橡 OCA 教科書に見られる social awareness への配慮

室井 美稚子. (1998). 「OCA 教科書に見られる social awareness への配慮」.
『コミュニケーションと言語教育 (SURCLE) 第1号』, 67-71.
OCA 教科書に見られる social awareness への配慮
A Comparative Study of Social Awareness in Oral Communication Textbooks
oral communication textbooks / gender / EIL
室井 美稚子
MUROI Michiko
I. はじめに
言語としての英語をその社会的な側面から考察することは、実際の運用が重視されるようになった
昨今ますます大切となる。なぜならば、social awareness の視点なしで英語によるコミュニケーシ
ョンを行ったならば、話し手の考え方や人格そのものが問われることも起こり得るからである。
この視点がオーラル・コミュニケーションの教科書ではどのように現れているか、若しくは現れて
いないのかを考察したい。social awareness の理念を具現化することは可能であろうか。教科書な
どの生徒に実際に目に触れる形でどのように扱われているのであろうか。オーラル・コミュニケーシ
ョンの教科書で扱われている国と登場する人物の性別を指針に、その可能性を以下に探る。
II. Social Awareness
近年 social awareness という概念が広く流布し始めている。社会への関心を喚起することは、自
らの偏見に気付く事であり、またグローバルな問題意識を持つことでもある。この概念は、英語教育
の中にも採り入れられつつある。本稿では、オーラル・コミュニケーションの教科書で扱われている
国と登場する人物の性別の分析を通して、political correctness や EIL 論(English as an International
Language) という2つの視点から social awareness の現われ方を考察する。
A. political correctness の視点
欧米を中心として政治的公正 (political correctness) がクローズアップされて以来、gender role や
扱う地域や人種は、
これらの視点が重視され実際の教材がその理念のもとで作成されるようになった。
political correctness とは、近年配慮されてきている様々な視点から人権を大切にする概念で、「従
来の欧米の伝統的価値や文化が西欧・白人・男性優位であった事の反省に立ち、女性や、アジア系・
アフリカ系・ラテンアメリカ系などの住民、アメリカインディアン(*現在はネイティブアメリカン
と呼ばれる)、同性愛者などの社会的少数派の文化・権利・感情を公正に尊重し、彼らを傷つける行
動を排除しようとすること」と辞書に定義されている。この理念を受けて、単語レベルだけでなくテ
キストの内容までもが変わったのである。Oxford など大手の外資系の出版社のコースブック・テキ
ストブックを見てみると、その理念に沿って作成されているのである。
本稿では、gender の問題だけに絞って日本における教科書での扱いを登場人物の男女の数に注目
して検証する。
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B. EIL 教育の視点
英語教育の形態については、ESL (English as a Second Language) や EFL (English as a Foreign
Language) に該当する国々や地域のいずれをも包摂し、なお余りある概念としての EIL (English as
an International Language) 論は、文化や言葉の多様性を損なうことが少ない点からも極めて有効で
あると考えられる。Smith(1983)は、「英語はもはや母語話者だけのものではない」ことの上に立
ち「教室における教材は、何らかの形で、こういった態度を反映し多くの文化についての情報を扱う
ものでなければならない」と主張している。また、伊原(1997)は「EIL 教育論にも、今後、一層の
現実的具体論が起こることが望まれる」として、教科書における具現化を提唱している。
III. 調査方法
A. 分析対象教科書
生徒が日々接する教科書の重要性は言うまでもない。学習指導要領の外国語科の目標は、「コミュ
ニケーションのための能力と積極的態度の育成」及び「国際理解の推進」と大きく2点挙げられる。
すでに、「英語 I」や「英語 II」では、異文化理解の教材の中に英語の多様性を挙げたものが若干見
られるが、ここでは外国語で英語を学習する全ての高校生に科せられている「オーラル・コミュニケ
ーション」の教科書を取り上げる。「英語 I」や「英語 II」は履修しなくてもよいが、「オーラル・
コミュニケーション A」もしくは「オーラル・コミュニケーション B」は必須であり、これらの教科
書の内容が変わることは重大な意味を持つからである。ここでは、listening と speaking の技能の両
方に目標を置く「オーラル・コミュニケーション A」(以下 OCA) 教科書のうち採択数の上位10
冊を選び、登場人物を性別と扱っている国の2つの観点から分析した。
表1.
分析の対象とした教科書
教科書名
出版社名
Hello there!
東京書籍
Select
三省堂
Interact
桐原書店
Echo
三友社
Expressways
開隆堂
English Street
第一学習者
Birdland
文英堂
Speak to World
教育出版
Evergreen
第一学習社
Talk up
啓林館
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B. 分析の観点
social awareness を喚起する2つの観点から考察する。1つは political correctness のうち、欧米
ではフェミニズム運動の隆盛以来問題とされてきた gender の視点を、教科書に見られる登場人物の
性別を通して考察してみる。
もう1つは、英語を「もはや母国語話者だけのものではない」とする EIL 論(English as an
International Language) の立場を具現化するものとして、教科書に扱われている国名を検討する。
IV. 結果と考察
A. 結果
下記の表2は、日本人以外の登場人物の性別と英語圏以外の出身国を表している。
決まった主人公がいる設定では、ほとんどの場合場面シラバスが全面に出ていて、男女各ひとりの
日本人高校生と英語圏の同年輩のキャラクターがいて話が展開している。また、その課ごとに主人公
が異なる場合は機能シラバス中心で、その都度登場人物が変わるものも見られる。いずれの場合も2
つのシラバスが補完しあっている場合が多く見られるが、シラバスによって登場人物の多い少ないが
あるが、それはここでは問題にしない。
また、登場人物の出身国については、ここでは「英語圏以外」の定義を「住民が英語を母語として
いる地域以外」とする。
表2.
教科書名
登場人物の性別と英語圏以外で扱っている国一覧
女子登場人物数
男子登場人物数
英語圏以外の国
教科書A
2
1
教科書B
2
2
教科書C
3
2
タイ, インド
教科書D
2
4
タイ, ケニア, フィンランド
教科書E
6
6
教科書F
5
5
教科書G
2
2
教科書H
4
2
教科書I
8
8
教科書J
1
1
アルゼンチン, シンガポール, マレーシア
上の表から、次のような結論を導き出すことが出来る。
1. gender に関して
a. 10冊中6冊で登場人物の男女数は同じであるので、gender の数のバランスはまずま
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ずである。
b. バランスの悪い教科書の男女数の差は1∼2人である。
c. バランスの悪く見える教科書も詳細に見ると、教科書Dのように、gender role にまで
踏み込んで扱っていたり、主役でよく登場するのは日本人の女子高校生であるので、
登場人物数のアンバランスだけで gender の視点がおざなりにされているとは言いが
たい。
2. 扱っている国に関して
a. 扱っている国を英語圏以外にも置いているのは、教科書C・D・Hの3冊にすぎない。
b. 扱われている国の文化的もしくは宗教的な地域的バラエティが少ない。
c. 1冊ではあるが教科書 C ではインドにおける言語教育に言及してある。
B. 考察
上記の結果から、OCA 教科書において gender role そのものを問う内容にまで踏み込んでいるの
は1冊だけではあったが、登場人物の gender の数のバランスについては、かなりの配慮がなされ
ていると言えよう。つまり、各問題に対する awareness があれば、それを教科書に反映できる可能
性がうかがえる。
一方、英語圏以外の国を扱っている教科書は10冊のうち3冊しかないのは、EIL 論を持ち出すま
でもなく、重要視されて久しい国際理解教育の視点からも余りにもお粗末と言わねばなるまい。中教
審の答申の「国際化と教育」にも、「わが国は、あらゆる面において、これまでとかく欧米先進諸国
に目を向けがちであった。しかし、今日、様々な面でアジア諸国やオセアニア諸国などとの交流が深
まる中、地理的にもアジアにあり、アジアを離れては存在し得ないわが国としては、今後は、アジア
諸国やオセアニア諸国など様々な国にも一層目を向けていく必要があり、このことは、国際理解教育
をすすめるに当たっても、十分に踏まえなければならない視点であると思われる」としている。ここ
では、アジア諸国やオセアニア諸国に重点を置き、中東やアフリカ及び南米などを軽視しているきら
いはあるものの、グローバルな視野の必要性を強調している。
しかるに、OCA 教科書が扱っている国々が欧米に限られる傾向は時代の要請を無視したものであ
ると言わざる得ない。
IV. おわりに
social awareness を占う2つの視点 gender と EIL 論が、文部省検定の OCA 教科書に具現化され
ているか。gender については、Ⅳで見たとおりかなり配慮されているとみなされるものの、男女の
数だけを問題にするだけでなく gender role をも詳細に見ることが今後の課題である。また、国際
理解や EIL 論の視点はまだまだ乏しいと言わざるを得ない現状であることが分かった。
しかし、
social awarenessの視点が gender に関しては少なからず導入されている事実を見るとEIL
論においても、道は遠いもののその配慮の可能性があると考えたい。また、そのような努力がなされ
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室井 美稚子. (1998). 「OCA 教科書に見られる social awareness への配慮」.
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なければならない。様々な英語の異種が受け入れられ、よりよきコミュニケーションのために英語の
native speaker と non-native speaker が双方とも歩み寄り努力するようになってこそ、「国際語」
としての英語の便宜性が高まる。また、文化的なアイデンティティーをむやみに損なうことなく、お
互いの個性と伝統が分かち合えてこそ各人の持つ多様性が生き、その多様性から互いに学べるのであ
る。したがって EIL 論が広く受け入れられるに至っていない現状では、世界の大陸間の地域的バラン
スと人種・宗教・文化のバラエティを考慮に入れた多様な話題が教科書で扱われることが強く望まれ
る。
(長野県松本蟻ヶ崎高等学校)
引用文献
伊原巧. 1997. 「EIL 教育実施への展望」『中部地区英語教育学会紀要』vol.27, 1-8.
Smith, L.E. "Some distinctive features of EIL vs. ESL in English language education." In L.E. Smith
(Ed.), Reading in English as an International Language. (pp.13-20).
中央教育審議会第一次答申.1996. 文部省.
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