日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 中学校気象単元における露点や飽和水蒸気量についての理解度の向上に関する研究 Research on the improvement of the understanding of the dew point and saturated water vapor amount in junior high school weather unit ○村松 賢* 桐生 MURAMATSU,Satoshi* 下條村立下條中学校 * * ** 徹** KIRYU,Toru** 上越教育大学教職大学院 Shimojo village simojo junior high school ** Joetsu Universitiy of Education [要約]本研究は,水蒸気の凝結現象の理解に用いられる気体モデルと複合グラフの関連や,気 体モデルと金属コップの凝結現象の関連について生徒がどう認識しているかについて調査・分 析を行ったものである。中学校3年生を対象に実態調査をした結果,水蒸気の凝結現象を露点 や飽和水蒸気量の変化と関連づけて理解することは困難であることがわかった。また,誤答分 析の結果,露点を正しく理解できていないことや気体モデルと事象が正しく結びつけられてい ないことが要因であることが明らかになった。そこで,継続して複数回露点を測定する活動と, 気体モデルを操作しながら複合グラフに対応させて考える指導を盛り込んだ実践授業を考案した。 [キーワード]露点,気体モデル,複合グラフ,飽和水蒸気量,露点測定 1.はじめに ことができる空間を模式的に表したモデル図(以 中学校学習指導要領解説理科編(2008)では, 下「気体モデル」と略す)もある。これら2点は5 霧や雲の発生について,「気温による飽和水蒸気 社すべての教科書に記載されており,結露実験で 量の変化が湿度の変化や凝結にかかわりがあるこ 凝結の事象を観察し,複合グラフと気体モデルで とを扱う」と記載され,「大気中の水蒸気が凝結 事象を説明している。結露実験では,金属製のコ する現象を気圧,気温及び湿度の変化と関連づけ ップの表面で水滴が見られないとき,初めて凝結 てとらえること」と示されている。 が見られるとき,さらに冷やしたときの3点で温 本単元について,国立教育政策研究所(2005)の 度とコップの表面を観察している。この3点を図1 調査集計結果では,気温による飽和水蒸気量の変 の気体モデルを用いたり,複合グラフを用いたり 化や水蒸気の凝結現象を扱う天気の変化の小単元 して,棒グラフで表される空気1㎥を温度変化さ について意識を問う問題で,「よく分かった」と せ,飽和水蒸気量と表す曲線と棒グラフの交わる 答える中学2年生の割合は38.2%である。これは, ところを露点と説明している。 中学校で学ぶ全27小単元中4番目に低く,生徒に とってわかりにくい分野であることを示唆してい る。 本小単元の扱いとして,中学校理科教科書5社 図1 気体モデルの例 では,金属製のコップに入った水を氷水などで冷 この分野の子どもの理解力向上に向けた取り組 やしながらコップの表面を観察し,結露が生じる みとして,榊原ら(2009)は水蒸気モデルにピンポ ときの温度を測定することで露点を見いだす実験 ン球やタイルを使用した水蒸気柱モデルを用いて (以下「結露実験」と略す)が掲載されている。 授業実践を行い,その有効性を報告している。し また,温度に対する飽和水蒸気量の変化を表す曲 かし,5社の教科書に記載されている結露実験, 線と空気1㎥に含まれる水蒸気量を表す棒グラフ 複合グラフ,気体モデルの関連性についての子ど を1つの図の中で重ね合わせたグラフ(以下「複 もの認知についての調査はない。また,荻野ら(2 合グラフ」と略す)や,図1のように空気1㎥を立 014)は溶解度の学習で用いられる複合グラフの読 方体で表しその中に水蒸気や水滴,水蒸気を含む 解に関する研究で,複合グラフ読解の問題点と有 ― 101 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 効な手立てについて報告しているが,同じく複合 問2 グラフの読解力が必要となる本単元での実践報告 はない。 気体モデルと露点 下の図1のア~ケは,空気1㎥の中にある水や水蒸 気などの状態を模式的に表しています。 ただし, 2.研究の目的 水蒸気の凝結現象の理解に用いられる気体モデ ルと複合グラフの関連や,気体モデルと金属コッ ・ ・ は下にある で 説明している状態であり,それぞれ1個が1gを表し ています。 図1 プの凝結現象の関連について生徒がどう認識して いるかについて調査をする。調査結果を基に,理 解の向上に有効な指導法を考案することを目的と する。 3.実態調査 1)調査対象 長野県内公立A中学校3学年 47人 B中学校3学年 66人 計113人 :気体として空気中に含まれている水 2)調査時期 :気体としてふくむことができる水の量 2014年9月~10月 :液体の水 3)調査内容 本小単元の学習内容について,生徒の自己理解 空気を冷やしていったとき,露点となった空気の状 の評価に関する調査,および,気体モデルと複合 態を表しているのは図1のア~ケの中のどれか,当て グラフ,結露実験との関連をどのようにとらえて はまる記号すべてに○をして下さい。 ア ・ イ ・ ウ ・ エ ・ オ ・ カ ・ キ ・ ク ・ ケ いるかについて質問紙調査を行った。質問紙の内 容を以下に示し,気体モデルと露点,気体モデル と複合グラフに関する問2,3については図2に, 問3 気体モデルと複合グラフ 下の図2の曲線は飽和水蒸気量の変化を,棒グラフB 気体モデルと結露実験問4については図3に示す。 は気温15℃のときの空気1㎥に含まれる水蒸気量を 問1:学習者の自己理解に対する評価 学習内容の理解度の認識を把握するため,水蒸 表している。AはBの空気の温度を5℃まで下げた状態 気を水に変化させる方法や飽和水蒸気量,露点の を,Cは25℃まで上げた状態を表している。A~C 意味,湿度の計算について生徒自身がどの程度理 の空気の状態を模式的に表しているのは問2の図1のア 解しているかを4件法で自己評価させた。 ~ケのどれですか。記号で答えて下さい。 問2:気体モデルと露点 図2 露点の空気を気体モデルで表す場合,生徒が露 点をどのようにとらえているかを把握するため, 9種類の気体モデルを提示し,露点を表している と考えるものをすべて選択させた。 問3:気体モデルと複合グラフ 複合グラフ上に示される露点である空気,その 温度をさらに下げたときの空気,温度を上げたと きの空気を表しているものを気体モデル表す場 合,生徒がどのような気体モデルで思考している かを把握するため,9種類の気体モデルを提示し それぞれ選択させた。 図2 ― 102 ― 気体モデルと露点・複合グラフについての問題 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 問4:気体モデルと結露実験 4.調査の結果と考察 露点測定のために行う結露実験で,氷を入れる 1)問1:学習者の自己評価に対する評価 前の空気,凝結が起きたときのコップ表面の空気, 表1は,学習者の自己理解に対する評価を「理 さらに水温が下がったときのコップ表面の空気を 解できている」「だいたい理解できている」を肯 気体モデルで表す場合,生徒がどのような気体モ 定群,「あまり理解できていない」「理解できてい デルで思考しているかを把握するため,9種類の ない」を否定群として分けたものである。 気体モデルを提示しそれぞれ選択させた。 問4 表1 気体モデルと結露実験 下の図3は金属製のコップを用いた実験の様子を表 肯定群(人) 否定群(人) 59 54 60 53 (3)「露点」の意味 64 49 (4)「湿度」の計算 49 64 (1)水蒸気を水に変化 させるときの方法 しています。前日から水槽にくんでおいた水を金属製 のコップに半分くらい入れ水温を測ると25℃でした (A A)。その後,金属製のコップの中の水をかき混ぜなが ら少しずつ氷水を入れていきました(B B)。(C C)は金属製 コップの表面がくもり始めたときで,水温を測ると15 ℃ でした。さらに氷水を入れていくと,(D D)のように なりました。次からの問いに当てはまるものを,問2の 問1:学習者の自己理解に対する評価(N=113) (2)「飽和水蒸気量」 の意味 2)正答数の分析 表2は,問2,問3,問4の調査結果である。問1 図1のア~ケから記号で選んで下さい。 の自己理解に対する評価において,肯定群の人数 図3 が最も多かったのは問2の「露点」の意味につい てであるが,露点の意味を正しく選択できた生徒 は25人である。気体モデルと複合グラフ,結露実 験との関連についての正答率も2割以下であり, 全問正答者は113人中2人(全問正答率2%)であ った。モデルと複合グラフ,モデルと結露実験を ①実験したときの気温は25℃でした。A Aのコップの表面 正しく関連づけることが困難な実態が伺える。 表2 付近の空気の様子を模式的に表しいるのはどれです 問2,3,4の正答数(正答率) 調査項目 か。 ②C Cで,金属製のコップの表面がくもり始めたときの水 の温度が15℃でした。コップの表面付近の空気の 様子を模式的に表しているのはどれですか。 ③D D は,C Cでくもり始めた後にさらに氷水を入れ,金属 正答数 (正答率) 問2 気体モデルと露点 25人 (22%) 問3 気体モデルと複合グラフ 19人 (17%) 問4 気体モデルと結露実験 4人 ( 4%) 2人 ( 2%) 全問正答 製のコップの表面に大きな水滴がついた様子を表し ています。D Dのコップの表面付近の空気の様子を模式 的に表しているのはどれですか。 3)誤答の分析 ①問2:気体モデルと露点の関連について 問2における回答パターンを表3に示す。図4に 図3 示す正答である3つのモデルを組み合わせて選択 気体モデルと結露実験についての問題 しているものをパターン1とし,以下,多数出現 4)分析方法 問1については自己理解に対する評価を肯定群 と否定群に分類する。問2,3,4については各問 した誤答をパターン2~5に分類し,無記入や少数 の回答をパターン6とした。 の正答率を集計するとともに,生徒の認識の傾向 を把握するため,回答を度数分布で表し誤答の分 析を行う。 図4 ― 103 ― 問2の正答(パターン1) 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 表3 誤答者のうち,10人がオを,14人がカを選択し 問2の回答パターン(N=113) パターン 人数(%) た。どちらも露点では空気は水蒸気で飽和した状 イ,エ,ケ(完答) 25(22.1) 態であるということを正しく認識できていない。 2 ウ,オ,キ 26(23.0) また,12人がケを選択している。複合グラフに示 3 イ,エ,ケを含むその他を選択 15(13.3) されている棒グラフから水の質量を正しく読み取 イ,エ,ケのいずれかのみを選択 6 (5.3) れていないことが原因といえる。 5 ア,カ,ク 4 (3.5) ②.3 6 その他の組み合わせ,無記入 正答 1 誤答 4 複合グラフCの空気について 誤答者のうち,32人がカを選択している。さら 37(32.7) 図5に示すパターン2の誤答が最も多数で26人で に水蒸気を含むことができる状態であるという認 識はあるものの,存在する水蒸気の量を減少させ あった。 ている。 3つのモデルの組み合わせでの誤答者を見てみ ると,図6のように13人がオ,エ,カを選択して 図5 いる。凝結が見られる段階と露点の様子は正しく 問2の誤答(パターン2) これは,教科書における露点の説明で「水蒸気 が凝結し始める温度」や,「水蒸気の凝結が始ま とらえられるが,気温が上がると水蒸気が減ると 考えている。 る温度」,「水蒸気が冷やされて水滴に変わるとき の温度」などと記されているため,水滴を含む気 体モデルを選択しているものと考えられる。また, 結露実験では,コップの表面に水滴が現れた時点 を露点としていることも要因として考えられる。 図6 誤答モデル(複合グラフ) ③問4:気体モデルと結露実験の関連について ②問3:気体モデルと複合グラフの関連について 問4における選択モデルの内訳を表5に示す。 問3における選択モデルの内訳を表4に示す。 表4 A B 問3の選択モデルの内訳(N=113) 記号 問3の選択モデルの内訳(N=113) 記号 C A C D ア 19 1 3 ア 4 0 3 イ 11 2 3 イ 2 4 2 ウ 4 14 4 ウ 10 1 5 エ 4 ○ 15 2 47 3 オ 6 20 ○ 51 10 4 カ 21 15 1 カ 4 14 32 キ 5 10 45 キ 12 5 7 ク 24 11 6 ク 6 35 ケ 8 14 12 ※○印は ケ 6 12 無回答 11 11 13 無回答 14 12 エ オ ②.1 表5 4 ○ ○ 8 ○ 9 ※○印は 13 ③.1 正答 ○ 24 正答 Aのコップ表面の空気について 誤答者のうち,19人がアを,21人がカを選択し 複合グラフAの空気について 誤答者のうち,10人がウを,12人がキを選択し た。どちらも水蒸気で飽和していないことは理解 た。どちらも水の状態は理解できているが,気体 できているが,気体モデルの水蒸気や気体として モデルの水蒸気や水滴の粒の数を間違えている。 含むことができる水の量の粒の数を間違えてい 複合グラフに示されている棒グラフの数値は変化 る。露点をむかえた15℃気体モデルを正しく認識 していないことが認識できていない。 できていないことと,25℃のときの飽和水蒸気量 ②.2 が読み取れていない。 複合グラフBの空気について ― 104 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) ③.2 Cのコップ表面の空気について 問4より,露点を理解するための結露実験にお 誤答者のうち,14人がウを,20人がオを選択し けるコップ表面の空気を気体モデルで説明するこ ている。くもりはじめたコップのことを問われて とができない。また,露点を中心とした冷やす前 いるが,露点を正しく認識できていないので,凝 の空気,さらに冷やした空気を複合グラフと対応 結が見られるモデルを選択したと考えられる。さ させて正しく示すことができていない。 らに,ケを選択したものが14人いたが,複合グラ 2)指導法の考案 フに示されている棒グラフから水の質量を正しく 露点の意味,気体モデルとグラフ,結露実験と 読み取れていないことが原因といえる。 の関連についての理解を深めるには,前述の問題 ③.3 点の解消が必要となる。そこで,以下の指導法を Dのコップ表面の空気について 誤答者のうち,45人がキを選択した。「大きな 水滴」という表現から,最も水滴モデルの多いも 考案した。 手立てA「天候や湿度の異なる日に露点測定を複 のを選択していると考えられる。 数回行う。」 3つのモデルの組み合わせでの誤答者を見てみ 保冷剤を用いてコップ内の水の温度を徐々に下 ると,図7のように11人がク,ケ,キを選択して げられるようにするとともに,コップ表面の温度 いる。冷やす前の空気の様子は正しく読み取れて を意識させるために,放射温度計を利用しながら, いるが,「大きな水滴」という表現から,露点を 毎時間露点測定を行う。雨天時にはさらに加湿器 迎えた段階のケで水蒸気量を増加させてしまった を使って湿度を高めるなど,異なる環境で測定を と考えられる。 行い,露点が変化する要因を考えさせる。また, 測定では凝結が確認できた時点を露点としている が,実際の露点は水蒸気が飽和した瞬間であるこ とを説明する。この指導により,問題点①と③に 対応できると考えた。 図7 誤答モデル(結露実験) 手立てB「OHPシートとマグネットで空気の様子 をモデルで可視化する」 5.調査のまとめと指導法の考案 水蒸気が入るスペースを飽和水蒸気量としてOH 1)実態調査のまとめ 実態調査から,気体モデルと露点,複合グラフ, Pシートに○で印刷したものをホワイトボードに 結露実験との関連における問題点として,以下の 置き,そこにマグネットを貼り付けながら空気モ 3点が明らかになった。 デルを完成させる。水蒸気が凝結して水滴になる 問題点① ときにはマグネットの色を変える。さらに,マグ 問2より,露点とは空気中の水蒸気が飽和状態 ネットの数をもとに複合グラフの棒グラフを完成 であると正しく認識できていない生徒が多数存在 させる。色を変えたマグネットは飽和水蒸気量を する。結露実験で観察される現象や教科書におけ 表す曲線曲線グラフの上の領域にあることを確認 る表記により,露点を既に凝結が始まっている状 する。この指導により,問題点②に対応できると 態であると認識している。 考えた。 問題点② 問3より,温度変化に伴って変化するのは飽和 6.今後の課題 考案した指導法で授業実践し,ポストテスト, 水蒸気量であり,実際の空気中の水蒸気量や水滴 の量は変化しないという捉えができない。複合グ 遅延テストを分析して評価を行う。 ラフの棒グラフでは水蒸気の量は変化していない のにも関わらず,温度が変化すると水蒸気の量を 引用文献 変化させてしまう。 文部科学省:中学校学習指導要領解説理科編 79-80,大日本図書,2008 問題点③ ― 105 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 国立教育政策研究所:平成 15 年度小・中学校教 育課程実施調査-理科-,2005 岡村定矩ら:新しい科学 2 年,東京書籍株式会 社,2011 霜田光一ら:中学校科学 2,学校図書株式会社, 2011 塚田捷ら:未来へ広がるサイエンス 2,新興出版 社啓林館,2011 有馬朗人ら:理科の世界 2 年,大日本図書株式 会社,2011 細谷治夫ら:自然の探求中学校理科 2,教育出版 株式会社,2011 榊原保志・小高正寛・中野潔・大日方雄一・湯本 めぐみ:水蒸気柱モデルを用いた気温の変化に 伴う水蒸気←→水滴の変化・湿度に関する学習 日本理科教育学会第 59 回全国大会要項,338, 2009 荻野伸也・桐生徹・久保田善彦:中学校1年「溶 解度」の学習で用いられる曲線グラフと棒グラ フによる複合グラフの読解に関する研究,日本 理科教育学会理科教育学研究,第 55 巻,第 3 号,279-288 ― 106 ―
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