配布資料2

LRFD 法・例題
近似解法による破損確率の求め方
0.
構造物の破損に関する不確定因子が確率変数としてモデル化され,破損を判定する限界
状態関数が与えられると,破損確率を定量的に評価することができる.破損確率の評価方
法としては,厳密な数値解法,数値積分法,近似解法,モンテカルロ法が挙げられるが,
ここでは LRFD 法の基礎知識となる「近似解法(FOSM 法および AFOSM 法)」についての
評価手順を解説する.尚,評価手順の中では,以下の例題に対して具体的な評価結果を示
す.
例題 3.1
以下の図のように,耐力R[MPa]の構造物を荷重(応力)L[MPa]で引っ張るときの
破損確率を求めなさい.ただし,耐力と荷重(応力)は以下のばらつきを持つものと
する.
・確率変数の定義
確率変数
分布型
平均値μ
変動係数 COV
標準偏差σ
耐力R
正規分布
40
0.1
4.0
荷重(応力)L
正規分布
25
0.2
5.0
・限界状態関数
G= R − L
ここで,
G>0のとき健全状態
G=0のとき限界状態
G<0のとき破損状態
耐力R
荷重L
LRFD 法・例題
0.1.1.
破損確率評価のイメージ
近似解法(FOSM 法,AFOSM 法)による評価方法を紹介する前に,まずは例題 3.1 に関
する破損確率評価のイメージ図について解説する.例題 3.1 の限界状態関数に対して縦軸に
耐力R,横軸に荷重Lをとると,破損領域と健全領域は図 3.1 のように図示できる.
ここで限界状態関数 G=R-L=0 は傾き 1 の直線で表現され,この直線よりも上の領域では
G=R-L<0 となるため棒が破損する破損領域,この直線よりも下の領域では G=R-L>0 となり
棒が破損しない健全領域となる.
限界状態関数
G=R-L=0
荷重L
破損領域
(G<0)
耐力R < 荷重L
健全領域
(G>0)
耐力R > 荷重L
耐力R
図 3.1 限界状態関数 G=R-L における破損領域と健全領域
例題では耐力Rも荷重Lも共にばらつき(標準偏差)が与えられているが,ばらつきが
ないものとして平均値のみをプロットすると,図 3.2 のように図示できる.
耐力Rの平均値は 40[MPa],荷重Lの平均値は 25[MPa]であり,ばらつきを考慮しない決
定論的評価では G=R-L=40-25=15>0 となり,健全領域にプロットされる.このため,荷重や
耐力のばらつきがない状態では構造物は健全であると判断される.
LRFD 法・例題
限界状態関数
G=R-L=0
荷重L
破損領域
(G<0)
健全領域
(G>0)
25 MPa
ばらつきがない場合には
壊れない
40-25=15
耐力R
40 MPa
図 3.2 限界状態関数 G=R-L における破損領域と健全領域(平均値のみをプロット)
しかしながら,実際には強度にも荷重にもばらつきが存在するため,耐力と荷重の平均
値が健全領域に位置するとしても構造物が破損する可能性がある.強度-荷重平面状に確率
密度関数を図示すると図 3.3 のようになる.
限界状態関数
G=R-L=0
破損確率
荷重L
破損領域
健全領域
σL=5 MPa
耐力Rと荷重Lの分布を
合成した確率密度関数
(等高線)
μL= 25 MPa
σR=4 MPa
μR= 40 MPa
耐力R
図 3.3 限界状態関数 G=R-L における破損領域と健全領域(確率密度関数をプロット)
LRFD 法・例題
耐力Rは平均値 40[MPa],標準偏差 4[MPa]の正規分布であり,荷重 L は平均値 25[MPa],
標準偏差 5[MPa]の正規分布である.このため耐力Rと荷重Lを合成した確率密度関数は座
標(R,L)=(40,25)を中心とする楕円状の等高線で表現できる.
楕円の等高線の中心ほど発生確率が高いため,確率密度関数の大部分は健全領域に位置
するものの,確率密度関数の裾野の部分が一部破損領域に含まれている.これが構造物の
破損確率であり,以下の式で計算される.
=
Pf
0.1.2.
∫∫
G = R − L<0
G( R
=
, L)dRdL
∫∫
G = R − L<0
( R − L)dRdL
(1)
手計算による評価方法(FOSM 法)
上記の式で与えられる破損確率は数値積分法やモンテカルロ法で求めることができるが,
ここでは手計算による簡易評価方法を紹介する.
これは FOSM 法
(First-Order Second Moment
法)と呼ばれる手法である.
評価方法のイメージが理解できるよう,ここでは一般的な評価式は紹介せずに,標準正
規化座標と呼ばれる平均 0,分散 1 の座標系を用いて解説する.図 3.3 で示した座標系を標
準正規化座標へ座標変換するためには以下の式を用いる.ただし,ここで μR と σR は耐力 R
の平均値と標準偏差,μL と σL は荷重 L の平均値と標準偏差である.
=
UR
R − µR
L − µL
=
, U L
σR
σL
上式を用いて図 3.3 の座標系を標準正規化座標へ座標変換すると図 3.4 のようになる.
荷重UL
限界状態関数
G=(σRUR+μR)
-(σLUL+μL)=0
破損領域
破損確率
健全領域
耐力UR
図 3.4 限界状態関数 G=R-L における破損領域と健全領域(標準正規化座標)
(2)
LRFD 法・例題
耐力Rも荷重Lも平均 0,分散 1 の座標系に変換されたため,標準正規化座標(UR,UL)上に
確率密度関数をプロットすると,合成された確率密度関数は原点を中心とした同心円状の
等高線となる.また限界状態関数は傾き σR/σL,切片(μR-μL)/σL の直線に座標変換される.
この標準正規化座標において重要な特徴としては,「原点から限界状態関数までの距離
が信頼性指標 β(=破損確率 Pf に対応する尺度)に等しくなる」ことが挙げられる.点(x0,y0)
から直線 ax+by+c=0 におろした垂線の長さ d は以下の式で与えられるので,
d=
ax0 + by0 + c
(3)
a 2 + b2
図 3.5 に示される信頼性指標 β は以下の式で与えられる.
β=
µR − µL
(4)
σ R2 + σ L2
したがって,信頼性指標 β は以下のように算出できる.
=
β
40 − 25
= 2.3426 3
4 2 + 52
(5)
信頼性指標 β が求まると,破損確率 Pf は以下の式で求めることができる.
Pf = 1 − Φ ( β )
(6)
= 1 − Φ (2.3426)
=
9.575 ×10−3
ただし,ここで Φ は標準正規分布の累積分布関数であり,確率論の教科書等に記載され
ている標準正規確率分布表や Excel の NORMSDIST 関数を用いることで容易に算出できる.
以上のように,例題 3.1 における構造物の破損確率は 9.575×10-3 と求められる.
尚,図 3.5 に示すように,標準正規化座標において原点からの限界状態関数までの距離が
最小となる点を「設計点(design point)」と呼び,その座標は以下の式で与えられる.
=
UR
*
− βσ R
*
=
,U L
2
2
σR +σL
βσ L
σ R2 + σ L2
これは LRFD 法で部分安全係数を求めるときに重要なパラメータとなる.
(7)
LRFD 法・例題
荷重UL
限界状態関数
G=(σRUR+μR)
-(σLUL+μL)=0
破損領域
破損確率
設計点
健全領域
β
耐力UR
図 3.5 限界状態関数 G=R-L における破損領域と健全領域(信頼性指標と設計点)
0.1.3.
プログラムによる評価方法(AFOSM 法)
上記の FOSM 法による簡易評価方法では,限界状態関数の表示方法(例えば,G=R-L を
G=lnR-lnL や G=R/L-1 に変更する等)によって,得られる信頼性指標 β が変化してしまう問
題が指摘されている.このため,これを解決する手法として拡張線形化2次モーメント法
(AFOSM, advanced first-order second-moment method)が提案されており,ここでは AFOSM
法について解説する.
(1)AFOSM 法の評価フロー
AFOSM 法の評価フローを図 3.7 に示す.各評価ステップの詳細は以下の通りである.
STEP1 : β の初期値の設定
信頼性指標 β の初期値を設定する.求めたい問題に対する信頼性指標が推定できる場合
には,その値を初期値とすることで早く収束解を得ることができる.特に知見がない場合
には,3.0 を設定する.
STEP2 : 設計点の設定
設計点を設定する.1回目の計算では,各確率変数の平均値を設計点の初期値に設定す
る.2回目以降の計算では,以下の式を用いて新たな設計点を計算する.
LRFD 法・例題
(8)
X i*= µ X i − α i ⋅ β ⋅ σ X i
ここで,
µ X i :確率変数 X i の平均値
σ X i :確率変数 X i の標準偏差
α i :方向ベクトル
β :信頼性指標
STEP3 : 正規化近似
図 3.6 のように,任意の確率分布を持つ確率変数を,設計点においてその確率分布関数の
値と確率密度関数の値がそれぞれ等しくなるような正規確率変数で近似する.正規化近似
したときの平均値と標準偏差は以下の式で計算される.
{
}
µ X i ′= xi* − F −1 FX i ( xi* )  σ X i ′

σ Xi ′ =
{
}
(9)
ϕ F −1 FX i ( xi* ) 

f X i ( xi* )
ここで,
f X i ( xi ) :正規分布でない確率変数 X i の確率密度関数
FX i ( xi ) :正規分布でない確率変数 X i の確率分布関数
ϕ X i ( xi ) :標準正規確率密度関数
Φ X i ( xi ) :標準正規確率分布関数
xi* :設計点
部面積と
正規分布関数
任意の分布関数
部面積とは等しい
(Xiにおける密度関数の
値も等しい)
xi* µ X i
LRFD 法・例題
図 3.6 正規化近似のイメージ図
STEP4 : 限界状態関数の偏微分
限界状態関数を構成する各確率変数に対し,設計点( X * )における偏微分計算を行う.
尚,偏微分の理論解が得られないものに対しては,各確率変数を微少変化させたときの限
界状態関数の変化量から,偏微分を算出する.
STEP5 : 方向ベクトル α の計算
設計点( X * )に対する方向ベクトル( α i )を計算する.α i は以下のように求められる.
αi =
 ∂G

 ∂X i

 
 n  ∂G
∑ 
 j =1  ∂X j


 ⋅σ X
i

X* 
2


 ⋅ σ 2 
Xj


X* 

0.5
(10)
ここで, σ X i は確率変数( X i )に対する標準偏差である.
STEP6 : 方向ベクトル α の収束判定
方向ベクトルの収束チェックを行う.収束判定の閾値には一般的に 0.005 を使用する.
方向ベクトルが閾値以上の場合には,STEP3 から STEP6 までの処理を収束するまで繰り返
す.
STEP7 : 信頼性指標 β の計算
限界状態関数 G=0 を満足する β を計算する.例えば,限界状態関数が G=R-L の場合,
以下の式から算出する.
G= R − L
= ( µ R − α R ⋅ β ⋅ σ R ) − ( µ L − α L ⋅ β ⋅ σ L )= 0
(11)
µR − µL
α R ⋅σ R − α L ⋅σ L
∴β =
また上記の例のように解析的に β の解が得られない場合には,β を微少変化させながら限
界状態関数Gの正負が反転するときの β を求め,これを β の近似解とする.
STEP8 : 信頼性指標 β の収束判定
LRFD 法・例題
信頼性指標 β の収束チェックを行う.収束判定の閾値には一般的に 0.001 を使用する.
値が閾値以上の場合には,荷重側または耐力側の平均値を修正して,STEP2 から STEP8 ま
での処理を収束するまで繰り返す.
STEP9 : 破損確率 Pf の計算
破損確率 Pf は信頼性指標 β を用いて,以下の式から算出できる.
Pf = 1 − Φ ( β )
(12)
ここで,ここで Φ は標準正規分布の累積分布関数であり,確率論の教科書等に記載され
ている標準正規確率分布表や Excel の NORMSDIST 関数を用いることで容易に算出できる.
LRFD 法・例題
START
STEP1 : βの初期値の設定
STEP2 : 設計点の設定
STEP3 : 正規化近似
STEP4 : 限界状態関数の偏微分
STEP5 : 方向ベクトルの計算
No
STEP6 : α が収束?
Yes
STEP7 : 信頼性指標βの計算
No
STEP8 : βが収束?
Yes
STEP9 : 破損確率Pfの計算
END
図 3.7 AFOSM 法による破損確率評価フロー
LRFD 法・例題
(2)AFOSM 法の評価例
(a)例題 3.1 に対する評価例
例題 3.1 に対する AFOSM 法の評価例を以下に示す.
破損確率 Pf は 9.57×10-3 と求められ,
FOSM 法による評価結果と一致する.
・確率変数の定義
変数名
分布形
R
正規分布
L
正規分布
平均値
40
25
COV
0.1
0.2
標準偏差
4
5
ζ
-
1回目
3.00
40
25
2回目
3.00
32.50
36.71
3回目
2.34
34.15
34.15
40.00
40.00
4.00
25
5
λ
-
・限界状態関数
G=R-L
・計算結果
Step1
βの初期値の設定
Step2
設計点を設定
β
R*
*
L
Step3
μNR
正規化近似
N
(設計点における平均値 σ R
と標準偏差を計算) μNL
σNL
Step4
限界状態関数の偏微分 (∂G/∂R)
*
(∂G/∂L)
*
Step5
Step6
Step7
Step8
Step9
方向ベクトルの計算
4回目
-
5回目
-
6回目
-
40.00
-
-
-
4.00
25.00
5.00
4.00
25.00
5.00
-
-
-
1.00
1.00
1.00
-
-
-
-1.00
-1.00
-1.00
-
-
-
αR
0.625
0.625
0.625
-
-
-
αL
-0.781
-0.781
-0.781
-
-
-
-
0.000
0.000
-
-
-
-
0.000
2.343
0.000
2.343
-
-
-
⊿αR
αの収束判定
(許容値⊿α<0.005)
⊿αL
信頼性指標βの計算 β
βの収束判定
⊿β
(許容値⊿β<0.005)
破損確率Pfの計算 Pf
-
-
0.000
-
-
-
-
-
9.57E-03
-
-
-
LRFD 法・例題
(b) 例題 3.1 の耐力Rが対数正規分布の場合の評価例
例題 3.1 の耐力Rが対数正規分布の場合の AFOSM 法の評価例を以下に示す.破損確率
Pf は 8.71×10-3 と求められる.
・確率変数の定義
変数名
分布形
R
対数正規分布
L
正規分布
平均値
40
25
COV
0.1
0.2
標準偏差
ζ
λ
4 0.09975135 3.68390429
5
・限界状態関数
G=R-L
・計算結果
Step1
βの初期値の設定
Step2
設計点を設定
β
R*
L*
Step3
μNR
正規化近似
N
(設計点における平均値 σ R
と標準偏差を計算) μNL
σNL
Step4
限界状態関数の偏微分 (∂G/∂R)
*
(∂G/∂L)
1回目
3.00
40
25
2回目
3.00
32.33
36.72
3回目
3.00
33.81
37.60
4回目
3.00
33.67
37.44
5回目
2.375
34.86
34.86
6回目
2.375
34.77
34.75
39.80
39.05
39.33
39.30
39.48
39.47
3.99
25
5
3.23
25.00
5.00
3.37
25.00
5.00
3.36
25.00
5.00
3.48
25.00
5.00
3.47
25.00
5.00
*
Step5
方向ベクトルの計算
Step7
Step8
Step9
1.00
1.00
1.00
1.00
1.00
-1.00
-1.00
-1.00
-1.00
-1.00
0.624
0.542
0.559
0.558
0.571
0.570
-0.782
-0.840
-0.829
-0.830
-0.821
-0.822
0.082
0.017
0.002
0.013
0.001
0.011
0.001
2.375
0.009
0.001
2.378
αR
αL
Step6
1.00
-1.00
⊿αR
αの収束判定
(許容値⊿α<0.005)
⊿αL
信頼性指標βの計算 β
βの収束判定
⊿β
(許容値⊿β<0.005)
破損確率Pfの計算 Pf
-
-
0.059
-
-
-
-
-
-
0.003
-
-
-
-
-
8.71E-03
-
【補足説明1】
対数正規分布の確率密度関数を以下のように定義するとき,
 1  ln x − l 2 
exp  − 
 
 2  x
2p x x
 
1
=
f ( x)
対数正規分布パラメータのζとλは,以下の式で算出される.
=
ξ
ln(1 + (σ / µ ) 2
l ln( µ ) −
=
σ2
2
【補足説明2】
STEP3 における正規化近似は,Excel 関数を用いると以下のように計算される.
LRFD 法・例題
σ Xi ′ =
=
{
}
ϕ F −1 FX i ( xi* ) 

f X i ( xi* )
NORMDIST ( NORMSINV ( LOGNORMDIST ( xi* , l , x )), 0,1, FALSE )
NORMDIST (ln( xi* ), l , x , FALSE ) / xi*
{
}
µ X i ′= xi* − F −1 FX i ( xi* )  σ X i ′

= xi* − NORMSINV ( LOGNORMDIST ( xi* , λ , x )) * σ X i ′