民間の地域づくり活動の持続可能性と公共圏の形成―創造都市による都市再生を追究する一つの視 点として― 渡部薫(熊本大学) Keyword: 地域づくり活動、活動の推進力、持続可能性、公共圏、地域の文化 1.研究の目的 かという点である。そして、そこに文化はどのように関わ 現在、創造都市が地域の活性化や再生を目指す方法とし ってくるのか。これについては、地域アイデンティティや て注目を集めるようになってきている。この都市政策に対 地域的な問題状況がヴィジョンや哲学・信条の形成に関わ して文化や芸術の活用に目が向けられているが、この政策 ることが考えられる。 においても重要なのは、それによって市民による地域の活 動をいかに引出しそこから地域全体の活力につなげていけ 2-3.活動の持続的な展開を支えるプラットフォーム・基盤 るかにある。本研究は、創造都市的アプローチを使った地 としての公共圏の形成 域再生/活性化のメカニズムについて追究する。地域の活 このような活動が持続的に展開し他のアクターに影響す 性化や地域再生一般にとって基本となる民間の地域づくり る等によって地域が発展していくためには、地域の中にそ 活動を対象として、それが推進され持続的に展開していく のような活動を支える、あるいは醸成するようなプラット ためには何が必要かという問題について創造都市で重要と フォーム、あるいは基盤が形成されることが必要である。 されている文化の役割に焦点を置いて検討する。 これは、個々の活動を育み・支え、地域づくりのための共 同や連携を推進する役割を担う。これは、地域づくりに関 2.研究の視点 連するアクターが地域の活性化や再生という公共的な目的 2-1.問題の設定 を共有することによって生まれる共同や連携の関係によっ 本研究では、地域づくり運動の一つのタイプとして、民 て支えられる。アクター間の共的な領域であるが、もちろ 間の活動が中心かつ起点となって起こる、民間主導/非行 ん行政の参加も拒むものではなく、一種の公共圏と見るこ 政主導、明確な全体計画がない/創発的、理念志向型/非 とができる。 利益主導型として整理されるまちづくりの動きを対象とし ここで公共圏の形成について考えてみたいのは、民間の て取り上げ、その推進力と活動の持続的な展開を支える枠 取組みを通じて形成される場合、何が問題となるのかとい 組み・基盤の形成という視点を軸に、文化の役割に留意し うことである。この問題については多様な議論があるが、 て地域づくりのメカニズムについて検討する。 その中で中井は、根本的な問題は私的利益と公益との関係 をどのように理解するかにあると論ずる(中井 2000) 。中 2-2.活動の推進力 井は、これを公的結合の問題として、その基本的な推進力 民間主導といっても地域づくり活動は公共的な側面を持 について、個人は公共的な側面と私的な側面を持っていて っているが、何が民間のアクターにそのような公共的な活 他者と相互作用する中で各個人の公共的な側面が集まって 動を起こし、推進させていくのであろうか。これは自発性 公共性が形成されるという考えを否定して、公共性は個人 や自律性がどこから生じるのかという問題である。これは の私的利益に基づいて考えるべきだと主張する。中井は、 活動のモチベーションの問題と考えた場合、その主要な要 公的結合はそれによって個人の効用が増大する場合に起き 因として、1)利益、2)ヴィジョンあるいは哲学・信条、 ると考える。この場合、各個人が私的利益を留保して公共 を挙げることができる。第一に、民間活動である以上、公 圏の形成に振り向けることで公益が増大し、そこから各個 共的な側面を持っていたとしても利益は重要な動機付けに 人の効用が増大すると考えるのである。地域づくりについ なる。第二に、自発的な活動にとっては意志や情熱が動機 ては、民間のアクターがその活動の一部を公共的な目的に 付けとして重要だが公式にはヴィジョンや哲学・信条とし 振り向け、他のアクターと共有する目的のために共同や連 て表現される。 携が生じたときに公共圏が形成されると考えられる。公的 ここで問題となるのが、民間活動がこのような要因によ って推進されたとして、それはどのようにして持続するの 結合の契機については、中井はリーダーシップの重要性を 挙げているが、ここでは文化が関わる問題として論じたい。 アクター間で共同や連携が生まれるためには地域づくりの 4-1.推進力 目的やヴィジョンが共有されることが必要だが、ここに文 2.では、地域づくりのための民間活動の推進力として 化が関わってくると関挙げられる。では、どのように関わ は、1)利益、2)ヴィジョンあるいは哲学・信条を挙げ、 るのであろうか。 さらに、地域アイデンティティや地域的な問題状況がヴィ ジョンや哲学・信条の形成に関わる可能性について論じた。 3.事例研究:長浜市と別府市 地域づくりの事例として、長浜市と別府市を取り上げる。 長浜の事例では、地域の文化は地域づくりの中心的なア クターである黒壁の地域アイデンティティを形成し、活動 いずれも、民間主導の地域づくりの動きであり、その推進 の哲学形成に大きく影響し、その意味でその活動を引き起 に文化が大きく関わっている。事例の研究は、関連する資 こす主要な要因となっている。地域アイデンティティは黒 料の分析と関係者へのインタヴューにより行った。 壁の活動とともに他のアクターのコミュニティ活動に大き な影響を与えている。 3-1.長浜市 別府の事例では、ヴィジョンあるいは使命が BEPPU 滋賀県長浜市における、 「黒壁」と呼ばれる新しい事業が PROJECT の活動にとって推進力となっている。 このアクタ 衰退した中心市街地に登場し活動を展開することによって ーの活動が他のアクターの活動を刺激したとき、地域アイ 地域を変え活性化している事例である。黒壁は、曳山祭り デンティティは彼らの活動を推進する役割を果たしている。 という長浜市の伝統的な行事や街並みの保存を目的として、 両方の事例において、ヴィジョンや哲学・信条が推進力 ガラス製品の製造・展示・販売という事業を中心に活動を展 として重要な役割を果たしているが、そこに地域の文化や 開した。その活動は発展していき、市民活動や商業事業者 アイデンティティが関わっている。しかし、活動が続くた に影響を与え地域づくりの動きを発展させ、中心市街地を めには他の要因も必要である。利益もその一つである。長 活性化している。市を挙げての大掛かりなイベントの効果 浜の事例では、黒壁は当初は地域アイデンティティに動か もあって、長浜市内の多様な地域的な活動がお互いに結び されて活動を始めている。黒壁は街並みの保全や改善を行 つき一種のネットワークを形成している。 うことで長浜の公共空間という一種のコモンズを魅力的に し、来街者を増加させているが、これによって黒壁の営利 3-2.別府市 事業の収益の増大をもたらしている。そしてこの収益が黒 大分県別府市において BEPPU PROJECT というアート 壁の公共的な活動を支えることになる。ここに、地域アイ NPO によるアート活動が契機となってそれまでの地域づ デンティティあるいは公共目的に駆り立てられた非営利活 くり活動をつなげて大きな運動を形成している事例である。 動が営利活動を支え、そこから営利活動が非営利事業を支 別府市では、地域の衰退に対して活性化を目的とする地域 えるという循環的あるいは相互依存的関係を見ることがで づくり活動が盛んであったが、その動きに触発されて きる。 BEPPU PROJECT がアート活動を開始し、他の地域づくり この関係は、スロスビー(Throsby 2001)により提唱され 団体や行政との協力を得て国際的な現代芸術のイベントを た文化資本と文化的価値という概念を使うとわかりやすい。 開催する。このような動きは、市民の文化活動に大きな影 これらの概念によれば、伝統的な文化遺産や街並みは文化 響を与え、市の地域づくり活動全体を活発化する。現代芸 資本、それらが創り出す文化的魅力は文化的価値と見るこ 術のイベントや中心市街地活性化のための事業活動を通じ とができる。スロスビーによれば、文化資本は文化的価値 て地域づくり活動の団体が連携・協力関係を持つことでネ をもつが、文化的価値はしばしば経済的価値を生み出す。 ットワークが形成されている。 この議論を長浜の事例に適用すると、次のような関係を指 摘することができる。 4.分析 ここでは、2.で論じた視点に従って二つの事例を分析 する。計画されたものではない、創発的な地域づくりの民 間活動が行政の関与がないままに、なぜ、そしてどのよう にして推進され、持続可能であったのかについて解釈を試 みる。 民間活動の公共的な側面の活動の展開=文化資本として の公共空間への投資➔文化的価値の向上➔経済的利益の増 大/確保➔文化資本への投資➔・・ この公式は別府の場合にも適用することができるが、よ り控え目な形になる。 4-2.公共圏の形成と文化 いて地域の文化は共通言語としての役割を果たしアクター 民間活動は当初は地域アイデンティティあるいは理念に を公共目的に結びつけている。別府の地域づくりの公共圏 よって推進されている。しかし、一旦活動がネットワーク はそれまでに展開していた地域づくり活動に BEPPU 化したアクターによって構成される公共圏を形成すると、 PROJECT が参加することで生まれた機運において形成さ 公共圏は活動の発展を支えたり促進したりするためのプラ れている。その点で、公共圏は、BEPPU PROJECT を含ん ットフォームとして機能することになる。 だ複数の組織によって支えられている。 二つの事例は、いずれも計画されたものではなく、創発 二つの事例に共通して、公共圏はそれ固有の特別な組織 的な民間の活動が、自分たちの目的を追求しながら、地域 はもたず、各種の公式・非公式の交流の機会が実質上の公 の活性化あるいは再生を共通の目的として他の活動や行政 共圏として機能している。 と相互作用を持つことによって一種の公共圏を形成してい 二つの事例では、民間活動は公共目的を共有しそれに応 る。公共圏はどちらの事例でも、民間活動の基盤を提供す じた非営利的活動の側面をもち、互いに共同・連携して公 ることや、新しい活動やプロジェクトの一種のインキュベ 共圏を形成している。 その意味では、 中井が論じるように、 ーターの役割を果たしている。 アクターが私的な権利を留保し公共目的の活動に振り向け 長浜の事例では、黒壁によって生まれた地域づくりの運 ることによって公共圏形成の基礎が築かれている。両方の 動はネットワークを生み出すが、長浜市を挙げた大きなイ 事例でこれが可能だったのは、一つは、都市の規模が小さ ベントの効果もあって他のネットワークと結びつき地域全 いため都市の経済を支える主要な産業が限られているため、 体をつなぐ拡大したネットワークを形成し公共圏の母体と 公共目的の活動に参加して公共圏を築くことでいずれ民間 なっている。地域の文化に対する情熱や哲学・信条は黒壁 の利益につながることが見えやすかったからである。 の地域づくり活動の推進力であり黒壁を中心としたネット ワークで共有されているが、拡大されたネットワークにお 5.今後の課題 いてそれが共有されていると考えるのは妥当ではないと思 本研究では、地域づくり活動の推進力と活動を支えるプ われる。長浜では、公共圏は黒壁に主導された地域づくり ラットフォームとしての公共圏を軸に、地域づくりのメカ 運動のネットワークを中心に形成されており、その意味で ニズムについて文化との関係に関連付けながら論じてきた は黒壁が公共圏の核となっているということができるが、 が、公共圏に関しては、それが機能するかどうかについて 地域づくり運動の中から生まれてきた他の活動が次第に育 はガバナンスのあり方を問う必要がある。その分析のため ってきており多核化しつつある。 に、このような公共圏の組織構造の捉え方としてネットワ 別府の事例では、別府の事例では、温泉自体が最も重要 ーク組織、さらに、ガバナンスを構成するアクター間のダ な経済資源であり、地域では温泉浴は地域の重要な文化と イナミックな関係を分析するためにネットワーク組織と して捉えられている。地域づくりに従事していたアクター 「場」という2つの概念を導入することを検討してみたい。 はこの文化を媒介にしてお互いゆるく結びついていた。 BEPPU PROJECT はそこにアートを持ち込むが、アートは <参考文献> 地域の人々に地域文化の魅力やその地域に対して持つ意味 中井検裕、2000、 「都市計画と公共性」 、蓑原敬(編著) 『都 を再発見させ、地域アイデンティティを刺激した。このよ 市計画の挑戦――新しい公共性を求めて』 、学芸出版社 うな BEPPU PROJECT の活動やアートは、直接的にではな 渡部薫、2014、 「ガバナンス論としての創造都市の可能性と いが結果的に個々の地域づくり活動を結び付け、多様な地 実現のプロセス」 、日本都市社会学会年報、第 32 巻 域の活動を包摂するようなネットワークを形成し、それが Throsby, D., 2001, Economics and Culture, Cambridge 基礎となって公共圏が形成されている。このプロセスにお University press 表:長浜市と別府市の地域づくりの特徴 人口 主要産業 対象地域 長浜市 121,000 商業、製造業 中心市街地 核となるアクター 黒壁株式会社 核となるアクターの主な事業 ガラス製品の製造・販売及び歴史的 建造物の保存・活用 地域活動の登場及び推進 アクター間の関係 基本的に非計画的、創発的、有機的 ネットワーク的関係 交流の場 主に核となるアクターを中心とした非 公式的な場及び公式的な会議 活動の推進力 地域アイデンティティの役割 中心となるアクターではない; インフラ整備等の基盤形成に従事 哲学・信条、利益 主要な活動の哲学・信条に刺激 地域の文化の役割 核となる活動の哲学・信条に刺激 自治体の関わり方 アートまたは非地域文化の役 割 営利的活動と非営利的活動 の関係 別府市 122,000 観光業 中心市街地及び周辺地域 NPO Beppu Project ハットウオンパク、ハットウトラスト アート活動: アートフェスティバルの 企画及び実施, 商品設計及び開発 温泉観光及び関連するプロジェクト: 歴史的建造物の保存・再活用 基本的に非計画的、創発的、有機的 ネットワーク的関係 主に公式的な会議及び核となるアク ターを中心とした多数の非公式的な 場 中心となるアクターではない; インフラ整備等の基盤形成に従事 ヴィジョン(ミッション) 地域の文化活動への刺激 地域の文化活動への刺激; 公共圏の基盤の形成に影響 当初は関係がない 地域の文化活動を刺激 強い関係 非直接的な関係
© Copyright 2024 ExpyDoc