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PATIENTS FIRST
患者第一の医療を目指して
ツールによる現状評価を
もとにした感染対策導入
済生会熊本病院 TQM部 感染管理室
感染管理認定看護師
甲斐 美里
PATIENTS FIRST
はじめに
は有効と考える。誰もがひとつの物事に対して同じ視
当院は400床の救命救急センターを備えた急性期
つきが少なくなると考える。また、多くの評価ツール
医療施設であり、また地域医療支援病院としての機能
は多面的に問題を捉えることができるので、施設の実
も有している。筆者は病院の「質」管理について横断
情を漏れなく捉えるために役に立つと思われる。
的に活動を行う TQM(Total Quality Management)部
客観的かつ多面的に自施設を評価した結果、得られ
の感染管理室において感染管理活動に努めている。同
た課題に対して多面的に改善の戦略を立てることで、
部には医療安全管理室、品質管理室も設置されてお
施設の感染管理プログラム構築ができる。たとえば、
り、TQM部全体で「質」の改善に尽力している。
自施設のリスクアセスメントにより優先的に改善が必
筆者が感染管理担当の専従に着任して間もないこ
要とされる感染管理上の課題が手指衛生の改善であっ
ろ、Joint Commission International(JCI)の取得プ
たとしたら、手指衛生材料の選択やそのための設備、
ロジェクトが立ち上がった。当初は「JCI」という得
職員教育、マニュアルの改訂など様々な角度からこの
体の知れないものと戦うような気持ちであったが、全
改善に取り組むための計画が立案され、その成果はど
職員の質改善に対する熱意と協働により認証を取得す
のデータで評価されるのかということを含めてプログ
ることができた。現在はこの認定更新を病院の「質」
ラムが完成する。したがって、このプログラムを戦略
をあげるための通過点として、筆者自身の感染管理活
的に実行する助けとなるものとして各種ツールの使用
動に緊張感を与えてもらっている。
は有用と思われる。
点で評価できるため、感染管理担当者間で評価のばら
当院においても、リスクアセスメントに基づき優先
施設の実情にあった感染管理
プログラム構築を目指して
的な感染管理の課題とされた項目に対し、各種ツール
医療関連感染を減少させるためには、施設の実情に
は、当院で行ってきた活動の中から2つの事例を紹介
あった“適切な”感染管理プログラムを構築すること
する。
を使用した自施設のアセスメントを行い、それにより
得られた情報をもとに改善活動に努めてきた。本稿で
が重要である。しかし、その適切なプログラムにする
ことが時として難しく、背伸びをしてみたり、消極的
すぎたりと結果的にうまく機能しないことがある。施
設の実情に適したプログラムにするためには、まず施
4
手指衛生に対する多面的アプローチ
による効果
設の現状を客観的に評価することが最も重要なのだと
手指衛生の改善が医療関連感染の減少に効果的であ
感じている。
ることについては、多くの観察研究によって示されて
客観的に自施設の状況を評価するために活用できる
いる 。当院における手指衛生改善プログラムへの取
ものとして、一般化された評価ツールを使用すること
り組みは2012年にスタートした。これまでも手指衛
丸石感染対策 NEWS
1)
生の重要性を感じており、様々な文献等で紹介されて
式アルコール消毒剤使用量の増加に繋がったと考えら
いる方法論を断片的に取り入れてきていたが、更に積
れる。過去の研究と同様に当院においても、手指衛生
極的な改善活動として自施設の状況に合わせた取り組
推進による擦式アルコール消毒剤使用量の増加により、
みを目指した。
メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant
, MRSA)による感染症の院
当院では、世界保健機関(World Health Organization, WHO)が作成した手指衛生ガイドライン を参考
内発症率が減少することを経験した。これについても、
にした。擦式アルコール消毒剤使用量の測定から開始
これらの活動が実を結んだと信じている。
2)
し、その後本ガイドラインのツールとして紹介されて
いる「自己評価フレームワーク」 を用い、当院の現状
3)
育、遵守評価とフィードバック、現場のリマインダー、
組織安全文化の側面で改善に取り組んでいった。
針などの鋭利器材による損傷は、当事者からの報告
まず、
「システム変革」の実例を紹介する。WHOガ
によって把握できる医療関連感染であるが、報告シス
イドラインでは“5つの瞬間”での手指衛生が必要と
テムから作成したサーベイランスデータの結果が
なるが、当院は病室の入口に擦式アルコール消毒剤を
100%現場の実情を反映しているわけではない。しか
設置しているだけであり、多床室のような同じ病室内
し、それでもなお起こった事象の把握と問題を解決す
で患者間のケアを連続して行う場合、ベッドサイドで
るための重要な手がかりを得るためにはサーベイラン
手指衛生が実践しにくい環境であった。その問題を解
スが重要である。当院においても針刺し事象のサーベ
消するために、個人携帯用の擦式アルコール消毒剤を
イランスを継続してきたが、最近、鋭利器材損傷発生
導入した。つぎに職員の「教育」に取り組んだ。現場
件数が連続的に増加傾向にあることに注目し(図2)、
でスタッフが実践する一連のケアを筆者とリンクナー
職員に関わる医療関連感染として重要な課題と捉え改
スとで観察、手指衛生の“5つの瞬間”を直接指導
善に努めた。
し、加えて新入職者に対して模擬患者を前にした手指
まず、鋭利器材損傷の要因分析では、特性要因図
衛生シミュレーションを行った。また、それらの「遵
(fishbone diagram) を活用した。特性要因図は問題
守の評価」として“5つの瞬間”での直接観察法を筆
となり得る要因の要素を「4M」あるいは「5M」と
者とリンクナースとともに実践し、職員への「フィー
いう方法で捉えるため、それにより要因の漏れがなく
ドバック」を行った。
“5つの瞬間”だけでなく適切
なり整理が可能となる。この手法により、当院が鋭利
な手指衛生の手順を啓発するためのポスター掲示や、
器材損傷増加に対して捉えた要因(図3)として、安全
手指衛生活動への患者の参加を促すためのキャンペー
装置付きの鋭利器材が少ないことや、廃棄環境の整備
ン活動にも取り組んできた。
不足、教育機会不足によるスタッフの業務への慣れな
こうした活動により、擦式アルコール消毒剤使用量
どがあげられた。
は1年間で約3倍に増加し、直接観察評価開始当初
サーベイランスデータで損傷の原因器材の上位を占
40%台であった手指衛生の遵守率は70%台へ改善し
める鋭利器材では、安全装置が装備されていなかっ
た
(図1)。これらの多面的なアプローチを行うことで擦
た。そこで新規に2つの器材導入を行った。また、安全
5000
4000
100
直接観察評価と
フィードバック開始
,
80
使用量モニタリングと
フィードバック開始
60
3000
40
2000
20
(mL) 1000
100観察あたりの手指衛生遵守率
1 000入院患者日あたりの使用量
6000
4)
PATIENTS FIRST
特性要因図を用いた鋭利器材
損傷増加に対する要因分析
をスコア化した。これを基礎としてシステム変革、教
(%)
0
6月
12月 1月
2012年
12月 1月 3月
2013年
擦式アルコール消毒剤使用量
0
2014年
手指衛生遵守率
図1. 擦式アルコール消毒剤使用量の推移
2015 JUN No.3
5
おわりに
16
14
UCL
12
件数
これまでひとつの感染管理上の課題を達成するため
10
8
(件)
6
CL
4
ことを経験した。今回このように施設の実情を客観的
介入開始
2
LC
0
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
にひとつの取り組みでは、なかなか改善がみられない
2014年
L
図2. 鋭利器材損傷発生件数の四半期ごとの推移
かつ多面的に評価することにより問題点が目に見える
形となり、これまで断片的に行ってきた活動を有機的
に繋げることができたと思う。多面的なアプローチを
実践するためには、全体のシステム変革など労力を伴
うことも多いが、それらが客観的に評価された結果で
装置が装備されていても損傷発生が頻繁に起こって
あれば変更に関わる職員の理解と受け入れも円滑にな
いた鋭利器材については安全装置の変更を行った。
ると思われる。
安全装置付き器材の導入を進めると同時に、教育不足
施設にあったベストプラクティスを実践するため
を補うことや個人の操作手技の癖を矯正することを目
に、一足飛びに有効とされている対策を導入するので
的に、それらの器材の使用頻度が高い職員を中心にシ
はなく、実情を客観的に評価しながら多面的なアプ
ミュレーターを使用した技術トレーニングを行った。
ローチ戦略で取り組みたいと考えている。
廃棄環境の整備不足については、廃棄容器からの飛び
文献
出し針による針刺しが多いことが問題となっていたた
め、廃棄容器を交換する担当者や時間帯を決めた。
1)Allegranzi, B., Pittet D., Role of hand hygiene in
healthcare-associated infection prevention. J of Hosp
Infect 2009; 73:305-315.
2)WHO. WHO Guidelines on hand hygiene in health care.
http://whqlibdoc.who.int/publications/2009/978924
1597906_eng.pdf
3)WHO. Hand hygiene self-assessment framework 2010.
http://www.who.int/gpsc/country_work/hhsa_framewo
rk_October_2010.pdf
4)APIC online text. Chapter16-quality concepts.
http://text.apic.org/item-17/chapter-16-qualityconcepts/tools-for-a-quality-toolbox
これらの活動により、サーベイランスデータ上増
加傾向を示していた鋭利器材損傷発生件数も平定化さ
PATIENTS FIRST
せることができた。しかし、頻繁に職員は入れ替わっ
ているため継続的な教育活動が重要である。今後もよ
り積極的に鋭利器材損傷の予防に努めるためには、
サーベイランスのみではなく、品質管理手法などを
活用した分析と、それに基づく改善活動が必要と考
える。
器材
人
業務への慣れ
操作方法の癖
継続的な教育機会不足
安全器材が少ない
費用増加見込みへの懸念
新しい器材に対する現場の抵抗感
不注意
廃棄容器の不携帯
患者の体動
安全装置を作動させない
注射針による発生が多い
不慣れ
オリエンテーション不足
報告書の分析不足
作業環境の整備不足
定期的な集計が不足
分析に労力が要る
安全を確保できていない
ニュートラルゾーンが少ない
物が多く整理整頓が不十分
廃棄環境の整備不足
携帯用容器の散乱
すぐに廃棄できる環境が不十分
測定
環境
動脈血採血時の使用
調剤時の使用
採血分注時の使用
安全装置の操作ミス
翼状針安全装置の誤操作
アクティブ型の安全装置
手順不足
安全装置の使用手順がない
廃棄容器の交換の具体策がない
処置手順に針刺し予防策が不足している
方法
図3. 鋭利器材損傷増加に対する特性要因図(fishbone diagram)を使用した要因分析
6
丸石感染対策 NEWS
鋭利器材による
損傷の増加