ウェアラブルデバイスの応用と近未来の展開

特集
特集/ウェアラブルデバイス技術
ウェアラブルデバイスの応用と近未来の展開
板生 清 *,駒澤 真人 **
Wearable Device Applications and Technology Tends
Kiyoshi ITAO* and Makoto KOMAZAWA**
* 特定非営利活動法人ウェアラブル環境情報ネット推進機構(〒 100-0006 東京都千代田区有楽町 1-12-1 新有楽町ビル 247)
** WIN フロンティア株式会社(〒 100-0006 東京都千代田区有楽町 1-12-1 新有楽町ビル 247)
* The Advanced Institute of Wearable Environmental Information Networks (Shin Yurakucho Bldg 247, 1-12-1 Yurakucho, Chiyoda, Tokyo 100-0006)
** WINFrontier Co., Ltd. (Shin Yurakucho Bldg 247, 1-12-1 Yurakucho, Chiyoda, Tokyo 100-0006)
1.
みた。埋め込み型→密着型→携帯型→据置型→設備型へと
ウェアラブルとは
拡張していく身の回りの機器を,一つの同心円に表す。こ
カナダの英文学者,マーシャル・マクルーハンは,メ
こで円周方向には,従来の情報を持ち歩くことに便利な
ディアとは,私たちの身体,精神,存在そのもののあらゆ
「情報ウェアラブル」とともに,環境を持ち歩くことができ
る「拡張」(extension) を意味するものであるとし,
「自転車
る「環境ウェアラブル」の 2 つがあると考えた。
や自動車は人間の足の拡張であり,服は皮膚の拡張であ
情報ウェアラブルは,身体における頭脳,目,耳,口,
り,住居は体温機能メカニズムの拡張であり,コンピュー
鼻などの五感に対応している。これに対して,環境ウェア
タは私たちの中枢組織の拡張である」と定義した 1)。
ラブルは主に皮膚からの拡張であり,足や手の拡張でもあ
そこで,筆者らは身体を中心に私達の生活に使われてい
る。
るあらゆるメディア(機材)の分布を図 1 のように描いて
この情報ウェアラブルのなかでも,人体密着型ウェアラ
図 1. ウェアラブルの位置づけ 3)
384
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
特集
図 2. マイクロセンサからスマホを経てビッグデータへ 4)
ブルとその進化としてのフレキシブルでディスポーザルな
スが生まれる時代に入ってきた。すなわち,センサ自体も
生体センサは,ウォッチ型やリストバンド型などの最近は
マイクロ化することによりモビリティを持つことが可能と
やりのウェアラブルに比べ,さらに新たな市場を切り開く
なり,万物からの情報発信とクラウドを通しての情報受信
可能性があり,2020 年に世界で 1.7 億個を越える市場規模
を同一のスマートフォンで行うことも可能となり,ユーザ
に急成長するという予測がある 。
に個別適合されたサービスが,実現できる時代がやってき
2)
2.
情報ウェアラブル
2001 年以来のセンサネットワークの進歩を携帯ウェアラ
たのである。図 2 に発展段階を示す。
3.
ウェアラブルデバイスの事例
ブルサービスに着目して,その進化をたどってみる。1979
現代はストレス社会と言われて久しいが,過度のストレ
年からの音声通信・メールなどの携帯サービスを第 1 世代
スを長期間にわたって受け続けると,自律神経系や副腎皮
とすると,1999 年からのブラウザ・ネットゲーム・音楽配
質ホルモンなどの内分泌系にも変調を来すことが明らかに
信などの携帯網内サービスの第 2 世代を経て,2004 年から
なっている 5)。この自律神経系は,緊張・興奮を司る交感
はインターネットサービスと携帯ネットワークがつながる
神経活動と,リラックスを司る副交感神経活動がバランス
第 3 世代が始まった。そして 2009 年からはアンドロイドを
よく機能することで身体をコントロールしていると言われ
搭載するグーグルフォンが日本市場に投入され,携帯電話
ている。そのため,自律神経の状態を日常的に日々把握す
はインターネット上で展開されていたクラウド・サービス
ることは健康管理をする上でも重要であるといえる。われ
の重要な要素デバイスとして位置づけられるようになり,
われは主に,ウェアラブルデバイスを活用し,デバイスか
第 4 世代が始まった。
ら測定できる心拍のゆらぎ(RR 間隔)を基に心拍変動解
さらに 2011 年からは環境センサネットワークサービス
析をおこない 6),そこから得られる自律神経指標からメン
や,健康支援サービスなど,固定型環境センサ,固定型医
タルの状態を可視化するサービスやソフトウェアを提供し
療機器などの各種センサからの情報をもとにクラウド・コ
ている。
ンピューティング技術と組み合わされ,いままで周辺機器
3.1 心拍センサを活用した事例
への一方通行だった情報が,逆に固定のセンサから情報
図 3 に示す事例は,胸部に貼る超小型・軽量のウェアラ
ネットへとあらたなサービスが展開されるようになった。
ブル心拍センサを使用して,日常生活において長時間にわ
つまり携帯サービスは,固定された装置でセンシングした
たり自律神経活動を測定することができるサービスであ
情報をユーザの持つ携帯電話,特にスマートフォンへと情
る。数百人の各年代別,男女別の 24 時間計測データベース
報を発信したり,周辺機器を制御したりするサービスから
に基づき自律神経の閾値を算出し,評価の基準としてい
進化して,センサがスマートフォン自体を介して情報をク
る 7)。長時間の装着が可能であるため,自らの行動で何が
ラウドに送り,ユーザがサービスを享受する新たなサービ
ストレスになっているか,または何がリラックスできる行
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
385
特集
図 5. スマートフォンを活用した事例
図 3. 心拍センサを活用した事例
る 9)。専用のセンサと比較して精度は 8 割程度の相関が示
せており,日々のストレス度合の傾向を把握するには,問
題のないレベルとなっている。現在ではスマートフォンの
普及率が高まっているため,一般の方も専用の機材を購入
することなく,手軽に自律神経の状態を把握することが可
能となった。
以上述べたように,ウェアラブルデバイスの発展に伴
い,より簡易に自らの健康状態を把握することが可能と
なった。今後,ウェアラブルデバイスを使って蓄積された
ビックデータ情報を基に,よりユーザに個別適合したサー
図 4. 指尖脈波センサを活用した事例
ビスやシステムの提供が可能になると考えている。
動であるかを認識することができ,生活習慣の改善につな
4.
環境ウェアラブル
げることができる。また,睡眠中も測定可能であるため,
人間が存在する空間が,
「屋外」
→
「屋内」
→
「自動車」
→
「服」
睡眠の質も自律神経の状態から評価することができる。
となるにともなって,個人のニーズとのマッチングが強く
求められる。究極のウェアラブルは,かくして服とともに
3.2 指尖脈波センサを活用した事例
図 4 に示す事例は,指尖脈波センサを用いて,1 分程度
ある。ここでは人間のバイタルサイン(生体情報)に基づ
の短時間の測定から,簡便に自律神経の状態を把握するこ
く暖かい,寒いなどの心地よさを含めて物理空間の持ち歩
とができるシステムである。指尖脈波センサでは,自律神
きまでがウェアラブルの範囲となる(図 6)
。
経以外にも指尖脈波をカオス解析して得られる最大リアプ
今後の情報社会では,インフラの整備は進んでいく。し
ノフ指数と呼ばれる値から,精神的免疫力と呼ばれるココ
かし,究極は個々人のニーズにきめ細かく合わせるための
ロの柔軟性を示す指標を算出することができる 。この指
パーソナルサービスが必要不可欠である。このときウェア
標は,脳の中枢,特に「外部への適応力」を示しているこ
ラブル・コンピュータはさらに情報だけではなく,環境を
とが研究成果から分かっており 8),自律神経指標と組み合
も持ち歩くウェアラブル・マシンに進化するであろう 10)。
わせて,より深いメンタルヘルスチェックをおこなうこと
図 7 は人間の生体情報をセンシングして,情報を処理し,
が可能である。
さらに冷暖房などのアクションを興すというフィードバッ
8)
3.3 スマートフォンを活用した事例
クループを示している。
図 5 に示す事例は,専用のセンサや端末機器を一切使用
せず,一般に市販されているスマートフォンのカメラを用
いて,簡便に自律神経活動の測定ができるアプリケーショ
ンである。人間は呼吸をする毎に血流に含まれるヘモグロ
ビンの量が増減するため,その影響で指先の皮膚の色(輝
度)が微妙に変化している。本アプリケーションでは,ス
マートフォンのカメラ部分に指先を当て,皮膚の輝度を連
続的に取得することで,輝度の変化から脈波波形を検出
し,その脈波のゆらぎより,自律神経状態を解析してい
386
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
図 6. 『情報ウェアラブル』から『環境ウェアラブル』へさ
らには,『情報・環境統合ウェアラブル』へ
見守りを実現することが可能となり,高齢化社会に役立つ
スタシス)と,高い覚醒度が保たれた状態で表出される脳
ウェアラブル技術が実現する日も近い(図 8)
。
の認知機能の研究によって,快適・省エネを実現するヒュー
マンファクターの実現が重要である。
5.
近未来の展開
このような快適性は,個々の人に適合して身体を直接冷
近未来には,図 9 に示すように,人間から発信される情
暖房する手段でこそ実現できる可能性が大である。そのう
報をセンシングし,刻々の状態を認識し,日常生活リズム
え,家屋や事務室全体の温湿度を制御していた大消費電力
の日々データを蓄積し,データベース化し,異常検出した
空調システムの稼働率を大幅に低減することが可能となる。
場合に救急病院や自宅へ通信網を介して自動連絡するウェ
これまで,快適環境は豊富な電力エネルギを消費するこ
アラブル情報機器を各自が身にまとって生活するのが,ヘ
とで実現されていた。これが崩壊しようとしている。この
ルスケアの形になると考えられる。このシステムが実現さ
結果,熱中症あるいは低体温症などの健康危機,また労働
れると,日常生活で生体情報のデジタル自動記録,またた
生産性低下などの問題が懸念される。こういったエネルギ
とえばエアコン制御のような周辺機器の制御や転倒検出と
危機に対する解決策が求められている。その有力な一つが
緊急通報,徘徊痴呆老人の定位が可能となる。
「快適・省エネヒューマンファクターの研究」である。
現在,図 10 のように,生体情報のウェアラブルセンシン
さらに,環境ウェアラブル技術の主要技術である「ウェ
アラブル局所冷暖房技術」が進んでいくならば,多くの範
囲にその影響が及ぶものと考えられる。すなわち,家電製
品レベルの酷暑環境での作業能率向上機器,家庭や事務所
での省エネ機器や健康増進機器,さらには医療機器として
の局所冷暖房応用など,さまざまな用途への実用化が待た
れている。これを筆者らは「e−ウェアコンの世界」と命名
し,環境ウェアラブルの典型例と位置づけた。
最近華々しく発表されている時計型・眼鏡型の「情報
ウェアラブル」が,スポーツ・健康・医療の一部で使われ
るのに対し,筆者が提唱する新たな概念である「環境ウェ
アラブル」は,健康・医療・作業効率向上・省エネ・快適
に有用となろう。
すなわち寒暖・有害ガスなどの環境に支配される人間
図 9. 近未来の生体情報通信システム 11)
が,近い将来,環境ウェアラブルデバイスの装着によって
解放されることになるであろう。「環境ウェアラブル」と
「情報ウェアラブル」の統合によって,熱中症の回避や遠隔
図 7. 健康を守る情報システムの基本構成
図 8. 情報ウェアラブルと環境ウェアラブル 3)
図 10. ウェアラブル生体情報通信システム 11)
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
387
特集
このためには,生命活動の維持に必要な恒常性(ホメオ
特集
グ手法に関しての研究が進んでいる。心電図,心拍,脈
(3)
体の中に情報機器を埋め込んでしまって,生体と情
拍,血流,呼吸,身体活動などのバイタルサインや,咀嚼
報機器の境界をなくしてしまうバイオネット機器の
などのヘルスケアに応用するシステムが実用化の域に達し
研究。
ている。具体的には,
(1)
(2)
などである。技術は図 11 に示すように,純機械技術から電
長時間のモニタによる生体リズムに基づくヘルスケ
気・機械技術,電気・機械・情報技術へと進展し,現在,
ア,現代社会特有の疾患(注意欠陥多動性障害,慢
マイクロテクノロジーからナノテクノロジーへと発展しつ
性疲労症候群など)を予防もしくは解消するツール
つある。今後のウェアラブルは,まさにテキスタイル技術
の開発。
をベースに発展するであろう。また,生体現象のセンシン
人体各所に分散されたセンサとメモリ,情報処理ユ
グから得られる人間情報は,図 12 のように情報処理され
ニット間をワイヤレスで結ぶネットワーク (Personal
て,病気の診断に役立つものとなろう。
Area Network) の研究。
(2015.7.17- 受理)
図 11. 技術の富士山 12)
図 12. バイタルサインと対応する疾病例 13)
388
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
文 献
1) W. ゴードン:“マクルーハン,”宮澤淳一訳,筑摩書房,
2001 年
tional Models for Life Sciences (CMLS-11), pp. 92 – 101, 2011
9) 駒澤真人,板生研一,羅志偉:“スマートフォンのカメラを
用いた心拍変動解析システムの開発,”第 20 回人間情報学
会ポスター発表集,pp. 19 – 20,2014 年
2) “Human Body Electronics (HuBE) 研究開発動向とアプリケー
10) “ネイチャーインタフェイス,”No. 60,2014 年 4 月
ション─密着型デバイス/Flexible & StretchableElectronics
11) “ウェアラブルへの挑戦,”工業調査会,2001 年 1 月
の進展と実用化,─ HuBE によるヘルスケア/医療サービ
12) “ウェアラブル・コンピュータとは何か,”NHK ブックス,
スの展開とビジネスモデル,”ふじわらロスチャイルドリミ
テッド,2014 年 9 月
2004 年 5 月
13) 板生 清,他:“ウェアラブルセンサを用いた健康情報シス
3) “ネイチャーインタフェイス,”No. 62,2014 年 12 月
テム,”情報処理振興事業協会,2002 年度成果報告集第二
4) 板生 清:“クラウド時代のヘルスケアモニタリングシステ
版
ム構築と応用,”シーエムシー出版,2012 年
5) T. Onaka: Stress and its Neural Mechanisms, Journal of
Pharmacological Sciences, Vol. 126, No. 3, pp. 170 – 173, 2005
6) Task Force of the European Society of Cardiology and the North
American Society of Pacing and Electrophysiology: Heart rate
著者紹介
板生 清(いたお きよし)
1968 年東京大学修士課程を修了。日本電信電話株
式会社研究企画部長,東京大学大学院工学系研究
科教授を歴任。ウェアラブル環境情報ネット推進
機構理事長,東京大学名誉教授,工学博士。
variability: standards of measurement, physiological interpretation,
and clinical use, Circulation, Vol. 93, pp. 1043 – 1065, 1996
7) K. Itao, M. Komazawa, Y. Katada, K. Itao, H. Kobayashi, and Z.
W. Luo: Age-related Change of the Activity of Autonomic
Nervous System Measured by Wearable Heart Rate Sensor for
Long Period of Time, 4th International Symposium, Mindcare,
駒澤真人(こまざわ まこと)
2006 年 東京理科大学理工学部卒,2008 年 東京工
業大学大学院総合理工学研究科卒,神戸大学大学
院システム情報学研究科博士課程在籍中。WIN フ
ロンティア株式会社 取締役。
Tokyo, Japan, May 8 – 9, 2014, Revised Selected Papers
8) Y. Hu, W. Wang, T. Suzuki, and M. Oyama-Higa: Characteristic
Extraction of Mental Disease Patients by Nonlinear Analysis of
Plethysmograms, 2011 International Symposium on Computa-
エレクトロニクス実装学会誌 Vol. 18 No. 6 (2015)
389
特集
・