ISBN978-4-905241-25-6 C3347 ¥2000E 定価2,160円 (本体2,000円+税8%) 消費税率変更の場合 上記定価は税率の差額分変更になります 25 (001∼074)二〇一五年四・五月 特集 終末期の訪問リハビリテーション 巻頭言および終末期の訪問リハにおける展望 在宅支援有床診療所 みえ呼吸嚥下リハビリクリニック 院長 株式会社グリーンタウン呼吸嚥下ケアプラニング 代表取締役 NPOグリーンタウン呼吸嚥下研究グループ 理事長 医師 井上 登太 * 1.はじめに 1)本特集において 終末期リハビリテーションの重要性が認識され ながらも,訪問リハビリテーションにおいては十 分に対応できていない状態が続いています.今回 の特集では,終末期においての具体的な対応を示 し,多職種チームでの対応の有効性を示します. 連綿としたケアと治療が必要な経過,さまざま な職種や事業所形態において,行われつつある終 末期へのアプローチの紹介を踏まえて問題点を明 らかにし,どのような工夫をされているかを紹介 しながら今後展開していくべき終末期の訪問リハ ビリテーションのヒントを述べさせていただき ます. □ す べての国において,できる限り多種の障害を 予防する施策を開始すること,及びすべての家 族,すべての個人に必要な予防サービスが行き わたることを保障すること. □ 障 害により生ずる不利を軽減するために必要と するリハビリテーション・サービス及びその他 の援助・支持を受けられることを保障し,かつ いかなる人にも社会での完全な生活と建設的役 割を可能にすること. □ 地 域社会生活のあらゆる面での障害者の最大限 の統合と参加を確保するため必要なあらゆる方 策をとること. □ 障 害者について,障害者の可能性について,障 害について,障害の予防と治療についての情報 を広め,これらの問題及びすべての社会におけ るこれらの問題の重要性についての認識を高め ること [表1] 国際障害者リハビリテーション協会80年代憲章 the Rehabilitation International Charter for the 80’s 2)終末期リハビリテーションを行う目標 機能の再獲得を目指すリハビリテーションを, において述べられているように,私たちは終末期 機能低下が必須経過とする終末期においてどのよ に限らず,さまざまな機能回復のために,あらゆ うに生かしていくのでしょう.私たちは,再獲得 る方法と手段を用いて予防と啓発そして関わり合 すべき機能が一般的に考えられる身体機能だけで いを続けていかなければならないのです. はなく,生活の中で満足感や安定を得る精神心理 的機能そして家庭内役割・地域内役割・環境内役 割の再獲得による社会的機能(役割)を含むもの 2.現在の関わりと終末期におけるリハビリテー ションの利点 であることを再認識しなければなりません. 今回,病院・施設・在宅における3パターンの さらに,目標とすべきものは,先達たちが国際 セラピストの終末期リハビリテーションへの関わ 障害者リハビリテーション協会80年代憲章[表1] りを,酒井理学療法士(19ページ) ・田中言語聴 覚士(25ページ)・鈴木理学療法士(33ページ) * NPOグリーンタウン呼吸嚥下研究グループ (〒519-0171 三重県亀山市アイリス町14-7) に述べていただきます. 訪問リハビリテーション 第5巻・第1号(通巻25号) 1 終末期におけるセラピストの関わり方 たちは,身体的機能の一時回復,呼吸困難感をは ①セラピストとしての能力を生かした専門的関 じめとする身体的苦痛のコントロール,精神心理 わりと,②終末期・人生に関わる一医療人として 的機能を回復するための環境調節により社交性を の能力を生かした関わり方があります. はじめとする社会性人間性の回復を成し遂げる大 ①においては,終末期患者へ個別の対処法,終 きな役割を果たし,亡くなるときには共に悲しみ 末期患者が暮らす地域への対処法があり,②にお ながら見送りました.そして彼らの姿は今も,終 いては信頼するものが最後まで関わり続けること 末期医療にあたり私達の心の支えになってくれて で与えられる“安心”があります. います. 以前,肺がん末期の2人の患者さん[写真1]が 共に支え合い,過ごして逝く過程に関わり合うこ 3.終末期医療介護における具体的な問題点 とがありました.寝たきりのAさんと,多量の血 1)経済的な問題 痰を伴いますが歩行可能なBさんが看取りを目的 わが国では,国民総医療制度による医療行為, にほぼ同時期に当院付属施設に入居されてきまし そして介護保険法における介護行為が細かく分別 た.機能回復,除痛除苦処置と投薬調節によりA 査定されています.すべての国民が適切な医療介 さんの車いす座位が可能となった折から,二人の 護を受けることを目標とする優れたシステムです 交流が始まりました.同じ病気に立ち向かう友人 が,終末期医療介護において,専門的行為内容や として支え合い,立位歩行訓練を行い杖歩行が可 時間を単位として査定することが困難な場合が多 能となると,私達と共に好物を楽しみに何度も外 くあります.いくつかのアプローチは十分な経済 食,そして釣堀にも出掛けました.病状の進行に 的な評価を受けることが難しく,施行内容によっ よりBさんの歩行が困難となるとAさんは「自分 ては公的な認知を得られない場合もあります.現 がBの車いすを押す」と歩行訓練に臨み,逆の立 在の評価おいて終末期リハビリテーションを継続 場で協力されました.Bさんの看取りの場に臨む していくためには,医療福祉関連法を理解した上 私たちの前でAさんは「俺を置いて逝くな」と泣 での経済的バランスを保ち続けることが必要とな きすがりました.その後,Aさんは亡くなる前夜 ります. にベッドに座り私に向かい手を合わせ「ありがと う,ありがとう」と3回繰り返し次の朝静かに逝 2)スタッフの心理的ストレスの問題 かれました.この2人に対してセラピストの仲間 死に向かう患者さんを目のあたりにすることに 伴う精神的ストレスも大きく,えてして死の受容 期において患者と家族は身近な方にその不安を転 嫁します.私たちは,転嫁された不安を速やかな 情報共有により多職種で受け止め,最後の看取り の時において関係した多職種メンバー全員で看取 り,出棺を見送ります.この方法を導入当初自 分の関わった患者が亡くなる場に立ち会い涙を流 し,その後の真摯な施療につながっていきます. ある女性の末期がんの方は,逝かれる折に見送 るわたくしたちに「先生,私は満足して逝きます」 と告げてくれました.この言葉はわたくしたちの 胸に刻まれ背中を押してくれます.しかしながら, [写真1] 2人の患者さん 2 関わり続けた患者の死について強い精神的ストレ 訪問リハビリテーション 第5巻・第1号(通巻25号) スを感じ,関わり合うことを避けるメンバーや, 真2・3・4] ③亡くなった後に家人に共に過ご 機能低下していく患者と過ごす経過において,無 した時の写真を手渡し,わたくしたち自身もその 力さを感じることも多く,関わり合いや努力をあ 写真の笑顔を見てその人生を幸せなものであった きらめてしまうメンバーも多いのも事実です.本 と思いを共有し感じること ④思い出検討会(デ 人家族に,専門職としてそして患者の属する社会 スカンファ)において全職種がその人の思い出を の一員として関わるには十分な心理的ストレスへ 語ることによって,皆で関わった実感を得ること の対処が必要になります.その具体的な方法とし を行っています. て我々は,①多人数で看取りに臨むこと ②普段 から毎月一度ボランティアでの外出と食事会を行 3)職種連携の問題 い患者と対等な立場で関わる機会を持つこと[写 終末期ケアにおいて特に積極的な関わりが必要 な機会があります.多くは機能低下に伴うもの で,予後を自覚したとき,歩行が困難となったと き,食事が摂れなくなったとき,自力排泄が困難 となったときなどです.その時期を予測し関わる 多くの職種や家族がストレスを受け止める準備を 十分に行うことがスムーズなケアの助けになりま す.その機能低下と予測を行うのはセラピストの 持つ専門的能力です.私たちの関わりにおいて数 値化した機能評価の変化と予測により,必要な時 期に十分に関わり合う時間を取ることにより患者 の受容が行われやすくなっています. 広い意味での機能回復を目標とする終末期リハ ビリテーションにおいて,単一職種での評価と実 行で行うことができる内容は限られてきます.身 体機能・精神心理機能・生活環境評価を正確に評 価可能なセラピストの能力と情報は終末期に関わ り合う方々全員に非常に有意義な情報です.職種 ごとの常識というものが存在し,変化が比較的早 く出現する終末期において職種ごとに認識してい る内容の差が必ずあります.連携を深め,すり合 わせを行うことで職種間の信頼関係を深めること にもなります. また,病態リスクの理解のためにも多職種との 情報共有と知識技術の協力と心理的な支え合いが 必要となります.今回は,終末期認定ナースの中 看護師(13ページ)に連携を含めた紹介を行って いただきます. 4)スタッフの身体的ストレスの問題 [写真2・3・4] ボランティアでの外出と食事会 深夜休日を含む対応が必要となることも多く, 訪問リハビリテーション 第5巻・第1号(通巻25号) 3 身体的ストレスの問題があります.最終末期の数 のが現状です.我々のような医療介護形態の統一 週間は,本人・家族のストレスが強くなります. 事業所によるチームアプローチに加え,石賀医師 グッドデスを迎えていただくには身体的余裕が必 の単独事業所での継続のためのシステム,田中医 要であり,そのためには十分な人的資源が必要で 師の地域資源を有効利用したシステムなどのよう す.病院や施設における交代制の対応に比べ,在 に,組織形態の変革や複数の医療機関や事業所の 宅環境においては時間曜日に関わらずスタッフ個 協力による対応を行うなどの対応が望まれます. 人への負担が大きくなる傾向もあり,複数の医療 機関が協力してその負担を軽減する対応が始めら 3)精神心理的ストレスへの対応 れています. 心構えや心理的なストレスを先述しました.も 4.訪問リハビリにおける問題点と課題 ちろん通常のリハビリテーションにおいても同じ ですが,医療に関わることはその方の人生に関わ 1)終末期におけるさまざまな対応 り合うということです.終末期リハビリテーショ 現在の病院中心の看取りから,施設内や在宅で ンにおいての関わり合いは通常のものより一層深 のさまざまな環境での新たな対応が行われてきて く長い関わり合いになることが多く,その中で患 います.今回,終末期を支える環境として,病院 者さん家族の感情を受容し,正確に機能変化を評 内・施設内・在宅連携での対応に加え,新たなモ 価し,共にその機能低下を受け入れていく,そし デルとして在宅看取り専門クリニックでの対応を て最終的に亡くなられる喪失感を共に感じ,残っ 石賀医師(7ページ)に,公的組織と医師会の連 た家族さんたちの受容と回復の手助けをします. 携による在宅看取りシステムを田中医師(39ペー その経過において我々が関わり合うことが突然拒 ジ)に紹介していただきます.このような,さま 否されることも多く,関わったチーム間の信頼を ざまな対応の中で訪問リハビリテーションはどの 失うこともあります.関わり続ける心構え,そし ような役割を持つことができるのでしょうか. て中途でそれがかなわなくなった時に医療人とし 私どものグループは,14床の病床と28床の付属 て,専門家としてそれを受容し自己解決ができる 高齢者専門賃貸住宅・医療管理委託施設として18 心構えも必要です. 床のグループホームと46床の老人ホームを持ちま す.私自身は在宅訪問医・在宅看取りシステム参 4)終末期のリスクへの対応 加医師・施設看取り・入院看取りに加え総合病院 リスクへの対処・患者家族との問題は,患者家 非常勤医師として,毎年25~50名の看取りに多く 族が希望している希望的目標,機能的に実現可能 の立場で関わっています.それぞれの対応にはさ な機能的目標,周囲の環境により変化する環境的 まざまな利点があり,いずれが優れていると断言 目標の3つのずれが原因になることをよく経験し することはできません.しかしながら,いずれの ます.機能的制限を伴う患者に危険行為をしない 立場においてもセラピストの協力が必要です. ことや,状況変化時の速やかな対応が可能な手順 を明らかにしておくなどの機能的リスク対策に, 2)継続するシステム形成のためのポイント 心理的ストレスが強いときに起きやすいパニッ また,多くのシステムにおいて継続が可能なよ ク,スピリチュアルペインやストレス転嫁などの うに構築するシステムのポイントは,同時に多人 心理的リスク,周囲への過度なストレスにより周 数で臨むこと,関わり合うメンバーのストレス 囲環境が崩壊する環境的リスクがあり,それぞれ を考えたon-off可能な環境を作ることにあります. に対するリスク管理が必要になります. 現在の在宅リハビリテーションのマンパワーに おいて限られた時間帯や機会しか関わり合えない 4 訪問リハビリテーション 第5巻・第1号(通巻25号) 5)情報共有の対応 患者環境そして機能を評価することはセラピス トの最も優れた技術の一つです.長い終末期の経 過において,患者のストレスは心理的なストレス・ 身体的なストレスに加わり,社会的環境の変化に より揺れ動きます.評価を極力スムーズに行うに は,心理的身体的機能の変化を正確に知り,患者 のストレスの変化を予想することが大切です.そ の情報を関わり合う多職種で共有し,限られた マンパワーを有効に生かし提供することが必要で す.その情報は,通常の在宅で行われる毎月の報 告書程度では十分でない場合がほとんどです.私 □ わ が生涯を清く過ごし,わが任務(つとめ)を 忠実に尽くさんことを. □ わ れはすべて毒あるもの,害あるものを絶ち, 悪しき薬を用いることなく,また知りつつもこ れをすすめざるなり. □ わ れはわが力の限り,わが任務(つとめ)の標 準(しるし)を高くせんことを努むべし. □ わが任務(つとめ)にあたりて,取り扱える人々 の私事のすべて,わが知り得たる一家の内事の すべて,われは人に洩らさざるべし. □ わ れは心から医師を助け,わが手に託されたる 人々の幸のために身を捧げん. [表2] ナイチンゲール憲章 The Nightingale pledge たちは,ソーシャル・ネットワーキング・サービ 力,患者環境・精神評価・身体機能評価を正確に ス,家族を含む各段階のメールグループ,段階的 行うことが可能であること,身体的なストレスが 緊急連絡方法を多用して情報共有とそれに基づく 少ない機能訓練が具体的に可能であること,そし リスク管理を行っています. てその関わり合いが最終末期においても有効であ ることを啓発し,エビデンスと経験を積み重ね, 5.おわりに 継続してゆく経済的および法的基盤を持つことを セラピストが関わることで患者は幸せになりま 目指していかなければなりません. す.終末期の患者家族に必要な物は何か,より多 ナイチンゲール憲章において,患者の益になる くの人々の真剣な関わり,未経験なストレスに臨 ことのみを行うこと,チーム医療を行うこと,患 む患者家族を正確に評価し予測し指導すること, 者に寄り添うこと,自己研鑽に努めることが述べ 家族患者のストレスを共有するものとして存在す られています.これは看護に関わるものだけでな ること,いずれもセラピストに可能で,かつセラ く,医療福祉に関わり合う全ての職種に対して必 ピストでなければできないものが含まれます. 要です. どんな方法内容でも構いません,まず関わるこ 終末期においてセラピストとしてどのような方 とです.現状において終末期リハビリテーション 法でもまず患者に寄り添うことで患者家族のスト を指導し十分なリスクを管理し補助される環境が レスを共有し,真剣に関わり,自らの関わりにお 整っていないことも確かにあり,セラピストがど いて気づき評価を共有していく.どのレベルでも, のように関わるかについては,いまだその必要性 どのような時期でも関わることは有意義なもので が十分啓発されておらず,ADL低下に伴う提供中 す. “まず,関わってほしい”.終末期リハビリテー 止やプラン内で介護看護を優先することにより, ションの今後にエールを送り,この項のまとめと 中途で関わり続けることができなくなることも多 させていただきます. くみられます.今まで以上にセラピストの持つ能 訪問リハビリテーション 第5巻・第1号(通巻25号) 5 第5巻・第1号(通巻25号) 特集 終末期の訪問リハビリテーション 巻頭言および終末期の訪問リハにおける展望 井上 登太 ……………………………………………………………………………………… 001 在宅看取りの現状 石賀 丈士 …………………………………………………………………………………………… 007 がん看護専門看護師からみた訪問リハビリテーションの必要性 中 滉子 ……………………………………………………………………………………… 013 病院においての在宅への連携における終末期リハビリテーションの課題 酒井 直樹 ……………………………………………………………………………………… 019 終末期言語リハビリテーションにおける課題 田中若華子 ……………………………………………………………………………………… 025 在宅終末期リハビリテーションにおける課題 鈴木 典子 ……………………………………………………………………………………… 033 在宅看取りを踏まえて構築した「かめやまホームケアネット」の概要 田中 英樹 ……………………………………………………………………………………… 039 ■リハビリテーションスタッフのありがとう評価 連載 …………………………… 043 インタビュー 訪問リハマインド 日本の訪問リハビリテーションの今後 宮田 昌司 ……………………………………………………………………………………… 045 新連載 訪問リハビリテーションにおける危機管理① 「労務管理について/訪問リハビリテーション事業所における危機管理」 宮田 昌司,他 ………………………………………………………………………………… 049 新連載 選ばれる訪問リハになるために① 「利用者に対するアプローチ」 有馬 征宏 ……………………………………………………………………………………… 055 症例報告 「身体機能は改善したが,意欲低下のため就労支援に難渋した1症例」 安藤 文浩 …………………………………………………………………………………………… 061 施設の紹介(番外編) 劇団「ぐるっと一座」と映画「言葉のきずな」 「言葉のきずな」上映プロジェクト …………………………………………………………… 065 次号予告 ……………………………………………………………………………………… 072 編集後記 ……………………………………………………………………………………… 073 ISBN978-4-905241-25-6 C3347 ¥2000E 定価2,160円 (本体2,000円+税8%) 消費税率変更の場合 上記定価は税率の差額分変更になります 25 (001∼074)二〇一五年四・五月
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