外国人登録法違反被告事件 平成 3 年 7 月 17 日 事件番号:平成 2(う)1035 大阪高等裁判所 第 6 刑事部 裁判長裁判官:村上保之助 裁判官:米田俊昭、安原浩 <主文> 本件控訴を、棄却する。 <理由> 本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁・検察官検事・清水博作成の「控訴趣意書」記載のとおりであり、 これに対する答弁は、弁護人・大政正一作成の「答弁書」記載のとおりであるから、これらを引用する。 論旨は要するに、 本件は、「刑事訴訟法」286 条、285 条 2 項の各規定により、 判決の宣告をする場合には、被告人が、公判期日に出頭しなければならないと定められた事件であったにもかかわらず、 原裁判所が、同法 314 条 1 項ただし書きを類推適用し、同法 286 条の 2、および 341 条の趣旨にもかなうとして、 被告人不出頭のまま「免訴の判決」を宣告したのは、訴訟手続きに法令違反があり、 その違反が判決に影響をおよぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れないというのである。 <要旨> よって検討するに、記録によれば本件は、 中国籍の被告人が、昭和 60 年 5 月 20 日、「外国人登録法」11 条 1 項による「登録事項の確認申請」の際に、 外国人登録原票、登録証明書、および指紋原紙に「指紋の押捺をしなかった」として、 昭和 61 年 12 月 25 日に、在宅のまま起訴された「外国人登録法違反事件」であること、 しかしながら、平成元年 2 月 24 日施行の「大赦令」(同年政令第 27 号)1 条 5 号により、本件については大赦があったこと、 原裁判所が、被告人不出頭のまま、判決を宣告するに至った経緯をみるに、概ね以下のとおりであると認められる。 すなわち、原裁判所は、平成元年 2 月 3 日の第 13 回公判期日までは、通常の証拠調べ等の審理を続け、 同期日において審理を終結して、判決宣告期日を、前記大赦令の施行後になる同年 3 月 14 日に指定・告知したところ、 被告人は、右判決宣告期日の第 14 回公判期日に出頭しなかったので、同期日を取り消し、 さらに判決宣告実を同月 24 日に指定して、被告人を召喚したが、 被告人は、同期日(第 15 回公判期日)にも出頭しなかったため、同公判期日をも取り消した。 その後、原裁判所の裁判官が変わり、原裁判所は、平成元年 5 月 17 日、職権で「弁論を再開する」旨の決定をしたうえ、 同年 10 月 3 日から、平成 2 年 6 月 29 日までに、第 16 回ないし第 21 回公判期日を指定し、それぞれ被告人を召喚したが、 いずれの公判期日にも、被告人は出頭しなかったものの、 その間に、 「被告人の不出頭」を許可して、所要の審理を終え、検察官から「免訴の判決」を求める旨の意見を徴したうえ、 平成 2 年 6 月 29 日の第 21 回公判期日において、再び弁論を終結し、 改めて、判決宣告期日(第 22 回公判期日)を、同年 7 月 10 日に指定して、被告人を召喚した。 しかし、被告人が右期日にも出頭しなかったため、原裁判所は、同公判期日を取り消し、 その後も、同月 20 日(第 23 回)、同年 8 月 3 日(第 24 回)と相次いで、判決宣告のための公判期日を指定したが、 第 23 回公判期日については、被告人に「召喚状」が送達されずに終わり、 第 24 回公判期日には、被告人が「召喚状」を受け取りながらも出頭しなかったので、右各公判期日を取り消したうえ、 さらに判決宣告期日を、同年 9 月 18 日に指定して被告人を召喚したけれども、被告人が召喚に応じなかったため、 同公判期日において、前記のとおり、被告人不出頭のまま、判決を宣告したのである。 そして、被告人が右のとおり、原審の第 14 回以降の各公判期日に出廷を拒否し続けたのは、 「外国人登録法」による指紋押捺制度が違憲であるとして、あくまで無罪判決を求め、 昭和天皇の崩御を契機とする、 「大赦による免訴」の判決を受けたくないため、公判期日への出頭を拒絶するとの、 独自の見解にもとづくものであり、 したがって被告人としても、もはや本件の判決内容が、法律上、免訴以外にあり得ないことを十分知悉して、 不出頭を続けていたことが明らかである。 以上、認定の訴訟経過を前提として、本件判決宣告手続きの適法性について検討するに、 原判決が、本件は被告人不出頭のまま、判決の宣告ができる場合であるとして判示するところは、 以下に説示するとおり、判決宣告手続きにおける「被告人出頭の法的意義」をいささか過小評価しているかのような部分を除き、 おおむね首肯することができると言わなければならない。 すなわち、所論も指摘するように、 判決宣告手続きには、原則的に被告人の出頭を要するとの「刑事訴訟法」(以下「法」という)286 条の規定の趣旨は、 原判決が言うように、単に儀式的な側面や、被告人の上訴権確保等の、「被告人の権利保護」の側面があるだけではなく、 被告人に対する公訴事実について、訴訟関係人が攻撃防御を尽くした結果、 すなわち証拠取り調べと弁論の結果にもとづき、 裁判所が、最終的かつ総合的判断、右判断にいたった理由の要旨を、 「最も強い利害関係を有する被告人」をはじめとする訴訟関係人に、直接開示する手続き(刑事訴訟規則 35 条 2 項参照)として、 独自の重要な意義を有すると言うべきである。 そして法 285 条が、比較的軽微な事件についての、被告人の「公判期日への不出頭許可手続き」を定めながら、 判決宣告手続きは、その例外としていること、 および法 286 条の 2、314 条 1 項ただし書き、341 条の各規定による、 被告人不出頭のまま判決宣告ができる場合は、その要件がきわめて限定されていることをも併せ考慮すると、 法は、判決宣告手続きにおける被告人の出頭を、他の公判期日と区別して、特に重視していると解されるうえ、 法 285 条 1 項が 「拘留にあたる事件の被告人は、判決の宣告をする場合には、公判期日に出頭しなければならない。 その他の場合には、裁判所は、被告人の出頭が、その権利の保護のため「重要でない」と認めるときは、 被告人に対し、公判期日に出頭しないことを許すことができる」と規定したその文理からも、 法が、判決宣告期日に「被告人の出頭」を必要とした趣旨が、 単に被告人の権利保護にとどまらないことをうかがわせる、と言わなければならない。 したがって、判決宣告期日への被告人の出頭が、 「一般の公判期日への出頭と比較して、重要な意義を有するものではない」と説示した原判決の見解には、 到底賛同することはできない。 しかしながら、そもそも大赦があったことによる免訴判決は、 裁判所に、係属中の事件について、国家がその恩赦権を発動して、公訴権を事後的に消滅させたため、 裁判所としては、 「免訴判決に必要な手続き」以外の審理を、すべて打ち切るほかない状態に至ったことの結果であるから、 その判決宣告手続きは、審理の結果にもとづき、 裁判所が、最終的かつ総合的判断と、その理由の要旨を直接開示するという前述の独自の意義を、ほとんど失い、 むしろ「審理打ち切りによる事件終結宣言」とも言うべき実体を有すると、言わざるを得ない。 もちろん、法 286 条の規定による限りは、 本件判決宣告の場合にも、被告人を出頭させたうえで、判決の宣告をすることが必要と言うべきであるが、 本件免訴判決の宣告が、右のごとく審理打ち切り宣言、 ないし被告人の刑事訴訟手続きからの解放宣言ともいうべき、法的性格を有する点を考慮すると、 任意出頭を促すのみならず、さらにすすんで強制的措置により、被告人の出頭を確保すべきか否かについては、 きわめて慎重な検討を要すると言うべきである。 所論は、 本件のような長期間の、正当な理由のない不出頭こそ、裁判所侮辱の実質を有するものとして、 期日における手続きの内容如何にかかわらず、被告人の勾引手続きに踏み切るべきであると主張しているものと解されるが、 被告人の強制的出頭確保手続きである「勾引手続き」は、右所論がいうごとく、最大 24 時間の拘束であるから、 苦痛を与えるほどのものではないとして、 「正当な理由のない不出頭」という事実があれば、直ちに被告人を勾引することができると解するのは、相当ではない。 すなわち法自体、勾引については、人身の自由を奪う措置の一つとして、人権の保障に十分配慮し、 「勾引状」の記載要件と、その執行方法を「勾留状」と同様のものとしたときには、 直ちに、公訴事実と、弁護人選任権を告げることを義務づける(法 76 条)等の、慎重な規定を置いていることからも明らかなように、 勾引については、法 58 条の要件の有無、すなわち不出頭の理由が、法的に正当性を有するか否かを判断するのみでは足りず、 身柄拘束集団の謙抑性に配慮し、逮捕・勾留と同様、勾引すべき必要性ないし相当性の判断を要する、と言うべきである。 また、 「不出頭の正当性」に関する事情は、「勾引理由の有無」としての判断に包含されるため、 右必要性ないし相当性の判断にあたっては、 もっぱら、問題となる公判手続きに、被告人の強制的出頭の措置までも採ることが、必要かつ相当であるか否か、 ことに判決宣告手続きについては、原則的に被告人の出頭を義務づけた、法 286 条の前記趣旨との関係で、 検討を加えるべきであると考えられる。 本件についてこれをみるに、 本件の判決宣告手続きが、前述のようにその手続きの実質が、審理の打ち切り、 すなわち「被告人の刑事手続きからの解放宣言」とも言うべきものであって、 本件の判決宣告については、被告人をはじめとする訴訟関係人に対する「裁判所の判断開示」という、 判決宣告手続き本来の意義は少ない点を考慮すると、 そのための公判期日に、独自の見解にもとづくとはいえ、頑強に出頭を拒否している被告人を、強制的に引致すること、 すなわち被告人を勾引することの必要性、ないし相当性については、原判決もいうように、強い疑問が残ると言わざるを得ない。 しかしながら、他方、 前述のように、本件は、大赦による免訴判決がなされる場合であることが、 検察官・被告人等、訴訟関係人に、客観的に明白となっている事例である点を考慮すると、 右のように、法 286 条の趣旨と、勾引手続きの謙抑性の要請の双方を尊重することによって生ずる、本件のごとき訴訟遅延を、 裁判所としていつまでも放置することができないことも、また明らかであると言わなければならない。 そうすると、本件のような場合、 裁判所としては、被告人に対する任意出頭督促の努力が、結局奏功しないことが明らかとなり、 かつ「訴訟遅延がもはや放置できない」と判断し得る時点において、 法 286 条の規定の趣旨を優先させて、勾引手続きに踏み切るべきか、 あるいは「勾引手続きの謙抑性」の要請を優先させて、 被告人不出頭のまま、訴訟手続きを終了させるかの判断を迫られることと、ならざるを得ない。 ところが、大赦による免訴判決が予定されている場合に、 本件のごとく、被告人が長期間、判決宣告期日への出頭を拒否するということは、 法が予想しない「きわめて異常な事態」と言わざるを得ず、 前記趣旨ないし要請の、いずれを優先させるべきかについて、指針となるような明文の規定は見当たらないと言うほかはないから、 いずれを優先させることが、 「刑事訴訟法」の精神に合致するかを、合理的に推定せざるを得ないと考えられる。 そこで検討するに、 法が、被告人不出頭のまま、判決宣告ができる場合を定めた「各規定の法理」を探求すると、 1.被告人が、公判期日に出頭して権利を行使することを、放棄しているとみなされるときに、訴訟遅延を避けようとする場合 (法 286 条の 2 による、 「勾留中の被告人」の引致不能の場合、および法 341 条による、被告人の無許可退廷・退廷命令執行の場合)、 2.被告人自身には、有利不利の判断が不可能であるが、 客観的には、被告人に有利な判決内容であることが明らかなときに、訴訟遅延を避けようとする場合 (法 314 条 1 項ただし書き所定の、被告人が心神喪失の状態にあるときの無罪、免訴、 刑の免除、または公訴棄却の裁判をすべきことが明らかな場合)の、2 点にあることがうかがえる。 本件についてみるに、 本件は、被告人が「免訴判決のなされること」を知って、頑強に出頭を拒否しているのであるから、 被告人自らが、権利を放棄している場合であると考えられるうえ、 大赦による免訴判決について、被告人自身は、前述のように独自の見解にもとづき、不利な判決と評価しているものの、 法的あるいは客観的には、被告人に有利な判決内容であると言えるから、 本件が、前記各規定の 2 つの趣旨に反するとまでは、言えない場合であると解される。 さらに右解釈に加え、 先に述べたように、本件判決宣告手続きについては、その法的性格が特殊なものであって、 被告に出頭の意義が大きいとは言えない、と考えられる点をも併せ考慮すると、 本件については、あえて、強制手続きである「勾引手続き」に出るよりも、 前記の被告人不出頭のまま、判決宣告ができる場合を規定した 3 箇条を類推適用し、 被告人不出頭のまま、判決宣告ができる場合であると解して、事件を終結させるのが最も合理的であり、 「法の精神に合致する」と言わざるを得ない。 したがって、これとほぼ同趣旨の見解のもとに、 被告人不出頭のまま、免訴判決を宣告した原審の訴訟手続きに、所論の違法はないと言わなければならない。 論旨は、理由がない。 よって、「刑事訴訟法」396 条により、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 ※漢字・ひらがな・カタカナ・英字・句読点・記号等は、当方で必要に応じて変更をしています。 ※文中に出てくる「判例の頁番号」や「法令の条・項・号」は原文どおりです。 ※誤字・脱字等ありましたらご一報ください。 かわすく工房
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