要旨集 - NPOバイオクリマ研究会

バイオクリマ研究会
第 18回 研究成果発表会
要 旨 集
平成27年3月 14 日(土)
いであ株式会社 GE カレッジホール
主催:NPO法人バイオクリマ研究会
協賛:日本生気象学会
後援:いであ株式会社
「バイオクリマ研究会 第 18 回 研究成果発表会」 プログラム
日 程: 平成 27 年 3 月 14 日(土)
会 場: いであ株式会社 GE カレッジホール
東急田園都市線 駒沢大学駅・桜新町駅 より徒歩 12 分
参加費: 1000 円 懇親会費:2000 円(学生・院生は半額)
主 催: 特定非営利活動法人バイオクリマ研究会
協 賛: 日本生気象学会
プログラム
10:00 ~ 10:05 開会あいさつ
稲葉 裕(バイオクリマ研究会理事長、順天堂大学名誉教授)
10:05 ~ 12:15 一般講演
進行:松原 斎樹 (京都府立大学 教授)
10:05~10:20 1.「中規模都市の大気熱環境に関する観測的研究―クラスター分析法による観測地点分類―」
中村 祐輔(立正大院 地球環境)
、重田 祥範(立正大 地球環境)
10:20~10:35 2.「将来気候変動が名古屋市の温熱快適性に及ぼす影響の予測シミュレーション」
山川 洋平(明星大学 大学院理工学研究科生)、髙根 雄也(産総研 環境管理技術研究部門)、
亀卦川 幸浩(明星大学 理工学部)、原 政之(埼玉県 環境科学国際センター)、
近藤 裕昭(産総研 環境管理技術研究部門)、飯塚 悟(名古屋大学大学院環境学研究科)
10:35~10:50 3.「脳活動計測に基づく温冷感の客観的評価の試み」
畑 智也、高橋 智哉、井原 智彦、吉田 好邦(東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システ
ム学専攻)
10:50~11:05 4.「京都市の戸建住宅居住者の防暑行為とエアコン使用の実態」
松原 斎樹、大塚 弘樹(京都府立大学)
(11:05~11:15 休憩)
11:15~11:30 5.
「超小型心拍センサを用いた心拍周期 RRI による眠気検知」
篠崎 亮(ユニオンツール(株)製品開発統括部)
11:30~11:45 6.
「地峡風“肱川あらし”の局地性と寒冷ストレスの関係」
重田 祥範(立正大地球環境)、大橋 唯太(岡山理大生物地球)、寺尾 徹(香川大教育)、大澤 輝夫(神
戸大院海事科学)
11:45~12:15 7.
「とうきゅう環境財団 社会貢献学術賞 記念講演」
吉野 正敏(筑波大学名誉教授)
(12:15 ~ 13:30 昼休み)
13:30 ~ 15:30 特別講演「日本の気候変動と健康への影響」 進行:野本 茂樹(東京都健康長寿医療センター研究所)
13:30~14:10 1.
「温暖化による健康影響 -熱ストレスによる死亡、熱中症を中心に-」
小野 雅司 (環境省 国立環境研究所 環境健康研究センター・フェロー)
14:10~14:50 2.
「温暖化に伴うさまざまな健康被害 ―だるさ、寝苦しさ、熱っぽさ―」
井原 智彦 (東京大学新領域創成科学研究科・准教授)
14:50~15:30 3.
「感染症媒介蚊と気候変動」
沢辺 京子 (厚生労働省 国立感染症研究所 昆虫医科学部・部長)
(15:30~15:40 休憩)
15:40 ~ 17:00 シンポジウム「気候変動における健康リスク対策を探る」
進行:重田 祥範(立正大学 地球環境科学部 助教)
気候変動の観測・予測及び影響評価統合レポート「日本の気候変動とその影響」
(2012 年度)を踏まえ、生気象学的
な視点から人々の健康リスクを考え、その対応策の実行や健康気象アドバイザー等を活用した社会システムづくりを探
ります。
・亀卦川 幸浩 (明星大学 教授,博士(工学))
専門分野:境界層気象学、都市熱環境学
・大橋 唯太
(岡山理科大学 准教授,博士(理学)) 専門分野:気象学、生気象学
・井原 智彦
(東京大学 准教授,博士(工学))
専門分野:都市気候、人間健康、エネルギー需要
17:00 ~ 17:05 閉会あいさつ 吉野 正敏(バイオクリマ研究会監事、筑波大学名誉教授)
17:10 ~ 18:30 懇親会(3F)
[問い合わせ先]特定非営利活動法人バイオクリマ研究会事務局(いであ株式会社 バイオクリマ事業部内)
Tel: 045-593-7601
Fax: 045-593-7621
E-mail: [email protected]
URL: http://www.bio-clima.net/
一 般 講 演
1 鈴:発表終了5分前(10 分経過時),
2 鈴:発表終了時(12 分経過時)
,
3 鈴:質疑応答終了時(15 分経過時)
中規模都市の大気熱環境に関する観測的研究
―クラスター分析法による観測地点分類―
中村 祐輔*・重田 祥範(立正大学地球環境)
1.はじめに
ヒートアイランド現象は,郊外に比べて都市部の気温
が高くなる熱大気汚染であるため,その時空間パターン
を把握することは非常に重要といえる.これまでに,都
市部から郊外の気温を差し引いた「ヒートアイランド強
度(以降 HII)
」を用いて,数多くのヒートアイランド研
究がおこなわれてきた.そのなかで,菅原ほか(2005)
は,代表地点の選出方法の違いが HII の値に大きく影響
することを述べている.このように,HII の算出方法に
は未解決の課題も多く,現状で各都市における値を比較
することは困難である.
そこで本研究では,埼玉県熊谷市を中心とした,地上
気温の定点型観測を多地点かつ広範囲でおこなう.その
うえで,クラスター分析法を用いて観測地点の地域分類
を実施する.さらに,地域分類の結果から都市部および
郊外の代表地点を定義し,HII の季節変化を検討する.
2.研究手法
2.1 対象地域
埼玉県熊谷市は関東平野の北西部に位置し,面積約
160km2,人口約 20 万人を有する中規模都市である.JR
熊谷駅周辺は,市役所などの建物が多く存在し,商業あ
るいはオフィス街区である.一方,荒川より南の地域に
おいては樹林や畑が多く存在している.
2.2 観測概要
定点型による地上気温の観測を,熊谷市を中心に東西
約 20km,南北約 16km の範囲内でおこなった.観測は
2013 年 8 月 1 日から 43 地点において実施していたが,
周辺都市域との比較などを目的として,2014 年 2 月 1 日
から 57 地点に増設した.そのため,クラスター分析には
観測地点増設後の 2014 年 2 月~2015 年 1 月,HII の解
析には 2013 年 12 月~2014 年 11 月に得られたデータを
それぞれ用いる.
3.結果および考察
3.1 クラスター分析による観測地点の地域分類
埼玉県熊谷市におけるヒートアイランドの水平構造把
握を目的に,観測された地上気温データに対してクラス
ター分析を用い,観測地点の地域分類をおこなう.使用
したデータは,2014 年 2 月~2015 年 2 月の無降水日に
おける地上気温のアンサンブル平均である.クラスター
間における距離測定方法には Ward 法を用いた.
解析の結果得られたデンドログラム(図省略)の解釈
から,
観測地点を C1~C4 の 4 つに分類するのが妥当であ
ると判断した.その結果を地図上にプロットしたものが
第 1 図である.C1 には,JR 熊谷駅周辺の市街地に位置
する 4 地点のみが分類されている.また,C4 に分類され
た観測地点の周辺には,樹林地や畑が多く存在している.
よって,これらの分類は土地利用に大きく関連している
ものと推測される.
3.2 HII の季節変化
地域分類の結果をもとに,C1 から都市部の代表地点,
C4 から郊外の代表地点を各3地点選出した
(第1 図参照)
.
選出した計 6 地点は,2013 年 8 月から観測が継続されて
いる地点である.そして,以下の(1)式を用いて,HII
を算出した.
HII = TU-TR
(1)
ここで,TU には都市部,TR には郊外それぞれの代表地点
における日平均気温,日最高気温,日最低気温の各項目
を代入する.
月ごとに平均した HII および各月における事例数を第
2 図に示す.解析は,2013 年 12 月~2014 年 11 月の 1
年間における晴天日を対象におこなった.そのため,月
ごとで事例数に差が生じていることに注意する.日平均
気温に関しては,
12 月に極大値 1.9℃,
3 月に極小値 1.4℃
を示すものの,季節を通した変動は 0.5℃以内に留まって
いる.一方,日最高気温および日最低気温には,各季節
において顕著な差異がみられる.日最高気温に関して,
冬季には HII の値が非常に小さく(0.0~0.4℃)
,負の値
が記録される事例も存在した.しかしながら,夏季に向
かうにつれて値は上昇し,7 月に極大値 1.7℃を示す.
日最低気温に関しては,日最高気温とは対照的に,夏
季に値が小さくなり(8 月に極小値 1.4℃)
,冬季に値が
大きくなる(12 月に極大値 3.2℃)
.この特徴は,日本の
都市における一般的なヒートアイランドの特徴と一致す
る.しかしながら,4 月の HII は 3.0℃と,1 月および 2
月の値よりも大きい.この要因として,冬季における季
節風の影響が推測される.関東平野の北西部に位置する
熊谷市では,冬型の気圧配置の際に北西風が卓越する.
その影響で,接地逆転層の発達が抑制され,移動性高気
圧下で晴天日の多い 4 月よりも HII の値が小さくなった
ものと推測される.
第 1 図 クラスター分析結果.U1,2,3 は都市部の代表地点,
R1,2,3 は郊外の代表地点を示す
第 2 図 2013 年 12 月~2014 年 11 月の晴天日における HII
の季節変化
将来気候変動が名古屋市の温熱快適性に
及ぼす影響の予測シミュレーション
山川 洋平(明星大学),髙根 雄也(独立行政法人産業技術総合研究所),亀卦川 幸浩(明星大学),
原 政之(埼玉県環境科学国際センター),近藤 裕昭(独立行政法人産業技術総合研究所),飯塚 悟(名古屋大学)
1. はじめに
値・代謝量)を考慮し熱収支を計算する.体温調節のた
めの血流量変化や発汗といった温熱生理現象,皮膚表
面・呼吸気道と大気間の顕熱・潜熱交換などの各プロセス
を考慮してコアとシェルの温度変化を解析することによ
り,屋外空間(街路上 2m 高度)の SET*が算出される.
また,このモデルでは屋外空間の湿球黒球温度 WBGT
の算出も可能である.
2.2 計算条件
計算期間は,2010年8月1日から8月18日までとした.
現況再現計算(CTRL)の計算結果を,名古屋地方気象
台で観測された値と比較した結果,CTRLは観測された
気温変化を概ね再現できていた.特に8月1日から8月8日
は十分な再現性を確認できた.以後,解析期間は,再現
性が確認できた8月1日から8月8日に設定した.
本研究では,2030年代及び2070年代を将来年代として
設定した.将来予測の手法は,擬似温暖化手法(pseudo
global warming method:以降,PGWと呼ぶ)4)である.本
研究では,将来予測の元となる全球気候モデルとして,
大気海洋結合モデルMIROC3.2(medres)を採用した.
IPCC第4次報告書SRES A2シナリオ下で上記MIROCによ
近年,地球温暖化等の気候変動は,都市温暖化も相俟
って,健康被害(熱中症や睡眠障害等)や夏季のエネル
ギー需要増加の問題を顕在化させている.現在,これら
の問題を軽減させるため,気候変動適応策に関する研究
が進められている.
上記の研究の一環として,本研究では,領域気候モデ
ルを用いて,我が国の大都市圏の中で最も猛暑日の出現
頻度が高く,かつ今後,更なる高温化が懸念される名古
屋都市圏を対象とし,将来の温暖化が同地域の将来の温
熱快適性に及ぼす影響を,温暖化ダウンスケール手法に
より予測した.また,名古屋都市圏への温暖化適応策の
導入を想定し,その導入効果を地上気温及び温熱快適性
(温冷感指標)の観点から評価した.
2. 数値モデルと計算条件
2.1 数値モデルの概要
本研究では領域気候・都市気候・建物エネルギー・人
体熱収支連成モデル(以降,WRF-CM-BEM-HBM)を,
用いてシミュレーションを行った. WRF-CM-BEM-HBM
を構成する各サブモデルの概略は次の通りである.
り予測された2030年代・2070年代8月の気候値の現況
(2000年代8月)からのそれぞれの差分量を,WRF-CM(1) 領域気候モデルWRF
Weather Research & Forecasting(以降,WRF)モデルは, BEM-HBMの初期値・境界条件に足し込み使用する.各
現業の天気予報および領域気象・気候の調査・研究のた
めに,米国のNCEP/NCARで開発された完全圧縮性非静
力学モデルである.
計算ケースの設定を表1に示す.CTRLは,上述した現状
再現計算である.PGW30及びPGW70は,2030・2070年代
のそれぞれ猛暑年 の将来予測計算である.上記3つの計
算に加え,2030・2070年代に地表面および建物の屋根
面・壁面を緑化するPGW30_GRN,PGW70_GRN,空調
排熱および自動車排熱を100%削減するPGW30_noAH,
PGW70_noAHの4つの温暖化適応策導入ケースについて
(2) 都市気候・建物エネルギー連成モデルCM-BEM1)
CM-BEM1)は,多層都市キャノピー(都市気候)モデ
ルCMと,建物エネルギーモデルBEMが結合されたモデ
ルである.このモデルは,都市格子の陸面過程を計算す
るサブモデルとして,WRFに双方向接続してある.具
も計算を行った.
体的には,CM-BEM1)は都市上空への運動量・顕熱・潜
熱・放射フラックスを,WRFから供給される上空の境
表1 計算設定
界気象条件のもとで計算する.この計算された各フラッ
ケース
年代・月
人工排熱
地表面
CTRL
2010年
8月
ON
クスは,WRF側大気の下端フラックス境界条件となる.
0.17 ※1
PGW30
(3) 人体熱収支モデルHBM2)
HBM2)には,Gagge et al.(1986)3)が開発した 2 層モデ
ルが導入されており,温冷感指標である標準新有効温度
(Standard New Effective Temperature,以降 SET*)を CMBEM1)内で算出する.このモデルでは,人体をコア(体
深部)とシェル(表層部)に分割し,気象条件(気温・
相対湿度・風速・平均放射温度)と人体側条件(クロ
PGW30_GRN
2030年代8月
PGW30_noAH
PGW70
PGW70_GRN
PGW70_noAH
2070年代8月
ON
0.17 ※1
ON
0.30
OFF
ON
0.17
0.17 ※1
ON
0.30
OFF
0.17
緑被率
壁面
0.00
0.00
屋根面
0.00
0.00
0.40 ※2
0.49 ※3
0.00
0.00
0.00
0.00
0.40 ※2
0.49 ※3
0.00
0.60
0.60
0.00
(※1:格子点毎に設定.表内の数字は平均値.
※2:事務所系街区,※3耐火造集合住宅系街区,木造住宅系街区)
1
3.
結果
適応策の導入は温熱快適性改善の観点では大きな意味を
持たない可能性が示唆された.
なお,本研究ではSET*だけではなく,気象分野でよ
く使用されるWBGTでも同様の評価を行ったが,SET*
の結果と定性的に同様の結果が得られた.
3.1 将来予測の結果
PGW30及びPGW70におけるCTRLからの地上気温上昇
Temperature difference(ºC)
量を図1に示す.2030・2070年代の猛暑年における名古
屋市の地上気温(日平均値)は,2010年に比べて0.4℃,
2.9 ℃ そ れ ぞ れ 高 い . PGW30 の CTRL か ら の 上 昇 量
(0.4℃)は,本研究と同様にPGW手法を適用し,名古
屋市の将来予測計算を実施した黒木ほか(2012)5)の上
昇量と同じである.一方で,PGW70のCTRLからの上昇
量(2.9℃)は,黒木ほか(2012)5)の上昇量である約
2.5℃に比べるとやや大きい.
PGW70 − CTRL
3.5
SET*(℃) Air temp.
(℃)
(a) 2030s
PGW30 − CTRL
PGW30_noAH − PGW30
PGW30_GRN − PGW30
-1
PGW30 − CTRL
(b) 2070s
0
1
2
PGW70 − CTRL
PGW70_noAH − PGW70
PGW70_GRN − PGW70
3 -1
0
1
2
3
図2 気温とSET*(共に地上2m値)でみた
適応策の導入効果のまとめ
(名古屋の全都市格子・日平均値,
解析期間:8月1日~8月8日)
3.0
2.5
2.0
1.5
1.0
まとめ
0.5
4.
0.0
本研究では,将来の温暖化が将来の名古屋市の温熱快
適性に及ぼす影響を予測した.また,2つの適応策の導
入効果を,地上気温及び温熱快適性(温冷感指標)の観
点から評価した.
緑化を導入すると,2030年代では猛暑年の日平均気温
およびSET*を2010年とほぼ同じに維持できる可能性が示
された.ただし,2070年代における緑化の導入効果は
2030年代と同程度であるため,2070年代には上記の適応
1
3
5
7
9
11 13 15
Time (JST)
17
19
21
23
図1 将来予測計算により得られた
現状再現計算(CTRL)からの地上気温の差
(名古屋市の全都市格子・時刻別平均,
解析期間:8月1日~8月8日)
3.2 適応策導入の効果
図2(a)
,
(b)は,適応策の導入効果を,将来年代別,
策導入は温熱快適性改善の観点では大きな意味を持たな
い可能性が示唆された.なお,空調排熱削減の効果は,
気温・SET*の両視点において緑化に比べ小さかった.
評価指数別にまとめたものである.
(1) 気温
2030年代では,緑化による気温低減効果は日平均で0.4℃であり,空調排熱削減の効果−0.2℃よりも大きい
謝辞
(図2(a)).2070年代における緑化と排熱削減による
気温低減効果は2030年代と大差なく,それぞれ−0.5℃と
−0.3℃である(図2(b)).これらの結果は,緑化を導
本研究は,文部科学省「気候変動適応研究推進プログ
ラム」の1研究課題(研究代表者:飯塚悟)の一環とし
て行ったものである.
入した場合,2030年代では猛暑年の日平均気温を現在と
同程度に維持できる可能性を示すが,2070年代では,温
暖化を相殺するほどの効果はないことを示している.
1) Kikegawa Y., et al, Appl. Climatol.,Volume 117, Issue 1-2, pages 175-
(2) SET*
2030年代では,CTRLからの温暖化に伴うSET*の上昇
2) 大橋唯太, 他 2 名, 環境情報科学論文集, Vol.25, pp.335-340, 2011.
参考文献
194, 2014.
3) Gagge,et al., ASHRAE Transactions,92(1986), pp.709-731.
量は+0.3℃である(図2(a)).緑化と空調排熱削減の
4) Kimura, F. & Kitoh, A.: Downscaling by pseudo global warming method.
効果はそれぞれ−0.3℃,0.0℃であり,このことは緑化を
The Final Report of the ICCAP. Research Institute for Humanity and
導入すると,2030年代における温暖化に伴うSET*の上昇
Nature, Kyoto, Japan, 2007
分をほぼ相殺できる可能性を示している.2070年代では,
5) 黒木美早衣, 他 4 名, 日本建築学会環境系論文集, 77, 678,
緑化と空調排熱削減の導入によるSET*低減量は,2030年
pp.689– 697, 2012.8.
代から変化していない(図2(b)).温暖化に伴う
SET*の上昇量は+2.8℃であるため,2070年代には上記の
2
脳活動計測に基づく温冷感の客観的評価の試み
畑智也、高橋智哉、吉田好邦、井原智彦
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 環境システム学専攻
平均をとり、刺激温度による違いを比較した(図 1、
1.はじめに
熱中症対策や空調デザインなどを目的に、人間の温
冷感が研究されてきている。従来の研究は、温熱環境
図 2)
。同時に温冷感・快適感の申告結果についても点
数化し、脳活動量と比較した。
項目とともに、被験者の温冷感や快適感に対する主観
図 1 では特徴的な傾向は見られなかったが、図 2 で
的申告を計測してきた。しかし個人間で温冷感を示す
は差分が 50℃の熱い刺激時にはプラス、5℃の冷たい
語句の解釈が異なるなど、主観的申告は差異が大きい
刺激時にはマイナスという傾向が見られた。また被験
ため、一般化指標として見なせない可能性がある。
者申告の結果と合わせると、図 2 では差分結果と温熱
人間が環境に対して温冷感などを覚えるとき脳活動
感申告の相関が高い(相関係数 0.87)。快適感につい
が生じる。これを計測すれば客観的評価とできるかも
ては差分を絶対値で見ると、相関係数は 0.59 となる。
しれない。そこで、脳血流中の酸素化ヘモグロビン濃
図 1 の結果はほとんど相関が見られなかった。以上の
度の変化から脳活動を計測する近赤外分光法
結果から、温度感覚を NIRS 測定値の差分を用いた脳
(Near-infrared spectroscopy,NIRS) を用いること
活動量から評価できる可能性が示された。
1)
で、温熱感覚に関わる脳の反応機構を明らかにし、温
冷感の客観的評価を試みる。本研究ではその第一歩と
して、熱い/冷たいという温度感覚について脳活動と
の関係を明らかにする。
2.実験概要
男子学生 8 名を対象とした。被験者を実験室内(室
温約 24.5℃、湿度約 37%)で着席させ、頭部に NIRS
計(島津製作所)を装着させた。プロトコルは 20s(レ
スト)-20s(タスク)-20s(レスト)-20s(申告)
を 1 セットとした。レスト時は何もせず安静状態、タ
スク時には右足甲に水を入れたビニール袋(水温は
図 1.タスク開始直後の脳活動量の温度別比較
33℃・50℃・5℃の 3 種類)を接触させることで刺激
を与え、申告時には温冷感(-3(冷たい)~+3(熱
い)点の 7 段階)と快適感(0(快適)~3(不快)点
の 4 段階)に対する主観的評価を申告させた。温熱刺
激は 33℃-50℃-5℃の順で計 3 周、合計で 9 セット
実施した。NIRS 計によって脳血流は 44ch(前頭葉
22ch、体性感覚野 22ch)
、同時に皮膚血流 3ch(前頭
左右、頸部)計測した。体温を体温計により実験の前
後に計測、心拍数を心拍計により実験中同時計測した。
3.実験結果と考察
NIRS 計による測定値には頭皮の皮膚血流の影響が
図 2.タスク終了直前の脳活動量の温度別比較
含まれているため 2)、皮膚血流の影響を取り除く前処
4.参考文献
理をおこなった。次に、各セットのタスク期間の①開
1) 酒谷薫 他,NIRS-基礎と臨床-,新興医学出版社,2012.
始直前・②開始直後・③終了直前の 3 点について 5 秒
2) Takahashi T. et al., Influence of skin blood flow on
間の加算平均をとり、②・③の平均値と①の平均値の
near-infrared spectroscopy signals measured on the
差分を、開始直後・終了時それぞれの脳活動量とした。
forehead during a verbal fluency task. Neuroimage.
それぞれの脳活動量について、8 名の被験者の加算
2011;57(3):991-1002.
京都市の戸建住宅居住者の防暑行為とエアコン使用の実態
松原斎樹 大塚弘基(京都府立大学生命環境科学研究科)
1. はじめに 地球温暖化対策としてエネルギー消費量の削減は重要な課題である。しかし,我が国の家庭用エネルギーの総消費
量は快適さや利便性を求めるライフスタイルの普及等を背景に,石油危機以降一貫して増加傾向をたどってきた[1]。
冷房に頼らない涼の取り方や住まい方に関して澤島ら[2],
宮田ら[3]は戸建住宅居住者のエアコン使用と打ち水,
簾,
夕涼み,建具取替えの実施状況を調査した。澤島ら[4]は,冷房を含む様々な防暑行為の実施状況と居住者の意識・価
値観との関係を調査し,防暑のために何らかの出費,手間,時間をかけること自体が,
「自然派」の価値観を背景とし
ていると推測した。
本研究では防暑行為の実施実態と冷房使用状況,居住者の意識・価値観を調査し,居住者の意識・価値観,とりわ
け環境配慮意識と冷房使用の仕方,防暑行為の実施の有無,エネルギーの消費量との関係性を明らかにすることを目
的とする。あわせて,同一地域の経年的な変化を明らかにする。 2. 方法 防暑行為の実施実態と冷房使用状況,意識・価値観に関するアンケートを実施した。調査期間は 2014 年 10 月 8 日
〜11 月 5 日である。配布はポスティングとし,後日郵送にて回収した。調査対象は,1990 年以後数年ごとに調査を行
ってきたと京都市の北白川・西陣・洛西ニュータウンの戸建住宅の居住者とした。 3. 結果および考察 アンケートは配布数 750 部,有効回答数 396 部で回収率は 52.8%であった。回答者の年齢は 60 代,70 代が同数
(22.0%)で最も多く,平均は 60.0 歳,住居の構造は,在来木造(77.3%)が最も多かった。 「今年の夏に実施」
は打ち水が 49.2%,
すだれが 52.3%, 夕涼みが 8.3%, 敷物が 42.9%, 風鈴が 22.2%,
植物が 51.0%
であった。また 1990 年以後の変化を示した(図 1)。打ち水,夕涼みの実施率は単調に減少しているが,すだれは,あ
まり減少していない。 各行為を行う理由は,打ち水は「植木に水をやるついでに」
,すだ
れは「直射日光を遮るため」
,夕涼みは「涼しさを感じたいから」
,
が最も多かった。行わない理由は, 打ち水とすだれは「習慣がない
から」
,夕涼みは「蚊などの虫が気になるから」
,多くの行為で「習
慣がないから」の回答が多かった。
「打ち水大作戦」[5]は 2003 年に
スタートしたが,市民レベルでは打ち水は減少しつつある。 今夏の冷房使用時間は居間が8.3時間,
寝室は5.3時間であった。 体質・意識・価値観の 14 項目の回答を変数としてクラスター分析を行い,居住者を 3 グループ「自然型(n=177)」
,
「都市 A 型 (n=120)」
,
「都市 B 型 (n=58)」に分類した。自然型が最も多く半数を占めた。 体質・意識・価値観3型を要因とする分散分析を行った。冷房の使用時間は各室ともに都市 A 型が最も多かった。
また冷房を 1 週間のうち 6 日以上使用する割合は自然型 45.8%,都市 A 型 69.8%,都市 B 型 60.3%であった。また
冷房 E 推定値は各型との関係に有意な差はなかった。 4. おわりに 戸建住宅の居住者の夏の住まい方について調査を行い,以下の知見を得た。 1)打ち水,夕涼みの実施率は,単調に減少しているが,すだれは横ばいであった。 2)クラスター分析を行い,居住者を体質・意識・価値観などの観点から3つの「型」に分類した。 5. 文献 [1]資源エネルギー庁:エネルギー白書,2014 [2]澤島ら:京都市内の戸建住宅居住者の夏の環境調節法について,日本建築学会
近畿支部研究報告集 計画系,(31), 213-216, 1991 [3]宮田ら:夏期の伝統的な環境調節行為の実施実態と冷房使用実態に関す
る研究,日本建築学会近畿支部研究報告集 環境系,(48),365-368,2008 [4] 澤島ら:防暑行為の実施実態と居住者の意識・価
値観,日本建築学会環境系論文集,(578),9-15,2004 [5]「打ち水大作戦 2014」ホームページ http://uchimizu.jp/ 超小型心拍センサを用いた心拍周期 RRI による眠気検知
篠﨑 亮†,松井 まり子††,石丸 園子††,神保 直樹†
†
ユニオンツール株式会社,††東洋紡株式会社総合研究所
眠 気 を 検 出 す る に は RRI の 増 大 を 検 出 す れ ば 良 い と 考
1. はじ め に
超 小 型 心 拍 セ ン サ WHS-1(以 下 セ ン サ )は , 人 体 に 装
えられた.しかし,自動車運転中の実験ではそのよう
着 し て 心 拍 (間 隔 ・ 波 形 ), 体 表 温 , 3 軸 加 速 度 の 生 体
な現象は見いだせず,一方で運転中の眠気で生ずる特
情報を計測できる.このセンサの用途開発として,眠
徴 的 な RRI の パ タ ー ン が あ る こ と が わ か っ た .こ れ を
気検出を考えた.長距離バス・トラックの事故が,社
図 2 に 示 す .横 軸 は 時 刻 ,縦 軸 は RRI で あ る .図 中 の
会問題となり早急な対策が求められている.国土交通
Detection
省 は 2012 年 7 月 に 高 速 ツ ア ー バ ス ,同 年 12 月 に は 貸
RRI の 連 続 的 な 急 増 大 が あ る .
Point に 示 す 通 り ,眠 気 が 生 じ て い る 時 間 に
切バスの夜間運行時の交替運転者の配置基準を策定し
上 記 の RRI の 特 徴 を 眠 気 検 出 指 標 と し た リ ア ル タ イ
た .こ の 基 準 の 中 に ,
「 居 眠 り を 検 知 で き る 装 置 」を 用
ムで眠気警告を発するソフトウェアを開発し,この指
いれば,交替要員なしで運行距離を引き伸ばせるとあ
標が運転中の眠気と関連するか検証した.被験者とし
り,眠気を検出できる装置を開発すれば安全面だけで
て 22 名 の ド ラ イ バ ー か ら 40 分 以 上 の 運 転 事 例 を 60
なく,コスト削減にも貢献できると思われる.本報で
件 得 た .総 時 間 は 8183 分 (約 136h)で あ り ,こ の 60 件
は東洋紡株式会社総合研究所と共同で開発した眠気検
中 , ド ラ イ バ ー が 眠 気 有 と 申 告 し た 事 例 は 28 件 だ っ
出アルゴリズム
[1][2]
と応用製品について報告する.
2. 心拍 セ ン サ WHS-1 と 眠気 検 出 器 DSD
眠 気 の 検 出 に は , 心 拍 周 期 (以 下 RRI)を 用 い る . こ
た .一 方 ,こ の 28 件 う ち 眠 気 検 出 指 標 が 検 出 し た の は
20 件 あ り , 全 体 の 71%の 眠 気 を 検 出 で き る こ と を 確
認 し た . ま た , 眠 気 検 出 指 標 に よ る 誤 検 出 は 平 均 73
の RRI の 測 定 は , 超 小 型 心 拍 セ ン サ WHS-1 で な さ れ
分に 1 回の頻度だった.誤検出による警告が発生した
る .セ ン サ の 外 観 を 図 1 (a)に 示 す .サ イ ズ は 40.8×37
ドライバーへヒアリングしたところ,誤検出の頻度は
×8.9mm で , 重 さ は 電 池 込 み で 13g と 軽 量 で あ る . 裏
気にならない程度であるとのコメントを得た.
面にホックがあり,そこに粘着シート付ディスディス
ポーザブル電極を取り付け,粘着シート部を胸に貼り
付けることで心電信号を機器に誘導する.センサは一
般の心電計と異なり,心電図波形を測定せず,出力は
RRI で あ る . 波 形 出 力 モ ー ド は あ る が , 心 電 図 で は な
い.ほかに 3 軸加速度センサを内蔵していて人の姿勢
をセンシングでき,衣服内温度を測定するための温度
(a)
(b)
セ ン サ を 内 蔵 す る .生 体 情 報 は 無 線 で 出 力 す る こ と も ,
図 1 (a)セ ン サ WHS-1(左 )と 受 信 機 RRD-1(右 ).
内 蔵 メ モ リ に 保 存 す る こ と も で き る . 無 線 は 2.4GHz
(b)眠 気 通 知 器 DSD
の 特 定 小 電 力 で , 約 20mm の 通 信 距 離 が あ る . 受 信 機
RRD-1 を PC に 接 続 し 運 用 す る . 独 自 プ ロ ト コ ル で 心
拍 セ ン サ 10 台 の 信 号 を 受 信 機 1 台 で 受 信 す る こ と が で
き る .無 線 モ ー ド で は ,心 拍 数 60bpm の と き で 約 7 日
程度の生体情報を内蔵フラッシュメモリに保存できる.
内 蔵 メ モ リ 内 の 生 体 情 報 は USB を 介 し て PC に 取 り 込
む こ と が で き る .電 源 は CR2032 で ,約 11 日 間 連 続 稼
働できる.眠気検出のためには,センサの無線モード
が 使 わ れ る . 出 力 さ れ た RRI を 図 1 (b)に 示 す 眠 気 検
出 器 DSD で 受 信 し , DSD は 眠 気 検 出 ア ル ゴ リ ズ ム に
従って眠気を検出する.眠気を検出すると音,光,振
動で運転者に通知する.
3. 運転 中 の 眠気 検 出 アル ゴリ ズ ム
RRI の 日 内 変 動 で ,睡 眠 中 の RRI は 昼 間 起 き て い る
間 の RRI よ り も 大 き い こ と が 知 ら れ て い る . 従 っ て ,
図 2 運 転 中 眠 気 が 生 じ た と き の RRI 変 動 .
文
献
[1] 松 井 , et al., "心 電 計 を 用 い た 眠 気 検 出 シ ス テ ム の
開 発 ," 第 75 回 情 報 処 理 学 会 全 国 大 会 , 6J-4(2013).
[2] 松 井 , et al., "心 電 計 を 用 い た 眠 気 検 出 シ ス テ ム の
開 発 ," 自 動 車 技 術 会
春 季 大 会 ,
447-20135034(2013).
地峡風“肱川あらし”の局地性と寒冷ストレスの関係
*重田祥範(立正大地球環境)
・大橋唯太(岡山理大生物地球)
・寺尾徹(香川大教育)
・大澤輝夫(神戸大院海事科学)
3. 結果
第 1 図に 3 地点で記録された風速の時間変化を示す.
AMeDAS(長浜)によって観測された風速をみると,4 日
8 時 00 分に最大風速 6.8m/s を記録している.
一方で,肱川直上の新長浜大橋の欄干部(高度約
20m)に設置した風速計は,同 8 時 10 分に 12.7m/s の
最大風速を記録しており,AMeDAS で観測された値の
約 2 倍であった.また,肱川河口の堤防(高度約 3m)で
は,同 10 時 00 分に 5.3m/s の最大風速を記録しており,
14.0
○:新長浜大橋(高度約 20 m)
■:AMeDAS(高度約 7 m)
△:肱川河口の堤防(高度約 3 m)
12.0
10.0
風速 (m/s )
2. 観測概要
肱川あらしの鉛直構造を把握するため,2012 年 11 月
3~4 日にかけて愛媛県大洲市長浜地区の肱川河口に
て係留気球とパイロットバルーンを用いた鉛直プロファ
イル観測を実施した.係留気球における測定項目は,
気温・相対湿度・大気圧であり,観測には温湿度・大気
圧データロガー(TR-73U;T&D)を発泡スチロールで作
製したシェルターに組み込んだ.また,地上付近で観測
される風の特徴を把握するため,河口付近の堤防にて
気温と相対湿度,風向風速を測定した.風向風速の測
定 に は ベ ー ン 式 風 向 風 速 計 ( Kestrel 4500 ; Nielsen
Kellerman)を用いた.観測機器は三脚を利用して高度
約 3m の位置に固定した.また,肱川あらしの強風軸に
近いと推測される新長浜大橋中央の欄干部(高度約
20m)にも,前述の風向風速計を設置した.測定項目の
サンプリング間隔はいずれも 10 秒とした.
上述の数値よりも小さいことがわかる.係留気球観測の
結果,肱川あらし吹走時には 19 時頃から河口付近で接
地逆転層が出現し,風が強まるにつれて逆転強度が大
きくなった(最大で約 4℃/200m).一方,パイロットバル
ーン観測の結果から,肱川あらしの最盛期は 5 時頃で
あることが明らかとなった.最盛期の風速は,同時刻に
肱川河口の堤防で観測された風速(約 4m/s)に比べて
5 倍以上も大きく最大で約 22m/s(高度 150m)であり,こ
の強風帯の厚さは 200m にも達した(第 2 図).また,大
変興味深い特徴として,肱川あらしの最盛期には強風
軸の上端にあたる高度 200~250m 付近で,肱川あらし
の風向とは相反する反流構造が認められた(図省略).
さらに,衰退期は高度の違いによる風速差は小さく,上
空よりもむしろ高度 50m 以下で大きいことが明らかとな
った.
強風と寒冷ストレスの関係については,会場にてご報
告する予定である.
8.0
6.0
4.0
2.0
0.0
17:00
20:00
23:00
2:00
5:00
8:00
11:00
時刻
第 1 図 2012 年 11 月 3 日 17 時~4 日 12 時に観測された風速の
時間変化.風速は,前 10 分間の平均風速を示す.
500
500
(m/s)
450
450
22
22
400
400
20
20
350
350
高度 (m)
1. はじめに
瀬戸内海西部の伊予灘に面した愛媛県大洲市長浜
地区では,秋から冬にかけて“肱川あらし”という強い地
峡風が発生する.肱川あらしについてはいくつか報告さ
れており,谷治ほか(1992)は,肱川あらし発生時には
大洲盆地中央部で接地逆転層が出現し,その高度は
400m にまで達すると述べている.一方,河口付近にお
ける肱川あらしの強風軸は高度 50~100m 付近に出現
し,その強風帯の厚さは 250m 以下であると報告してい
る.しかしながら,谷治ほか(1992)がおこなったパイロッ
トバルーン観測は,肱川あらしが最盛期となる明け方以
降の比較的短い時間帯に限られており,観測された風
速や強風軸の高度,層厚に関する時空間的な特徴に
ついては十分な知見が得られているとは言い難く,発生
機構の解明につながる強風や熱的な鉛直構造そのもの
については未だに解明されていない.
そこで本研究は,肱川河口に位置する大洲市長浜地
区において, 肱川あらしの発生前から係留気球観測と
パイロットバルーン観測を同時に試み,肱川あらしの鉛
直構造の実態を明らかにする.また,その強風による寒
冷ストレスについて言及する.
18
18
16
16
300
300
14
14
250
250
12
12
10
10
200
200
88
150
150
66
44
100
100
22
5050
0
60
120
180
240
300
15:00
17:00
19:00
21:00
23:00
1:00
00
360
3:00
420
5:00
480
7:00
540
600
9:00
11:00
時刻
第 2 図 パイロットバルーン観測によって測定された風速のアイソプ
レス.観測期間は 2012 年 11 月 3 日 15 時から 4 日 11 時.
「とうきゅう環境財団社会貢献学術賞」受賞記念講演
よしの
まさとし
吉野 正 敏
筑波大学 名誉教授
講演要旨
とうきゅう環境財団は、約 40 年も以前から環境問題に関わる調査・研究に努力され、
また研究者・行政担当者の育成にも尽力している団体である。その財団から、昨年の
11 月、第 6 回 とうきゅう環境財団 社会貢献学術賞をいただいた。
今回は受賞記念講演として、2014 年 11 月 12 日の受賞式で講演した内容を紹介する。
1.研究の領域
1.1 気候学
1.2 環境科学
2.受賞例
2.1 国際地理学連合(IGU)の栄誉賞(2000 年)
2.2 国際都市気候学会賞(リューク・ハウォード賞)(2007 年)
2.3 WMO・UNEP・ICSU のプログラムへの貢献-IPCC への貢献-
3.研究例
3.1 日本人の沙漠認識・体験・研究の歴史
3.2 インドにおける熱波とその死者数・人間生活への影響
3.3 秋田-岩手県境の「駒ヶ岳の雪形」
3.4 偏形樹を指標とした風の局地的分布の調査
特
別
講
演
「日本の気候変動と健康への影響」
温暖化による健康影響
-熱ストレスによる死亡、熱中症を中心に-
お
の
ま さ じ
小野 雅司
国立環境研究所 環境健康研究センター
国立環境研究所では、2003 年より全国政令市の協力を得て、熱中症(熱中症の疑いを含む)で
救急搬送された患者の情報収集・解析を行ってきた。図1に都市別熱中症患者数の年次推移を示
したが、2010 年に急激な増加がみられ、それ以降増減はあるものの高い状態が続いている。
図1
都市別熱中症患者数の年次推移
2010 年の患者数(13,632 名)を、それまで過去最多とされていた 2007 年の患者数(5,703 名)
と比較すると、沖縄県を除くすべての都市で 2007 年を上回っており、中でも仙台市(3.86 倍)、
東京都(区部 3.83 倍、市町村 3.37 倍)、新潟市(2.97 倍)の増加が顕著であった。
図には示していないが、日最高気温と熱中症患者発生数には明確な関係が示されており、気象
条件が強く関連していることは明らかである。しかしながら、2010 年の気温に着目してみると、
東京都では日最高気温の月平均値は 6 月、7 月、8 月とも平年値より 2.3~2.7℃高く、近年で猛
暑とされた 2007 年、2004 年、1994 年を凌ぐ暑さであったが、その差はわずかであり、図にみら
れるような患者の急激な増加の原因とするのは無理があり、2010 年およびそれ以降の熱中症患者
数(救急搬送患者数)には、気象条件以外の要因も大きく関わっていると考えられる。
講演では、年齢階級別の熱中症患者発生状況、発生場所・発生原因、都市間比較、死亡数との
関連性等についての解析結果を詳しく紹介する。
さらに、昨年度公表された IPCC 第 5 次報告の概要を紹介するとともに、温暖化予測モデルに
よる将来気候予測のもとで予想される熱中症患者数の推計結果についても紹介する。
温暖化に伴うさまざまな健康被害 ―だるさ、寝苦しさ、熱っぽさ―
い は ら
ともひこ
井原 智彦
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 環境システム学専攻
1. はじめに
前世紀以来続く、全球規模の気候変動(地球
温暖化)や都市ヒートアイランド現象など一連
の温暖化は、エネルギー消費や生態系だけでは
なく、人々に直接の健康影響(健康被害)を及
ぼすだろうと認識されている 1,2)。
健康被害のうち、熱中症については広く知ら
れており、また死亡数や救急搬送数の統計も存
在するため、社会における定量的な被害も古く
から把握されている。それを受けて、環境省に
よる予防情報サイト 3)の設置など、さまざまな
予防策が提供されるようになってきている。一
方、疲労や不眠といった軽度の健康被害につい
ては、多くの人々が訴えていた 4)が、定量的な
被害量は不明であった。また、被害量が不明、
すなわち社会的に問題であるかどうか不明で
あるために、熱中症とは異なり、予防策の提供
もあまり進んでいない。
本稿では、軽度の健康被害の定量化および、
これらの健康被害の予防策について、簡単に紹
介する。詳細については、それぞれ引用文献を
参照されたい。
2. 軽度の健康被害の定量化
疲労や不眠など軽度の健康被害が発生して
も、直ちに死亡したり、あるいは病院で受診し
たりするわけではないので、公的な統計から被
害量を把握するのは不可能である。また、被害
量を把握するためには、軽度の健康被害を訴え
る人数(罹患人数)だけではなく、それらの重
さ(重篤度)も必要である。
2.1 自覚症状を回避するための支払い意思額
による定量化 5)
軽度の健康被害は、必ずしも医学的な疾患と
しては定義されていなかったり、客観的に定量
化する手法が存在しなかったりする。そこで、
医学的な疾患ではなく自覚症状について評価
した。
調査対象とする自覚症状については、既往研
究をもとに、下記の 8 項目とした。
 だるさ、疲労感
 たちくらみ、めまい、ふらつき
 無気力、いらいら
 熱っぽさ
 食欲不振
 むくみ
 下痢、便秘
 寝苦しさ
上記の 8 項目の自覚症状に関して、2009 年
夏季の最高気温が高く雨が降らない日(のべ
15 日)に、東京都区部に居住する 20 歳以上の
男女 774 名を対象に
 その自覚症状を感じたか否か
 (自覚症状を感じた場合は)、感じた自覚症
状が 1 か月続くとしたら、それを回避する
ためには、いくら支払っても良いか
の 2 点について質問した。後者については妥当
な金額が得られるように、暑さを回避するため
に摂取するスポーツドリンク(500 mL で 150
円程度)、栄養ドリンク(1 本 200 円以上)、タ
クシー(わずかな距離で 600–700 円)、エアコ
ン(1 日あたり 100–200 円)の各費用も合わ
せて提示した。
調査データを解析した結果、8 項目のうち
「だるさ・疲労感」
「寝苦しさ」
「熱っぽさ」の
3 項目のみが日最高気温と相関することがわ
かった。すなわち、最高気温が上昇すると、
「だ
るさ・疲労感」
「寝苦しさ」
「熱っぽさ」を訴え
る人が増える。定量的には、日最高気温が
26.9℃超になると、「だるさ・疲労感」は 1℃
上昇につき 5.4%ずつ訴える人々が増えた。
「寝
苦しさ」は 29.4℃超になると 9.5%ずつ、「熱
っぽさは」26.9℃超になると 3.0%ずつ、訴え
る人が増えた。特に「寝苦しさ」「だるさ・疲
労感」に関しては、気温上昇の影響を強く受け
ると考えられる。「寝苦しさ」に関して、日最
高気温との関係を図 2.1 に示す。
症状の出現率a [-]
1.2
1
「寝苦しさ」を自覚したか否か
0.8
0.6
各気温における平均出現率
a = 29.4 [C]
0.4
0.2
ao = 0.138 [-]
0
20
支払意思額が0円より大…1
感じなかった or 支払意思額が0円…0
a
= 0.095 [-/C]

21
22
23
24
25
26 27 28 29 30
日最高気温 [C]
31
折れ線回帰モデルによる
出現率の推定式
32
33
34
35
図 2.1 日最高気温と寝苦しさの出現率との関係
一方、最高気温が上昇しても、「だるさ・疲
労感」
「寝苦しさ」
「熱っぽさ」それぞれを回避
するための支払い意思額は変化しなかった。す
なわち、最高気温が上昇しても、「だるさ・疲
労感」
「寝苦しさ」
「熱っぽさ」を自覚したとき
の症状の重さ(重篤度)は変化しなかった。定
量的には、それぞれの重さは、日最高気温と無
関係に、772 円、1,730 円、1,399 円であった
(いずれも月額)。
「寝苦しさ」は他と比べて重
くとらえられていることがわかる。
この関係式を用いて評価したところ、過去
30 年間の気温上昇に伴い、東京都区部では、1
年あたり「だるさ・疲労感」で 1,840 百万円、
「寝苦しさ」で 2,180 百万円、「熱っぽさ」で
932 百万円の被害が発生していることがわか
った。「寝苦しさ」の被害が大きいが、これら
は 6-9 月に集中した。これは 29.4℃超でない
と「寝苦しさ」は発生しないためである。一方、
「だるさ・疲労感」「熱っぽさ」は 5 月や 10
月にも発生した。
医学的には、
「だるさ・疲労感」は疲労、
「寝
苦しさ」は睡眠障害、
「熱っぽさ」は(軽度の)
熱中症と関連するとみられ、熱中症だけではな
く、疲労や睡眠障害でも気温上昇によって被害
が発生していることが定量的に裏付けられた。
2.2 損失余命年数による定量化
支払い金額を用いても、軽度の健康被害を定
量化することは可能であるが、定量化された被
害量を、死亡に至る健康被害の被害量と比較す
ることは難しい。
世界保健機関(WHO)は、障害調整生命年
(DALY) 6)という指標を採用している。DALY
は、早死による損失生命年数(YLL)と障害によ
って健康的な生活が送れなくなったことを損
失余命に換算した障害生命年数(YLD)を合算
して評価される。すなわち、DALY を用いて評
価することによって、熱中症による死亡の被害
量と疲労や睡眠障害による障害の被害量を同
等に比較でき、社会的に、どのような対策を導
入すべきか(どの程度被害を軽減すべきか)、
ということについて、議論できるようになる。
DALY で被害量を評価するためには、医学的
に定義された疲労や睡眠障害の罹患率と気温
の関係、および同じく医学的に定義された疲労
や睡眠障害の重篤度のデータが必要となる。
前者の罹患率と気温の関係に関しては、研究
段階にあるが、ピッツバーグ睡眠質問票に基づ
いて作成された質問票によって定義される睡
眠障害は、就寝時気温が 25.2℃を超えると 1℃
上昇につき 3.0%ずつ増加すると報告されてい
る 7)。より詳細に解析し、やや控えめに見積も
った場合でも、0 時気温が 23.9℃を超えると
1℃上昇につき 1%ずつ増加するという結果が
得られた 8)。一方、疲労に関しては、熱中症や
睡眠障害と比べて発症メカニズムが複雑であ
るためか、定量化されるに至っていない 9)。
一方、後者の重篤度に関しては、ピッツバー
グ睡眠質問票で定義された睡眠障害は
0.07~0.1 程度、チャルダーの疲労尺度で定義
された疲労は 0.05~0.1 程度と推定された 10)。
両者を合わせると、被害量を算出できる。こ
れまでのところ、社会的には睡眠障害は熱中症
よりもはるかに大きいのではないか、と報告さ
れている 11)が、今後の詳細な解析が待たれる。
3. 軽度の健康被害の予防策
ここでは、最高気温と関連する睡眠障害と疲
労について、個人がとりうる予防策をとりあげ
る。なお、いずれも気温上昇以外の要因によっ
ても発生する。そのため、睡眠障害も疲労も、
以下に示す温熱環境の調整以外の、一般的な手
段によっても回避できると考えられる。
3.1 睡眠障害
0 時気温が 23.9℃超で、睡眠障害罹患率は増
加する。そのため、住宅地域の夜間の気温を下
げるようなヒートアイランド対策の導入が有
効である。夜間は、日射の影響を和らげる対策
の効果は小さくなり、人工排熱を減らす対策の
効果は大きくなる。
また、睡眠障害の発症は、直接的には気温の
上昇ではなく室温の上昇が関係する。そのため、
エアコンを適切に使用して室温を調整するこ
とが睡眠障害の予防につながる。実際、エアコ
ン非使用者の睡眠の質は気温と相関するが、エ
アコン使用者の睡眠の質は気温と相関しない、
という調査結果も存在する 7)。
3.2 疲労
日最高気温が 26.9℃超で、疲労罹患率は増
加する。そのため、人々が昼間に滞在する業務
地域などの昼間の気温を下げるようなヒート
アイランドの対策の導入が有効である。
しかし、より細かいスケールで観察すると、
疲労は、人体周辺の高い環境温度のみで発生し
ているのではなく、急激な環境温度の変化(ヒ
ートショック)も要因になっていると報告され
ている 12)。夏季の都市部に居住する人間の環
境温度の推移を調査すると、屋外で高温に暴露
される一方、自宅・職場以外での屋内で強い空
調を経験している(図 3.1 参照)13)。そのため、
強い空調を避けたり、あるいは強い空調に耐え
られるような服装としたりすることも、疲労予
防につながるかもしれない。
疲労は睡眠の悪化につながるため 14)、睡眠
障害を予防するためにも疲労対策は重要であ
る。
3.3 リスク回避の観点から
前節では、社会ベースには睡眠障害が重要で
ある可能性があると指摘したが、個人ベースで
は、むしろ直接死亡に至る熱中症の方が重要と
考えられる。なぜならば、多くの人々は、少数
の大きなリスクを避けるために、多数の小さな
リスクを支払うことを好むためである(だから
こそ、保険が成立する)
。この考え方をリスク
回避と呼ぶが、リスク回避の下では、個人ベー
スでは熱中症予防が優先されるべきである。
4. おわりに
あまり知られてはいないが、温暖化によるだ
るさ(疲労)や寝苦しさ(睡眠障害)の被害が
小さくないことを紹介した。また、暑熱に伴う
睡眠障害や疲労は必ずしも研究が進んでいな
いが、現時点で、有効と思われる予防策を紹介
した。
本稿が、睡眠障害や疲労に伴う被害軽減のき
っかけにつながれば幸いである。
自宅/職場以外の屋内・空調
屋外・非空調
測器
名古屋
気象台
30
25
22:00
19:00
16:00
13:00
10:00
7:00
15
4:00
20
1:00
気温 [℃]
35
図 3.1 名古屋市におけるある学生の 1 日の環境温度と名古屋地方気象台観測気温との比較
参考文献
1) Intergovernmental Panel on Climate
Change (IPCC). IPCC Fifth Assessment
Report WG II: Climate Change 2014
(AR5). 2014
http://www.ipcc.ch/report/ar5/wg2/
2) 環境情報科学センター. 平成 17 年度ヒー
トアイランド現象による環境影響に関す
る調査検討業務報告書,環境省, 2006,
http://www.env.go.jp/air/report/h18-06/
3) 環境省. 熱中症予防情報サイト. 2015.
http://www.wbgt.env.go.jp
4) 国立環境研究所. 温暖化に関するアンケー
ト調査(平成 15 年度実施). 2003.
http://www.nies.go.jp/archiv-impact/jp_q
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http://www.who.int/healthinfo/global_bu
rden_disease/metrics_daly/en/
7) 岡野泰久, 井原智彦, 玄地裕. インターネ
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ド現象による睡眠障害の影響評価. 日本ヒ
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8) 井原智彦, 本瀬良子, 玄地裕: 非線形回帰
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推定. 第 9 回日本 LCA 学会研究発表会講
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9) 井原智彦, 鳴海大典, 福田早苗, 近藤裕昭.
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調査. 日本ヒートアイランド学会第 7 回全
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on
endpoint-type life cycle impact (Part 1) Its framework. The 7th International
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12) 佐山竜一, 江頭寛基, 斉藤雅也, 宿谷昌則.
冷房空間と屋外の往来に伴なう疲労感に
関する研究 : その 2. 被験者実験. 日本建
築 学 会 学 術 講 演 梗 概 集 D-2, 443-444,
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13) 井原智彦, 吉田恵, 星茉由奈, 髙根雄也,
武藤勝彦, 仲吉信人, 近藤裕昭. 生気象学
的手法に基づく人体周辺温熱環境と主観
的疲労の関係解析, 日本ヒートアイランド
学会第 9 回全国大会予稿集, pp.124-125,
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14) Fukuda S, Fujii H, Narumi D, Ihara T,
Watanabe Y. Poor sleep status increases
the risk of fatigue. Worldsleep 2011,
2011.
「感染症媒介蚊と気候変動」
さわべ
きょうこ
沢辺 京子
国立感染症研究所
昆虫医科学部
地球規模での温暖化は、IPCC の報告書が指摘しているように急速に進行しており、
ウイルスを含む微生物の活動や疾病媒介昆虫の分布等に顕著な影響を与えることが予
想されている。しかし、食物生産に係わる作物への影響や植物の分布域、漁業資源、大
型動物の分布域などに関する研究は散見されるが、ヒトの健康に害を与える病原体や媒
介生物の生態に与える影響に関する総合的な知見は限られている。
日本は、2014 年夏に世界でも初めてとも言えるヒトスジシマカのみが媒介蚊となっ
たデング熱の流行を経験した。東京都内の公園で感染したと推測される症例 147 名を中
心に、160 名を超える患者が報告された。ヒトスジシマカは、デング熱とチクングニア
熱を伝播することが知られており、世界各地の熱帯から温帯地域にかけて広く分布して
いる。国内でも、岩 手 県 ・ 秋 田 県 以 南 の 特 に 都 市 部 に 多 く 見 ら れ る ヤ ブ カ で
あ る 。そ の分布域に関する調査は東北地域を中心に行われており、年平均気温がヒト
スジシマカの分布を規定する要因の一つであることが報告されている。
都市域に生息する蚊はヒトスジシマカとアカイエカで 95%以上を占める。アカイエカ
は、国内にウエストナイル熱が侵入した場合、主要な媒介種となるであろうことが予想
される蚊である。一般的にアカイエカには、チカイエカ、ネッタイイエカが含まれるこ
とが多く、総じてアカイエカ種群と呼ばれる。アカイエカは日本を含む極東アジアに生
息するのに対し、チカイエカは気温とは関係のない、何か別の適した環境があると推察
されている。一方、ネッタイイエカは熱帯地域から東南アジアの亜熱帯地域にかけて広
く分布することが知られているが、国内では八重山諸島から屋久島の南西諸島と小笠原
諸島での分布の記録がある。温暖化により、ネッタイイエカの九州地方への侵入と定着
の可能性が危惧されている。
1992 年以降、日本脳炎の患者発生は年間 10 名以下で推移しているものの、蚊やブタ
における日本脳炎ウイルスの活動は依然として活発である。このように国内で毎年流行
する日本脳炎は、国内でウイルスが越冬するのか?あるいは毎年アジア諸国から侵入し
てくるのか?主要な媒介種であるコガタアカイエカの長距離移動と越冬の実態解明が
望まれている。これまでの調査は主に西日本を中心に行われており、東北地方がコガタ
アカイエカの発生や越冬にとって適しているかなどの議論はほとんどされてこなかった。
コガタアカイエカの越冬が冬季の低温によってどのように影響を受けるかを明らかにする
ことも必要である。
上述したように、昆虫の発育が気温に影響されることは明らかである。感染症の流行に
影響を及ぼす可能性はあるものの、その程度を予測することは実際には難しい。熱帯化し
ていく日本にあって、感染症を媒介する昆虫類との付き合い方を新たにしていただければ
幸いである。
シ ン ポ ジ ウ ム
「気候変動における健康リスク対策を探る」
立正大学 助教【博士(理学)】
シゲ
タ
ヨシ ノリ
重田 祥範
専門分野
気象学、気候学、環境工学、大気物理学
明星大学 教授【博士(工学)】
キ
ケ
ガワ ユキ
ヒロ
亀卦川 幸浩
専門分野
境界層気象学、都市熱環境学
岡山理科大学 准教授【博士(理学)】
オオ ハシ
ユキ
タカ
大橋 唯太
専門分野
気象学、生気象学
東京大学 准教授【博士(工学)】
イ
ハラ
トモ ヒコ
井原 智彦
専門分野
都市気候、人間健康、エネルギー需要
事務局
ヒラヌマ
シゲル
平沼 茂