NO.75(2014秋冬) - ティテパティ よもぎの会

75 号
2014 年
秋冬号
近況報告
今年も夏のヘルスキャンプ 8 月 18 日(月)~23 日(土)までの 6 日間ポカ
ラ cityhall のロビーをお借りして開催しました。
日本からの参加者は 12 名、参加 7 回目となるよもぎの会事務局長、熊木亜
夫先生を団長とする 11 名の先生方の参加を頂きました。
今回も個性豊かな先生方の集団で、笑いの絶えない楽しいヘルスキャンプと
なり、よもぎの会スタッフを始め、ボランティアとして参加して頂いたポカラ
の看護学校の学生さん、高校在学生、大学在学生等、のべ 100 人を超える皆さ
んの協力のもと、大勢の患者さんの治療をさせて頂きました。
今年はポカラのみならずネパール全土で雨による災害が発生し、ヘルスキャ
ンプ中のポカラも雨が多く、足元の悪い中長い行列に並んで頂いた、患者さん
の多さに先生方は心を痛めておられました。
午後からの余暇は、初参加の方が多かったので、近くの観光地巡りをスタッ
フと共に楽しんだり、バザールに出かけネパールの民族衣装・クルタスルワー
ルをオーダーし皆さんとてもお似合いになっていました。
残念ながら雨と雲のためただの一度もヒマラヤ連峰を見ることができず、次
回をお楽しみにということでカトマンズを後にされました。次回を期待してヘ
ルスキャンプや観光に再びネパールを訪れて頂ければ幸いです。
テレビ撮影と放送のお知らせ
テレビ東京をキーステーションとする、月曜日午後九時からの放送「世界な
ぜそこに日本人」という番組の取材がありました。
残念ながらまだ一度も見たことがないのでどういう内容なのか見当もつき
ませんが、ヘルスキャンプ期間中もカトマンズへ帰ってからも office のある
チャランケル村を始め工場や作業所・住み込みスタッフマニカの次女が通う村
の学校の様子も撮影して頂きました。
東京以外の地域でも放送されますので、是非ご覧いただきご意見・感想をお
寄せ頂ければ嬉しく存じます。
このたよりがお手元に届く頃はもう放送が、終わっていることと思います。
10 月 27 日に放送されました。
私も他にもいろいろ仕事が入ったので 27 日早朝着で帰国し、自宅で見るこ
とができました。
----------<ヘルスキャンプ 2014・ポカラ
参加者感想文>----------
ネパールという国
クマケア治療院
熊木亜夫
はじめに
今年のヘルスキャンプで 7 回目となるが、治療の様子は、他の参加者の記述
に委ねるとして、仏陀(釈迦)の生まれたこの国ネパールについて考えて見よ
う。現在、面積で云えば北海道の2倍くらいのところに、2900 万人もの人がい
る。首都カトマンズで79万人、第2の都市、今回のポカラでさえ18万人で
ある。従って、農業が主産業であるためか、この国の人たちは、各地に分散し
て住んでいるのが分かる。
ネパールの歴史をみると
紀元前6世紀に南ネパールのルンビニで仏陀が誕生し、北インドに教えを広
めたが、紀元前3世紀にインドのアショカ王が仏塔を建立した。ルンビニは3
年前に HC を行っているが、何回か建て直されたであろう仏塔が存在し、大聖
地となっている。
その後のネパール国は、古代、中世とインド、チベット、中国の狭間で緩衝地
帯であったのか、何とか国として成立していったようだ。1810 年代のイギリス
との戦争(グルカ戦争)により敗北したが、すぐに復帰し、現在の国境ライン
に落ち着いている。なお英国はネパールのことをグルカと呼び、今でも関係が
深く、英国にグルカ兵を提供している。農業、観光以外産業も無いこの国は、
出稼ぎで外貨を稼いでいる。2 回目のポカラ HC のときに、カトマンズで飛行機
の待ち合わせに 5,6 時間待った苦い経験があるが、そのとき英国から一時休暇
のネパール人の兵士と知り合った。今考えるとこれがグルカ兵だったのかと歴
史の一面をみた気がする。
その後の王制は、近代でも幾多の困難をくぐりぬけ、国を維持していたが、1
960年代から国王と議会との政争にあけくれる事になる。ネパール毛沢東共
産主義派(マオイスト)の台頭、ネパール王族殺害事件などがあり、遂に20
08年に王制を廃止し共和制となる。ここからもカリスマ的な指導者が現れず、
現在でも議会内部で主導権争いが続き、憲法も公布されない状態が続いている。
ネパールに何度も行く訳は
ネパールと云えば、ヒマラヤ山脈を連想し、寒い国というイメージがあるが、
緯度からいえば日本の奄美大島くらいで、むしろ暖かい。特に今回の HC の場
所ポカラは亜熱帯の気候であり、標高も 850mである。
(カトマンズで標高約
1300m)
何回も繰り返しこの国に来ているのは、日本人には無いネパールの人たちの
ゆったり感がある。この HC 会場にも、遠いところから長い時間をかけて来る
であろうが、長い列を作り、気長に待つ人々がいる。このゆったり感がいつも
心地良い。今年は長雨で全く見えなかったが、ヒマラヤの峰々のたおやかさと、
このゆったり感が、わたしの心を癒し豊かにする。日本での日常の単調な仕事、
家族との安寧な暮らしに満足はしているが、もうひとつ何かをしたい自分がい
る。
またこの HC に参加する人たちやネパール人との交流も楽しみのひとつであ
る。全く違う世界の人たちが、ひとつの目的のため、各地から集まる。そして
この HC のあいだに共に治療をし、食事をし、文字通り寝食を共にする。今回
日本から参加した 11 人は初めての参加であったが、関西、中部など全国から
集まった。個性の強い女性陣、何かとよく気が付き誠実そうな男性陣と素晴ら
しい仲間であった。
さいごに
何回参加しても、この国の人たちのためにボランティアをしているという気
持ちは全く持っていなく、却ってこちらが、エネルギーを貰い、また明日へリ
フレッシュするような感じがする。
畑先生はじめ参加の皆様、いつも参加いただくネパール人スタッフ、協賛い
ただいたポカラロータリークラブの皆様、ポカラのボランティアスタッフの皆
様、有難うございました。今年も思いで多い HC となりました。
鍼灸治療を通して見えたこと
イリス鍼灸院長、倉重恵美
畑先生が作っていらっしゃるネパール棒灸を弊院ではよく使用していて、患
者さまも気持ちがいいネパール棒灸が大好きです。そのネパール棒灸の故郷ネ
パールでのヘルスキャンプ(HC)は、私が数年前から「いつか行きたい!」
と切望していたものです。夢叶った今回のポカラHCは、日本からの参加者が
12名とやや少人数で、関東以外からの参加者も数名おられ、また団長の熊木
先生以外は全員初参加という少し珍しいチームとなりました。こじんまりした
このチームはあっという間に仲良くなり、慌ただしいHCを乗り切るのに必要
なチームワークが初日にはほぼできあがっていたと思います。これには、事前
に熊木先生の治療院で顔合わせの場を作っていただいたことも大きかったと
思います。
治療に関しては、全般的に舌質が白く、体幹や足も冷たく、冷えている人が
多いことが印象的でした。畑先生のお話では「ネパールの人たちは雨に濡れた
り薄着だったり、生まれた時から冷える生活をしているから “冷える”とい
う意味が分からない」ということでした。そのような「寒や湿の環境」の中で、
私は火を使う直接灸の効果を大きく感じ、膝やむくみの疾患では特に効果を感
じました。患者さんも変化を即実感してくれるので、途中で「熱い?もうやめ
る?」と聞いても「やる!」と答えてくれ、終わると「軽くなった!痛くな
い!!」と不思議そうに、そして笑顔を返してくれる方が多くいらっしゃいま
した。
このお灸は、アシスタントについてくれた現地の学生さん達がやってくれま
した。灸頭針のもぐさを付ける練習をしてくれていた人達もいましたが、急遽
アシスタントに参加してくれた現地の中学生達も見よう見まねで懸命に手伝
ってくれました。また直接灸は小さくひねって皮膚に立てるという少し難度の
あがる技となるため「できるかな~」と不安がありましたが、とにかく患者さ
んが次々といらっしゃるので、任せないと進みません。「これはあなたのビッ
グジョブよ!」などと言いながら教えると、真剣な眼差しで私の手元を見つめ、
数回でどんどんとうまくなっていきます。そして、自分が点灸をした患者さん
が「良くなった!」と笑顔になるのを見て、アシスタントの人達は恥ずかしそ
うにしながらも目が輝いていて、いい体験をしてもらえたのでは、と思います。
あるアシスタントの女の子には彼女の祖母の膝治療のお灸を任せることがで
き、二人が喜んでいるのを見ることができたのは、私にとっても嬉しい経験で
した。そして私自身、彼らを通して人間的成長をさせていただきました。感謝
です。
今回学んだことはたくさんありますが、「患者さんと笑いあえる場作りの大
切さ」と「相手を信頼して任せる勇気」は私にとって大きな収穫でした。私は
HCに「いつか行きたい」と思いながら毎年参加できずにいました。行けない
理由などいつでもいくらでもあります。「いつか」なんてなかなか来ません。
だからもし参加を迷っている方がいらしたら、ぜひえいっと足を踏み出してみ
てほしいと思います。素晴らしい先生や仲間との出会い、そして参加したあな
たにしか見えない世界がきっとあります。
最後になりましたが、今回のHCにご尽力いただきました畑先生、山川先生、
現地関係者の皆様、患者の皆様、参加した仲間の皆様、タオルをご寄付くださ
ったり温かく見送ってくださった患者さま、心からお礼を申し上げます。あり
がとうございました。
神経は眠ったシンデレラ?
三田よん鍼灸院
中村和夫
医療機関の乏しいネパール。医療を受ける機会に恵まれずに重い症状を抱え
たまま生活されている人が多くいます。今回のHCではそうした重い症状の患
者さんに何人も出会いました。その一人に下半身麻痺のネパール人女性がいま
した。年齢は 30 歳位。3 年前に山羊の餌である葉っぱを取ろうと登った木から
落下し、下半身麻痺になったとの事でした。患者さん自身“腰から下が動かな
い、感覚がない”という状況以外に医学的情報を持っていませんでした。私な
りの診断により、脊柱の障害部位は胸椎・腰椎移行部辺りと思われました。
私の開業現場でも程度の差はあれ多くの神経麻痺の患者さんが訪れます。そ
のため、神経麻痺の回復メカニズムには関心を持っていました。そして、鍼治
療が大きな効果を上げていました。その経験から、このネパール人女性も鍼治
療で大きな効果が上がるであろうと信じて治療方針を立てました。それは足の
動きが完全に回復するという事を前提とした治療方針でした。患者さんは 6 日
間の治療期間中の 4 日間治療に訪れ、結果は興味深い回復ぶりでした。
大きく変化したのは“寝返り力”でした。1 日目はほとんどできませんでし
たが、治療 4 日目には軽々寝返りができる様になりました。
それから“脚の関節の状態”“筋肉の反応”“痛みの感度”なども大きく変化
しました。そして、私が一番嬉しかったのは表情です。1 日目は元気のなかっ
た表情が早くも 2 日目で明るくなりました。「自分の体が回復する」と希望を
持たれたのでしょう。自分自身で積極的に体も動かす様になり回復を大きく促
進しました。もし治療を継続できれば、足まで動かせる様になったのではない
かと期待させる回復ぶりでした。
最後に、HCを 30 年近く続けておられる畑先生はじめ協力関係者の方々へ
厚くお礼申し上げます。HCメンバーの皆様、一緒に活動ができて楽しかった
です。皆様もたくさんの感動に出会われた事でしょう。ありがとうございまし
た。
なお、詳しい治療法と経緯については以下をご参照願います。
<鍼治療の方法は 4 つ>
1、 山元式頭鍼
脳の運動野を刺激して脳神経(1 次運動ニューロン)を元気にする。
2、 脊柱際の灸頭鍼
脊柱際の筋硬直を解消して筋硬直で圧迫されていた末梢神経(2 次運動ニ
ューロン)を元気にする。そのため、脊柱際へは 40mm 以上の刺鍼を試み
ました。1 日目は筋硬直のため鍼が十分通らず、胸椎腰椎移行部辺りでは
10mm も通りませんでした。
3、 下肢経絡への灸頭鍼
下肢への気血の流れを良くして下半身の神経を元気にする。
4、 足の穴への鍼刺激
足の感覚と小脳位置覚を刺激して脳から足の先端までの神経導通を回復
させる。
<患者さんの状態変化と経緯>
1、自力での寝返り具合
1 日目:寝返り時間 1 分以上。胸から下の筋肉が動いていない。
2 日目:寝返り時間 20 秒程度。腹筋がわずかに働いている。
3 日目:寝返り時間 5 秒程度。腹筋がかなり働いている。
4 日目:寝返り時間 1~2 秒程度。腹筋を使って楽に寝返っていた。
2、他動運動による股関節、膝関節、足関節の状態
1 日目:フニャフニャ。全く筋緊張なし。
2 日目:関節に筋緊張が現れ「ガクガク」とした動きが発生。
3 日目:筋緊張が更に強くなり「ガクガク」が大変強くなる。
4 日目:筋緊張に柔軟性がでて「ガクガク」に滑らかさが加わる。
3、鍼刺激による足の「ビクッ」とした一瞬の動き
1 日目:一部の足の穴の表皮刺激で 1 回のみ発生。
2 日目:一部の足の穴の表皮刺激で 1 回のみ発生。
3 日目:足の穴の表皮刺激で 1 回のみ発生。
4 日目:足の穴の表皮から 10mm深部の刺激で 1 回のみ発生。
4、鍼刺激に対する痛みの反応
1 日目:どこへ刺入しても痛みを訴えず。
2 日目:一部の箇所の刺鍼でわずかに訴える。
3 日目:脊柱際の深部(10mm)刺入で強く痛みを訴える。
4 日目:脊柱際の深部(40mm)にて強く痛みを訴える。C7~T5 辺りの穴では電
撃的な響きを感じている様子でした。
ポカラでの気付きと治療の考察
鍼灸あんまマッサージ指圧師
水野 豊子
免許取得後10年。それなりに充実した仕事をしつつもここ数年は飽和状態
の医療介護業界への葛藤を抱えていた。難病の方などを除き、世界的に最も清
潔で食も豊富、医療制度も整っている日本の健康と長寿への欲求は過剰である
ように思う。医療未発展国での鍼灸・手技治療の可能性に関心を持っていた私
がHCに強烈に惹かれ初参加する機会を頂くことができた。気付きを何点か記
したい。
まず畑先生が再三おっしゃったように鍼灸は少しの道具と場所でできる素
晴らしい方法で治療を生かすのは自分次第ということ。普段忘れがちだが身を
もって再実感。限られた条件下で畑先生に教えて頂いた新たな方法の挑戦、他
の先生と協力工夫して治療にあたる経験は力不足を多々痛感しながら良い刺
激に溢れ大変楽しかった。
また言葉に頼れないやりとりは難しい一方、私の知らない力を引き出してく
れたようだ。なおネパール人の体は素直で反応が良く、生活と密着したヒンズ
ー教の影響だろうか、感謝と受容の心が印象的であった。こういった素朴さ穏
やかさも良い治療効果に結びつく。
治療に関する考察を述べたい。にこやかな雰囲気に反し身体は交感神経緊張
型の方が多かった。特にザムザムという手足の痺れ症状の患者は、ほぼ例外な
く冷えと後頭部・C5~T8・L3~S5脊際の異常な筋緊張がある。上部胸
椎周囲・後頭部の緊張は交感神経緊張を更に高め慢性疼痛の原因となるので重
要治療点と考えるが、実際に治療後まだ痛みが強く残る患者数人に風池の単刺
で緩和が見られた。日本に多い精神緊張型の慢性痛とは少し違うが、治療効果
は同様かそれ以上だったのが面白い。身体所見から働き者、穏やかで我慢強い
性格、雨や裸足による慢性の冷えと床生活の筋緊張による交感神経緊張+腎陽
虚が多いと考察される。
次に症状は違うが同じく交感神経緊張+腎陽虚の具体例をあげる。48歳男
性 主訴:全身の慢性関節痛。朝と冷気で増悪。リウマチ。
所見:変形はほぼ無いが両足関節(崑崙、申脈、照海)、手足のMP・PIP、
左手関節(陽池)冷感腫脹。右肩関節のみ熱感。C7、L2棘突起に圧痛顕著、
脈状緩・腎虚、舌淡苔少。腹部力なく中脘から右期門にかけ冷たく圧痛あり。
腰部体毛濃い(腎虚に多い所見)。
診断:腎陽不足、気虚気滞、寒湿邪による経絡の疏滞
治療:左陽池(反応点かつ澤田流で下焦の気を補う経穴)、天枢、陰陵泉など
灸頭鍼で腎陽を補い、風池天柱置鍼。右肩のみ速刺速抜。寒湿を払うため各関
節に熱感あるまで半米透熱灸。初日は全身で120壮以上施灸。左陽池は20
壮超えてもほぼ感じないがドーゼを考え終了。治療後大変痛いと訴えるが明日
来てねと帰す。
2日目 症状軽快。左陽池10壮で感じる。他部位は1~2壮。
3日目 笑顔が多くなる。食欲が少し改善。時間がないため灸頭鍼(八風八
邪、曲池、三陰交、太衝)で代用。腫脹軽減するも残存。
4日目 左陽池1壮で感じる。末梢の寒邪が大分とれたと判断。
5・6日目同様に治療して終了。足部の腫脹、指のこわばり軽減。
この方は通院していたが病名も知らなかった。拙いネパール語で必死に説明
しながら日本の医療水準の高さを改めて感じる一方こういう場所で鍼灸が役
立つのだと感じた。そしてネパール人の素直さ、優しさ、温かさは私たち欲張
り日本人が見習う点だと強く思う。
最後に心を開いて治療させて下さった患者さん達、多くの刺激と助けを頂い
た日本ネパールの先生・関係者の方々、輝く瞳の優秀な学生アシスタントの皆
様、そしてここまでの環境を作られた畑先生のご尽力に感謝と敬意を表します。
ご縁に感謝。ナマステ。
ネパールで感じた事
いずみ鍼灸院
鍼灸師
西 いずみ
畑先生はじめネパール人鍼灸師の皆様、数多くのボランティアスタッフの皆
様、そして今回日本から一緒に参加した鍼灸師の方々AND モラロジーのゆう
こちゃん大変お世話になりました、本当にありがとうございました。
鍼灸で、毎年春・夏で場所を変えて毎年行われているこのようなキャンプはネ
パールの畑先生のところだけではないでしょうか、あれだけの規模の人々を動
かすのは大変な労力だと思います、貴重な体験をありがとうございました。
普段は自分の治療院でのんきに鍼をしている私には本当に慌ただしい6日
間でした、1日目2日目はまだ患者さんの数が少なかったので周りを見渡しな
がら余裕もありましたが、身体もだんだん疲れてくる後半はかなり大変でした。
しかし「ナマステー」と声をかけると患者さんは長い時間待っていただろうに
笑顔で「ナマステー」と返して下さいます、この魔法の言葉にとても助けられ
ました。
患者さんが増えてくると丁寧に体表観察が出来なくなってきますが、舌だけ
でも丁寧に見ていこうと心がけていました、ネパールの方は淡白舌で苔が厚い
方が多く冷えの症状が出ていました、歯痕やお血の症状が見られる方も多く見
られました。
その上ネパール語も英語もほとんど理解できない私にはこの舌診が今回とて
も役に立ちました、色々な症状をまくし立てるように訴えてくるネパールのお
ばさま方の舌の反応を見て「most ドゥクツァはどこ?」(一番痛いのはど
こ?)と聞きながら探っていくと古傷やオペ痕が見つかることもありました。
40代女性 腰と肩が痛いと訴えて見えた方、舌を見ると左舌辺に明らかにお
血の状態 お腹を見せてもらうと縦に20センチほどの大きな OP 痕 「two
delivered baby!」と言われ??帝王切開2回~と分かり足の方まで見ていく
と左大腿内側からふくらはぎにかけてひどい静脈瘤、左半身 特に下焦の気血
の停滞が見られました、まるで宝探しをしているようで… ワクワクしながら
色々な方の舌を見せていただきました。
ネパール鍼灸師の方々の手早い動き、学生さん達の患者さんに対する治して
あげたいと言うまっすぐな気持ちや鍼灸に対するもっと上手くなりたいとい
う意欲も大変刺激になりました。
また TV 東京さんの取材など、貴重な体験をありがとうございました。
次回はヒマラヤの見える時期にまた伺いたいと思います。
「ダンニャバード」
鍼灸の可能性
石渡接骨院・鍼灸院
石渡 智子
ヘルスキャンプに参加させて頂き有り難うございました。今回参加させて頂
いたのは、ネパールの方々に鍼灸治療を行っている畑先生の活動を知り、診療
設備が整っていない環境の中で、どのような治療が行われているのか学ばせて
頂きたいと思ったのがきっかけでした。そして、ネパールの患者様の健康回復
のためにお手伝いをさせて頂ければという思いから参加を希望いたしました。
ネパールへ出発する前、日本での事前研修で 20cm 程ある長鍼の技術指導を
受けました。極泉穴から肩髃穴への刺鍼。この時、長鍼に大変興味を持ちまし
た。念願叶い、ヘルスキャンプ初日に畑先生から長鍼をご指導頂きました。肩
関節、上腕部、股関節など、刺入方法も直刺や水平刺と使い分けをしていきま
す。
多くの方々に鍼灸治療をさせて頂きましたが、その中で印象に残っているの
は 39 歳男性、脳血管疾患による左片麻痺の患者様。発症は 14 ヶ月前。痛みや
痺れ、各関節の拘縮を訴えます。肩関節、股関節には長鍼を、手、指関節には
運動鍼が非常に有効で即効性があると感じました。患者様ご自身も関節の動き
が良くなることがその場ですぐに分かるようで、運動鍼の治療にも積極的に取
り組んで下さいました。
「良くなろう」という真剣な患者様の思いに寄り添い
治療を行いました。治療初日から最終日までの関節可動域を比較すると明らか
に可動域が拡大しており患者様に笑顔もみられました。麻痺側の機能回復には
継続して治療やリハビリをすることが重要なため、私達が帰国した後も御自身
で出来るような運動療法を指導させて頂きました。
また、毎日ヘルスキャンプ終了後に反省会がありました。私はこの反省会が
とても好きでした。一緒に参加したメンバーは開業している先生や鍼灸学生な
ど 12 名。皆で輪になって畑先生が作って下さった日本食を囲み、症例報告や
反省点、改善点などを順番に話していきます。ヘルスキャンプではネパール特
有と思われる出来物がある患者様など珍しい症例もみられます。また、「こう
いう患者様に対してどのように治療していけばいいか。
」といった質問に対し
て、色々な意見が交わされ、その後の治療効果の報告もあります。意見を出し
合い情報を共有することで一致団結し明日の治療へと繋げることが出来たと
思います。また、自分自身を振り返ることが出来た非常に有意義な時間でした。
そして、どの先生も患者様を治したい、良くしたいという熱い思いを抱いてい
るということを知った素敵な時間でもありました。畑先生を筆頭に、患者様に
対して、そして鍼灸治療に対して高い志を持った先生方と一緒に治療が出来た
ことにも大変感謝をいたしております。
ヘルスキャンプで得たことはたくさんありますが、中でも長鍼の技術をご教
示頂いたことで私の鍼灸治療の幅が広がり、多くの患者様へ長鍼治療をして実
際に治療効果を上げることが出来たことは大きな収穫でした。また、様々な症
状の患者様を治療させて頂いて、鍼灸の可能性を強く感じることが出来ました。
同時に自分に出来たことと出来なかったことの気づきも得て今後の課題も見
つかりました。今回学ばせて頂いたことを糧に日々精進して参りたいと思いま
す。
畑先生、一緒に参加した先生方、アシスタントの yu-ko ちゃん、ネパール人
鍼灸師の先生方、ボランティアの看護学生さん、患者様、ヘルスキャンプに携
わって下さった全ての皆様に心より感謝を申し上げます。本当に有り難うござ
いました。
先生と呼ばれる
森之宮医療学園専門学校鍼灸学科1年、安田
和
3 回目のネパール。しかもほぼ1年間の間に。まさかこんなに縁があるとは
思ってもなかった。
1年前はいわゆるバックパッカーで 10 ヶ月旅をしていた。そこでの経験を
通して、人の役に立てる人になりたいと思い鍼灸学校に入った。入学してすぐ
によもぎの会のことを知った。畑先生のよもぎの会設立の経緯をみると私が鍼
灸を勉強しようと思った経緯と共感することがいっぱいで引き寄せられた感
じがした。鍼灸にどんなことができるのか知りたかった私にとって、実際の現
場を見ることができるのは素晴らしい機会だと思った。しかし、私はまだ学校
に入って半年、人に鍼を打ったことなんてほぼ 0 だった。でも畑先生の是非ど
うぞ!という言葉で意を決して参加することにした。勢いで参加したのはいい
が正直不安だらけだった。事前研修で長鍼も中国鍼の施術も初めて見てかなり
ビビった。自分もこれをやるのかと思うと恐かった。
ネパールに着いてもうやるしかないと腹をくくった。HC では何もかもはじめ
てのことばかりだった。患者を診る、触る、カルテを書く、先生と呼ばれる。
すごい経験だった。私が誰かの役に立てたかどうか、わからない。患者さんに
は痛いことをいっぱいしたと思う。先生方は治療で忙しいのにして私の質問に
いつも答えてくれた。緊張してしまって鍼が打てないときはネパールの先生ま
で私を心配して様子を見に来てくれた。「大丈夫。できるよ。」と励ましても
らったり、練習台になってくれる日本の先生もいた。たくさん助けてもらった。
自分の気持ちが患者さんにはよく伝わるということも知り、鍼灸をやっていく
中でとても大切なことを学ばせてもらった。
結局、「和は何したの?」って言われれば 3 分の 1 は踊っていたかもしれな
い。毎日治療が終わった後にはボランティアの学生やスタッフと踊った。ネパ
ール人スタッフや日本の先生たちと観光に行った帰りは路線バスを貸し切り
踊りまくって車内はダンスクラブのようになった。そんな楽しい思い出もたく
さんできた。こんな私なので、みんなすぐに名前を覚えてくれたが、Dancer Kazu
と呼ばれていた。次は Dr.Kazu って呼ばれるようになりたい。
以前旅をしていたときお世話になった宿の人やカフェのオーナーには HC の
活動が新聞に載ったり、ラジオで放送されたので、自分の活動を報告すること
ができた。「すごくいい顔をしてるね。鍼灸師になれるよう応援してるよ。」
と言ってもらった。患者さんたちも「私を診てくれた Kazu のことは忘れない
よ。ありがとう。」などと言ってくれた。ネパールの人たちのこのような温か
い言葉は本当に嬉しかった。
日本の素晴らしい先生たちに出会えたこと、私を受け入れてくれたネパール
の人たち、このような経験の場を与えてくれたことに感謝したい。この経験を
糧に今後も頑張っていきたい。
ナマステ!
メロナム アッキー ホ!!
東京医療福祉専門学校 専科2年
永井
明雄
こんにちは、私の名前は、アッキーです
日本を出発する前に、何度も畑先生から念を押されたネパー
ル語習得・・頭では理解していたものの、現地で使えたのは他に
二言、三言・・言葉が通じていれば、もう少し充実していたはず・・と、冒
頭から反省の弁から始まるレポートですが、成果や楽しかったこと(注)も
たくさんありました。(
(注)全ては書ききれないので、他の参加メンバーの
レポートの参照をお願いします)
<成果>
・日本国内では難しい多数の施術経験が出来ました。
参加を決めてからも戸惑いはありました。が、現地では一人のドクターと
しての扱いになるので、自分の持っている技術や知識を総動員して患者さん
に接しました。
今回のヘルスキャンプは、例年と比較すると、患者数は少な
かったようですが、参加した日本人メンバーも例年より少なか
ったので、結果的には、よかったのではないかと思います。
私が施術した患者さんの人数は、多い日で10人~15人くらいになりま
した。正確な人数を把握することも出来ない位、余裕がなかったともいえま
すが、何人かの患者さんからは、「
(アッキーの)施術のおかげで痛みがなく
なった!!」と言ってもらえたことがあり、自分の施術が間違っていなかっ
たことを認識することが出来ました。
(誰からも“良かった”と言われなかっ
たら・・という不安はありました)
また、長鍼を使っての施術を経験することが出来ました。痛い鍼にじっと
耐えていただいた患者さん、粘り強くご指導していただいた畑先生に心から
感謝します。
畑先生から「全身の力を抜かないと鍼に馬鹿にされてしまう」
と言われたことは今後の教訓にさせていただきます。
・今回参加されたメンバー全員に助けていただき、人脈をひろげることが出
来ました。
今回のメンバーは、畑先生、熊木先生を除いた10人が初参加・・初日以
降、キャンプ実施回数が増えていくと自然とチームワークがうまれ、施術が
スムーズになっていくことを実感できました。毎昼、畑先生手製の和食を全
員で囲み、その日の報告&反省会を行った結果だと思います。
施術から離れた場面でも、畑先生主導のイベントが、ポカラ到着日の夜か
らあり、たくさんの思い出を共有することが出来ました。
当初の予定と異なったこともありましたが、ネパールの日常生
活を肌で感じることが出来、貴重な経験となりました。
特に印象に残っているのは、カトマンズでの豪雨・・車道が一瞬のうちに、
“濁流の小川”になってしまったのは圧巻でした。
<反省>
ネパール語の習得が、思うように出来ませんでした。
せめて、英語がもうすこし、出来ていたら・・と思います。
現地のボランティアスタッフとのコミュニケーションも重要なので、事前の
勉強は必要です。身に染みて感じました。
<参加を考えている学生へ・・>
学生で参加検討中の方、ご自身のスケジュールをよく考えて
決断をしていただければ・・と思います。私の場合、日本帰国日の翌週に期
末試験があるのを承知の上で参加しました。
毎日の施術終了後、
“試験”の二文字が頭の片隅に・・
帰国後も緊張が続いたのは想像以上に大変でした。
<感謝の言葉>
事前準備から期間中のフォロー、よもぎ工場見学等、多岐にわたって活動
していただいた畑先生に本当に感謝します。事前打ち合わせの場を提供して
いただいた熊木先生、チームリーダーの先生方、参加メンバーの方々、ネパ
ール人スタッフ人々にもたくさん助けていただきました。送り出してもらっ
た家族にも感謝です。
デレデレダンニャバード!!本当にありがとうございました。
Take care of yourself!!
神戸医療福祉専門学校 中央校
数岡大志郎
私がそもそも鍼灸に興味を持ったのは、発展途上国などで自分にも何か出来
ないかと思ったことがきっかけであった。日本では些細な病気・ケガであって
も、貧しい国では死活問題となる恐れがある。そのような環境で、微力ではあ
るが、お役に立てるチャンスがきたと思い、喜んで今回の HC に参加させてい
ただいた。以下に、①治療について、②ネパールについての2点を記載する。
①治療について
日本を発つ前に聞いていた通り、背部・腰痛や、膝痛を訴えてくる人が大勢
いた。他にも腹部・心窩部の痛みや、手足のシビレ(ネパール語でザムザム)、
末梢側の「燃えるような感じ」を訴える患者も多く見られた。治療穴では、大
椎・膈兪・腎兪・大腸兪・次髎・梁丘・三陰交・十宣・・etc(GV14、BL17,
23,25,32、ST34、SP6、Ex・・etc)といった同じような経穴に偏ったが、6
寸ほど(約 20cm)の長鍼を坐骨神経痛の患者にさせてもらったことは、滅多
に出来ない良い経験となった。勿論かなり緊張した。
自分の患者で印象に残っているものは、脳血管障害による右半身の片マヒ患
者であった。感覚は正常であり、マヒ側の肩周りに痛みがあった。鍼灸で脳の
障害は治せないが、今感じている痛みなら緩和できることを、通訳を交えなが
ら理解してもらい、その後治療に当たらせてもらった。結果、少しは鎮痛効果
が出て、左手を使った運動方法を伝えられたことは良かったが、根治という意
味では全く何もできないことを痛感させられた。願わくば、先端の医療設備と
医者にも多く出向いてもらいたいものである。
どの患者にも共通するが、日本のように日頃から手軽に病院に行ける環境で
はなく、ましてや未だにカースト社会である。そのため、Doctor にきちんと話
を聞いてもらったことが無い人が多く、この機会(はるばる日本から Doctor
がやって来た)に、ここぞとばかりに色々な症状を訴えてくる。私自身は学生
の身ながら、患者からすれば1人前の Doctor として見られるため、そこは開
き直って堂々と振舞う必要があった。訴えている箇所を全て診てあげたいもの
の、限られた時間の中で、他の患者も診なければならない。「ボォリ アウヌ
ス(明日来てね)」を何度言ったか分からないが、キャンプの後半では「サキ
ヨ(終わり)」と言える勇気と、患者自身で出来るエクササイズを教えること
の大切さを身にしみて味わった。
②ネパールについて
私自身、今まで東南アジアやアフリカに旅行で行ったことがあったが、ネパ
ールは最も国民性が穏やかな国の一つだと思う。一部を除いて生活環境は劣悪
で、教育も満足に受けられない国である。それにも関わらず、あの人々が見せ
る屈託のない笑みには、先進国の如何なる技術や経済をもってしても敵わない
ものだと思えてしまう。日本で生まれ育った私が言うには、おこがましいのは
重々承知の上で、人間の本来の幸せとは、経済力や名声などではないのだと実
感させられた。
ネパールでは健康番組・雑誌などあるはずもなく、人々の健康に関する知識
と意識は、日本人と比較すると皆無に等しい。今回ボランティアで現地の学生
さん達が何人も手伝ってくれた。その子たちが「自分の体を案ずること」の意
識付けを、もっとネパール全体に広めてくれることを期待したい。
最後に、畑先生はじめ HC メンバー、ネパール人スタッフ、そしてボランテ
ィアの学生の皆様には、期間中様々な場面でご助力いただき、大変感謝してい
る。今回の経験を、今後の生活に少しでも役立てていきたい。
出会い、感謝、笑顔
東京衛生学園専門学校 東洋医療総合学科
多田尚史
ネパールへ向かう前日、私は1日中そわそわしていた。畑先生のことを知り、
ネパールへ行きたいと思ってから早数年が経っていたものの、ヘルスキャンプ
(以下HC)は私にとって未知のことである。結局、言語面、治療面の不安を抱
えたままの出発となってしまった。
さて、今回の HC では様々な出会いがあったが、最初の出会いはバンコクに
てニューカレドニアの男性と。ネパールに辿り着く前からの出来事にこれは面
白くなりそうだという予感がすると同時に、パソコンを電話のように持って通
話する人を初めて見て、つい撮影してしまった。
初日の夜はよもぎの会のネパール人スタッフと食事会。皆とても明るく親切
でその後も色々と気遣ってくれてありがたかった。それにしても彼ら全員の名
前を覚えるのは一苦労で、結局スタッフ全員の名前を覚えるには数日を要した。
そうだ、名前と言えば、じゃんけん大会でのラビタさんを思い出す。よく笑っ
た思い出の一つだ。
今回の HC で感じたこと。それは HC とはネパールの方々の為でもあるがそれ
以上に参加者の為を思って畑先生が機会を作って下さっているのだろうとい
うこと。会場のセッティングなどは今までのノウハウがあれば最初からもっと
効率よくも出来そうだが、あえてそうしないのは参加者自らが考え、話し合っ
て改善していく機会を作って下さったのだろう。人の上に立つ人物になる、今
まで全くそのようなことを意識したことはないが今後は人材起用、育成も少し
ずつ意識していこうと思う。そのようなことを深く感じさせてくれた「BAR 美
奈栄」にも感謝。D さんには及ばなかったが、準レギュラーとして先生のお部
屋に通い、遅くまで色々なお話を聞かせて頂けたことはとても貴重な経験であ
る。畑先生は BAR 美奈栄や酒場 HATA と仰っていたが、私にはなんとなくスナ
ック美奈栄の方がしっくりくる。ところで私の中での畑先生のイメージは「天
空の城ラピュタ」のドーラそのもの。
「40秒で支度しな!」なんて言われそ
うだし、HC 中の厳しいが内実とても優しく私たちのことを考えて下さっている
ところ、そして女傑という雰囲気を醸し出しながらもとってもチャーミングな
ところなどなど、今思い返してもやはり似ている。ちなみに私は40秒で仕度
ができず車に乗り遅れ、会場入りが遅れ皆様にご迷惑をおかけした日がある。
しかしハプニングほど記憶に残るものであり、会場まで歩いて向かう道すがら
若者から携帯電話を借りたことはいい思い出だ。D さん、あの日はまきこんで
しまってすみません。
ネパールでは男性への呼びかけに「ダイ」と言うようだ。そして畑先生が「ダ
イ」と言えば、もちろん D さんは反応してしまう。パタンではものすごい土砂
降りに遭遇したが、あの際の D さんの献身的な働きぶりは見事であった。その
時のキーワードはよもぎオイル、破傷風。ツボにはまったように笑う Y さんの
笑顔が印象に残る。帰国時の A さんの「ハッカ」でもよく笑った。
滞在中、子供たちの美しく輝く瞳と笑顔が印象的だった。ポカラで自転車を
借りて山を登り、名前も知らない現地の子供たちと遊んだこと、カトマンズで
K さんに付き添う形で、子供をサポートする現地 NGO を訪問したことは忘れら
れない。さだまさしの「風に立つライオン」の歌詞が頭をよぎり、豊かな国と
はなんであるかを考えさせられた。笑顔の素晴らしさ。HC での治療を通し笑顔
になってくれた方もいる。笑顔にしてあげられなかった方もいる。少しでも笑
顔を増やせるよう努力しよう。
HC について書きたいことはまだまだあるが、この余白はそれを書くには狭す
ぎる。
生きる原動力
日本医学柔整鍼灸専門学校
三年
風間
あきな
よもぎの会ヘルスキャンプ。それは人生で最も充実した7日間でした。アメリ
カから帰国して、なにか大きな次なる目標が欲しかった私は、鍼灸学校に入学
しました。これまで自分の人生を変えた陰陽五行をベースにした世の中の捉え
方、食べ方、暮らしをアメリカで数年実践してきて、帰国後は鍼灸の世界へ飛
び込むことは自然な流れでした。ただ、震災直後から続く日本の、波風をあえ
て立てまいとするグレイゾーンの社会と狭い学校生活に沸々と湿熱がおき始
めていた学生3年目、ヘルスキャンプの畑先生の話を友人伝いで聞いたのです。
何も考えずに、すぐになけなしの現金を振り込んで、それから出発まではネパ
ール出発まではあっというまで、心の準備も鍼技術も未熟なまま飛び込みまし
た。長年フリーランスで、個人活動でやってきた自分が、集団行動という最も
苦手なところに、スケジュールもきっちり決められた生活で正直やっていける
のか不安もよぎりましたが、ネパール人の方々への鍼灸施術に対して、早くや
ってみたいという好奇心が心配よりも勝っていました。こういうときは考えす
ぎると良いことはありません。わくわくする方へ飛び込めば必ず学びがあり次
の着地点にたどり着くというのが私の持論、正しい判断でした。
さて、ヘルスキャンプですが、端的に言います。凄まじくも,人生市場最も濃
厚で充実した経験でした。素晴らしい現役の先生方と熱い鍼灸学生仲間たちと
ともに寝泊まりし、ライフラインも無く限られた道具をたよりに、地べたにビ
ニールシートを引いただけの質素でそして緊迫した現場で助け合い,次々に列
をなすネパール患者さんをみていくという、戦場軍医さながらの日々。寝ても
覚めても、「あーあの腕の動きの悪さをとるにはどうすればいいかな」、
「あの
しびれはどこから来ているのかな」、と寝ても覚めてもこんなに鍼灸のことだ
け考えていた日々はありません。心から鍼灸が楽しかったのです。ネパール人
の患者さん達は純粋で素直で、痛いときは顔を歪ませ痛いと叫ぶし、気持ちが
いいときは笑顔。やりがいがあります。その表情や時折みせてくれる純粋な表
情に、日本人の忘れた感情表現がありました。とても元気をもらい、その単純
な美しさに尊敬の念も感じました。
そして、今回ご一緒した先生方は、幸運なことにも面白い経歴の持ち主で、多
種多様な失敗と成功経験を積んでこれは私の強みだよ、というのを持つ腕利き
の素晴らしい先生方ばかりでした。そのような先生方の治療を、治療家卵とし
て、「同じ対象」を一緒に治療しながら「同じ目線で」その技術を見て学べた
ことは学生の私に取ってお金に換えがたい経験でした。日本の上下関係の厳し
い鍼灸界でここまでどん欲に、まわりを気にせず質問できて、実践でリアルタ
イムに解決して行く状況はなかなかあり得ないでしょう。凄まじい環境下のな
か、協力し合って闘ったという状況だったからこそ、成り立つのではないかな
とも思います。日本で空調の利いた、いい環境でやるのとは訳が違います。こ
れはもう、また来年も参加して、他のいろんな先生方の生実況中継を拝見させ
てもらいたいっ、と学習欲がどんどん溢れでできます。
そして、敬愛する畑先生のこと。先生は、当時は公式な政府もなく、インフラ
も電気水道下水もまま成らない異国に自ら身を置き、医療体系が確立していな
いその地で、鍼灸治療を全力で広めてきた偉人です。貧しく国力の弱い国に、
どうにも出来ずにただ生きる鹿に人たちのため、ひた走ってきた熱い情熱の固
まりのような人です。人生でこんな方に会えただけで、そして一緒に鍼を打て
たことは一生の宝物です。畑先生が、もちろんですが、人を動かす壮絶な人生
ドラマの体験者に違いないでしょう。そこはまだミステリーにつつまれていま
すが。
。。
キャンプ中は怒鳴っているのは皆のためで、ほんとは本当に細やかに人の心を
読み取ってくれていて、皆が均等に学べるように、目を配ってくださっていま
した。私が後回しでなかなか出来なかった長鍼を、畑先生自ら、私のベッドま
で気て、手取り足取り教えてくれたときは嬉しくて、楽しくて、泣きそうでし
た。先生、ありがとうございました。
そんな畑先生の率いるヘルスキャンプに参加した経験は、私の鍼灸生活の大き
な誇りになるでしょう。負けそうなとき、本来の鍼灸をはじめた動機を見失っ
たとき、ここは原点、帰着時点です。鍼灸を志した人たちの人生ドラマはいろ
いろあります。そして、いかなる動機でもそれは最後まで生きる原動力となり
ます。私は、今この夏に得た、唯一無二の新たな生きる原動力で、一歩一歩、
歩んでいます。
忘れられない 6 日間
公益財団法人モラロジー研究所モラロジー専攻塾 村田侑子
ちょうど一年前、「来年のヘルスキャンプ…参加してみようかな…」とぼん
やり考えていたことが実現し、今年、ポカラでのヘルスキャンプにアシスタン
トとして参加させていただきました。
アシスタントとしての私の仕事は、治療道具の準備、消毒用コットンの補充、
使用済みの鍼やゴミの回収など、その他、先生方一人ひとりが治療に専念でき
るようにお手伝いをすることでした。初めて現場に行った初日、「じゃあ、ま
ず準備の手伝いをしよう!」そう思った私でしたが、何の道具をどう準備した
らいいのか全くわかりませんでした。
私は、参加者の中で唯一、鍼灸の知識が全くなく、過去に鍼灸治療も受けた
こともなければ、鍼やもぐさを見ることも全てが初めてでした。誰かに聞きた
くても、その時その場にいるのはネパール人スタッフのみ。まず初めに、大き
な言葉の壁にぶつかりました。アシスタントとしての仕事は決して難しいもの
ではありませんでしたが、自分の意志をうまく伝えられないもどかしさをあれ
ほど感じたのは初めてでした。
治療が始まり、初めて鍼治療を目にした時は「本当にこんなに細い針を打つ
だけでよくなるの…?」と思っていましたが、最初は曇った表情でやってきた
患者さんが治療後には「痛くなくなった!」「よくなった!」と笑顔で帰って
行く姿から、鍼灸が持つ力を実際に目にすることが出来ました。
初日より二日目、二日目より三日目、と日に日に患者数は増していきまし
た。それらの患者のほとんどが、膝や腰の痛みを訴えており、その痛みは、ネ
パールの文化や生活スタイルが原因となっていることを知りました。宗教的意
識や、合理的に考えられた生活の中には、人間の体には悪影響な姿勢や行動が
多々あり、人が生きるためには、安全に生きるための「知識」を持って生活す
ることの重要性を強く感じました。
ヘルスキャンプの 6 日間を畑先生と過ごし、正直、畑先生はとても厳しい方
だと感じていました。しかし、その厳しさの根底には、ご自分の一生涯をかけ
てネパールの人々の為に献身的に働く、強く、温かい姿がありました。その他
の先生方もそれぞれが目的意識を持って参加されており、日々熱心に患者さん
一人ひとりと向き合う、力強く逞しい姿を見せていただきました。
私は、ヘルスキャンプ中は「YUKO ちゃん!!」と呼ばれたら、とりあえず跳
んで行き(笑)、お手伝いをさせていただいていましたが、体力のない私はいつ
も疲れ果てて、その日その日を終えていました。しかし、先生方から毎日「あ
りがとう」「大丈夫?」「無理しないでね」など、本当に温かい言葉をかけて
いただき、毎日やりがいを感じながら一日一日を過ごすことが出来ました。
決して楽しいだけではない 6 日間でしたが、患者さんから帰り際に「ダン
ニャバード(ありがとう)」と声をかけていただいたり、忙しい中でもネパー
ル人スタッフやボランティアの子供達と笑顔で過ごす時間を持てたり、出会う
人、一人ひとりとのご縁をとても温かく感じることのできる時間を過ごしまし
た。
日本を離れ、他国の人心救済の場で働く一人として今回のヘルスキャンプへ
の参加が叶い、本当に貴重な経験をさせていただいたと思っています。畑先生
をはじめ、今回参加された先生方、その他にも、あのような環境を私に下さっ
たすべての方々に、心から感謝申し上げます。
皆様の愛ありがとう
小野奈津美、岡野さん、石川春子、藤野真寿美、千々和香織、水野喜久夫、
辻田貢、柿本勇人、泉谷好子、昆野幸代、松浦勝次郎、松野光伸、植芝弘子、
志沢充子、須見好和、中川和彦、島田博、木下廣太郎、西山昭弘、高山和子、
野中マサ子、伊牟田良一、森山眞理子、岩井洋子、金子 博、広瀬尚子、
荒木乳根子、城隆嗣、酒井哲郎、井上隆司、関 哲夫、石渡智子、赤羽 幸、
米山周一、和田純子、渡部邦昭、村田浩康、