学生時代に、自社が望ましくないと考えるアルバイトを していたことを理由

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採用内定関係
学生時代に、
自社が望ましくないと考えるアルバイトを
していたことを理由に採用内定を取り消せるか
先日、採用内定者が、学生時代に望ましくないアルバイトをしていたとして内定
取り消し訴訟を提起すると話題に上りましたが、当社でも同様の事態が発覚しまし
た。取引先への信用確保の観点から、この内定を取り消したいところですが、同人
はすでに他の内定先を辞退しています。こうした理由での採用内定取り消しは認め
(大阪府 D社)
られるでしょうか。
内定取り消しの可否について結論を出すためには周辺事情を詳細に検討
することが必要。内定によって始期付き解約権留保付き労働契約が成立
したと仮定すれば、学生時代のアルバイトを理由とする内定取り消しが
認められる可能性は低い
回答者 小池啓介 こいけ けいすけ 弁護士
(髙井・岡芹法律事務所)
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1.
「望ましくないアルバイト」とは
2.採用内定の法的性質
2014年、テレビ局の女子アナウンサーとして内
採用内定の法的性質については、求人募集から実
定を得ていた学生が、過去にクラブでアルバイト
際の就労までの手続きが企業によって多種多様であ
をしていたことを理由に内定を取り消されたこと
ることなどから、一義的に確定することはできない
を不服として民事訴訟を提起したことが大きく報
とされていますが(最高裁判所判例解説〔民事篇〕
道されました。
昭和54年度 305ページ)
、採用内定に関する先例的
本件のご質問・回答内容は、上記民事訴訟事件
な最高裁判決である大日本印刷事件(最高裁二小 と直接の関係を有するものではありませんが、企
昭54. 7.20判決 労判323号19ページ)において、同
業が学生に対して内定を出した後、想定外の事象
裁判所は、学生(新卒予定者)に対する採用内定通
から内定を取り消す必要を生じる事案は時折生
知により、企業と学生との間に、
(就労日を企業の
じ、本相談室においても内定取り消しの可否につ
事業年度開始日とするとの)始期付き・
(学生が卒
いては、何度か取り上げられています。
業できなかった場合等には解約するとの)解約権留
ご質問からは、
「望ましくないアルバイト」の具
保付きの労働契約が成立したものと判断しました。
体的な内容が明らかではありませんが、アルバイ
これは、学生が、企業の求人募集に応募し、そ
トの内容が、例えば、学生が主体的に違法行為や
の入社試験に合格して採用内定の通知を受け、企
反社会的行為に関わったような場合には、採用内
業からの求めに応じて、大学卒業の上は間違いな
定の法的性質にかかわらず、有効に内定を取り消
く入社し自己の都合による取り消しはしない旨、
すことができる可能性は高いものと考えられます。
および、一定の取り消し事由があるときは採用内
しかし、アルバイトの内容がそこまでのレベルに
定を取り消されても異存がない旨を記載した誓約
達していない場合には、内定取り消しが無効と判
書を提出したものです。その後、企業から会社の
断される事態を想定しておく必要があります。
近況報告その他のパンフレットの送付を受けたり、
労政時報 第3883号/15. 2.27
企業からの指示により当人が近況報告書を送付し
を留保する趣旨」である旨を示しています)
。
たなどの事情があり、他方で、企業において、採
ご質問のケースでは、内定者の学生時代の「望
用内定通知のほかには労働契約締結のための特段
ましくないアルバイト」が内定取り消しの原因と
の意思表示をすることを予定していなかったなど
なっていますが、アルバイトは採用内定よりも前
の事情があったというケースにおける判断です。
の時点の事象ですから、企業は採用過程において、
ご質問のケースでは、採用過程においてどのよ
求職者である学生に対して学生時代の諸活動の詳
うな事情があったのか明らかではありませんが、
細について申告を求め、または端的にアルバイト
以下では、上記大日本印刷事件の事案のように、
歴を質問することによって、
「望ましくないアルバ
採用内定通知によって始期付き・解約権留保付き
イト」の存在を把握することは可能であったとい
の労働契約が成立したものと仮定して内定取り消
えます。近時は採用面接における質問にも気を遣
しの可否を検討します。
いますが、求職者である学生に対してアルバイト
歴を質問することは、過去の就業経験を通じてど
3.内定取り消しの可否
のような就労能力を培ってきたかを確認する意義
企業と学生との間で、
(始期付き・解約権留保付
もあることに鑑みれば、質問は可能と考えられま
きであっても)いったん「労働契約」が成立した
す。また、貴社にとって、取引先との信用を確保
以上は、これを解約しない限り、企業と学生との
することがそれほどに重要であるとすれば、会社
間で労働契約が存在し続けることになります。そ
に対し、取引先との信用を損なう可能性がある事
のため、企業は留保していた解約権を行使すると
象について、求職者に対して質問をすることは十
いう「内定取り消し」によって労働契約を解約す
分可能でしょう。したがって、ご質問のケースで
ることになるわけですが、上記大日本印刷事件は、
は、最高裁が示した「採用内定当時知ることがで
この「解約」の効力が有効と認められるためには、
きず、また知ることが期待できないような事実で
企業が「採用内定当時知ることができず、また知
あって、これを理由として採用内定を取消すこと
ることが期待できないような事実であって、これ
が解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合
を理由として採用内定を取消すことが解約権留保
理的に認められ社会通念上相当として是認するこ
の趣旨、目的に照らして客観的に合理的に認めら
とができるものに限られる」を満たさないと考え
れ社会通念上相当として是認することができるも
られるため、内定取り消しを行った場合には、そ
のに限られる」旨を判示しました(この「解約権
の効力が否定される可能性が高いといえます。
留保の趣旨、目的」の内容として、同判決は、新
貴社としては、まずは、内定者に対し、学生時
卒者の採用に際しては「その者の資質、性格、能
代のアルバイトが原因で取引先の信用を損なうお
力その他いわゆる管理職要員としての適格性の有
それがあること、および、取引先の信用を損なっ
無に関連する事項について必要な調査を行い、適
た場合に貴社が被るマイナス面をよく説明するな
切な判定資料を十分に蒐集することができないた
ど交渉し、合意によって労働契約を解約する努力
め、後日における調査や観察に基づく最終的決定
を行うことが妥当であると考えます。
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