上顎埋伏犬歯を伴う骨格性Ⅰ級の 例

岐
歯
巻
号
年
学
∼
月
誌
症
例
上顎埋伏犬歯を伴う骨格性Ⅰ級の 例
本 庄 美 穂
出 村
昇
Case Report of a Skeletal Class Ⅰ Relationship with Impacted Canine
in the Maxilla
HONJO MIHO and DEMURA NOBORU
日常臨床において,埋伏歯を伴う不正咬合症例を経験する.今回われわれは,上顎右側犬歯埋伏を伴う骨
格性Ⅰ級の初診時年齢 歳 か月男子に対して,開窓・牽引を行い,マルチブラケット装置による機能的咬
合の確立を行い,良好な咬合を獲得することができた.保定開始から か月経過した後も,安定した咬合関
係を保っており,患者の満足が得られている.
キーワード:埋伏歯,開窓牽引
Ⅰ
Key words: impacted teeth, traction
緒
伏歯
言
【現病歴】上顎前歯部の正中離開と上顎右側側切歯お
日常臨床において,しばしば埋伏永久歯を伴う不正
よび犬歯の埋伏歯を近歯科医院にて指摘され,
別埋伏発現頻度については上顎犬歯の埋伏が最も多い
【既往歴】:特記事項なし
との報告 ∼ )や,上顎中切歯についで上顎犬歯の埋伏
【現症】
が多いと報告
∼ )
がなされている.埋伏歯への対応と
年
月 日当科紹介受診した.
咬合に遭遇することがある.智歯を除く永久歯の部位
(顔貌所見):正貌:左右対称,側貌:ストレートタ
しては,抜歯,開窓・牽引,自家移植,観察および放
イプ(図
置などがあげられるが,今回われわれは,上顎右側埋
(口腔内所見):Dental age Ⅲ B 期,大臼歯関係右
伏犬歯に対し開窓・牽引を行い良好な結果を得たので
側 Angle Ⅱ級,左側 Angle Ⅱ級,オーバージェット
報告する.
+
症
【症例】初診時年齢
歳
mm であった.上顎正
右側乳切歯は晩期残存していた.上顎右側口蓋側歯肉
男性
【主訴】上顎正中離開,上顎右側側切歯および犬歯埋
金沢医科大学矯正歯科学教室同門会
―
石川県河北郡内灘町大学 ―
金沢医科大学顎口腔外科学講座
mm,オーバーバイト+
中離開を認め,上顎左側犬歯は萌出中であった.上顎
例
か月
)
の膨隆を認めた.(図
)
(パノラマエックス線所見):上顎右側中切歯歯頚部
― ,
(平成 年 月 日受理)
―
上顎埋伏犬歯を伴う骨格性Ⅰ級の 例
表
図
初診時及び動的治療終了時の側貌頭部エックス線規
格写真による分析値
初診時顔貌写真( 歳 か月)
.°
,ANB .°
で標準範囲内の値を示し,上下顎骨
の前後的な位置異常は認めず骨格性Ⅰ級であった.上
顎骨前後径 Ptm -A は .mm で標準範囲内の値を示
した.下顎骨骨体長 Ar-Me は
.mm,下顎枝長 Ar-
Go .mm,下 顎 下 縁 長 Go-Me .mm は 標 準 値 の
範囲内の値を示した.FMA は .°
,下顎角は
.°
で標準値範囲内の値であった.
歯系に関しては,U -FH は
.°
で標準範囲内で
あった.L -FH .°
,L -MP .°
であり標準範囲内
であった.(表
)
②正面頭部エックス線規格写真
図
初診時口腔内写真( 歳 か月)
上顎骨および下顎骨の正中は顔面正中と一致し,上
顎歯列正中は顔面正中に対し右方へ .mm 偏位,下
付近に右側側切歯の埋伏を認め,歯根付近に上顎右側
顎歯列正中は顔面正中に一致していた.
犬歯埋伏を認める.上顎右側側切歯および犬歯歯冠は
【診断】:上顎右側側切歯および犬歯埋伏歯を伴う骨
上顎右側中切歯歯根部に存在し,歯軸は近心傾斜して
格性Ⅰ級,両側 Angle Ⅱ級,アベレージアングル症
いた.上顎右側中切歯の歯根吸収は認めなかった.
(図
例
【治療方針】:
)
(頭部エックス線規格写真所見)
①側貌頭部エックス線規格写真
標準値 )に対し骨格系に関しては,SNA .°
,SNB
上顎右側乳犬歯を抜去し,上顎右側側切歯の萌出を
促す.その後上顎右側犬歯は上顎開窓牽引術を行うこ
ととした.またエッジワイズ装置を装着し,上下歯列
排列,スペース閉鎖,
咬合の緊密化を図ることとした.
【治療経過】:
年
月 日に上顎右側乳犬歯を抜歯し,上顎右
側側切歯の自然萌出を期待し経過観察を行った.
年には上顎右側側切歯の自然萌出を認めたため(図
)
,
年
月 日上顎右側犬歯開窓術を施行し
た.口蓋側に埋伏していた上顎右側犬歯は,歯肉骨膜
弁剥離すると骨で覆われており,骨を一部削合し歯冠
を露出させ,リンガルボタンを装着した(図
)
.ま
た上顎左側中切歯から上顎右側第一小臼歯にセクショ
ナルアーチを装着し同部を固定源とし,パワーチェー
ンおよび結紮線にて上顎右側犬歯の唇側遠心方向への
図
初診時パノラマエックス線写真( 歳 か月)
牽引を開始した.
年
月
日に上顎にエッジワイ
図
上顎右側側切歯萌出後( 歳 か月)
図
リンガルアーチ装着時口腔内写真( 歳 か月)
【治療結果】:
(顔貌所見):初診時と比較し正面・側貌ともに変化
は認めなかった.(図
)
(口腔内所見):大臼歯関係右側 Angle Ⅰ級,左側
Angle Ⅰ級,オーバージェット+
イト+
mm,オーバーバ
mm であった.上下歯列正中は一致し,上顎
右側側切歯部に空隙が残存した.上顎右側犬歯のポ
ケットは全周
図
mm であった.(図
)
開窓時口腔内写真( 歳 か月)
ズ装置(Roth タイプ,. スロット)を装着し,上
顎歯の排列を開始した.また口蓋側には咬合面への垂
直方向への牽引のため上顎右側中切歯と第一小臼歯間
にフック付きのリンガルアーチを装着し,同部より牽
引を行った(図
)
.
年
月
日に上顎右側側切
歯は矮小歯であり歯根長も短く,また犬歯の萌出障害
となるため患者と相談し抜歯した.牽引
か月目に上
顎右側犬歯は歯列内に萌出した.
月
年
図
日上顎
動的治療終了時顔貌( 歳 か月)
右側犬歯にはブラケットを装着し上顎右側犬歯を含め
て排列を開始した.
年
月より下顎歯列にもエッ
ジワイズ装置を装着し上下顎歯の排列を行い,安定し
た咬合を獲得した.動的治療期間
年
か月であっ
た.その後保定装置へ移行し,バンドスペースの閉鎖
と咬合の緊密化を目的に保定装置として上下顎にクリ
アアライナーを選択した.また,全歯牙歯頚部に直径
mm 大の光重合型レジンを添加し,クリアアライ
ナーの作用が十分に発揮されるようにした.現在保定
後
か月であるが,安定した咬合を保っている.尚,
上顎右側側切歯部空隙は今後ブリッジによる修復を行
う予定である.
図
動的治療終了時口腔内写真( 歳 か月)
上顎埋伏犬歯を伴う骨格性Ⅰ級の 例
(パノラマ所見):パノラマエックス線所見により歯
Ptm -A は
根の平行性は良好であり,歯根吸収は認められなかっ
顎骨骨体長 Ar-Me は
たが,上顎右側中切歯根尖の遠心方向への湾曲が認め
mm であり標準範囲内の値を示した.下顎下縁長 Go-
られた.(図
Me
)
..
mm で標準値範囲内の値を示した.下
.mm は
.mm,下顎枝長 Ar-Go .
S. D.を 超 え て 大 き か っ た.FMA は
(頭部エックス線規格写真所見)
.°
,下顎角は
③側貌頭部エックス線規格写真
歯系に関しては,U -FH は
骨格系に関しては,SNA .°
,SNB .°
,ANB
.°
で標準範囲内の値を示し,上下顎骨の前後的な位
置異常は認めず骨格性Ⅰ級であった.上顎骨前後径
.°
で標準値範囲内の値であった.
.°
で標準範囲内で
あった.L -FH .°
,L -MP .°
であり標準範囲内
であった.(図 )(表
)
④正面頭部エックス線規格写真
上下顎骨および上下顎歯列の正中は顔面正中に一致
していた.
考
察
上顎犬歯は歯胚の位置が歯槽頂から深く,歯槽基底
よりに位置しているため萌出過程が他の永久歯群に比
較して長く,また上顎の萌出順序は第一大臼歯,中切
歯,側切歯,第一小臼歯,犬歯,第二小臼歯,第三大
臼歯と上顎犬歯の萌出順序も遅いため萌出余地不足な
どの萌出障害因子による影響を受けやすいと考えられ
る.また,埋伏に直接的,間接的に関与するものとし
ては,全身的な誘因として,くる病,鎖骨頭骨異骨症,
内分泌機能異常,結核・先天性梅毒などがあり,また
局所的な誘因としては乳歯の晩期残存,乳歯の早期喪
図
動的治療終了時パノラマエックス線( 歳 か月)
失,永久歯の骨性癒着,被覆している骨の硬化,歯肉
肥厚,隣在歯の位置異常,外力による歯胚の転位,過
剰歯による萌出障害,含歯性嚢胞や歯牙腫の存在,顎
骨と歯の大きさの不調和 )などがある.上顎犬歯は通
常萌出前の歯冠形成期に,隣接する側切歯歯根の遠心
唇側に歯冠をやや近心に向け,隣接する側切歯歯根の
遠心唇側面に誘導されながら萌出してくる ).Becker
ら )は,上顎犬歯が口蓋側に異常萌出している症例で
は隣在側切歯の歯根長が正常萌出犬歯のそれに比べて
短いと報告しており,上顎側切歯が上顎犬歯萌出のガ
イド役を果たしている可能性を示唆している.
本症例においては,上顎右側乳側切歯の晩期残存と
それに伴う上顎右側側切歯の萌出遅延および歯根長の
短小により,十分に上顎側切歯のガイドが得られずに
上顎犬歯が口蓋側に埋伏したと考えられた.また,上
顎犬歯の異所性萌出例においては,隣接する切歯歯根
吸収が全体の %に認められたとの報告 )があるが,
本症例は上顎右側中切歯の歯根吸収は認めず,また犬
歯の根尖は完成しておらず,牽引開始に適当な時期で
あったと考えられた.
上顎頬側の軟組織は遊離歯肉,付着歯肉,歯槽粘膜
より構成されるが,開窓(Open eruption technique)
図
側貌頭部エックス線規格写真による SN 平面での重
ね合わせ(実線:初診時,破線:動的治療終了時)
によって口腔内に萌出した歯は,頬唇側で可動性の粘
膜に接しており十分な付着歯肉をもたないことが多
く,頬側に異所萌出した上顎犬歯では正常に萌出した
犬歯に比べて,矯正治療後における付着歯肉の幅が少
ないとされている ).頬側に異所萌出した上顎犬歯の
歯列内排列後の長期観察例においては,付着歯肉の幅
を維持することが長期的な歯周組織の安定につながる
と述べられている
∼ )
.つまり頬側に異所萌出した上
顎犬歯を歯列内に配列する際には,歯肉退縮や付着歯
肉の獲得に留意する必要があり,付着歯肉の幅の減少
を防止するため,開窓時に歯肉弁根尖側移動術を行う
こと )や,歯肉退縮の予防するために,埋伏歯の牽引
方向や歯肉の自家移植 ),牽引用アタッチメントのボ
ンディング後に,再び埋伏歯を歯肉で覆う処置(Closed
eruption technique))などが勧められる.一方で本症
例のように上顎犬歯が口蓋側に埋伏している場合にお
いては,上顎口蓋歯肉は角化歯肉で構成されているた
め,外科的手法に配慮せずとも術後は角化歯肉を獲得
することができる.上顎口蓋側埋伏犬歯については
Open eruption technique と Closed eruption technique
それぞれの報告があるが,Becker ら )は片側上顎口
蓋埋伏歯を認めた患者 人における治療
年後の歯周
組織について調査し,どちらの手法においても術後の
歯周ポケットの深さは,反対側の犬歯と比較し有意差
はなかったとしている.また,骨削除量と矯正学的歯
牙移動の種類について )も検討されており,広く骨削
除を行った群は骨削除の範囲が狭いものに比べて平均
.%の骨支持量が低下し,捻転移動においては傾斜
や挺出に比べて
%の骨支持を失う事を示した.著者
らは術後の歯周組織安定のために,骨削除の際にはセ
メントエナメル境の露出を避けるべきだとし,骨削除
量と矯正学的なメカニクスは歯周組織の長期安定への
重要な因子である可能性を示唆した.本症例において
は Closed eruption technique を選択し,骨削除量も歯
冠の一部を露出させセメントエナメル境を越えるもの
ではなかった.術後歯肉退縮は認めず,ポケットの深
さは全周で
mm であり,対側犬歯と比較してもポ
ケットは増大することはなく良好な結果が得られた
が,長期的に今後も歯周組織の変化について経過観察
する必要があると思われる.
文
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