◆ 第27回・最終回 ◆ ❖シリーズ解説❖ 日本の伝統食品 うるか た か ま つ・ の ぶ え 大分大学大学院教育 学研究科修了。愛媛 女 子 短 期 大 学 講 師, 准教授を経て,現在 別府大学食物栄養科 学部教授。 高 松 伸 枝 の身と内臓を使用するものを「身うるか」もしく ◆1.はじめに◆ は「親うるか」(大分県南海部郡,富山県礪波市 日本には古来より多くの発酵食品があり,日本 などで生産),内臓とともに細切りした筋肉を用 人独特の食生活文化を築いてきた。発酵食品の中 いた「切り込みうるか」1),3),どちらとも一般の で水産物を原料とするものに,いかの塩辛,鮒ず 塩辛に似た外観と風味を持つ。落ち鮎(10月頃 し,くさや等があげられる。一方,日本人に極め の産卵期前の鮎)の卵巣のみを塩漬けにしたもの てなじみの深い鮎を利用して作られた鮎うるかも, が「子うるか」1),4),イクラや筋子に近い味わい このわた,めふんとならんで日本の三大珍味のひ がある。また,精巣のみを用いた「白うるか」1),5), とつに数えられる伝統的な発酵食品である。鮎う 白うるかと子うるかを混合した「取り交ぜうる るかは全国各地で生産されているが,地域によっ か」1),4) があり,他のうるかとは異なるコクを て用いる原料,製品の形状や呈味が異なっている。 持っている。この他に野鳥の塩辛として「つぐみ 本稿では,全国で生産される鮎うるかの製造法, うるか」と呼ばれているものもあったが 6),これ 特徴について紹介する。 は,うるかという語が一般に内臓の塩辛を指した ふな あゆ 名残であるといわれている。 ◆2.「鮎うるか」とは◆ ◆3.「鮎うるか」の発祥◆ 「鮎うるか」とは,鮎の内臓,精巣,卵巣,あ るいは魚体全体をすりつぶしたものに食塩を加え, 「うるか」を記載した最も古い書物は,1350年 その後一定期間熟成させて製品としたもので,い 頃の「庭訓往来」で,当時はまだ塩辛という言葉 わゆる鮎の塩辛である。 もなく,鮎の別名として用いられていたといわれ 以前「うるか」は魚の内臓全般を指していたよ ている7)。当時の「うるか」は鮎の腸のみの塩辛 うであるが,最近ではうるかといえば鮎の内臓の 「土うるか」(または苦うるか)であったらしく, 塩辛を指すのが一般的となっている。内臓のみを 腸内に含まれる砂が食味を損なうため,これを嫌 用いるものは「苦うるか」もしくは「渋うるか」, う愛好家が後に鮎の卵巣の塩辛「子うるか」を誕 「土うるか」 み そ と呼び,苦みと塩味が強く,味噌 生させ,「苦うるか」の口当りのよさを利用して に近いものである。頭,およびひれを除去した鮎 「取り交ぜうるか」「身うるか」を作り出したとい 1),2) 食品と容器 482 2015 VOL. 56 NO. 8 ◆ うるか われている。また,鮎うるかの生産の盛んな地域 たようである。しかし,栃木県那珂川流域や京都 である岐阜県長良川流域は鵜飼で有名であるが, 府福知山市など,内地に住む地域の人々の中で古 鮎うるかを考案したのは長良川に鵜飼の業が始 くから家庭で作られ,生活に根づいている地域も まった頃から鵜匠が考えだしたもので,土地の名 ある。 う 物として始祖の鈴木松次郎が元禄年間(1699 ~ ◆5.鮎うるかの原料と一般成分◆ 1704)から売り出したとの言い伝えもある5)。 各地によって原料,製法,形状,食味,値段な ◆4.鮎うるかの生産地◆ どに差がある。原料はコクを活かすために脂の 第1図は我々の調査で明らかとなった全国で生 のった養殖鮎,あるいは7~8月の内臓の比率の 産されている鮎うるかの産地である。図の地域以 高い天然鮎を用いている。これら原料鮎は,鮎そ 外でも今回収集・調査しただけでなく,高知県 のものの香りと鮮度を保つために身はほとんど洗 四万十川流域,佐賀県嘉瀬川流域,鹿児島県川内 わないという。鮎の香りはスミレ葉アルデヒド, 川流域,奈良県十津川村,和歌山県有田川流域, キュウリアルコールなどである。これらは鮎が食 神奈川県相模川流域でも生産されている。全国を べる河川中の藻の成分が移行したものとされ,鮎 通じて共通する事項として,鮎うるかの生産は海 の体表粘質物に多く存在する8)。 うま 産物の豊富な地域よりもむしろ内陸で河川の発達 「身うるか」では,頭等の硬い部分を加え,旨 した地方での生産が盛んな傾向にある。鮎うるか 味を増すために酒類を添加する(長野県更級郡) はもともと鮎の加工,調理段階で廃棄してしまう 場合がある。また「苦うるか」では,苦みを増す 内臓を利用するために製造を始めた業者が多かっ ために原材料に胃袋のみを用いることもある(長 第1図 全国鮎うるかマップ 食品と容器 483 2015 VOL. 56 NO. 8 ◆ ❖シリーズ解説❖ 日本の伝統食品 第1表 全国で生産される鮎うるか 57 種の一般成分・ 食塩濃度・水分活性・pH 測定項目 水分 に脂質含量に季節変動があり,最も脂質含量の多 い時期は最も美味である時期とほぼ一致し,この 測定値 時期を旬と呼ぶ。鮎の旬は夏から秋にかけての時 30.1 ~ 71.3% タンパク質 5.5 ~ 20.0% 脂質 2.2 ~ 50.3% 灰分 7.5 ~ 25.8% 食塩濃度 6.3 ~ 28.9% 水分活性 期である。また同じ鮎であっても,天然鮎よりも 養殖鮎の方が概して脂質が多い10)。したがって鮎 うるかに含まれる脂質含量は養殖か天然の相違だ けでなく,天然でも6,7月に採れる若鮎か,10 月頃に採れる落ち鮎を用いるかによって値が異な 0.75 ~ 0.95 p H る。また灰分においても,原料に骨を使用するか 5~6 否 か, ま た 添 加 す る 食 塩 量( 身 う る か は10 ~ 野県上田市)。熟成期間も1カ月(栃木県塩谷郡) 20%,苦うるかは20% 以上)によって変動がみ から1年以上(秋田県雄勝郡・長野県上田市)と られる。 様々である。東日本地域では,鮎うるかは内臓の さらに東日本で生産された製品では,中間水分 みを使うものが本来のものであって,身を入れた 食品(Aw0.65 ~ 0.85)に属する製品が多いが, りするものは邪道であるとの考えから,内臓しか 西 日 本 で 生 産 さ れ た 製 品 の 中 に は Aw0.86 ~ も胃や胆嚢を取り出して作る方法がよいとされる。 0.95付近を示すものも少なくなく,冷蔵保存が 一方西日本では,胆嚢のみでは苦いばかりでコク 必要である,ある製品は,土産物店で常温のまま がなく,色も黒く外見があまりよくないので身を 鮎うるかを販売するために,通常より2倍以上の 入れるという製造者が多い。 食塩を入れるとのことであった。 たんのう 一般成分等を測定したところ,脂質や灰分,食 ◆6.鮎うるかの製造法◆ 塩濃度に差異がみられる(第1表)9)。 タンパク質は10%台が多く偏差は大きくなかっ 大分県で製造されている「身うるか」の作り方, たが,脂質はかなりばらつきがある。魚類は一般 製品を示す(写真1~6)11)。 写真1 うろこ,頭を包丁で落とす 写真2 腸のみを取り除く 写真3 頭付近をつぶしながら, 1cm 程度のぶつ切りにし,尻尾を切る 写真 4 食塩を入れ,すりばちで擦る 写真 5 馴染んでやわらかくなった状態 写真 6 製品 「身うるか」の作り方(カラー写真1~6を HP に掲載 C070 ~ C075) 食品と容器 484 2015 VOL. 56 NO. 8 ◆ うるか 「身うるか」共通の製造法として,仕込み後の は,微量栄養素(特にビタミン A,ビタミン D) 撹拌があげられる。糠漬けと同様,上面の離水に や苦み成分のコール酸,タウロコール酸等を含ん よる水分活性の低下 でいる。これらが機能性成分として関連している かくはん ぬか 12) で,微生物の繁殖を防ぐ意 味があると思われる。一方, 「苦うるか」では, “ 目張り ”(密封保存)して,最低数カ月から1年 のかも知れない。 ◆8.おわりに◆ かけて長期熟成する。 我々の研究13) では,鮎うる かの食塩濃度が低くなると,エキス成分の生成速 鮎うるかは使用する鮎の部位によって名称が 度が早まることが明らかとなっている。したがっ 異なり,鮎の旬の時期を中心に全国の主要な河川 て「身うるか」は低塩分で早期熟成させ,食塩の 地域で製造されている。しかし製造業者によって 味に邪魔されずに,筋肉部分から旨味成分を引き 原料の選定,製造方法,仕上がりの外観,食味な 出す。また「苦うるか」は,高塩分で空気と遮断 どの捉え方が異なっており,成分の違いに反映さ させて長期保存しながら熟成させることで,“ 塩 れている。 かど ” がとれて味がまろやかになり ,本来の風 14) 全国調査を通じて,鮎うるかの生産を支えてい 味と苦みを保っていくと考えられる。 る方のほとんどは高齢者であった。古くから培わ れてきた日本人の知恵,食生活文化継承への理解 ◆7.利用方法◆ が深まることを願っている。 さかな 酒の肴として用いられる他に,夏バテ防止に冷 奴やごはん,みそ汁,いもの煮ものに混ぜたり, まんじゅう ◆9.謝辞◆ 饅頭やパンにジャムをつけるように食べることも 共同研究者である大分大学教授望月聡氏,大分 ある。その他,湿布(消炎剤),熱さまし,つわ 県産業科学技術センター樋田宣英氏,ならびに調 り止め,腸の薬,滋養強壮剤,胃薬の代用として 査ご協力頂きました皆様方に深謝申し上げます。 使用されていた。さらには京都祇園の芸妓が,う 本研究は笹川科学研究助成ならび文部科学省科学 るかを食べると汗ばんでも着物にシミがつかない 研究費の助成を受けました。 げ い ぎ といって珍重したとの記述もあった 。鮎の肝臓 15) 参 考 文 献 1)宮脇史子,森基子,鮎うるかの栄養学的研究(第一報) , 岐阜女子短期大学研究紀要,8,41-44(1958) 2)毎日新聞社:たべもの雑学事典,毎日新聞社,pp.99, 東京,(1975) 3)末広恭雄:魚の履歴書(上),講談社,pp.38 ,東京, (1986) 4)石黒正吉:日本人と魚介(食の風俗民俗名著集成第9 巻),東京書房社,pp.100,(1985)。 5)岩満重孝:百魚百旬,みき書房,東京,pp.18,(1986) 6)柳田友道:うまみの誕生,岩波書店,東京,pp.110, (1991) 7)川上行蔵:つれづれ日本食物史第二巻,東京美術,東 京,pp.69,(1992) 8)平野敏行:水産物のにおい,恒星社厚生閣,東京, pp.35,(1988) 9)高松伸枝,望月聡,樋田宣英:全国で生産されている 食品と容器 485 鮎うるかの製法及び一般成分,九州福祉衛生専門学校 研究紀要,1,57-63(1996) 10)平野敏行,中村秀男,須山三千三:天然および養殖 アユの品質に関する化学的研究 -2一般成分の季節変化, 日水誌,46,75-78,(1980) 11)高松伸枝,望月聡:日本食生活文化調査研究報告集 15,(財) 日本食生活文化財団,pp.1,(1998)。 12)野口 駿:食品と水の科学,幸書房,東京,pp.189, (1992) 13)高松伸枝,望月聡,樋田宣英:漁獲時期の異なる天然 ・養殖鮎を用いた鮎うるかの熟成に伴うエキス成分の 変化,後藤学園研究紀要,1,53-60(1999)。 14)日本化学会編:化学総説 No.14味とにおいの化学, 学会出版センター,pp.166 ,(1994) 15)宮地伝三郎,アユの話,岩波書店,東京,pp.13, (1994) 2015 VOL. 56 NO. 8
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