸 長 す る と 反 応 場 部 位 が 次 の ア ミ
ノ 酸 と 反 応 す る た め に 前 進 し 、こ れ を 繰 り 返 す こ と で 配 列 制 御 を 実 現 し て い ま す 。
つ ま り 、鋳 型 を 移 動 さ せ て 末 端 の 反 応 点 で の み 鋳 型 を 活 用 し て い ま す 。今 回 の 手
2
法 は こ の 自 然 の 配 列 制 御 機 構 か ら 着 想 を 得 て 、環 化 反 応 を 繰 り 返 す 分 子 設 計 を 行
い ま し た 。つ ま り 環 化 反 応 を ア シ ス ト す る 鋳 型 を 1 回 の 反 応 に 利 用 し 、切 断 し て
再生できる結合を組み込むことでこの環化反応を繰り返し制御できる状況を作
り 出 せ る よ う に 設 計 し た も の で す 。切 断 と 再 生 が 可 能 な 2 種 類 の 結 合 を 適 切 に 選
択 し て 分 子 を 設 計 し た こ と 、さ ら に お 互 い に 影 響 す る こ と な く 複 数 の ス テ ッ プ を
制御したことが今回の開発で最も重要でした。
<今後の展開>
本 手 法 に よ り 、機 能 性 基 の 配 列 が 制 御 で き れ ば 、高 分 子 を 用 い る エ レ ク ト ロ ニ
クス材料、膜材料、医療材料などの機能向上が期待されます。
一 方 で 、本 手 法 で は 一 度 に 合 成 で き る 量 が 限 ら れ る と い う 問 題 が あ り ま す 。今
後 は 高 濃 度 で も 反 応 を 制 御 で き る 分 子 設 計 、反 応 プ ロ セ ス を 効 率 化 す る た め の 分
子 設 計 が 重 要 に な り ま す 。ま た 、配 列 さ せ る 機 能 基 の 種 類 や 組 み 合 わ せ を 適 切 に
選択することで、実際に配列に基づく機能を創出することが重要になります。
<参考図>
図1
配列制御高分子と従来の高分子との比較
3
図2
鋳 型 に よ っ て 配 列 を 制 御 す る 手 法:鋳 型 上 に モ ノ マ ー を 並 べ る 手 法( 左 )
と環化反応を繰り返す本手法(右)
4
<用語解説>
注1)配列
配 列( シ ー ク エ ン ス )と は モ ノ マ ー 由 来 の 繰 り 返 し 単 位 か ら な る 高 分 子 に お い
て 、こ の つ な が り 方 の 順 番 を 意 味 す る 。例 え ば 、D N A で は 核 酸 塩 基 の 並 び 方 を 、
たんぱく質ではアミノ酸の並び方を指す。
注2)機能性基
カ ル ボ キ シ ル 基 ( −C O O H ) や ア ミ ノ 基 ( −N H 2 ) な ど , 高 分 子 の 機 能 や 特
性に関与する官能基をさす。
注3)リビングラジカル重合
成 長 種 が ラ ジ カ ル 重 合 で あ る リ ビ ン グ 重 合 を リ ビ ン グ ラ ジ カ ル 重 合 と 呼 ぶ 。ラ
ジ カ ル 成 長 種 を 共 有 結 合 種 か ら 可 逆 的 に 生 成 さ せ る 手 法 に よ り 、重 合 中 の ラ ジ カ
ル 種 同 士 の 不 可 逆 的 な 停 止 反 応 や 連 鎖 移 動 反 応 を 抑 制 し て い る 。精 密 に 高 分 子 を
合成する手法として幅広い分野で用いられている。
注4)環化反応
非環状化合物が環状化合物に変化する反応をさす。
注5)ビニルポリマー
ビ ニ ル モ ノ マ ー の 連 鎖 重 合 で 得 ら れ る ポ リ マ ー を ビ ニ ル ポ リ マ ー と 呼 ぶ 。典 型
的 な ビ ニ ル ポ リ マ ー は 炭 素 −炭 素 結 合 で つ な が っ た 主 鎖 に 対 し 、 炭 素 一 つ お き に
側鎖が結合しており、ビニルポリマーの配列はこの側鎖の並び方を意味する。
注6)鋳型
天 然 高 分 子 で あ る 核 酸 や た ん ぱ く 質 の 合 成 過 程 で は 、成 長 鎖 が 次 に 反 応 す べ き
分 子( モ ノ マ ー )が D N A や R N A に よ っ て 決 め ら れ て お り 、配 列 が 制 御 さ れ る 。
金 属 を 成 形 す る 際 に 用 い る 枠 に な ぞ ら え て 、こ の D N A や R N A を 鋳 型 と 呼 び ま
す 。鋳 型 の 配 列 情 報 を 生 成 物 の 配 列 に 転 写 可 能 な 人 工 系 を 構 築 で き れ ば 大 変 興 味
深いと考えられます。
注7)連鎖重合
ラ ジ カ ル 、イ オ ン な ど の 活 性 種 が モ ノ マ ー に 付 加 し 、付 加 さ れ た モ ノ マ ー は 活
性 種 と な っ て 、次 々 に モ ノ マ ー を 反 応 し て 重 合 が 進 行 す る 重 合 で あ る 。典 型 的 な
例として、アゾ化合物を用いたスチレンのラジカル重合が挙げられる。
注8)リビング重合
リ ビ ン グ 重 合 と は 、連 鎖 重 合 に お い て 、移 動 反 応 や 停 止 反 応 を 伴 わ な い 重 合 の
ことである。この重合を用いると、分子量や末端基の制御が可能になる。
<論文タイトル>
“ A strategy for sequence-control in vinyl polymers via
controlled radical cyclization”
(ラジカル環化反応の繰り返しによるビニルポリマーの配列制御)
doi: 10.1038/NCOMMS11064
5
iterative