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日本フィヒテ協会
第31回大会
プログラム
2015年11月15日(日)
早稲田大学 国際会議場
(共催:早稲田大学総合人文科学研究センター)
<第31回日本フィヒテ協会大会プログラム>
日時
2015年11月15日(日) 9:30~17:00
場所
早稲田大学国際会議場3階
第一会議室
一般研究発表(9:30~11:30)
発表:嘉目道人(日本学術振興会特別研究員)
(司会:中川明才)
「経験的な知とは何か ――知識論として読む『知識学の叙述』 (1801/1802 年)――」
発表:パトリック・グリューネベルク(明治大学)
(司会:山口祐弘)
「抵抗の像における行為 ――行為の投影における世界の見積り――
Handeln im Bild des Widerstandes. Die Berechnung der Welt in der Projektion
des Handelns 」
発表:佐々木達彦(同志社大学)
(司会:美濃部仁)
「『新しい方法による知識学』におけるフィヒテの構想力の理論」
特別講演(11:30~12:30)
講演者:長澤邦彦(同志社大学)
「自己究明としての知識学」
司会:岡田勝明(姫路獨協大学)
昼休み/第62回委員会(12:30~13:30)
委員会会場:国際会議場4階共同研究室
総会・フィヒテ賞授与式(13:30~13:50)
シンポジウム(14:00~17:00)
総合テーマ「現代の知の境位とフィヒテ知識学」
提題者:湯浅正彦(立正大学)
「「知」の危機について――『意識の事実(1810/11 年)』からの証言」
提題者:大橋容一郎(上智大学)
「移入された認識論と形而上学のなかでのフィヒテ」
総合司会:久保陽一(駒沢大学)
懇親会(17:15~19:00)
会場:「イル・デ・パン」メゾン三晃1F
050-5788-1215
【個人研究発表要旨】
経験的な知とは何か
――知識論として読む『知識学の叙述』 (1801/1802 年) ――
嘉目道人(日本学術振興会特別研究員)
本発表は、『知識学の叙述』 (1801/1802 年) を取り上げ、これを知識論として読むこと
の可能性を考察するものである。
「知識とは何か」という問いに対する伝統的な回答は、
「知識とは、正当化された真なる
信念である」というものだった。しかし 20 世紀後半以降、主に英語圏の哲学において、こ
の考え方は批判的に検討され、知識の再定義が図られてきている。
本発表はそうした現代的文脈を念頭に置きつつ、フィヒテの知識学、特に「絶対知」を
扱った中期知識学が、文字通り知識についての学として読まれ得る可能性を検討する。そ
の際に本知識学を取り上げる主な理由は、この知識学ではとりわけ知識(あるいは「知」)
が主題的に扱われていることにある。
しかしながら、上のような問題設定はそれ自体、困難を孕んでいる。現代の知識論が想
定しているのは、主として知覚に基づく経験的な知識であるが、フィヒテの言う絶対知を
そのような個々の知識と同列に扱うことはできない。実際、フィヒテは同知識学の第一部
において以下のように述べている。
我々のあらゆる現実的な知も可能的な知も、決して絶対知ではなく、ただ相対的で、
あれやこれやの仕方で規定され、制限された知でしかない〔……〕。 (GA, II/6, 144)
従って、ここでまず検討されるべきは「現実的な知」だということになる。ところがさら
に、この現実的な知もまた、現代の知識論の文脈にそのまま置くことはできないように思
われる。なぜなら、フィヒテがその例として挙げているのは幾何学的な知、つまり一般に
ア・プリオリな知識と見なされているものであり、それは経験的知識とは区別されるのが
通例だからだ。そしてフィヒテは、知においては知覚ないし経験は「度外視されなければ
ならない」 (GA, II/6, 138) と述べているのである。
そうすると、本知識学を知識論として読むためには、その対象から経験的知識を排除し、
現代的な文脈との乖離を甘受するしかないのだろうか。必ずしもそうとは言えないように
思われる。フィヒテは同知識学の第二部において、知覚や経験的知についての説明を与え
ているからだ。その説明に基づいて、本発表は経験的知識の正当化(認識的正当化)に関
するフィヒテの考え方を可能な限り明らかにし、現代的文脈との接点を模索する。
【個人研究発表要旨】
抵抗の像における行為
――行為の投影における世界の見積り――
Handeln im Bild des Widerstandes. Die Berechnung der Welt in der Projektion des Handelns
パトリック・グリューネベルク(明治大学)
認識と行為は人間知性のもつ二つの独立した能力であるという考えに対しては、認知科学やロボット
工学の最近のアプローチにおいて、またすでにフィヒテにおいても、認識と行為は互いに制約し合うも
のであるという考えが示されている。フィヒテの『意識の事実』
(1810/11 年)における実践的能力の基
礎づけは、この連関を――認知科学/ロボット工学もフィヒテも知性の生成への関心に導かれ、知性を
構成しようとしているという背景もふまえた上で――さらにどのように解明してゆくことができるか
について具体的な示唆を与えてくれる。今日的アプローチにおいては両能力が峻別されて取り扱われ、
そのために認識と行為の関連の解明が局所的でしかないのに対し、フィヒテにおいては、その関係が一
つの体系的観点から明らかされ、認識と行為が、その基礎にある一つの能力からどのように成立するか
が示されている。
本発表の第一の部分では、
『意識の事実』におけるフィヒテの現象に基づく実践的行為能力の分析を
考察し、抵抗の像を通して原因性が実践の場面でどのように実現されるかを明らかにする。その際、こ
の像についての――フィヒテの表現を用いるならば――「見積り(Berechnung)
」は、行為に役立つだ
けではなく、外的知覚を可能にするものでもある。そこでとりわけ重要であるのは、生の進展の中で自
己を意識へと展開する産出的像形成力(produktive Bildungskraft)である。つまり、認識と行為の基
礎には、自己を限界づけて自己に対する抵抗を産出するような一つの共通の能力があるのである。『意
識の事実』では、まず知覚が分析され、とりわけ客観は思惟の産物であるということが示される。次に
その実践的部門で、それと同じ思惟の機能が、行為の客体化の基礎にあるとされる。そしてそこにおい
て、間主観性の導入という非常に注目すべき一歩が進めらている。間主観的関係は、その場合、他者認
識に基づくものではない。逆に、認識も倫理的脈絡における行為も、ともに産出的像形成力に基づくと
されている。
以上のことを背景として――これが本論の第二の点となるが――認識と行為の相互依存性を投影的
像概念(projektiver Bildbegriff)に還元することが可能となる。投影的像概念とは、与えられた実在を
写すのではなく、現実的なものの実践的投企について「見積り」をおこなうものである。知覚の対象と、
それに結びついた認識の感性的基礎も、自律的主体としての他人も、フィヒテによる意識の構成におい
ては、投影能力の規範的定立に由来するとされる。これについては、『意識の事実』でフィヒテが、行
為の原因性の実現と、それに伴う間主観性の基礎づけに関してどのような説明をおこなっているかとい
うことが問題となる。本発表ではこの問題を、
『1811 年の知識学』との比較を手がかりに立ち入って考
察し、それによって『意識の事実』独特の「現象に基づく」接近方法を明らかにすることもおこなって
みたい。
この投影的像概念を手がかりにして――これが最後の第三の点であるが――認識と行為の連関を、知
性の人工的生成に関してもより詳しく限定することができるようになる。超越論的生成を問題とするか、
技術的生成を問題とするかとは関係なく(また、後者が実際に可能かどうかということにも関わりなく)
、
フィヒテの方法によって、認識の客観性(所与)と行為の規範性の全体を産出的像形成力のはたらきに
帰することが可能になっている。それは、形而上学的なものや自然的なものが意識の説明から抜け落ち
て残されてしまうということがないという長所をもっている。しかし、フィヒテの観念論に対しては、
人間の意識世界の頑固さと執拗さの説明も求めなければならない。本発表の最後の部分では、以上のこ
とを背景として、像形成力という投影能力によって、どこまで世界の見積もりが可能であるかという課
題に取り組みたい。その際とくに問題になるのは、多様なもの、あるいは、歴史的偶然的なものの個別
性(Individualität)である。つまり、どのようにして産出的像形成力からアプリオリに意識の個別性
と歴史性を基礎づけることができるかということが問題となる。そのような問題がある中で、フィヒテ
がそれでも意識と個別的行為のアプリオリな形式を基礎づけることができるためには、フィヒテは――
これが本発表のテーゼであるが――アプリオリな根拠づけがいつも形式だけに向けられるように、歴史
的偶然的なものの質料的側面を捨象しなければならない。
【個人研究発表要旨】
『新しい方法による知識学』におけるフィヒテの構想力の理論
佐々木達彦(同志社大学)
フィヒテのイェーナ期知識学における「構想力(Einbildungskraft)」に関する研究の多く
は『全知識学の基礎』
(1794/95 年、以下『基礎』と略記)だけを扱っている。しかし本発
表で取り上げるのは、『基礎』を踏襲しながらも叙述の仕方が一新された、
『新しい方法に
よる知識学』
(1796-99 年、以下『新方法』と略記)である。というのも、理論と実践の部
門を区別し、そのために構想力を主として理論的な表象能力に還元してしまった『基礎』
では十分に論じられることのなかった、自我の行為の基礎を与えるという単なる理論的な
ものにとどまらない構想力の領域拡大的機能が、
『新方法』ではより詳細に論じられている
からである。そこで本発表では、フィヒテの新しい「構想力の理論」を検討することを通
じて、構想力が理論的なものと実践的なものの両方に通底する作用であることを解明する
ことを目指す。
さて、
『新方法』は、上述のように「哲学一般」が論じ、
「自我概念を投企し(entwerfen)、
そしてその際、人がいかなる手順をたどっているかを注意すること」という「要請」から
出発し(GA IV/2, 32)、客観の思惟と目的の思惟とを総括する「総合的思惟」(GA IV/2, 185)
に到達するまでを前半部とし、後半部では到達した総合的思惟から「発生的」(GA IV/2, 197)
に前半部の内容を証示するという構成になっている。構想力は前半部では時間と空間の演
繹における「図式」をめぐる議論のなかで登場し、後半部では「感性化」の問題を解き明
かすうえで重要な役割を果たすものとして導入される。
『新方法』で論じられる構想力の働
きには、
『基礎』以来の多様の総括や総合、媒介機能のほかに、限定可能なものの「把捉」
や「産出」 (GA IV/2, 214)がある。自我の活動が限定可能なものから限定されたものへの
移行であることを踏まえれば、構想力が自我の理論的及び実践的活動の基礎を与えるもの
であると解することができよう。したがって、『新方法』における構想力の機能を理解する
ために、本発表では構想力の理論のなかでも特に、構想力が限定可能なものを把捉するこ
とに焦点を絞って考察することとする。
そこで本発表では以下の手順で考察を行う。まず『新方法』の冒頭部を検討し、自我の
行為の直接的意識である「知的直観」と、その知的直観に基づく、自我の行為の注視を遂
行する叙述方法について確認する。続いて、自我の行為が限定可能なものから限定された
ものへの移行であることについて取り上げ、特に無限定的なもの、限定可能なもの、限定
可能性の概念について分析し整理する。こうした『新方法』の基礎概念の整理と分析を踏
まえ、次に時間と空間の演繹と、そこで展開される図式論について検討し、時間が構想力
に対して発生することを明らかにする。そのうえで、多様なものを総合する能力である構
想力が、限定可能なものを先行的に把捉することを考察することによって、構想力が、自
我の行為の基礎を与える働き、すなわち自我の自己限定に先行する自我の働きを担ってい
ることを明確にし、フィヒテの構想力の独自性を究明する。
シンポジウム 総合テーマ「現代の知の境位とフィヒテ知識学」
「知」の危機について
――『意識の事実(1810/11 年)』からの証言 ――
湯浅正彦(立正大学 )
「知は、現実に自立的にそれ自体として現に存在している。その知とは、つまりは〈自
由で自立的な生〉なのである。」したがって、
「われわれは、知の担い手を必要とはしない。
むしろ知は ------自己 自 身を担うと 見なさ れね ばならない 。人間 が知 をもつので はなく、
------知が人間そのものをもつべきなのである。」(S.688)
ベルリン大学にて 1810/11 年の冬学期に「意識の事実」と題して行なった講義の末尾
で、こうフィヒテは主張した。だがわれわれ人間のそれぞれが担わずに、どこに「知」が、
さらには「知の知」たる「知識学」が存しうるというのだろうか。また、この昏迷を極め
る「現代の知の境位」のうちで、いったい誰が〈知る者なき知〉という時代がかった逆説
を真に受けることはおろか、それにいささかでも耳を貸すというのだろうか。
しかしフィヒテは、あくまでこう要求する。上述のことを、あえて自分と一緒に思考す
るよう試みていただきたい。
「そう試みている間にあなたが、おのずから生じるさまざまな
理由によってあの前提が真であることを確信するのではないとすれば、あなたはこれから
先も相変わらず、いままで習慣となっていた思考法でしか思考できないであろう。あの前
提がなければ、あなたは、私がこれまで講述したことすらまったく理解していないことに
な ろ う し 、 そ れ に 、 完 全 に 誤 っ た 意 味 を 押 し 付 け る こ と に な ら ざ る を え な い だ ろ う 。」
(S.690)
見られるように、フィヒテが要求しているのは、たんにあの逆説的主張に耳傾けること
ではなく、それを思考しぬくこと、それによってのみ開かれる知識学の 境涯へと参入して
生きることであった。とはいえ、この「高すぎる」要求を満たさない、あるいは 満たそう
と努力しない世人の無理解や誤解を、フィヒテに賛同して慨嘆したり非難したりするだけ
で事は済むのであろうか。
思うにここには、幾重にも危機が伏在しているであろう。第一に、知識学が「現代の知
の境位」のうちではたして、またどこまで理解されうるか、に関して。第二には、知識学
の、すなわち哲学の「高すぎる」要求が、現代人にはたして、またどこまで適用されるべ
きか、に関して。第三に、知識学に従事するわれわれが、はたして、またどこまでその要
求に応えることができ、かつ知識学を「現代の知の境位」において理解可能にできるか、
に関して。第四に、そして最後に、
「知」そのものが自己の真相を隠蔽するという根本情況
に対して、われわれがはたして、またどこまで抗することができ、そのために何をすべき
か、に関して。
こうした危機的な問いかけと向き合うことは、浅学菲才の筆者を窮地に陥れる。筆者と
して当面できることは、上記「意識の事実」講義における、〈「知」も「意識」もその発現
にほかならない、人称性を超えつつその根源となる「自由で自立的な生」〉の展開として、
自我と世界の在り様を究明した論述を幾らか考察することで、応答への途を探ることであ
って、それにより当面の責めを塞ぐことを諒とされたい。
[付記]テクストは、 Die Thatsachen des Bewusstseyns. Vorlesungen, gehalten an der
Universitaet zu Berlin im Winterhalbjahre 1810-11 , in: Fichtes Werke , hrsg. von
I.H.Fichte, Band II, Berlin 1971, S.535-691 に拠り、引用や参照はその頁数のみを記す。
なお晢書房版『フィヒテ全集』第 19 巻 29-206 頁に所収の藤澤賢一郎訳を参照した。
シンポジウム 総合テーマ「現代の知の境位とフィヒテ知識学」
移入された認識論と形而上学のなかでのフィヒテ
大橋容一郎(上智大学)
三枝博音は、
『日本に於ける哲学的観念論の発達史』のなかで、フィヒテの哲学を、日本に移植された
純粋観念論の形而上学の代表としている。フィヒテは、明治 20 年代の三宅雄二郎『哲学涓滴』などを嚆
矢として、井上円了、渡辺又次郎、深作安文、金子馬治などによって日本に移入された。ドイツで新カ
ント学派のラスク、ヴィンデルバント、リッカートらによるフィヒテ研究が盛んになった 20 世紀初頭、
すなわち明治末から大正期にかけては、
『人間天職論』、『独逸国民に告ぐ』『知識学序説及基礎』などの
翻訳が順次出版されるとともに、桑木厳翼、へフディング、久保正夫、木村素衛らによる総合的な解説
も著されている。
こうした近代日本におけるフィヒテ哲学の理解の特徴としては、カントほどの精緻な理論理解とはな
らない反面、移入の当初から、倫理学、宗教哲学、歴史哲学、法・政治哲学、教育学を含む、多岐の分
野にわたっている点があげられる。とりわけ、倫理的宗教論者、直観主義(直覚教)者との見方、また
円了による前期後期の区分、久保による知識学・実践哲学・後期哲学の区分などを見ると、カントの哲
学に比して、フィヒテは多くの場合、実践的宗教、倫理・国家教育などの思想家として理解されていた
ようである。
その一方で、
「純理哲学」と名づけられた理論部門の「知識学」についは、桑木による個体的相対的自
我から全体的絶対的自我への移行と見るような視点は少なく、認識論ではなく倫理説である、絶対的本
体に基づく絶対論者である、とする者が多い。久保正夫が典型的に言い表しているように、フィヒテの
知識学は、カントの認識批判のような「認識論」ではなく、それを踏み越えた唯心論的な合理的「形而
上学」と見なされていたように思われる。しかし、当時の、西田幾多郎『哲学概論』でも哲学の基本分
類とされていた、
「認識論」と「形而上学」という理解仕方やその区分は、当時の日本において、何のど
のような区分を示していたのか、またそれは結果として、フィヒテ哲学のどのような方法論的意義を認
めていたことになるのだろうか。
他方、19 世紀末以来、精神科学や経験科学の発展によって、一時はほとんどその存在意義を喪失した
かに見える「認識論」や「形而上学」だったが、20 世紀後半以降になって、認識論は、自然化された認
識論、社会的認識論などの見方によって、また形而上学も、分析的科学論や科学的実在論などとの関連
によって、再度問題として取り上げられる場面も増えてきた。特に日本において、
「認識論」と「形而上
学」の狭間に位置すると見られてきた、フィヒテの理論哲学は、こうした思想史的観点からも再考され
る余地があるのではないか。本発表では、現代における認識論や形而上学という知の境位から振り返り、
明治期における「認識論」
「形而上学」概念の移入問題を併せて検討することで、現代日本のわれわれに
とっての、フィヒテ知識学の意義を再考しようとするものである。
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【鉄道】
懇親会場
JR山手線 高田馬場駅から徒歩20分
イル・デ・パン
西武新宿線 高田馬場駅から徒歩20分
〒162−0041東京都新宿区早稲田鶴巻町537メゾン三晃lF
地下鉄東西線 早稲田駅(3a・3b出口)から徒歩10分
O50−5788・1215
地下鉄副都心線 西早稲田駅から徒歩20分
地下鉄東西線早稲田駅徒歩4分
【バス】
高田馬場駅より「早大正門」行き、「西早稲田」下車徒歩4分
【路面電車】
都電荒川線 早稲田駅から徒歩5分
【航空】
東京国際空港(羽田空港)から京浜急行および東西線 所要約1時間20分
羽田空港⇒(京浜急行)⇒日本橋駅⇒(東京メトロ東西線)⇒早稲田駅