野菜の収量と 栽培環境

野菜の収量と
栽培環境
∼光合成を知れば管理も変わる∼
第2回
野菜の収量と炭酸ガス
よし ひろ
山形大学農学部 客員教授
農学博士
[略歴]
昭和 ₄₇ 年東北大学農学部園芸学研
究室助手、昭和 ₅₉ 年農水省野菜試
て、平成 ₁₃ 年独立行政法人東北農
験場栽培部主任研究官、各職を経
業研究センター野菜花き部長、平成
₁₅ 年独立行政法人野菜茶業研究所
野菜研究官など歴任、平成 ₁₇ 年退
官後、平成 ₁₈ 年 ₄ 月~現在に至る。
平成 ₇ 年「トマトにおける光合成産物
光の重要性について解説しました。
今回は光合成によって作り出される糖の材料となる炭酸ガス(
酸ガス濃度(350
)での光の強さ
(次頁)のようになります。大気の炭
炭酸ガス濃度が光合成にどのような
効果をもたらすのかを見ると、第1図
光合成に対する炭酸ガス
濃度と光の強さとの関係
るのです。
質の向上に効果があると認められてい
光合成におよぼす影響を見ることとします。
多収・高品質に作用する
炭酸ガス
炭酸ガスは大気から吸収して光合成
に利用されています。最近は炭酸ガス
を人為的に施与することで増収効果が
あると種々の作物で認められるように
園芸学会賞学術賞受賞。
ガス濃度が上がるに連れて光合成の量
とすれば、その光の強さの範囲で炭酸
光飽和点(第1回の第2図)に達する
※
に対する反応は、例えば5万ルクスで
ppm
なり、炭酸ガスの重要性が認識される
ようになっています。
特に果菜類の施設栽培では、炭酸ガ
ス施与を行うことが増加しつつありま
す。炭酸ガス濃度を高めることによっ
の動態と収支に関する研究」で日本
)が、
CO₂
その光合成を行うためのエネルギーは太陽の光であることを示し、
第1回目では、 野菜の収量の基は光合成であることを示しましたが、
しし ど
て光合成が促進され、果実の増収や品
※ 2011 年タキイ最前線冬春号「野菜の収量と栽培環境」第1回は、タキイシードネット http://www.takii.co.jp/ より記事検索が可能です。
(編集部)
58 2011 タキイ最前線 春号
宍戸 良洋
第1図 炭酸ガス濃度と光合成反応の変化(模式図)
80
70
400
日中
日中
(400∼700mμ)
200
0.03%CO₂
20℃,30℃
100
1,000 ppm
500 ppm
40
大気(350ppm)
30
200 ppm
20
10
方が光合成速度は高くなっています。
また、炭酸ガス濃度が高くなるに連
れて、光合成が大気の炭酸ガス濃度で
です。炭酸ガス施与などの処理の時、
成の適温が高くなっていくということ
が多いことが分かります。
の光飽和点以上に強い光でも、光合成
通常と比べて栽培管理の温度を高める
つまり、炭酸ガス濃度が高い時は光合
の量は増加していくことが認められて
ことで光合成の量が多くなります。
ハウス内の炭酸ガス
状態の変化
います。
一方、炭酸ガス濃度が低いと、光合
成は光が強くなっても増加せず、その
能率はかなり低下してしまいます。
それでは、実際のハウスで炭酸ガス
濃度はどのように変化しているかとい
うと、大気中の炭酸ガス濃度は350
する傾向にある)といわれています。
光合成に対する炭酸ガス
濃度と温度との関係
第2図は同じ炭酸ガス濃度のもとで
光合成が温度によってどのように変化
しかし、ハウス内は被覆資材で覆われ
前後(年々その濃度は増加
するのかを示した図です。炭酸ガス濃
ているため、外気とは異なった日変化
速度は、光の強さを上げることにより
によって異なりますが、密閉されたハ
変化については、作物や葉の繁茂状態
を 示 し ま す( 第3図 )
。炭酸ガスの日
~380
くらいだと、温
度が300~350
℃の時とで光合成の
増加していきますが、ある光の強さに
ウス内の日中は、炭酸ガス濃度が大気
℃の時と
なると光合成速度は一定になり、いわ
と比べて低下することが報告されてい
日の出
1時間
日の出
2時間
ゆる光飽和点に達します。そして光合
と
一方、 炭酸ガス濃度が1300
高い時に光合成の反応を見ると、大気
吸や地面の土壌微生物や有機物などか
らないのです。
日の出
夜明け前
夜中
らの炭酸ガス放出によって、日の出直
に達した炭酸
の状態と比べ、光が強くなるに連れて
℃の
ガス濃度は、日の出とともに1~2時
ppm
密閉開始
℃の時より
前には500~600
じですが、温度が
光合成速度が高まることは第1図と同
このうち、トマト栽培ハウスにおけ
る測定例を見ると、夜間は植物体の呼
ます。
度が
ppm
成速度は温度によって大きな差にはな
換気開始
ppm
0.13%CO₂
20℃
300
20×10⁴
夜明け直前
20
200
(mm³CO₂/m²h)
(erg/cm²sec)
光の強さ
10
0
ppm
30
300
同化量
500
5
4
3
0.13%CO₂
30℃
炭 酸 ガ ス 濃 度︵ ︶
30
20
炭酸ガス濃度
100
ppm
1,500 ppm
50
高↑光合成↓低
第3図 ハウス内の炭酸ガス濃度の変化例
7
6
弱←光の強さ→強
2
↑炭酸ガスの施与は増収効果に加えて、高品質・高糖度
のトマト栽培でも有効。
1
0
第2図 光合成に対するCO₂濃度と温度との関係
(Gaastra,1963)
600
60
59
2011 タキイ最前線 春号 にまで低下するよ
を割り、換気されないと
↑ハウス内の空気を入れ替える換気扇(左)や空気を滞留させない循環扇(右)を利用して 炭酸ガス濃度を上げ、作物が取り込みやすくなる工夫を。
CO2
▲▲▲▲
光をできるだけ受ける環境づくりは
CO2を取り込む環境にもつながる。
CO2
CO2
風通しを考え、栽植密度
は適正に。
CO2
CO2
CO2 濃度が高い施設で
は光合成量は増加する。
光合成
光合成
微生物や有機物などにより、土
壌からも炭酸ガスは放出される。
や換気が阻害されると、外気の炭酸ガ
度や葉の繁茂状態によって空気の流れ
上昇するのですが、ハウス内の栽植密
でも、大気濃度にまで炭酸ガス濃度は
一方、晴天時の気温上昇を防止する
ため自然換気や強制換気を行った場合
ことも分かっています。
また、光合成の最適温度を上昇させる
境下でそれを補う効果をもっています。
炭酸ガスは光合成に対して光が弱い環
第1〜第3図からも明らかなように、
効果をもっていることも頭の中に入れ
防止のほかに、炭酸ガスの補給という
ん。そのため、換気はハウス内の昇温
ス濃度になることはほとんどありませ
与する場合を除き、大気以上の炭酸ガ
る傾向にあり、人為的に炭酸ガスを施
酸ガス濃度より低下する方向で変化す
における炭酸ガス状態は、大気中の炭
換気量によっても異なります。施設内
このような炭酸ガスの濃度変化は、
作物の光合成・呼吸、土壌呼吸および
うにするため、風通しのよい状態を作
ス内で炭酸ガスの拡散がうまくいくよ
が重要であったことと共通して、ハウ
管理、栽植方式や密度に工夫すること
は光をできるだけ受け取るような草姿
きます。つまり、光と光合成の関係で
できるようにすることが重要になって
炭酸ガスを大気濃度に近い状態で維持
増加することが明らかです。そのため、
炭酸ガスの濃度が高まれば、光合成は
ないものと考えておく必要があります。
を積極的に増加させることが可能です。
ス濃度より低下することもあります。
しかし、実際の栽培では炭酸ガスが
大気濃度より高くなることはほとんど
ておく必要があります。
す(第4図)。
ることが収量増のための技術となりま
炭酸ガスを取り込む
環境づくり
ほとんど行われず、炭酸ガス濃度は早
少を決める大きな要因の一つです。さ
光合成産物の材料である炭酸ガスの
役割を見ると、炭酸ガスが光合成の多
光不足などの不良環境対策や増収・品
今後、炭酸ガスの施与による栽培法は、
果を上げている事例が増加しています。
実際に炭酸ガス施与が通常のハウス
や重装備のハウスで行われ、種々の効
朝の1~2時間を除き、1日中200
らに、自然界ではその濃度を大気以上
質向上に向けた栽培技術として検討す
曇りがちの天候では、ハウス内の気
温があまり上昇しない場合など換気は
以下で、時には100 以下にまで
に上げることはありませんが、人為的
る価値があると思われます。
も低下し、著しい炭酸ガス飢餓状態が
ppm
曇りの日はCO2 不足に陥らないよう
換気するか人工的なCO2 施与を。
▲▲▲▲
間で300
~100
ppm
うになることもあります。
さらに
ppm
起きていることもあります。
60 2011 タキイ最前線 春号
80
に濃度を上げることは可能で、光合成
ppm
過繁茂にな
らないように
整枝・摘葉。
循環扇で空気を
流動させる。
換気扇はハウス内の温度上昇を防ぐ
だけでなく、CO2を取り込む目的も。
▲
▲▲ ▲
▲▲▲
第4図 ハウス内の炭酸ガス環境