会員寄稿優秀演題賞を受賞して

「第31回日本TDM学会学術大会(最)優秀演題賞受賞者からの寄稿」
会 員 通 信 コ ー ナー
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会 員 寄 稿
SSSSSS
優秀演題賞を受賞して
「テオフィリンクリアランスに影響を及ぼす共変量の定量的把握」
倉田 賢生
Yasuo KURATA
地方独立行政法人福岡市立病院機構 福岡市民病院 薬剤部
Department of Pharmacy, Fukuoka City Hospital, Fukuoka City
Hospital Organization, Local Incorporated Administrative Agency.
【はじめに】
このたび,第31回日本TDM学会・学術大会において発表いたしました,演題名「テオフィリンクリ
アランスに影響を及ぼす共変量の定量的把握」につきまして優秀演題賞を賜り,大変光栄に存じます。
日本TDM学会理事長の上野和行先生,本大会長の越前宏俊先生をはじめ,選考委員の先生方に厚く御
礼申し上げます。
本研究は,臨床のルーチン業務で得られる血中濃度や患者基礎情報等を基に,母集団薬物動態解析
によりテオフィリンクリアランスに影響するさまざまな因子(共変量)を定量的に評価することを目
的としております。特に慢性肝炎や肝硬変によるテオフィリンクリアランスの変動を評価することに
主眼をおいております。
以下に簡単な説明を交えまして,本研究内容をご紹介いたします。
【研究背景】
私が生まれ育ちました福岡県は,全国でもウイルス性肝炎の罹患率が高く,肝がんによる死亡率が
高いことが知られております。特に以前在籍しておりました福岡県立消化器医療センター朝倉病院
(現朝倉医師会病院)が位置する福岡県甘木朝倉地区では,当時全国有数のウイルス性肝炎(主にC型)
の罹患率を示しておりました。同時に同院では,テオフィリンの適応を受ける呼吸器疾患の患者数も
少なくありませんでした。これについて詳細は不明ですが,かつて福岡県では炭鉱がさかんであった
ことが理由の一つとして挙げられるかもしれません。よって必然的に,慢性肝炎や肝硬変を患うテオ
フィリン服用患者にふれる機会が多い医療環境でした。
ご承知のとおり,テオフィリンは優れた気管支拡張作用と抗炎症作用をあわせもち,気管支喘息や
慢性気管支炎等に適応される薬剤です
1), 2)
。一方で有効血中濃度と中毒域が近接し,かつクリアランス
2)
の個体間変動が大きいことから ,TDM対象薬に指定されています。また,テオフィリンは肝代謝型
の薬剤であり,肝疾患,特に肝硬変によりクリアランスが著しく低下することが知られています。他
にもテオフィリンの代謝に関与するCYP1A2または3A4の阻害薬や,年齢,性別,体重,うっ血性心不
全の有無,喫煙の習慣の有無等様々な因子がテオフィリンクリアランスを変動させると報告されてい
ます
3)−7)
。テオフィリンの母集団薬物動態解析はこれまでにいくつか報告があり,肝障害によりテオ
8)
フィリンクリアランスが低下することが評価されています 。
TDM研究
─ ─
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このような背景を踏まえ,先に述べました慢性肝炎や肝硬変をもつ患者さんに対するテオフィリン
のさらなる適正使用を図るため,各々の疾患が個別にテオフィリンクリアランスに及ぼす影響のほか,
テオフィリンクリアランスを変動させると報告のある共変量の影響を同時に評価することを目的とし,
本研究を開始することにいたしました。
【方法】
1 . 解析対象患者
福岡市民病院及び福岡県立消化器医療センター朝倉病院(現朝倉医師会病院)において,2000年10
月から2014年 1 月までにテオフィリン徐放製剤100 mg錠(テオドール錠100 mg,日研化学,田辺三菱
製薬)を内服し,症状が安定し,かつ定常状態に達していた気管支喘息患者のうち評価可能であった
196名(男性111名,女性85名)を対象としました。臨床データはレトロスペクティブに収集し,採血
点として定常状態の最低血中濃度を422点(男性232点,女性190点)得ました。このうち喫煙の習慣の
あった患者は53名(採血点98点),クラリスロマイシン併用患者は55名(採血点105点),慢性肝炎患者
は43名(採血点97点),肝硬変患者は38名(採血点72点),うっ血性心不全患者は23名(採血点44点)
でした。年齢,体重,テオフィリン投与量,テオフィリンの定常状態の最低血中濃度の値の範囲はそ
れぞれ,18−88歳,29.8−86.8 kg,200−800 mg,1.2−22.4μg/mLでした。
なお,解析対象患者に肺炎患者,エリスロマイシン,エノキサシン,ノルフロキサシン,シプロフ
ロキサシン,シメチジン,アロプリノール,ベラパミル,フェニトイン,カルバマゼピン,フェノバ
ルビタール,リファンピシン併用患者,注射剤を含む他のキサンチン系製剤使用患者,及びインター
フェロン製剤による治療中の患者は含まれませんでした。
2 . 母集団薬物動態解析
母集団薬物動態解析にはいくつかの手法が存在しますが,本研究では現在繁用されているNonlinear
Mixed Effect Model(NONMEM)法を用いました。NONMEM法は,得られた 1 人当たりの血中濃度
が少ない場合であっても,多くの被験者からデータを集め,集団として十分な情報量があれば解析可
能であること,母集団薬物動態パラメータの共変量を見出し,その影響を回帰式の形で評価可能であ
9)
, 10)
ること,などを特徴として挙げることができます
。
さらに,本研究では日常のルーチン業務で得られる血中濃度,すなわち定常状態の最低血中濃度の
みを収集して解析を行っておりますので,NONMEM法で採用されることの多いfull screen analysisで
はなく,multiple trough screen analysisという手法を用いております。前者は多くの患者から異なっ
た時間帯に得られた複数の血中濃度を基に,コンパートメントモデルを仮定して解析を行う手法です
が,後者は患者 1 人あたり数ポイントの定常状態の最低血中濃度のみを用いて解析を行うものであり,
臨床においてルーチンの採血のみで得られる断片的な血中濃度データから,薬物のクリアランスを評
11)
価する際に非常に有用です 。
通常,母集団薬物動態解析により母集団薬物動態パラメータに有意に影響する共変量をより多く特
定するためには,さまざまな背景をもつ患者が集まる臨床においてデータを蓄積し,解析を行うこと
が理想的です。その反面,臨床においては解析を行う目的のみでルーチン業務以外のタイミングで採
血を行うことは,患者の負担やコストの面から非常に困難であり,吸収相や分布相等,最低血中濃度
以外のポイントのデータを得る機会に乏しいのが現状かと思われます。NONMEM法で解析を行う場合
でも,full screen analysisにて適正な結果を得るためには,吸収相,分布相,消失相における血中濃度
が集団としてまんべんなく得られていることが望ましいため,ルーチン業務のデータのみで解析を行
う際はこの点が課題になります。multiple trough screen analysisは,最低血中濃度のみで解析を行う
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ことができるため,臨床データを有意義に活用でき,この種の問題を解決できる有用な手法であると
考えられます。
通常,multiple trough screen analysisでは,解析のための薬物動態モデルとして定常状態の平均血
中濃度とクリアランスの関係式¸を用い,¸式のCss,aveをCss,minに置き換えCLをCLrelativeとし,か
つ経口投与の薬剤の場合はFをCLrelativeに組み込みCLrelative/Fとした¹式が採用されます。本研究
でもこの¹式を薬物動態モデルとして用いました。
・CL=Dose×F/
(Css,ave×τ)・・・・・・・・¸
・CLrelative/F=Dose/
(Css,min×τ)・・・・・¹
CL:クリアランス Dose:投与量
F:バイオアベイラビリティ
Css,ave:定常状態の平均血中濃度
τ:投与間隔 CLrelative:相対的クリアランス
Css,min:定常状態の最低血中濃度
よって,解析で得られるクリアランスは,経口投与の薬剤の場合は見かけの相対的クリアランス
(CLrelative/F)であり,Css,aveのCss,minに対する比だけ過大評価されています。最終的にはCss,ave
とCss,minの比を用いることで,クリアランスの補正を行う必要があります。
テオフィリン徐放製剤については,患者個人毎のテオフィリン投与量及びその薬物動態値が報告さ
12)
, 13)
れており
,これら報告から与えられるCss,minをCss,aveで除し,その平均をとると0.80となります。
(範囲は0.73から0.88)よってCss,aveとCss,minの比は1.25であると推定され,本研究でも,解析で得ら
れたFinal Modelに対し1.25を除することで最終的なテオフィリンクリアランスを評価しました。
なお,解析に際してテオフィリンクリアランスは体重で補正し,個体間変動,残差変動ともに比例
誤差モデルを仮定しました。テオフィリンクリアランスの共変量としては先に述べました慢性肝炎,
肝硬変の他,テオフィリンクリアランスを変動させるとの報告があるうっ血性心不全,年齢,体重,
クラリスロマイシンの併用,性別,喫煙の習慣を考慮しました。
【結果】
解析の結果,考慮した共変量のうち,喫煙の習慣,クラリスロマイシンの併用,慢性肝炎,肝硬変,
うっ血性心不全がテオフィリンクリアランスに有意に影響すると判定され,テオフィリンクリアラン
スを表現するモデル(Final Model)として最終的に以下の式を得ました。
Final Model
CL/F(L/hr/kg)=0.0390×1.38
SMK:慢性的喫煙患者= 1
SMK
×0.852CAM×0.894CH×0.513LC×0.615CHF
左記以外= 0 をとるダミー変数
CAM:クラリスロマイシン併用患者= 1
CH:慢性肝炎患者= 1
LC:肝硬変患者= 1
非併用患者= 0
左記以外= 0
左記以外= 0
CHF:うっ血性心不全患者= 1
左記以外= 0
【考察】
得られたFinal Modelから,ベーシックな見かけのテオフィリンクリアランス(見かけのテオフィリ
TDM研究
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ンクリアランスの母集団平均値)は0.0390(L/hr/kg)と推定されました。
Final Modelにおいて共変量の影響は,全てべき乗の形で表現されています。それぞれの共変量を有
する場合,各共変量を表すダミー変数は 1 の値をとり,逆に有しない場合は 0 の値をとるように設定
しており,各ダミー変数がべき乗すべき数値がそのままその共変量がテオフィリンクリアランスに与
える影響の度合いを表しています。たとえば,肝硬変患者の場合,ダミー変数LCが 1 となり,
LC
LC
0.513 =0.513となります。一方で非肝硬変患者の場合はダミー変数LCが 0 となるため,0.513 = 1 とな
ります。よってFinal Modelから肝硬変によりテオフィリンクリアランスは0.513倍となる(テオフィリ
ンクリアランスは48.7%低下する)ことが示唆されました。
同様にその他共変量についても,うっ血性心不全,慢性肝炎,及びクラリスロマイシンがテオフィ
リンクリアランスを各々38.5,10.6,14.8%有意に低下させ,喫煙の習慣がテオフィリンクリアランスを
38%有意に上昇させることが示唆されました。これら共変量のうち,特に肝硬変,うっ血性心不全,及
び喫煙の習慣によるテオフィリンクリアランスへの影響が大きいことから,テオフィリン投与の際は,
これらの共変量によるテオフィリンクリアランスの変動に留意すべきであると考えられます。
【おわりに】
以上,本研究の概要につきまして紹介させていただきました。母集団薬物動態解析では,解析に用
いる血中濃度のポイント数の他,共変量となりうる患者背景や併用薬等,解析に用いるデータや情報
が多ければ多いほど,考慮した共変量が母集団薬物動態パラメータに及ぼす影響をより適正にかつ同
時に評価できる可能性が広がるため,今後も地道にデータを収集し,本研究を続けていきたいと考え
ております。少々大げさな表現になるかもしれませんが,ある種のライフワークになればよいかなと
考えております。
最後になりましたが,いつも暖かいご指導,ご助言を賜っております九州大学大学院薬学研究院
薬物動態学分野 家入一郎教授,共同研究者であります朝倉医師会病院 薬剤科 國武真里江先生,
福岡市民病院 薬剤部 荒木弘副薬剤部長,丸野重信薬剤部長に心より御礼申し上げます。
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