理科授業力向上のための力量形成に関する研究-と

理 科 授 業 力 向上 の た め の 力量 形 成 に 関 する 研 究
- OPPA と 教 師 の 指 導 を 中 心 に し て -
M11EP015
渡邉 萌
1.
は じめに
今年度、他大学の理学部から本大学院に入
・授業の構成や教材の検討
② OPP シー トの作 成
学した私は、学部段階での教育実習経験しか
・ 本質的な問いの設定
ない。そのため、教師としての力量形成が大
③ 教 師から の指導・ 助言
きな課題である。教師としての力量とは、学
・ 授業観察
級経営や教科指導、生徒指導、進路指導など
・ 単元観、教材観、生徒観の指導
いくつかあるが、本研究では、まず授業が出
(3) 授 業実施 中
来るようになることを目標とする。また、こ
① 実 施単元 の教材研 究
れまで教材研究や教育観に対して具体的な考
・ 教材の修正・改善
えを見出すことなく来てしまったので、本研
② OPP シー トの活 用
究を通してこれらの考えを体得し、質の高い
・ 学習履歴による理解状況の把握と次時
授業が出来るように努めたい。
への修正・改善
・ 学習履歴の内容を授業の中で利用
2.
研 究の目 的
③ 教 師から の指導・ 助言
本研究は、授業力向上のための力量形成を
目的としている。具体策としては、OPP シー
トの作成と活用、教師からの指導・助言を中
・ 次時への授業改善
(4) 授 業実施 後
① 実 施単元 の教材研 究
心にして、質の高い教材研究を行うことで授
業力を向上させることが可能であると考える。
・ 次回に行う授業の修正・改善
② OPP シー トの活 用
また、授業の計画、実施、評価、改善の取り
・ 本質的な問いや自己評価の記述から単
組みを一連の流れの中で行うことにより、力
量形成を図ろうとした。
元を通した改善点の明確化
③ 教 師から の指導・ 助言
・ 次回に行う授業の修正・改善
3.
研 究の方 法
(1) 実 習校と 実習方法
① 実 習校 :県立 H 高校
② 実 習期間 :2011 年 5 月~2012 年 1 月
③ 観 察実習 :2 年 5 組~8 組
4.
研 究の結 果と考察
(1) 授 業実施 前
① 実 施単元 の教材研 究
まず、単元観、教材観、生徒観の 明確化で
④ 授 業実施 :2 年 5 組(普通科文系)
あるが、学習指導案を作成するに当たり、単
・ 実施単元:「生殖と発生」
元観、教材観、生徒観について検討を行った。
・ 実施時間数:20 時間
学部時代の教育実習では学習指導案を形式
(2) 授 業実施 前
① 実 施単元 の教材研 究
・ 単元観、教材観、生徒観の明確化
的に書いていたため、単元観や教材観、生徒
観をそれほど重要なものだとは考えていな
かった。しかし、授業を通して伝えたいこと
を明確にして授業をされている先生の授業
動物の発生を学ぶための動機づけになる授業
を観察させていただき、こうした考えなしに
を 1 時間行った(表 1 第 1 次参照)。
表 1
生徒に対して望ましい変容を期待できない
ということに気付かされた。そこで、授業観
発生の授業構成
次
学習内容
時間
察や教師の指導から得られた知見を も と に 、
第 1次
なぜ発生を学ぶのか
1
自分なりの単元観・教 材観・生徒観を明確化
第 2次
ウニの発生
1
第 3次
カエルの発生
1
第 4次
器官の形成
1
( 実施し た授業の 単元観)
「発生」では、1 つ
第 5次
第 6次
発 生 の 歴 史 、調 節 卵 と モ ザ イ ク 卵
1
原基分布図、分化の決定
1
の細胞である受精卵から複雑な器官をもつ個
第 7次
形成体と誘導、誘導の連鎖
1
体が出来上がるまでの過程について細胞レベ
第 8次
花粉のでき方
1
ルで捉えさせる。それを踏まえて、自分がこ
第 9次
胚のうのでき方、重複受精
1
の世に誕生するまでにどのような過程を経て
第 10 次
被子植物の胚の発生
1
第 11 次
まとめ
1
し、学習指導案へ反映するとともに、それを
踏まえて教材研究を行った。
きたのか、これから誕生する命はどのような
過程で成体になっていくのかということを考
また、生徒は教科書しか持っていないので、
えさせ、命の大切さを理解させたい。
見ることのできる図が限られてしまうことや、
( 実施し た授業の 教材観 )発生の過程などは
元々発生過程が目に見えない、図を描くのが
実際に見ることができない。そこで、パワー
難しい、時間を要するということから、本単
ポイントを使って実験映像やアニメーション
元は板書ではなく、プロジェクターとプリン
を用いたスライドを見せることで、一つの細
トを用いて授業を行った。使用したスライド
胞がどのように分化をしていき複雑な個体を
は、指導教師の授業を参考に作成した。
つくっているのか捉えさせたい。
② OPP シー トの作 成
( 実施し た授業の 生徒観 )受験で生物を利用
OPP シートは、一枚の用紙を用い、単元を
する生徒はほとんどいないため、入試ために
貫く「本質的な問い」、「学習履歴」、「自己評
覚えるという動機付けはできていないので、
価」の三つの要素で構成する(堀・市川,2010)。
受験以外の動機づけが必要である。それゆえ、
3 つの要素の配置は、指導教師が作成・使用
学習の必然性を感じてもらえるような授業の
しているものを参考にさせていただいた。
構成、教材の選択を行う必要がある。
OPP シートの作成については主に 4.(1).①で
次に、授業構成と教材の選択について述べ
検討した単元観を元に、単元を貫く「本質的
る。担当した「発生」の単元は、教科書通り
な問い」を設定した。本単元では、中学校で
だと「ウニの発生」から始まっている。しか
も学んだ発生を「細胞レベルでとらえる」と
し、それほど身近ではない生物の発生過程に
いうことが一つのポイントになってくると考
学ぶ意義を見いだすことは難しいと考えられ
え、
「 カエルの卵がカエルの成体になるまでの
る。また、本単元は、生命の誕生に深くかか
過程で知っていることを書いてください。」と
わっているため、命の大切さについて感得さ
いう問いにした。この問いを学習前に書かせ
せることが可能な単元である。そこで、第一
ることによって、そこから生徒の素朴概念を
次に、教科書とは全く関係のない結合双生児
把握することが出来た。
やサリドマイドによる障害を持った子の写真
③ 教 師から の指導・ 助言
を教材として用いた。そして、これらが発生
過程の障害によるものであることを説明し、
指導教師からは、既に述べたように単元観、
教材観、生徒観を明確にしておくように伝え
られていた。また、授業を観察させていただ
授業後は OPP シートの記述から、教材研
く中で、先生は生徒が学んだことに意味を見
究が不十分であったところを次回の授業に向
いだせるような授業をしていた。高校時代の
けて修正・改善を行った。
私にとって、生物は受験に必要な科目であっ
② OPP シー トから の授業評 価
たため、教科書を網羅することが第一であっ
OPP シートの本質的な問い や自己評価欄
たが、すべての子どもにとってそれが最善だ
の記述から、単元全体を通した授業評価を行
とは限らないことを教師の指導から学んだ。
った。まず、単元を貫く「本質的な問い」の
生徒の実態を把握し、生徒が学んだ知識を使
設定に関しては、学習前・後で量的にも質的
えるような授業が出来るよう心がけた。
にも変容が見られた(図 1 参照)。
(2) 授 業実施 中
① 実 施単元 の教材研 究
授業中は大きく授業を修正・改善するこ
とは難しいが、OPP シートの学習履歴や感
想欄に書かれた内容から、スライドの文字
の色や大きさ、図の大きさ などを修正した。
② OPP シー トの活 用(授業評価)
学習履歴には、その日の授業で一番大切
だと思ったことを書いてもらっている。そ
の学習履歴を毎時間確認し、こちらが意図
したことが書かれていなかったり、理解し
図 1
ていそうもないときは、コメントとして働き
かけを行った。多くの生徒が教師の意図した
学習前・後の本質的な問いに対する
記 述 例 と そ の 変 容 ( M.S.:女 子 )
学習前は、
「 おたまじゃくしがカエルになる」
内容とずれたことを書いていた場合は、授業
と書いている生徒が多かったが、学習後には、
に課題があったと判断し、次時の授業の最初
ほとんどの生徒が目に見えないような細胞レ
で復習をしたり、丁寧に説明するようにして
ベルの発生過程について用語を用いて書けて
授業の修正・改善をはかった。
いる。このことから、単元を貫く本質的な問
また、
「生殖」を学んだ時に、ある生徒が双
子はどのように発生するのか疑問に思い
いの設定は妥当であったと考えられる。
次に自己評価であるが、「これまでは目に
OPP シートに書いたので、一卵性双生児と二
見えるものだけで表していたが、細胞を中心
卵性双生児の違いを「発生のしくみ」のとこ
に考えられるようになった」、「発生は単純で
ろで取り入れながら授業を行った。
簡単なことだと思っていたが、細胞レベルま
③ 教 師から の指導・ 助言
で見ると発生は大変なことだと知った。」「
、ど
最初は、声の大きさや板書のスピードにつ
いて指摘があったので、改善できるところは
の過程も命を作るために大切」
( 図 2、3 参照)
というような記述がみられた。
すぐに実行した。授業が進むにつれ、扱う内
容のメリハリについて指導があった。しかし、
なかなか改善することが出来ず、何度も指摘
を受けた。
(3) 授 業実施 後
① 実 施単元 の教材研 究
図 2
自 己評価 欄の記 述例( M.S.:男子)
授業を通して、教壇からおりて机間巡視をし
ながら授業をすることがほとんどなかったこ
とを指摘された。こうした教師の何気ない行
動は、生徒との距離を縮めるとともに、内容
図 3
自 己評価 欄の記 述例( A.U.:女 子)
を適切に理解してもらうためにも重要である
このことから、単元を通して「細胞レベル
と考えられる。これらのことは、次の授業に
で発生をとらえる」ということを押さえなが
向けての課題といえる。
ら授業が出来たのではないかと考えられる。
また、
「命の大切さを感得させる」という単
元観、教材観を持って、教材研究や授業構成
5.
お わりに
本年度の実習を通して、OPPA と教師の指
を行って き た が 、 OPP シ ー ト の 自 己 評 価 欄 、
導により、授業を実施する力が少しずつ、つ
感想欄に「今まで当たり前だと思っていたか
いたと感じている。特に、生物教育観や生徒
らだのしくみがあたり前に思わなくなった。
観、教材観が教材研究や授業を実施する際に
発生の途中に何か小さな異常があったらこの
とても大切になるということを知ったのが、
健康な身体はなかったと思うと、すごくあり
本実習において最も大きな収穫であった。
がたみを感じた。」、
「 妊娠中にアルコールが何
一方で、まだまだ残された課題は多い。ま
故だめなのか分かった。」、
「 生物を大切にしな
ず、OPP シートの使い方が体得しきれていな
きゃいけないと思った。」(図 4~6 参照)と
いということである。生徒の記述の見とり方
いうことが書かれていた。
や適切なコメントの返し方など検討していく
必要がある。また、授業においても、メリハ
リのある授業や生徒を引き付けられるような
ネタを持つことは、今後の課題である。
本実習では、生徒が OPP シートを使った
授業に慣れている状態で授業を実施したので、
図4
自 己評価欄 の記 述例(N.F.:女子)
シートの出来栄えもよかったのかもしれない。
教師の指導・助言から得られる知見も多く、
それを参考にして授業構成や教材研究、授業
改善を行うことが出来た。しかし、実際に現
場に立った時は、生徒と自分だけのスタート
図 5
自己評 価欄の 記述例( M.S.:女子)
になる。そのことを踏まえた上で、来年度は
さらなる力量形成を目指していきたい。
図 6
感 想欄の 記述例 ( R.M.:女子 )
これらの記述から、明確な単元観、教材観、
生徒観を持って教材研究や授業構成を行った
ことが活かされたのではないかと考えられる。
③ 教 師から の指導・ 助言
授業にメリハリをつけるや、生徒を引き付
( 参考・ 引用文献 )
堀
哲 夫 ・ 市 川 英 貴 編 著 ( 2010)『 理 科 授
業力向上講座』東洋館出版社
堀
哲 夫 ・ 西 岡 加 名 恵 著 ( 2010)『 授 業 と
評価をデザインする理科』日本標準
堀
哲 夫 ( 2011)『 OPPA の 基 本 的 骨 子 と
けられるようなネタを持つということは、最
理論的背景に関する研究』山梨大学教育人間
後まで指導されていたことであった。また、
科学部紀要第 13 巻