第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日 小型船舶および動揺装置による動揺に対する 生体の立位姿勢動揺と運動負荷 正会員 正会員 ○坂牧 瀬田 孝規(鳥羽商船高専) 広明(鳥羽商船高専) 学生会員 非会員 土井根 礼音(東京電機大学) 小川 伸夫(鳥羽商船高専) 要旨 船舶に乗船すると、ほとんどの人たちは疲労を感じ、船舶が小さくなるほどその傾向は強い。しかし、船 舶乗船時の疲労の原因の特定や、その定量化に関する研究はほとんど行われていない。これまでに、筆者ら は、小型船舶の動揺に対する乗船者の立位姿勢動揺を計測するとともに、立位姿勢動揺によって発生する生 体の運動負荷を算出することで、船舶動揺が乗船者に与える生理的影響を解析してきた。一方、小型船舶で 同一の動揺を再現することは困難であり、生体の状態も個体差や時系列変化が生じる。このため、船舶動揺 と同等な動揺を再現可能な研究環境の構築が必要となる。 本研究は、船舶動揺に対する乗船者の疲労などの研究環境を構築するための基礎研究として、生体の立位 姿勢動揺と運動負荷を指標とした動揺装置の評価手法の構築が目的である。本稿では、並進運動としての上 下揺れ(Heave)、回転運動としての横揺れ(Roll)、縦揺れ(Pitch)の動揺を再現する簡易型動揺装置を用 いた研究環境の構築の可能性について検討を行ったので報告する。 キーワード:労働・人間工学、立位姿勢動揺、運動負荷、小型船舶、動揺装置 1.はじめに (Pitch)、船首揺れ(Yaw)の動揺を再現する動揺装 船舶に乗船すると、ほとんどの人たちは疲労を感 置が高価である。このため、本研究は、上下揺れ じ、 船舶が小さくなるほどその傾向は強い。 しかし、 (Heave)、横揺れ(Roll) 、縦揺れ(Pitch)の動揺 船舶乗船時の疲労の原因の特定や、その定量化に関 を再現する簡易型動揺装置を用いた研究環境の構築 する研究はほとんど行われていない。操船者の疲労 の可能性について検討を行ったので報告する。 は、海難の原因とされるヒューマンエラーの要因の 一つと考えられており、疲労に対する適切な対応策 2.方法 が求められている。 2.1 計測システム これまでに、筆者らは、小型船舶の動揺に対する 筆者らは、これまでに船舶動揺が乗船者に与える 乗船者の立位姿勢動揺を計測するとともに、立位姿 影響の解明を行うために図 1 に示す計測システムの 勢動揺によって生じる生体の運動負荷を算出するこ 開発を行った(1)。同システムは、船舶の床、乗船者 とで、船舶動揺が乗船者に与える生理的影響を解析 の腰部、頭部に設置した 3 台の 3 軸方位角センサ、 。一方、小型船舶で同一の動揺を再現 呼吸量と O2 濃度の計測により生体のエネルギー消 することは困難であり、生体の状態も個体差や時系 費量を計測するエネルギー代謝計(3)、生体の心電図 列変化が生じる。このため、船舶動揺と同等な動揺 や心拍数を計測するテレメータ式のベッドサイドモ を再現することが可能な研究環境の構築が必要とな ニタ、生体の姿勢制御のための筋肉の動きを捉える る。 体表面筋電位計測装置から構成される。3 軸方位角 してきた (1)(2) 本研究は、船舶動揺に対する乗船者の疲労などの センサ、エネルギー代謝計とコンピュータは RS232C 研究環境を構築するための基礎研究として、生体の を介して接続した。計測インターバルは 3 軸方位角 立位姿勢動揺と運動負荷を指標とした動揺装置の評 センサが 0.01s、エネルギー消費量を 10s とした。 価手法の構築を目的とする。一般に、並進運動とし 本研究では、3 軸方位角センサで計測される加速 て前後揺れ(Surge)、左右揺れ(Sway)、上下揺れ 度・角速度により、船舶動揺に対する乗船者の立位 (Heave)、回転運動として横揺れ(Roll)、縦揺れ 姿勢動揺の特徴を解析した。 148 第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日 ている。これは、運動時のエネルギー代謝量を安静 時のエネルギー代謝量で除した値であり、運動によ エネルギー代謝計 3軸方位角センサ (頭部) る全代謝量が安静時の何倍であるかを示す(6)。 本研究では、運動負荷を、METS を参考に、立位姿 勢時のエネルギー消費量を、安静時のエネルギー消 3軸方位角センサ (腰部) 費量を除した値と定義した(式(2))。なお、安静時 ベッドサイドモニタ のエネルギー消費量は、座位姿勢時のエネルギー消 コンピュータ 3軸方位角センサ (床) 費量とし、エネルギー消費量は 5 分間(30 データ)の 体表面筋電位計測装置 平均値とした。 図1 計測システムの概要 運動負荷 2.2 評価指標 2.2.1 立位姿勢動揺 2.3 立位姿勢時のエネルギー消費量 2 安静時のエネルギー消費量 実験概要 船舶の床、生体の腰部、頭部に設置した 3 軸方位 実験は、鳥羽商船高等専門学校生命倫理委員会規 角センサは、各々独立した座標系をもち、その傾き 則に則り実施された。被験者には実験開始前に実験 に応じた重力加速度の影響を受ける。本研究では、 内容の説明を行い、実験への参加について同意を得 船体近傍の地球表面の接平面に、船舶の前方を x 軸 た。 のプラス方向、船舶の右側を y 軸のプラス方向、地 2.3.1 小型船舶を用いた実験 球の中心に向かう軸を z 軸のプラス方向とし、x-y 小型船舶を用いた実験は、鳥羽商船高等専門学校 平面を水平面とした固定座標系を定義し、各 3 軸方 が所有する実習船「あさま」 (総トン数 14t、定員 23 位角センサの加速度、角速度を固定座標系に変換し 名)の船舶内で実施した。実験環境を図 2 に示す。 解析を行った 。 小型船舶の速度は可能な限り一定とし、急な変針は (4) 並進運動は、前後揺れ(Surge)、左右揺れ(Sway) 、 行わないようにした。視覚情報を排除するために、 上下揺れ(Heave)とした。回転運動は、座標変換を 被験者の立位姿勢動揺は、船舶動揺の予測を可能と 適用した角速度を微分した角加速度を算出し横揺れ する船外の風景が見えない場所で計測した。被験者 (Roll) 、縦揺れ(Pitch) 、船首揺れ(Yaw)とした。 には、座位 25min、立位 25min、座位 15min の姿勢を なお、上下揺れに含まれる重力加速度は、 とり、開眼状態で、船首方向である船内の壁を正面 2 9.80665m/s を減じることで除去した。 とするように指示した。座位姿勢の際は、被験者を 動揺の大きさは、船舶の床、生体の腰部、頭部の 船舶内に固定されたクッション性のある椅子に座ら 加速度・角加速度の実効値 (Root Mean Square : RMS) せた。 として算出した。実効値とは、時系列波形がもつ任 2.3.2 動揺装置を用いた実験 意の時間内における平均的な強さを意味する。実効 動揺装置は、並進運動の上下揺れ(Heave) 、回転 値は式(1)により定義される 。式中の fi は加速度 運動の横揺れ(Roll) 、縦揺れ(Pitch)の動きを、 または角加速度であり、N はデータ数である。実効 一辺 1.0m の正三角形の板に発生させる(図 3) 。動 値は、データ数 2048 個(20.48s)について算出した。 揺は、板の各頂点が台車の上に垂直に立てられたボ 本研究では、 生体の立位姿勢動揺を抽出するために、 ールねじに接続され、AC サーボモータを用いて、ボ カットオフ周波数 15Hz のローパスフィルタを加速 ールねじの回転を制御することで調整される。 (5) 度・角加速度データに適用した。 1 動揺装置によって発生させる動揺は、板の中心点 に於いて、上下揺れ(Heave)については振幅±6〜 ±10cm、周波数 0.5〜1.0Hz、横揺れ(Roll)につい 1 ては角度±0〜±3.1 度、周波数 0〜0.6Hz、縦揺れ 2.2.2 運動負荷 (Pitch)については角度±0〜±3.4 度、周波数 0 運動に要するエネルギー量や運動の強さを表す指 〜0.6Hz で、 sin 波の形状で継続的に動揺が発生する 標として、METS(Metabolic Equivalent)が定義され 環境を設定した。 149 第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日 3.2 被験者には、椅子で座位 15min、動揺装置上で立 生体の運動負荷 図 4、図 5 で用いた実験データに対応する小型船 位 15min の姿勢をとり、開眼状態で正面を見るよう 舶における被験者の運動負荷、動揺装置における被 に指示した。 験者の運動負荷、および先行研究で行った踏み段昇 立位姿勢 座位姿勢 降運動(30 回/min)における運動負荷(2)を図 6 に示 3軸方位角センサ (頭部) す。 小型船舶における被験者の運動負荷、動揺装置に おける被験者の運動負荷、踏み台昇降運動における 3軸方位角センサ (腰部) 運動負荷を対象に差があるかを、マンホイットニー の U 検定を用いて、有意水準 5%で検定を行った結果、 有意差なしとなった。 床 加速度の実効値の平均値 9 3軸方位角センサ(船舶の床) 図2 小型船舶を用いた実験風景 ボールねじ 腰 [rad/s2] 10 頭 9 8 8 7 7 6 6 5 4 5 4 3 3 2 2 1 1 0 0 前後 図4 加速度の実効値の平均値 1.0 m 図3 動揺装置の動揺面 上下 Roll Pitch Yaw 腰 [rad/s2] 10 頭 9 8 8 7 7 6 6 5 4 5 4 3 3 2 2 1 1 0 3.結果 3.1 床 9 ボールねじ 左右 小型船舶における加速度・角加速度の実効値 [m/s2] 10 ボールねじ 0 前後 生体の立位姿勢動揺 図5 左右 上下 Roll Pitch Yaw 動揺装置における加速度・角加速度の実効値 小型船舶の動揺に対する被験者の動揺を図 4 に示 す。 これは、 被験者延べ 5 名の実験データを対象に、 4.0 5 分間の船舶の床、被験者の腰部、頭部の加速度・ 3.5 角加速度の実効値を求め、 床の縦揺れ(Heave)の実効 3.0 運動負荷 値が 1.00〜1.39[m/s2]の範囲にあるデータ 10 個の 平均値と標準偏差をプロットしたものである。 動揺装置の動揺に対する被験者の動揺を図 5 に示 す。 これは、 被験者延べ 5 名の実験データを対象に、 2.5 2.0 1.5 5 分間の床、被験者の腰部、頭部の加速度・角加速 度の実効値を求め、床の縦揺れ(Heave)の実効値が 1.0 1.00〜1.39[m/s2]の範囲にあるデータ 10 個の平均 0.5 値と標準偏差をプロットしたものである。 小型 船舶 図6 150 角加速度の実効値の平均値 [m/s2] 10 テレメータ (心電図・心拍数など) 角加速度の実効値の平均値 エネルギー代謝計 動揺 踏み台昇降運動 装置 (30回/min) 運動負荷の比較 第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日 4.考察 船舶動揺や踏み台昇降運動と同等な強度の運動負荷 我々の先行研究により、小型船舶の乗船者の立位 が再現できた。以上より、動揺装置の評価手法とし 姿勢動揺は、 船舶の床の上下揺れ(Heave)発生時に、 て、加速度・角加速度の実効値と運動負荷を指標す 他の方向の揺れが加わることで、関節を使った姿勢 ることの有効性が示唆された。 制御が生じ、乗船者の腰部、頭部の回転方向に発生 6.謝辞 することがわかっている(1)。本研究では、上下揺れ (Heave)、横揺れ(Roll) 、縦揺れ(Pitch)を発生 本研究は、JSPS 科研費 19651075、公益財団法人長 させる簡易型動揺装置を用いて、小型船舶の乗船者 岡技術科学大学技術開発教育研究振興会による研究 と同様な立位姿勢動揺と、運動負荷を発生させる環 助成(2008 年) 、公益財団法人日本科学協会の笹川 境の構築を目指した。本稿では、先行研究において 科学研究助成(24-724、2012 年) 、および鳥羽商船 比較的大きいとされた上下揺れ(Heave)の実効値を 高等専門学校校長裁量経費(教育研究活動支援)に 再現できるように、簡易型動揺装置において sin 波 より実施したものです。本研究のデータ収集におき の形状で動揺を発生させた。 ましてご協力頂きました鳥羽商船高等専門学校の皆 様に厚く御礼申し上げます。 図 5 より、動揺装置の動揺に対して、被験者が、 腰部、頭部の縦揺れ(Pitch)、船首揺れ(Yaw)方向 の動きによって、姿勢制御を行う様子が示されてい 7.参考文献 る。しかし、被験者の腰部、頭部の横揺れ(Roll) (1) 土井根礼音,坂牧孝規,瀬田広明,伊藤政光, は、図 4 とは異なり、動揺装置の床の横揺れ(Roll) 本間章彦.福井康裕:船舶動揺に対する乗船者の に比べて大きな値にはなっていない。一方、動揺装 立位姿勢動揺の解析,ライフサポート,Vol.27, 置の動揺によって発生する運動負荷については、図 No.2,pp.45-53,2015.8. (2) Renon Doine, Takanori Sakamaki, Hiroaki Seta, 6 より、船舶動揺、踏み台昇降運動と同等な強度で Masamitsu ある可能性が示唆された。 Ito, Akihiko Homma , Yasuhiro 今回、簡易型動揺装置で発生させた動揺は、同一 Fukui:The Exercise Load of Passengers ’ パターンの上下揺れ(Heave)、横揺れ(Roll) 、縦揺 Postural Control Against Ship Motion Using れ(Pitch)を発生させていた。このため、被験者が Human Energy Expenditure, Advanced Biomedical 動揺装置の動揺に慣れ、船舶と異なった姿勢制御を Engineering, (in press). (3)細谷憲政,雨海照祥,金子道夫,田村俊世,鳥井 行った可能性もある。今後、小型船舶の床の動揺解 析を進め、動揺装置で再現する動揺パターンの検討 嘉彦,鈴木正成,松末智,太田壽城,石川和子, を行っていく必要がある。 福永哲夫,三橋扶佐子,杉山みち子,森脇久隆, 加藤昌彦:今なぜエネルギー代謝かー生活習慣病 5.まとめ 予防のために,pp.83-95,第一出版株式会社,2005. 筆者らの先行研究に於いて、船舶動揺に対して乗 (4) Thor I. Fossen.:Handbook of Marine Craft 船者は、加速度・角加速度の実効値の計測により、 Hydrodynamics and Motion Control,pp.15-25, 頭部、腰部の回転方向の動きによって立位姿勢を維 John Wiley & Sons, Ltd. ,2011. 持し 、その運動負荷が踏み台昇降運動に相当して (5) 伊佐弘,谷口勝則,岩井嘉男,吉村勉,見市知 (1) いることを明らかにした 。 昭:基礎電気回路 (2) 本研究では、並進運動としての上下揺れ(Heave) 、 第 2 版,pp.53-54,森北出版 株式会社,2011. 回転運動としての横揺れ(Roll)、縦揺れ(Pitch) (6)朝山正己,彼末一之,三木健寿,今村裕行,大西 の動揺を再現する簡易型動揺装置を用いて、加速 範和,藤原素子,宮側敏明,村上太郎,森悟,寄 度・角加速度の実効値と運動負荷の視点で、動揺装 本明:運動生理学,p.54,東京数学社,2013. 置の動揺と船舶動揺を評価する手法を提案し検証実 験を行った。検証実験により、動揺装置の動揺に対 して、被験者が、腰部、頭部の縦揺れ(Pitch) 、船 首揺れ(Yaw)方向の動きによって、姿勢制御を行う 様子が示された。また、動揺装置の動揺によって、 151
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