海外トピックス

海外トピックス
自由化の下での航空市場の変化
よね
ざき かつ ひこ
米 崎 克 彦 情報センター研究員
はじめに
本稿では,近年著しく成長するアジア航空市場
および積極的にオープンスカイ政策を推し進めて
2015 年3月末をもって,ブリティッシュ・エア
いる日本にとって,重要となるであろう自由化に
ウェイズ(British Airways)とイベリア航空(Iberia)
先行した航空市場の一つであるヨーロッパ航空市
を傘下に持つ International Airlines Group(IAG)
場の近年の変化を紹介する。
がロビーグループである Association of European
Airline(AEA)から脱退した。この背景には,AEA
ヨーロッパの航空市場
に所属する各航空会社の中東系航空会社に対する
世界の航空旅客輸送量は 1980 年代以降現在ま
考え方の違いがある。IAG と違いエアフランス
で年平均5%前後で成長しつづけてきた。また,
=KLM オランダ航空(AF=KLM)やルフトハンザ
今後 20 年間も5%の成長が予測されている。ヨー
ドイツ航空(Lufthansa)は,EU と中東各国とのオ
ロッパの航空市場も同様の動きであり,航空旅客
ープンスカイ協定の制限まで訴えていた1)。また, 量は増加のトレンドを示している(図1)。
アメリカにおいても,アメリカン航空(American
そのなかで,ヨーロッパの航空市場において起
Airlines)
, デ ル タ 航 空(Delta Air Lines), ユ ナ イ
きている変化は以下のように要約できる。
テッド航空(United Airlines)が合同で,中東地域
第一に,フルサービスキャリア(レガシーキャリ
の航空会社に対して,
「それぞれの政府より多く
ア)
のシェアの減少である。主要3グループ(IAG・
の補助金を得て運航しているので,競争環境がゆ
AF=KLM・Lufthansa)のシェアは 2006 年には 40%
がんでいる」と訴えている2)。
あったが,2014 年には 33%まで下落した。また,
ヨーロッパでは,欧州単一市場の政策の下,航
SAS グループも6%から3%にシェアを落とし
空市場も域内の自由化だけでなく,欧州全体とし
ている。
ての航空政策の決定と推進という形で深化を遂げ
第二は,LCC(低費用航空会社)のシェアの増加
ている 。また,アメリカでは,1978年に国内市場の
である。全体として 2006 年には 20%前後であっ
規制緩和から始まり,国際的にオープンスカイ政
たシェアが 2014 年には 26%前後まで増え,特に
3)
策を積極的に推し進め,空の自由化が進んでいる。 ライアンエアー(Ryanair)のシェアは2桁に達し
— Aviation Daily
1)
‘Iberia And BA Leave AEA In Clash Over Gulf Carriers’
http: //aviationweek.com/commercial-aviation/iberia-and-ba-leave-aea-clash-over-gulf-carriers
— New York Times
2)‘Open-Skies Agreements Challenged’
http: //www.nytimes.com/2015/02/07/business/us-airlines-challenge-open-skies-agreements.html
3)小熊仁(2015)
「欧州における航空自由化と航空政策の共通化に向けた課題」
,
『運輸と経済』
,第 73 巻5月号
94 運輸と経済 第 75 巻 第 8 号 ’
15.8
図 1 世界の航空旅客数の推移
(100 万人)
1,200
1,000
800
600
400
200
13
14
20
20
11
12
20
10
20
20
08
09
20
20
06
07
20
20
04
05
20
20
02
03
20
20
00
01
20
20
98
99
19
19
96
97
19
19
94
19
19
95
0
(年)
北米 欧州 アジア/太平洋 その他
出所:一般財団法人日本航空機開発協会「民間航空機に関する市場予測 2015–2034」
図 2 ヨーロッパ航空市場における航空会社の旅客数の変化
(millions)
(millions)
120
105.9
100
80
60
40
20
0
2014
86.4
77.5
77.3
65.3
73.5
60.9
53.4
54.7
40.5
33.0
27.0
19.7
16.9
34.7
31.7
27.3
24.0
2006
2014
(year)
Lufthansa Group Ryanair
Air France-KLM International Airlines Group
easyJet Turkish Airlines
Aeroflot Group Air Berlin Group
SAS Group Norwegian Air Shuttle ASA
1
Lufthansa Group
2
3
2006
105.9
53.4[3]
Ryanair
86.4
40.5[4]
Air France-KLM
77.5
73.5[1]
4
International Airlines Group
77.3
60.9[2]
5
easyJet
65.3
33.0[5]
6
Turkish Airlines
54.7
16.9[9]
7
Aeroflot Group
34.7
8
Air Berlin Group
31.7
19.7[8]
9
SAS Group
27.3
27.0[6]
10
Norwegian Air Shuttle ASA
24 出所:IATA World Air Transport Statistics(WATS)
59th Edition
図 3 ヨーロッパ航空市場における割合
2014 年
others
27%
2006 年
Lufthansa
Group
13%
Lufthansa
Group
11%
Ryanair
11%
Norwegian Air
Shuttle ASA
3%
Air France-KLM
10%
SAS Group
3%
Air Berlin Group
4%
Aeroflot Group
4%
Turkish Airlines
7%
easyJet
8%
International Airlines
Group
10%
Ryanair
9%
others
31%
Air France-KLM
16%
SAS Group
6%
Air Berlin Group
4%
Turkish Airlines
3%
easyJet
7%
International Airlines
Group
13%
出所:IATA World Air Transport Statistics(WATS)59th Edition
海外トピックス
95
表 1 国際間における定期旅客数および定期旅客キロ
定期旅客数
Airline
定期旅客キロ
Thousands(p)
Airline
Millions(km)
1
Ryanair
86,370
1
Emirates
230,855
2
easyJet
56,312
2
UnitedAirlines
143,344
3
Lufthansa
48,244
3
Lufthansa
138,663
4
Emirates
47,278
4
BritishAirways
133,943
5
British Airways
35,364
5
Delta Air Lines
132,786
6
Air France
31,682
6
Air France
126,493
7
Turkish Airlines
31,016
7
Ryanair
108,173
8
KLM
27,740
8
Cathay Pacific Airways
100,032
9
United Airlines
25,708
9
10
Delta Air Lines
24,243
10
Singapore Airlines
94,664
Qatar Airways
91,800
出所:IATA World Air Transport Statistics(WATS) 59th Edition
ており,ヨーロッパ航空市場で2番目の規模とな
ドルフ国際空港(DUS)4))の国際旅客数の月次デー
っている。
タでは,この傾向が顕著となる。ルフトハンザド
第三の特徴は,トルコ航空(Turkish Airlines)の
イツ航空が主なハブとして利用している FRA や
シェアの増加である。トルコ航空は LCC ではな
MUC の相手先としてイスタンブール,ドバイと
くフルサービスキャリアに分類されるが,2014 年
いった中東系の都市が,DUS の相手先としてト
時点において 2006 年の2倍以上のシェアを誇っ
ルコの空港が二つも上位に入ってくる(表2)。
ている。
自由化後の航空市場の特徴として,アライアンス
中東系航空会社(エミレーツ航空(Emirates),カ
の形成,LCC の台頭などがあげられている。現在
タール航空(Qatar Airways),エティハド航空(Etihad
世界では,三大航空同盟(スターアライアンス・ワ
Airways)
,トルコ航空)は,地理的条件を活かし,
ンワールド・スカイチーム)がそれぞれの航路や加
国際的ハブを形成するエアラインとして近年国際
盟航空会社の増加を通じて規模を拡大している5)。
航空市場で存在感を発揮している(図2,3)。
また,アメリカ市場でのサウスウエストをはじめ,
表1の国際定期旅客数および定期旅客キロで見
ヨーロッパ市場でのライアンエアやイージージェ
ても,上位 10 位の中に中東系エアラインが入っ
ットなどの LCC が国内・域内において多くのシ
ており,とくにエミレーツ航空の存在が大きい。
ェアを獲得している。このことは,データにも表
また,ドイツ主要国際空港(フランクフルト国際空
れている。さらに,データが示しているように中
港(FRA)・ミュンヘン国際空港(MUC)・デュッセル
東系の航空会社の存在も重要である。すでに,ト
4)
デュッセルドルフ国際空港(DUS:Flughafen Düsseldorf)は,ノルトラインヴェストファーレン州の州都であ
る Düsseldorf の中心より北に8キロ,Duisburg との境にある,ドイツ第3番目の空港である。後背地の人
口はルール工業地帯として有名だった地域でもあり,ドイツでも人口の多い地域である。ただし,市街に
近いということで発着制限もある空港である。また,デュッセルドルフには多くの日本人が住んでいるこ
ともあり,1980 年代には,アンカレッジ経由で日本航空が B747 で運航をしていた。現在は 2014 年より
ANA が成田〜デュッセルドルフ直行便を運航している。
5)Star Alliance-STAR ALLIANCE CHIEF EXECUTIVE BOARD ENDORSES THE INCLUSION OF
AVIANCA IN BRAZIL:
http: //www.staralliance.com/ja/press/o6-endorsement-prp/
96 運輸と経済 第 75 巻 第 8 号 ’
15.8
運輸調査局
表 2 ドイツ主要 3 空港 旅客数(国際:2015.4)
FRA
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
(passangers)
MUC
LHR
VIE
BCN
MAD
CDG
IST
AMS
JFK
DXB
PMI
65,933
51,631
45,468
40,778
38,550
36,309
35,863
32,825
32,273
31,014
Japan
HND
KIX
NRT
37,517
15,721
6,987
10,916
10,029
10,029
-
3,674
3,674
41,230
38,983
25,419
8,957
32,273
10,207
28,721
8,533
16,883
(参考)
Ver. Arab.
Emirate
AUH
DXB
LHR
CDG
MAD
AMS
FCO
BCN
DXB
PMI
IST
VIE
DUS
51,202
34,983
33,958
33,793
33,708
32,522
28,721
24,588
23,005
22,632
AYT
PMI
VIE
ZRH
LHR
IST
DXB
MAD
CDG
CPH
39,289
36,840
34,684
29,035
26,938
25,189
16,883
16,212
15,830
15,092
- Fachserie 8 Reihe 6 - April 2015
出所:Statistisches Bundesamt“Luftverkehr”
https://www.destatis.de/DE/Publikationen/Thematisch/TransportVerkehr/
Luftverkehr/Luftverkehr.html
彼らは国際輸送ではアラ
イアンス間競争だけでな
く,中東系航空会社との
競争に直面している。日
本では,地理的な条件や
航空市場のカボタージュ
を許していないため,ヨー
ロッパの現状をそのまま
日本に重ねることはでき
ない。しかしオープンス
カイ政策や経済的条件が
満たされることにより,
地方空港にも外国籍のエ
アラインが定期航路を持
つようになってきている
現状を鑑みると,東・東
南アジア圏内ではさらな
る競争が予想される。ま
ルコ航空はスターアライアンス,カタール航空は
た,すでにエアライン満足度調査でエミレーツ航
ワンワールドに加盟しているが,近年積極的に航
空が 2010 年以降ランキングの上位となっている
路を増やしているエティハド航空やエミレーツ航
ように8),日本でも存在感を増している。地理的
空のアラブ首長国連邦の二つの航空会社は独立系
条件より日本からのヨーロッパへの航路,さらに
として,航空市場(特に国際間長距離区間)におい
アフリカ,南米といった日本と北米間以外の長距
て重要なプレイヤーとなっている6)。
離市場においてその存在は大きくなっており,中
おわりに
東系エアラインの存在は,日本の空における競争
にも一石を投じる可能性があるだろう9)。
ヨーロッパのフルサービスキャリアにとって,
域内では LCC が強力なライバルとなっている7)。
— Telegraph.
6)
‘British Airways seeks new strategic partner after Qantas signs Emirates deal’
http: //www.telegraph.co.uk/finance/newsbysector/transport/9524511/British-Airways-seeks-newstrategic-partner-after-Qantas-signs-Emirates-deal.html
7)Lufthansa は,ドイツ国内および EU 圏内において,独立系 LCC に対抗するために Germanwings/Eurowings
といった,LCC を作って,路線を移管している。
8)エイビーロード『エアライン満足度調査 2015』
http: //www.recruit-lifestyle.co.jp/news/travel/news1837_20150701.html
9)日本から南米への移動は,北米経由が多いが(ANA もヒューストン線を開設し力を入れている),地球の反対側
にあるサンパウロなど西回りの中東(ドバイ・ドーハ)経由も増えている。
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97