I.I.MECA メンタルケア協会 平成 27 年 11 月 1 日発行 発行責任者 吉 村 博 邦 財団法人 VOL. 77 アイ . アイ . メカ (Idea & Information of Mental Care Association) 〒 150-0001 東京都渋谷区神宮前 2-5-8 カーデ青山 201 TEL 03-3405-7270 FAX 03-3405-8580 E-mail:[email protected] http://www.mental-care.jp/ こころ支えるネットワーク事業 日本労働組合総連合会福井県連合会 (略称:連合福井) 会 長 山 岸 克 司 1.この事業に取り組んだ背景 みなさんは“連合”という団体をご存知でしょうか? 連合は労働組合の中央組織で、全国では 685 万人の組合員が、そして、福井では約 4 万1千人の組合員が加入しています。 申し上げるまでもなく、労働組合の本業は労働条件や職場環境の改善ですが、それとと もに、すべての労働者が安全で気持ちよく働ける毎日を送るために、労働安全や衛生面の 取り組みも大変重要な柱と位置付けています。 今、多くの企業では過重労働や職場内でのパワハラ等によって心身の不調が生じ、通常 通りに勤務できない労働者や長期休務を余儀なくされる労働者が増えています。このよう な実態を踏まえ、国は平成 26 年 6 月に過労死等防止対策推進法を制定し、規模 50 人以上 の事業所にストレスチェックを義務付けた労働安全衛生法を改正しました。 また、企業においても労働時間管理の適正管理などの過重労働防止対策やセミナー、講 演会によるメンタルヘルス対策が活発に行われるようになりました。しかし、残念ながら 目に見える効果を上げているとは言えません。 このような状況の中、連合福井と福井県労働者福祉協議会<略称:労福協>(労働金庫 や全労済等の福祉事業団体で構成)は、新たなメンタルヘルス対策として、MCS 養成を軸 とした「こころ支えるネットワーク事業」に取り組むこととしました。 2.事業の概要 (1)目標 「私たちが働く職場からはメンタル不調者を出さない」 (2)活動の 3 本柱 ① 2014 年 11 月より向こう 3 年間で 150 人の MCS(メンタルケア・スペシャリスト) を養成 認定を受けた MCS が各々の職場において、管理職や労働組合役員と連携しながら メンタルヘルス対策を展開していきます。(MCS 受講料は連合福井と労福協が助成) I.I.MECA 2015 vol.77 −1− I .I .M E C A VOL. 77 現在は MCS 全員が取り組む活動として、◎年 2 回以上の職場快適度チェック、 ◎ MCS の企画・運営によるセミナー・講演会の実施、◎職場における個別相談対応、 の3つを全体で確認し、実行に移しています。 ②フリーダイヤル(0120−556−291)の設置 仕事や職場の人間関係で心が病んでしまった方(クライアント)からの電話相談 に MCS が対応し、クライアントが面談を希望した場合には、メンタルケア協会に連 絡をして「精神対話士」を派遣していただきます。(初回派遣料のみ連合福井と労福 協が負担) ③職場復帰支援 メンタル不調で引きこもってしまった方に対して、労福協加盟の生協スーパーマー ケットなどで軽作業(高齢者の買い物支援など)の機会を提供し、働くきっかけづ くりから職場復帰支援へとつなげていきます。 (3)事業 PR 多くの県民の皆さまに連合福井や福井県労働者福協議会の存在を知っていただくと ともに、労働組合がない企業にも「こころ支えるネットワーク事業」の内容とフリー ダイヤルを広めていくため、テレビ CM を作成して定期的に放映しています。 また、連合福井の組織内に対しても、広く事業内容を知っていただき、MCS に興味 を持っていただくために 2 種類(4、5 頁)のポスターを作成し、各職場に掲示をして います。 (4)事業の現況 ① MCS については、第 1 期生が 40 名誕生し、現在 37 名の第 2 期生が受講中です。 ②フリーダイヤルは 4 月1日からスタートし、10 月末で約 60 件の相談が寄せられてい ます。その結果、協会より精神対話士の派遣に結びついた例もあります。なお、相 談者の中には自殺寸前の方もおられ、大変危惧しましたが、何回かの相談で立ち直り、 現在は元気に働いておられます。 ③職場復帰支援については、事業が軌道に乗ってからと考えておりますので、今はま だスタートしていません。 3.MCS のフォロー 組織的にこの事業に取り組んでいることで、養成した MCS の活動をフォローすることが できる、という利点があります。 私たちは養成した MCS を集めて、年間 3 回の「MCS セミナー&交流会」を計画しており、 11 月 28 日に第 2 回の開催を予定しています。この中では、改めて“傾聴の大切さ”などに ついて学び直しができるとともに、MCS 同士がお互いの活動状況や悩みを話し合うことが できるため、“職場の風通しを良くし、メンタル不調者の発生を予防する”という意識を持 続することができると考えています。 I.I.MECA 2015 vol.77 −2− I .I .M E C A VOL. 77 4.今後に向けて 現在、この事業を福井県の補助金事業にできないかについて、当局と協議に入っています。 ご存知とも思いますが、2014 年に日本総研と法政大学が発表したデータでは、両者ともに 福井県が“幸福度日本一”にランキングされています。そこで、私たちはその称号に相応 しい働き方、生き方ができる“県づくり”を進めるためにも、この事業に対して県が関わ るべきだと主張しています。 最後に、私たちはこの事業をしっかりと定着・継続し、 “メンタル不調者は一人でも少なく、 笑顔で働く人は一人でも多く”を心の中心に据えながら活動していく決意です。 メンタルケア・スペシャリスト(MCS) (mental care specialist) メンタルケア協会の認定する資格で、同協会が実施するメンタルケア・スペシャリ スト養成講座を修了したものに与えられる。この養成講座では「生きがい」を失いか けた人たちを励まし、葛藤を乗り越え「生きることの尊さ」を共感しあうことができ る人間性と能力を培うことを目的とし、「医から見る人間探求」、「宗教から見る人間探 求」、 「メンタルケアに関する対処論」の 3 つの観点から人間の生きるという問題を学ぶ。 精神対話士(MCE) (mental care expert) 1993(平成 5)年に設立されたメンタルケア協会の付与する心のケアの専門職の資格。 何らかの原因で心の寂しさや孤独感・不安感などを感じている人々の心を和らげ、気 持ちの向上と生きる気力の充実を図ることを目的として専門的知識をもって対話、応 対を行うことを仕事とする。精神療法などの治療行為を用いない点が特徴。また同協 会による精神科医による指導体制が整っている。精神対話士はメンタルケア協会の委 託を受け、同協会の依頼により、個人宅、学校、企業、病院、老人ホームなどに派遣 されて対話を行う。精神対話士の資格は同協会が実施するメンタルケア・スペシャリ スト養成講座修了後に選考試験を経て与えられる。命名者は、同協会創立者長木大三(北 里大学名誉教授、元理事長・学長)。 「メンタルケア用語事典」慶應義塾大学出版会より I.I.MECA 2015 vol.77 −3− I .I .M E C A I.I.MECA 2015 vol.77 VOL. 77 −4− I .I .M E C A I.I.MECA 2015 vol.77 VOL. 77 −5− I .I .M E C A VOL. 77 クライアントと共につくる相互治癒の空間 精神対話士 西村 明美 クライアント A さんは大正 15 年生まれの 89 歳未婚女性、有料老人ホームで実兄(未婚)と 20 年間同居するが、3年前に実兄は 89 歳で他界、その寂しさを訴える。親切にしてくれる介護 士さんや看護師さん(職員)、後見人である司法書士の人も家族的に接してくれるし、感謝の気 持ちはあるが、本音を話せるかというと正直言って話せるものでもない。そう呟く A さんの傍 らには常に薄い鉛筆書きの古びたメモ紙の束がある。起きている時は勿論のこと、寝る時もいつ も枕元に置かれるメモ。そこには A さんの孤独感溢れる思いやその時々の気持ちを詩として表 されている。「言葉に出せなかった思いをこのメモ紙は嫌な顔もせず、文句一つ言わずに全部吸 い取ってくれるのよ!」と苦笑しながらそう呟く A さん。精神対話士(私自身)はクライアン トの思いをこのメモ紙と同様に、全てを受け止めてあげられているだろうかと省みる。「この詩 を居室の壁に貼ってみてはどうでしょうか?」と提案したところ、A さんは目を輝かせて、「ど れにしようか…これはどうかしら?」と迷いつつ、一週間に一度の訪問時に気に入った詩を提示 してくれるようになった。A さんの詩を持ち帰っては、下手ながらも詩に挿絵を描いて持参す ると、A さんも真剣に何処に貼ればよいかと共に考え楽しむといった時間が流れた。一枚、一 枚と増えていき、A さんの部屋の壁はあっという間に貼り尽くされ、その中の一枚は、老人ホー ムの季刊誌にも紹介される切掛けとなり、A さんは喜びに溢れ、自信回復に繋がっていった。一 方で、向上心ある A さんは更に評価を得られる詩を書きたいという気持ちが強くなり、訪問者 が自分の詩を評価してくれることを願ったが、無関心を装い何の評価もしてくれないことに不満 を感じることもあったという。 ある日、A さんが信頼していた人に買物を依頼したところ、頼まれた 物だけを置いて顔も見ないで声かけもしないで帰ってしまったことを事 務的だと感じ、今まで A さんが我慢してきた些細な行動や出来事を一 気に吐き出すように語り続けたことがあり、じっくり傾聴した。A さ んにとって、たった一回の出来事ではあったが、これまで構築してきた 人間関係が崩れたと訴える気持ちを先ずは受け止めた。そして、メモの 束を一枚、一枚捲りながら見せてくださり、そこには A さんの怒りと悔しさが入り混じった感 情が表現されていた。詩をゆっくり読み上げる A さんの寂しい眼差しが映った。「ほんとは、こ の詩を書いて貼ってほしいの!でも、その人に当てつけるようで傷つけることになるかしらね…」 と呟かれた。正直、精神対話士として、クライアントの思いを支持してよいものかと迷った。 「迷っ ておられるのですね?意図的に人の気持ちを傷つけようとしたのなら、確かにこの詩は当てつけ のように感じられるかもしれませんが、意図的ではなく、ご本人自身が気づいていないとするな I.I.MECA 2015 vol.77 −6− I .I .M E C A VOL. 77 らば、傷つくことはないかもしれないですね。」とお伝えしたところ、沈黙の時間が流れ、「やっ ぱり、書いて貼っていただけますか?」とおっしゃり、次の回に持参し、貼ってみた。更に一週 間後、A さんの心境を案じながら訪問すると、笑顔で「やはり、貼ってくださってよかった! ありがとう!胸がすうっとしました!最初、私は相手に対して腹立たしく思って書いた詩でした が、貼ってくださったおかげで、何度も読み返していく内に、この詩は自分に対しての戒めだと 思えるようになったんです!」という意外な言葉に驚きを憶えた。続いて A さんは、「心の中の 思いを正直に表現できることは、すうっとするだけでなく、自分を振り返ることもできるんです ね!これからも書いた詩を貼ってくださる?それに、こうして自分の書いた詩を読み返している と、1人過ごす長い夜の孤独感も多少は紛れるわ。でも、西村さんにはお手数をかけてしまって 申し訳ないわ…」と労いの言葉を戴いた。私自身も更に A さんの気持ちに寄り添いたいと努め る中、仮名書道と挿絵がもっと上手に描けるかもしれないと半年間、習い事に行ったことを打ち 明け、以前より少しは上達できたかもしれないと、A さんの詩を書かせて戴いたお陰であるこ とをお伝えすると、A さんは「ええっ!そうだったんですか?私は迷惑ばかりかけていると思っ てましたけど、先生のお役に立っていたんですね!」と素直に語る A さんの目は女学生のよう に生き生きとしていた。 「対話」という言葉だけでなく、五感と身体全体を使い、クライ アントに寄り添っていくと、そこには、精神対話士(私自身)がク ライアントと共に予期しなかった発見、変容、治癒の空間に入って いくこともあるという驚きと感動をクライアントと共に初体験した ように、実は精神対話の神髄はクライアントだけが癒されるのでは なく、精神対話士(私自身)も共に癒されているという気づきを得 ることができた。何気ない A さんの言葉であるが、私自身も感慨 深く、教えられたようだった。クライアントの持つ世界に浸っていくと、そこにはクライアント なりの空間がある。対話により、信頼関係を深めることができた時に初めてクライアントは本音 を呟く。その本音にクライアントの核心が伺える。どのような「呟き」からも逃げずに受け止め ることができた時、クライアントと精神対話士との間に予期しない相互発見から、相互治癒の空 間へと相互変容し、日常的空間が非日常的空間となり、移行(イニシエイション)していく不思 議な体験の場となるのではないだろうか…そのようなことを胸において、クライアントとの一期 一会の心の旅を続けている。 I.I.MECA 2015 vol.77 −7− I .I .M E C A VOL. 77 精神対話士日記 精神対話士 中村 明代 香川県にある大学に精神対話士として伺って 7 年が過ぎました。 大学の近くには、天守閣が日本の国の重要文化財になっている「丸亀城」や“讃岐のこんぴ らさん”と呼ばれ慕われている「金比羅宮」があります。 桜の開花の時期に希望を持って入学し、風薫る 5 月、うっとうしい梅雨、猛暑、台風一過、 紅葉、銀世界と毎年季節が巡る中で多くの学生たちと向き合ってきました。 女子会でのリラックスしながらの対話や個人面談では、学業の不安、家庭の不安、人間関 係の不安、復学の相談、親が亡くなった寂しさ、また、「いつか親に家をプレゼントしたい」 と夢を語ってくれる学生など。 現在は、校内でスーツ姿の学生を見かけることもあり、不安を抱えながら就職面接に向か う学生には、体調を崩さないように声を掛け、精一杯のエールを送っています。 これからも努力している学生たちに笑顔が増えるよう、寄り添い、ゆっくり一歩ずつ前に 進んで行かれるよう、暖かな存在になりたいと思います。 そしてこれからも、心の内を吐き出しに相談室に来た学生に、一日一日穏やかに過ごせる よう祈りながら務めていこうと思います。 I.I.MECA 2015 vol.77 −8− −9−
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