保険業法逐条解説(XXXⅨ)

生命保険論集第 187 号
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
関西保険業法研究会
目次
第1条~5条(125号)
第6条~16条(126号)
第17条~25条(第2条第5項を含む)(127号)
第26条~33条(128号)
第34条~41条(129号)
第42条~50条(130号)
第51条~53条(131号)
第54条~59条(132号)
第60条~67条(133号)
第68条~76条(134号)
第77条~84条(135号)
第85条~89条(136号)
第90条~96条(137号)
第97条~100条(138号)
第101条~105条(139号)
第106条~119条(140号)
第120条~127条(142号)
第128条~134条(143号)
第135条~143条(144号)
―225―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
第144条~158条(145号)
第159条~173条(146号)
第174条~184条(147号)
第185条~218条(148号)
第275条(172号)
第276条~278条(173号)
第279条~280条(174号)
第281条~282条(175号)
第283条~285条(176号)
第286条~第289条(177号)
第290条~第293条(178号)
第294条~第296条(179号)
第297条~第299条(180号)
第299条の2(181号)
第300条1項1号(182号)
第300条1項2号3号(183号)
第300条1項4号(184号)
第300条1項5号(185号)
保険業法300条1項6号(186号)
保険業法300条1項7号
竹濵
保険業法300条1項9号
修(立命館大学教授)
同 上
保険業法300条1項7号
「保険会社等若しくは外国会社等、これらの役員(保険募集人である
者を除く。
)
、保険募集人又は保険仲立人若しくはその役員若しくは使
用人は、保険契約の締結又は保険募集に関して、次に掲げる行為(次
条に規定する特定保険契約の締結又はその代理若しくは媒介に関して
―226―
生命保険論集第 187 号
は、第一号に規定する保険契約の契約条項のうち重要な事項を告げな
い行為及び第九号に掲げる行為を除く。
)をしてはならない。
・・・
七 保険契約者若しくは被保険者又は不特定の者に対して、将来にお
ける契約者配当又は社員に対する剰余金の分配その他将来におけ
る金額が不確実な事項として内閣府令で定めるものについて、断定
的判断を示し、又は確実であると誤解させるおそれのあることを告
げ、若しくは表示する行為」
《注釈》
Ⅰ.本号の趣旨
保険契約は、保険契約者側に将来の危険に対する経済的保障を提供
することを目的とする商品であり、その内容に関する将来情報が保険
購入者の商品選択に大きな影響を及ぼしうると考えられる。本号は、
保険契約者・被保険者または不特定の者に対する予想情報の提供が保
険者間の不当な競争を引き起こすことを防止するとともに、保険契約
者等が不確実なものを確実と誤解するような予想情報の提供を受けて、
保険契約締結の判断を誤ることを防止するため、とくに問題となる不
確実な事項について保険者側が断定的判断を提供し、保険契約者側に
誤解させるおそれのあることを告げまたは表示する行為を禁止するも
のである1)。したがって、保険商品の選択の判断材料として、過去の
契約者配当や剰余金分配の実績について情報提供することは禁止され
ていないし、これらの将来の予想についても、断定的判断ではなく、
1)保険研究会編・コンメンタール保険業法478頁(財経詳報社 1996年)
、安
居孝啓編著・最新保険業法の解説【改訂版】995-996頁(大成出版社 2010
年)
。
―227―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
一定の前提に基づく予想値であることを明示して、確実であるとの誤
解を生じさせない形で情報提供することは、本条の認めるところであ
る。次項の「沿革」において述べたとおり、旧来の「保険募集の取締
に関する法律」がかかる事項についての情報提供を全面禁止していた
時代とは異なり、本号は、保険者側が不確実な事項について適正に情
報提供することは認めるものである。
Ⅱ.沿革
平成7年保険業法改正前には、保険募集の取締に関する法律15条が
本条とほぼ同じ趣旨で将来情報の提供に関して規制していたが2)、こ
れは、以下のように、保険会社の将来の利益の配当または剰余金の分
配について予想する事項の情報提供を、断定的判断の提供か否かにか
かわりなく、全面的に禁止していた。
第15条「募集文書図画に保険会社の資産及び負債に関する事項を記
載する場合においては、保険業法(昭和十四年法律第四十一号)第八
十二条第一項の規定により大蔵大臣に提出した書類に記載された事項
と異なる内容のものを記載してはならない。
2 募集文書図画には、保険会社の将来における利益の配当又は剰余
金の分配についての予想に関する事項を記載してはならない。
2)青谷和夫監修・コンメンタール保険業法(下)547-548頁〔八木沼克也執筆〕
(千倉書房 1974年。以下、青谷・コンメと記す)
、鴻常夫監修・
『保険募集
の取締に関する法律』コンメンタール198頁〔岡田洋執筆〕
(安田火災記念財
団 1993年。以下、鴻・コンメと記す)
。後者は、
「本条は、保険商品の特殊
性から、その募集において少なからざる影響力をもつ募集文書図画について
の記載禁止事項を定めたものである。本条は、記載必要事項を定めた前条と
相俟って、保険募集のためまたは募集を容易ならしめるために使用される文
書図画の適正化を図ることにより、保険会社間の不公正競争を排除しつつ、
不公正な募集から保険契約者の利益を保護し、併せて保険事業の信用失墜の
防止に資せんとするものである。
」という。
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生命保険論集第 187 号
3 前二項の規定は、放送、映画、演説その他の方法により、募集の
ため又は募集を容易ならしめるため、保険会社の資産及び負債に関
する事項並びに将来の利益の配当又は剰余金の分配についての予
想に関する事項を、不特定の者に知らせる場合に、これを準用す
る。
」
さらに遡れば、昭和6年商工省令第七号保険募集取締規則第四条が
「保険会社ハ左ノ各号ノ一ニ該当スル事項ヲ記載シタル文書図画ヲ保
険契約者ノ募集勧誘ノ為使用スルコトヲ得ス
一 将来利益又ハ剰余金ノ分配ニ関スル予想
二 他ノ保険会社トノ比較
保険会社ハ前項第一号及第二号ニ掲クル事項ヲ新聞紙、雑誌其ノ他ノ
刊行物ニ広告スルコトヲ得ス」と定めていた。これに先立って、生命
保険業界では、大正4年に「使用人取締に関する規約」の第二で、組
合会社が不正競争を防ぐため、不正・不備の説明書、統計表等を頒布
し、これを説明の材料とすることなどをしないよう注意をしていた。
なお、保険者側が、将来における利益の配当や剰余金の分配などの
不確実な事項の予想を告げて、保険契約者側を誤認させる行為は、保
険募集の取締に関する法律15条違反になるだけでなく、同法16条1項
1号にいう「不実のことを告げる行為」にも該当すると解されていた
ことを考慮すると3)、現行保険業法では、300条1項1号の「虚偽のこ
とを告げ」にも該当する場合がありうる。
Ⅲ.解釈
1.
「保険契約者若しくは被保険者または不特定の者に対して」
本号は、不確実な事項について情報提供する相手方として、当該保
3)青谷・コンメ557頁〔西村博執筆〕
、鴻・コンメ220頁〔江頭憲治郎執筆〕
。
―229―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
険契約の直接の勧誘対象になっている保険契約者・被保険者のみなら
ず、広く今後の勧誘対象になるであろう潜在的な顧客である不特定の
公衆を含むものと解される。本号が広く保険消費者の保護や保険者間
の不正な競争の防止をその趣旨としているからである。したがって、
保険者の宣伝広告の内容に本号所定の不確実な事項について断定的判
断の提供や確実であると誤解させるおそれのある表現が含まれている
ときは、
「不特定の者に対して」本号の禁止行為を行うことに該当する
と解される。
「不特定の者」とは、保険募集人の家族・友人など個人的
な情誼関係のある限定された範囲の者以外はすべて含まれると解すべ
きであろう4)。
この禁止対象にならない場合とは、保険募集人が、特定の者に対し
て、保険募集にならない場面で、保険募集の意思なく、保険に関する
一般的見解として将来の契約者配当や剰余金分配などに関し断定的判
断を示す場合が考えられる。家族・親戚などに対して自己の見解の表
明としてこのようなことを話す場合である。あるいは、家族などの特
定人については、情誼関係等から、一般には本号の適用が除外される
とも考えられよう。
しかし、特定の者に対して予想の契約者配当や剰余金分配などにつ
いて断定的判断を示したり、確実であると誤解させることを告げるこ
となどは、文言上は制限がないようにも読めるが、このような行為が
法的に問題になるのは、保険契約の締結または保険募集に関してであ
るから、保険募集となりうる場面において特定人である相手に告げ、
相手がそれを聞いて、保険契約を締結すれば、その者は保険契約者に
なるのであって、本号の禁止行為を保険契約者に対して行ったことに
4)鴻・コンメ211頁。これに対して、青谷・コンメ550頁は、特定か不特定か
の区別は不明確であり、従前の全面禁止の趣旨から、弊害を考慮して、特定
の者に対して予想情報を提供することが可能であるとするのにも否定的であ
る。
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生命保険論集第 187 号
なりうる場合は考えられよう。
2.
「将来における契約者配当又は社員に対する剰余金の分配」
契約者配当は、株式会社である保険会社が、保険契約者に対し、保
険料および保険料として収受する金銭を運用することによって得られ
る収益のうち、保険金、返戻金その他の給付金の支払、事業費の支出
その他の費用に充てられないものの全部または一部を分配することを
保険約款で定めている場合において、その分配をいう(114条1項)
。
相互会社である保険会社は、相互会社の社員に対し剰余金の分配をす
るときは、公正かつ衡平な分配をするための基準として内閣府令で定
める基準に従って行うことを要し、具体的には保険契約の特性に応じ
て設定された区分ごとに剰余金の分配の対象となる金額を計算し、保
険業法施行規則所定のいくつかの方法の一つにより、またはその併用
により行われる(55条の2、施行規則30条の2)
。
これらによって決定される将来における契約者配当または社員に対
する剰余金の分配について断定的判断を示し、または確実であると誤
解させるおそれのあることを告げもしくは表示する行為が禁止される。
たとえば、
「契約者配当が5%を下ることはない」という断定的判断の
提供は、本号に該当する禁止行為であると解される。
「社員に対する剰
余金の分配が毎年3%以上ある」というのも同様である。
3.
「その他将来における金額が不確実な事項として内閣府令で定める
もの」
保険業法施行規則233条によれば、
「その他将来における金額が不確
実な事項として内閣府令で定めるもの」とは、
「資産の運用実績その他
の要因によりその金額が変動する保険金、返戻金その他の給付金又は
保険料」である。変額生命保険契約における保険金や解約返戻金、保
険料などがこれに該当する。保険金・給付金などが外貨建てで支払わ
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保険業法逐条解説(XXXⅨ)
れる保険契約なども為替の変動リスクという点で、不確実な事項を含
んでおり、その部分について、本条に該当すると解される。
4.断定的判断を示すこと
断定的判断とは、一般に、将来の確実でないことを確実であると誤
解させるような決め付け方をいう5)。本号においては、上述のように、
たとえば、
「契約者配当が5%ある。
」
、
「変額生命保険契約に基づく解
約返戻金は、必ず払込み保険料額より多くなる。
」
、
「外貨建ての生命保
険契約のほうが為替差益が生じるので、確実に有利である。
」といった
例が断定的判断を示すものと考えられよう。保険契約者を保護し、保
険者間の不公正な競争を防止する観点からは、断定的判断になるか否
かは、それがなされた時点で、一般的、平均的消費者が断定的な表現
として受け取るかどうかを基準にして客観的に判断すべきであろう。
したがって、保険募集人が、断定的判断を示していることの認識・自
覚がなくとも、客観的に断定的判断と見られる限りは、これに該当す
ると解される6)。
一方、変額生命保険契約の解約返戻金が、保険会社の資産運用いか
んによって払込み保険料額との比較で5%の運用成果を得られたり、
0%になったり、-5%になったりというその成果が変動することを
示す資料を提供することは、もちろん、断定的判断を示すことにはな
5)消費者庁企画課編・逐条解説消費者契約法[第2版]116頁(商事法務 2010
年)
、永田光博「金融商品取引法制における『適合性の原則』
『断定的判断の
提供等の禁止』の検討」金法1813号25-26頁(2007年)等参照。
6)落合誠一・消費者契約法79-80頁(有斐閣 2001年)は、消費者契約法4条
1項2号の断定的判断の解釈として述べられているが、保険業法300条1項7
号も同様に解釈できると考えられる。日本弁護士連合会消費者問題対策委員
会編・コンメンタール消費者契約法〔第2版〕71頁(商事法務 2010年)も、
断定的判断の提供については、事業者の故意・過失は必要ないという。
―232―
生命保険論集第 187 号
らない7)。変額生命保険契約の特徴を示す説明であり、問題ない。む
しろその保険商品の経済的損得を明確にする意味があり、このような
説明は、この種の保険契約を締結する保険契約者が必ず理解する必要
のある重要事項として当然に要求されると解される。
5.確実であると誤解させるおそれのあることを告げ、表示する行為
「確実であると誤解させるおそれのあることを告げ、若しくは表示
する行為」は、断定的判断を示すことよりもさらに広い範囲を禁止の
対象にするものと解される。確実であるとは告げていないが、確実で
あるとの誤解を顧客に生じさせる「おそれ」があれば、本号の禁止に
該当する。これは、慎重に考えれば確実であるとの誤解は生じないか
もしれないが、一般的、平均的な消費者を基準にすれば、確実である
との誤解を生じさせ易い行為を禁止するものと解される。客観的に見
て、紛らわしい表現や多義的表現、誤解を生じ易い表現は、本号の禁
止に該当することになろう。
保険募集人が個人的見解であると断って、
ある保険商品の利点を説明し勧めた場合、その有利な点が確実ではな
かったとしても、消費者は、専門家である保険募集人の説明の利点の
みを信じて、それを確実であると誤解し易くなることが考えられる。
保険募集の専門家として消費者から見られる保険募集人の立場を考慮
すると、その表現がその時と場所、相手方を考えれば、誤解を生じう
7)具体的なガイドラインは、金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」
(平成26年4月現在)の「Ⅱ-4-3-2 生命保険契約の締結及び保険募集」の
「(7)法第300条第1項第7号関係」および「Ⅱ-4-3-6 損害保険契約の締結
及び保険募集」の「(7)法第300条第1項第7号関係」
、ならびに、
「保険会社
向けの総合的な監督指針(少額短期保険業者向けの監督指針)
」
(平成26年4
月現在)の「Ⅱ-3-3-2 保険契約の締結及び保険募集」の「(5)法第300条第
1項第7号関係」
、さらに「認可特定保険業者向けの総合的な監督指針」
(平
成26年2月現在)の「Ⅱ-3-3-2 保険契約の締結及び保険募集」の「(5)改正
法附則第4条の2において読み替えて準用する法第300条第1項第7号関係」
を参照。
―233―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
るという場合は、そのような事情を無視した説明は、本号の禁止に該
当しうる場合もあると思われる8)。したがって、実務上、不確実な事
項については、そのことによる利点とともに不利な点も、つねに併せ
て説明し、誤解を生じさせる余地をなくす表現上の工夫が必要になろ
う。
法文上、
「告げ、若しくは表示する行為」という部分は、口頭のみな
らず、紙媒体や電子媒体など、多様な広告宣伝行為を含める趣旨であ
ると解される。
6.その他の法律の規定
最近の多くの法改正によって、金融取引関係に関わる法律の横並び
の規制が整備されてきた。本号で問題となる不確実な事項に関する断
定的判断の提供に関する規制については、従来、証券取引法42条が証
券取引の勧誘に当たって断定的判断の提供を禁止していたが、保険募
集に関しては、上述のように、平成7年の保険業法改正により現在の
本号が定められた。平成12年には消費者契約法が4条1項2号により
断定的判断の提供により消費者を誤認させて契約の締結をした場合に
は、その消費者が申込みや承諾の意思表示を取消すことができること
とされた。さらに、平成18年の金融商品取引法の制定および金融商品
の販売等に関する法律(以下、金融商品販売法という)の改正により、
金融取引全般に断定的判断の提供および誤解を生じさせるおそれのあ
る行為を禁止する規定が設けられ(金商法38条2号)
、金融商品販売法
では、そのような行為の禁止と、その違反による損害賠償責任および
損害額の推定規定が定められることとなった
(4条、
5条、
6条1項)
。
8)児島幸良=行方洋一=城隆洋=山口雅志「座談会 金融商品取引法制に関
する金融機関の対応策」銀行法務21 667号4頁以下、とくに42-45頁(2007
年)参照。
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生命保険論集第 187 号
7.違反の効果
保険業法上は、本号違反の行為は、特定保険募集人等の登録の取消
または6ヶ月以内の期間を定めた業務の全部または一部の停止の処分
を受ける(307条1項3号、308条)
。
私法上の効果としては、金融商品販売法の適用がある保険契約につ
いては、上述のように、保険契約者は、保険者に対して損害の賠償を
請求できる(4条、5条)
。変額生命保険契約においては、払込み保険
料額を元本としてその元本欠損額を損害の額と推定されることになろ
う(6条1項)
。
保険業法300条1項9号
「九 前各号に定めるもののほか、保険契約者等の保護に欠けるおそ
れがあるものとして内閣府令で定める行為」
保険業法施行規則234条1項2号
「法第三百条第一項第九号に規定する内閣府令で定める行為は、次に
掲げる行為とする。
・・・
二 法人である生命保険募集人、少額短期保険募集人又は保険仲立人
が、その役員又は使用人その他当該生命保険募集人、少額短期保険
募集人又は保険仲立人と密接な関係を有する者として金融庁長官
が定める者に対して、金融庁長官が定める保険以外の保険について、
生命保険会社、外国生命保険会社等、法第二百十九条第四項の免許
を受けた免許特定法人の引受社員又は少額短期保険業者を保険者
とする保険契約の申込みをさせる行為その他の保険契約者又は被
保険者に対して、威迫し、又は業務上の地位等を不当に利用して保
―235―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
険契約の申込みをさせ、又は既に成立している保険契約を消滅させ
る行為」
《注釈》
Ⅰ.趣旨
本号は、保険募集人等が、保険契約者または被保険者に対して、そ
の真正な意思を形成することが困難な状況において、不本意な保険契
約の申込みをさせたり、既存の保険契約の解約をさせる行為を禁止す
る趣旨である9)。生命保険募集人等が圧力をかけ易い相手に対して、
不当にその圧力を利用して保険契約の申込みをさせたり、既存の保険
契約を解約させる行為の禁止である。本号の前半部分は、法人である
生命保険募集人、少額短期保険募集人または保険仲立人(以下、生命
保険募集人等という)が、その役員・使用人のほか、その生命保険募
集人等の影響力が及ぶ法人の役員・使用人などに対して、その影響力
を利用して、保険契約の申込みをさせる行為を禁止している(いわゆ
る構成員契約の規制)10)。後半部分は、生命保険募集人等の言動によ
り相手方に不安や困惑を生じさせ(威迫)
、または職務上の上下関係な
どに基づく影響力を利用して、相手方の意思を拘束し、保険契約の申
込みをさせ、あるいはすでに成立している保険契約を消滅させる行為
を禁止している11)。
Ⅱ.沿革
本号の前半部分は、構成員契約規制として、後に付け加わったもの
9)安居・前掲書996-997頁。
10)安居・前掲同所
11)保険研究会編・前掲書478-479頁。
―236―
生命保険論集第 187 号
であり、
平成7年保険業法改正時には、
保険業法施行規則234条2号
(当
時は複数の項立てはなかった)
は、
「保険契約者又は被保険者に対して、
威迫し、又は業務上の地位等を不当に利用して保険契約の申込みをさ
せ、又は既に成立している保険契約を消滅させる行為」と規定されて
いた。したがって、現在の条文の後半部分のみであった。
旧保険募集の取締に関する法律によって保険募集に関する保険募集
人の行為規制が行われていた時代には、本条本号の行為は、禁止行為
として規制されていなかった。このため、立法論として、いろいろの
不適切な保険募集行為について省令で禁止行為を追加しうる形で規制
することが望ましいと主張されていたところである12)。本条1項は、
現在では、19号まで増えている。
Ⅲ.解釈
1.本号所定の行為が禁止されている主体
(1) 本号前半部分では、法人である生命保険募集人等が、その法人の
役員・使用人、並びにその生命保険募集人等の背後にある支配会社
等の影響力の及ぶその他の者(構成員契約の範囲)に対して所定の
保険契約の申込みをさせる行為が禁止されている。法文上は、本号
前半部分では、300条1項柱書きによって規制を受ける主体のうち、
「法人である生命保険募集人、少額短期保険募集人または保険仲立
人」に規制対象が限定されているが、その背後にいる支配会社が保
険会社等である場合は、その指示に従う法人である生命保険募集人
等の行為が問題となるのであり、そのような指示をしていた保険会
社も300条1項柱書きによりこの禁止規定の適用対象になると解さ
れる。
12)鴻・コンメ239頁〔江頭〕
―237―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
(2) 本号後半部分では、その他の保険契約者又は被保険者に対して威
迫・地位等の不当利用によって保険契約の申込みまたは消滅をさせ
る行為を禁止するが、その禁止行為の主体について限定がないため、
その規制を受ける主体は、300条1項柱書き所定の保険会社等々で
あると解される。
2.構成員契約として勧誘が禁止される相手方の範囲
(1) 法人である生命保険募集人等が、第一に、その法人の役員または
使用人に対して所定の保険契約の申込みをさせることが禁止され
る。
(2) 次に、法人である生命保険募集人等と密接な関係を有する者とし
て金融庁長官が定める者に対して所定の保険契約の申込みをさせ
ることが禁止される(平成10年大蔵省告示第238号)
。
金融庁長官が定める「密接な関係を有する者」とは、以下の者で
ある。
(a) 資本関係に照らし生命保険募集人等と密接な関係を有する次の
法人の役員・使用人である。すなわち、(イ)当該生命保険募集人
等の特定関係法人、(ロ)当該生命保険募集人等を特定関係法人と
する法人、(ハ)当該生命保険募集人等の特定関係法人の特定関係
法人、(ニ)(イ)または(ロ)の法人を特定関係法人とする法人、の役
員・使用人である(上記告示1条1項1号)
。
ここにいう「特定関係法人」とは、一つの法人について、次の
要件に該当し(②~⑥の者については、当該法人の議決権を保有
しない者を含む)、かつ合計して当該法人の総株主または総出資
者の議決権の100分の25以上の議決権を保有する法人である(上
記告示1条2項)
。
①当該法人の議決権の全部または一部を保有する一の者(2項1
号)
―238―
生命保険論集第 187 号
②①に掲げる者の総株主または総出資者の議決権の100分の50を
超える議決権を保有する者(2項2号)
③②に掲げる者の総株主または総出資者の議決権の100分の50を
超える議決権を保有する者(2項3号)
④①に掲げる者により総株主または総出資者の議決権の100分の
50を超える議決権を保有される法人(2項4号)
⑤④に掲げる者により総株主または総出資者の議決権の100分の
50を超える議決権を保有される法人(2項5号)
⑥②に掲げる者により総株主または総出資者の議決権の100分の
50を超える議決権を保有される法人(2項6号)
したがって、
法人である生命保険募集人の親会社・支配会社
(①)
、
それらの会社の親会社・支配会社(②、③)
、いわゆる関連会社・
グループ会社(④、⑤、⑥)、これらの会社全体の保有議決権数
の合計によって当該法人である生命保険募集人等の議決権の100
分の25以上が保有されている場合に、その範囲の会社の役員・使
用人に対して保険契約の申込みをさせる行為が禁止される。
(b) 当該生命保険募集人等との間で、常務に従事する役員または使
用人の兼職、出向、転籍その他の人事交流を行っている法人の役
員・使用人(上記告示1条1項2号)
(c) その他設立の経緯または取引関係に照らし当該生命保険募集人
等と密接な関係を有すると認められる法人の役員・使用人(同条
同項3号)
(b)(c)は、資本関係以外で、法人である生命保険募集人等と密
接な関係にあると認められる法人の役員・使用人に対して保険契
約の申込みをさせることが禁止されている。これもいわゆる構成
員契約と認められるが、不当な勧誘が行われ易い実態を反映して、
ここでは構成員契約とされる範囲について相当に実質的な基準
が用いられていることに注意を要する。
―239―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
3.禁止対象の保険契約
法人である生命保険募集人等は、金融庁長官が定める保険以外の保
険について、生命保険会社、外国生命保険会社等、219条4項の免許を
受けた免許特定法人の引受社員または少額短期保険業者を保険者とす
る、上述の構成員契約の申込みをさせる行為をしてはならない。
本規制の対象外となる金融庁長官の定める保険は、①傷害・疾病・
介護保険、②疾病・出産・治療に関して一定額の保険金を支払い、被
保険者の死亡に関し入院給付日額の百倍を限度とする死亡保険金を支
払うもの、③介護保険において、疾病・傷害・出産・老衰を直接の原
因として常時介護を要する身体状態に対して一定額の保険金を支払い、
被保険者の死亡に関し支払われる保険金額が既払込み保険料の合計額
またはこれに準じて計算された額を限度とするもの、④その他、被保
険者の傷害・疾病・介護に関して一定額の保険金を支払い、死亡に関
して一定額の保険金を支払う場合に、その限度額が上記②③に準ずる
もの(医療保険・介護保険を除く)
、⑤損害保険(傷害・疾病・治療に
関する保険を除く)
、
生命保険のうち海外旅行期間中の死亡またはその
期間中に罹った疾病による死亡の保険である(上記告示2条)
。
これらは、損害保険会社が取扱う保険の範囲に属する。保険金額が
比較的低額のものもあり、
保険募集に際して、
構成員契約であっても、
不当な募集行為にはなりにくいと考えられたものであろう。また、損
害保険代理店等については、自己契約の禁止規定(295条)によって、生
命保険募集人等に関する本号の規制と同種の効果があるといわれる13)。
4.威迫、業務上の地位等の不当利用
威迫は、一般に、言動により相手方に不安や困惑の念を生じさせる
ことをいうが、ここでは保険募集に際して、生命保険募集人等がその
13)安居・前掲書998-999頁。
―240―
生命保険論集第 187 号
言動・動作により保険契約者・被保険者を心理的に追い詰め、不安・
困惑を生じさせて、その意思を拘束し、保険契約の申込みをさせる行
為ならびに既存の保険契約を消滅させる行為が禁止されていると解さ
れる。
生命保険募集人等がその業務上の地位等を不当に利用して、相手方
に保険契約を申込ませ、
あるいは既存の保険契約を消滅させる行為も、
相手方の意思を事実上保険契約の申込みあるいは消滅の方向に強いる
点で同種の行為である。金融庁の「保険会社向けの総合的な監督指針」
(平成26年4月)によれば、
「業務上の地位等を不当に利用」とは、た
とえば、職務上の上下関係等に基づいて有する影響力をもって、顧客
の意思を拘束する目的で利益または不利益を与えることを明示するこ
とをいう(Ⅱ-4-3-2 (8)、Ⅱ-4-3-6(8))
。また、
「威迫する行為その他
これに類似する行為」とは、たとえば、顧客に対し威圧的な態度や乱
暴な言葉等をもって著しく困惑させること、勧誘に対する拒絶の意思
を明らかにした顧客に対し、その業務もしくは生活の平穏を害するよ
うな時間帯に執拗に訪問しまたは電話をかけるなど社会的批判を招く
ような方法により保険募集を行うことが挙げられている(Ⅱ
-4-3-6(8))
。
5.本号違反の効果
刑罰規定はないが、本号違反の行為については、生命保険募集人等
は、登録の取消し、または6か月以内の業務の全部または一部の停止
を命じられることがある(307条1項3号、308条)
。私法上、本号違反
の行為によって行われた保険契約の申込み等の意思表示は、原則とし
て有効であるが、威迫が強迫(民96条)に当たるときは、保険契約者
がその申込み等の意思表示を取消すことができると解される。生命保
険募集人の本号違反の行為によって損害が生じたときは、保険契約者
は、その所属保険会社に対してその賠償を請求できる(283条)
。
―241―
保険業法逐条解説(XXXⅨ)
保険業法施行規則234条1項3号
「三
保険会社等又は外国保険会社等との間で保険契約を締結する
ことを条件として当該保険会社等又は外国保険会社等の特定関係者
(法第百条の三(法第二百七十二条の十三第二項において準用する場
合を含む。
)に規定する特定関係者及び法第百九十四条に規定する特
殊関係者をいう。
)が当該保険契約に係る保険契約者又は被保険者に
対して信用を供与し、又は信用の供与を約していることを知りながら、
当該保険契約者に対して当該保険契約の申込みをさせる行為」
《注釈》
Ⅰ.趣旨
本号は、保険会社・保険募集人等が、保険会社等・外国保険会社等
の特定関係者(銀行等)を経由した信用の供与と保険契約の締結とを
結び付けた、いわゆる「抱合せ販売」を行うことを禁止する趣旨であ
る14)。信用供与の利益を得させることによる圧力から、保険契約者・
被保険者が望まない、あるいは不必要な保険契約を締結させられる点
で、保険者間の不公正な競争につながり、不当な保険募集の一類型で
あるといえよう。
Ⅱ.沿革
本号は、平成7年保険業法改正時には、保険業法施行規則234条に定
められていなかったものである。平成12年段階で本号が新たに追加さ
れている。
14)安居・前掲書999頁。
―242―
生命保険論集第 187 号
Ⅲ.解釈
1.保険会社等の特定関係者
保険契約の抱合せ販売に際して信用供与を行う主体となる「当該保
険会社等又は外国保険会社等の特定関係者」とは、保険業法100条の3
所定の特定関係者および194条所定の特殊関係者をいう。
前者は、当該保険会社の子会社・保険主要株主、当該保険会社を子
会社とする保険持株会社、当該保険持株会社の子会社(当該保険会社
を除く)
、
その他の当該保険会社と政令で定める特殊の関係にある者を
いう。保険業法施行令14条がさらに具体的に保険会社の特定関係者に
ついて規定している。
194条の特殊関係者とは、外国保険会社等と政令で定める特殊の関
係にある者で、保険業法施行令29条によれば、①当該外国保険会社等
の子会社等、②当該外国保険会社等を子法人等とする親法人等、③②
の子法人等(当該外国保険会社等および①に掲げる者を除く)
、④当該
外国保険会社等の関連法人等、⑤②の関連法人等(④に掲げる者を除
く)である。
2.
「保険会社等又は外国保険会社等との間で保険契約を締結すること
を条件として」
保険会社等または外国保険会社等(以下、とくに必要のない限り、
保険会社等という)の特定関係者が信用供与を行うについて、保険契
約者が保険会社等との間で保険会社・保険募集人等から求められた保
険契約を締結することが条件となっている場合をいうと解される。保
険契約の締結とは無関係に当該保険会社の特定関係者が保険契約者・
被保険者に融資をすることまで禁止されるものではない。この場合に
は、不当な競争あるいは不健全な保険募集とはならないからである。
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保険業法逐条解説(XXXⅨ)
本号の禁止に該当するには、保険契約の締結と特定関係者の信用供与
との間の条件関係が必要である。この条件関係の存在の主張立証は、
監督当局が行うことになると解される。もっとも、保険契約者・被保
険者には必ず保険会社等の特定関係者の融資があるという関係が認め
られるときは、保険会社・保険募集人等の保険募集について、この条
件関係の存在が事実上の推定を受けることもあると考えられる。
3.信用供与の約定を知って保険の申込みをさせる行為
保険会社等の特定関係者が保険契約者・被保険者に信用供与を約し
ていることを知って、保険会社・保険募集人等がその保険契約者に対
して当該保険契約の申込みをさせる行為は、事実上、融資を条件にし
た圧力募集に類するものであるため、上記2と同様に禁止される。
4.本号違反の効果
保険募集人等が登録を取消され、6ヶ月以内の期間を定めて、業務
の全部または一部の停止を命じられることがあるなど、
上記234条1項
2号の場合と同様である(307条1項3号、308条)
。本号違反の保険契
約が直ちにその効力を失うことはなく、私法上は有効と解される。保
険募集人の本号違反の行為によって損害が生じたときは、保険契約者
は、その賠償を請求できる(283条1項)
。
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