看護体験記 - 公益社団法人 千葉県看護協会

はじめに
「看護の日」は、近代看護を築いたフローレンス・ナイチンゲールの誕生日にちなみ 5
月 12 日を記念日として、旧厚生省により 1990 年に制定されました。 この日を県民、一人ひとりが看護の心、ケアの心、助け合いの心を、考える機会にし
たいという願いが込められています。
千葉県看護協会では、この「看護の日」の趣旨や考えが、広く千葉県民、一人ひとり
の心に育まれ、地域に輪となり、広がっていくことを願って、1991 年から県民が集う「看
護の日」として、中央行事と県内 12 地区部会と共にその都度テーマを掲げて特別講演、
看護進路相談、健康相談等を開催いたしました。この取組みも、今年で 25 回目を迎えます。
平成 23 年から、看護について関心を高めていくきっかけづくりとしたいと考え、「看
護体験記」を公募いたしました。「看護を体験して」
「看護師への道」
「看護師として」
「看
護を受けた方からのメッセージ」の 4 つの分野からそれぞれに高校生、看護学生、看護師、
看護を受けた体験のある県民の方が応募して下さいました。
5 回目の今年は、心に残る 31 作品が寄せられました。ここに 11 作品を選ばせていた
だき収録いたしました。
看護の体験を通して、自分の将来の職業選択を固めていくエピソード。看護師として、
患者に寄り添うことの意義を見出していく、また、患者の体験を通して人生・生き方を
学ばせていただく体験。ご家族の死を看護を受けた体験からの受容のプロセスを綴り、
その後の人生を生きていく糧を見出していく作品です。
どの作品も看護職にとっては、看護の原点に立ち返り、今後の看護人生を支えてくれ
るあるいは、励まされる感動のエピソードがあります。
県民の皆様には、この小冊子が、さらに「看護の心」を育むきっかけとなり、また、
看護について関心をお寄せいただくきっかけとなれば幸いです。
私たちも生命・生活をいとおしみ、大切にしていく気持ちを忘れずに看護に努めたい
と考えております。
最後に貴重な体験をお寄せ下さいました皆様、関係者の皆様に心より感謝申し上げま
す。
公益社団法人 千葉県看護協会
会 長 −1−
星 野 惠美子
第 25 回県民が集う「看護の日」中央行事
テーマ:「地域で輪となりつなげる看護」
第 25 回県民が集う「看護の日」は、“地域で輪となりつなげる看護”をテーマとして、中央行事と地区
部会行事を別日程で開催いたしました。
中央行事は式典を中心に開催、地区部会行事では測定や相談コーナーなど、多くの看護学生にも参加協
力をいただき、延べ 7,589 名という多くの県民の参加をいただきました。
今回で第 5 回となる「看護体験記」は、11名の入賞作品があり、中央行事での発表
では、優秀作品に感動の声をいただきました。入賞者の皆様おめでとうございます。
すばらしい作品をありがとうございました。
−2−
【第 25 回 県民が集う「看護の日」中央行事(5 月 23 日)】
開会式での星野
会長の挨拶
「国際助産師の日」の行事同時開催
体験コーナーの
準備も完了
ジャズシンガー
の綾戸智恵さん
による、笑いあ
り涙ありの講演
県内の産科
施設を紹介
【第 25 回 県民が集う「看護の日」地区部会行事(5 月 16 日)】
人気のAED体験 ( 千葉地区 )
相談・測定コーナー(君津地区)
−3−
キッズユニフォーム撮影(安房地区)
【 目 次】
看護を体験して
賞
所属
氏名
タイトル
ページ
優秀賞
学校法人平田学園
国府台女子学院高等部
吉田 瑞季
天使にはなれないけれど
5
佳作
千葉県立市原高等学校
芳賀 仁美
コミュニケーション
6
佳作
学校法人鉄蕉館
亀田医療大学
江田 亜由香
看護師の大切さ
7
看護師への道
賞
所属
氏名
タイトル
ページ
優秀賞
総合病院国保旭中央病院
宇井野 菜摘
感謝の言葉から気づいた看護師
として大切なこと
8
佳作
総合病院国保旭中央病院
伊藤 麻衣子
患者と向き合うことで自己と向
き合う
9
佳作
国立大学法人千葉大学
医学部附属病院 豊田 里咲
看護に出会えてよかった
10
看護師として
賞
所属
氏名
タイトル
ページ
医療法人鉄蕉会 亀田総合病院
栗田 美咲
最期の時まで最善の生を生きる
~エンド・オブ・ライフケアを通じて~
11
佳作
国立研究開発法人国立がん研
究センター東病院
北島 芳江
看護師として大切にしていきた
い思い
12
佳作
医療法人社団踏青会 小池病院
長谷川 竜太
私の看護師としての成長と転機
13
優秀賞
看護を受けた方からのメッセージ
賞
優秀賞
佳作
所属
氏名
タイトル
ページ
市原市
芳賀 裕美
命を救うよりも大切なこと
14
NPO 法人支えあう会「α」
中岡 通子
大腸癌の手術を受けて
15
*31名の方から応募いただきましたが、掲載は入賞された11作品とさせていただきました。
−4−
「看護を体験して」部門
<優秀賞>
天使にはなれないけれど
学校法人平田学園国府台女子学院高等部 吉田 瑞季
私は幼稚園児の頃から看護師になることを夢見ている。母が看護師だったので、私にとって
はとても身近な職業だった。折に触れて、母が語る仕事のやりがいや魅力を聞くうちに、白衣
の天使に対する憧れは日増しに強いものとなっていった。そんな私にとって、今回の看護体験
は念願の機会であった。百聞は一見にしかず、看護の現場を自分の目で見、耳で聞き、肌で感
じたいと思い、A病院の泌尿器科、婦人科、整形外科の混合病棟での看護体験に臨んだのである。
想像以上に看護師の仕事は多忙を極めるものであった。ナースステーションから一番近い病
室の重篤な患者さんをこまめに見ながら、それと並行して 6 名ほどの受け持ちの患者さんにつ
いても順番に巡回していく。行ったり来たりを頻繁に繰り返すので、それほど広くはない病棟
がとても広く感じられた。「看護師は 1 日に 1 万歩歩く」というのは決して言い過ぎではないと
思った。また看護師さんは病室に入る前に必ず、今から看る患者さんの病状や病気の経過、今
後の治療方針や留意点などを、カルテを見ることなく私に説明してくださった。患者さんの情
報がすべて頭の中に入っていることに驚きを感じるとともに、プロフェッショナルとはこうい
うものなのだと感動した。
巡回する先々で、看護師と話をしているときの患者さんの笑顔が印象的であった。その笑顔
を見るにつけ、心の奥底では笑うことのできないほどの辛い思いや悲しみを抱いているのでは
ないかと思わずにはいられなかった。というのも、看護体験に参加する 1 ケ月前、私の祖父は
スキルス性胃癌で余命 2 週間と宣告されたのだ。祖父の気持ちを想像すると、はじめて出会う
患者さんが他人とは思えなかった。看護師は患者さんの様々な思いを汲み取りながら、共に病
気と闘うための強い信頼関係を築かなければならないはずだ。私が見た患者さんの笑顔は、こ
うした看護師との信頼関係の中から生まれたものではないだろうか。
患者さんは、それぞれに病状が違うだけではなく、病気や治療に対する感じ方や考え方も違う。
それは、社会や家庭での立場や役割が違うからであり、そもそもそれぞれ歩んできた人生に違
いがあるからである。看護師は、それを冷静に、理性的に理解しながら、それと同時に温かい
心で患者さんに寄り添っていかなければならないのだろう。それがどれだけ難しいことである
のか、今の私にはまだ実感はできない。ただ、今回の体験を通して、「看護師になりたい」とい
う夢が、「絶対になるんだ」という強い熱望に変わったことだけは間違いない。病気になったと
き、人は誰かに助けてほしいと思う。そばに居てほしいと思う。そんなとき、その人の隣には
必ず白衣の天使がいなければならない。私はとても天使などにはなれないが、忙しい中でも患
者さんを正面から見つめ、患者さんを笑顔にできる素敵な看護師になりたい。
−5−
「看護を体験して」部門
<佳作>
コミュニケーション
千葉県立市原高等学校 芳賀 仁美
私は看護体験を通して、看護師にとってコミュニケーションはとても大事なことだと感じま
した。コミュニケーションは、言葉だけでなく顔の表情や視線、身振り手振り、体の姿勢など
も大切です。
看護体験に参加した私は、友達といたこともあり、緊張や不安はそれほどありませんでした
が、師長さんの説明を聞いた後は1人ずつ各病棟での体験と聞き、緊張や不安は強くなりました。
しかし、私を担当してくれた看護師さんは面白く、元気があり「分からないことがあったら何
でも聞いていいからね!じゃあ早速いこうか!」と、素敵な笑顔で接してくれ、私の緊張と不
安は和らぎました。病室では、看護師さんが患者さんに対して、大きな声でゆっくりと話しか
け私の紹介をしてくれたり、私と患者さんが話しやすいように話題を作ってくれました。しかし、
患者さんと2人きりになった時、私も看護師さんを真似て「寒くないですか?大丈夫ですか?」
と、声をかけてみたのですが、上手くコミュニケーションをとれませんでした。なぜ話が通じ
なかったかすぐには分からなかったのですが、少し経ってその理由に気がつきました。それは、
患者さんがこちらの話を受け取れる状況ではなかった、ということです。目を見て話をする、
ということに気がついていれば、しっかりと話が通じたのだと思いました。相手が受け取れる
状況でないときに伝えても、相手には全く伝わらなかったり、中途半端に伝わってしまいます。
だから、看護師さんは受け取りやすいように体を傾け、大きな声でゆっくりと相手の目を見て
話しかけ、コミュニケーションをとっているのだと気がつきました。また、コミュニケーショ
ンの取り方を知っているからこそ、患者さんの表情から気持ちを読みとったり、小さな状態の
変化にも気づくことができるのだと思いました。最初に私の緊張がほぐれたのも、看護師さん
が素敵な笑顔で接してくれた 1 つのコミュニケーションだったのだと分かり、看護師さんの素
晴らしさと、コミュニケーションを取ることは決して難しいことではないのだと気がつくこと
ができました。
この看護体験から、私は将来の自分の目標の看護師像を見つけることができました。それは、
「しっかりとしたコミュニケーションを取れる看護師になる。」ということです。患者さんだけ
でなく、患者さんの家族ともコミュニケーションをとり、治療への不安などを和らげてあげら
れる看護師になりたいです。
−6−
「看護を体験して」部門
<佳作>
看護師の大切さ
学校法人鉄蕉館亀田医療大学 江田 亜由香
私の伯母は看護師として、母は看護師の助手として働いています。そのため親戚が集まると、
病院や病気の話になることが多くあります。そのような環境で育った私は、小さい頃から将来
は看護師になろうと考えていました。しかし、その将来の夢は年月がたつにつれて、たくさん
の人の期待に応えなければならないから看護師になるというものに変わっていました。そのよ
うな気持ちを抱いていた高校 3 年生の春、伯母と母が勤めている病院に看護体験をさせていた
だけることになりました。
私が看護体験をさせていただいた病院は、がん治療を専門に行っています。その中で私は脳
神経外科の病棟実習を体験しました。脳腫瘍の患者さんが主で、日常生活を行う上で支障がで
る人が多いところが他の病棟との違いです。
私はこの看護体験で学んだことが2つあります。1つ目は看護師としてのやりがいです。担
当していただいた看護師と一緒に、患者さんのトイレ補助をしているときです。便座から立ち
上がった患者さんの衣服を看護師が着させている間、患者さんに「手を貸して」と頼まれました。
私は少し勇気を出して患者さんを支えてあげました。すると部屋に帰る際、患者さんから「さっ
きは支えてくれてありがとうございました」とお礼の言葉をいただきました。このことから、
看護師は直接相手から感謝の気持ちをもらえる、とてもやりがいのある職だと感じることがで
きました。2つ目は、看護師は患者さんだけでなくご家族のケアをしなければならないことです。
ある患者さんが手術を終えて、看護師が意識の確認などをしているときです。看護師は患者さ
んに「よく頑張りましたね」と励まし勇気づけるような言葉をかけていました。さらにそれに
加えて、その患者さんのご家族にも励ましの言葉をかけていました。するとその場が明るくなり、
皆さんが笑顔になっていました。このことから看護師にとって患者さんを支えるだけではなく、
患者さんに関わる人々も支えていく必要があることがわかりました。
このような体験をした私は、看護師になりたいと強く思うようになりました。患者さんにとっ
て一番頼れる人は看護師です。私はこの体験を通して、患者さんが何を求めているのか、自分
のすべきことは何なのかと迅速に対応でき、患者さんとご家族との信頼関係を大切にできる看
護師になりたいと思いました。そして今後、たくさんの人の「支え」となれるように勉学に励み、
この体験を忘れずに頑張っていきたいと思います。
−7−
「看護師への道」部門
<優秀賞>
感謝の言葉から気づいた看護師として大切なこと
総合病院国保旭中央病院 宇井野 菜摘
看護師になり、早 1 年が過ぎようとしている。私が看護師を目指した理由は、幼少の頃喘息
で入退院を繰り返していた私に、まるで母親のようにやさしく接してくれた看護師に憧れたの
がきっかけである。看護師である母親が患者に「ありがとう。」と言われる光景を何度も目にし、
素敵な職業だと思ったことも理由のひとつである。
看護学校の臨地実習で、私は家族のように患者に接しようと心掛け、患者に寄り添った看護
を提供しようと努力した。患者・家族に感謝されることも多く、その度に看護師の道を選んだ
ことが良かったと思えた。
しかし、実際に看護師になり就職してからは、業務を覚えることに必死で患者との話の途中
でも時間・業務に追われ、会話を中断してしまうことが多くなった。処置の介助中も処置ばか
りに集中し、患者とのコミュニケーションが取れなかった。学生の頃は「ありがとう。」という
言葉を多く耳にしていたが、就職してからは聞けなくなってしまった。
仕事に慣れ始めた夏の終わり頃、ある患者が「今、時間ありますか?」と声を掛けてきた。
時間をつくり、患者の言葉に耳を傾けた。病状の経過と家族の話をし、いつも明るく弱音を吐
かない患者が、最後に涙しながら「家族に迷惑ばかりで、死にたいのです。」と言った。私はこ
の言葉に衝撃を受けた。この患者と関わる機会は多くあったが、私は表面上でしか捉えられて
いなかった。学生の時、「患者は身体の辛さだけでなく、精神的な辛さもある。」と学び、学生
には医療行為ができなかったこともあり、精神的なケアに力を入れ、寄り添う看護を行なって
きた。心の看護も大切であることを実習で学び、家族のように寄り添う優しい看護師になりた
いと思っていたが、今の自分は寄り添う看護が出来ていなかったと気づいた。学生の頃できて
いたことができない自分を不甲斐なく思い、患者の手を握って泣いた。その患者の家族が、患
者に温かく接する姿から大切に思っていることがわかった。私は患者の悩みに気づけなかった
ことを謝罪した後に、「Aさん、辛かったですね。でもきっとご家族は死ぬことを望んではいま
せんよ。Aさんとお話している姿を見ていると、Aさんのことを本当に大切に思っていること
が伝わってきます。」と伝えた。すると患者は「あなたに話して良かった。聞いてくれてありが
とう。」と私の手を握り、明るい笑顔になった。私は、久々に患者の心からの「ありがとう。」
を聞いたような気がした。この関わりで業務の忙しさを理由に看護師として大切な「患者に寄
り添うこと」が出来ていないことに気づけた。
マーガレット・ニューマンは「看護とは、その瞬間に心を込めて寄り添うこと。寄り添い、
それは相手を気遣って深く関心を注ぎ、理解しようとすることを伝え、響き合う意識であるナー
スの最高位の姿である。」と述べている。私が目指すのは患者に寄り添える看護師である。
−8−
「看護師への道」部門
<佳作>
患者と向き合うことで自己と向き合う
総合病院国保旭中央病院 伊藤 麻衣子
看護師は患者の一番近い存在であり、心から支える看護がしたいと思っている。
ある日、心筋梗塞の患者を受け持った。症状は軽減され、疾患管理指導や生活指導、心臓リハ
ビリが介入されていた。午後、検温で訪室すると煙草の臭いがした。確認すると、
「コンビニま
で行って吸ってきたよ。
」と言った。その時が初めてではない。何度も喫煙による影響や、禁煙
の必要性を説明しても喫煙してしまう。この患者だけではない。他にも生活改善や自己管理せず
に体調を崩して再入院し、減塩食を食べると「こんなに味のない不味いものが食べられるか!も
う、3 日もまともに食べてないんだぞ!その上自分で買った物も食べさせないなんて、餓死させ
る気か!」と怒りながら言って来た患者もいた。怒鳴られながら私は、
〈この人達は自分で改善
する気もなければ、病院に来て苦労無しに治してもらえると思っている。私が一生懸命になるの
は無駄かもしれない・・・。
〉と思うこともあった。日々の忙しい業務に追われ、精神的に余裕
がなくなり、患者との時間を削り淡々とこなすことしかできなかった。
業務に慣れ始めた頃、クリニカルパスを用いてオリエンテーションを行なった。早口で説明し
ていたと思う。一通り説明し疑問点がないか尋ねると、患者は「いいえ・・・・・・。
」と答え、
何度も紙面を眺めていた。その姿を見てハッとした。就職当初、何がわからないのかもわからず、
表現できないため
「はい」
「大丈夫」
と答えていた自分の姿と重なった。日々の業務に慣れていくと、
わからなかったことが《当たり前》になっていき、なぜか周りも自分と同等に理解できているよ
うな錯覚に陥っていたことに気づいた。 「初めての検査で想像がつかないですよね。すみませ
ん。
」と謝り、理解を確認しながらできるだけ細かく説明を行なった。すると、患者の表情も明
るくなり、様々なことを尋ねるようになった。最後には「こんなに丁寧に説明してくれたのはあ
なたが初めてよ。緊張しているし何がわからないのかがわからなかったから先生に聞けずにいた
の。ありがとう。
」と言っていただけた。患者からの言葉に嬉しさを感じる反面、今までの自分
の行動に反省した。
あの日、自分が患者のために一生懸命になることは無駄だと感じてしまったが、一方的な自
分の思いだけで患者を評価し、患者を理解するために時間をつくり工夫しようと努力しただろう
か・・・・・。目指していた「心から支える看護」は全くできていなかったのではないだろうか。
就職間もない頃に「不安なことがあるとあなたが顔を覗いて、
『どうしました?』と、言って
くれたから頑張れた。その気持ちが何よりの薬だったわ。
」と言われたことを思い出した。この
一年間で患者から様々な言葉をいただき、なぜ患者がこの反応をするのかを考えることの大切さ
や、不安を取り除くことで前向きに治療に取り組めること、慢性疾患との向き合い方は入院中の
看護師の関わりで大きく変わっていくことを実感した。患者との対話や信頼というものを大切に
し、納得して疾患と向き合ってもらえるような看護を提供できるようになりたい。
−9−
「看護師への道」部門
<佳作>
看護に出会えてよかった
国立大学法人千葉大学医学部附属病院 豊田 里咲
看護師への道はこれから始まる。まだ、学生であって技術も知識も経験も少ない。ただ学生生
活の3年間で、自分の中で築いた看護観を胸に看護師への道をゆっくりでもいいので、前に進め
ていけたら嬉しい。そして、自分が目指す看護師になれるように続けていくことを新たな自分の
夢にしていきたい。今、看護師という職業を選択したことを本当に良かったと思っているし、他
の将来を選択できたとしても、私はまたこの道を選ぶと思う。
看護学生としての思い出は、病院などの校外施設での学びが印象に残っている。私は知らない
方と話をすることが苦手であった。そのため、年齢の様々な人たちと関わることは、緊張しやす
い私にとってさらに難しいことであった。実習中、看護計画が立てられず指導を受けたり、自分
の力不足に悲しくなり、泣いたり寝られない日が続く時もあった。このような日々がこれからも
続くのかと思うと、
嫌だなと看護を学ぶことに消極的にもなった。それでも、
やるべきことなのだ、
初めてのことなのだから失敗もある、看護師という命と関わる難しい職業を目指すことは自分を
成長させるための挑戦なのだと自分に言い聞かせるなど、行き詰った時は自分の気持ちを整理し
ながら看護学生としての生活を送っていた。
そして、この3年間を無事に過ごしてこられたのは周囲の人たちの力があったからだと強く思
う。失敗をしてしまった時に、前の自分ならできていたことが今なぜできないのだろうと思うこ
とがあった。その時に私が思ったことは、失敗しないように支えてくれ、導いてくれる家族や先
生、友人などがいたからだと思った。自分で考え自ら行動することが多く求められるようになっ
たからこそ、自分のできていない部分がよくみえるようになったのだと気づいた。看護師になる
ために看護を学ぶ学生生活であったが自分の弱さを知り、少し心が強くなれた気がした学生生活
であったと思う。人は人との関わりの中で大きな影響をうけ、成長していくものなのだと思った。
これからも初めは緊張するけれど、人との出会いを楽しみに、そして大切にしていきたいと思う。
また、臨床での看護師さんの働く姿を見たり、先生や友人と関わる中で優しさや気配りについ
て学ぶことがあった。誰かに寄り添うことがこんなにも温かさを与えることができるのだと感じ
られ、素直にすごいなと思った。そう気づかせてくれたことも含め、この学校に入って本当に良
かったと思った。この学校で過ごした3年間は辛い、悲しい思い出ではなく、楽しいと笑顔でい
える3年間だった。これから看護師として働いていくことに不安と期待の感情が波のように心の
中にうまれている。けれど、素晴らしい職業だと気づけたこと、もっと自分の理想に近づきたい
と感じている今の思いを忘れずに、看護師への道を歩んでいきたい。最後に毎日お弁当を作って
くれ、夜中まで実習記録を書いている私を見守ってくれた家族のみんなに本当に感謝している。
*豊田さんが在籍していた学校は、千葉市青葉看護専門学校です。
− 10 −
「看護師として」部門
<優秀賞>
最期の時まで最善の生を生きる
~エンド・オブ・ライフケアを通じて~
医療法人鉄蕉会亀田総合病院 栗田 美咲
私が働くHCUには急性期~終末期まで幅広い患者様が入室する。苦しみながら最期を迎えら
れる方、家族に見守られ静かに迎えられる方と様々な最期を迎えられる。私にとってD氏と奥様
との出会いは、終末期の死を看るのではなく、最期の時まで最善の生を生きる大切さを学んだ出
会いであった。
D氏は間質性肺炎の増悪で転入されてきた。穏やかな性格で、遠慮がちであり奥様がD氏の想
いを代弁されることも多かった。治療が行われる中で、奥様は「私はもうだめだと分かっている
から。だから後悔しないようにしたい。
」とD氏の死が近いことを予期されていた。D氏自身も
自分でできることは後悔しないよう頑張りたいという想いを述べていた。徐々にD氏は呼吸苦が
強くなり鎮痛剤が導入された。私はD氏・奥様の二人の時間を今まで以上に大切にしたいと考え
るようになり、必要時以外は二人の環境が作れるよう音・空間等の環境調整を行った。想い出話
や日々の何気ない生活会話で二人に笑顔が見られていた。D氏は一人になると日記を書いており、
時折私に見せてくれた。そこには奥様への想いと、今の願いが書かれてあった。願いは「ポータ
ブルトイレで排泄したい」というものであった。D氏にとってポータブルトイレでの排泄は移乗
による呼吸状態悪化で急変リスクを伴うものであった。しかし奥様のD氏の想いを尊重したいと
いう気持ちと、D氏自身の後悔しないように生きたいという気持ちが私の中から離れることはな
かった。奥様は「苦しくなるのは主人もわかっていると思うし、無理だと思うんですよ。でも例
えトイレに行って生きられる日数が減ったとしても本人が望んだことだから後悔はしないと思い
ます。
」と涙ながらに話しをされた。D氏の希望を尊重したいと話された。どうすることがD氏
にとって最善であるのか考えた時に、私は急変により突然奥様と話せなくなることの方が双方に
おいて辛いのではないかと考えた。奥様に私の気持ちを伝えた時、自然と涙を流し合っていた。
私は担当医にD氏と奥様の想いを伝え、そして治療を継続しながら呼吸状態に注意し移乗排泄を
尊重することとなった。しかし、翌日に状態悪化し、奥様が見守る中D氏は亡くなられた。亡く
なる直前に、奥様は私にD氏の日記を見せてくださった。そこには「○○ちゃん ( 奥様氏名 ) 好
きだったよ、ありがとう」と奥様への言葉が最後まで書かれていた。
D氏と奥様は最期まで治療を継続しながらも一縷の望みを持ち続けていた。最期の時間を大切
にし、D氏がD氏らしくと関われたことは『エンド・オブ・ライフケア』つまり「生が終わる時
点まで最善の生を生きることができるように支援すること」であったのではないかと考える。エ
ンド・オブ・ライフケアは亡くなられた方だけではなく、ともに生きた家族にとって「その人の
時が最善」であることも重要とされている。奥様はD氏が亡くなる直前に「もう十分頑張ったと
思います。いっぱい話す時間もあったし、中には話せなくなる人もいるから私たちは幸せな方で
すよ」と穏やかな表情で私に言ってくださった。実際にポータブル移乗できず、私の中でもやも
やとした後悔の念があったが、奥様の言葉を聴き心の中にあった重みがとれた気がした。
− 11 −
「看護師として」部門
<佳作>
看護師として大切にしていきたい思い
国立研究開発法人国立がん研究センター東病院 北島 芳江
看護師となって、また、がんセンター東病院へ入職してもうすぐ2年が経とうとしている。
慣れないこと、覚えなくてはならないことが多くあり、あっという間に月日が経った。そして
たくさんの患者と出会うことにより、少しずつ自分なりの看護観が見えてきた。
患者にとって病院とは治療する場だけでなく、生活する場所である。通常生活している場所
とは違い、なかなかリラックスできる場所ではない。いつもの自分のペースではなくなる。ま
ずは環境を整え、患者の危険や不安を取り除くことが看護の原点であると思う。訪室した際に
はオーバーテーブルの上を整理したり、履物を整えたり、ごみが落ちていないか気を配ったり、
部屋に家族の写真がある場合には家族の話をしたりと、少しでも患者と近づけるよう声かけを
していくなどである。日々小さなことが患者の不安を取り除きリラックスにつながると思う。
このような日々の積み重ねを継続していきたい。
そして看護で一番大切なのは、患者の今の気持ちを傾聴し、寄り添い受けとめていくこと、
患者だけでなく、家族はどう思っているのか、患者と同じように傾聴していくことが大切であ
ると思っている。
がん専門病院といっても病期、部位、年齢とさまざまであり、全く同じということはない。
化学療法や手術を実施し、退院していく患者、また病期が進み思うように治療が進まず亡くなっ
ていく患者もいる。それぞれの患者は様々な思いを胸に秘めていると思う。患者の看護をして
いく中で、清潔ケアをしている時や夜勤時のちょっとした会話から、本当の気持ちを話してく
ださる時があった。なぜ自分が癌になったのだろう、今は仕事をしなければいけないのにといっ
たやるせなさ、食事をする際には頑張って食べています、癌には負けませんといった意気込み
など。また最後は苦しまずに自然に逝きたいとはっきり自分の思いを伝えてくださる方もいた。
実際に患者の気持ちを聞いた時にはどういう言葉をかけたらいいのかと、言葉に詰まってしま
うことも多かった。しかし、先輩看護師からの助言や勉強会などによって、今はそう思ってい
るのですね、と共感の気持ちを伝えることを教わった。今の自分には思うような言葉が出なく
とも、気持ちを伝え傾聴することで、患者に寄り添うことが出来ると思う。更に、患者にとっ
ては退院してからも治療や療養生活が続いていく。病棟だけの看護で終わるのではなく、退院
後の生活はどうなのか、介護を必要としているのか、などと患者の今後の生活を想像してその
先の看護にもつなげていくようにしていきたい。また、今はまだ看護師となっても勉強中の身
でもあり、至らないことがたくさんあると思う。それでも患者は一人の看護師として見てくれ
ている。患者に対しても感謝の気持ちを忘れずに、毎日の看護を実践していきたいと思っている。
− 12 −
「看護師として」部門
<佳作>
私の看護師としての成長と転機
医療法人社団踏青会小池病院 長谷川 竜太
看護師となって早4年目となった。看護体験記を書くに当り、今までの自己をあらためて振
り返ってみたい。
卒業後は慢性期病棟に入職し、高齢でADLが低く、意思疎通も難しい方の看護を主に行っ
た。高齢で生体予備力が低く急変し易い上、身体の異常を訴えることが難しい方々である。日々
の状態観察から患者様の変化に気づき、適切なケアを実施する気づきの眼が重要であった。適
切な体位保持や体位変換、掛け物の工夫や空調による温度調節、適切な下剤調節などの基本的
ニードの充足を目指すという看護の基本に立ち返ることが重要と考え実践した。そうすること
で、褥瘡や湿疹、下痢による皮膚のびらんを低減、防止することができ、意思疎通できない患
者様の苦痛を目に見える形で低減できた。看護師としての基本に立ち返る大切さを学んだ。
その後、私は精神医療に興味を持った。膠原病を患い失明と四肢不自由となり、精神的不安
定になられた方が抗精神病薬で落ち着きを取り戻されたのを見たのがきっかけである。現在、
精神科急性期病棟に入職し、日々精神医療に携わる中で、今まで経験した看護との違いに戸惑っ
た。私の短い看護師経験の中での考えであるが、私が感じた点について述べたい。
精神医療の世界は治療の対象が身体ではなく精神であるため、内科や外科に比べ回復の度合
いを客観的に評価することが難しい場合が多い。また退院後の患者の生活に対する視点も異な
ると感じる。内科、外科の看護師は疾病や手術による身体機能の喪失、機能低下に着目し、退
院後それをどう補うのかを考えバックアップする。しかし患者様がどこへどう通院し医療のバッ
クアップを受け続けていくのか、いわゆる継続医療については専門の相談員が担当し、看護師
が介入する場合は少ないと感じる。
私の在職する急性期精神病棟では、看護師は早期から精神保健福祉士と連携し、退院後患者
様がどこでどう生活し、必要ならばどう医療のバックアップを受け続けられるのかを考えてい
る。また患者様にとって必要な作業療法は何か看護師も作業療法士と一体になって考え連携し
ている。私は今まで患者様の身体的状態観察に着目し、継続医療や多職種連携についての視点
を持ち合わせていなかった。当院は退院後の生活環境を準備するため生活的な連携ケアと短期
集中治療が素晴らしい病院でありスタッフであると感じている。そのような病院で働けること
に感謝したい。また精神科の患者様は人間関係の相互作用に敏感で、他者との関わりに影響を
受けやすい方が多い。看護師として対応はどうであったかの振り返りが大切であると感じる。
そのような精神科看護にやりがいと面白みを感じている。今後も先輩方に近づけるよう日々努
力していきたい。
− 13 −
「看護を受けた方からのメッセージ」部門
<優秀賞>
命を救うよりも大切なこと
市原市 芳賀 裕美
私は、両親をがんで亡くしました。
父は手術後の抗がん剤の治療効果がなく、緩和ケアを受ける在宅療養になりました。
「病院に見放された」と落ち込む父を見て、私は「何か治療方法はないか」と悩みましたが、
訪問入浴で湯船につかり、ヘルパーさんと楽しそうに話す父を見て「残された時間は穏やかに
過ごさせてあげたい」と考えを改めました。訪問看護師さんに来ていただくようになり、医療
と介護の両方の役割を果たしていただけるので、とても頼りになりました。父はせん妄の症状
が出始め、家にいるのに「家に帰りたい」と言うようになり、家族で相談し「最期は病院では
なく家で」と決めました。亡くなる数日前からは毎日看護師さんが来てくださりとても心強かっ
たです。「息を引き取りました」と連絡をいただいたのも看護師さんからでした。私は看取って
あげられませんでしたが、生まれ育った家で最期を迎えさせてあげたことは、私がしてあげら
れた「最後の親孝行」だと思いたいです。父が亡くなったことはとても悲しかったのですが、
看護師さんのおかげで父の望みを叶えてあげることができ、私はいい意味での達成感でいっぱ
いになりました。
父を亡くしてから5ケ月後、母が入院した病院でMさんという看護師さんに大変お世話にな
りました。私が面会に行くと母は「Mさんはいつもよくお世話してくれるんだよ」と嬉しそう
に話しました。治療等の件で心配事があり相談すると、いつも丁寧に私が納得するまで説明し
てくださり、Mさんは母と私にとってとても頼りになる存在でした。
しかし、治療の甲斐もなく母は日に日に衰弱していきました。危篤状態に陥り、亡くなる前
日もMさんは朝からよくしてくださいました。退勤時間になり家に帰られてからも母の容態を
気にかけ、夜勤の看護師さんとメールでやりとりをしてくださったそうです。翌朝も早くに出
勤してくださり「聴力は最後まで機能しているのですよ」と教えてくださったので、Mさんと
兄と私で母を囲んで色々話しました。勤務時間になり、Mさんは一旦戻って行かれましたが、
それから程なくして心電図の心拍が平坦になりました。Mさんは急いで駆けつけてくださいま
したが、母は静かに息を引き取りました。母はまるで朝までMさんが来るのを待っていたかの
ようでした。号泣する私の横で、「お母さんは一晩中頑張って最後に母親の強さを見せてくれた
ね」と涙を流してくださいました。残念ながら母は命を救ってはいただけませんでしたが、M
さんによくしていただき心は救っていただけました。治すことが困難な患者さんにとっては心
の手当ての方が大切なのかもしれません。私は両親という大きなものを失いましたが、引き換
えに多くのものを得ることができました。それを教訓に生きていきます。両親の看護に携わっ
ていただいた皆様には大変感謝しております。本当にありがとうございました。
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「看護を受けた方からのメッセージ」部門
<佳作>
大腸癌の手術を受けて
NPO法人支えあう会「α」 中岡 通子
私は平成 25 年 12 月に大腸癌が見つかりました。他の癌検診は毎年受けていましたが大腸は大丈
夫だろうという過信から検査を受けていませんでした。私の大腸が通常よりも長かった為か、検査
は強い痛みがあり、大変辛い思いをしました。医師から、突然盲腸近くに癌が見つかったことを告
げられ、検査中にもかかわらず大声で泣いてしまいました。その後も癌に対する恐怖と不安で身体
は冷たく、震えが止まりませんでした。全くの予想外の結果に、同行してくれた夫と共に病状につ
いての説明を受けましたが、私の命はどうなってしまうのだろうか、何をどうすれば良いのか何も
考えられませんでした。医師から「希望する病院がありますか、どの病院でも紹介します」と聞か
れましたが、突然のことなので返答ができませんでした。その時に医師に、
「希望する病院がないな
らば、私の勤務する病院でいかがですか」と勧められ、その医師の説明の中で手術経験が豊富なこ
とを知り、信頼できる医師と判断しその場で病院の入院日、手術日が決まりました。
入院期間は 3 週間でしたがその中のエピソードをお話します。まず感謝していることがありま
す。初めての入院、手術、また癌という恐ろしい病気の為、手術には強い不安がありました。手
術前には看護師さんが訪問し、術後はどの様なチューブが入ってくるのか、麻酔覚醒時はどの様
な音楽が良いのかと聞かれました。また麻酔科の責任者から実際に麻酔を担当する医師の紹介や、
麻酔の方法や副作用の説明をしていただき、おおよそ理解できました。手術室入口では、数人の
スタッフに出迎えていただき少し安心しました。その時「ここは入りたくても入れません、貴重
な経験ですよ」と言われました。しかし私は「嫌だ、こんな所入りたくない、貴重な経験などし
たくない」と思いました。退院してから丸一年が経過した今日の想いは、なんと前向きな発想で
豊かな思いやりの言葉だったのだろうと感じています。手術台に移ってから、背中にチューブを
入れる時一回目は入らず、次に師長さんらしき人が介助にあたり、
「私も手術したのよ、大丈夫、
ぎゅっと背中に捕まっていいですよ」と声をかけていただき、私の身も心も包んでくださり心が
救われた思いでした。また、辛いこともありました。手術後はICUに移り、痛みは注射で楽に
なりましたが、身体には 8 か所に器具やチューブが入っており、ずっと上向きの姿勢で寝ている
ことが苦痛でたまりません。自分で少し身体を動かしていましたが、
すぐに辛くなってしまいます。
看護師さんに体位交換をお願いしましたが、夜間はマクラを借りて自分で行っていました。しか
し、チューブが絡まりその都度アラームが鳴り、看護師さんが来てチューブの絡まりやアラーム
を解除してくれたのですが、それを直すと一言の言葉もなく黙って戻っていくのです。私の隣の
ベッドからは、女の人が患者さんに声をかけているのが聞こえてきます。
「隣の人ばかり…」と思
いましたが、実は付き添いの人の声だったのです。ICUに付き添いがいることにも驚きました。
外が明るくなると同時に私の心も落ち着き、ホッとしました。
自分で思うように身体を動かせないことがこんなに辛いとは、手術を経験してみてつくづくわ
かりました。患者は少しでも不安なく、苦痛がない入院生活を送りたいと思っています。単に身
体的苦痛だけでなく、患者の心理面を理解し、その人がどういう状況であるのか理解する気持が
あれば、おのずと患者に寄り添った対応、行動になっていくのではないでしょうか。それが優し
さかなと経験してみて感じます。ICUのスタッフは夜間休むことなく働き、緊張感も大変だと
思います。私がここまで回復できたのも皆様のおかげと感謝しています。
私は以前看護経験があった為、自分自身がどのような看護を受けたかったのか、また、自分自
身がどのような看護をしてきたのか振り返りました。人が病気を発病してから回復する迄の身体
面及び心理面の経過、それに対応する看護が大事であることについて、今回体験してみて反省を
しています。患者様中心と言っていましたが、本当の意味で分かっていなかったと思います。そ
して仕事に慣れすぎることなく患者の苦しみに寄り添う看護がいかに大切かということを、今回
の体験から実感しました。この体験をした一人として今後にお役にたてればと感じています。
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出典:公益社団法人日本看護協会「やっぱり看護のシゴト」
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第5回「看護体験記」
発 行:平成27年 8 月
編 集:公益社団法人 千葉県看護協会 事業第一課
千葉市美浜区新港249-4
☎ 043-245-1744
募集期間:平成27年1月 ~ 平成27年3月 表 彰:第25回県民が集う「看護の日」
平成27年5月23日 ( 土 )