第25号(2013年10月)

独立行政法人国立病院機構東京医療センター
登録医ニュース
第25号
2013年10月発行
周術期口腔機能管理とは
歯科口腔外科医長
周術期口腔機能管理とは、どの様なことを指しているのでし
ょうか。聞き慣れない言葉かもしれませんが、歯科で保険収
載されたため歯科の先生方はご存じのことと思います。もう尐
し具体的には周術期口腔ケアとも言えます。術前からの口腔
ケアは、術前にう蝕の治療をしたりするのではなく、術 前に口
腔内の衛生環境を整え、術後も口腔内のケアを続けることに
より、患者さまの術後の経過が順調に進むことを目的としてい
ます。最近では口腔ケアの重要性は良く知られたことですが、
もともとは老 人ホーム入所 中の方の口腔内の清 潔を保つこと
を続けたところ、発 熱を起こす日数が減 尐したことがきっかけ
に始まりました。
周術期の全身管理は、医科外科系の先生方であれば、重
要 であることは当 然 のことと思 います。術 後 の肺 炎 や術 後 感
染はやっかいな術後の合併症ですが、この合併症を予防する
ために術前から歯石や歯垢を除去して口腔内の衛生状態を
改善しておくことを周術期口腔機能管理の主な目的としてい
ます。歯の表面に付着する歯垢は、食べかすではなく細菌の
塊であることは、先生方もご存じと思いますが、術後に気管内
挿管が続いたり、誤 嚥が危 惧される場合には、この細 菌数 を
減らすためにも、術前からの歯磨き等の患者さまのセルフケア
が重要です。特に上気道に術野がある手術や術後に誤嚥が
懸念される手術では術前からの口腔ケアが効果を発揮する傾
向があり、口腔や咽 頭に術野のある耳鼻咽喉 科頭 頸 部外科
や歯 科口 腔 外 科の手 術、食 道がんの手 術などが主 にあげら
れます。また、人工物が用いられる心臓血管外科や整形外科
領域などの手術でも、周術期のみならず術後も口腔の健康管
理が望まれます。
この口腔機能管理は手術のみならずがん化学療法や放射
線 治 療 においても行 われています。がん化 学 療 法 では白 血
球減尐に伴い歯の症状が出現したり、口内炎が発生しますが、
口 腔 内 の清 潔 を保 つことで症 状 の悪 化 を抑 えることができ、
治療の継続、患者さまの意欲向上にも繋がります。頭頸部癌
や気道に影響を及ぼす放射線治療の場合も同様です。放射
線治療は治療に伴い、粘膜炎が強くなってきます。化学療法
を放射線療法の併用は、両方の副作用が出ます。世間の誤
解として、手術は術後が痛くて後遺症が残って、外 科的に切
る治療 は大 変で、切らない治 療は楽だと誤 解して感じている
傾向があるようです。
幸いにも以前と比較して、当院を受診される口腔内の衛生
状態は格段に良くなってきております。歯科医療機関のご尽
大鶴 洋
力や行 政の指導の効 果もあり、国 民の皆様の口 腔衛 生に対
する意識の高まりの表れであると感じ関係各位に感謝する次
第です。
周術期の口腔ケアを含めた口腔管理は、局所や上気道の
感染予防、歯や口腔内の感染を全身に及ぼさない様にして、
手術やがん化学療法、放射線療法を円滑に進め、在院日数
の減尐、QOLの向上を目標としています。そうなると、当院の
みでは対応が困難で、既に地域の歯科の先生方にお願いさ
せていただいている状況です。もっと長期的に見ていくと、当
院からの医 療を離れてもご自 身の歯であれ、義 歯であっても
咬合と咀嚼機能を維持し続けることが、大きな目標になるので
はと思います。ちょっと壮大で尐しオーバーな表現かもしれま
せんが、内科系の患者さまを含め殆どの患者さんが対象にな
るのかもしれません。まだまだ途についたばかりですが、引き
続き、地域の歯科医師会 や歯科開業医と先生方とは連携の
上で、切れ目のない口腔管理を目標に地域医療の推進を目
指していく所存です。まだまだ、始まったばかりで、行く先に困
難は数多いかもしれませんが、宜しくお願いいたします。
医科の先生方にお願いさせていただけるとすれば、先生方
のかかりつけの患者さまが、入 院や手 術が必 要となった時に
は、一度でも構いませんので入院までに是非とも歯科の受診
を勧めていただければと思います。患者さまの中には慌ててし
まい、歯への配慮を忘れてしまいがちです。その場になって、
かかりつけの歯科医院がないと受診をされない可能性も考え
られます。普段からかかりつけの歯科医院を持っていただくよ
うにご指導をいただけると幸いです。
私の口腔ケアの始まりは、静岡県立がんセンター歯科口腔
外科部長の大田洋二郎先生との出会いにあります。先生とは
国 立がんセンターの時 代 の平成 元 年に出 会い、がん診 療に
おける支持療法としての口腔ケアについて数多くの影響を受
けてきました。自分自身が口腔がんの治療を行っていることも
あり、がん治療をサポートする歯科医師としての役割について、
自然に引きつけられていったのだと思います。
私自身、1988 年 4 月に旧国立東京第二病院で診療をさせ
ていただく機会があり、後期研修医、医員を経て、2001 年 4
月に医長を拝 任いたしました。その間、地域の先生方には医
療連 携の点から多くの患者 様をご紹介いただき、逆に多くの
患者様を受け入れていただきましたことに感謝させていただく
ともに、引き続き今後とも宜しくお願い申し上げます。
東京医療センター公開医局講演会 2013 年 7 月 4 日
平成 25 年度東京医療センター
公開医局講演会
「心房細動の最新治療」
循環器科医師
谷本 耕司郎
心房細動は動悸を訴えて外来受診された患者さんの
1/3 を占める不整脈です。また加齢により有病率が増加
するため、高齢化社会を迎え、今後さらに心房細動を持
つ患者さんが増えることが予想されています。東京医療
センターではこの心房細動に対して、最新の知識、技術、
機器を用いて薬物療法および非薬物治療(高周波カテ
ーテルアブレーション)を積極的に行っています。
心房細動治療は、①脳梗塞・塞栓症予防のための抗
凝固療法と②脈の調節(レートコントロール、リズムコント
ロール)に大きく分けられます。
心房細動の大きな問題は、心房細動により心臓内(左
心房)の血栓形成、脳塞栓です。脳梗塞予防のために
抗凝固薬を用いますが、出血の合併症のため、リスク・
ベネフィットを考慮した使用が重要です。2011 年に日本
循環器学会は心房細動における抗血栓療法の緊急ス
テートメントを発表し、非弁膜症性心房細動の脳塞栓症
リスク評価項目として CHADS2 スコアを推奨しています。
CHADS2 スコアとは①Congestive heart failure(心不全)、
②Hypertension(高血圧)、③Age(年齢 75 歳以上)、④
Diabetes Mellitus(糖尿病) 、⑤Stroke/TIA(脳梗塞や
TIA の既往)の頭文字をとり、Stroke/TIA の既往を 2 点、
他項目を 1 点としてリスク評価を行うものです。リスクに応
じて 2 点以上をワルファリンおよび新規経口抗凝固薬
NOAC(ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン)を
推奨とし、1 点の患者については NOAC を推奨、ワルフ
ァリンを考慮可としています。NOAC はいずれも抗血栓
効果はワルファリンと同等あるいは優れており、かつ出血
の副作用では尐ないという特性を持っており、低
CHADS2 スコアの患者さんにも推奨されています。
心房細動の動悸を治療するためには二つの方法があ
ります。心房細動を抑え正常の脈(洞調律)を維持するリ
ズムコントロールと心房細動は許容し頻脈にならないよう
に心拍数を調整するレートコントロールです。現在までに
いずれの治療法が優れているかの数々の大規模臨床試
験が行われましたが、リズム・レートコントロールには優位
差はないとされています。日本で行われた大規 模臨 床
試験である J-RHYTHM 試験では発作性心房細動では
リズムコントロール群のほうがより認容性が高いという結
果が報告されています。現在ではリズム/レートコントロー
ルに固執する必要はなく、抗不整脈薬でコントロール可
能な症例はリズムコントロールを行い、リズムコントロール
困難な症例ではレートコントロールを行うことが重要であ
ると考えられています。いずれの場合もリスクにあった抗
凝固療法が重要です。
心房細動のリズムコントロールはしばしば困難で、最も
効果の強いアミオダロンを用いた検討でも1年の経過で
約半数が再発するといわれています。また、抗不整脈薬
は催不整脈作用および心外副作用を有することがあり、
リズムリズムコントロールのデメリットの一つとして挙げられ
ます。近年、心房細動に対する高周波カテーテルアブレ
ーション治療の発展は目覚ましく、発作性心房細動は根
治可能な不整脈となりました。平成 25 年 4 月より東京医
療センターでも心房細動に対するカテーテルアブレーシ
ョンを開始しました。現在のアブレーション治療では心臓
内の治療用電極(カテーテル)の詳細な空間位置をリア
ルタイムにコンピュータ画面上に表示しながら(3 次元マ
ッピング)操作を行っています。またその 3 次元表示画面
上に術前に撮影した CT 画像を導入し、実際の心臓内
でのカテーテル位置、治療部位が正確に表示可能とな
っています(図)。現在心房細動アブレーションの適応と
して、症状があり、薬剤が効きにくい発作性心房細動を
主として、持続性心房細動に対しても治療を行っていま
す。アブレーション治療は根治療法であり、症例によりそ
の後の投薬治療を中止できるため、徐脈頻脈症 候群の
合併など薬剤が使いにくい患者、若年者(40 代、50 代)
の持 続 性 心 房 細 動 にも適 応 を 広 げ治 療 を 行 っ ていま
す。
東京医療センターでは心房細動に限らずすべての不
整脈についての治療が可能です。これからもよろしくお
願いします。
地域医療カンファレンス
2013 年 9 月 19 日
第86回
「ロボット支援手術とは」
泌尿器科医師
小津 兆一郎
「daVinci システム全体」
平成 24 年 4 月から前立腺癌に対するロボット支援下根治
的前立腺全摘除術(RARP)が保険収載されました。この手術
ロボット daVinci による手術はどのようなもので、従来の手術と
何が違い、将来的にはどのような分 野での応用が可能なのか
を RARP のビデオ映像を中心にお話しいたしました。
現在日本では 100 台以上の手術ロボットがすでに導入され、
この数は世界では米国に次いで第 2 位の導入台数であり、今
後数年で更に増加する予定です。米国では 2000 年に初めて
のロボット手術の報告がなされて、現在では 95%以上の前立
腺癌に対する前立腺全摘除術 RARP で運用されております。
日本では 2006 年に東京医科大学、九州大学、金沢大学で
相次いで RARP が開始され、現在までに日本では 2000 例以
上の RARP が施行されています。RARP が従来の開腹手術に
比べ優れている点は、術中 の出血量、術後の尿失 禁 の早期
回復、勃起神経の温存などが挙げられます。
従来の開腹手術は比較的技術習得までの時間は短いとい
われていますが、出血量、術後の社会復帰までの期間、勃起
神経の温存などの面では改善の余地が多い術式であります。
また、その点を改良した術 式として腹腔鏡下手術も米国では
1990年代を中心に多く行われてきました。これは術後の社会
復帰は早いものの、この術式の習得にかかる時間は極めて長
く、普遍的とは言い難いのが現状です。ロボット手術は開腹手
術の利点と腹腔鏡手術の利点を併せ持った手術といえると思
います。
当院でも最新型の daVinci Si という機種が導入予定で *) 、
この Si が従来の daVinci と比べ優れている点はロボットの操縦
席が二個あることです。つまり同時に二人の術 者が同じ手術
の画像を確認でき、必要な場面ではスイッチの切り替えひとつ
で術者 A 医師から B 医師へ切り替えが即座に可能で、同時
に同じ画像を共有しながら指導医とともに安全、正確、確実な
手術が可能となります。
術 後の社 会 復 帰 も早 く、神 経 温 存による術 後の勃 起 機 能
温存率は従来の手術方法を遥かに凌駕します。合併症につ
いては私の経験例には、輸血例、緊急開腹手術への移行例、
直 腸損 傷 例などはなく、極 めて良好な成績が得られておりま
す。
早期の前立腺癌で手術療法をお考えの方は、ぜひご一考
されてはいかがかと存じます。
「daVinci の鉗子先」
「指先にコントローラーをつけて実際に手術を行っているところ」
*)「10月に daVinci Si が当院に導入され、既にロボット支援下
の手術が始まっています」