⑦tedukaアライグマ・セミナー レジュメ原稿(修正版)

千葉県いすみ市でのアライグマ爪痕調査 ~中間報告~
千葉県立大原高等学校生物部
伊藤嘉将・大久保佑亮・鈴木蓮・横山公大
齋藤花菜・坂間亮香・佐久間円・田巻将貴
早川七海(2 年)
,山口龍星・中村海莉(1 年)
手塚幸夫・西友夫(顧問)
千葉県立岬高等学校生物同好会
石塚大樹・河野輝・野口雅史・吉野晃平(3 年)
酒井菜美(2 年)
,牧野直輝(1 年)
,露崎智(顧問)
1 はじめに
大原高校生物部では、顧問の西先生が赴任してきた 2007 年から、千葉県内の川に生息する水生動
物についての調査を続けていて、今年で 8 年目となります。調べている水生動物は、カワエビ類を中
心として、魚類、両生類、爬虫類などです。
この水生動物調査の中で、いすみ市とその周辺ではイシガメが絶滅に近い状態になっていることが
分かってきました。そして、その原因としてアライグマに捕食されている可能性が考えられました。
いすみ市周辺で最初にアライグマについて調査したのは、手塚先生の前任校の大多喜高等学校生物
部でした。2012 年~2013 年の 2 年間、アライグマとイノシシを中心とした哺乳類の調査を行ないま
した。そして、その結果をまとめて、2013 年の夏と秋に、高等学校文化連盟の総合文化祭やエコメッ
セなどで発表してきました。
2014 年 4 月に手塚先生が大原高等学校に赴任し、西先生と相談してアライグマなどの野生哺乳類
の調査を行うことになりました。
さらに、6 月には関西野生生物研究所の川道美枝子先生のアライグマについてのセミナーを受ける
ことができました。
このような経過を経て、私たち大原高等学校生物部は、哺乳類の中からアライグマとキョンの 2 種
に着目して、聞き取り調査、赤外線センサーカメラによる調査、社寺の爪痕調査、足跡の調査などを
行なうことになりました。なお、アライグマの爪痕調査については、千葉県立岬高等学校生物同好会
も共同してデータを集め、多くの情報を提供してくれています。
なお、今回の発表は、2 年間で計画している社寺を中心としたアライグマの爪痕調査の初年度につ
いてで、中間報告という形をとっています。具体的には、社寺の柱に残された爪痕およびその他の痕
跡をもとに、いすみ市内の分布状況、社寺を取り囲む環境と関係について、私たちが考えたことを発
表させてもらいます。
2 調査の概要
① 爪痕調査
社寺の柱や前面の扉に残る爪痕を中心に、アライグマが残した痕跡を観察し記録しました。
爪痕は、新しい・古い、数、侵入口や足跡の有無などを調べ、次の表に示されるように数値化し
て記録していきました。
数値(ポイント)
新しい爪痕
古い爪痕
爪痕の数
侵入可能口
足 跡
0
なし
なし
0
なし
なし
1
あり
あり
1~5
あり
あり
2
6~10
3
数多く
〔注〕爪痕の数は、社寺全体ではなく、一番はっきりとしていて数も多い1本の柱について数えたものです。
② 赤外線センサーカメラによる調査
アライグマが訪問・侵入している可能性が高い社寺の近くの森に赤外線センサーカメラを設置し
ました。24時間撮影で、2週間を基本として3台のカメラを設置しています。
カメラの設置場所は、森から周辺の畑や宅地へと出ていく斜面の下部としました。
③ 「土地利用カラー地図」と「利用度による社寺分布地図」の作成
ⅰ)土地利用カラー地図
いすみ市の白地図に、森・林、水田、河川、沼・堰、畑、草地、宅地(市街地)ごとに色を塗
り分けて、土地利用カラー地図を作成しました。これは、各社寺の周囲の環境がどのようになっ
ているのか分かりやすくするためのものです。
土地利用状況と塗り分けた色は下に示す通りです。
土地利用
森・林
水田・川・沼堰
畑・草地
宅地(市街地)
色
緑
青
黄
赤
ⅱ)利用度による社寺分布地図
各社寺の爪痕調査の結果から利用度を算出しました。この利用度は、東邦大学長谷川研究室の
調査を参考にさせてもらい、新爪痕+古爪痕+爪痕数+侵入口+足跡の数値の合計により求めて
います。そして、この利用度と現地での観察記録とを合わせて、侵入・訪問についての判定を行
いました。判定は、次の4段階とし、下表に示すように色分けして示しました。
現在侵入している 最近訪問している 以前侵入していた 侵入・訪問があっ
可能性が高い
可能性が高い
可能性がある
た形跡はない
色
赤
黄
青
緑
この 4 つの段階の表示には 4 色の円形のシールを使用しました。そして、このシールを調査し
た全社寺の上に貼っていきました。
3 調査の結果
◇ 有効な調査結果が得られた社寺数について
2015年2月4日現在、93の社寺の調査を行なっています。しかしながら、2社寺については判定
ができなかったので、集計・考察に使った社寺は91社寺としました。
① 社寺の爪痕調査の結果
調査した91の社寺のうち爪痕が確認された社寺の割合を、以下のⅰ~ⅲに分けて求めました。
ⅰ)ハクビシンのだけの可能性がある社寺も含め、爪痕が確認された社寺の割合
91社寺中の84社寺で爪痕が確認されました。その結果、アライグマか否かを問わない爪痕確
認率は92.3%と算出されました。
ⅱ)アライグマの爪痕が確認された社寺の割合
91 社寺中の 81 社寺でアライグマの爪痕が確認されました。その結果、爪痕確認率は 89.0%と
算出されました。
ⅲ)アライグマの新しい爪痕が確認された社寺の割合
91 社寺中の 53 社寺で比較的新しいアライグマの爪痕が確認されました。その結果、アライグ
マの新しい爪痕確認率は 58.2%と算出されました。
② 赤外線センサーカメラの画像
赤外線センサーカメラで撮影された野生哺乳類の画像は 300 枚を超えましたが、その中にアライ
グマは 1 枚もありませんでした。カメラが設置された森の近くにある社寺(3 社 1 寺)では、アラ
イグマの訪問あるいは侵入を示唆する爪痕が確認されていました。しかしながら、森の周縁部でア
ライグマが撮影されることはありませんでした。
なお、画像の 90%以上がキョンで、続いて数%がタヌキ、他にはイノシシ、ノウサギ、アナグマ
などが撮影されていました。
③ 土地利用カラー地図と利用度による社寺分布地図を見比べた結果
作成した土地利用カラー地図と利用度による社寺分布地図を交互に見比べていく中で、市内の 91
社寺について共通することや地域差があることが明らかになってきました。それらは、次のⅰ~ⅳ
のような結果としてまとめられました。
ⅰ)市内全域の社寺でアライグマの訪問・侵入が認められました。
ⅱ)現在、侵入や訪問があると思われる社寺の多くは、水田と森が隣接していました。
ⅲ)昔から続く祭礼が今でも行なわれていたり、日常的に人の出入り(境内の掃除や参拝など)が
あるような社寺ではアライグマの訪問・侵入率が低いようです。
ⅳ)いすみ市の太平洋側には、幹線道路(国道 128 号線)と鉄道(JR 外房線)があり、さらに市街
地・海岸集落が点在しています。この幹線道路・鉄道・市街地のうちの 2 つ以上の条件が揃って
いて、さらに周囲に森がないような社寺へ訪問・侵入率は極めて低いようです。
4 考察
① 社寺への侵入・訪問率について
いすみ市は千葉県で一番アライグマの捕獲頭数が多い地域として知られています。いすみ市の記
録(いすみ市役所提供)によると、平成 25(2013)年度の捕獲数は 539 頭で、千葉県内ではとび
ぬけて多い捕獲数になっています。なお、アライグマとハクビシンの捕獲頭数の変遷は、次の表の
ようになっています。
平成17年度
平成22年度
平成23年度
平成24年度
平成25年度
アライグマ
108頭
406頭
455頭
585頭
539頭
ハクビシン
105頭
196頭
227頭
295頭
200頭
表から、平成 17(2005)年度以降アライグマの個体数がハクビシンの個体数をどんどんと上回っ
ていき、現在では 2~3 倍にまで増えてきている可能性が考えられます。
爪痕調査の結果の中で、
「ハクビシンを含めた爪痕が確認された社寺の割合が 92.3%」に対して、
「アライグマの爪痕が確認された社寺の割合が 89.0%」という高い数値(%)が得られたことは、
アライグマの数が増えて(比率が高くなって)ることを反映していると思われました。
さらに、調査をした全社寺(91 社寺)中で、アライグマの「新しい爪痕が確認された社寺の割合
が 58.2%」を、アライグマの爪痕が確認された 81 社寺に対する割合として計算すると 65.4%、す
なわち約 2/3 の社寺で新しい爪痕が確認されたことになります。このことはアライグマの密度が
かなり高くなっている、あるいは分布が拡大していることと関係しているかもしれません。
② 赤外線センサーカメラに写った哺乳類の画像について
キョン、イノシシ、タヌキなどと比べると、アライグマが目撃されることは少なくないようです。
最初、私たちは、アライグマは、深夜、人に見つからないように行動するからではないかと考え
ました。しかし、24 時間撮影の赤外線センサーカメラに写りませんでした。このことから、キョン、
イノシシ、タヌキなどと比べて森とその近くの田畑を頻繁に行き来することはないと考えました。
そして、限られたルートで住み家と餌場を行き来しているのではないかと考えました。
アライグマは、水辺の小動物、果実などを好んで食べる、スナック菓子を食べるという情報もあ
りますので、水辺の周辺や社寺周辺のゴミの回収場所など設置場所を変えて調査してみようと思っ
ています。
③ 利用度による社寺分布地図から考えたこと
いすみ市内の全域にアライグマの訪問・侵入の可能性が高い社寺が分布していることが分かりま
したが、国道・鉄道・市街地が南北に伸びる太平洋側や、森に囲まれた過疎地では、田園地帯と異
なる傾向が見られました。
ⅰ)いすみ市の太平洋側
爪痕が確認されなかった社寺は、
太平洋側で国道 128 号線や JR 外房線の沿線に広がる市街地・
住宅地に集中していました。一部に、市街地から少し離れた社寺もありましたが、隣接地に森が
ない社寺でした。アライグマの分布拡大がこのエリアには及んでいないのか、あるいはアライグ
マの進出を抑える要因があるのかなど、さらに細かい環境や条件について調査を行ない、別な角
度からも考察していきたいと思っています。
ⅱ)内陸側の山間の集落
古い爪痕はあるが新しい爪痕がない社寺は、田園地帯からさらに奥の山間の過疎地で多く確認
されています。この原因として次の3つが考えられましたが、このことを確かめていくには、さ
らに詳しい調査を行なう必要があると考えています。
*山間の過疎地では水田耕作が放棄されたところが多く、水辺が少なくなってきている。
*社寺の他にも空き家・人の出入りがない建物が多くなっているので、侵入できるところがあち
こちにあり、社寺以外の空き家に分散していった。
*15~20 年前は、山間部(森)を中心に分布を広げていったが、現在は田園地帯に定着し分布を
広げている。
ⅲ)海岸近くや市街地の森、山間地域の森
森が背後にある社寺、森に囲まれている社寺では必ずと言っていいほど爪痕が見つかります。
しかしながら海岸や市街地の近くにある森と、山間の丘陵地の森とでは、アライグマと森との
関係が少し違っているように感じました。具体的に何が違うのかはよく分かりませんが、今後調
べていきたいと思っています。
また、森の周辺にカメラを設置してもアライグマは写真に写りません。このことを説明するた
めには、アライグマの行動や習性についていろいろな方法で情報を集めていくことが必要だと思
われます。
5 まとめと今後の課題
「いすみ市はアライグマの捕獲数が多いので、ほとんどの社寺で爪痕が見つかるだろう。」
私たちの予想通り、市内の90%の社寺でアライグマの爪痕が確認できました。
「市街地よりは田園地帯、田園地帯よりは山間の丘陵地帯の方がアライグマがたくさんいるであ
ろう。」
この予想は半分外れていたような気がします。このことに気付いたのは、土地利用カラー地図と利
用度による社寺分布地図とを見比べていた時です。
地図記号やグーグルアースの画像とにらめっこしながら、畳半分の大きさの白地図に土地利用の違
いを色鉛筆でぬり分けていく作業は、2 週間近くになりました。時間と手間はかかりましたが、今回
の爪痕調査の分析や考察にはとても威力を発揮してくれました。考察のところでも書きましたが、古
い爪痕のみで新しい爪痕がない社寺は田園地帯よりも山間の森林地帯(過疎地)に多いことなどは土
地利用カラー地図があったから気づいたのではないかと思います。
いすみ市内に生息するアライグマにとって、森にはどんな意味があるのでしょうか、過疎化・高齢
化が進んだ集落はアライグマにとって生活しやすい場所なのでしょうか、それともそうではないので
しょうか、アライグマは今後さらに市街地の社寺にも訪問・侵入して行くのでしょうか、などなど、
これから考えていかなければならない課題がたくさん出てきたような気がしています。
このすべてを解明していくことは難しいと思いますが、調査や結果をまとめる方法を工夫していっ
て、どれか 1 つでも説明できるようになればと思っています。