J P M A 2015年7月号 No.168 N E W S L E T T E R Topics|トピックス 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される 第68回世界保健機関(World Health Organization、WHO)総会が2015年5月18日から26日までの9日間、スイスジュ ネーブの国際連合欧州本部で開催されました。WHO総会は、190を超える国と地域から国際保健に取り組む政府関 係者が一堂に会し、WHOの事業計画・予算やガバナンスも含め、保健医療に関する重要な政策決定に係る議論・決議 を行うWHOの最高意思決定機関です。今次WHO総会の議題の中から、特に製薬産業に関連の深い5つのトピックス について以下に紹介します。 WHO総会の議場。本年よりインターネットによる生放送が開始された (1)WHOの活動に対する非政府組織(Non-State Actors、NSAs)の 関与のあり方を規定するポリシー枠組み WHOの活動に対するNSAsの関与のあり方を規定するポリシー枠組みが議論されました。本枠組み文書の策定に向けた 議論は、WHO改革の一環として始まったもので、2014年のWHO総会でその草案がWHO事務局から提示されました。 当該文書では、NSAsを非政府組織(Non-Governmental Organizations、NGOs)、アカデミア、プライベートセクター(民 間企業・団体)、慈善団体の4つの組織形態に分類し、それぞれについてWHOとの関与のあり方を取りまとめることが提案さ れています。企業が主催する会議体へのWHOの参画や、民間企業からWHOへの資金援助など、プライベートセクターによ るWHOの活動への利益相反を回避すべきとの懸念を示す意見(主に開発途上国)がある一方、すべてのNSAsのカテゴリー に同様の規制が適用されるべきであるとする見解もあり、加盟国間でさまざまな思惑が交錯する中、議論は混沌を極めて います。本年1月に開催されたWHO執行理事会では議論がまとまらず、その後の加盟国間の会合などを経て、今次WHO総 会における議論に至っています。 総会において加盟国による妥協案の合意に至るのか、ポリシー枠組みの決議案の行方に最も注目が集まりましたが、今 回のWHO総会では、議論の進 はみられたものの、文書の採択までには至りませんでした。今後、2016年5月に開催予定 のWHO総会での採択に向け、本年秋までに枠組みに関する新たな草案を加盟国間で取りまとめるための政府間会合を開 催することが合意されています。 JPMA NEWS LETTER 2015 No. 168 Topics|トピックス 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される 1/3 J P M A N E W S 2015年7月号 No.168 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される L E T T E R Topics|トピックス (2)薬剤耐性(Anti-Microbial Resistance、AMR)に関する世界行動計画 極めて重要な国際保健課題として、先進国、新興国、開発途上国のいずれもが直面している薬剤耐性菌の拡大が問題と なっています。 AMRに対する世界的な対策の推進に向けた機運が高まる中、今回の総会においては、AMRの世界行動計画(WHO Global Action Plan on Anti-Microbial Resistance)が採択され、議場は拍手喝采となっていました。同計画は、1.AMRに関 する認知・理解の向上、2.サーベイランス・研究を通じた実態把握の強化、3. 感染発生率の低下、4. 抗菌薬などの適切な使 用、5. AMRに取り組むための持続的な投資の確保の5本柱で構成されています。 AMRを取り巻く課題はさまざまで、動物薬や食料農産物関連の国際獣疫事務局(International Epizootic Office、OIE)や 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization、FAO) と協働して取り組む課題もあります。 新薬開発という点についていえば、AMRが増加する一方で開発中の新規抗菌薬の数は十分とはいえず、革新的な抗菌薬 に対する社会のニーズと医薬品パイプラインの現状とのギャップが指摘されています。加えて、今次総会では、製薬企業に よる医薬品のマーケティング活動を、抗菌薬などの不適切な使用拡大の一因として指摘する声も挙げられています。医薬 品の研究開発、提供の担い手として、製薬会社にもこういった国際保健課題を踏まえた適切な対応が求められています。 (3)公衆衛生、イノベーションおよび知的財産に関する世界戦略と行動計画 (Global Strategy and Plan of Action on Public Health, Innovation and Intellectual Property、GSPoA) 顧みられない熱帯病をはじめとする開発途上国特有疾患の医薬品などの研究開発の重要性は国際保健において強く認識 されているものの、その対策に向けた資源(開発費や人材)が世界的に不足しています。GSPoAはこうした状況を踏まえ、 関連するイノベーションや技術移転の推進、知的財産の適切なマネジメントなどを促進することを目的に、2008年のWHO 総会で採択された文書です。 本計画には「知的所有権の貿易関連の側面に関する協定(Agreement on Trade-Related Aspects of Intellectual Property Rights、TRIPS協定)」の解釈の柔軟性、医薬品の価格低減策や後発品促進策、研究開発投資と医薬品価格の切り離し、開 発途上国への技術移転促進、特許プールなど、製薬産業とかかわりの深い医薬品アクセス向上のための提言が多数含まれ ています。 今回の総会においては、本文書の評価とレビューについて、以下の3点について合意されました。 ● ● ● 2015年までの実施計画期間を2022年まで延長する。 GSPoAの活動評価を2015年6月より開始し、その結果を2017年1月のWHO執行理事会において報告する。 上記の評価とは別途、GSPoAに関する全体レビューを2017年初旬に開始し、その進 を2017年5月予定のWHO総会で 報告し、最終結果を2018年のWHO総会に報告する。 上記のGSPoAの全体レビューは18名の専門家からなるパネルにより実施するとされ、専門家の選定は加盟国からの推薦 を踏まえ、WHO事務局長のマーガレット・チャン氏が決定するというプロセスで合意されています。 (4)世界規模でのワクチン供給計画(Global Vaccine Action Plan、GVAP) 2012年のWHO総会で採択された「世界規模でのワクチン供給計画(GVAP)」の進 ける予防接種拡大計画などの合意された目標に対する活動進 について報告があり、開発途上国にお の遅れを懸念する声が多くの加盟国から挙がっていました。 こういった状況下、リビアより開発途上国・新興国におけるワクチン価格の引き下げや価格の透明性を高める努力を求める 決議案が総会会期中に提案されました。 議論開始の直前に決議案が共有されたことから、対処方針の検討時間が十分に取れないとの懸念がいくつかの国から挙 げられましたが、多くの開発途上国、先進国を交えた議論を経て、決議案が採択されています。本決議文書では、今後 WHOがワクチン価格のモニタリングを実施するため加盟国に対しWHOへワクチン価格の開示・共有を求めるとともに、開 発途上国などにおける共同調達(pooled procurement)の推進を促すなど、ワクチンへのアクセス改善と価格の透明性を高 めるための取り組みが進むことが予想されます。 (5) エボラ出血熱への対応 WHOは、昨年発生した西アフリカにおけるエボラ出血熱患者急増への対応の遅滞から、国際世論の強い批判の的となっ JPMA NEWS LETTER 2015 No. 168 Topics|トピックス 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される 2/3 J P M A N E W S 2015年7月号 No.168 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される L E T T E R Topics|トピックス てきました。そのような中、1月のWHO執行理事会ではエボラ出血熱を議題とした特別セッションが設けられ、WHOのエボ ラ出血熱発生への対応に関する専門家による評価の実施などが決議されています。 WHO事務局長のマーガレット・チャン氏は今回の総会初日の演説の中で、西アフリカでのエボラ出血熱発生への対応を 契機とした改革の一環として、1億ドルの緊急基金の設立や公衆衛生の危機事態に対応する職員態勢を整えることへの強い 意思を示しました。加盟国の議論においても、上述の評価に関する初期レポートが確認されるとともに、マーガレット・チャ ン氏が言及した施策を含め、WHOがエボラなどの疾病発生への緊急対応能力を改善するための対策が合意されました。 おわりに:国際保健を取り巻く状況 感染症や生活習慣病などの疾病対策、公衆衛生や母子保健向上 のための医療システムの強化策、昨今世界を脅かしたエボラ出血 熱のような緊急危機対応に至るまで、世界の人々の健康にかかわる 問題は無限かつ多岐にわたります。これらの課題解決のためWHO に対する期待は高まる一方で、重要な保健政策に関して190以上も の加盟国間の合意形成が難しくなっています。その背景には、医薬 品の知的財産保護を一例とした先進国対新興国・開発途上国間の意 見の対立、アメリカのビル&メリンダ・ゲイツ財団や国境なき医師 団などのNGOや官民連携ファンドをはじめとする国際保健にかかわ る多様な組織団体の台頭、慢性的な資金不足に伴うWHOの求心力 の低下、保健を開発課題の中心に据えた各国の外交戦略の推進な ど、さまざまな要素がWHOの意思決定に影響を及ぼしています。こ れらの国際保健を取り巻く動向を押さえることにより、今回のWHO 総会で議論された上記トピックスと考え得る製薬産業への影響につ いて、よりいっそう理解を深めることができます(図1)。 WHO総会が開催された国連欧州本部の前にある 「壊れた 椅子」。地雷やクラスター爆弾への反対を象徴している 図1 第68回WHO総会で議論された事項と製薬産業への影響 第 68 回 WHO 総会で議論された事項(一部) 1. WHOの活動に対する非政府組織(NSAs)の関 考え得る製薬産業への影響※ 1. 企業が主催する会議体への WHO の参画や、企 業から WHO への資金援助に対する規制強化 与のあり方を規定するポリシー枠組み 2. 抗菌薬の研究開発を促すインセンティブモデルの 2. 薬剤耐性(AMR)に関する世界行動計画 3. TRIPS 協定の解釈の柔軟性、医薬品の価格低 3. 公衆衛生、イノベーションおよび知的財産に関 する世界戦略と行動計画(GSPoA) 4. 世界規模でのワクチン供給計画(GVAP) 確立と活用 減や後発品促進策、研究開発投資と医薬品価格 の切り離し、途上国への技術移転促進、特許プー ルなどの医薬品アクセス向上のための政策推進 4. WHO へのワクチン価格の開示・共有をはじめと するワクチンへのアクセス改善と価格の透明性確 保のための規制強化 ※2015年6月現在 (IFPMA〈国際製薬団体連合会〉 西本 紘子、佐藤 信樹) JPMA NEWS LETTER 2015 No. 168 Topics|トピックス 「第68回 世界保健機関(WHO)総会」開催される 3/3
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