印刷・ダウンロードが必要な方は賛助会員専用へ。

JARI Research Journal
20150707
【研究活動紹介】
Exposure 見積もりの基礎研究
-自動車-機能安全-ISO 26262-
Basic Research for Estimating the Probability of Exposure
-Road Vehicles-Functional Safety-ISO 26262-
大谷
正俊
*1
Masatoshi OTANI
後呂
考亮 *1
山本
Kosuke USHIRO
1. はじめに
自動車の E/E(電気/電子)システムの機能安全
国際規格として,2011 年 11 月に ISO 26262:
2011(First edition)が制定された.機能安全とは,
安全機構の実装,あるいはプロセスの導入を含め
た安全方策によって安全性を確保することをいう.
ISO 26262 規格発行後,各 OEM が取り組んで
いる ASIL(Automotive Safety Integrity Level:
自動車安全度水準)を決定する H&R(Hazard
analysis & Risk assessment:ハザード分析およ
びリスク評価)は,Exposure,Severity,
Controllability の各要素の組合せから導出される
機能安全のコンセプトフェーズにおける重要な実
施項目の一つである.
しかしながら,多くの OEM は ASIL 決定に際
し,規格上に明確な規定がない,また業界で標準
化されたユースケースが存在しないという材料不
足の状況下で,独自のエキスパート判断により
ASIL を導出している.
同一機能のアイテム 注 1)に対して異なる ASIL
が,各 OEM の独自の解釈や基準に基づいて,エ
キスパート判断によって導出されている場合には,
どの ASIL が適切であるかについて自動車産業界
内の混乱を招く一因となり得る.
そこで,本稿では ASIL の不均一を招く要素であ
る Exposure について,適切な評価のための証拠デ
ータや推論の導出に関する参考事例を紹介する.
2. ASIL
ISO 26262では,リスクの指標としてASILを使
用する.ASILは,
「アイテムまたはエレメント注2)に
必要なISO 26262の要件および不合理な残存リス
吉則 *2
Yoshinori YAMAMOTO
クを回避するために適用される安全方策注3)を規定
する,Dが最も厳しく,Aが最も低い厳しさのレベ
ルを表す4つのレベルの一つ」と定義され,危険事
象のそれぞれに割り付けたSeverity,Exposure,
Controllabilityの各クラスから,Table 1に従って決
定される.
Table 1において,QM(Quality Management)
は機能安全を適用しなくてもよい通常の品質管理
である.QM< A < B < C < D の順に,高い
レベルの安全方策が求められる.
S1
S2
S3
Table 1
ASIL の決定
E1
E2
E3
E4
E1
E2
E3
E4
E1
E2
E3
E4
C1
QM
QM
QM
QM
QM
QM
QM
A
QM
QM
A
B
C2
QM
QM
QM
A
QM
QM
A
B
QM
A
B
C
C3
QM
QM
A
B
QM
A
B
C
A
B
C
D
1) Severity
Severity は,「潜在的な危険な状況における 1
人以上の個人に対して発生する可能性のある危害
程度の見積もり」と定義されている.Severity を
述べるための一つの方法として,衝突速度と傷害
注 1) ISO 26262 が適用される,車両レベルの機能を実装する
システムまたはシステム群
注 2) コンポーネント,ハードウェア,ソフトウェア,ハード
ウェア部品およびソフトウェアユニットを含むシステム,
またはシステムの一部
注 3) 故障を検出,回避または抑制するか,それらの有害な影響
を軽減するための活動または技術的解決策
*1 一般財団法人日本自動車研究所
ITS研究部
*2 一般社団法人日本自動車工業会
電子安全性分科会
JARI Research Journal
- 1 -
(2015.7)
リスクに関連があることに着目し,有効衝突速度
および事故のケースより導出される略式傷害尺度
(AIS:Abbreviated Injury Scale)の確率分類
(ISO 26262-part3 Table B.1)が使用される.
危険事象のそれぞれに対し,S0~S3のクラスの
一つが割り付けられる(Table 2).
危険事象のそれぞれに対し,E0~E4のクラスの
一つが割り付けられる(Table 3).
3) Controllability
Controllability は,「当事者のタイムリーな反
応により,場合によっては外部方策の支援により,
特定された危害または損害を回避する能力」と定
義されている.
これは,潜在的リスクのあるドライバまたは他の
人が特定の危害を回避するために、危険事象に対し,
十分に抑制することができる確率(ISO 26262-3
Table B.4)の見積もりである.
危険事象のそれぞれに対し,C0からC3のクラス
の1つが割り付けられる(Table 4).
2) Exposure
Exposure は,「分析対象の故障モードと組み
合わさると,運用状況が危険になる可能性がある
状態」と定義されている.
これは,想定される運用状況の特性に応じ,その
期間(ISO 26262-3 Table B.2),もしくは,発生
頻度(ISO 26262-3 Table B.3)のどちらかの指標
による見積もりである.
Table 2
Severity クラス
1)
クラス
S0
記述
傷害なし
単一傷害に対する参考
(AIS尺度より)
S1
S2
ISO 26262-3
参照先
S3
重度および生命を脅かす
軽度および中程度の傷害 傷害(生存の可能性があ
る)
生命を脅かす傷害(生存
がはっきりとしない),
致命的な傷害
Table 1
- AIS 0およびAIS 1-6の確
AIS 1-6の確率が10%以上
率が10%未満
AIS 3-6の確率が10%以上
AIS 5-6の確率が10%以上
(および,S2またはS3では
- 安全関連とは分類できな
(および,S3ではない)
ない)
い損害
Table 3
Table B.1
Exposure クラス
クラス
E0
E1
E2
E3
E4
ISO 26262-31)
参照先
記述
極めて起こりにくい
非常に低い確率
低い確率
中位の確率
高い確率
Table 2
期間
(平均動作時間の%)
--
規定なし
平均動作時間の1%未満
状況の頻度
--
平均動作時間の1~10%
平均動作時間の10%超
未満
Table B.2
大多数のドライバーに 大多数のドライバーに 平均的なドライバーに 平均して,ほとんどす
とっては,年に1回未満 とっては,年に数回し とっては,月に1回以上 べての運転中に発生す
か発生しない状況
る状況
しか発生しない状況
発生する状況
Table B.3
Table 4
Controllability クラス
1)
クラス
C0
C1
C2
記述
通常のコントロール可能
簡単にコントロール可能
普通にコントロール可能
運転ファクターおよび
シナリオ
大抵はコントロール可能
JARI Research Journal
すべてのドライバーまた
は他の交通当事者の99%
以上が,通常,危害を回
避できる。
すべてのドライバーまた
は他の交通当事者の90%
以上が,通常,危害を回
避できる。
- 2 -
C3
ISO 26262-3
参照先
コントロールが困難また
はコントロール不能
Table 3
すべてのドライバーまた
は他の交通当事者の90%
未満が,通常,危害を回
避できる,または,なん
とか回避できる。
Table B.4
(2015.7)
3. Exposure 見積もりアプローチ
3.1 背景
ISO26262-3 の H&R においては,運用状況の
確率に基づく Exposure を見積もる必要がある.
ISO26262-3 Table B.2,B.3 にはそれぞれ運用
状況の期間(車両の総運用時間と比較して,運用
状況の持続時間を考慮)および頻度(特定の走行
状況の発生頻度)に関する「Exposure の確率」(以
下,「Ei」という)の例が示されているが,代表
的なものの一部に過ぎない.また,H&R では,
これらの複数の運用状況の期間および発生頻度に
関する Ei を組合わせることによって,シチュエ
ーションの Exposure が見積もられる場合も多い.
この運用状況には,例えば以下の要素が含まれる.
・道路種別(市街路,高速道路等)
・自車両の状態(停車中,加速中,走行中
(低速/中速/高速),右/左折中等)
・自車両の周辺環境(交通渋滞あり/なし,車両
/歩行者/サイクリスト/障害物が存在、勾配
有無等)
特に,自車両の周辺環境は,対象車両の仕向け
地ごとに,異なる場合もあり,エキスパートが,
これら全ての Ei を見積もることは難しい.
3.2 目的
いくつかの代表的な,自車両の周辺環境の運用
状況の Ei を見積もる上で,参考となる考え方,
データを得ることを目的とする.
3.3 検討対象運用状況
エキスパート判断を支援する上で間接的に有効
なデータや文献が存在するが,これらのデータを
基に求めたい運用状況の確率を導出するには,適
切な分析アプローチが必要となる。以下の①~③
の運用状況を対象に,各々の Ei を見積もったの
で紹介する.参考として Table 5 に各運用状況(図
中の色付き部が対応)におけるハザードを含む危
険事象例を記載している.
1)-2 自車両(乗用車)が,大型車と衝突
・自車両(乗用車)が,大型車と遭遇する Ei
2) 車両の周囲の歩行者/サイクリスト
・走行中の車両が,歩行者/サイクリストと遭遇
する Ei
3) 道路勾配
・一般道路における勾配の Ei
Table 5 検討対象運用状況
危険事象例
運用状況
道路種別 自車両の状態
自車両の周辺環境
ハザード
市街路
中速で走行中
1)-1 乗用車
意図しない急減速
市街路
中速で走行中
1)-2 大型車
意図しない急減速
市街路
中速で走行中 2) 歩行者/サイクリスト 意図しない急加速
市街路
停車中
3) 道路勾配
歩行者/サイクリスト
意図しない後退
3.4 見積もりアプローチと結果
1) 衝突事故の相手車両
日本,米国,欧州(ドイツ/イギリス/フランス)
の交通事故統計データを基に,乗用車対乗用車
および乗用車対大型車の車両事故(車両同士の少
なくとも一方が自動車)に占める割合を分析し,
1)-1 自車両(乗用車)が,乗用車と遭遇する確率
および 1)-2 自車両(乗用車)が,大型車と遭遇
する確率を見積もった(Table 6).
その結果,次の見解が得られた.
1)-1 自車両(乗用車)が衝突対象として乗用車
と遭遇する Ei は,グローバル(日・米・欧)で
総合的に考えて,通常(E4)と評価できる.
1)-2 自車両(乗用車)が衝突対象として大型車
と遭遇する Ei は,グローバル(日・米・欧)で
総合的に考えて,通常(E4)より 1 クラス程度,
下がると評価できる.
Table 6 交通事故統計データ分析結果
1) 衝突事故の相手車両
1)-1 自車両(乗用車)が,乗用車と衝突
・自車両(乗用車)が,乗用車と遭遇する Ei
JARI Research Journal
欧州
日本 2)
米国 3)
1)-1
68.7%
53.7%
61.5%
55.1%
32.7%
54.3%
1)-2
10.9%
7.7%
7.9%
6.9%
5.0%
7.7%
No
- 3 -
ドイツ
4)
イギリス 5) フランス 6)
平均
(2015.7)
2) 車両の周囲の歩行者/サイクリスト
a) Ei 見積もり基準値
横断歩道上の歩行者の Ei を通常(E4)と仮定
し,工業地域,商業地域,居住地域が揃っている
川崎市を,日本を代表する都市として選出し,横
断歩道の歩行者の調査結果 7)から走行中の車両に
関する Ei の見積もりに使用する基準値を算出し,
その基準値と対象の実測調査値とを相対比較して
Ei を見積もった.
・横断歩道上の歩行者数(比較用基準値):
0.235 人/m
b) Ei 見積もり結果
昼間人口が多い東京都の中で面積が広く,商店
街が多い世田谷区の都道
(世田谷通り,
駒沢通り),
国道(246 号線),区道(商店街)について,車
両前方の危険領域に,
歩行者/サイクリストが存在
する比較用実測値を算出した(Table 7,Fig. 1).
その結果,走行中の 2) 車両周囲の危険領域に,
歩行者/サイクリストが存在する Ei は,横断歩道
上の歩行者数の基準値と比較して,通常(E4)よ
り 2 クラス程度,下がると評価できるとの見解が
得られた.
3) 道路勾配
人口および交通量が多く,日本の地形の特徴であ
る平野部,丘陵部,盆地を併せ持つ東京都,大阪市,
名古屋市の国道,環状線,区道,主要地方道,地方
道について,道路勾配の頻度分布を5mメッシュの
DEM(Digital Elevation Model:数値標高モデル)
を用いて調査した.
周辺地形(河川,崖,窪地等)の影響を受けにく
くするために,使用する5mDEMを絞り込む手法を
考案し,道路長50m間隔のポイント毎にGIS
(Geographic Information System:地理情報シス
テム)ソフトで抽出した5mDEMによるラスタから
道路勾配を算出し,そのデータ全体の累積頻度分布
を基に国内におけるEiのクラス毎の領域を,限定的
ではあるが見積もった(Table 8,Fig. 2).
その結果,限定的なデータからの推測ではあるが日
本国内において,一般道路における勾配のEiは,
Table 8を考慮できる可能性があるとの見解が得ら
れた.
Table 8 道路勾配頻度分布分析結果
No
クラス
道路勾配
占有率
E1
10%以上
0.09%
E2
6%以上10%未満
1.04%
E3
3%以上6%未満
7.38%
E4
3%未満
91.49%
3)
Table 7 走行中の周囲の歩行者/サイクリスト調査結果
道路名称
世田谷通り
2)
駒沢通り
道路種別
都道
246号線
国道
-(商店街)
区道
世田谷区道路 世田谷区道路
平均人数
人数 調査距離
延長合計
種別毎延長
(人/m)
(人) (m)
(m)
(m)
7,700
5
(5/10,600*67,331+
67,331
8/7,110*10,985+
0
2,900
250,475注6) 58/2,380*172,159)/250,475
10,985
8
7,110
58
2,380
172,159注5)
東京都,大阪市,名古屋市主要道路および東京都内区道
(江東区,足立区,練馬区,世田谷区,渋谷区)の勾配分布
2,500
100
=0.006949
90
2,000
80
注 5) 商店街における車両が通行可能な区道の延長(推定).
注 6) 世田谷区の都道,国道および車両が通行可能な区道の総延長(推定)
1,500
60
頻度
70
50
1,000
40
は 1,128,521m で未計測の商店街以外の区道延長(推定)
:878,046m
を除く.
世田谷通り
246 号線
商店街
累積相対頻度(%)
No
30
頻度
500
20
累積相対頻度
10
20
19
18
17
16
15
14
13
11
12
9
10
8
7
6
5
4
3
2
1
0
0
0
勾配(%)
Fig. 1 走行中の周囲の歩行者/サイクリスト調査画像例
JARI Research Journal
Fig. 2 東京都,大阪市,名古屋市主要道路勾配累積分布
- 4 -
(2015.7)
4. まとめ
1) 衝突事故の相手車両,2) 車両の周囲の歩行
者/サイクリストおよび 3) 道路勾配における Ei
を見積もる上で参考となる事例,およびアプロー
チを紹介した.
データの分析においては,目的に応じた適切な
処置を必要とし,例えば交通事故データの分析に
おいては,各データソース(事故の組入れ基準お
よび各データベースの結果の制限等)
,特定の分析
のためのケースの選択(車両種類の包含等)
,重要
な要素の分類(用語の定義)を理解することが重
要である.
また,地域性,グローバル性を考慮するかによ
って必要データの準備や選択が異なってくること
に留意が必要である.
本稿は当研究所が一般社団法人日本自動車工業
会からの委託研究(2012 年度から 3 ヵ年計画)
の一部を要約,平易化ならびに抜粋してまとめた
ものである.
参考文献
1) ISO 26262-3 First edition 2011-11-15 英和対訳版
(一般財団法人
日本規格協会発行)
2) 交通事故統計年報(平成 19 年度~平成 23 年度),交
通事故総合分析センター
3) NASS GES DATA (2011 Vehicle DATA File)
4) Statistisches Bundesamt, Fachserie 8, Reihe 7,
2011
5) DfT Road Safety_Vehicles_2005-2011
6) Base de données accidents corporels de la
circulation sur 6 années - France entière 2006-2011
7) 神奈川県川崎市ウェブサイト「交差点交通量調査」
データ(平成 18 年 6 月調査),
http://www.city.kawasaki.jp/kurashi/category/28-6-1
4-0-0-0-0-0-0-0.html, 2015 年 6 月 10 日
JARI Research Journal
- 5 -
(2015.7)