創刊 10 周年特別企画「不織布 この 10 年・これからの 10 年」 業界リーダーに聞く 社会・経済変化の潮流を 読み取りながら新たな展開へ 岩熊 昭三氏 日本バイリーン㈱ 相談役 てアパレル産業向けの不調は深刻な影響をもたらし,同 ●この 10 年を振り返って 2 度の“平成不況”で用途分野の明暗分かれる わが国経済はこの 10 年で大きな変動に見舞われ,91, 産業向け売上が最盛期の 4 割程度までに縮小するという 結果となった。 この背景には,マクロ経済的要因に加えアパレルメー 92 年まで続いた高成長経済のあとバブル崩壊に陥り,多 カーによる海外への生産移転やランジェリーファッショ くの企業同様当社もその打撃を受け業績が落ち込む結果 ンなど芯地を使わないファッションの流行などがあり, となった。96,97 年ころから落ち込みが下げ止まる兆し それらも芯地需要の大幅減少に拍車をかけた。労働集約 も現れたが,98 年にはアジアの通貨危機のあおりを受け 的工業であるアパレルメーカーの生産移転については予 国内でも大型倒産などが相次ぐなど経営環境はかなり厳 想していたことではあったが,欧米とくにヨーロッパで しいものとなり,当社業績も 93 年の対前年比落ち込みレ は 2 0 年くらい前から不織布メーカーがそうした転換に ベルにまでも戻ってしまった。この「第 1 次平成不況」と 対応していた。当社もすでに 20 年前より香港での国際芯 「第2次平成不況」の2回にわたる経済悪化のなかで多くの 地販売会社FVIの設立により,マーケットでの国際対応に 企業がリストラ策などを推進し経営強化を図ったが,当社 手は打ってきたものの,当社の海外に対する国内生産の対 も構造改革や合理化策を進め,2 回の落ち込みでピーク時 応が遅すぎたということは否めないだろう。アパレル生産 の 35%近いマイナスだったものが,この 99 年度,2000 年 の立場で見ると,当初日本のメーカーにアジアでの縫製で 度でそれぞれ対前年比5%程度のプラスとなり回復基調に は国内消費者の品質志向を満足させられないとの判断が 転じた。 あり生産移転に積極的ではなかったものの,経済環境の変 以上がこの 10年の大まかな流れであり,米国経済はそ の間好調に推移しており,わが国とは対照的だった経済 動向がとくに印象に残る。 化によりアパレルメーカーのコスト志向が強まり, いっき に海外移転へと向かったことが要因となっている。 当社にとって一方の柱である自動車向け不織布も,こ 不織布産業の10年間を振り返ると,製品特性上用途分 の 1 0 年で自動車生産台数がピーク時の 1 , 3 5 0 万台から 野が多岐に分かれていることもあって総括的に捉えるこ 1 , 0 0 0 万台を切るレベルに落ちたことににより大きな影 とは難しいが,そのなかで言えることはアメリカ,ヨー 響を受けた。アパレル同様,自動車も生産拠点が国内か ロッパではこの期間不織布は非常に好調に推移し,わが ら海外に移っていることが要因の一つになっているが, 国においてもユーザーによる不織布への認識の深まりを それによりトップシェアにあった当社の自動車天井材お 反映して総体としては需要の伸びを果たした。 よび自動車マットも生産台数減が直接的なマイナス材料 ただ用途・市場別に見ると,当社の大きな柱であるア となった。ただ,アパレル向け芯地と違って自動車の製 パレル産業向けの不調がとくに目立った。世界的に見る 造にとって生産性のいい不織布自動車天井材は他素材か と不織布全体でアパレル産業向け芯地が占める比率はそ らのシフトもあり,天井材需要自体が減少傾向にあるな れほど高くなくニッチな市場と言えるが,日本では当社 かで不織布天井材は逆に増加傾向を示している。縮小傾 が最初から市場開拓に取り組んできたリーディングカン 向の市場で需要を伸ばすため相応の製品開発に注力した パニーとして高いシェアをもっていたということもあっ 結果であり,これは不織布というものの一つの生き方を Vol. 11 No. 3 11 示す好例といえよう。 低いが,パイが大きい市場での伸びなので量的にはかな アパレル,自動車の両産業が生産量を減らしているの りの拡大を果たしたと見ることができる。いずれにして に加え,各種工業製品の生産量減少,ビル建設の低迷な も,アジア,ヨーロッパ,北米で見ると同様な市場拡大 どでそれらに使われる不織布需要も低迷し,同時にビル の傾向を示しており,2,3 年のうちにこの 3 極で市場規 空調用のフィルターなどのように取り替え期間の延長化 模がほぼ 3 分の 1 ずつの比率になると予想している。 といった現象も広がるなど,マクロ経済的に見た不況の では,そうした市場拡大の 1 0 年で企業の動きはどう 影響がじわじわ不織布市場にも現れてきたというのがこ だったのか。周知のように海外ではM&Aによる企業の買 れまでの流れだろう。そのなかにあって順調な伸びを示 収統合が急速に進み,PGI や BBA などといった大規模不 している不織布用途は衛材分野であり,この 10 年では子 織布メーカーが誕生した。ところが日本ではそうした動 供用紙おむつについてはそれほど伸びていないものの, きは見られず,企業間で異なる用途の事業部門を売買し ヘルスケアや大人用紙おむつ向けでは著しい伸びを見 て不織布市場を統合するといった方向には向かわなかっ せ,その結果衛材向け不織布はトータルで拡大を続けて た。これは日本特有の企業経営に対する考え方や民族性の いる。この用途では不織布消費量のスケールがもっとも 違いあると考えられるが,その間欧米市場では大きな変化 大きく,量的にもそれに応じて増大している。 が生じていた。すなわち,新たに誕生したPGIやBBAなど そのほか,ウェットワイプやコットンワイプなどワイ の不織布メーカーにとってアメリカ市場とヨーロッパ市 ピング関係の伸びも目立っている。これは水流絡合技術に 場が一体となり,一つの企業で例えばフィンランドに工場 よって従来の製品がさらに一段性能アップしたことが大 があり,アメリカのケンタッキーに工場があり,そうした きな要因となっており,家庭用,業務用で需要を伸ばした。 生産体制の下でアメリカ,ヨーロッパ双方の市場に製品を 「ワイピング」というのは不織布の本質的な機能であり, 投入するという,いわゆる多国籍企業としてのグローバル 「水を吸う」 「拭き取る」の機能に加え,何度か洗濯でき汚 展開が欧米では一般化しつつあるということだ。 れも簡単に落ちるという機能強化が図られた結果であり, とくに業務用ワイピングで顕著な伸びを果たした。 このように「グローバル」が時代変化のキーワードの 一つであり,この動きは 21 世紀に入ってもまだ進んでい またパップ材や薬粧向けでは,不織布でしか実現でき くと予想される。最近でも,欧米統合化の動きとしては ない全方向への伸縮性などを活かした製品開発により, アールストロームによる企業買収やジョージアパシ 市場全体は拡大方向にないながらも不織布需要は堅調な フィックによるフォートジェームスの買収などがあり, 伸びを見せた。ニッチな分野で言えば,工業用の電子電 デュポンについてもリーメイ売却を行う一方で,日本の 気機器向け資材,例えば 2 次電池のセパレータはじめ積 合繊トップメーカーとの合弁事業に取り組むなど日本市 層板用途などは不況にもかかわらず高度成長を果たし 場も視野に入れたグローバル展開を試みている。 た。これらの分野における品質要求は相当難しいものが フロイデンベルグについてはポッリテックスの買収 あり,不織布が製造法やファイバーなどによって用途設 や家庭用品マーケットでの買収はあったが,BBA や PGI 計の自由度も高いことから,資材として評価され採用さ のような企業買収の手法ではないにしても,やはりこの れるケースが増えているということだろう。 10 年間でグローバル統合を進めており,当社もそのフロ イデンベルグの国際展開の基本方針に共同歩調をとる形 ●国際展開 求められるグローバル化に対する意識変革 でグローバル化を進め,同社とともにアメリカや中国な どでの合弁事業に取り組んでいる。今後もその方向に変 アジア全体での生産数量の伸びを,現在と 10 年前,さ わりはないが,基本的に当社は独立した企業であり,今 らにその 10 年前とを比べると,現在と 10 年前では 4 倍に 後のグローバル化による市場統合については当社が先行 拡大し,10 年前とさらにその 10 年前との比較でも 4 倍に し技術的優位性のある分野,例えば自動車向け資材では 拡大している。一方,日本全体の不織布の伸びは同様に 当社が主導的立場でアメリカ市場での展開を進めると 2.1 倍,2.4 倍である。市場自体が飛躍的成長を遂げてき いった手法をとっていくことになっている。 たことが理解される。ただ,ヨーロッパもこの10年で2.3 すでに芯地分野では,市場を国際的視点から捉え直し 倍に伸ばしており,市場規模の違いを考慮すると日本の 適地生産を行って無駄が出ないようにしてきており,電 2.1 倍というのはまだ低いと捉えるべきだろう。また,ア 池用セパレータなどでもそうした製品分野として当社が メリカでのこの 10 年の伸びは 1.9 倍で日本の成長率より 主導的立場でグローバル化を進めることになっている。 12 NONWOVENS REVIEW これまで日本では,自社企業独自で世界市場へ向け海 上の吸水・透湿機能をもつ機能性ファイバーが開発されて 外進出するケースを「国際展開」と捉えられがちだった おり,ニッチな分野に限られるかもしれないが,今後そう が,不織布産業の場合はとくに世界市場のグローバル統 したファイバーを使った不織布が新たな需要開拓に有効 合化が急激に進行しており,世界のなかでその波に対応 なのではないかと期待している。当社においても小山化 していくには海外企業といかに共同戦略を組んでいくか 学を買収しファイバーの研究を進めており,市場でもっ も重要な課題となってこよう。そうした意味では,日本 ともニーズのある不織布製品をファイバー段階から自社 の不織布メーカーは今後グローバル化に対する意識を新 開発したいとの考えはある。しかし,ファイバーに要求 たにせざるを得なくなるだろう。 される性能はさまざまなので,それぞれ得意とするファ イバーメーカーから購入するのは当然だが,とくに当社 ●これからの 10 年 重視したいファイバーと繊維機械の技術育成 不織布技術のこの 10年を見ると,水流絡合とメルトブ では再生ポリエステル事業としてファイバー開発が成功 しており,回収ペットボトルをフレーク状にし,それを 糸にするといったことを自前で行っている。 ローンの技術進歩が著しく,またスパンボンドにおいて 今後どんなファイバー技術により不織布は伸びてい は用途・ニーズの多様化に対応し高速大量生産化の一方 くのかだが,基本的に不織布がファイバーでできている で薄もの化の技術も大きく進展した。設備面では薄もの ことを考えると,やはりそうしたファイバーの開発が技 のスパンボンドと同時にメルトブローンもできるターン 術的キーポイントになるだろう。また,ウェブ形成法で キー設備が開発されるなど目覚ましい進歩が見られる は,今後一層均一性がポイントになってくることから, が,そうした機械メーカーはほとんどがライヘンハウ 湿式不織布が台頭してくるのではと予想している。不織 ザーやパーフォジェット,デイヒなどヨーロッパの機械 布はその基本的物性が支持されてこれまで需要を伸ばし メーカーであり,かつて「繊維機械の王国」といわれた てきたが,今後さらに用途拡大を目指すにはさらに均一 日本の機械メーカーは影を潜め,カード機などでは現在 性を向上させることが必要となってこよう。とくに工業 国産メーカーが納入するケースはなくなってしまった。 材料向けで精密さが要求される用途では,不織布の均一 日本の場合,産業としての繊維がそれほど重視されな 性が左右で異なっていたのでは使ってもらえないから くなり,他のエレクトロニクスやバイオテクノロジーな だ。その均一性を出すには湿式不織布が適しているとい どハイグレードな分野へ目が向けられるようになって, うことだが,それは従来の抄紙法による技術ではなく, 大学にも繊維の講座が置かれなくなってきた。実学尊重 多様なファイバーが使えるような新たな装置や技術の開 のアメリカでは著名大学にも不織布の講座があり,産学 発が前提とされるだろう。 協同も強力に推し進められている。そうした繊維産業を マクロ的視点から今後の不織布産業の発展に何が必 バックアップする制度が日本はまったくないといってい 要かを考えると,①インテレクト(Intellect),②ヘルスケ ほどの状態にある。繊維機械の低迷などは,そのつけが ア(Healthcare),③エンバイロメント(Environment),④ まわってきたようにも感じる。今後の不織布産業の発展 グローバル(Global)の4つがキーワードとなってこよう。 を考えると,バックアップ体制を再構築し不織布のプロ インテレクトは情報産業であり,ヘルスケアはメディ セス開発をして装置を世界に供給していくというのも一 カル・衛材,エンバイロメントは環境整備・汚染防止・リ つの生き方だと言えるのではないだろうか。 サイクル,そしてグローバルは技術・マーケティングの世 一方ファイバー関係で言うと,この10年で進んだのは 界的な統合・共有化のことを表している。社会・経済がそ 分割ファイバーだろう。最近では 16 分割のファイバーも うした潮流にあり,また不織布の市場もそれらに関連する 量産されるようになり,それを使って水流絡合法により ものが拡大していくと予想される。したがって,不織布 製造した不織布がワイピング分野で大きな力を発揮し メーカー各社はその方向で事業展開を考えていくことが た。また,接着ファイバーが登場しバインダーを使わな 成功の鍵となってくるのではないかと思う。 くてすむようになってきたことも注目されるだろう。 不織布は用途を絞りさまざまな提案をしながらニー これら不織布の基本であるファイバーの分割と接着の ズに合致した製品設計ができるのを最大の特徴としてい 問題に加え,ファイバーが工程によって縮むというスト る。そうした特徴を武器に,時代変化の方向を睨みなが レッチ性が付与されたファイバーなどもこの 10 年で開発 ら積極的にニーズを取り込んでいくのが不織布メーカー されてきた。さらに,繊維自体が抗菌・消臭機能や従来以 の 21 世紀における企業戦略の基本となるだろう。 Vol. 11 No. 3 13
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