学校統廃合における「子どもの意見の尊重」①

学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
にお
学校統廃合、子どもの権利条約、子どもの意見表明
に
年
、公 小学校数は 校あり、 年
は 校あり、 年
校の
で 校 っている。ここ 年の公 小学校数の傾向では 年 、公 中学校の傾向では 年 校の
統廃合は、いわ る「平成の大合 」以降、
政の
で 校 っている。公 中学校数
化、行政
をつづけている。とくに
なものとなっている。
「平成の大合 」は行
スの 域化、地方への権限移 (政
目的として政 主 で 年合
の学校
例法改 以降、合
および中
)などを
例 発行の 例 限が れる 年までに進められた。
年に あった基 自治体は、
年には にまで
した。
そのような
生 数
の
合 に い、
「
による「
の
ながら、 政 に
年 な教育
」を えようとする文部 学省と、
化」を し進める
省が、 なる論 によって
し合い
する基 自治体の学校統廃合を後押しした。
日、文部 学省は 道
置等に関する
教育 員会等へ「公 小学校 中学校の
子化に対 した活力ある学校づくりに向けて 」
(以下、
「
と表 する)を通 した。この「
」は、
「小
校を
」
させる 合の教育の 実」として
一章を設けているものの、
「公 小 中学校の設置の り方を最 的に
である
を
するのは学校設置者
です」と基 自治体の責任を明 にし、学校統廃合をより一
進させるものと
して機能すると考えられる。
私には、学校統廃合の
が問われる際に抱く一つの違 感がある。それは、最も影響を受
ける子どもの声が聞こえてこないことである。
「 政 」による
的な教育
(小中一 教
育の 進も含 )として学校統廃合を進める声。 人数 えに多 な教育活動ができないので
はないかという
地域の
から一
点としての
の学校
における「よりよい教育」を める声、
や機能をもつ学校 えに
と学校廃校を関連づけて学校を地域
いずれも大人の声であり、これらの声は一
な学校統廃合に
所や
的な声、地域の
の として学校統廃合に 対する声など、
聞こえてくる。
しかし、自 の学校がなくなる、当たり前に通っていた学校が える
をする子どもたち
の声はなかなか聞こえてこない。また、学校統廃合は二つ以上の学校が合わさるため、行事や
--
― 45 ―
教育
などの
や精 が必要となる。教職員は多 を め、子どもたち一人 とりに関わ
るのが しい。子どもは
と
が 差する中で、新しい 合い、新たな関係づくりに
する。人間関係がうまくいけばよいが、そうなるとは限らない。校 が 域化し、
なる通学方法や時間に
せ るを ない
とは
もある。大人が思う以上に、学校統廃合は子ど
もたちに大きな影響を与える。学校統廃合に際して、子どもたちは を見て、 を感じ、 を
思うのか。大人は子どもたちの声に を傾けなければならない。
この研究では、学校統廃合の
をもつ 後 以降の元子どもたちに 点をあてる。ある
自 のことを自 で考え、決めていけるようになった年 の元子どもたちが学校統廃合の
過 をどのように受け め、自 のことをはじめとして、友だち、先生、 、地域の人たちの
ことをどのように り るのであろうか。
学校統廃合の
統廃合の
および実施における子どもへの
をもつ元子どもたちの意見を聴き、
を考えていきたい。
第一章では、学校統廃合の当事者として子どもを位置づけるために、
「子どもの最善の利益」
を える「子どもの権利条約」
(
「
の権利も関する条約」 この論文では「子どもの権利条
1
約」と表 する) から学校統廃合を考えたい。
見の尊重」などの条文に基づいて「
統廃合を
」を
した元子どもたちの聞き取り
、
「子どもの最善の利益」や「子どもの意
する。第二章では、
地方山間部にて学校
をまとめることにする。
に
この研究では二つの
から学校統廃合を「子どもの権利条約」に基づいて考えていく。一
つは、日本は「子どもの権利条約」を
しているからである。
「子どもの権利条約」は (平成元)年 日、第 回国連総会にて 決された。
前文と 条(第一部 第三部)からなる。この条約では、
(
)
」とし、意見表明権(第 条)ほか思
がいのある子どもの自 など
い権利を
条や表 の自 、
イバ
している。とくに、子どもは
尊 をもち、権利を 受し行使する主体であると
す きである。子どもには
のす ての者を「子ども
の子ども観からの
の
、
した人格と
を示した点は
されなければならない権利があると 時に、自 に関わる意
決 に参 する権利、聞いてもらう権利がある。
日本はこの条約を 年に 国は実施
目の 約国として
し、すでに 年が 過した。 約
(第 条)の
を課されている。にもかかわらず、
(第 条)
、条約
後 年、日本の子どもたちが「
した人格と尊 をもち、権利を 受し行使する主体」
として位置づけられているか わしい。子どもを取り く
など しさを している。いじめ、体 、
は 人に 人が 困状 にいる
校などの 問題および対 (法
を含 )
、
がいのある子どもの 学などについても子どもの権利が尊重されているとはいいがたい。
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― 46 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
日本政 は
当 よりこの条約が発
次 通 年 日)を した。そして、
「新たな国
る」という見解を示した。この条約を
ればならない
上国向けのものであるかのような通達(文部事
置は 要であ
すると国連子どもの権利 員会に対して
を う。すでに、日本も 回の
(総 所見)は
法 置や
を行っている。
しなけ
を受けた 員会の
な改善等を める しいものであった。
子どものことを「子どもの権利条約」に照らして考えていくことは、この条約 の実施
であると 時に、条約
「 法尊重
後の「最 法 、条約 国際法 の
」
( 法第 条)に 当し、
」
(第 条)にも関わってくる。大人は子どもたちに
ら自身が
した人格と尊 をもち、さま まな権利があることを え、それらの権利を行使していくこ
とができるよう支えなければならない。学校統廃合も「子どもの権利条約」に基づいて考え、
対 していく必要がある。
もう一つは、学校統廃合においては子どもの権利は うまでもなく、子どもの気持ちや考え
もほとんど聴いてもらえない状況にあるからである。そのような状況において、基 自治体の
について
したい。
基 自治体においては「子どもの権利条約」に基づいて、条例
2
が多 な で取り組まれている 。条例の
を見てみると、
自治体における子どもの権利を総合的な施
大
のもとで
や
を目的とした
ズ
で実 していくもの、などである。例えば、
目
など の
しようとするもの、
などの子どもの権利に基づいた施 を 進するための
の子どもの権利
などによる子どもの施
や
を明示するもの、
のように子どもの権利を個 的な施
子ども条例には以下のような子ど
も観が示されている。
子どもは、その権利が
される中で、 かな子ども時 を過ごすことができる。子ど
もの権利について学 することや実際に行使することなどを通して、子どもは、権利の
を め、権利を実 する力、 の者の権利を尊重する力や責任などを身に付けることが
できる。
「 かな子ども時 」は、
る権利などが
時 」は
されることで
して生きる権利、ありのままの自 でいる権利、自 で決め
られる。学校統廃合においても多くの 合、
「 かな子ども
されている。ただし、子どもの声が聴こえてこないというのは、子どもの権利を
するという観点が希薄だからであろう。子どもに聴くこともなく大人が決めた「 かな子
ども時 」であってはならない。
「子どもの権利条約」に基づくならば、学校統廃合における子
どもの権利とは か、その権利をどのように行使するのか、など
に問われなければならな
い。
学校統廃合の最 決 者が基 自治体にあると明 された。それぞれの基 自治体が子ども
の権利を
するという観点をもっているかどうか、
--
― 47 ―
発活動を
的に行っているか
どうか、その観点に基づく条例や
に対 できる
を えているかどうか、は学校
統廃合において子どもの声を聴いていく上で大きな違いを生じさせることになる。
第 条「子どもの最善の利益」
条
会
には「子どもにかかわるす ての活動において、その活動が公的もしくは私的な社
機関、
所、行政機関または 法機関によってなされたかどうかにかかわらず、子ど
もの最善の利益が第一次的に考慮される」とある。
「子どもの最善の利益」は子どもにかかわる
活動や問題に対する らかの決 が行われる際にさま まな利益の一つとして められ、かつ
第一次的に考慮される実体的概 である。それは なる
ではなく、個 事 から公共
政 に る、子どもに影響を与えるさま まな活動および決 において 用される き
上の一
「
として 解されなければならない。
「
」
「 章 はじめに」の「
(2)学校
育的な観点」と「地域
の
教育
の学校は、
や 能を
を
する必要があります。
させるだけではなく、
生 が
の中で、
多 な考えに れ、
することを通じて思考力や表 力、
力、問題解決能
意 を身につけさせることが重要になります。そうした教育
に行うために、一 の
等についてバ
の
生
が
スのとれた教職員
のと考えます。このようなことから、一 の学校
されていることや、
年数、
が 置されていることが ましいも
を
することが重要となります。
ここでいう「教育的な観点」とは か。教育は教育する と教育される (学
る。教育は必ず教育される (学
)の
観点とは、教育する と教育される
法
)からも教育を考える必要がある。教育的な
方から教育について考えたものでなければならない。
」の「教育的な観点」とは「教育する の観点」でしかない。それは、
もの教育を受ける権利に対する
であるという
)からな
を前 とする。そのため、教育する からのみ
教育を考えるのではなく、教育される (学
「
社会の
を うことを目的としています。このため、学校では、 に教
力などを育み、社会 や
、
られている。
生 の能力を ばしつつ、社会的自 の基 、国
め合い、 力し合い、
を
化に関する基本的な考え方」には「教
化を る上では、第一に学校の たす
成者としての基本的
等の
の
してみよう。
の としての 格への 慮」が げられている。前者につ
いては二 目あり、一つ目は以下のように
学校
」を
き
者と
の
行を す権利
教育が子ど
としての
および
に けている。子どもは教育を受ける権利主体である。教育される対
として 体に置かれていいはずがない。
さらに、 けて二つ目の 目では、
「学校
題ですが、あくまでも
の
化の
は、
な要 が
困 な課
生 の教育条 の改善の観点を中 に え、学校教育の目的や目
--
― 48 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
をよりよく実 するために行う きものです」と、
「子どもの最善の利益」を中 に えるので
はなく、子どもを教育するための条 改善の観点を中 に えると、ここでも「教育する の
観点」が明示されている。そして、
「各
や
方法の改善の方向 も
においては、これからの時 に められる教育
しつつ、
の学 数や
のような教育上の課題があるかについて総合的な観点から
通 解を りながら、学校統合の
を行い、
「
の共通 解によって学校統合の
以上のことから、
「
を行い、
者や地域
と共
について考える必要があります」と、子どもの気持ちや
考えを含まない「総合的な観点」からの
り大人
生 の下で、 体的にど
者や地域
を考えていく
」との共通 解、つま
が示される。
」では「子どもの最善の利益」が第一次的に考慮される実体的概 と
して められておらず、
き上の一
としても 解されていない。それ え例えば、通
学時間について以下のような目 が掲げられることになる。
な 通
が
でき、かつ
通学や 時間通学による
トを一
できる見通しが つということを前 として、通学時間について「概
一 の目 とした上で、各
において、地域の実 や
以上や 時間以 に設 することの
「概
も含めた
時間以 」を
生 の実 に じて 時間
を行うことが 当であると考えます。
時間以 」は「
『 通機関を利用した 合の通学時間』を基 として設 している
の中では、おお
時間以 と設 している例が多いこと」に
および通学時間に関しては、これまでにも日本 築学会( 年)の
されてきた。すなわち、最大でも小学校 学年は NP
学校は NP 前者
および時間に一
体をただ
解
および後者
れることなく、通学
以 である。
「
や時間より学校
している。通学
および時間が
以 、小学校 学年から中
」は日本 築学会の
を 先する 状の基 自治
するだけになっている。
学校統廃合に対する らかの決 が行われる際、および統廃合が進められていく過 で、
「子
どもの最善の利益」が
者および地域
置づけられる必要がある。また「
、自治体等からのさま まな利益の一つとして位
」では子どもを「学校教育の 接の受益者」
「
の受益
者」であると めている。そうであるならば、受益者である「子どもの最善の利益」が第一次
的に考慮されなければならない。
第 条「子どもの意見の尊重」
条
「 約国は、自 の見解をまとめる力のある子どもに対して、その子どもに影響を
与えるす ての事 について自 に自 の見解を表明する権利を
する。その際、子どもの
見解が、その年 および成 に い、 当に重 される」とある。子どもは自 に影響を与え
るす ての事 について自 に自 の気持ちや考えを明らかにしてよい権利をもつ。 うまで
もなく、学校統廃合においてもその
、統廃合に対する気持ち、統廃合後の生活での思いや
--
― 49 ―
考えを自 に表明してよい。
ただし、
「自 の見解をまとめる力のある子ども」をどのように考えるかが要となる3。自
の見解をまとめるには必要な
を聞いた上での 省
法の
が
されなければならないし、 者への
が必要となる。
や 者の見解
では「この目的のため、子どもは、とくに、国
と一 する方法で、自 に影響を与えるいかなる 法的および行政的
いても、 接にまたは
にお
人もしくは 当な 体を通じて聴聞される機会を与えられる」とあ
る。子どもは 者に自 の気持ちや考えを聴いてもらう権利(機会)をもつ。子どもは 者と
関わり、気持ちや考えを聴いてもらう中で、 者との共
業の
として「自 の見解をま
とめる力」をもつことになる。子どもにとっての 者である大人が子どもとどのような関係を
築くのか。それは、例えば、
の気持ちをその子のし さや表 からどのように聴き取るの
かを私たち大人に問いかける。大人の の子ども観、教育観
育観、人権意 、 見の
等が しく問われることにもなる。
「
」を見てみよう。
「子どもの意見の尊重」における国 法上の実施の課題として、例え
ば、学校活動と子どもの参 権の行使、とくに決 過 への参 の 組みづくりが
いる4。学校生活上のきまりの
、学校
されて
、学校行事を含 教育課 、教 、教育 政
行政などの決 過 への参 の 組みづくりである。この点から えば、
「
」には決 過
への参 の 組みづくりがないことは明らかである。
また、
の「聴聞される機会」についてはどうか。
「 章 学校統合に関して 意す き点」
の「
(3)統合により生じる課題への対 」の「
生 にとっての
統合前に 点、統合後に 点、 がいのある
生 に対して 点、
いる。その中で、子どもの気持ちを聴く
トを
の例えが げられて
としては、統合前が「 統合前から
教員を統合後の学校にも一 数 置する」を えて、
「
する
化への対 」として、
生 や
者の
や みを
的に実施する」の 点ある。統合後が「 ス
援を受けられる体 の
」と「
に じた
の実施」の 点である。
問 は
まずス
や みに関する
ト
等の支
の
等を含めた教職員の 置、必要に じた
は可能なのだろうか。
「地域との関係の希薄化を
に統合対 各地 の教育
」の
している
的な実施、必要
問 は
の実施
」として、
「統合後の学校の教育活動
的な活用、
「統合前の学校の
な
の
示 び
教育活動」
の活用、
「統合対 各地 の行事と連 した年間計画の 成」
などが げられている。
基 自治体に対して
たものであろうが、 政
化ないし 政に
要 を抱える基 自
治体にとって教職員の 員等の対 が可能なのかどうか。
のところ、 行の教職員で対
しなければならなくなり、子どもの気持ちを聴くのは
トに ることになるであろう。
しかしながら
は
トは傾向を
するのに
つであろうが、
「聴聞される機会」として
であることに 意してほしい。次章で示すように、子どもたちは学校統廃合の際、
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― 50 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
、
の思いや願い、考えを抱いている。例えば、
な説明もない中で、
年生の一年間だけを統合校で過ごす子どもたちの中には「あと一年なのに」という
いや
「
(その気持ちを大人に対して) ってみたところで」という めを抱いている者もいる。その
ような子どもたちの気持ちや考えを
のような でもち、どのように
トでくみ取るのは しい。
「聴聞される機会」をど
するのか。基 自治体の「
生 にとっての
化へ
の対 」として 目したい。
第 条「
条
余 、 び、文化的
「 約国は、子どもが、
びレ
的生活への参 」
かつ余 をもつ権利、その年 に さわしい びおよ
的活動を行う権利、ならびに文化的生活および
を める」とある。 びは、
、
に自 に参 する権利
、 まい、教育と 等のものとして位置づけられ、子
どもの生活に かせないものである。生きていくために必要なさま まな能力を身につけるた
めにも びは 可 なものとされる。
どもの
の活動として
教育要 では 育の中 に びを置き、 びを子
し重 している。 びが学びの基 を うものであることは間違
いない。しかし、 今の学力向上の声に押され、学びのための び、学びにつながる びのみ
が びとして められるような、 びの 小化が目 つようになってきている。
学校統廃合では校 の 域化が進み、中 部と周辺部の子どもたちで通学時間に大きな差が
生まれている。
ス
バスを利用する学校では下校時の発 時間が決まっている。
そのため、
子どもたちは 課後の学校での びに 約を受けることになる。あるいは、
域化により
の り えなしでは びに行くことも しい。
「ス
り、子どもの体力が ちた」と聞く。ス
後も校 の
バス利用で かなくな
バス利用であっても、 課後の学校での びや
後の びが 実していればどうだろうか。学校教育にとどまらず、社会教育や
年活動
などと関連づけて、子どもの びにもっと関 を示す きであろう。
また、
「概
を
時間以 」という通学時間の目 は、子どもの生活 イ
にどのような影響
すのか。 を る時間が まり、 課後の びが時間に 約されるなど、時間に われ
る子どもの生活になる。日本の子どもたちは「
学校時間の
によって、子どもには
な
」ともいえる 題などの
や余 が
る。とくに中学生は 課後に部活動に んだ後での
はより一
があ
となる。学校統廃合による通学時間の
や余 を ることになるのではないだろうか。
なお、国 法では、この条文を
余 、 び、文化的
的に 進するような法 も
び などの レ
もない。この点でも、
「
的生活への参 」という観点から学校統廃合をとらえ、 課後
および 日等における子どもの育ちの
地や
されていないという
や
5
、例えば学校 の子どもの
所づくりや
の設置などを含めた総合的な子ども施 が基 自治体に
められる。
--
― 51 ―
その 、条文は省 するが、第 条「 約国の実施
は、子どもに関わるす ての大人の実施
ない。
条約を
法
したのは国であるが、
および政 の
」および第 条「条約
および
がより一
された条約を国 法
」で
されなければなら
として 用していくのは、
者や、それらの実施者である子どもに関わるす ての大人である。
学校統廃合の際に、最も影響を受ける子どもたちは を思い、 を考えているのかを聴いてあ
げてほしい。
また、大人だけでなく、子どもにも「子どもの権利条約」を、子どもの権利を周 する。権
利主体である子ども自身が条約の
を らされ、その学 を通じて自 の権利についての
を める。そして、権利行使能力を
するためのあら る
や実 の機会を与えられる
必要がある。子どもは学校統廃合によって最も影響を受けるからこそ、気持ちや考えを えて
よいこと、聴いてもらえることを り、その権利を行使する。その権利を
どもたちは学校統廃合の
される中で、子
に関わらず、
「 かな子ども時 」を過ごすことができる。最も影
響を与えられる者が も声を上げられない、 かが決めたことに うだけという状況は改めら
れなければならない。
そのためには、第 条「
な
( )
「教育上および職業上の
への
ス」および第 条「教育への権利」の ならびに
を、す ての子どもが利用可能でありかつ
スできるものとすること」が子どもに められなければならない。
しようとするだけでなく、 益な
おいても、統廃合に関する
を
をさま まな で子どもへ
な
から子どもを
する。学校統廃合に
しなければならないし、子どもが統廃合に関する
を
利用できるようにしておかなければならない。これは第 条の「自 の見解をまとめる力」の
前 にもなる。
り
対 校は、
お
に
地方山間部に位置するほ
て 校した新設の 小学校である。統合時は
通りである。(平成 )年 じ
数約 年後の 年の
である。統廃合の
は、以下の
自治体 会にて、三つの小学校対 の統廃合として
なされた。それまで 小学校の校 改築が自治体
また、 会 前には、 小学校
数の 小学校と 小学校が統廃合し
から
計画の
が
対 として考えられていた。
の校 改築の要 も ていた。にもかかわらず、
合 を えるにあたり、
主 での学校統廃合が
され、進めら
れていった。
その後、行政 の説明会や地域
との意見
会などを通して、 年に 小学校と 小
学校の二校の統廃合が決 した。 年 の施政方 では、
「 子化が進 中、 小学校、
--
― 52 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
小学校では
数の
が しく、 い
、一部複 学 となることが
されています。
複 学 がいけないというわけではありませんが、
子どもたちの かな をは く ためには、
多 な 会いが
はなく、
地域
される
が
とも必要です」と明 な統廃合の
合 前の け み学校統廃合という
および
たものの、
者としては、
数の
改築から統廃合へ
、
があっ
を進め、 年に統合を えた。
日 小学校
の
および 年 にて約 時間行った。前者では統合時 年生であった
した行政の決め方に
と多 な教育活動の困 さなどから統廃合には一 の 解を示した。
は、 年 学校 身者 )
、
られること
を与えた。
統廃合決 後は 37$ および学校を中 として
聞き取り
が
( 前 および )の計 日 者
校研究
( 小学校 身者 および 小
である。後者では統合時 年生であった
( 員 小学校 身者 、 、 )の計 である。また、 小学校 の
学前の子どもたちは一部の地 の子どもたちおよび 校してきた子どもたちを き じ 育
時 を過ごしている。
んでいく。 育 、
および が通う 育 、
、そして小学校へ進
、小学校へと進 子どももいれば、 育 には行かず、
小学校へ通う子どももいる。元 年生は が
のうち が 年 りに、 年生は から
のうち
が 年 りに統廃合によって 会することになった。
なお、
「 」の後のイ
あり、
は発 者を す。発 中の( ) の問いかけは 者のもので
の の元子どもの発 の 合はイ
ないし 員と表 する。 の文章は
である。
に
元 年生はみな
者からも、学校および教員からも説明はなかったと回 している。
「もっ
と前に ってもらえてたら、気持ちの
ている。ただし、
ができたって思います。 だったので。
」
( )とも
の 業で新しい校 の
をしたのが く
に っており、その
築 中の新校 を見た時などで統廃合を意 したという。すでに
たように、統廃合問
題は大人には統廃合の 年前に
った」のである。大人が思う以上に
対して、元 年生は 年生時に
されていた。にもかかわらず、 年生の子どもには「 だ
な説明が必要といえる。
者から
合 に って学校が統廃合すると日常の会話
の中で聞いている。中には「統合するかもしれない」
の話を数年前から にしていたよう
である。とはいえ、新校 について、 小学校 の一 ずつを用いるかどうか 論になったこ
とは
に っているが、その際「子どもには意見が聞かれることなく、いつの間にか決まっ
ていました」
( )とも
る。 年生、 年生ともに、学校統廃合についての
けたわけではなかった。ただし、新校 に対して「 小の校 先生が
--
― 53 ―
な説明を受
したのはうれしかっ
た」
( )と、 小学校 身の元子どもは「おらが学校」的な気持ちを抱いたようである。子ど
もたちにも学校への
がある。だからこそ、その学校が統廃合になるのであれば、子どもた
ちの思いや考えを聴いてあげる きであろう。
に
元 年生は、
「まず
しようという気がなかった」
( )
、
「 び仲間が えるみたいな感覚、
どっちかといえば。たとえば
するにしても多くの人数でできるからそれは しく
なるし。そういう は 然よかったです 、前よりは。
」
( )と、
えることを
「
に喜んだようだ。 業の進め方や
ス
などは
気について
小でも 意だった人がし
は二の次、友だちが
ると、
「 わってない」
( )
、
って、 先してやっていた」
( )
とのこと。
中には、
「私は わない方。 統合して
ようかな って思ったけど、やめとこうって。ま
ってくれるしいいかってみたいな感じで、当時から かってて。
(小さい学校だとみんなが
を うのでは )みんな意見を える人数だから、 わされるじ ないけどみんな片っ か
ら う感じ。多くなったら私みたいな人もいて、一 に もれて」
( )と
る。 もが
や
的に発 して行動することの
た元 年生もい
は にして、人数が えることで自 の
を の かの中に見つけ、それらを「一 に もれる」ことで していくことができ
るようになった。
じ元 年生に
の後 に改めて学校統廃合について
ると、
「 体的に見たら、やっ
りよかった。やっ り人数がいたらいろんな意見が聞けるし、友だちが えるし、そういう
では子どもはうれしいと思います」と
んな意見をいろんな
や
だちに 合えた統廃合を
(
た。
「一 に もれる」ことができたからこそ、いろ
的なそれらも含めて)で聞くことができ、自 と た友
的にとらえられたのではないだろうか。
とはいえ、子どもたちもしたたかだ。例えば、
「みんなと じことを おう、みたいな。前の
人が ったことをこの人が って、また って、 員 じことを えばいいみたいな時もあり
ました 」
( )と、教員には困った「一 に もれる」 も子どもたちは身につけたようだ。
大人は子どもの
や主体 が きだ。それ えに、 うことなく、子どもへそれらを
いてしまいがちだ。子どもたちが大人の を い、大人に合わせて、
れることもある。良くも くも「一 に もれる」ことができる
的、主体的でいてく
な子ども
が大 だと
いえる。
対して、元 年生は、
「あと一年なのに、という気持ちは
った。 に統合しなくても」
(
)と統廃合に
あった」
( )
、
「 小で
的な意見を
学生なりに統合したら大 なんだろうなというのは感じながら だ
た者もいた。また、
「小
を えた感じがします。
へはあまり えずに、自 の中で 年生になるときに統合するし、最 学年だし、みたいな感
--
― 54 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
じで、二つの学校が一 になるし、なんかいろいろ大 だな と。
(友だち
でそのような話
をした )覚えてない。
『いや 』とは ってたけど 。
『いややな 』
『し うがないな 』み
たいな感じで。
( 年生 らいの時から )そうです 」
( )と。 学年、とくに 年生にも
なると、
「最 学年だし、みたいな感じ」で自らを しようとする、我慢しようとする子どもが
いる。 もしい
、自
などへつながるもろさや うさも成 過
どもたちの気持ちや考えを
えに せもつ。子
に聴いてあげる必要がある。
業については「 それぞれの学校で お いのやってたことをやりあってみたいな感じだっ
たんで、あんまり 人数が えたことで
わらなかったですけど 」
( )
、
「
(人数が えた
ことで一 がんばった )私はないです。 もなかった」
(
)
、
「 うなんてなかった。で
きる子はできるんだ みたいな」
( )と。教員としては統合後、教育
行
しながら、さま まな
業があまり
をして教育活動を
や行事の精 を行い、
する。一年間しかいない 年生には
に らなかったのかもしれない。あるいは、
「あと一年なのに」と当 から統
合に
的な、
的な子どもたちは 学年とは違い、 業や
こか
に見ていたのかもしれない。
スの
気、人間関係をど
に
元 年生は「そんなに わってない」
( )という者もいれば、
「 小の時は、友だちみたい
な感じで話してたんですけど、 小学校 統合後に 小から 小へ 任 の先生たちにはち
っと
感があった。
感というか、話しにくいって感じ」
( )と、小
感覚も含 教 -子ども関係から新しく 合った教 に
元 年生は元 年生とはやや なり、教員の
校 えの友だち
を感じる子どももいた。
や行動にさま まな思いを抱いていた。例
えば、統合前の教員に対しては、
「「最後の行事」と われ取り組んだ行事に対して さびしか
ったな 。自 も 小で 業したかったな 。
(その気持ちを先生に えた ) ってみたとこ
ろで
」
( )と、もう一人の者も「そう、それが一 大きかった」
( )と
した。 校
を えるにあたり、ほとんどの行事がどうしても「最後の行事」になってしまう。教員として
は「最後の行事だから」という思いで子どもたちに めるものがあるのだろう。しかし、その
思いを受けとめ、
「最後の行事」に取り組 子どもたちはさびしさや めなどの複 な思いを抱
いていたようである。
また統合後の教員に対しても、
「先生たちは話を聞いてくれるわけでもなく、仲良くさせよう
という感じ、あっちの子たちと。 ん んこっちの意見も聞かずに、
『仲良くするのが一 だ』
みたいな考え方だったんだと思います」
( )と、ここでも教員の考えとは なる受け め方を
している。
「仲良くする」のが大事なことは かる。しかし、その前に一人 とりを見てほしい、
聞いてほしい、関わってほしいという子どもたちの思いがここにある。
さらには、各小学校が行っていた行事や活動を精 して統合後に き
--
― 55 ―
ものとして、 小
学校の
があり、統合後も 小学校にて
と対 しとったしな 。
的に取り組まれた。
「先生
もなんかち っ
なんかやらんでいいんち うか らいの いのことも ってる人
も 小学校 の先生にいたんで。
(先生
の対 も見えていたんですか )う ん、 年生に
なったら見えたよな 。 かった。
」
( )と。
統合後の行事や活動の精 はや を ない。 を すかで先生
う。
「
と
が きだった」と る元 年生は「
的に
では
後、行事等の精 や
ス
もたちは
条
の時は 任 元 小教員 が なかった」
( )
ていた。統合したとはいえ 小の
しい もある。教員
的な
の意見の対 もあるだろ
の
を 小の教員が 当するのは
していたのかもしれない。大人は、とくに教職員は統合
などに多 を める。とはいえ、
な説明がなければ、子ど
を示すことになる。統廃合前後に子どもたちへ
に説明できるための
が必要であろう。
に
統廃合前は、 小、 小ともに
となる。 校時はス
自治体
く
通学であった。統廃合後は旧 小学校
バスで、下校時はス
である。旧 小学校 は
下り のため
バスと
とバスの地
(
域がバス通学
バスを 用した。バス は
位の
、下校時は上り のためバス通学と
する子どもが 通学で、中には 校時は
的な通学方法の地 もあった。最も
以上)である。
小学校 身で下校時のみバス通学した元 年生の一人は「
(統合前は)バスじ なかったん
で。 りとかは時間が
限がなく、
下校は決まってましたけど、 課後みんなで んだりする時間が
下校の時間までみんなで
たりしたんで、そこはすごいよかったです」
( )
と、統合前と後でバスの時間によって 課後の びが 限された点を
だけでなく、ス
や
した。この点は び
バスを利用する の地域の教員から教育活動、例えばち っとした
の時間でできなかった行事の事前
びに関しては、自
なども
に 限されると聞いたことがある。
の利用の話も た。統合前の旧小学校
のみの利用が統合後も
されることがなかった。そのため、下校すると、旧 小学校 から旧 小学校 へ びに行
くことができず、
もバスの時間に合わせて んだという。
小学校
利用させることができないことは 解できる。しかし、そのことを子ど
域を自
もたちへ説明するか、新校 に じた自
利用を子どもたちと共に考えてもよい。
また びに関して、元 年生は校 の びについて次のように
って、 小の 校 びのような びができなくなった。
けて 子どもたちが
ち うど 、
からいえば、 域化した
た。
「 に、人数が多くな
みに 2回とか。生 会が
か
まってたんですけど、 小やったら 校生 、 人 らいだったんで、
らいで。
(かくれん ができたもんな - )わけわからんように最 的に
はなったんですけどやってました 。
統合後は
--
― 56 ―
校生で
ことがなくなった。 年
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
生だけで
したりとか」
( )と。
先の元 年生も統合前は 課後に 校
みんなで んでいたと回 していた。小
であれば 年 での びが自然にあり、
子どもの育ちにとって 年
に
『学
が大きくなるにつれて 年 での びに わる。
と 年
とがバ
されていることである。
る。学校の
活動」
(国 教育政 研究所 )
』
が大きくなって 年
であれば、教育活動によってあえて 年
い
スよくあるのが ましいのは、すで
要 』
や
『子どもの社会 が育つ
「 年 の
などでも
な
での びや学びに るの
のそれらを り さなくてはならないことにな
には、このような自然発生的な子どもの 年
による びを
しな
という観点も大事なものであると考える。
元 年生は 業での スト
バス通学や 動会にも
などの地域の人たちとの関係について った中で、
した。
「
(統廃合して地域の人たちとの関わりは わった ) らな
いおじいち ん、おばあち んが えた気がします。やっ
「
くなっち うんで。
( 小の時は
さんのおじいち ん」だと。それが からなくなった- )
。
スト
るさと学 などの
も 地域の人でやっているのではなくて、ち っとなんか先生みたいな感
じの目で見るようになってました 、 かに。 下校の時にあいさつして ったのも、バスで
ってくる所まではその人の の前を いて通らないので、あいさつも りました。
( 動会の
後って地 の 動会になるんですけど、それが 小になって る人が なくなった。お年
りの方は にくくなって- )
」
( )と。
統廃合によって廃校となった元学校周辺の地域と新設学校との関係は希薄になる傾向にある。
例えば、 み聞かせの
ス
や体 活動の スト
などとの関
係に りが生じる。バス通学によって、子どもたちが地域 を かなくなる。それは地域の人
たちとの日 の 合いがなくなることでもある。 い から生活の中で わしてきたあいさつ
がなくなり、子どもたちは学校であいさつするよう
されることになる。また、 スト
として学校に かれた「地域の人」は、一部の子どもたちにはあいさつをする関係
でない、見 ら 「先生みたい」な人として る。統廃合により校 が 域化することで、行
事や活動に対する地域の 力や参 の 合いに違いが生じるだけでなく、地域や地域の人たち
に対する子どもたちの 解にも大人が考えるそれらとは違うものが 生えることもある。
地域と関連して、一点
する。これまでも地方や中山間地域において公共施設(学校施設
も含 )の複合化が進められてきた。小学校、 書 などの社会教育施設、
などの
的
施設を じ 地 あるいは施設 に設置する取り組みである。公共
および 政
化の 進、地域社会 体での子育て
育活動の 進、など公共施設の複合化には一 の
の
、地域
施設や 育
スの機能
を活用した教
トがある。しかし、子どもの目にはど
のように っているのだろうか。
「 小学校に通ってた時から『どうせなくなるんでし 』みたいな感じがあって。最 から
--
― 57 ―
『人数が なくなったら 人
にする』
みたいな話はもう小学生の時から聞いていたんで。
そういう りにするって聞いてたんで。
( から聞いた ) から。だから レ
て、
もあっ
もあって、教 もなんか が動くようになってて、そういう りになってるん
で、なんか『どうせなくなるし 』みたいな気持ちもあったんですよ。
」
( )と。
ここには「私たちの学校」という意 がある。ただし、この意 は
「私たち」の意 が過 であると、
「私たち」でない者への
「私たち」が周 に
や
なものである。
として れる。あるいは、
してもらえない 合、例えば「私たち」のことなのに「私たち」の気
持ちや考えを聴いてもらえない、
る。
「私たちの学校」から、
を めてもらえない 合には めや自
へと 化す
者と共に利用する「みんなの学校(施設)
」にな ならないの
か。それは「みんな」で使用する施設なのに「みんな」の中に「私たち」が っていないから
である。
「私たち」が らないところで学校統廃合が決まり、新しい「私たちの学校」は「私た
ち」でない かのために
された りになっている。だから、
「どうせなくなるし 」という
な思いが生まれてしまう。公共施設の複合化を進める際には、
「その子どもに影響を
与えるす ての事 について自 に自 の見解を表明する権利を
する」こと、つまり、複
合化によって利用する「みんな」の中に子どもたちを れて、子どもたちの気持ちや考えも聴
き、 合によればそれらの気持ちや考えを活かした複合化計画を
実施す きである。
学校統廃合の
について一通り話を聞いた後に、
「当時、子どもながらに統廃合について説
明を受けていたら、 か考え、 か行動しただろうか」と改めて
と考え
てみた。みな「う ん」
中、元 年生の一人は「 の例を らないので、きまりがあれば、 るのが当たり
前。 えるというよりもそれが当たり前、その中でどう動こうかと。それを す事例を らな
いので、どうやればいいか。
」
( )と えた。 かに、学校統廃合だけでなく、学校
地域の生活
で思いや考えを日常的に聴いてもらう機会が なかったり、自 たちの生活を
自 たちで考え決めていくような参
参画ないし自治活動を
していなければ、上 の
のように 状を受け れるしかないであろう。
しかし、 は次のように付け えた。
「小2の時の自 は話してもわかんないとは思うんです
けど、 しい説明は一回は受けとかないと、
それが大人になった時に
できなくても、
できないのであれば、
もなしに れでなるのはおかしい。 からなくても かるように説明
するのが教 の 目というか、それをやるのが教育であって。子どもにち んと説明して、
に大人が決めていくのはおかしいかなと今は思う」
( )と。
は「今は思う」と
ている。 校 年生という「今」
、ある
自 で自 のことを考え
ることができて行動できるようになった「今」だからこそ、思い しているのである。大事な
ことは、どのような年 、成 過 の子どもであっても自 のことは自 で考え決めることが
--
― 58 ―
学校統廃合における「子どもの意見の尊重」
できること、 時に、そのための支援や援 を大人から られることである。そのような
の み重 が子ども自らの気持ちや考えを意見としてまとめることや、表
発 することを
支える。
この点について気になる
を一つ
しておく。元 年生は統廃合から 年後、
つの小学校から まる中学校へ進学した。
生 会では 員 者である に
、
てみた。すると、
「それは 先生
的なことをよくやらしてくれたので。 とか、
スというか
が今回の聞き取り
対
を えた 小学校 身者であったという。
「な 生 会 員をするほど
的、行動的なのですか」と
か 、
中
任 が、 ていうんです
も。
(
が多かった - 員)
能とか。そういうのはやらしてくれたので。前に てやるのは、
(今でも
多いんやんな - )それは学校がどうこうというより 先生が。
」
( )と えた。
統合後、元 年生たちは 先生と 合い、 任となった 先生と 年生と 年生の二年間を
共に過ごした。子どもたちに「
的なことをよくやらしてくれた」 先生。もちろんす て
の子どもたちが今回の元子どもたちのように
的、行動的になったというわけではない。ま
た、 先生だけでなく、その の教育活動や地域をあげて取り組んだ子ども会活動などの影響
もあったであろう。それでも、生 会活動という自治活動への
的な参
参画の影響とし
て、小学校時 の一人の教員の教育活動を げた点に 目したい。
先生が取り組んだ
子ども、子ども
や
スは子どもたちには「
的なこと」
、いいかえれば、教 と
で思いや考えを し合える、聴き合える、表 できる機会になっていたの
ではないだろうか。学校統廃合の際に、子どもの気持ちや考えを聴き、説明をす きだと
てきた。ただし、その前 として、子どもが自 の気持ちや考えに気づき、まとめ、発
できるような子ども
り
や、教 と子ども関係が築かれていなければならない。今後聞き取
を進めていく中で、この点を考えていきたい。
元 年生は聞き取り
の最 から「統廃合は だった」と っていた。聞き取りの中でも、
年生の時から「最後の行事」を
た
ちや
表
し、統合後の 年生では「仲良くすること」を いられ
を持っていた。また最 学年であるという自覚をもち、子どもたちなりに我慢する気持
を抱いていた。それ え、
「いやとは っていたと思う。決まる前にももし
ト
とかあれば、いやと っていたと思います」
( )と えた。学年によって新しい学校で過ごす
時間の違いだけでなく、
元の学校で過ごした時間の違いがある。
一人 とりはもちろんのこと、
学年という 位で
な 慮や
を考える必要があるのかもしれない。
今後の課題にしたい。
おわりに
「私たち抜きで、私たちのことを決めないで!」
。最も影響を与えられる者が も声を上げら
れない、聴いてもらえない、 かが決めたことに うだけという状況が がい者による当事者
動の中で ばれた。 じようなことは
や
--
― 59 ―
者、
レスや 困
の人 にもいえ
る。数年前に北海道の小学校の統廃合の事例を聞く機会があった。小学校 年生の子どもが片
道 時間のバス通学をしており、
トイレを我慢するため、
朝食を抜いているとのことであった。
その時、
「私たち抜きで、私たちのことを決めないで!」が私の中で喚起された。学校統廃合に
おいても最も影響を受ける子どもが当事者として位置づけられていない。当事者である子ども
の声が聴いてもらえていない。子どもに限らず、問題状況の当事者の最善の利益が第一次的に
考慮されるのは当然のことである。そのために、当事者は意見を聴いてもらい、意見を表明す
る。この当たり前のことが学校統廃合でも行われていない。
章で示したように、子どもたちはそれぞれいろんな思いを抱き、友だち関係を築こうとし
ているし、先生をはじめ大人を観察している。今回の元子どもたちからは、以下のような課題
を与えてもらった。一つは、学校統廃合は個人差はもちろんのこと、学年差があるということ。
旧学校と新学校で過ごした時間の違いや学年に付随する自覚および責任感が学校統廃合におい
てどのように働くのか。今後も考えていきたい。
二つは、大人、とくに教職員の思いと子どもたちの思いのズレについて。
「最後の行事だから」
「仲良くする」など、大人は善意で子どもたちのことを考えて、子どもたちに接している。ど
のような善意も当事者の気持ちや考えを聴かずに行為に移してしまえば、当事者には困ったも
の、余計なお世話になることもある。教育そのものが大人の善意によって計画され、実行され
ているものである以上、学校統廃合に限らず日常の教育活動も省みる必要がある。
三つは、学校と地域との関わりについて。地方や中山間地域では今後、公共施設の複合化が
進められるであろう。学校統廃合はとくに周辺部の子どもと地域との関係を希薄にする傾向が
ある。子どもが含まれない公共施設の複合化はさらなる過疎を後押しする。学校廃校後の子ど
もと地域の関係をどのように築いていくのか。教育にとどまらず、地域づくり、地方行政、地
域産業、地域医療や子育て支援などと関連づけて考えていきたい。
1
この論文では条約の趣旨に沿う国際教育法研究会訳を使用する。
「子どもの権利条約」の概要については、
『解説 教育六法 平成 年版』
(三省堂)および喜多明人ほか『逐条解説 子どもの権利条約』
(
日本評論社)を参照した。なお、
「子どもの権利条約」には矛盾や問題点もある。例えば、第 条「教育の
目的」として「
(a)子どもの人格、才能ならびに精神的および身体的能力を最大限可能なまで発達させる
こと」を掲げるが、それが第 条「子どもの最善の利益」であるとは限らないこともある。この論文では学
校統廃合において子どもの権利がほとんど尊重されていない状況に対して、まずは「子どもの権利条約」に
基づいた「子どもの最善の利益」
「子どもの意見の尊重」等を主張する。
「子どもの権利条約」の矛盾や問題
点については稿を改めたい。
2
各自治体の取り組みについては、荒牧重人ほか『解説 子ども条例』
( 三省堂)および子どもの権利
条約総合研究所編『子どもの権利研究』各号( 以降 日本評論社)を参照願いたい。
3
桜井智恵子『子どもの声を社会へ』
( 岩波書店) S
4
喜多明人ほか前掲書 S
5
喜多明人ほか前掲書 S
--
― 60 ―