舌下・顎下・頸部の疾患

歯学科 4 年生講義,口腔生命科学各論 II,歯科放射線学
舌下・顎下・頸部の疾患の画像診断
担当:林 孝文
口腔領域に発生した炎症や腫瘍は、しばしば蜂窩織炎やリンパ節転移といった病態で頸
部へ進展する場合があり、歯顎顔面口腔領域の診療医は、頸部についても口腔領域と同様
に解剖学的事項を熟知する必要がある。
解剖学的には、口腔は気道消化管の最上部に位置し、中咽頭とは有郭乳頭・扁桃柱・軟
口蓋により区別される。ここには、舌の前方 3 分の 2 が含まれ、上方は口蓋・上顎歯槽突
起・上顎歯、外側は頬、後方は口蓋舌弓・口蓋咽頭弓、下方は口底・下顎歯槽突起・下顎
歯、前方には口唇が存在している。口腔の表面全体は粘膜上皮に覆われており、小唾液腺
がその下に広く分布している。粘膜上皮は扁平上皮癌の発生母地となり、小唾液腺からは
良性・悪性の唾液腺腫瘍が発生しうる。口腔は、口腔粘膜領域と、舌下隙・顎下隙の 3 領
域に大別できる。
画像上確認すべき隙としては,頬隙 buccal space, buccinator space (BS),咀嚼筋隙
masticator space (MS),翼突下顎隙 pterygomandiular space (PMS),舌下隙 sublingual
space (SLS),顎下隙 submandibular space (SMS),傍咽頭隙 parapharyngeal space (PPS),
咽頭後隙 retropharyngeal space (RPS),耳下腺隙 parotid space (PS),頸動脈隙 carotid
space(CS)などがある。頬隙は,内側で頬筋,外側で大・小頬骨筋などの表情筋に境界され,
後方で咬筋や下顎骨,内・外側翼突筋や耳下腺に接する。舌下隙は舌の下方で顎舌骨筋の
上内側,オトガイ舌筋・オトガイ舌骨筋の外側に位置し,前方は下顎骨で境界され,舌下
腺とその導管,顎下腺の一部と顎下腺導管,舌骨舌筋,舌神経・舌下神経,舌動脈・静脈
などが含まれる。後端部では顎下隙との間に筋膜の境界が存在せず,舌下隙に生じた病変
は容易に顎下隙に波及する。顎下隙は顎舌骨筋の後外側,舌骨の上方に位置し,顎下腺,
顎二腹筋前腹,舌下神経,顔面動脈・静脈,顎下リンパ節などが含まれる。後端部では舌
下隙や傍咽頭隙との間に筋膜の境界が存在しない。傍咽頭隙は顔面深部に位置し,周囲に
重要な多数の隙が接しており,偏位状態から病変の由来を推定しうる。前外側に接するの
は咀嚼筋隙であり,咬筋,側頭筋,内側・外側翼突筋,下歯槽神経・動脈・静脈,下顎枝
などが含まれる。この中にあり,下顎枝と内側・外側翼突筋との間の領域が翼突下顎隙で
ある。後外側に接するのは耳下腺隙であり,耳下腺,顔面神経,下顎後静脈,外頸動脈,
耳下腺リンパ節などが含まれる。後方に接するのは頸動脈隙であり,頸動脈鞘に包まれた
頸動脈,内頸静脈,舌咽・迷走・副・舌下神経,交感神経叢,リンパ節などが含まれるが,
頸動脈分岐部よりも上方では頸動脈鞘は不完全もしくは欠如する。後内側に接するのは咽
頭後隙であり,主にリンパ節が含まれる。外側咽頭後リンパ節(Rouviere リンパ節)は口
腔領域からの転移が認められる場合がある。
頸部のリンパ節には、顎下リンパ節・オトガイ下リンパ節、深頸リンパ節外側群として
1
上・中・下内頸静脈リンパ節、副神経リンパ節、鎖骨上窩リンパ節が、正中群としては喉
頭前リンパ節、気管前リンパ節、咽頭後リンパ節などがあり、さらに耳下腺リンパ節や浅
頸部の前頸静脈リンパ節、外頸静脈リンパ節などが存在する。
口腔・頸部ともに、主として炎症や腫瘍に対して画像診断が行われるが、その最大の目
的は病変の深部への進展範囲の把握であり、軟組織を横断像で解剖学的な情報を得られる
CT や MRI、超音波検査(US)が頻用される。
炎症(感染性)の場合には造影 CT が異物や石灰化物、歯や顎骨との関係や膿瘍の状態を
把握するのに有用だが、顎骨骨髄内の炎症の広がりの評価において MRI は CT よりも優れ
ている。腫瘍の検出には MRI が優れているが、進展範囲の正確な評価のために経静脈的造
影が多くの症例で必要となる。また石灰化の有無や隣接する顎骨の吸収破壊を詳細に評価
するために、CT の併用が必要となる場合が多い。歯の金属修復物によるアーチファクトは
CT・MRI いずれも問題となる。US は、唾液腺疾患や頸部リンパ節など、皮膚や粘膜面に
近い限局した範囲の病変の検出に威力を発揮するが、視野が限定され画像の客観性に劣る
という欠点を有するため、低コストや簡便性といった長所を生かして CT や MRI をバック
アップするような活用法が望ましい。頸部リンパ節については、MRI、CT、US いずれも
触診で検出し得ない転移リンパ節の診断に有用性が認められている。
※画像診断で確認すべき解剖構造
a.骨組織:舌骨 HB,上顎洞 MA,下顎骨 MAN,上顎骨 MAX,下顎管 MC,下顎枝 MR
b.筋肉:顎二腹筋前腹 ADM,頬筋 BM,口角下制筋 DAO,オトガイ舌筋 GGM,オトガ
イ舌骨筋 GHM,舌骨舌筋 HGM,舌骨下帯状筋(胸骨舌骨筋、胸骨甲状筋、甲状舌骨筋)
ISM,上唇鼻翼挙筋 LAN,口角挙筋 LAO,頭長筋 LCA,頸長筋 LCO,上唇挙筋 LLS,
外側翼突筋 LPM,口蓋帆挙筋 LVP,オトガイ筋 MEM,顎舌骨筋 MHM,咬筋 MM,
内側翼突筋 MPM,大頬骨筋 MZM,鼻筋・口輪筋 NM/OOM,顎二腹筋後腹 PDM,広
頸筋 PM,胸鎖乳突筋 SCM,茎突舌筋 SGM,甲状軟骨 TC,側頭筋 TM,口蓋帆張筋
TVP
c.血管:上行咽頭動脈 APA,総頸動脈 CCA,外頸動脈 ECA,外頸静脈 EJV,顔面動脈
FA,顔面静脈 FV,内頸動脈 ICA,内頸静脈 IJV,内顎動脈 IMA,舌動脈 LA,下顎後
静脈 RMV
d.隙:頬隙 BS,頸動脈隙 CS,咀嚼筋隙 MS,翼突下顎隙 PMS,傍咽頭隙 PPS,耳下腺
隙 PS,舌下隙 SLS,顎下隙 SMS
e.唾液腺:耳下腺 PG,舌下腺 SLG,顎下腺 SMG
f.リンパ節:中内頸静脈リンパ節 MIJN,上内頸静脈リンパ節 SIJN,顎下リンパ節 SMLN
g.その他の解剖構造:頬脂肪体 BF,喉頭蓋 EG,耳管咽頭口 ETO,下鼻甲介 INC,外側
咽頭陥凹(Rosenmüller 窩)LPR,舌中隔 LS,中咽頭 OP,舌 OT,耳下腺導管 PD,
口蓋扁桃 PT,上頸神経節 SCG,粘膜下脂肪層 SFL,軟口蓋 SP,耳管隆起 TT
2
↓LAN
↓LAN
↓LLS
MZM↓
↓LLS
MA
MZM↓
MA
INC
TM
MPM→
MR
←ETO
←LPR TT
LCA
←ICA
←IJV
INC
MM
LPM
TVP→
LVP→
IMA→
RMV↑
MPM→
←ETO
TVP→
←LPR TT
LVP→
LCA
←ICA
←IJV
MR
IMA→
ECA→
RMV↑
PG
TM
LPM
MM
ECA→
PG
下鼻道レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
↓NM/OOM
LLS↓
↓NM/OOM
LLS↓
↓LAO
↓LAO
↓MZM
MA
FV→
PD↑
MM
SP
MM
SP
MR
MPM
OP
LCA
←ICA
←IJV
←BM
MPM
OP
↓ECA
RMV→
PD↑
←BM
MR
↓MZM
MA
FV→
↓ECA
←APA
LCA
←ICA
←IJV
RMV→
PG
←APA
PG
PDM→
PDM→
上顎洞底レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
MAX
MAX
←LAO
←BM
FV↓
←LAO
←BM
FV↓
OT
OT
MR
MR
MM
RMV→
PDM→
SP
PT
OP
↓ECA
LCA→
←ICA
←IJV
MM
MPM
SGM→
RMV→
PG
SP
PT
OP
↓ECA
LCA→
←ICA
←IJV
MPM
SGM→
PDM→
上顎歯槽突起レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
3
PG
←DAO
←DAO
SFL→
SFL→
←BM
MAN
←BM
MAN
HGM→
HGM→
←MHM
SGM→
SMG
RMV→
←FA
←ECA
←ICA
←IJV
←MHM
←MM
←MM
SGM→
SMG
OP
SCG→
SIJN→
←PDM
RMV→
←FA
←ECA
←ICA
←IJV
OP
SCG→
←PDM
SIJN→
SCM
SCM
下顎歯槽突起レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
←DAO
←DAO
SLG
SLG
MAN
MAN
GGM ←LA
←LS
←MHM
HGM→
←MHM ←LS
HGM→
←FA
SGM→
SMLN→
SMG
OP
←ECA
SIJN→
SCG→
←ICA
←IJV
SMLN→
←FA
SMG
←ECA
SIJN→
←ICA
←IJV
←PDM
OP
GGM
SCG→
←EJV
←PDM
←EJV
SCM
SCM
口底レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
←MEM
←MEM
MAN
SMLN→
GGM
SLG
GHM
MHM→
SMG HB
EG
HB
←ECA
←ICA
LCO
←IJV
MAN
←DAO
←DAO
GGM
SLG
SMLN→
←PDM
SMG HB
←ECA
←ICA
←IJV
GHM
MHM→
←PDM
EG
LCO
←EJV
←EJV
SCM
SCM
顎下レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
4
MAN
MAN
ADM
ADM
HB
HB
PM→
EG ISM
PM→
←ECA
←ICA
←IJV
EG
ISM
←ECA
←ICA
←IJV
SCM
SCM
←EJV
オトガイ下レベルの造影 CT 水平断像・T1 強調 MR 水平断像
BS
MS
←PMS
CS
PS
上顎歯槽突起レベルの T1 強調 MRI 水平断像
SLS
SMS
CS
口底レベルの T1 強調 MRI 水平断像
5
←EJV
MS
←PMS
P
P
S
SMS
T1 強調 MRI 冠状断像
※講義で呈示する予定の疾患について
・嚢胞性病変:ガマ腫,類皮・類表皮嚢胞,甲状舌管嚢胞,鰓嚢胞,粉瘤
・先天性・発育性病変:血管腫,リンパ管腫,異所性甲状腺
・良性腫瘍:神経鞘腫,脂肪腫,傍神経節腫
・リンパ節の疾患:リンパ節炎,リンパ節転移
6
リンパ節の疾患
1)リンパ節の構造
リンパ節は免疫反応の場として、また生体内を循環するリンパ球の移動路として、生体
防御に重要な役割を有している。リンパ節は通常、扁平な楕円体の形態であり、門(hilus,
hilum)と呼ばれる陥凹を有する。主に膠原線維からなる被膜に包まれ、内部は被膜に近い
皮質と門に近い髄質とに大別される。さらに実質部分は、リンパ球が密集したリンパ髄と
疎な網目状構造のリンパ洞に大別され、リンパ髄は皮質では小節を、髄室では髄索を構成
している。数本から数十本の輸入リンパ管が被膜を貫き、リンパ洞へと合流する。リンパ
洞には被膜直下の辺縁洞、髄索の間に広がる髄洞とその間の中間洞がある。リンパ液はこ
れらを灌流して門へと向かう。門からは 1 本から数本の輸出リンパ管が出ており、リンパ
節に分布する血管や神経も主としてこの門を経由する。全身にある約 800 個のリンパ節の
うち、1/3 以上に相当する 300 個程度が頸部に存在するといわれている。
2)頸部リンパ節の解剖(分類)
頸部リンパ節の分類は、わが国では頭頸部癌取扱規約(2001 年 11 月)あるいは日本癌治
療学会リンパ節規約(2002 年 10 月)が用いられることが多い。国際的には、頸部郭清範
囲を基本とした、AAO-HNS 分類などのレベル分類が広く用いられている。
7
頸部リンパ節の分類(日本癌治療学会リンパ節規約)
<>内は頭頸部癌取扱い規約における表記
1.オトガイ下・顎下リンパ節
a. オトガイ下リンパ節
広頸筋と顎舌骨筋の間で下顎骨・舌骨・顎二腹筋に囲まれた部位のリンパ節
b. 顎下リンパ節
広頸筋と顎舌骨筋の間で下顎骨と顎二腹筋の前腹と後腹に囲まれた部位のリンパ節
2.深頸リンパ節−外側群−
a. 上内頸静脈リンパ節<上内深頸リンパ節>
顎二腹筋の後腹の高さで内頸静脈周囲に存在するリンパ節(上限は顎二腹筋後腹の後端)
b. 中内頸静脈リンパ節<中内深頸リンパ節>
肩甲舌骨筋上腹の高さで内頸静脈周囲に存在するリンパ節
c. 下内頸静脈リンパ節<下内深頸リンパ節>
肩甲舌骨筋下腹の高さで内頸静脈周囲に存在するリンパ節
d. 副神経リンパ節
副神経に沿ったリンパ節で、僧帽筋前縁より前方にある
上方では内頸静脈リンパ節と区別ができない(その場合は内頸静脈リンパ節とする)
e. 鎖骨上窩リンパ節
頸横静脈に沿うリンパ節であり、大・小鎖骨上窩にある
3.深頸リンパ節−正中群−
[前群]
[後群]
a. 喉頭前リンパ節
b. 甲状腺周囲リンパ節
c. 気管前リンパ節
d. 頸部気管傍リンパ節
a. 咽頭後リンパ節
b. 頸部食道傍リンパ節
4.耳下腺リンパ節
a. 浅耳下腺リンパ節
b. 深耳下腺リンパ節
5.浅頸リンパ節
a. 前頸静脈リンパ節
b. 外頸静脈リンパ節
レベル分類と日本癌治療学会リンパ節規約分類の対応
Level I A
オトガイ下リンパ節
Level I B
顎下リンパ節
Level II A
上内頸静脈リンパ節(前方)
Level II B
上内頸静脈リンパ節(後方)
Level III
中内頸静脈リンパ節
Level IV
下内頸静脈リンパ節
Level V A
副神経リンパ節
Level V B
鎖骨上窩リンパ節
8
顎二腹筋後腹
上内頸静脈リンパ節
顎下リンパ節
副神経リンパ節
オトガイ下リンパ節
頸
動
脈
顎二腹筋前腹
中内頸静脈リンパ節
肩甲舌骨筋
内
頸
静
脈
胸
鎖
乳
突
筋
僧
帽
筋
喉頭前・気管前リンパ節
下内頸静脈リンパ節
鎖骨
鎖骨上窩リンパ節
癌治療学会リンパ節規約による頸部リンパ節分類
IB
IIB
IIA
IA
III
VA
VB
IV
頸部リンパ節レベル(亜レベル)分類
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3)頸部リンパ節の疾患
臨床的に最も代表的な病的所見は、リンパ節腫脹である。リンパ節腫脹は、その発生機
序から原発性と続発性とに分けられ、原発性のものにはリンパ節に原発する腫瘍や、リン
パ節を選択的に侵す炎症などがあり、続発性のものとしては、他臓器原発の腫瘍の転移や、
他臓器の炎症により生じる二次的反応などがある。画像診断のみでこれらを確実に鑑別す
ることは困難だが、結核性リンパ節炎や転移リンパ節では、内部に石灰化が生じる場合が
あり、画像診断上有益な情報となる。
4)頸部リンパ節の画像診断
リンパ節疾患に対する画像診断としては、CT、MRI、超音波検査(以下 US)、PET/CT
などが利用されている。CT、MRI、US ともに、非転移リンパ節は扁平な楕円体の形態を
呈し、門部が認められる場合が多い。リンパ節の実質部分は、造影 CT や造影 MRI では筋
と同程度からやや強い程度に造影され、T2 強調 MR 画像では比較的高信号を呈し、US で
はほぼ均一な低エコーとして描出される。門部は、CT、MRI、US ともに、周囲と連続性
のある脂肪組織あるいは結合組織様の構造として認められる。
一般に画像上、短径(リンパ節を楕円体に模した場合の三軸径のうち最短のもの)10 mm
以上のリンパ節は病的腫大像と判断されている。炎症性腫脹の場合には門部や楕円体の形
態を残しつつ腫大する場合が多いのに対し、腫瘍性腫脹の場合には門部が消失し全体の形
態が球体に近くなる場合が多い。特に内部が不均一化したり、周囲との境界が不明瞭とな
った場合には、悪性の可能性が高いとされている。ただし、壊死性リンパ節炎や結核性リ
ンパ節炎では転移リンパ節類似の所見を呈する場合がある点には注意が必要である。また、
悪性リンパ腫によるリンパ節腫脹では内部が比較的均一な場合が多いが、不均一な場合も
ある点にも注意を要する(扁平上皮癌の頸部リンパ節転移については、「口腔の悪性腫瘍」
で扱う)
。
2015.1.22 版
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