113号 - 長野県神社庁

馨 舞 藤
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∼ 復 興 に祈 り を 込 め て∼
特集 信州 の御 柱祭
員会 1報 編集委員会
平成23年 8月 1
発7j.長 野11神 社1 庁報た
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233 2720,
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第 113号
長 野 県 神 社 庁 報
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小野神社御II祭
(113=)
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平成23年 8′ ,1日
ヽ
〆
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避 され る ことを 切 に願 って います 。
じ 、 関 係 者 の尽 力 に よ り 事 態 の更 な る悪 化 が 回
の状 況 が 予 断 を 許 さ ぬも の で あ る こと を 深 く 案
と を 願 って いま す 。 ま た 、 現 在 、 原 子 力 発 電 所
せん。
一人 でも 多 く の人 の無 事 が確 認 さ れ る こ
て増 加 し 、 犠 牲 者 が 何 人 に な る の かも 分 かり ま
いま す 。 地 震 や津 波 によ る死 者 の数 は 日を 追 っ
で あ り 、 被 災 地 の悲 惨 な 状 況 に深 く 心 を 痛 め て
チ ュー ド 9 0 と いう例 を 見 な い規 模 の巨 大 地 震
こ の度 の東 北 地 方 太 平 洋 沖 地 震 は 、 マグ ニ
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おことば ﹂を 述べられた。
天皇陛 下には 、一
二月十六 日、東 北地方太平洋沖地震 について、
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現 在 、 国 を 挙 げ て の救 援 活 動 が 進 め ら れ て い
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おっしゃり 食事も極力質素にされ、「被災者 と共にJと
の強いご意志を貫かれている。「戦時中のことを思えば何
でもないJと もおっしゃっているという。
皇太子ご―家、秋篠宮ご―家、各官家でも 陛下にな
らって それぞれ被災者と共に、との御姿勢を貫 かれて
いる。
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平成23,S月
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(3)
平成田年 8,11日
ます が、 厳 し い寒 さ の中 で、多 く の人 々が 、食 糧 、 飲料 水 、燃 料 など の不 足 によ り 、極 め て
苦 し い避 難 生 活 を余 儀 なく され て います 。 そ の速 や かな救 済 のた め に全 力 を挙 げ る こと によ
り 、被 災 者 の状 況 が少 し でも 好 転 し、 人 々 の復 興 への希望 に つな が って いく ことを 心 から願
わ ず には いられ ま せん。 そ し て、何 にも 増 し て、 こ の大 災一
害を 生 き抜 き、被 災者 と し て の自
らを 励 ま し つ つ、 これ から の日 々を 生 き よ う と し て いる人 々 の雄 々 しさ に深 く胸 を 打 た れ て
います 。
自衛隊、警工
祭、消防、海上保安庁を始 めとする国や地方自治体 の人々、諸外国 から救援 の
ために来 日した人々、国内 の様 々な救援組織 に属す る人 々が、余震 の続く危険な状況 の中
で、日夜救援活動を進めている努力に感謝 し、その労を深くねぎら いたく思 います。
今回、世界各国 の元首 から相次 いでお見舞 いの電報が届き、その多く に各国国民 の気持ち
が被災者と共 にあると の言葉が添えられて いました。 これを被災地 の人々にお伝えします。
海外 にお いては、 この深 い悲 しみの中 で、日本人が、取り乱す ことなく助け合 い、秩序あ
る対応を示 していることに触れた論調も多 いと聞 いて います。 これからも皆が相携え、 いた
わり合 って、 この不幸な時期を乗り越えることを衷心より願 っています。
被災者 のこれ からの吉難 の日々を、私たち皆が、様 々な形 で少しでも多く分 かち合 ってい
く ことが大切 であろうと思 います。
被災 した人々が決して希望 を捨 てることなく、身体を大切に明日からの日々を生き抜 いて
くれるよう、また、国民 一人びとりが、被災した各地域 の上にこれからも長く心を寄 せ、被
災者と共 にそれぞれ の地域 の復興 の道 のりを見守り続けていく ことを心より願 って います。
陛下には、震災発生後連日にわたり、原子力発電所 救助 救護活動などについて、専門家から説
明 を受けられ、被災地の状況 を知 り、被災者の苦難 を分かちあいたいと努めてお られる。
岩手 宮城 福島、茨城 千葉の五県に見舞金を賜 り 栃木県那須御用邸の職員用入浴施設 を 那
須町に選難 している福島県の被災者に開放 され、御料牧場の備蓄食料 を避難所に届けられた。
御所では、陛下のご意向により、3月 15日 から自主停電が続 けられている。陛下には、2月 11日 、
動脈カテーテルによる冠動脈造影検査 をお受けになるなど ご体調 が万全でない中にあっても、計画
停電の第一グループの予定時間に合わせ、毎 日2時 間 自主停電を実施なさっている。 ブレーカーが
落ち照明も暖房 もない御所内でご健康 を心配する声に対 し、陛下 は、「寒 ければ厚着をすればいいJと
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新任神 職 の描顔
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東北地 方太 平洋沖地震 支援活動 に ついて
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小 野
昔 から、 ﹃
人を 見 るなら諏訪 お んば しら、
綺 羅 を 見 るな ら 小 野 お んば し ら一 と 言 わ
れ、諏訪大社 御柱荼 から 一年 遅れ で 卯と
酉 の歳 に信州 二之官 、小野、失彦 両神社 の
です。幾度 か御柱 祭 に奉仕 し、神主と し て
経験を重 ね、私 なり に次 の様 に理解 し て い
御柱祭が行わ れ てきま した。
今 回平成 二十 三辛卯歳式年 御柱大 祭も無
ます。
大 自 然 の恵 み の中 に育 った大 木 を 選 び 、
す る︱︱形 態 は単純 なお祭り です が、意義
を整え神社 に曳き つけ、所定 の場所 に建立
と が多 く︱︱ 生き た大 本を伐採 、枝打等 姿
御柱祭 の起源 や昔義 に ついては不明な こ
神 々に曳行 の守 護を 願 いつ つ、神 社内所定
の姿 に整 え 神 社 に至 る 山 川 谷 道 上 地 の
天神 地 祇 ︵
殊 に そ の現 地 の神 々︶ に感 謝
し、選定木 の本霊を抜 き伐採 、大 木を献 木
た。
事 終納 となり 、営 司総代 実 行委員 氏子
関係者 一同、歓 びと満足感 に つ つま れま し
「注連経繕際 J
の位 置 に曳き着 け る。そし て更 に姿 を整え
建 立 、 建 てら れ た 御 柱 に神 霊 を お招 き し
や祭事 に ついては不詳 な こと が多 いお粂 り
て、 天 乃 御 国 力 御 柱 と し てお 祀 り す
, ︰大 に通 じ大生 の自然 恩恵 の
る。人 乃御柱
キ護 同 乃御柱 盤根 に通 じ大 地を 回め同
上 の一
ユ設、と し て奉 祀す る。
参考 のため小野神社 の御柱祭 に関す る諸
祭は別表 にまとめ てみま した。
おんば しらと呼 ば れ る祭事 は、特 に諏訪
地域を 中心 に根付き 継承 され 今 日に至 っ
「皇曳さ出発到
留肉御粗劉
州
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現 地
︵
約 一年前 ︶
同右
富司 総代
神事ナシ 献木者候補木見廻
宮司 総t 実i委員 同右 献木 四本と順位選定
注連縄ヲ掛ケ正式 二奉納神木
、定 メル ■セテ表示板 フ取
付ケル.山ノ神 土地 ノ神 ニ
感謝 ノ意フ表 ス
一∼四ノ柱決定 ヲ報告
容
里車を﹁ノ安全 フ願 フ
各地区 ニテ綱 フ繕 り完成後
宮 司 総代
神社 べ奉納 雄綱 雌綱各区
実行委 員
ヨリ奉納修被フ受ケ安置所 ヘ
氏子衆
納メル
宮司 総●
雄綱 ^
進行方 同左側︶
実F委員
雌綱 ︵
進行方向右側Y 一
取付ケ
〓﹂
体長以下氏一
千衆
テ運行ノ安全 ヲ祈願
綱ヲ外シ無事運行 二感謝 里
同右
曳迄 ノ安置ヲ祈願
今迄 ノ守護ヲ謝シ 神霊ノ帰
宮司 裕代
還卜倒除ノ旨 ヲ願 フ
宮司 裕t以下関係者 新本殿 へ御霊代ヲ遷 ス
剣 ノ舞 湯立神事 ヲ斎庭 一
テ。拝殿 ニテ浦安 ノ舞奉納
同右
各御柱木柵ヲ整備ヽ各柱 二御
霊ヲ招キ 全テノ神事終了
全 テ建立出来 夕旨 ヲ奉告 諸
行事安全 終了 二威¨
謝フ表 ス
o 一之柱の神 o二之た の神
宮 司 裕■
0三之柱の神 〇四之t の神
宮 司 総代 実行委 員
同右
諸道具 鋸 斧 楔
宮司 総t以下関係者 ロープ等フ清 メル
同右 元切長以下衆人 献木 ノ霊 二感謝 ノ意ヲ表シ御
霊ヲ抜キ 伐採安全祈願
宮司 総● 実ξ 委員
実宮
堡司
旱鸞
氏
柔
内
一
o木霊 の神 0本社祭神
o山 の神 o土地 の神等
本置式
0御柱の神
o本社祭神
o本社祭神 o被 戸神
出発時 o本社禁神
o道の神
到着時 冠落しの儀 菫^
後
建御柱
拝 殿 倒大祭 二準ズ ル
o本蓋 霜
参 列 者
洒祭事概要表
小野神社 平成 二十三幸卯歳 式年御柱大祭 一
注連縄掛祭
拝 殿 o本社祭神
地
注連縄掛聾 良本
o被戸 押
o木霊神 o山の神
o和匠神
o本整 霜
地
出発式 o本社祭神
o土地の神 0道 々の神
内 内 内
名
道具 一式 清板 の儀
子● 一T 元切
綱緩 り禁
山出 し祭
1所
内地
事
古御た︶
御t休め ^
御違富祭
型夜祭
一
地
各
殿
里実祭
地
現
内
本祭
1場
境 境
1祭
修納奉告 祭
現
競
拝
醤
見
ユ
御柱御霊入祭
現
現拝
殿
地前
境現
境
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州
神
(7)
平成23● 8月 1日
て いる様 に思わ れます。 こ の祭り は、人 々
の労 働 力 の結 集 と 危険 を伴 う 祭事 であ り 、
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力 を 合 せ心を 一つにす る﹂歓 喜 と 達成 感
みなぎ る祭りと言えます。
今 回、山出 し祭 の二十 日程前 に東 日本人
震 災並 び に長 野県 北部震災 が起 こり、御柱
祭 の催行 も自 粛 ムード の中、被災 地 への慰
霊と復 興 の願 いを 抱きな が ら 各行事 に今
員 で黙祷を行 い祭事 に臨 みました。
安全 対策 に十 三分 の配慮 を 関係者 にお願
いし、神 に仕え る者と し て祭 り本来 の形態
を 堅持 し つつ、時代 の流 れ にも 対応 しなが
ら、 氏 子と 一体 と な って今 回も 齋 行 出 来 、
感謝 の気持 一杯 です。
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州
神
(8)
平成23年 3月 1口
矢 彦
平 成 二十 三年 五 月 三 日か ら 五 日 にか け
て、七年 に 一度 の式年 御柱大祭 が執り行 わ
れま した。
昨年 の秋 より 見立 て 根倒 し 山出 し
を行 い 境内 に引き付 け建 立す る日を待ち
望 み、地 区 の人 々は 日 々準 備 に明 け暮 れ
そし て いよ いよ盛 り上 が ってき た頃、未曾
有 の人 災害 が起 こり そ の被 害 の大き さ に
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矢彦 神 社 の御 柱 は 、 小 野 の三地 区内 か
た。
事 への感謝を込 め て、自粛す る事無 く心を
込 め て御柱祭を齋 行しよう と決定致 しまし
神様 に復 興を願うととも に、 お祭 のでき る
しかしながら、お祭 がしたく ても できな
い東 日本 の方 々 の為 にも 、矢 彦 神 社 の大
心を痛 め東 日本 の方 々を 思 い、今後どう し
たら と、と ても悩 んでおりました。
●
ら、小野地 区 一のたと 四 の柱 、飯 沼地 区 二
の柱 、雨澤地 区三 の注と それぞれ に相応 し
い茉晴 らし い大木を進びます。
五月二日、町中 は御t祭 一色.
晴 天 の朝 、道筋 は、飾り が施 され、桜 の
花 びらがちらち らと丼 つておりました。
朝 五時 、成 勢 の良 い青年 国 の衆 が、神社
に集 まり 御■ に取り付 け る御幣 ︵
ニメー
ト ル x十 二セ ンチ角 ︶を祓 いの後 、掛 け声
を あ げ な が ら自 分達 の地 区ま で運び ま す 。
御柱祭 の始まり です。
小 野も 高齢化 に伴 い曳き 子 の不足 にも頭
を 悩ま し ておりま した が、 ふたを 開け てみ
れば 鈴 なりとな って人 があ ふれ ておりま
した。 お陰様 で、 四 日 の定刻 ま でにす べて
のたが神社近く に引き付 けられました。
今年 の御柱 は特 に大 く長く 、境内 に引込
む のに手 間取 り 二時 間近 く 遅 れま した が、
(113,,
(9)
平成23年 8月 1口
無 事 に四 本 の御 柱 を 迎 え 、 境 内 に お納 め
でき ま した。同道を 通行止 め にす る にあ た
り、時 間厳 守 が 一番 です が お祭と いう こ
と で許 し てくれた様 です。
御柱人 祭は、献幣 使様 上伊 那部内 の神
職 の方 々を始 め総 勢十九名 の神 職 十 六名
の舞 姫 と 総 代 祭 事 係 来 賓 の見守 る中 、
厳粛 の内 に一
飛行す ることが できました。
信州〓
︿御柱 の歴史﹀沙 田神社 の御柱祭 は仁壽
八五三年︶︵
今 から約 二 五二年前︶
三年 ︵
文 徳 天皇 の代 に始 まり清和 天皇 の貞 観 元
年 ︵
八五九年︶から卯年と百年 の七年毎 に
行うよう になり、現在 の様 に盛大な祭礼と
れながら 建 て御柱 が始まりま した。
酒を 断ち 、絶 対 に怪我 人は出 さな いと い
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■日、朝 から境内 は異様 な繁張感 に包ま
う 、建方 衆 の いつも 以上 の真剣 な取組 のお
陰 で、作業 は順調 に進 み、境内 に新 しく立
発熱 した未熟 な宮司と補■ でありま した。
は ぁ,無事 に終
く様 な 御柱 を 見 上 げ て ﹁
わ った ちヽ ︱﹂と大き な安堵を す ると共 に
小野 の里と矢 彦神社を守 ってく れ る天を突
片 付後 人気 の無 い境内 で 六年 間 こ の
て氏 子 の皆様 が 一つにな ってこそ でき るお
祭 だ と 、心 か ら感 謝 の気 持 ち で 一杯 です 。
います 。総代 祭事 係 地 区 の役 員 そし
心 を 一つに と 震 災 後 良 く 耳 に し ま す
が、御柱 祭 はそ の意味 が日 に見え た様 に思
金を送 る ことも できま した。
の優し い実顔が 戻りました。
大勢 の人出もあ り、支部 にも 町 にも義 援
次 々と空 になり 建方 衆 の方 々にも いつも
祭後 の建方衆 と の直会 は 一升瓶 が瞬く 間 に
派 な御 柱 が四本無事 に建 立 され、終 了奉告
r ,
な った のは、織 日信長 らが活躍 した天正年
間 ︵一五人0年 頃︶ かLと され て いる. か
つては松本藩 から奉行 が出役 し神 三 は馬 に
現在 は敷
乗り 、当時隣接 し て いた神官寺 ︵
地 が 残 る のみ ︶ の住 職 が駕 篭 に乗 って付
き 、各 村 の庄 屋も 同行 し近 隣 の村 々 の人 々
も こぞ って参 画協 力 し た歴 史 があ る。 ︿御
︱
柱 の︱
︱所﹀古 代 には沙 日神社奥 社 の鎮座 す
る今 の松本市 波 日■澤 山 より、徳 川時 代 に
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神
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平成8年 8月 l口
は波日 の山林、明治時代 には波口官林 現
在は波 日私有林から の献木 にて行われ て い
る。︿様式﹀柱 は四本、人町会から成 る氏
子を構成し隣接す る二町会を 一組とし 一本
︱
の柱を受け持 つ。︱
︱林から神社 への■き つ
けは、春 の山出しと秋 の単曳き の二段階 に
渡り行われる。東向 の社段 の四隅を取り四
、
む
よ
う
に
建
立
さ
れ
一
の
柱
は
東
北 ︵
うしと
、三のたは西
ら︶、この柱は市東 ︵
た つみ︶
南 ︵
ひ つじさる︶、四 の柱は北西 ︵いぬ い︶
の方角と定 められ て いる。︿山出し︶四月
には ユー モラ スな内 容 、とき に感 動あ る い
は実 いを呼 ぶなど御 柱祭 の名 物 にな って い
る。 か つては奉納相撲 も行 われ て いたよう
であ る。︿有 名 人 の係 わり ﹀ 江 戸時 代 の有
名 な紀 行文学者管 江真 澄が、文集 ﹁いな の
に丸 一日かけ て波 日 の山林 か らそれぞ れ の
町会地籍内 あ る いは そ の近 くま で曳き 秋ま
で安 置 す る。︽里曳 き ︶九 月 に安 置所 か ら
神 社 ま で御 柱 を 曳き 建 立 す る。︿特 色 ﹀昔
から支度 見 るなら 三之官 と言わ れ、 それぞ
な かみち﹂ に沙 日神社 の御 柱祭 に ついて ス
ケ ッチ入 で書き残 し て いる。歌人 で民俗学
者 折 口信 夫 も 昭 和 八年 沙 日 神 社 の地 を 訪
れ、 コ心ま だ ち のむ ら の子供 は 遊 べど も 卯
れ柱 ごと に独自 のお揃 いの■ 麗な衣 装をま
と い打ち揃 って曳 く様 は■観 であ る。さ ら
に魅力 あ る のは、随 所 で御柱を 停 めた の上
で奏 さ れ る木 遣 り 唄 で、 本 来 即 興を 旨 と
し そ の時 そ の場 の光 景 、 状 況 を 即 座 に 唄
い、 又唄 い継 がれ てき た名文句 もあ り、中
年ま つりを こ ご
と
と
に
ま ね ぶ﹂と詠 い、そ
の時島 立小学校 に て ﹁
御柱 の話﹂と いう講
演 を 行 って いる。 平 成 五年 ﹁
志 また ち の
ヽ﹂ の歌碑 が神 社 境内 に建 てられ た 。︿御
柱祭 の流 れ﹀﹁
御柱‘生別年 ﹂ には、御柱総代
の選出 か ら始ま り、氏 子総代 御t 総代役
員選 出 両 役 員総 代 合 同会 議 全 総 代会 議
御 柱仲 人 への挨拶 、仮 見立 て、山出 し祭 の
条件 整備 の準 備 ︵
関係当局 、各 機関 への協
力 要請 ︶曳行 路 下見 ﹁
御 柱祭催年 ﹂ 一月結
納 、 二月 修 核 の儀 ︵
本 見 立 て︶、 二月 根倒
し 、 引 き 綱 絢 い、 四方 締 め ︵
氏子 居住範
囲︶ 八 カ郷を 清 め聖地とす る。 四 ヶ所 で修
板 の僕を行う 。 四月山 出 し祭 は、九月 ■曳
き 、建 立十月奥 社御柱祭 終了本告 祭 十 二
月御柱祭 反省総括 役員総会 以上 の流 れ の間
に各 レベ ルの会議 や関係当 局、各 機 関と の
打 ち合わ せが随時行 われ 実施 踏全も数 回
にわたり綿密 に行 わ れ るなど遺漏 の無 い連
絡調整 、事 前 PRなど 万全 な る準備 を経 て
の実 施と な る。平成十 二年 は松 本市重 要無
形 民俗文化 財 に指定 さ れ 一層 の盛 り 上がり
を 見 せ てき た。御柱 祭も年輪 の如く 回数 を
重 ね今 年 平成 二十 二年 卯年 の御 t 山 出し
茶 が 四月穏 やかな 天候 に恵ま れ、事 故も な
く規 制 の蔵 しき 中 にも 拘わ らず 賑 々しく無
事終 了 し安 置出来 た。 これは、 ひとえ に氏
子崇 敬者を 始 め 地 域社会 一丸 とな って古
来 より脈 々と続く沙 田神 社 の伝 統文化と し
て の御 柱祭 を 後 世 に伝 え 守 る こと の熱 意 、
伝 統あ る神 社を持 つ誇り があ れば こそな し
の格式あ る神 事と し て又伝続 あ る文化 と し
え る事 ではな いだ ろう か。今後 、沙 日神 社
て氏子 一致 団結 し守 り残 し継承 し続 け る こ
■†
﹂司、
﹂
祀′
て、伐採 に当 っては先ず根 掘 が行 われ根株
を残 した形 で御柱 が整えられ る。
又 山出し 里曳き の際 の曳き綱 の御t べ
の取り付 け にも独特 の形態 が伝え られ てお
り、御柱 の原型 の 一つと の説もあ る。
そう した御住を建立当 日 ﹃
笹鳥 居﹂︵
又は
竹 鳥 居︶と言わ れ る●■ に注連縄を 渡 し紙
垂 を付 けた鳥 居を境内 外 に設け 清 祓 いを
修 し た後 境内 に曳 き 込 む と いう 神事 も 又 、
他 には例 の無 い伝続特色 の 一つと いえ る。
そう した伝続 の継承 の元本年 四月 二十九
日無事 に式年御柱大祭 が斎 行された。
今節 の大祭 は、月知 の通り去 る二月十 一
日東 日本大震災並 び に長 野県 北部 の大震災
株式会社′L JL燿己
とを願う次第 であ る。
大 和
奥孝
柱 は、建 立 の前年 残 雪 の中春先伐採 が行 わ
︱
、
れ︱
︱出 し の後 夫 々地区内 に設け ら れる棚
本場 ︵
安 置 所 ︶ に 一年 に に亘 り 安 置 さ れ
伐り
る。 こ の神事行事 が行 われ る前年 を ﹃
長野市稲里町 日牧 190
TEL 026 284 311釧 ¬
FAX 026 284 2007
社
本
技術 を駆 使 す る
先 端
当社は、城下町松本 にあ っても入山辺と
の地名 の通り氏子地域は山間部 に点た し
二百四十戸程 の産土莉社 であり 爾来御柱
大祭も氏子 の赤誠 により粛 々と華美なも の
本社 が続け られ る のが、当社を含 む松本 +
年﹂、 そ し て里 史き 建 立 の卯 酉 の当 年 が
﹃
建 て年 ﹄ と呼 ば れ 、 二年 を掛 け て氏 子 の
ではなく、拘わる祭儀神事 の伝統 のみが継
承 され てき たも のと 言 っても 過言 では な
い。
つでもあ る。
更 に、 こ の地 域又当社 の御柱 の特 色と し
の各御 分社 で行 わ れ る御 E大祭 の特色 の 一
総本社諏訪人社 ︵
以下本社と云う︶ の翌
年 卯 西 の年 に建立す る慣わし の当社御
伝統 文化の膳承と
根株を残し整えられるJ
1安 置されるll l主
F・
「一年
,
(113け
州
神
`成23418り ,l il(11)
「
が 直 前 に発 生 し 、本 仕 す る氏 子各 位 にも
様 々な動揺 、葛藤 、思 いの中 で 変 わ る こ
と の無 い粛 々と した伝 続継承 に復 興支援 を
重 ね氏子 一九 と な って取り組 みを■け た こ
と で、 そ の結実 は当社側 柱大茶 の長 い歴史
の中 で後世 に語り継 がれ るも のと 成りえ た
ことも事実と感す る.
震災 発生後 、急違復 興支 援 に 回け過去 に
は 例 の無 い御 柱 御 ● 木 の 一部 に て、 本 札
子 ︶ に満足感 、達成感 、共生力 、 そし て楽
如 何な るま つりも 、 そ こに携 わ る人 ︵
氏
︻
ま つりを終え て︼
に繋 がるも のであ つた。
令 募金を 行 ったと こ ろ、当 初 の,
日論 見 の三
倍 にも 及 ぶ頒布と なり こ の度神社庁 に■
金 さ せ て頂 く など 、 ィ〓 ﹂ろ´ ひと つに結
ぶ素 晴 らし い御柱人 祭と し て本 社 が叶 った
事 は、正 に御神徳 の賜 であ り氏子 の達 成感
︵
御 守 ︶を 作成 し氏 子を 対象 に 布 し義 援
「境内に無事建立の御柱J 大和合神社
日本人 の当 たり前 が、今 正 に危機 であ
しさ の共感を残 すも のであ る.だ か ら こそ
如 何 な る時 代 も 乗 り 越 え 永 々と 人 か ら 人
べ 親 か ら子 へ、 子から孫 へと受 け継 がれ
つ。
,
えにみまわれた東 日本、殊
る。悲しくも震一
に東 北地方 は、地縁、家族 文化、風 習
そし てま つり 日本 の心が今 に息づく素晴
らし い地域 であ る。
津波 に被 災 した漁業 に暮 す 人 々 漁場 に
出航す る主 人を見 送 る妻 は、必ず化粧 し最
高 の身 嗜 み で最 高 の見 送り を す ると いう 。
そし て無事 の帰港を ひたす ら に祈 る.
日畑を実 い、家畜を 失 つた人 々 未夏 秋
冬最高 の生産 と実り の為 、´
受け継 かれ るま
つり を 疎 か にせ ず 、 感 謝 の報 恩 を忘 れ な
い。
素朴 に直向 に生き る人 々が、■き る道筋
を見失 い 苦 しみ嗅 いて いる。
大 切 に守り伝え られた祭り の断絶 信 抑
の断絶 こそ、民族 の断絶 に他ならな い。
当 たり前 の日 々を取り 戻 し そ こに伝 わ
る祭り が甦 つて・
ン 、 真 の復 興と感す る。
この春 、神 職 はそ のこと を只合 に願 い氏
子 と 共 に神 々 に祈 念 し た こと と 存 じ 上 げ
一.
フ
此度 の御■ に願 い込 めた思 いが、被 災地
の 一時も 早 い復 興 に業 がる ことを信 じ、次
期 の御柱人祭 に向 け て、 日 々の折り を続け
る 氏 子 の姿 に、今 何 を 成 す べき か 反 省 の
日 々が続 く ︰Ъ
ゞ饉1鶴
■7
陥 鳥居前にて清祓神事J
,
(H3を
神
(12)
平成2年 8月 1日
る卯年 ●年 の 現在 は二月 五日 に斎 行 さ
れ て います。
氏子 であ る十地区 が各 々 一ノ組 ニノ組
に属 し、前 者 は 一
四 の柱 を 、後 者 は 二 〓一
の注 建 てを 担 い、 材 は 近 年 は杉 が用 いら
れ、大 さは日連り で周円 一間程 です が、音
√木遣皆様神免なよ
歌 い手が法被姿 で御柱 の上 に立ち 来配
師喜
提
撃
顧
建
築
上高 橋 賢 二
問
関東分三 〒]1]〇 〇25東 京都台東区浅学 ]〇 ]5
甲言
舌03(3872)6857′ Fax03(3872)64]〇
二 月 に入 り 山 出 し 、 中 出 し が行 わ れ ま し
た。本 は根 元を深く掘 って伐採 され、斧 頭
そ 及び 挺 子棒 採 り 、 綱艦 り と 準 備 は続 き
何 回も の会合 を重 ねな がら、根 掘り 、ね じ
見 立 てが済 むと手 締 めを 経 て結 納 が 入り 、
は長持程もあ るも のが建 てられた ことも あ
ると伝わ って います。
昨 年 夏 の初 会 合 で御 柱 建 実施 が決 ま り 、
一
︱
を手 に独特 のリズ ムをとりながら、神 への
感謝、祭りを寿ぐも の、社会を諷刺したも
の、男と女 の妙を歌 ったも のなど、種 々な
木 遣り歌 が引手達 の句毎 に入れ る囃子と 共
に歌われ、柱 が神社 へと 運ば れる七年 に 一
近くを流れ る薄 川 の水霊を祀 つた のが始
度 の御柱祭 が行われま した。
まりとされ、三代実 録 にそ の名 の見 られ る
当社 は、中世 に至り御祭神 が諏訪 の神 に替
わ ると共 に御 柱行事 が行われ る様 にな った
と推測され、諏訪大社 の御柱 祭 の翌年と な
社 〒3800872長 野 市 妻 科 町407
電 言
舌026(235)]]ア 1′ Fa026(205)4766
本
設計監理
社寺建築
)
(]13号
州
神
(13)
平成23年 8月 1口
,
(113り
州I
神
{14,
平成3■ 8月 1日
これを俗 に ﹁
男を つく る﹂と 言 います 。根
元 の部分 には めど ︵
綱 を付 け る為 のね じそ
ら により 皮 を 取 り去 り仕 上げ ら れます が、
仕来り があり 、加え て衆 日 の中 で手 早く進
四 月 に入 り 旧 御 柱 倒 し が行 わ れ 、 こ の
留 め置かれま した。
た青年 の掛 け声合 図 に御を は勇壮 に山を下
り、
一日も しく は 二月掛 け て所定 の場所 に
めなければなりま せん。準備 が整えば御神
酒を戴き ﹁
やまと﹂と呼ば れる短 い本遣歌
が歌われ、各 々が持ち場 に■き御柱 に乗 つ
を 通す穴 ︶が開け られ、続 いて尺竿を持 っ
た斧 頭 により決 められた長さ に測 られます
が、 こ の所作 は今 は儀式と な って いて、最
後 に頂 上 が三角 にな る様 に整え られ、完 成
となります 。次 に青 年達 により御 柱 に引き
綱 が付け られます が、 こ の方法 には厳格 な
︱御 柱 か ら 槌 他 必要
︱
な
材
料
が
確
保
さ
れ、
︱
余 ったう ら ︵
末 ︶ の部 分 は各 々四 ■ 一
の柱
とし て使 われますが、そ の為 にう ら御 と
も呼 ばれ、文政年 間 の記述 にも 見られ,
る古
くから の慣 わしとな つて います。
■月 五日、御柱 は和社 に向 か つて引立 て
られ、神社側 の出 迎え のあと修祓を受 け昼
食 に入ります。例大祭当 日 に同じく、境内
のほぼ定 め られた場 所 に各 々の町会 が陣取
り 、酒肴 に舌 鼓を打 ち つ つ、木 遣歌も 飛び
出 し、楽 しく 賑 やかな 一時を 送 る こ の習慣
は珍 し いも のと 聞き 及 ん で いま す。建た の
前 に到 着 し いよ いよ御柱 建 と なり ま す が 、
普 の御柱祭 と比 べ 一番 の相 違 は こ の建 て方
でありま し ょう 。今 回か ら クレー ンが導 入
されま した ︵
以前も方法 は違え ど動力 を使
用 ︶が、格 に乗 った青年 、役 員 に導 かれ無
事 建 て終 わり 、引渡 し式 に続き社 殿 にて報
告祭 が斎 行 されまし た。又六月 八 日 には扉
温泉 近 く に鎮座す る奥 社 に ても御柱 祭 が斎
行 さ れ 今年 の行事全 てが此処 に終 了致 し
ま した。
栄村で震度 6強
﹁
震災後 の栄村を視察 して﹂
襲 ったなと思 いこん でしま って いたが、朝
教化部祭 祀副委 員長 自
三城憲 和
下水内 部栄村 に震度 6強 の地震が起 こ っ
た のは 、 東 北 地 方 を 最大 級 の地 震 と 津 波
こと を初 め て知 った。繁急速報 で散甚災 害
に指定 された こと が報 じ られ、倒壊 した家
の ニュー スでそれが長 野県 北部地震 であ る
が襲 った 翌 日未 明 のこと だ った 。 布 団 の
中 で揺 れ を感 し た 私 はま た余 震 が 東 北 を
以
屋が映し出されて いた。長野県神社庁 ︵
急ぐ ことから雨天決行とな った。
す べきだ ﹂と そう 勝手 に決 め て いた。 しか
し、倒壊 した神社 への ﹁
立 入禁止 ﹂制限を
庁﹂と いう︶ では危害状況を把握す
下、﹁
るため調査隊を派遣し、 二十数 力所あ る当
査 す ること にな った。村 に入 ると完 全 に倒
流 し 合 計七人 で二班 に分か れ各 十数社 調
栄村 人 口付近 で飯水 支部 の神 職 二人と合
地 の神社 の状況を確認す ることにした。そ
の決定をした日にたまたま教化部 の委員会
があり、庁を訪れ ていた私は調査隊 に加わ
がされ て いた。村 民 は不便な遭 難所生活 を
の人 口に赤 か貨色 の ﹁
立 入制 限﹂ の貼り 紙
壊 し て いる家屋も あり 、壁 が崩 れ て いるも
の 家 が傾 いて いるも の、 ほと んど の建物
調査当 日は 地震発生 か ら十 日後 の二月
二十 一日、春分 の日 であ った。 早朝 まだ暗
余 儀 なく され て いた が、道路 は絶 た れ てお
な った。
るこルル﹂
い内 に家 を出 た私は 雨 の中、集合 場所 の庁
に傾き 、壁板 が外 れ中 は ひど く散 乱 し て い
いた。社殿 はか ろう じ て建 って いるが斜 め
崩 れを起 こし基礎 の 一部 が剥出し にな って
な か った。 ただ 、最後 に調査 した 一社 は ひ
と い状 況 であ った。社 殿裏 の傾斜 地 が土砂
様 々な物 が倒 れ て散 らば り、 石灯籠 が崩 れ
て いたり し て いた が、大 きな損害 は見 られ
が 外 れ 、 本 殿 が横 を 向 いて いた り 、 中 の
扉や壁板
一社を 除き 倒壊 は免 れ て いた が、一
か んじき ﹂ を 履 い
雪 がま だ 残 って いて、 ﹁
て境内を進 んだ 。私たち が調査 した神 社 は
道路 は除雪 され て いた が、屋根ま で居 く
起 こ ったら﹂と肝を冷 やした。と にかく私
が考え て いた以上 にひど い有様だ った。
通過 す る こと が でき た 。 で ヽ﹂で余 震 でも
路 は アス フ ァルト が割 れ て円凸 し、 至 る所
で落 石 や土砂崩 れがあ り、車 一台 どう にか
らず 緊急物資 は確 保 され て いた。村内 の道
に向 か った が内 心 ﹁
今 日は中止 にな るだ ろ
う ﹂ と 思 って いた 。余 震 の心 配も あ るし 、
残 雪 も未 だ 一メート ル以上 あ る こと か ら、
こ の雨 で緩む危 険もあ る.特 に、まだ 現場
はかなり混乱 し て いる様 子 であ るか ら今行
も う 一ヶ月先 に延期
く のは迷 惑 だ ろう 、 ﹁
J
堺学宮ヽ 饉 「十■
堺鞭 「十二制
│・ II」
堺鎖座 「徊
(113=)
州
神
(]5)
平成231:8月 ]日
3月 21日 被災直後
(113='
州
神
1 11(16,
1',よ 23118,1
雪解 け後 5月
「十ヨ JJ
胸 崎社J
す
コ■″ .`
た。地震 の被告 の大 きさを肌 で感 した。更
に余 震が続けば倒壊 す る危険 があ ると判断
し ﹁
立入禁止 一の札を■段前 に表示した。
被災神社 の調査と 聞 いた村 民から ﹁
神社
庁 でな んと かし ても らえ る のです か つ 一と
質 問された。同行 した理事 が ﹁
義援金等 の
︱は地域
検 討は しま す が 被 災神社 の復︱
︱
氏 子 の皆 さ んを 中 心 にお願 いしま す。﹂と
理解を 求 めた 。納 得 した様 子 であ った が
世難所生活を し て いる現状 で実際 それど こ
ろではな いはずだ。 やは 義援金 の募金 や
,
復 旧活動 の応援と いう形 で最大 限 の支援を
しなけ れば被人神 社 の復興は望 めな いだ ろ
ソ.
,
最後 になりま したが、神社本庁 では被災
県神社庁を通じ義援金 の贈 旱を決 め て いま
す。私 たち神社 関係者 は被 人神社 の復 興が
果た され るま で復 旧活動等 の協力を■ しみ
ま せん.栄村を はじ め東 日本大震災 で倒壊
した全 て の神 社 が元迪り 再建 され 賑 やか
に祭り が催行 され る日か 一日も 早く訪 れる
ことを折念し て います.
第 二次 調査 と し て、 五月十 八日 に再び栄
村 に入りました。
一次 調査 より 二 ヶ月 が経 ち 、 雪も 解 け 、
神社 の被告状 況が見え てきま した。
改 め て地震 の悲 惨 さを 目 の当 たり にしま
した。復 興 に向け、十進 んで いました.
松本 でも震度 5強
六月 二十 日、震度 5強を観 測す る地震 が
=社 庁 の調査 によると 、 こ の地震 によ る
県中部 で発生 しました.
神 社 の建 物 被告 は十 二社 に及 びま す 。 ︵
t
月 一日現在 ︶
各神 社 におかれま し ては 石灯籠 など T
作物 の補強 や柵 の設置 及び危険を 周知す
る立 て札などを ご考 慮載き 、自然災 告 への
対策を講 し ておく ことが望ま れます。
平成23年 8月 ]口
(17)
多賀社 白山社諏訪社讐殿
(113,)
州
神
(18)
平成23年 8月 1日
前日 の二十 二ロタ刻、諏訪大社下社秋宮
にお いて道中 の安全を祈願し参拝、二台 の
運搬車輌 の清祓 いを行 って出発した。空荷
神社庁 であ った。
は被災地 の中 でも北部 に位置する、岩手県
盛岡市鎮座 の盛岡八幡宮、隣接す る〓り十県
から の依頼を受け会員 二名を派遣、氏子有
志が同行し て物資運搬を実施 した。行き先
長野県神道青年 会
東北地方 基 半洋沖地震支援活動 に ついて
此 の度 の地震と津波 により犠牲 になられ
た方 々に対 し、謹んで哀悼 の意を表し、被
災地 の 一日も早 い復興をお祈り中し上げま
す。
去る二月 二十三日、神道青年全国協議会
︵
以下 神青協 ︶ により、東北地方太平洋
沖地震被災地 に対す る支援物資 の運搬が計
画された。長野県神道青年会 では、神青協
で出発した 一行 は、
一路埼玉県大 宮市 にあ
る量販店 へ向か い、午後十時頃到着、神社
本庁職員立会 いのもと、支援物資を積載 し
た。物資 の内容 は、主 に米 や水、また大人
本来 であ れば 、 原発 問題を抱え る福島県
全 て のガ ソリ ンスタ ンド にお いて満 タ ン給
油 が 可 能 であ った 。 地 震 によ り 路 面 が割
状態 であ った為 、渋滞 に巻き 込ま れ ること
も無 く、燃料 不足 が叫 ば れ て いる中 、 はほ
東 北自動車 道 は緊急車 輌 のみ通行 でき る
予め用意された緊急車両通行許可書を受け
取り、 これを各車輌 の運転席 に掲げ出発し
た。
を避 け て 一度 日本海側新潟 県 へ出 て、再度
山形 県から北 上す る ルートを通行す る予定
れた のを 応 急 処 置 で直 した と 思 わ れ るが 、
所 々継 ぎ接ぎ があり 、凸凹 し て いた為 、運
用及び子ども用 の紙おむ つ等を中心とした
日用品であ つた。
であ った が、午前 八時 には現地到着 と いう
予定を 鑑 み、本 庁職員 や同 じく東 北地方 ヘ
転 には慎重を期 した。
日を
さ
x
け られな か つたが、 閉ま ったま ま のガ
着 市内 には これと言 って目立 った被 害 は
翌朝 午 前 八 時 、 予 定 通 り 盛 岡 市 内 に 到
向 かう業 者などと協 議 の結果、埼 玉県 から
一気 に北上す る ことと な った。当時 は、地
震 が起き てか らま だ十 日程 。東 北自動車 道
は通行禁止 状態 であ った為 、本庁職 員より
ソリンスタ ンド に、給油待ち の車輌が数キ
ロに亘る列を作 って並 んでいた のが印象的
であ った。盛岡八幡宮 では、神青協会長他
役員、当地 の神青会員が到着を待ちに待 っ
れる。
県内 でも大きな地震が発生、栄村 では全
壊した神社もあり、東北地方 における神社
の被災状況もまだ全容が掴めな い中、現地
の人 々は 一体何を望んで いる のか、そして
我 々青年神職は今後 いかなる支援活動がで
き るのかを模索、検討中であ る。今 こそ神
社本庁 及び神社庁 に於 いては情報を収集 、
.
ていた様子 であ った。凡そ五十名は いたと
思われる人 々の手 により、物資はあ っと い
う問に車輌から降 ろされ、種類毎 に並 べら
れた。 これを 二十 三日から二十四日にかけ
関係各所 に対す る支援要請をして頂き、神
社界を挙げ て復興 に協力 できるよう お導き
を願 い、結びとする。
.
て、県内各地 の避難所とな っている神社 ヘ
運搬すると のこと であ った。
物資を引き継 いだ後、無事 に到着した こ
とを感謝 し、また被災地 の復興を祈願し て
八幡官 に参拝、皆 に別れを告げ て 一路帰路
に着 いた。夜 間 の往路 では気付かなか った
が、途中車窓からは、倒 れかか つた電柱、
屋根 が崩 れブ ルーシート で覆わ れた家 屋、
道 に転がり落ちた岩などが見え、沿岸部 に
おけ る被害 の甚大 きはどれ程 のも のかと 、
地震 の大き さと恐 ろしさを改 めて感じさせ
られた。
今般の東 日本大震災に対する神社義捐金につ きまして
は 管内神社 総代 神社関係の皆様に鋭意そのお取 り組
みを裁きました
7月 1日 場在 県内においては13,012,215円 の御寄付をお
寄せ戴きました
関係各位の御厚志に脚 0よ り厚 くmILを 申し上げます
尚 甚大なる被告を鑑み 義捐金の第二次募集も行って
おります
何卒 格別なる御配意を場 りますよう 重ねてお願いを
申しLげ ます
.
此 の度 の地震と そ れ に伴う津 波 の被 害
は、阪神淡路大震災や中越大地震 に比 べ逢
か に大きく、復興にはかなり の時間を要す
ると予想されてい 。
る
天皇陛下 のお言葉 の通り、
一人 一人が被災
地 の人 々に対 し長く心を寄せて いく ことに
より更な る支援、協力 ができ ることと思わ
被災神社義捐金の御礼
)
(113号
州
神
(19)
平成20年 8月 1日
)
(110号
州
新
された神 機を 需 介 し ま す
任, 神
職
の 横
顔
翻硼酵や 任
甲 田 持史 一
T 一歳
・
七柱神社 襴宜
上小支部
こ の度 、皇 學館大 学神道学専 攻科を修 了
し、 父 の兼 務宮 司社 七柱神社 柳宜を 拝命
いた しま した。あ わ せ て、生島 足島神社 出
ま た、 二月 の東北大 震災以来 、混迷 の様 相
の我が 国 であります が、 そ の中 で有為 な神
全 て にお いて至 ら ぬ身 ではあ りま す が、
職とな れるよう努力致 します.
何卒 御指導 御鞭撻 の程宣 しく お願 い申 し
上げます。
の人 々に認め て いただけ るよう に日 々神明
本社 に励 んで いきた いと思 います。
今 後とも ご指導 ご鞭撻 の程宜 しく お願
い申 し上げます。
∩ 幕 翻翡 誕
が、御本 仕 の都度 、自 分 の未 熟 さを痛感 し
いです。
現在 、会 社員と の兼業と な っております
A・
3辟鯰饒
仕 を経 て、 こ の度 、 四月 一日付を以 て諏訪
こ の度 、平成 二十 三年 四月 一日付 を以 て
諏訪神社禰宜 を拝命 し 身 の引き締 ま る思
大 社権補● を拝命 し身 の引き 締ま る思 いで
仕 を拝命 し、神職 と し ての 一歩 を踏 み出 し
たと ころであります。
これから 皆様 のお仲 間 に加 え て頂 くわ
け であ ります が、神 職と し て の責 務 の重 さ
作 法など 、ど れを と っても 未熟 な私 です が
平成 二十 一年 より出社と し て二年 間 の本
と そ の神 聖 さを実感 し、今 心震え る思 いで
あります。
以後 、命 に恥 じ る こと のな いよう に日 々
本務社官 司様を はじ め、諸 先輩方 の御指導
のもと 、
一つ 一つ身 に付 け てゆく所存 であ
学者輩者 でござ います が、どう か御指導 御
鞭権を賜りますよう お願 い申 し上げます。
数多 く学ば なけ れば ならな いこと があ ると
中し上げます。
私は、東京 で会社員生活をし ておりまし
た。従 いま し て、父親 の死後 から今 日迄 、
古堤璽T久 六十 四歳
八幡神社 宮司
木曽支部
皆様方 の御指導御 鞭撻 の十 宜 しく お願 い
至 ら ぬ点 が多力 あ ろう かと は存 じます が
ており ま す 。神 職 と し て の心 構 え 、知 識 、
おります 。 これより後 は 神 明奉仕 に専心
神 明奉 仕 を致 し 、精 進 し て参 り ま す ので
皆様 には何 かと ご迷惑を お掛 けす ることと
ります 。
努力 し てま いる所存 でござ います。何 分浅
は存 じます が、御指導 御 鞭撻 の程宜 しく
お願 い申 し上げます。
紫芝 僚 一
平 七歳
七窪神社 権禰宜
上伊那支部
これ より は、 これま で学 んだ ことを生 か
し つつ、誠 心誠意神明 に奉 仕 し、神 職と し
思 います。 早く 一人前 の神 職 であ ると周り
こ の度、 t窪神 社 の権 禰宜を 拝命 致 しま
した。神 職と し てはま だまだ未熟者 であり
て の知 識 及び経験を積 め るよう 日 々精進 し
訪大社権袖宣 を拝命致 しま した。
こ の度 平成 二十 二年 四月 一日付 をも っ
て、 二年 間 の出仕と し ての奉 仕を 経 て、諏
、
曲 0 琲りに
神
(20)
平成23年 8月 1日
十数 年 間は、長 野県神 社庁木曽支 部 の皆様
を始 め 地元 の総代 氏子 の方 々に 多 く
こ のたび小坂 諏訪神社 の禰■ と し て本 仕
小燕燎Щ匡 二十六歳
小坂諏訪神社 襴宜
松塩筑支部
得 す る ことが出来 ました。今後 は、今迄受
す る こと になりま した。同神社 は、社家 と
し て累代奉仕 し て参 りま した社 であり 、時
のご迷惑をお掛け し てきま した。
今 回 定年 を機 に、 こ のよう な資格を 取
けた皆様 のご思 に、少 し でも報 いる ことが
を超 え て先祖 の神明奉 仕 への想 いがあ らた
出来 ればと考え ております。
私 は、神 道 の世界 で、知 識は浅く 、未 熟
に何 が出来 る のかを考え 、地域 の発展 に努
め、神 社 が戦前 のよう に国民 にと って素 晴
や不満などを 一つ 一つ確 実 に乗 り越え 日標
らし い所 になれ る様 、まず は日 の前 の問題
と す る神社作 り や 人格 作り を し て いき た
いと 思 います。
霞
︹0恣7十
こ の度 、縁あ って こ の世界 の末席 に加え
め て伝わ ってく るよう に感 じら れ、 そ の責
て頂 く こと と な り 身 の引 き 締 ま る 思 いで
者 です 。今 後とも 、厳 し いご指導 と ご鞭撻
を甦 らせ るた め には、神社 の祭典 が地域住
す。
任 の重さを実感 し て います。
地域住 民 の氏 子意 識を 昴め、神社と の絆
民 にと つてより身 近 にな ること が不可欠 で
をお願 いします.
神田ゆきル 二十二歳
す。更 には それぞれ の家庭 で の祭 祀が より
実家 は兄 が継ぎ 、私 は調理師と し て料 理 の
自 分 が神 ■ にな ると は想像 も し て いま せ ん
でした。神主 の家 系 に生ま れ育 ちま したが
人生 と は不思議 なも ので、数年前 ま では
先輩神 職 の皆様 の御経験 と御実績 によ る
指 導 を 賜 り た く 宜 し く お 願 い中 し 上 げ ま
尊ば れる ことが望ま れます。
す。
大 北支 部
幼 い頃 、神 道青年会 を始 め教化部 の方 々
には多 大 なご迷惑を お かけ した ことを お詫
び申 し上げます。
こ の四月十 九 日、長野県神社 庁 で の辞令 伝
達式 で正式 に仁科神 明宮 で の神 職と なれた
こと や 一人 の神道 人と し、今 後 は、自 分
す。
では ござ います が 一生懸命御奉 仕 し、神 職
の務 めを 果た し て いきた いと 考え ておりま
と し ての勉 強を させ て頂き今 に至ります。
まだまだ神 主と し て、人 間と し て未熟 者
一から神 職
系 であ る家 へ来 る こと となり 、
をも た らされ長野県 戸隠 にて代 々神主 の家
道 へ進 みま した。 それがあ る時神 様 に良 縁
抵 抗 も な く神 職 を 日指 し てま いり ま した 。
不安 な気持 ち で 一杯 でごぎ いま す。差別 は
したくあ りま せんが、 やはりま だまだ少 な
い女 性 の神 職と し て のキ 労もあ ると 思 いま
す し、 な により神様 と いう見え な い存在 を
感 じ て いただくと いう こと はと ても難 し い
ことだと 思 います。
今後 は神 職と し て感謝 の気持 ちを忘 れ る
こと なく、少 し でも神 様 の存在 を感 し て い
ただ け るよう 日 々精 進 し ご奉仕 に努 め て
ま いつ た いと思 います。
T歳
松 井 泰 智 一
仁科神明宮 禰宜
しか し、 こ の度神職 に任命 され、正直今 は
私 は実家 の神 社を継 ぐ為 、 これま で特 に
八幡宮 補宜
木曽支部
ぐヽ′〉
)
(113■
州
神
(21)
平成23■ 8月 l口
==
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●戸隠神社 ︵
長野亜 戸隠鎮座︶
宮司 藤井茂信
青龍 殿 ︵
宝物館 参集館︶新築
造営費 一億 一千万円
戸隠神社及び戸隠境内 に関わる社家等 に
わる貴重な文化財 の劣化、破損、散逸を
,ぎ末永く保存 し、これを後世に伝え、大
防
勢 の皆様 に御覧頂く為 の■物館と、団体参
拝者、神前結婚式参列者など の控室、懇談
の場として御利用願う為 の参集館を 一つ屋
根 の下に ﹁
青艶段﹂と し て完成 しま した。
去 る四月 二十 三日竣工奉告祭並びに開館式
を執り行 い、長年 の懸案 でありました造営
工事を無事終 了しました。
待合室
参集館
●l■
青籠殿
(113け ,
神
平成お年 8月 l日 (2)
去 る五月、神社 本庁 設立 六卜 五周年 の記念
表 彰式 が行 わ れ、全国 で勤続 五十年 以 上 の神
職 、 教 化 又 は ■ 社 興 降 に尽 力 し た 功 労 者 等
二十 七 百 三名 が晴 れ の栄 に浴 し 、 本 県 で は
四︱七名 が栄誉を受 けた。
功績表彰
^
表彰現 第 二条第 一号︶
諏訪大社,富司 平林 成元
︵
表彰規程第二条第 二号︶
明三
年推
′
レ一
ヽ
中一一
徳雄
保彦
渡造 惣七
畠 山 昌親
企 丼 重忠
内堀 吉麿
五十嵐文哲
藤 光宣
,担件 道夫
官
大 平 m彦
高橋 邦術
〓遺 弘
→穫 菅檻
福澤 房孝
安藤 武志
駆電神社富司 大澤
八幡神社 官司 官 川
高性神社官司К務者 勝山
^
表彰規 程第 ■条第 一
言ι
上平神社役員 代 日
若 一王子神社役 員 松浮
健仰名方宮^翌′伸別神社役員 加鷹
神社 本庁設立六十 五周年記念表彰
●五十年以上勤続 の神職
生 昴 社毯 ■
縣神 社言司
大伴神社祢■
大 屋神社宮 司
十 五社富司
白 山社宮司
諏訪神社宮 司
和世 円社富司
五官神世 〓司
秋茉神社宮 司
冨士浅間神社官司
同官柿社 官司
柵莉社宮 司
〓同神社 ●司 ^
言岡 蔚
“施 田神社宮司 宮本 克彦
¨
ヽ地水 原神社● 司 水片 r
●弥
熊 野出逮雄神社官 司 武藤 登
皇 足穂吉 田大御神言言司 原 万平
武丼神社吉司 齋頂 ÷●
O教化 又は神社 の興隆 に功労 のあ る者
白山社●司 伊藤 光二
小丼川賀茂神社官可 有賀 ■■
諏訪神社 宮 司 徳 原 正 三
神明一
■●司 水持 はな子
●隠神社 官 司 藤■ ム信
柴神社宮 司 龍浮け い子
長沼神社 富 司 長沼 忠行
和世口神社言﹁ 矢洋 龍 一
0神社 の総代又は責任役員にして功労顕著な者
大仰資神社■員 金村 二郎
信濃言役員 片桐 , 登
御薇神社役員 浦澤 夫 一
四■神社役員 藤村 十里′
若 一王子神社役 員 松澤 徳雄
櫻 日神社元役員 松丼 夫衛
性御 名方一
中 彦神別神社役員 上村 カ
,彦神別神社役 員 加 鷹 保彦
健御名方″
晏工
O神宮大麻 頒布功労者
証訪神■ 司
井出 舜
,司
諏訪神社宮
茅野 建夫
七久里神社宮 司
近頑 政彰
整電前社宮司
■ 帯 明 ニ
小 野神社● 司
,一橋 一
^
t
〓
大官熱 日神社官司
山田 充春
小内神社 官 司
片 山 昭
酒工神社富 司
竹内 忠男
辞 今 ︱︱
諏 訪
︲
氏日 口 H 日 圏
円田日日間回自︱
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五一神職身分二級上
︱目旧目日日日国
︱
日日︱
用円︱
笠 原 陸
イ 川 東
十之社
辞職
兼 官 司
小原 参
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型盟任花 一じ
徳原
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二 三十 一
人幡神 社 ︵
他 一社 ︶ 兼 富 司
五十風文言
官司
一
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宮 司代務者 島 山 ][■
南 t久
上● 那
三〓 一
十 一 上水内
一
三
こんで御霊の安らかなることをお祈りいたします
兼
兼 亡司
兼 官司
兼 せ司
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十 一 上水 内
︵
他 六社 ︶
相本 社
官 下 ′ 村
諏訪神 社
︵
他 二社 ︶
清 三神 社
訓訪 社
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雪原 正三
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市省神社 ^
他 一社︶ 兼 亡〓]
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諏 訪神 社 官 司
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畠山 掟
五 二十 七
室 川茂 太夫
花 短 ・ 守
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熟訪ナr一︵
下諏訪町︶
式年造営御柱祭に多額の浄財
下諏訪町第 区面 ■実行委員会
七
¨
池口木材い
横襲■全″続理 感 謝状 参百万円以上寄附
覇訪支部︺
■釜品の寄附著
各神社からの申請により、下一
に対し感謝状が授与されました。
赤誠の真心を奉納 いただ いた皆様に改めて感
支部名 神社名 鎮座地
謝の意を表します。︵
授与の理由 氏名︶
敬称略
神社本庁総裁 感謝状 壱千万円以上寄附
〓 水内支ユ
長野市︶多額の浄財 中原数 一
戸隠神社 ︵
o寄附者顕彰 ︵
曇多 年セ月←
権十 三
醤
日
南 佐久
評
那
,
官
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他 二社︶
神 明社 ︵
工 ■嵐 一
諄
猿 谷 一
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上
,
上伊 那
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皇大神社 ^
他十社︶
官司
兼
官司
滝 和人
兼 宮 司
相 本社
茉
︵
他 六社 ︶
市せ柿社 ^
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諏訪神社
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州
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平成お 年 3月 1日
工野県神社庁圧 感謝状 参拾万円以上寄附
一
諄動支当
諏訪大社 ︵
下諏訪町︶
式年造営御柱祭に多額の浄財
伊与久グループ 伊与久きく江/山工閣/須
永しずえ/加藤恭子/日東光学い/ エルシー
ブイい/諏訪信用金庫/セイ コーエプソンm
/︻テクノオオツカ 大塚淳生/mテーオー
ピー 大塚隆史/佐藤篤佳/中澤利雄/村松
しずゑ/森羅会 辰官大 一/小林ナカ/[み
すず製作所 小林秀 一/富川建設い/八十二
銀行/敬神束会 石山 一
員/帥小松精機工作
所/大哲組 大江哲司/御嶽教滋賀大教会
岡本康成/伽有信建設/小泉増子/碇 幸子
/出中精之助
膏カ
野ロ エ
大和 〓
警良
鎮酉 笙夫子
霧塩筑支部]
塩尻市︶多額の浄財
高日出神社 ︵
筑北村︶ 多額の浄財
自山神社 ︵
阿嘔神社 ︵
塩尻芭 多額の浄財
越石 清行
越石美代子
岩戸 耕地
[
更埴支望
天皇子神社 ︵
千曲市︶ 狛大 一対
[
上水内支部]
戸隠神社 ︵
長野市︶ 多額の浄財
荻原 武詰
川鳥 忠二
川鳥寿美江
平成23年 S月 1日
神
(24)
州
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平成23年 度長野県神社庁歳入歳出予算書
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長野市上松興庄
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官 瀧 澤 け い子
同谷市小丼川鎮座
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ロ ロ
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富
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贅輪 町 大学 中 箕 輪木 下
塩尻市中丙條製座
社
椰市御回区策座
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長野市■輪銀座
蜘 ヶ根市赤穂鎮座
大 宮 五 十 鈴 神 社
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長野市大町興座
上
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■ 都市 無 輸 村
殿村 八 幡 宮
長 野市 松 代 町皆 神 山
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神
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社︶
熊 野 出 速 雄 神 社
外 職 員
一日
官 司 武 藤 登
奥州 之富踵竃神社御分社
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安曇野市登科南穂高
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司宮
■小
t久市自日銀座
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社
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官 司 高 橋 勘
祢 ■ 高 橋 穣
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長 上 村 カ
健 御 名方 富命 彦 神 別神社
飯山●五束鎮座
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国i文オ宮 八幡社︶
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司 宇 治橋 淳
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塩尻市北小野銀座
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官 祠 宇 治橋 淳
称 宜 宇 治橋 邦 彦
氏 員 小 野 充 宏
長野県女子椰餃会顧問
神明宮宮司
永 持 は な 子
全国女 子神職協議会副会長
長野県敬神婦人連合会会長
長野県女r神職会顧間
柴神社官”
竃
仁
,
長野市卜石町鎮“
えびす の神
西
宮
神
社
〓 司 丸 山 肇
役 員 総 代 一同
飯 田市浜井町
破魔射場鎮座
富 士 山 稲 荷 神 社
社
官 司 市 原 貴 美雄
職 員 総 代 一同
神
安藝野市檀高●明ヤ富城
彫刻 で名高き裕 助門
山
三 子三 社
社
陽
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誠房忠
正光克
昭節 明
公健
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沼 ll沼
水沢沢
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一睦 仁 社
社
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平成23年 S月 1」
致します
波 災地の復興をお析り
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平成2年 8月 l日 (然 )
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し、関係各 位 の絶大 な る御
協力をお願 い致 します。
札 が奉斎 され ることを 日指
神宮大 麻と氏神 さま のお神
す べて に神 棚 が整 え ら れ
県内 各 ご家庭 、各 企業 の
す。
官 、そ し て氏神 さまと氏子
を つな ぐ 心 の絆 であ り ま
は勿 論 のこと 、 皇 室 と 神
ります大 切な本務 です。
それは、伊勢神宮 への奉賛
人麻 の頒布 は、年末 に神
職 氏 子総代 が託 され てお
す。
を護 つて いただ いておりま
そそがれ、災 厄より 私たち
徳 は、す べて の人 々に降り
かく 恵 み の多 いそ の御 神
御祭神 であ る天照大御神
さ ま の 太 陽 のよ う に 暖
す。
総氏神 さまと し て崇 められ
て いる伊勢神 宮 のお神 札 で
﹁
神 宮 人 麻 ﹂ は 、 日本 の
神宮大麻を
ヽ
すべての家庭に
神社本庁