結核症(tuberculosis)

雨宮みち
第5回
連載 日本看護協会看護研修学校
認定看護師教育課程 主任教員
1979年信州大学医療技術短期大学部看護学科卒業。信州大学医学
部付属病院,聖マリアンナ医科大学病院勤務後,2009年より現職。
2002年日本看護協会看護研修学校認定看護師教育専門課程感染管理学科卒業後,
2007年2012年と更新。2013年東京医療保健大学大学院医療保健学研究科修士課程
卒業(看護マネジメント学取得)
。
結核症(tuberculosis)
今回のポイント
1.我が国では,結核罹患率が欧米諸国に比し3倍以上高く,感染症法上二類感染症に位
置づけられ,「結核に関する特定感染症予防指針」に基づき低蔓延化に向けた取り組み
がなされています。
2.結核の病原体は結核菌で,その感染経路は空気(飛沫核)感染であり,感染予防策と
して日常的な標準予防策の徹底に加え空気感染予防策の実施が必要です。
3.外来や救急部門においては,優先診療体制を確立し,長引く咳や微熱,倦怠感などの
症状に留意し結核患者を早期に発見すること,疑わしい患者に対しては空気感染予防
策を講じることが重要です。
我が国の新規結核患者は年間2万人を超えて
HIV感染者が増加する中で,結核との重複感染
おり,約80%が医療機関で発見され,その大
者による重症化が懸念されるなど,結核は「再
部分が最初に訪れるのは一般の医療機関です。
興感染症」として再び注目すべき疾患となって
医療機関では毎年集団感染が報告されています
います。世界保健機関では,毎年3月24日を「世
が,その要因として,高齢者の結核患者の割合
界結核デー」とし,低蔓延化に向けて取り組ん
の増加,免疫機能が低下した患者の増加,気管
でいます。
支鏡検査・挿管・ネブライザーなどで咳を誘発
我が国では,1950年ごろまで結核が死因の
する処置の増加,結核未罹患の若い医療従事者
第1位を占めていました。その後は治療薬の進
が多いこと,診断の遅れ,施設の構造や設備の
歩などにより減少してきましたが,1997年,
問題などがあります。結核についての正確な知
1998年と2年続けて上昇に転じ,1999年には
識を持ち,患者に最初に接する時から「結核の
厚生省(現在の厚生労働省)より「結核緊急事
可能性がないか」適切なアセスメントを行い,
態宣言」が出され,都市部の結核対策強化,
「日
少しでも疑いがあったら,その段階から疑いが
本版21世紀型DOTS戦略」の推進,高齢者など
なくなるまで,確実な感染予防策をとることが
の結核対策の推進など,結核への注意喚起と対
求められます。
策強化が行われてきました。2007年には結核
本稿では,主に肺結核症についてその概要と
予防法の廃止,
「感染症の予防及び感染症の患
感染予防対策を述べます。
者に対する医療に関する法律」
(以下,感染症
結核症の疫学
法)への統合といった,法的な位置付けと対応
の変更も行われました。
結核は開発途上国では依然として公衆衛生上
この改正により,結核は二類感染症に位置付
の大問題であり,交通手段の高速化,大量化,
けられ,接触者調査や健診の法的位置付けが明
効率化によって感染者の移動も容易なことから,
確になりました。さらに,2011年には「結核
問題は途上国にとどまらないことが指摘されて
に関する特定感染症予防指針」
(以下,予防指
います。一方,エイズの世界的蔓延によって
針)が改正され,低蔓延化に向けた新たな対策
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.5
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が示され,薬剤耐性検査および分子疫学的手法
します。肺内に病変が限局しているものを肺結
を用いた病原体サーベイランスの構築,イン
核とし,リンパ節病変や胸膜病変,血行性散布
ターフェロンγ放出試験(interferon-gamma
でできる粟粒(播種性)結核などを肺外結核と
release assay:IGRA)および分子疫学的手法
呼びます。
を積極的に取り入れた接触者健康診断(以下,
■病原体
接触者健診)の強化,潜在性結核感染症治療の
結核の病原体は結核菌( Mycobacterium
推進,医療提供体制の再構築,医療提供および
tuberculosis )であり,長さ2∼10ミクロン,
患者支援における地域連携体制の強化などが推
幅0.3 ∼0.6ミクロンのグラム陽性の細長い桿
進されています。
菌のうち抗酸菌と呼ばれている菌の仲間で,芽
こうした取り組みにより,日本の結核罹患率
胞,鞭毛,莢膜はつくりません。細胞壁に脂質
は20(対人口10万)を超えていたものが,2013
が多いためグラム染色では染まりにくく,石炭
年には16.1(対人口10万)まで減少してきま
酸フクシンの加温染色(チール・ネルゼン法)
した。しかしこれは,欧米諸国と比較するとア
で赤く染まります。結核菌は偏性好気性菌で,
メリカ(3.4)の4.9倍,ドイツ(4.3)の3.9倍,
至適温度は37℃,至適pHは6.4 ∼7.0です。発
オーストラリア(5.4)の3.1倍と依然として高
育が遅く固形培地上で結核菌のコロニーを観察
く,低蔓延国とは言えない状況にあります。
できるまでに2∼5週間が必要であり,診断さ
我が国の課題としては,結核患者の高齢化が
れるまでには時間を要します。結核菌は無芽胞
進み,新登録結核患者の半数以上は70歳以上
菌ですが,乾燥および消毒剤などの化学物質に
の高齢者が占めていること,感染性のある働き
対して強い抵抗性を示します。
盛りの結核患者の受診の遅れ,外国出生者の新
■感染経路
登録結核患者数の増加(特に若年層の新登録患
感染経路は空気感染(飛沫核感染)です。肺
者の外国出生者割合が大きく,20代では新登
結核患者の咳やくしゃみしぶき(飛沫)に含ま
録結核患者の3人に1人以上は外国出生者であ
れている結核菌は,空気中で急速に水分が失わ
ること),結核罹患率の地域差が大きく,首都
れ,結核菌だけの状態(飛沫核)で長時間空中
圏,中京,近畿地域などの大都市で高い傾向が
を浮遊し,それを周りの人が吸い込んで感染が
続いていることなどがあります (結果に関す
広がります(図1)
。激しい咳をする人と同じ
る統計資料などは疫学情報センターホームペー
空間にいると,30分程度の時間でも感染が起
ジ〈http://www.jata.or.jp/rit/ekigaku/参照〉
)
。
こり得ます。
1)
結核症の概要
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■肺結核の主な症状
軽症の時期には目立った症状がないのが結核
結核症は結核菌が肺および肺以外のさまざま
の特徴で,喀痰塗沫検査陰性の患者では症状に
な臓器に炎症を起こす慢性感染症で,結核の
乏しいです。ただ,それでも軽度の咳嗽を認め
80%は肺結核であり,肺に初期感染病巣と肺
る患者は少なくありません。喀痰塗沫検査陽性
門リンパ節腫脹を起こします。肺は結核菌の人
患者では,約80%に何らかの症状を認めます。
への侵入門戸になりますが,肺内に病巣が形成
最も多いのは咳嗽で半数以上に見られ,痰が絡
されると経気道性,リンパ行性,血行性に進展
む刺激性の咳が多いです。次いで多いのが喀痰
救急看護 トリアージのスキル強化 vol.4 no.5
図1 結核の感染経路
で30%に見られます。発熱は25 ∼30%,喀血・
飛沫核
(数ミクロンの大きさ)
血痰や胸痛は10%程度の患者に見られます。
進展例では呼吸困難や発熱・倦怠感・体重減少
くしゃみや咳
鼻や喉で
消えてしまえば
感染しない
などが見られます。
■結核の感染と発病
結核菌
結核菌に曝露され,菌を吸い込んだ人の約半
数が感染し,そのうちの約10%程度が生涯の
肺
空洞
間に発症すると言われています2)。
患者
結核菌に曝露されると,空気感染によって結
周囲の人
核菌は気道を通って肺胞に達し,自然免疫によ
る非特異的な反応が起こり,菌を貪食した肺胞
マクロファージなどから抗原物質がT細胞に提
示されて,特異的な細胞性免疫反応が起こりま
図2 結核の感染と発病
結核に
曝露
非感染
感染
す。生体内のこれらの作用が有効に機能すれば
50%
結核菌は不活化しますが,菌の側が優勢な時は
非発病
(自然治癒)
晩期発病
(二次結核)
発病
(一次結核)
治癒
悪化
(劇症化,慢性化)
約5%
感染に引き続いて結核を発病します。これを一
次結核と言い,約5%の割合で起こります。
一方,感染に引き続いて起こる発病を免れた
場合でも,結核菌は病巣に潜在しており,生活
習慣病や高齢化などによる免疫力の低下,HIV
図3 肺結核の診断の流れ
他疾患の診療中
症状で受診
胸部平面写真の異常
感染のような何らかの機序で個体の抵抗力が低
胸部CT(評価・鑑別)
結核感染検査
下すると,休眠状態であった結核菌が活動を再
開し,感染から相当の期間を経て発病すること
があります。これを二次結核または内因性結核
と言い,約5%の割合で起こります(図2)
。
■結核症の診断
結核の蔓延を防ぐためには,早期診断,早期
治療が肝要であり,結核診断の第一歩は結核を
疑うことです。結核の80%は肺結核で,咳嗽,
喀痰などの呼吸器症状で発症します。咳嗽が2
健康診断
喀痰・誘発痰・胃液検査(塗沫・培養・核酸増幅法)
抗酸菌陽性
抗酸菌陰性
非結核性抗酸菌症を除外
診断確定
結核の可能性が濃厚な場合
気管支鏡検査/肺胞洗浄液検査/肺生検
抗酸菌/肉芽腫病変陽性
臨床診断
陰性
経過観察/外科的処置など
四元秀毅他:医療者のための結核の知識 第4版,P.37,医学書院,2013.
週間以上続いている時は肺結核の可能性も考慮
◎結核菌検査
して胸部X線撮影を行い,症状と画像所見から
結核菌の検出は確定診断に,薬剤感受性検査
結核が疑われた場合は,喀痰の抗酸菌検査を行
は治療に欠かせない検査です。基本は塗沫検査,
うことが原則となります。図3に肺結核症診断
抗酸菌陽性であれば核酸増幅検査(PCR法)で
の流れを示します。
同定,分離培養法による確認,培養菌の感受性
検査を行います。
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