修正国際基準開発の意義

愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第 11 号
修正国際基準開発の意義
石
Ⅰ
川
雅
之
はじめに
2014 年7月 31 日、企業会計基準委員会は、
「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委
1
員会による修正会計基準によって構成される会計基準)
(案)」を公開した 。この案が受け入れ
られれば、
いずれ正式な会計基準として公表されることになる。修正国際基準が認められても、
オリジナルの国際会計基準が否定されるわけではない。そのため、修正国際基準が認められれ
ば、日本では認められる会計基準として、
「日本基準」「米国基準」「国際会計基準」「修正国際
基準」の4つが同時に存在することになる。オリジナルの国際会計基準を否定して修正を施し
た国際会計基準のみを認めようというのではなく、オリジナルの国際会計基準と同時にその代
替基準として修正を施した国際会計基準を同時に走らせようというのであるから、二組の国際
会計基準を設けることになる。
2
国際会計基準 の目的は高品質で理解可能かつ法的効力をもつグローバルに受け入れられた
一組の会計基準を開発することであるから、他の会計基準の存在を否定するものではないのか
もしれない。しかしながら、一組の会計基準の開発とは、唯一の基準として存在することを目
指していると考えるべきであろう。高品質で理解可能かつ法的効力をもつグローバルに受け入
れられた一組の会計基準として開発された会計基準と、その一部を修正したものの両者をとも
に高品質で理解可能かつ法的効力をもつグローバルに受け入れられる会計基準として位置づけ
ることには無理がある。
そうであるならば、さらにいくつかの高品質で理解可能かつ法的効力をもつグローバルに受
け入れられる会計基準が同時に存在するはずはない。数組の会計基準が存在するとすれば、そ
のうちのどれかは、高品質で理解可能かつ法的効力をもつグローバルに受け入れられた一組の
会計基準であるかもしれないが、他のものはそうではない会計基準ということになる。
では、4種類の会計基準を認めようという日本の試みをどのように評価すべきなのであろう
か。会計人であれば、一つの市場に4種類の認められる会計基準が並立する状況に違和感を覚
えないはずはない。とはいえ、特定の企業に限られてはいたが、日本基準と米国基準の2種類
の認められる会計基準が並立する状況は長く続いてきたのであり、そのことによって問題が生
じたようなことはなかったようであるし、近年では3種類の認められる会計基準が並立し、特
段の問題は指摘されていない。
ただし、オリジナルの国際基準とその一部を否定した2種類の国際基準が存在することにつ
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いては改めて検討してみなければならないのではないだろうか。それでも、あえて、4つ目の
会計基準を開発しようとするからには、それなりの目的があるわけであり、そうであるならば、
積極的に評価すべきところもあるかもしれない。以下、そうした視点から修正国際基準案を検
討したい。
Ⅱ
修正国際基準開発の経緯
修正国際基準公表の経緯について、
「
『修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会に
よる修正会計基準によって構成される会計基準)』の公開草案の公表にあたって」
(以下、
「公開
草案の公表にあたって」と略称する。
)では、おおよそ次のように説明している。
まず、2009 年6月に企業会計審議会から公表された「我が国における国際会計基準の取扱い
に関する意見書(中間報告)
」により、一定の要件を満たした会社については、指定国際会計基
準に準拠して作成された連結財務諸表を金融商品取引法の規定により提出される財務計算に関
する書類として認めることとされ、IFRS が指定国際会計基準とされることになった。世界経
済の効率化・活性化を図る観点から単一で高品質な国際基準の策定が有効であり、またこの目
標を実現していくために日本が主体的に取り組むことは、日本の企業活動、資金調達に有益で
あるとともに、日本市場の国際的競争力を確保する観点からも重要であるとの考えから、IFRS
の任意適用の積上げを図ることが重要であるとされた。そのための方策の一つとして、IFRS
のエンドースメント手続の導入が提言され、会計基準の策定能力を有する企業会計基準委員会
において検討を行い、企業会計基準委員会が検討した IFRS の個々の会計基準について、金融
庁が指定する方式を採用することが適当であるとされた。これらを受けて「修正国際基準」の
案が公表されるにいたったというのである。
こうしたおおよその流れは、会計関係者にとっては既知の事実である。だが、
「単一で高品質
な国際基準の策定という目標に主体的に取り組むことが重要」であるとしても、そのために、
なぜ「IFRS の任意適用の積上げを図ることが重要」なのか、さらに、IFRS の任意適用の積上
げを図るために「IFRS のエンドースメント手続を導入」する必要があるのか、は明らかではな
い。さらに、エンドースメトされた IFRS は、強制適用を前提としたものではなくあくまで任
意適用でしかないという。一部の基準を削除修正するということは、本来、強制適用を前提と
したうえでの苦肉の策でしかありえず、論理が通っていないといわざるをえない。
それは、上に述べたことが表向きの理由でしかないからである。修正国際基準の開発には別
の理由があることは周知のとおりである。IFRS の任意適用の実績づくりを行う本当の理由と
しては、IASB における日本のポジションの確保が関係しているとみるのが自然である。具体
的には、IFRS の適用の実績が低い場合には IFRS 財団の重要な組織であるモニタリング・ボー
ドのポジションを失う可能性があるということである。
2009 年4月に IFRS 財団は組織のアカウンタビリティを高めることを目的としてモニタリ
ング・ボードを設置したが、当初、モニタリング・ボードのメンバーは、IOSCO 新興市場委員
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会議長、IOSCO 専門委員会議長、金融庁長官、EC 域内市場・サービス担当委員、米国 SEC 委
3
員長という日米欧等の証券当局5名で構成されるものとされた 。ところが、2013 年3月に、モ
ニタリング・ボードのメンバーの適格要件とその評価アプローチについて合意が形成され、モ
ニタリング・ボードのメンバーになるか、メンバーであり続けるためには、国内での「IFRS の
4
使用」と「IFRS 財団への資金拠出」が求められるとされたのである 。これにより、もしも
IFRS を使用していないと認められた国は、必然的にモニタリング・ボードのメンバーの地位
を失うことになった。
国際的な会計基準づくりにおける発言権を放棄するなら話は別であるが、発言権を確保して
おきたいと考えるならば、数少ないモニタリング・ボードの席は極めて重要度が高いというこ
とになる。モニタリング・ボードのメンバー要件は、該当する市場において IFRS が顕著に使
用されていることである。したがって、モニタリング・ボードの椅子を失わないためには、
IFRS が顕著に使用されていなければならない。
モニタリング・ボードの席を失わないために、なんとしても IFRS 適用会社を増やしたい金
融庁が考えだした策の1つは IFRS 任意適用要件の緩和であった。2013 年6月に、企業会計審
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議会が公表した「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面の方針」 では、IFRS
の任意適用要件を緩和することにより、IFRS を任意適用する企業数が増加することが見込ま
れ、国際的にも、IFRS 策定への日本の発言力の確保等に資することになる、と述べていた。ち
なみに、金融庁によると、2013 年5月時点で、IFRS を採用可能な企業は 621 社であったが、連
結財務諸表等規則の改正により 4061 社まで拡大するということであった。ただし、これはあ
くまで適用要件をクリアする会社の数にすぎない。
IFRS 適用会社を増やすために金融庁が考えだしたもう1つの策が、日本企業が適用しやす
いように、IFRS の一部をカーブアウトした日本版 IFRS、すなわちエンドースメトされた
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IFRS をつくることであった 。
Ⅲ
エンドースメントとは何か
企業会計基準委員会が公表した案では、
「国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会
計基準によって構成される会計基準」を「修正国際基準」あるいは JMIS(Japan“s Modified
International Standards)と呼ぶこととなった。それまでは、エンドースメトされた IFRS、日
本版 IFRS あるいは J-IFRS などと呼ばれていたように思う。日本に限定せずに、各国・地域
で修正または限定した IFRS を指す場合にはローカル版 IFRS あるいはローカル IFRS という
名称も散見される。これまで、IFRS に手を加えた、いわば日本版の修正 IFRS を「エンドース
メントされた IFRS」といってきたのは、2013 年6月 20 日に企業会計審議会総会と企画調整部
会合同会議の報告書として公表された「国際会計基準(IFRS)への対応のあり方に関する当面
の方針」で、日本版の修正 IFRS を「エンドースメントされた IFRS」と呼んだからにほかなら
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ない 。
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エンドースメントとは、是認とか承認という意味である。会計基準についていえば、日本で
認められる会計基準は本来日本での会計基準の設定を任されている企業会計基準委員会が作成
したものでということになるが、
これ以外のものを日本で認められるものとして受け入れれば、
それがエンドースメントということになる。そうであれば、現在金融庁長官によって「指定国
際会計基準」として定められているいわゆるピュア IFRS は、本来の字義通りに解す限り、エ
ンドースメントされた IFRS ということになる。なぜならピュア IFRS は日本での通常の手続
きを経て作成されたものではなく、日本で認められるものではないにもかかわらず、
「指定国際
会計基準」として金融庁長官が定めることによって、日本で効力をもつものとなるからである。
したがって、ピュア IFRS を利用する国であっても、多くの場合にエンドースメント手続き
が行われているはずである。ただし、アドプション方式であれば、一度アドプションを決めて
しまえば、その後は IFRS として公表されたものは自動的に採り入れられるわけであるから、
エンドースメント手続きは必要ない。ただし、IASB は今後も様々な個別基準を開発するもの
と考えられるが、すべての新規基準が商慣行等になじむ保証はないし、国益という観点から即
座に適用できない個別基準が出てくる可能性も否定できない。そうした場合であっても、アド
プション方式であれば、自動的に適用されることになるが、エンドースメトという手続きをと
るものとしておけば、そうした場合に威力を発揮することになる。
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「当面の方針」では、具体的なエンドースメントの手続として ASBJ において検討し 、現行
の日本基準の設定手続きと同様の方式をとること、IFRS の個別基準をエンドースメントする
際の判断基準として「会計基準に係る基本的な考え方」、「実務上の困難さ」、「周辺制度との関
連」等について公益及び投資者保護の観点から勘案すべきとしている。また、削除又は修正す
る項目の数が多くなればなるほど、国際的には IFRS とは認められにくくなるということも述
べており、削除又は修正する項目は国際的にも合理的に説明できる範囲に限定すべきであると
している。
だが、本来のエンドースメントには「修正して受け入れる」とか、
「不都合な部分を直したう
えで認める」といったような意味はない。それにもかかわらず、IFRS に関してはエンドース
メントという言葉に「修正して受け入れる」とか、
「不都合な部分を直したうえで認める」といっ
た意味が加わって使われてしまっている。それは、
「当面の方針」が、エンドースメントの手続
として削除及び修正をあげたからであろう。
ただし、エンドースメントの解釈として、
「除外」も排除されるのかという点については、か
ならずしもそうではないと思われる。単純な解釈として、あるルールを策定している主体が、
他の主体のルールを共通のものとして受け入れようというときに、どうしても認めえない部分
があれば、そこは不適切なものとして除外するというのは不自然なことではない。たとえば、
法令について考えてみると、一つの法治国家が他国で使われている法令を国内法として認可す
るわけであるから、一定の手続きを経て不適切なものがあれば「除外する」のがふつうであろ
う。その意味で、エンドースメントには一部を除外して受け入れるということも含まれよう。
それでも、自らが手を加えて修正するというのは、エンドースメントの範囲を超えるのではな
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いだろうか。
ところで、
「エンドースメント」という言葉は今では会計関係者の多くが知っている言葉であ
るが、注目を集めるようになったのはこの数年ではないだろうか。少なくとも 10 年前は「エン
ドースメント」という言葉は頻繁に使われるような言葉ではなかった。エンドースメントとい
う言葉が会計上頻繁に使われるようになったのは、SEC(米国証券取引委員会)スタッフが
2010 年 10 月 29 日に公表したワークプランプロジェクトの中間報告を公表してからである。
この報告書はコンドースメントという造語を生み出した報告書である。この中間報告で、SEC
スタッフは SEC は各国における IFRS の取り込み状況について、
(新しい基準が設定されたと
しても、)そのまま国内における承認手続きを経ることなくそれを取り込むアドプションと一
定の手続きを経て国内化する二つのケースに分類し、後者をさらに自国基準のコンバージェン
スを通じて国内化するコンバージェンス・アプローチと個々の基準の承認を通じて国内化する
エンドースメント・アプローチがあるとし、米国がとる方法として一部をコンバージェンス、
一部をエンドースメントによってピュア IFRS を取り込む「コンドースメント・アプローチ」
9
を提示したのである 。したがって、SEC の中間報告はエンドースメント・アプローチを、ピュ
ア IFRS の一部を削除、一部を修正して IFRS を国内化する方法として提示したわけではない。
企業会計基準委員会によるエンドースメント手続は、2012 年 12 月 31 日までに公表された
13 の国際財務報告基準、28 の国際会計基準、17 の解釈指針(IFRIC)、8の解釈指針(SIC)に
ついて、
「削除又は修正」せずに採択することができるか否かについて検討を行い、「削除又は
修正」を行わずに採択する場合には、その旨の公開草案を公表するものとし、「削除又は修正」
を行って採択する場合には、企業会計基準委員会による修正会計基準の公開草案を作成し、公
表するものとした。そして、公開草案に寄せられた意見を踏まえ、企業会計基準委員会におい
10
て審議を行い、最終的な採択を行うとした 。
結局、初度エンドースメント手続では、
「削除又は修正」を加えないとされたものは、13 の国
際財務報告基準のうちの 10、28 の国際会計基準のうちの 25、17 の解釈指針(IFRIC)と8の解
釈指針(SIC)であった。
「削除又は修正」を加えるとされたものは、のれん関係とその他包括
利益に関するものであった。具体的には IFRS 第3号「企業結合」、IAS 第 28 号「関連会社及
び共同支配企業に対する投資」が、企業会計基準委員会による修正会計基準「のれんの会計処
理」として、IFRS 第7号「金融商品:開示」
、IFRS 第9号「金融商品」
(2010 年)
、IAS 第1号
「財務諸表の表示」
、IAS 第 19 号「従業員給付」が企業会計基準委員会による修正会計基準「そ
の他の包括利益の会計処理」として公開草案が提示されている。
なお、ここで採択された会計基準は、金融庁長官によってなんらかの告示によって指定がな
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されることになるはずである 。また、2013 年1月1日以降に公表される国際会計基準等につ
いては、IASB により会計基準等が公表される都度(または一定の期間おきに)、それらの会計
基準等について、エンドースメント手続が実施されることとなる。そうであるとすると、今後
新たに IASB から国際会計基準が公表された場合には、
「指定国際会計基準」として告示により
指定されるとともに「修正国際会計基準」としても告示により指定されるものと、
「指定国際会
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計基準」として告示により指定されながらも、
「修正国際会計基準」としては指定されないもの
とが存在することになる。
Ⅳ
修正国際基準の設定方法
エンドースメント手続は詳細かつ技術的な検討が必要になるため、企業会計基準委員会では、
「IFRS のエンドースメントに関する作業部会」を設け、
「当面の方針」に基づき、公益及び投
資者保護の観点から、
「会計基準に係る基本的な考え方に重要な差異があるもの」「任意適用を
積み上げていくうえで実務上の困難さを伴うもの」を判断の指針として、IFRS のエンドース
メント作業を行うこととした。そして、2013 年7月 25 日、総勢 19 名体制のエンドースメント
に関する作業部会の設置と委員を公表した。委員は民間企業(財務諸表作成者)5名、アナリ
スト2名、公認会計士3名、学識経験者2名、ASBJ のスタッフ等7名から構成されている。
財務諸表作成者である民間企業が、他のセクターより多く選任されているのは、
「IFRS の個々
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の会計基準等をエンドースメントする際の判断基準に、実務上の困難さが含まれているため」
である。
「IFRS のエンドースメントに関する作業部会」は 2013 年8月 27 日に第1回の作業部
会が開催され、以後 2014 年7月 31 日の修正国際基準案等の公表までに 17 回の作業部会が開
催されている。
エンドースメントの手続きとしては、IFRS そのもの(ピュア IFRS)を構成する基準ひとつ
ひとつを日本の会計基準(日本基準)と比較し、
「基本的な考え方」
「実務上の困難さ」
「制度と
の関連」を念頭に、
「修正することなしに採択可能か否か」という観点から検討項目を洗い出し、
洗い出した検討項目に関して、
「削除や修正が必要か」「ガイダンスや教育文書などを追加する
13
必要があるか」などを議論する形で行われたようである 。
その結果初度エンドースメントでは約 30 個の論点が抽出されたという。そして、個別の論
点を議論した結果、
「十分な検討を尽くし、なお受け入れがたいとの結論に達した必要最小限の
項目」のみを「削除又は修正」するものとして、先にあげた2項目についてのみ削除修正を行
い、
その他の項目については必要に応じてガイダンスや教育文書の開発を検討するものとした。
「十分な検討を尽くし、なお受け入れがたいとの結論に達した必要最小限の項目」のみを「削
除又は修正」するものとしたのは、第 271 回企業会計基準委員会で審議された ASBJ が実施す
る IFRS のエンドースメント手続に関する計画の概要案にも示されていたように、削除又は修
正する項目の数が多くなればなるほど、国際的には IFRS とは認められにくくなり、IFRS 策定
に対する日本の発言力の確保等へ影響が生じる可能性があるからである。概要案では、さらに、
国益も勘案しつつ、単一で高品質な会計基準の策定という目標を達成する観点から、削除又は
修正する項目は国際的にも合理的に説明できる範囲に限定すべきである、としている。
しかし、
「国益も勘案しつつ」という点については違和感を覚えないでもない。というのも、
高品質な会計基準というのは、国益によって決まるものではないはずだからである。より適切
に企業内容を認識・測定・伝達しうると考えて決定されるべきものである。また、
「削除又は修
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正する項目は国際的にも合理的に説明できる範囲に限定すべき」としているが、その理由が「単
一で高品質な会計基準の策定という目標を達成する観点から」としているが、この点について
も疑問がないわけではない。まず、
「国際的にも合理的に説明できる範囲」というものがどのよ
うな範囲なのか明確ではない。また「単一で高品質な会計基準の策定」を目指すのが目標であ
るならば、世界的に受け入れられているものとは異なるものをつくろうという時点で目標とは
違う方向に進んでいることになる。さらに、もしも国際会計基準の規定が不適切であると判断
したのであれば、高品質でないとしてそれを明確に拒絶する道もあるのではないだろうか。
今回の公開草案では、国際会計基準審議会(IASB)により公表された会計基準及び解釈指針
を直接「削除又は修正」することなく、
「削除又は修正」した箇所について企業会計基準委員会
による修正会計基準を公表する方式を採用する方針を表明している。その理由として、⑴財務
諸表利用者が「削除又は修正」の内容を容易に識別できるようになること、⑵「削除又は修正」
を行った理由をより明瞭に示すために、主要な論点ごとに修正会計基準にまとめることが適切
と考えられること、⑶修正国際基準が IFRS から派生したものであることがより明らかになる
と考えられることがあげられている。
削除修正の理由を明確にしておくことの重要性は間違いないが、それにより、修正国際基準
が IFRS から派生したものであることがより明らかになるかどうかはわからない。そもそも
IFRS から派生したものであることに何か意味が見出せるのであろうか。IFRS とは異なる規
定にしたのである以上 IFRS ではない。いえることは IFRS をいわゆる敲き台として利用した
14
ということである 。
Ⅴ
修正国際基準案の論点
修正国際基準案の中身そのものに対する評価ということについていえば、「のれんの会計処
理」と「その他の包括利益の会計処理」の中身そのものを検討しなければならないが、その点
については本稿の目的の範囲ではないので、簡単にふれる程度にとどめることにする。
まず「のれんの会計処理」に関してである。IFRS では IFRS 第3号「企業結合」により、の
れんの償却が禁止されているが、日本では、のれんは投資原価の一部であり、企業結合後の成
果に対応させて費用計上すべきものであるとの考え方をとっている。この考え方と IFRS 第3
号の考え方との相違が大きいと考えられることから、のれんの非償却処理について削除修正し、
企業結合で取得したのれんは、耐用年数(上限は 20 年)にわたって、定額法その他の合理的な
方法により規則的に償却することを提案している。また、関連会社または共同支配企業に対す
る投資に係るのれんについても、同じく耐用年数にわたって定額法その他の合理的な方法によ
り規則的に償却するように IAS 第 28 号「関連会社及び共同支配企業に対する投資」の規定を
削除修正することを提案している。企業結合に関するその他の相違点については論点となるべ
きものではあるが、
「削除又は修正」を必要最小限にするなどの理由により、「削除又は修正」
を行わないこととしている。
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次に、
「その他の包括利益の会計処理」に関しては、IFRS では、一定の項目について、その
他の包括利益に計上した後に当期純利益に組替調整(リサイクリング処理)しない会計処理を
採用している。しかし、会計基準委員会は、純損益は包括的な指標であるべきであり、リサイ
クリング処理を行わないことで、純損益の総合的な業績指標としての有用性が低下すると考え
ている。このように、IFRS におけるリサイクリング処理については、日本における会計基準
の基本的な考え方と相違が大きいと考えられることから、リサイクリング処理を求めるよう削
除修正を行うことを提案した。
具体的には、IFRS 第9号「金融商品」の規定により、
「その他の包括利益を通じて公正価値
で測定する資本性金融商品への投資の公正価値の変動」と「純損益を通じて公正価値で測定す
る金融負債の発行者自身の信用リスクに起因する公正価値の変動」、IAS 第 19 号「従業員給付」
の規定により、
「確定給付負債又は資産(純額)の再測定」に関してノンリサイクリング処理す
るものとしているが、会計基準委員会は、これらの項目のノンリサイクリング処理は当期純利
益の総合的な業績指標としての有用性を低下させると考え、これらの項目について、リサイク
リング処理することを提案している。また、その他の包括利益を通じて公正価値で測定する金
融商品については、純損益の総合的な業績指標としての有用性を保つためには、その価値が相
当程度下落したときに減損損失を認識することが必要であるとして、減損処理の導入を提案し
ている。
合併会計の取扱いについては、数年前まで、日本では対等な形で合併が行われるケースが多
いとして持分プーリング法の選択適用を主張していた。だが、対等合併であれば企業の新設で
あり、そうであれば持分プーリングをする理由はありえない。「対等合併」の主張は経営者側に
都合のよい方法を残すための方便にすぎなかったと考えられる。日本を除く世界の多くの国
で、持分プーリング法は企業の実態を適切に表現するものではないと考えていたのであり、妥
当な理由もなく持分プーリング法を残すことを主張していたことから、合併会計に関する日本
の発言には、筆者はよくない先入観をもっていた。
だが、初度エンドースメントで表明された「のれんは投資原価の一部であり、企業結合後の
成果に対応させて費用計上すべきものである」との考え方には一定の合理性があるのではない
だろうか。IFRS の減損に対して疑問をもつものは日本だけではない。事実、企業会計基準委
員会は、2014 年7月 22 日に、欧州財務報告諮問グループ(EFRAG)及びイタリアの基準設定
主体(OIC)と共同で「のれんはなお償却しなくてよいか―のれんの会計処理及び開示」と題す
るディスカッション・ペーパーを公表している。また、IASB も 2013 年に IFRS 第3号に関す
15
る適用後レビューに着手しており 、IFRS 第3号ののれんに関する会計処理及び開示の適切性
が問われ始めている。
のれんは投資原価の一部であるとすれば適切に費用化すべきということになるが、減損方式
では合併後すぐには費用認識しないことになる。したがって、減損方式による場合には「利益
の押し上げ要因」ということになる。この処理は過大な利益計上を避けるという企業会計の基
本的な考え方に反することにもなる。しかも、減損方式では規則的な償却ではないから、恣意
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的な処理といわざるをえない。そのように考えると、日本の主張はそれなりに説得力があると
いえるのではないだろうか。
初度エンドースメントで「のれんの会計処理」とともに削除修正の対象となった「その他の
包括利益の会計処理」については、純損益は包括的な指標であるべきであり、リサイクリング
処理を行わないことで、純損益の総合的な業績指標としての有用性が低下するとの考え方をし
ている。この考え方は当期純利益観とでもいえるような、当期純利益をかなり重視する考え方
であるといえる。それに対して、IASB の考え方は、企業業績や企業価値は財務情報や非財務
情報のすべてから判断されるべきものというものであり、さらにいえば、非財務情報も含めた
入手可能なすべての情報から判断されるべきものと考えている。
日本では投資家、債権者、財務報告書の作成者のほとんどが、純損益を企業の総合的業績指
標と捉え、純損益をベースにした各種収益性指標や投資効率指標等を広く活用しているようで
ある。だが、世界中の多くの投資家、債権者、財務報告書の作成者が、純損益を有用な業績指
標として利用し続けていきたいと考えるかどうかによってこの問題の答えは変わらざるをえな
い。従来、純損益が、原則として1事業年度の企業の業績を示すものとして受け入れられてき
たことは事実であるが、その事実は別の表示が優れている可能性を否定するものではない。純
損益を重視しないやり方もありうるのかもしれない。ただし、従来の方法でなければ困るので
あれば、むしろ従来の方法に固執するべきであろう。
いずれにせよ、日本としては「修正国際基準」でなければならいとして、ピュア IFRS を認め
ない方法もありえるわけであり、そのほうがインパクトは大きい。だが、それをするならば、
国内での強制適用を前提としなければならないであろう。また、それ以上に問題なのは、ピュ
ア IFRS は、日本も参加したうえで決定された合意であるということである。反対している案
が通ったから違うものを実力行使するという形は先進国にはあってはならないものである。
Ⅵ
JMIS を開発することの問題点
修正国際基準に関する最大の論点は、いわゆるピュア IFRS を認められる会計基準として残
しながら、一部を改変したいわば IFRS もどきをつくることの可否にある。修正国際基準を必
要とする論理構造としては、①なんらかの理由により IFRS の任意適用の積上げを図ることが
重要であるが、②いわゆるピュア IFRS には会計基準に係る日本での基本的な考え方と合わな
い部分や適用面で実務上の困難さがある部分があるので、③そうした部分を「削除又は修正」
して採択する仕組みを設けることにより、IFRS をより柔軟に受け入れることができる、とい
うものである。
「公開草案の公表にあたって」では、削除修正を通じて修正国際基準として採択
する仕組みを設けることにより、IFRS をより柔軟に受け入れることができるとともに、受け
入れ可能な会計基準等の開発を IASB に促すことが期待されるとしている。
「IFRS をより柔
軟に受け入れる」といえば聞こえはよいが、ピュアな IFRS の否定でもある。また、日本が「受
け入れ可能な会計基準等の開発を IASB に促すこと」が本当に期待されるのかは大いに疑問で
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ある。期待をするだけであって、実現可能性がないかもしれない。「当面の方針」が述べていた
ように、
「エンドースメントされた IFRS は、日本が考える『あるべき IFRS』を国際的に示す」
ものであるとすれば、そこには積極的な意味が見出せるかもしれない。とはいえ、
「今後引き続
き IASB に対して意見発信を行っていく上でも有用」だといえるのかは疑問である。
また、
「当面の方針」では、
「会計基準の国際的な調和を図る観点から、我が国が行うエンドー
スメントが前向きな取組みであるということについて、国際的な理解を得ながら進めていく必
要がある」としているが、
「修正 IFRS」をつくることに国際的な理解が得られるのかは疑問で
ある。もちろん、ピュアな IFRS を排除すれば、ピュアな IFRS によって日本に上場している
外国企業の理解は得られないかもしれない。「当面の方針」でも、「ピュアな IFRS を適用する
意図で既に任意適用している企業が存在する」ため、ピュアな IFRS を維持しなければならな
いとしている。だが、ピュアな IFRS に不適切な部分があると考えてあえて日本版の修正
IFRS をつくろうというのであるから、ピュアな IFRS を否定することのほうが重要な意味を
もつのではないだろうか。もしも、ピュアな IFRS を否定し、日本版 IFRS だけを認めるとし
た場合には、ピュアな IFRS によって日本に上場している外国企業にとっては甚だ迷惑である。
だが、その分、インパクトは大きいものとなろう。
もちろん、ピュアな IFRS を否定し、排除するのは非現実的である。そうであれば、いきな
り、日本版 IFRS として提示するのではなく、日本の GAAP と IFRS の相違とその論点につい
16
ての報告書を世界に向かって何度か発信してもよかったはずである 。
次に、IFRS の任意適用の積上げを図ることの重要性について考えてみよう。IFRS の任意適
用の積上げを図ることが重要であるとされてはいるが、なぜ重要なのかは実は明確にはされて
いない。
「当面の方針」を受けて、
「公開草案の公表にあたって」でも述べているが、単一で高
品質な国際基準の策定という目標がグローバルに実現されていくことは、世界経済の効率化・
活性化を図る観点から有効であり、この目標を実現していくために主体的に取り組むことは、
日本企業の活動、資金調達に有益であるとともに、日本市場の国際的競争力を確保する観点か
らも重要であるということは認めてよいであろう。だからといって、即座に「IFRS の任意適
用の積上げを図ることが重要」ということになるわけではない。IFRS の適用は企業側の問題
であり、単一で高品質な国際基準の策定は会計基準設定者側の問題だからである。
それでもあえて任意適用の積上げが重要であるとされる理由を探るとすれば、「当面の方針」
の二「IFRS への対応のあり方に関する基本的な考え方」で示されているように、
「IFRS は今後
とも世界の関係者が参加して改善されていくべきものである」ので、IFRS 使用の実績がない
17
国は IFRS の関係者とはみなしえないからということになるのかもしれない 。
では、修正国際基準であっても任意適用の積上げが重要であるとして、修正国際基準を採用
する企業が劇的に増えると予想されるのであろうか。修正国際基準を採用する企業が劇的に増
えるとは思えない。適用する側である企業にとって修正国際基準を使うメリットがどの程度あ
るのかは不明確だからである。企業会計審議会では、基本的な考え方と合わない部分や適用面
で実務上の困難さがある部分を取り除けば修正国際基準を利用するものが増えるはずと考えて
― 24 ―
修正国際基準開発の意義(石川雅之)
18
いるのかもしれない 。しかし、それだけでは IFRS のデメリットをなくすだけであって、修正
国際基準を積極的に使用するメリットは見えてこない。もしも、修正国際基準が他の市場で
IFRS として受け入れられるのであれば大きなメリットであるが、修正国際基準を使用しても
他の市場で IFRS 使用として受け入れられることはないであろう。
だが、修正国際基準が最終的に国内で強制される基準になるのであれば、話は別である。し
かし、それもありそうではない。
「公開草案の公表にあたって」では、公開草案で提案している
IASB により公表された会計基準等に対する限定的な「削除又は修正」は、IASB の議論次第で
は将来的に解消されうるものであり、当面の取扱いとして位置づけることを適当としており、
また、
「当面の方針」でも、修正国際基準は「大きな収斂の流れの中での一つのステップと位置
付けることが適切」としている。単純に解釈すれば、修正国際基準とピュア IFRS とはやがて
ほとんど同じ内容になるので、修正国際基準は一時的なものにすぎない、つまりそのうち廃止
されるということになる。
だが、実際に企業会計審議会あるいは企業会計基準委員会が、修正国際基準を一時的なもの
と考えているのかというと、そうとは思えない。ピュアな IFRS に手を加えたものを一旦認め
てしまえば、両者が容易に収斂するはずがないし、ピュアな IFRS を適用する意図ですでに任
意適用している企業が存在するため、ピュアな IFRS を維持しなければならないとしている以
上、同じ理由で、修正した基準をすでに任意適用している企業が存在するため、修正した基準
を維持しなければならないということになるであろう。
ピュア IFRS と修正国際基準が並存するということは、さらに日本基準と米国基準を加えて
4つの基準が認められた基準として使用可能になるということである。修正国際基準をつくる
ことのもう一つの大きな問題といってよいであろう。この点については「当面の方針」でもふ
れており、
「日本基準、米国基準、ピュア IFRS、エンドースメントされた IFRS という四つの基
準が並存することに関して、制度として分かりにくく、利用者利便に反するという懸念がある
との指摘がある。この点については、IASB に対する意見発信やコンバージェンスに向けた取
組み等、単一で高品質な国際的な会計基準がグローバルに適用される状況に向けての努力は継
続されるべきであり、4基準の並存状態は、大きな収斂の流れの中での一つのステップと位置
付けることが適切である」と述べている。だが、新たに認められる会計基準を作って4基準が
並存する状況をつくり出すことは、「単一で高品質な国際的な会計基準がグローバルに適用さ
れる状況に向けての努力」ではありえないし、
「大きな収斂の流れ」があるとすれば逆行するも
のとの謗りを免れえないであろう。
そもそも、1つの市場で3つもの会計基準を認める必要性もしくは根拠も明らかではない。
最初に日本基準のほかに IFRS を認めるという話が出たときも、連単分離で、連結は IFRS、単
独は日本基準とし、すでに特例として認められていた米国基準の容認は廃止するということ
だったはずである。こうした状況を問題視するのは、1市場に複数の会計基準が存在すれば混
乱が生じるという前提があったからである。
だが、実際には特定の企業に限られてはいたが、日本基準と米国基準の2種類の認められる
― 25 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第 11 号
会計基準が並立する状況は長く続いてきたのであり、そのことについて問題視されることはな
かった。また、近年では3種類の認められる会計基準が並立し、特段の問題がなかったことも
事実である。それは、世界的なコンバージェンスを通じて差が少なくなった限られた会計基準
が使用されている状況のもとでは、どの基準を使っているかがわかりさえすれば、投資家は読
み替えを行うため大きな混乱までは生じていないからなのかもしれない。とはいえ、単純比較
できないとすれば、投資家に読み替えコストを課すことになり、非効率的である。
もちろん、このような推測がどの程度妥当性をもつのかも明らかではない。ただ、4基準の
並存が特段の問題にならないとしても、あるべき姿としての日本版 IFRS を提示することに積
極的な意味がどれほど見出しうるのか疑問である。日本基準、米国基準、ピュア IFRS、エン
ドースメントされた IFRS という4つの基準が並存する状態を、どの基準が優れているかが争
19
われる「会計基準の戦国時代」 と捉えることも不可能ではないかもしれない。とはいえ、選ば
れた会計基準は使い勝手がよいという意味で優れているかもしれないが、かならずしも、企業
の状況をより適切に反映するものであるという意味で優れていることになるわけではない。反
対に、会計基準におけるグレシャムの法則が成り立つことだってあるかもしれないのである。
Ⅵ
おわりに
2011 年6月、菅政権時代の金融担当大臣が、IFRS について当面強制適用しない考えを表明
して以降、IFRS の強制適用はないものという認識が広まったようであるが、IFRS 導入議論が
完全に沈静化したわけではない。自民党が政権を奪回して以降は、再び IFRS への言及がなさ
れるようになっている。2013 年6月 13 日には、自由民主党企業会計小委員会が「国際会計基
準への対応についての提言」を公表し、日本としては国際的に単一の質の高い国際基準づくり
に積極的に協力する意思を繰り返し表明するとともに、IFRS の国際基準としての品質を高め
るために積極的に関与していく姿勢を明確にしていくべきであると主張している。ただ、この
1週間後には「当面の方針」が公表され、修正国際基準の設定が提案されている。
2014 年の5月には自由民主党が「日本再生ビジョン」を公表し、政府に対し、単一で高品質
な国際基準策定へのコミットを再確認し、IFRS の強制適用の是非やタイムスケジュールの決
定に向けて具体的作業を早急に始めるべきことを提言している。そして、6月には閣議で、経
済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)とともに「
『日本再興戦略』改訂 2014―未来への挑
戦―」と題する新成長戦略を決定したが、その中で「金融・資本市場の活性化」の一つとして
「IFRS の任意適用企業の拡大促進」を盛り込んでいる。そして、IFRS の任意適用企業が
IFRS 移行時の課題をどのように乗り越えたのか、また、移行によるメリットにどのようなも
のがあったのか、等について、実態調査・ヒアリングを行い、IFRS への移行を検討している企
業の参考とするため、
「IFRS 適用レポート(仮称)」として公表するなどの対応を進めることと
し、
「工程表」では 2014 年度末の通常国会までに「IFRS 適用レポート(仮称)」を公表するも
のとした。
― 26 ―
修正国際基準開発の意義(石川雅之)
このように一国の方針としては IFRS による国際的に単一の質の高い国際基準づくりに積極
的に協力する姿勢をみせている。そうした中での「修正国際基準」の開発であるが、これによ
り劇的に「修正国際基準」及びピュア IFRS の適用数が増えるとは思えない。「修正国際基準」
は国内基準とみなされ、かえってピュア IFRS の適用を阻害していると受け取られることもな
くはないであろう。そのように考えると、
「修正国際基準」開発の意義は日本としての意見表明
という副次的な面にしか見出すことができない。
世界のルールづくりは必然的に政治性を伴う。したがって、その過程では各国の力関係に
よって妥協せざるをえない場面も出てくるはずである。それゆえに、重要なポジションをとる
ことが政治上重要であるとするのか、そうではなく妥協して世界のルールを受け入れることを
選ぶのか。世の中に多様な考え方があり、ある方法を不都合と受け取る地域もあれば問題なし
とする地域もある以上、自分たちの考え方を常に通そうとすれば軋轢が生じる。だが、圧倒的
多数の国は世界のルールづくりへの参加も儘ならぬままに世界のルールとして受け入れている
ということも忘れてはならないであろう。仮に、
「修正国際基準」を日本の意見表明と捉えると
しても、そうした方法に不快感をもつ国もありえよう。IFRS をよい基準だと思っていない人
は決して少なくないはずであるから、いっそのこと IFRS から距離をおいてしまい、コンバー
ジェンスを行いながらも、日本基準を世界の会計をリードする真に高品質なものに昇華させる
という方法はありえないのだろうか。
注
1
今回公表されたのは、「修正国際基準の適用(案)
」
、
「企業会計基準委員会による修正会計基準公
開草案第1号『のれんの会計処理(案)』」、「企業会計基準委員会による修正会計基準公開草案第2
号『その他の包括利益の会計処理(案)』」の3つであり、同時に関連して資料として「
『修正国際基
準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成される会計基準)
(案)
』
の公表」、「修正国際基準(国際会計基準と企業会計基準委員会による修正会計基準によって構成さ
れる会計基準)の公開草案の公表にあたって」
、
「修正国際基準の適用(案)
、企業会計基準委員会に
よる修正会計基準公開草案第1号、および企業会計基準委員会による修正会計基準公開草案第2号
の英文参考訳」が併せて公表されている。
2
企業会計基準委員会が公表した修正国際基準にカッコ書きで国際会計基準という言葉が用いられ
ているため、国際会計基準という語を用いている。IASC 時代の国際会計基準および IASB になっ
てからの国際財務報告基準を含めた総称して IFRSs と標記されるケースが多いが、以下では単に
IFRS と呼ぶことにする。
3
当初は、議長1名のほかメンバー5名、オブザーバー1名であったが、IFRS 財団は 2013 年5月
20 日付で、主要な新興市場からメンバーを最大で4席追加することを公表し、候補者を募集した。
そして、2014 年1月 28 日に新メンバーとしてブラジル証券取引委員会と韓国金融委員会を選出し
た。残りの2席についても審査中である。現在日本からは金融庁の河野正道氏が議長として、畑中
龍太郎氏がメンバーとして参加している。
4
国際会計基準(IFRS)財団モニタリング・ボードによるメンバー要件の評価アプローチの最終化
― 27 ―
愛知淑徳大学論集
―ビジネス学部・ビジネス研究科篇―
第 11 号
及び議長選出の公表について「IFRS 財団モニタリング・ボードプレスリリース(仮訳)
」
5
以下「当面の方針」と略称する。なお IFRS 財団モニタリング・ボードから、モニタリング・ボー
ドのメンバー要件である「IFRS の使用」の定義を明確化したプレスリリースが公表されたことに
ついては、「当面の方針」でも言及されている。
6
正確には「当面の方針」では、IFRS の任意適用の積上げを図る方法としてもう一つ「単体開示の
簡素化」もあげている。
7 「当面の方針」では手を加えられていないオリジナルの国際会計基準及び国際財務報告基準を
「ピュアな IFRS」と表現している。一般にはオリジナルの国際会計基準及び国際財務報告基準は
ピュア IFRS と呼ばれることになろう。
8 「当面の方針」では、エンドースメントのプロセスは ASBJ が担うとしていた。これを受け、
ASBJ は 2013 年7月 10 日に開催した第 268 回委員会において、エンドースメントされた IFRS の
開発に関するロードマップ「IFRS のエンドースメント手続に関する計画の概要(案)
」を公表した。
9 SEC がコンドースメント・アプローチを明確に提示したのは、2011 年5月 26 日のスタッフペー
パー「IFRS 取り込みの方法論に関する探索」においてである。
10
なお、
「公開草案の公表にあたって」では、2012 年 12 月 31 日までに公表された国際会計基準等を
対象とするエンドースメント手続を「初度エンドースメント手続」と呼んでいる。
11
現在、日本では「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」第 93 条において、特定
会社が提出する連結財務諸表の用語、様式及び作成方法は、指定国際会計基準に従うことができる
ものとし、指定国際会計基準を国際会計基準のうち、公正かつ適正な手続の下に作成及び公表が行
われたものと認められ、公正妥当な企業会計の基準として認められることが見込まれるものとして
金融庁長官が定めるものに限る、としている。修正国際基準が認められるためには、別途金融庁長
官が企業会計の基準として指定しなければならないはずである。
12
小賀坂敦「IFRS のエンドースメント手続に関する計画の概要」
『季刊会計基準』第 42 号(2013)
、
38 ページ。
13
第 285 回企業会計基準委員会の公開資料によると IASB が設定した個々の会計基準等について、
修正することなしに採択可能か否か、また、どのような項目について、ガイダンスや教育文書等の
作成が必要かについて、第1回から第4回の作業部会において、IFRS と日本基準を比較すること
により「検討が必要な項目の候補」の抽出を行い、第5回から第8回の作業部会では、
「検討が必要
な項目の候補」について詳細な分析の検討が行われている。また、第8回及び第9回の作業部会に
おいて、第7回の作業部会で特に詳細な整理が要望されたリサイクリング、当期純利益の論点との
れんの非償却の論点について主張の整理が行われた。第9回、第 10 回の作業部会では、
「削除又は
修正」を検討する候補とされている「のれんの非償却」
、
「資本性金融商品の OCI オプション」及び
「退職給付に関する再測定部分」について、
「削除又は修正」を行うことの是非に関して一層深く検
討するために、仮に修正した場合における論点の検討が行われている。第 11 回の作業部会ではこ
れら3つの論点及びリサイクリングに関する「公正価値オプションを選択した金融負債の自己の信
用リスク」の論点について、さらに検討を深めるために、仮に「削除又は修正」を行った場合にど
のような条項の内容になるかが検討されている。
14
なお、ピュア IFRS との差異を開示するかどうか、開示するとした場合どのように開示するのか
という点については明確にされてはいない。
― 28 ―
修正国際基準開発の意義(石川雅之)
15
2http://www.ifrs.org/Current-Projects/IASB-Projects/PIR/PIR-IFRS-3/Request-for-InformationJanuary-2014/Documents/RfI_PIR_IFRS3-Business-Combinations.pdf
16
日本の GAAP と IFRS の相違とその論点についての報告書ではないが、企業会計基準委員会は
2013 年 12 月に開催された会計基準アドバイザリー・フォーラム(ASAF)会議において、IASB が
行っている「財務報告に関する概念フレームワーク」の見直しに関する意見表明として「純損益 /
その他の包括利益及び測定」と題するアジェンダ・ペーパーを提出した。その後寄せられたコメン
ト等を踏まえ、財務業績を報告するうえで当期純利益が果たすべき役割に関する国際的な議論に参
画するための検討を続け、2014 年5月には ASBJ ショート・ペーパー・シリーズ第1号として、
「OCI
は不要か?」と題する意見書を公表している。
17
鶯地隆継 IASB 理事は「日本版 IFRS は IFRS ではなく、日本基準の枠内の会計基準だと認識し
ている」との見解を示している。「国際会計基準審、日本版 IFRS、IFRS と認めず」
『日本経済新聞』
2014 年6月6日朝刊 15 面。なお、他国でもエンドースメントプロセスをとっている国があるが、
強制適用を前提としたうえで、当該法域内ではどうしても受け入れられないものをカーブアウトす
るというのがふつうであるようだ。
18 「当面の方針」では、「現在の IFRS の内容については、基本的考え方として受け入れがたい項目
や、日本の企業経営や事業活動の実態にそぐわず、導入コストが過大であると考えられる項目が一
部存在」すると表現していたが、「公開草案の公表にあたって」では、
「我が国における会計基準に
係る基本的な考え方と合わない場合及び実務上の困難さがある場合」
という表現になっており、少々
トーンダウンしたように感じられる。
19 窪田真之「J-IFRS が市場で信頼を得るための条件」
『企業会計』第 66 巻第1号(2014 年)
、76
ページ。
― 29 ―