不動産証券化の陰の部分(その2)

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不動産証券化の陰の部分(その2)
∼いくつかの重要なぜい弱性について∼
さいと不動産投資顧問
㈱
代表取締役・不動産鑑定士 足立 良夫
目次
⑴
⑵
⑶
⑷
レバレッジ効果のマジック (前回近畿定借機構ニュース掲載レポート)
高額購入ができる理由 ( 同 )
市場金利上昇に対する構造的なぜい弱性 (今回レポート)
投資対象不動産の収益性の低下に対するぜい弱性
市場金利上昇に対する構造的なぜい弱性
⑶
市中金利が上昇したならば、借入割合 80%、自己資本に対する期待利回りが 5.0%
の特定目的会社等の非課税構造を持った投資事業体には、どのような影響があるかをケー
ススタディで検討してみる。市中金利が上昇することで、 借入金利も上昇する。さら
⒜
に、 イールド・スプレッド(長期金利との差)の確保期待による不動産証券化商品に
⒝
対する期待利回りが上昇する。この2つの上昇が大きな影響となって現れてくる。
− ⑶
⒜ 借入金利上昇による影響
借入金利が上昇すれば、金利の支払が増加する。では、前回レポートの【ケーススタ
ディ 】を引用して、借入金利が
Ⅲ
1.0%アップしたとして、下記【ケーススタディ 】
Ⅳ
でその影響を見てみよう。
【ケーススタディー 】
Ⅳ
マンション購入金額:300,000,000 円(3億円)
①
借入割合:80%
②
借入金額:300,000,000 円×80%=240,000,000 円
③
借入金利の上昇:2.5% ⇒ 3.5%
④
支払金利の増加:240,000,000 円×2.5%=6,000,000 円
⑤
⇒240,000,000 円×3.5%=8,400,000 円
年間純利益の減少:9,000,000 円−6,000,000 円=3,000,000 円
⑥
⇒9,000,000 円−8,400,000 円=600,000 円
自己資本に対する利益率の下落:
⑦
3,000,000 円÷60,000,000 円(自己資本割合 80%)=5.0%
⇒600,000 円÷60,000,000 円=1.0%
借入金利が 1.0%上昇したことで、自己資本に対する利益率が 5.0%から 1.0%、4.0
ポイントも下落してしまう。長期金利(国債など)が 1.5%であったとすれば、それよ
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りも低い率となる。何の魅力もない金融商品となってしまう。だれも投資するなど考え
られないほどの影響が出てくるわけだ。
当初の借入は固定金利ならば、影響がないと反論が出るであろう。しかし、間違いで
ある。借入金利が 3.5%となったときに、証券化対象の不動産の購入を希望する別の投
資事業体は、どのような値付ができるかを考えてみれば、誤りであることが判明する。
下記のケーススタディ は、借入金利
Ⅴ
3.5%で前回レポートの【基本ケース】の物件を
購入することを目論む投資事業体(借入金利 2.5%での投資事業体がその保有物件の売
却先と期待される事業体)をの値付である。
【ケーススタディ 】
Ⅴ
借入金利:3.5%
①
借入割合:80%
②
自己資本期待利回り:5.0%
③
自己資本割合:20%
④
総合還元利回り:3.8%
⑤
計算: × + × =3.5%×0.8+5.0%×0.2=3.8%
① ② ③ ④
年間純収益:9,000,000 円
⑥
購入金額:237,000,000 円
⑦
計算: ÷ =9,000,000
⑥ ⑦
円÷3.8%≒237,000,000 円
237,000,000 円で購入すると予測される。とすると、現在この物件を保有する投資
事業体は、300,000,000 円(前回レポートの【ケーススタディ 】参照)で購入した
Ⅲ
物件を何かしらの事情で売却するときには、63,000,000 円の損を出すことになる。証
券化構造上では劣後する投下自己資本 60,000,000 円(3 億円×20%)は全て償還さ
れない。
即時売却を考えないとしても、厳密な意味での時価会計を行うとすれば損失を計上す
ることになる。つまり、保有不動産価格が下落したという影響を被ることになるわけだ。
さらに市中金利の上昇は、融資した金融機関にも影響がある。証券化対象不動産への
融資は、ノンリコースが通常である。ならば、融資した 240,000,000 円に対し優先償
還されるのは 237,000,000 円、つまり 3,000,000 円の回収は不能となる。時価会計
を行えば、この 3,000,000 円は回収不能額として損失計上することになる。
− ⑶
⒝ イールド・スプレッドの確保期待による影響
市中金利の上昇による影響は、借入金利上昇だけに留まるわけではない。不動産証券
化商品は、一種の金融商品である。金融市場で流通する他の金融商品と競争状態にある。
比較対照される。不動産証券化商品の持つリスクを考慮してその価格(つまり金利、利
回り)が決定されている。通常は、このリスク分を国債利回り等の長期金利との開差で
表わされ、それをイールド・スプレッドと呼んでいる。
もし国債等の長期金利が上昇したのに、不動産証券化商品の利回りが従前のままだと
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すれば、金融商品としての魅力がなくなる。売られることになる。投資資金は逃げる。
逃がさない、あるいは金融商品としての優位性を確保するためには、利回りを高めなけ
ればならない。つまりイールド・スプレッドを少なくとも従前のままに保たなければい
けない。
ケーススタディに掲げた自己資本に対する期待利回りは 5.0%であった。長期金利が
1.5%だったとすれば、イールド・スプレッドは 3.5%(5.0%−1.5%=3.5%)である。
ここで、長期金利が 1.5%⇒2.5%に 1.0%だけ上昇したとすれば、スプレッド確保の必
要から、自己資本に対する期待利回りは 5.0%⇒6.0%になることを要望されよう。
ここで、市中金利の上昇により借入金利が、2.5%⇒3.5%、自己資本に対する期待利
回りが 5.0%⇒6.0%になったとして、考察してみる。
【ケーススタディ 】
Ⅵ
借入金利:3.5%
①
借入割合:80%
②
自己資本期待利回り:6.0%
③
自己資本割合:20%
④
総合還元利回り:4.0%
⑤
計算: × + × =3.5%×0.8+6.0%×0.2=4.0%
① ② ③ ④
年間純収益:9,000,000 円
⑥
購入金額:225,000,000 円
⑦
計算: ÷ =9,000,000
⑥ ⑦
円÷4.0%≒225,000,000 円
上記のとおり、対象不動産の時価が 300,000,000 円から 225,000,000 円に 25%
下落したことになる。金融機関の損失は 15,000,000 円、融資金額 240,000,000 円
に対して約 9.4%という影響が生じることになる。もちろん投下自己資本(エクイティー
投資)は全て消失してしまう。
不動産市場の活性化、不動産価格の高騰に寄与した不動産証券化の仕組みが、市中金
利の上昇に対してその構造(資金構造など)的なぜい弱性を持っているかを理解してい
ただけたと思う。
次の項では、もうひとつの不動産証券化のぜい弱性について考察してみる。
投資対象不動産の収益性の低下に対するぜい弱性
⑷
景気には、好況期もあれば、安定期、不況期もある。波があることは周知のことであ
る。国内で不動産証券化市場が生れ、育ってきた時期は全般的な経済状況が好調な時期
とほぼ一致している。物価もデフレ期から安定期にあったと言える。物価安定期の好況
というところだ。しかし最近になって、原油価格の急騰に端を発したかのように、イン
フレ様相をなってきている。幸いにも円高基調であるので原油高騰基調は多少緩和され
てはいるが、物価の番人である金融当局としては、公定歩合などの操作によってインフ
レ抑制を考える時となったとされている。また世界的な投資資金のダブつきの現況は、
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本邦の超低金利政策にあるとの批判も多い。
もし、公定歩合を上げることになり、インフレは抑制できたとしても景気リセッショ
ンがくるかも知れない。景気の波が不況下に入ったとすれば、収益用不動産には、まず
空室率の上昇という影響がある。現在居住用不動産は供給過剰状態にあるし、空室率上
昇は賃料水準の低下を招く可能性も高い。いずれにしても収益性の低下は免れないかも
知れない。
収益性の低下による証券化対象不動産への影響を考察してみよう。前回レポートで掲
げた【基本ケース】の不動産の変化を想定してみる。空室率が 5%から約 20%まで上
昇したとして、年間総収入が 12,000,000 円から 10,000,000 円になったとする。年
間総費用は固定費分があるので、約 20%減少することはないので、3,000,000 円から
2,800,000 円へ、約 9.3%だけ減少とする。
【基本ケース(その2)】
年間総収入:12,000,000 円 ⇒ 10,000,000 円
年間総費用: 3,000,000 円 ⇒ 2,800,000 円(費用率は 25%⇒28%)
年間純収益: 9,000,000 円 ⇒ 7,200,000 円(20%の減益)
市中金利も上昇し、20%の減益というかなり極端な例であるが、前記ケーススタディ
と同じ条件で検討してみる。
Ⅵ
【ケーススタディ 】
Ⅶ
借入金利:3.5%
①
借入割合:80%
②
自己資本期待利回り:6.0%
③
自己資本割合:20%
④
総合還元利回り:4.0%
⑤
計算: × + × =3.5%×0.8+6.0%×0.2=4.0%
① ② ③ ④
年間純収益:9,000,000 円 ⇒ 7,200,000 円
⑥
購入金額:180,000,000 円
⑦
計算: ÷ =7,200,000
⑥ ⑦
円÷4.0%≒180,000,000 円
20%の減益(収益性の低下)により、対象不動産の時価が 300,000,000 円から
180,000,000 円に 40%下落したことになる。金融機関の損失は 60,000,000 円、融
資金額 240,000,000 円に対して 25%という多大な影響が生じることになる。もちろ
ん投下自己資本(エクイティー投資)は全て消失してしまっていることはご存知のとお
りだ。
米国のサブプライム・ローン問題の根源は、ローンの焦げ付きによる金融機関の減収
であるが、ローンを証券化したMBS(不動産担保証券)、CDO(債務担保証券)に
投資した金融機関の多大な損失の発生がさらなる大問題と発展している。
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証券化の配当等の原資となるキャッシュフローの減少、収益性の低下による金融機関
の大損失の発生ということからみれば、ケーススタディ と同根であるといえよう。不
Ⅶ
動産証券化という仕組みは、その構造的な問題として収益性の低下に対し、かなりぜい
弱であることが分かってもらえたのではないだろうか。
かなりシンプルな例を挙げての論述であったが、不動産市場の活性化、不動産価格の
高騰に寄与してきた光に当たる部分が強調される不動産証券化の仕組みが、市中金利の
上昇と証券化対象不動産の収益性の低下に対してその構造的なぜい弱性という陰の部分
をも備えていることを理解していただけたと思う。ただし、現実の経済の世界は、この
ように単純なものではないことも忘れてはいけないことを、付言しておかなければなら
ない。
以上