平成26年度 - 北海道大学

平成 26年度
総長室事業推進経費
(公募型プロジェクト研究等支援経費)
研究成果報告書
北 海 道 大 学
研 究 戦 略 室
所 属
代表者名
研 究 題 目
■国際共同研究支援
公共政策学連携
研
究
部
安部
歯 学 研 究 科
法 学 研 究 科
理 学 研 究 院
由起子
A comparative study of gender gap in the labor market in France and
Japan
・・・・・ 3
吉 田
靖 弘
接着性と硬組織誘導能を併せ持った高機能歯内療法用材料の開発・実用
化
・・・・・ 5
吉 田
邦 彦
性同一性障害者、同性愛者の家族紛争の研究――欧米との比較での東ア
ジア法の展開
・・・・・ 7
Research/project title: Anthropogenic Impacts on the Marine coastal
Biodiversity (AkkeshiBay and Algarve coast, Southern Portugal):
Assessment and elaboration of a research strategy plan
・・・・・ 9
フォルトゥナ ト
ヘ
レ
ナ
■国際研究集会等開催支援
農 学 研 究 院
有 賀
早 苗
International Symposium “Common Molecular Basis of Cancer and
Neurodegenerative Diseases, Two Major Hurdles to Overcome for
Good Quality of Longevity.”
・・・・・ 11
低温科学研究所
白 岩
孝 行
アムール・オホーツクコンソーシアム代表者会議
・・・・・ 13
社会科学実験研究
セ ン タ ー
亀 田
達 也
Making of Humanities: Biological Roots of Mathematics and
Cooperation
A joint workshop of Social Psychology and Neuroethology
「人間性の構築:数学と協同の生物学的基盤」
・・・・・ 15
低温科学研究所
佐 﨑
第2回氷結晶結合蛋白質に関する国際会議
・・・・・ 17
理 学 研 究 院
高 橋
Asia Oceania Geosciences Society 11th Annual Meeting
・・・・・ 19
理
エ リ ザ ベ ス
タ ス カ ー
Enzo Workshop2014
・・・・・ 21
遺 伝 子 病 制 御
研
究
所
山 崎
智 弘
ALS治療薬スクリーニング系構築に向けたisogenic細胞株の樹立
・・・・・ 23
医 学 研 究 科
小 林
純 子
ヒト黄体の機能制御に重要なα2,6シアル酸含有タンパクの同定
・・・・・ 25
医 学 研 究 科
神 田
敦 宏
(プロ)レニン受容体を標的とした生活習慣病の病態発症機序の解明
・・・・・ 27
医 学 研 究 科
小 野
大 輔
光ファイバーを用いた長期in vivo遺伝子計測:概日リズムのシステム的
理解を目指して
・・・・・ 29
医 学 研 究 科
藤岡
エンドサイトーシス制御におけるイオン動態の解析
・・・・・ 31
経 済 学 研 究 科
後
平面インパルス制御による設備投資問題の分析
・・・・・ 33
工 学 研 究 院
松 島
永 佳
高速走査トンネル電子顕微鏡を駆使した革新的燃料電池技術の探求
・・・・・ 35
工 学 研 究 院
橋 本
勝 文
放射性廃棄物ならびに汚染廃棄物における核種移行促進技術の構築
・・・・・ 37
工 学 研 究 院
石 田
洋 平
分子カプセル/ナノシート超分子複合体を用いた新規人工光捕集系の構
築
・・・・・ 39
工 学 研 究 院
國 貞
雄 治
水素脆化機構の普遍的理解 -長寿命材料の知的設計-
・・・・・ 41
国
部
山 田
智 久
アクティブ・ラーニング教室における効果的なICT活用の検証
・・・・・ 43
歯 学 研 究 科
佐 藤
真 理
Microvesicle microRNA を介した骨による遠隔臓器制御機構の解明
・・・・・ 45
獣 医 学 研 究 科
山 﨑
淳 平
イヌのリンパ腫自然発症例におけるDNAメチル化のゲノムワイド解析
・・・・・ 47
触 媒 化 学 研 究
セ ン タ ー
小 山
靖 人
糖鎖の動的挙動を利用した超分子材料の創製
・・・・・ 49
学
研
究
院
元
幸 弘
■若手研究者自立支援
際
本
容一朗
藤
允
1
所 属
代表者名
研 究 題 目
創 成 研 究 機 構
上 原
亮 太
細胞分裂における細胞膜変形の分子メカニズムの解析
・・・・・ 51
創 成 研 究 機 構
田 中
暢 明
ショウジョウバエを用いた、匂い情報処理の体調に応じた調節機構の研
究
・・・・・ 53
低温科学研究所
木 村
勇 気
TEM中溶液反応実験による結晶核生成機構の解明
・・・・・ 55
電子科学研究所
野呂
真一郎
多孔性金属錯体を利用した炭化水素分離材料の開発
・・・・・ 57
法 学 研 究 科
郭
舜
国内の民主主義および法の支配に対して国際法定立過程が及ぼす影響と
展望——国際社会の組織化の一断面
・・・・・ 59
法 学 研 究 科
橋 場
典 子
司法アクセスの実質的確保に向けた実証的研究―システムの排除性に着
目して―
・・・・・ 61
北海道大学病院
乃 村
俊 史
長島型掌蹠角化症に対する新規治療法(リードスルー治療)の開発
・・・・・ 63
薬 学 研 究 院
大 西
英 博
メタラサイクルの形成を引き金とする炭素-水素結合活性化反応の開発
・・・・・ 65
薬 学 研 究 院
野 村
尚 生
新規遺伝子治療法の開発を目指した非ヘテロ四量体形成性p53の探索
・・・・・ 67
理 学 研 究 院
吉 永
正 彦
超平面配置のミルナーファイバー:実構造を使った組合せ論的研究
・・・・・ 69
理 学 研 究 院
小 谷
友 也
生命の始まりを支える卵母細胞の形成機構解析
・・・・・ 71
理 学 研 究 院
井 原
慶 彦
微視的測定手法による巨大磁場環境下における異常超伝導状態の研究
・・・・・ 73
理 学 研 究 院
延 兼
啓 純
カイラル超伝導体におけるチャーンサイモン効果の実験的検証
・・・・・ 75
理 学 研 究 院
吉 田
紘 行
フラストレーションの開放による新しい高温超伝導の実現
・・・・・ 77
理 学 研 究 院
小 林
正 人
ペア行列を利用した強相関電子系分子の量子化学計算
・・・・・ 79
現代の聖人――ロシア正教会における聖人崇拝の伝統とその現代的意義
・・・・・ 81
腫瘍血管内皮細胞のメチル化制御に関する基盤的研究
・・・・・ 83
カルボニル化による小胞体カルシウムセンサーSTIM1の機能制御機構の
解明
・・・・・ 85
スラブ・ユーラシア
研 究 セ ン タ ー
高橋
沙奈美
遺 伝 子 病 制 御
研
究
所
間 石
医 学 研 究 科
東
工 学 研 究 院
マ イ ケ ル
ヘ ン リ ー
Adapting to a changing workforce: knowledge management practices
in the Japanese construction industry
・・・・・ 87
工 学 研 究 院
中 西
高度セキュリティー蛍光インクを指向した円偏光発光(CPL)シリコン量
子ドットの開発
・・・・・ 89
情報科学研究科
藤
澤
剛
大容量LAN系光通信向け送信用光デバイスの研究
・・・・・ 91
触 媒 化 学 研 究
セ ン タ ー
村
山
徹
4,5,6族の元素からなる新規結晶性複合酸化物の合成と固体酸性質の
評価
・・・・・ 93
先 端 生 命 科 学
研
究
院
水 谷
武 臣
遺伝子治療に向けた細胞の力学特性の評価:
ミオシン結合タンパク質の欠損による細胞への影響
・・・・・ 95
理 学 研 究 院
小 門
憲 太
超分子錯体形成を鍵とする凝集誘起型発光現象の探索
・・・・・ 97
奈 湖
恒
仁
貴 之
2
1.国際共同研究支援
国際共同研究支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
A comparative study of gender gap in the labor market in France and Japan
研究代表者
職・氏名
部局等名
教授・安部由起子
公共政策学連携研究部
<研究の目的>
フランスは、出生率が近年上昇したことが世界的に注目を集めている国であり、また女性の就業率が高い国でも
ある。少子化と女性の労働市場での活用が政策課題である日本にとって、フランスの実態を理解することは、大い
に参考となると考えられる。フランスと日本とでは、子育てと女性の就業に関する各種の制度(学校の時間数、家
事サービスや子育て費用の所得税上の控除の扱い、出産時や育児期の代替要員をどのように確保するか、等)が異
なっている。それらの効果の分析を含め、女性の就業について、統計データに基づいた仏日の比較を行なうことが
、本研究の目的である。さらにフランスでは、労働市場に関するマイクロデータがよく整備されて、学術研究のた
めに供されている。
Florence Goffete-Nagot博士(GATE-Lyon St. Etienne)は、そのようなフランスのデータを長年研究で利用してき
た経験をもつ。また、研究代表者の安部は、日本の労働に関する統計データを長年にわたり分析してきた経験をも
つ。国際比較研究を行なうにあたり、データの比較可能性やその国の労働にかかわる制度の理解等の点で、比較研
究を行なう国のデータや事情を知っている研究者同士で共同研究を実施することは非常に有益であり、本研究でも
それを実施している。
さらに本研究が注目するのが、女性の就業・賃金等の地域的な側面である。従来、妻が夫の転勤に伴って移動す
るために仕事を辞めるとか、転居先で妻自身のスキルが最大限に活かせる仕事がないために低賃金の仕事やスキル
に見合わない仕事に就かねばならないとかいうかたちで、女性の労働の地域的側面は労働経済学の問題関心のひと
つであった。近年、日本を含む先進国では女性の高学歴化が進み、さらに女性の就業率も上昇したことから、夫婦
が仕事をできる居住地を見つけることのニーズは高まっている。このような問題意識もあり、本研究では、女性就
業の地域的側面を特に重視する。Goffette-Nagot博士も、安部も、過去に都市経済学の分野で研究をしてきており
、この着眼点は本研究の特徴である。とりわけ日本について特徴的な点は、日本では従来、首都圏を含む大都市地
域において女性の就業率が低く、地方において女性の就業率が高かったことである。現在でもこの傾向は継続して
いるが、ただ、大都市圏の一部(たとえば東京都)では女性の就業率が上昇してきた傾向も観察されている。
上記のような研究を実施することにより、日本で長い間の政策課題でありながらなかなか成果の上がってこなか
った、女性の労働市場での活用に関し、データに基づいた科学的な分析を提供することができると期待される。
3
<成果>
フランスの労働力調査データや国勢調査のデータの分析を開始した。さらに、Goffete-Nagot博士と共同で利用し
ているDADSデータについては、日本から利用をすることはできないため、安部が2014年11月に渡仏して分析を行な
った。研究は現在も進行中である。また、今後の公的研究資金(科学研究費、二国間交流事業共同研究、等)への
応募についても、打ち合わせを行ない、応募時期や応募するメンバーなどについて、検討を続けているところであ
る。
<今後の展開>
二国間交流事業での応募は、2013年度に一度行ったものの、採択されなかった。今後この研究のために、二国間
交流事業や科学研究費などの公的資金へ応募したいと考えている。また、研究の成果を、国際学会等の報告に応募
するなどして、発信していく予定である。
2014年11月、GATE-Lyon St.Etienne (フランス)にて
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
科学研究費補助金
基盤研究B
(新規・採択)
科学研究費補助金
挑戦的萌芽研究
科学研究費補助金
基盤研究B
平成27-29年度、研究代表者
(継続・採択)
(継続・採択)
平成26-28年度、研究代表者
平成25-27年度、研究分担者
4
国際共同研究支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
接着性と硬組織誘導能を併せ持った高機能歯内療法用材料の開発・実用化
研究代表者
職・氏名
部局等名
教授・吉田靖弘
歯学研究科
<研究の目的>
歯の内部にある歯髄の治療、さらに感染などにより歯髄除去を行った歯の根管治療は、予後不良のため再治療と
なる症例が非常に多い。再治療率は、4割以上との報告もある。根管治療に用いられる歯内療法用材料に、①辺縁
封鎖性と②硬組織誘導能を付与することができれば、治療効果が著しく向上することが明らかとなっている。しか
し、上記の機能を併せ持つ歯内療法用材料はなく、開発も進んでいない。代表者の吉田は、文部科学省、厚生労働
省、経済産業省の研究費を受けて接着性を有する新しい生体吸収性材料の開発ならびに実用化を進めてきた。その
主成分であるリン酸化プルランは生体硬組織である歯や骨に接着する多糖誘導体であり、リン酸化プルランを添加
した歯内療法用材料は、上記の2つの機能の両方を併せ持つことが、最近行った産学連携の研究で明らかとなった。
本プロジェクトでは、当該材料を国内外の機関で共同開発を行うことを通して、世界で高いシェアを誇る究極の歯
内療法用材料の実用化につなげる。
<成果>
国際共同研究支援の成果として、国内外の大型研究プロジェクト各1件を申請し、いずれも採択された。プロジ
ェクト名および概略を記す。
(1) 平成26~28年度(予定)
医工連携事業化推進事業 (経済産業省)
「辺縁封鎖性と硬組織誘導能を併せ持った世界初の高機能歯内療法用材料の開発・海外展開」
国内で申請・採択された研究開発費は経済産業省の医工連携事業化推進事業で、予算の総額は2億円(予定)
である。平成26年度は18件の課題が採択されたが、その内で歯科は1件のみである。上述のように根管治療
や直接覆髄は、予後不良のため再治療となる症例が非常に多い。その治療に用いられる歯内療法用材料に、①辺
5
縁封鎖性と②硬組織誘導能を付与することができれば、治療効果が著しく向上するが、両方の機能を有した材料
はない。当該研究では我々の創製した多糖誘導体リン酸化プルランを添加することにより、上記の2つの機能を
併せ持つ究極の歯内療法用材料を開発し、世界で高いシェアを誇る高機能歯科材料の実用化につなげることを目
的とし、研究開発を進めている。
(2) FWO research project(ベルギーのフランデル政府の研究補助金)
“Towards an improved dental pulp-capping therapy”
予算総額8千万円の研究開発プロジェクトで、我々の開発した材料に関する非臨床試験を行う。当該開発費を獲
得したことにより、「北大発世界初の高機能歯内療法用材料」を海外展開する道が開けた。医療機器の輸入超過
が問題視され、その解決が我が国の重点政策として掲げられている昨今、今回の国際共同支援が大きな一歩とな
ることは間違いない。
<今後の展開>
採択された上記の研究費を有効に活用し、新しい歯科用材料の実用化につなげる。
まず、リン酸化プルランとミネラルセメントの最適な配合を検討し、歯科用覆髄材料、歯科用根管充填材(シー
ラ)の2種類の製品を開発する。リン酸化プルランは歯質接着性と適度な粘性を材料に付与することができるため、
使用感と辺縁封鎖性を向上させる。また、ミネラルセメントには、歯内療法に最適な硬組織誘導能を付与できるも
のを選定する。また、共同開発企業である株式会社ジーシーにおいて、海外で実績のあるカプセル包材(粉・液を
分離した状態で格納できる)と自動練和装置のシステム導入を検討し、操作性向上に加え、材料の安定性と汚染防
止を図る。株式会社ジーシーにてGLP基準で作製されたシーラおよび覆髄材の試作品について、北海道大学にて実
験動物を用いた使用模擬試験を実施する。これにより性能の確認と共に、販売促進のためのエビデンス収集も兼ね
ることになる。
具体的な開発スケジュールとして、平成27年度は開発品を製造販売認証申請準備の最終段階に至るまでを実施
する。そのために、最終仕様の決定、生物学的安全性試験、製造ラインの設計・検証を行う。また、性能確認のた
めに、大型動物を用いた使用模擬試験を実施するが、これは販売促進のためのエビデンスデータの収集も兼ねる。
それに平行して第三者認証機関への相談を行う。さらに平成28年度はCEマーキング、510K申請も控えていること
から、適合への調査を行う。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
以下に記した国内外の大型研究プロジェクト各1件を申請し、いずれも採択された。
①平成26~28年度(予定)
医工連携事業化推進事業 (経済産業省)
「辺縁封鎖性と硬組織誘導能を併せ持った世界初の高機能歯内療法用材料の開発・海外展開」
②FWO research project
“Towards an improved dental pulp-capping therapy”
6
国際共同研究支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
性同一性障害者、同性愛者の家族紛争の研究――欧米との比較での東アジア法の展開
研究代表者
職・氏名
部局等名
教授・吉田邦彦
法学研究科
<研究の目的>
①現代社会における、多様な男女の結合関係、とくに、同性愛者ないし性同一性障害者の家族紛争という21世紀
の最大の家族法のトピックを問題にする。
②欧米では多くの議論が蓄積されるが、それとの比較で、東アジア法の状況を明らかにする(日本、とくにそ
の隣国としての韓国・台湾)。
③日本でも、性同一性障害者の家族関係については、近時判例が出て議論が増えつつあるが、まだ断片的で諸
外国の比ではなく、包括的な底上げをはかる。
④関連するのは、親子法・婚姻法、とくに、人工生殖・養子法についてはかなりの議論が蓄積されてきた(と
くに吉田も、1990年代から身体所有論の問題として議論をリードした)。しかし同性愛・性同一性障害と
いう欧米の議論の沸騰点を見据えて、それとの比較で、東アジア法の状況を考察する。
⑤東アジアのこの領域の第一人者を集めて、そのネットワークをはかり、北大をその研究拠点とする。
<成果>
①本研究としては、(ⅰ)同性愛者・性同一性障害者に対する社会的差別(性的マイノリティの宗教的・社会的差別
的扱い)及びその背景の実態調査、(ⅱ)その法教義学、法実務の状況の比較法的な調査、(ⅲ)その法原理的な議論
の研究に分けられるが、本支援では、その条件整備のための支援をお願いした。つまり、それを行うために、比較
法的にもっとも議論の盛んなアメリカ合衆国における動向調査、そして日本・韓国・台湾など東アジアにおける状
況の調査、この問題の各国の第一人者の論客相互のネットワーク作りをはかることを本研究では試みた。以上を行
うために、以下のことを行うことができた。
②まず、アメリカの動向調査としては、2014年5月のアメリカ『法と社会』年次総会、6月の全米ロースクー
ル教員会議中間会議(テーマは『性的志向』)、さらには2015年1月の全米ロースクール教員会議年次総会に
出席した。同性婚の合憲性について、この10年間での大きな変貌、とくに2013年のウィンザーやペリーの両
判決の登場などで、議論の盛り上がり、単なる法的議論に限らず、経験的・実証分析、多文化社会の政治理論との
関係など多様な議論を見せ付けられた。学会を終えて、ワシントンDCの街中を歩くと、恰度同性愛に関するパレ
ードの大賑わいに遭遇し、東アジアの動向との隔絶振り、その背景はどこになるのかに関心は向かった。
また2014年12には、LGBTに関わる政治家の集会にも出席し、同性愛問題が、災害問題、労働問題、ホ
ームレス問題、HIV問題などの各論的問題と交錯する様を体得できたし、連邦議会における関係者のパーティに
出ていても、立法府におけるこの問題の議論の高まりの迫力を間近に見聞することができた。この分野の政治関係
者とのネットワークの構築にも努め、一定の成果を収めることができた。
③これとの比較で、第1に、韓国とのネットワーク作りとしては、2014年6月に韓国・釜山の東亜大学で開催
された、日韓家族法会議に参加し(そこで扱われるテーマは主にヘーグ条約との関係だったが人工生殖問題も扱わ
7
れた)、さらにそれにリンクし、韓国の性転換手術の第一人者である同大学医学部の金碩権教授と面会し、性転換
手術の実態、患者の状況などの実践的な見聞を広めることができた。また同大学の金敏圭教授には、この国際的研
究ネットワークにも協力をいただく承諾を得ることができた。同教授は、民法専門で、従来は不法行為専門であっ
たが、近時は、性同一性障害ないし性転換手術と性別変更の問題に関する第一人者である。
もっとも、わが国は性転換手術との関係での性別変更の特別法が2003年にできていて、これに対して韓国で
は2007年の大法院判決で対処されている。しかしいずれにしても、思考枠組みは類似しており、同性愛の問題
の法的扱い方は狭く、欧米の状況とは比較にならないくらいに抑圧されていることが知られた。
④これに対して、注目したいのが、台湾とのネットワーク化である。東アジアで例外的に、同性愛問題に関する取
り組みが積極的であるのが、台湾であり、同性愛者のパレードが10万人規模となり、同性婚法定の立法的動きも
見られる(2013年にその旨の改正案が上程された)。そこで、台湾輔仁大学副教授となった黄浄愉さんのお世
話にもなり、2015年2月に台北を訪ねて、そうした動きのNGOの有力団体である「台湾伴侶権益推動連盟」
の常務監事の徐蓓婕さんから、この間の経緯の聞き取りをした。
また台北市郊外桃山県にある中央警察大学を訪問し、同大学の鄧学仁教授は、台湾におけるこの分野の第一人者
であり、この共同研究にも加わっていただいており、同教授から近時の立法動向などについてレクチャーを受けた
が、その道のりはそう単純ではなく(抵抗勢力はある)、この国においても従来の状況の変革の積み重ねの結果だ
ということであった。議論は、親子関係のあり方、養子縁組、人工生殖のあり方など広範に及んだ。
⑤以上のごとく、まだ刊行物を出す状況ではないにしても、このテーマにおける東アジアの欧米の状況との偏差、
また東アジア各国における異同などもわかってきて、このテーマ設定がそれなりに今後の家族法の根幹のアジア法
の方途を考える際に有用であることを実感できたし、本支援のおかげで、こうした人的ネットワーク構築を図るこ
とができて、今後の共同研究の基盤整備となったと確信している。
<今後の展開>
基本的な方向性は得られたと思うので、今後は(1)各国の比較法の具体的な詰めの継続、(2)国際的な共同研
究の更なる深化、(3)研究成果公表に向けての取り組みを行いたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
民事紛争処理基金(平成26~27年度2年プログラム)に採択された。
8
国際共同研究支援
Grants for International Research Collaboration
研 究 成 果 報 告 書 Project result report
Research/project title: Anthropogenic Impacts on the Marine coastal Biodiversity (Akkeshi
研究題目
Bay and Algarve coast, Southern Portugal): Assessment and elaboration of a research
strategy plan
研究代表者 Title and name of principal researcher:
職・氏名
Associate Professor Helena Fortunato
Department: Biodiversity I,
部局等名
Department of Natural History
Sciences
<研究の目的>Goals of proposed research
1. Compilation and analyses of available literature concerning multiple anthropogenic stresses in both
Algarve and Akkeshi;
2. Compilation of preliminary lists on the relative importance of multiple anthropogenic stresses
by this project both from Akkeshi and Algarve.
3. Visit to both areas of study in order to assess local specificities and summarize previous
experiences;
4. Workshop at HU for students of the Graduate Schools of Sciences and Environmental Sciences focusing
the problematic of anthropogenic impacts in biodiversity;
5. Brainstorm workshop at Akkeshi marine station to delineate future research strategy;
6. Development of joint research program adequate to the projected study and similar methods of
analyzes for both study areas
7. Prepare joint submission of multi-year research programs to JSPS and EU FP7 Horizon2020
collaborative program.
<成果>Results
1. All available literature dealing with anthropogenic impacts in coastal environments was compiled
and analyzed. A paper was prepared and sent for review (Fortunato et al 2015, submitted to Journal of
Coastal Research).
2. A list of biodiversity resources (animal and plant groups) and their value was compiled for Akkeshi
and Algarve. Groups of organisms diverse and important in both sites were chosen for future research.
3. Fortunato visit to Algarve (8/2014; Borges and Castro visit to HU, Akkeshi and HU Hakodate Faculty
of Fisheries (10/2014); Nakaoka visit to Algarve (3/2015). Visits were also done to local governmental
and non-governmental facilities in both countries dealing with biodiversity, as well as
fisheries
organization and seafood cultivation and research facilities in Akkeshi; evaluation of local
characteristics, problems, resources and possibilities for collaboration. Contacts were made with
officials dealing with several aspects of biodiversity use and protection to know about local policies
concerning these issues.
4. 2-day workshop at Akkeshi: presentations by visitors, staff and students focusing on their research
; discussion of results and methodologies to study biodiversity and anthropogenic impacts in coasts; q
9
uestion and answer sessions were very intense and showed the interest of students in these issues
5. 3-day brain storm at Akkeshi: visitors and hosts discussed how to better pursue research goals and
future collaboration; discussion about future funding possibilities and how to recruit students for
the project; discussion about enlarging the network to include other coastal areas in Japan, Europe
and Americas that study similar environments to see how we can use the same methods globally.
6. Set up of a research program to develop in both study areas and discussion of appropriate research
and analyze methods
7.Joint research proposals are being prepared to be submitted to Japan and EU funding agencies
<今後の展開>Possible development of project/research in the future
1. 2 master students were recruited to start working in 2015. Funding for them was found from JASSO
and MEXT programs. Another student is preparing an application for MEXT to start in 2016 if awarded.
2. Researchers from another partner university (Kiel, Germany) showed interest in join this network to
work on invasive species and their impact in coastal biodiversity.
3. Researchers from another ZEN site in the Pacific coast of Canada showed interest in future
collaboration.
4. Fortunato will apply for the new HUCI Global Program to set up a Summer Institute program at HU
with the partner university. Focus will be in biodiversity value and climate change impacts in
oastal environments
5. The visits to local organizations in Akkeshi and Algarve effectuated during this grant period will
help develop a monitoring network to evaluate biodiversity changes as a consequence of climate change
impacts
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
Status of applications and acceptance for other public research grants in FY 2014
Proposals are being prepared by Hu and partners to be submitted when the 2015 international
collaboration program calls will open in Japan and in the EU.
10
c
2.国際研究集会等開催支援
国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
研究集会等名
International Symposium “Common Molecular Basis of Cancer and Neurodegenerative Diseases,
研究代表者
職・氏名
Two Major Hurdles to Overcome for Good Quality of Longevity.”
教
授
・
有賀
早苗
部局等名
農学研究院
<開催の目的>
・高齢化社会を迎えた日本および先進諸国において、アルツハイマー病、パーキンソン病等の神経変性疾患は癌と
並んでQuality of Lifeの高い長寿の享受を阻む重大な阻害要因であり、その予防・治療対策が急務とされる。
・神経変性疾患の原因遺伝子が明らかにされる中で、本学で新規クローニングされた遺伝子群の機能解析をきっか
けに、原癌遺伝子として細胞の増殖異常に関わると考えられていた遺伝子が、同時に神経変性疾患における過剰
細胞死にも深く関与していることが明らかになってきて、神経変性疾患と癌を共通視点で捉える新たな研究の方
向性が、申請者グループおよび英国グループ、それぞれから独自に提示されてきている。
・細胞にとって増殖と死という一見、全く逆方向への進行を促す遺伝子が、生体において本来どのような役割を担
っているのか、神経変性疾患と癌、それぞれの病因の接点・分岐点を見出し、両疾患の予見診断、両疾患を同時
に予防・治療する創薬ターゲット探索に向けて、新しい視点からの研究の方向性を議論し、健康長寿社会の実現
への貢献を目指す。
<成果>
昨年6月27日に本学で開催した標記シンポジウムでは、この二大疾患研究について、英国の神経科学を牽引するIn
stitute of Neurology, University College LondonよりNicholas W. Wood教授、Helene Plun-Favreau准教授、お
よび生化学・癌病態学の国内臨床研究現場より岩屋啓一教授(防衛医科大学/東京医科大学)、さらに本学薬学研
究院・有賀寛芳特任教授、尾瀬(加藤)いづみ助教、遺伝子病制御研究所・藤田恭之教授を演者として関連研究者1
名を招聘し、基礎・臨床両方の視点から両疾患の発症機構解明、創薬・予防・治療法開発に向けた研究の現状と今
後の展開を議論した。
まず、最初のセッションでは、Nicholas W. Wood
教授、有賀寛芳教授より日英それぞれの関連研究進
捗現況が紹介された。続くセッションでは、英国側
よりPlun-Favreau准教授、日本から藤田恭之教授、
尾瀬(加藤)いづみ助教、岩屋啓一教授が異なる視
点からの個別テーマ研究について最新成果を報告し
た。シンポジウムには、発表者・オーガナイザー7
名に加えて、教員等研究者15名(学外者2名を含む)
、学生・院生31名(計53名)が参加したが、質疑に
おいては、実験データから今後の研究展開方向まで
、活発な意見・情報交換がなされた。
11
尚、本経費では上記英国研究者2名のうちNicholas W. Wood教授の招聘旅費を充当したが、Wood教授の共同研究者
Helene Plun-Favreau准教授については、本シンポジウム前日に実施開催された女性研究者キャリア形成セミナーの
講演者として本学別経費で招聘された。同セミナーには、Woodも参加して男性上司・同僚の立場から英国における
女性研究者の育成について貴重なコメントがなされた。
<今後の展開>
申請者らが本学より世界に先駆けて発表した癌と神経変性疾患との共通責任遺伝子の存在は、細胞癌化に関わる
新規原癌遺伝子を数多くクローニングし、そのオリジナルな遺伝子材料を用いて癌および正常細胞における機能解
析過程において、細胞癌化だけに拘泥せず、広く様々な細胞機能への関与を検討した結果、癌化とは正反対の方向
性を持つ疾患と考えられている神経変性疾患への関与を見出してきたことによる。迎えつつある高齢化社会におい
て我々が癌と並んで直面する視神経網膜色素変性疾患、ポリグルタミン病、パーキンソン病といった重要神経変性
疾患の発症に、原癌遺伝子の異常が関わるという我々の先駆的研究を契機に、神経変性疾患と癌を共通視点で捉え
る新たな研究の方向性が、申請者グループおよび英国グループ、それぞれから独自に提示され、大きな注目を集め
てきている。標記シンポジウムおよび前後の意見・情
報交換を通して、細胞にとって増殖と死という一見、
全く逆方向への進行を促す遺伝子が、生体において本
来どのような役割を担っているのか、神経変性疾患と
癌、それぞれの病因の接点・分岐点を見出し、両疾患
の予見診断、両疾患を同時に予防・治療する創薬ター
ゲット探索に向けた新しい視点からの研究の方向性
が多角的に論じられ、健康長寿社会の実現に大きく貢
献するためには今後、癌と神経変性疾患という二大疾
患の共通原因遺伝子に係る研究展望・方向性と重要性
を参加者一同で共有、シンポジウム開催の意義が確認
され、今後の共同研究・研究情報共有ネットワークが
形成された。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
公的研究費への申請資格を有していないため、無し。
12
国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
研究集会等名
研究代表者
職・氏名
アムール・オホーツクコンソーシアム代表者会議
准教授
部局等名
白岩孝行
低温科学研究所
<開催の目的>
本申請は、ロシア極東から中国東北部に広がるアムール川流域と、その下流に広がるオホーツク海をつなぐ水・
物質循環システムの解明、ならびにこの環境基盤に依存して営まれている社会・経済の持続可能性について、学際
的な立場から議論し、政策提言するための多国間学術ネットワークである“アムール・オホーツクコンソーシアム
”の代表者会議を2014年12月に北海道大学で開催するためのものである。今回の代表者会議では、2009年11月のコ
ンソーシアム設立以降の議論を整理し、環オホーツク地域の持続可能な環境利用を進めるために、各国が具体的に
取り組むべき課題を整理し、とりまとめることを主たる議題とし、2015年に中国ハルビン市で開催を予定している
第4回アムール・オホーツクコンソーシアム国際会合の準備に向けた議論も行う。
<成果>
2014 年 12 月 17-18 日に各国の代表者を中心とする関係者が札幌に集まり、スラブ・ユーラシア研究センターの大
会議室において国際ワークショップを開催した。国内からは外務省、環境省、北海道開発局などの機関に属する行
政担当官、国際機関からは国連環境計画 NOWPAP 富山オフィス所長らが参加し、一般市民も参加した。二日間ののべ
参加人数は 80 名であった。
17 日は、各国代表者がそれぞれの国で取り組んでいるアムール・オホーツク地域の環境研究・環境モニタリング
についての最新情報が紹介された。白岩孝行(北海道大学)は、アムール川において 1997-1998 年にかけて突発的
に増加した溶存鉄輸送量が流域の中流部山岳地帯における永久凍土の融解に起因するという仮説を紹介し、これを
立証するための現地予察調査結果を紹介すると共に、日露共同研究計画を提案した。また、外務省と環境省がロシ
ア政府と共同で進めている二国間協力プログラム「日露隣接地域生態系保全協力プログラム」の活動を紹介した。
一方、北海道庁が進める北海道とロシア極東地域との間の経済交流プロジェクト「貢献と参入」についても言及し
た。
ロシア代表のピョートル・バクラノフとビクトール・エルモーシン(ロシア科学アカデミー極東支部
太平洋地
理学研究所)は、2013 年夏に生じたアムール川中流域の大洪水の原因が、1)冬季における高水位、2)冬季の大雪、
3)春季の高降水量、4)2013 年 7− 8 月のアムール川流域全域における豪雨、の 4 要因が重なったことにあると結論
し、ダムの放流などの人為的な要因が洪水に与えた影響は未解明であると述べた。また、アムール川流域における
全 151 地点の水力発電用のダム建設計画が生態系に与える影響評価を行い、アムール川本流にダムを建設した場合
に最も大きな影響が生態系に及ぶ可能性を指摘した。これらのダム建設計画は、近隣諸国への電力供給を主たる目
的としたものである。
中国代表の笪志剛(黒龍江省社会科学院東北アジア研究所)は、過去 30 年にわたる中国の急速な経済発展が中国
の国力と中国人民の生活水準を大幅に高めた一方、環境問題が避けては通れない課題になっていることを紹介した。
その背景には、国外からの進歩的な環境概念や、中国人民の環境に対する知識向上もあるだろう。環境問題が原因
で、一部の地域では人民と地方政府との間に衝突が起こっていることから、環境問題の解決は早急に解決すべき課
13
題である。東海岸から内陸部の国境地域に経済発展の中心が移るにつれ、また、中国政府が進める「一帯一路」政
策の影響もあって、環境汚染の問題は徐々に越境的性格を帯びつつある。その結果、益々、これらの環境問題を解
決するための二国間、そして多国間の環境協力が必要とされるようになってきた。中でも、中国・モンゴル・ロシ
アが進める黒龍江流域環境協力は、東北アジアの環境協力の一部となりつつある、と述べた。
モンゴル代表のオユンバートル(モンゴル水文気象研究所)は、アムール川最上流のモンゴル領内における 2013
年と 2014 年の洪水を報告し、ここ 5 年ないし 6 年間はモンゴル東部で河川流量が増加傾向にあるとした。また、国
連開発計画の気候変動プログラムによってモンゴル領内のアムール川流域に 4 つの水文観測所が新設されたことを
紹介した。最近の動きとして、モンゴル国内の大河川流域における統合的水資源管理を進めるため、モンゴルは自
然・環境・緑地開発省の下にモンゴル流域管理委員会を設置し、政府主導で流域の水資源管理に乗り出したことを
紹介した。
ワークショップでは、これらの各国からの現状の紹介に加え、中国黒龍江省環境保護科学研究院の紹介(遅暁徳
:黒龍江省環境保護科学研究院)や北海道大学がロシアの大学との間で進める人材育成プログラム(田畑伸一郎:
北海道大学)の紹介があった。また、アムール・オホーツクコンソーシアムのような認識共同体の現状について、
日本が主導する東アジア酸性雨モニタリングネットワーク(EANET)の事例研究を通して、東アジアにおける環境問
題の解決のためには、認識共同体の構築だけではなく、外交的有用性を持つ知見を創出する目的の下、主権国家を
意志決定主体とする外交科学との協同が必要であるという見解が石井敦(東北大学)・児矢野マリ(北海道大学)
によって紹介された。
総合討論の結果、第 4 回アムール・オホーツクコンソーシアム国際会合は、平成 27 年 10 月初旬に黒龍江省社会
科学院北東アジア研究所が主催して中国・ハルビン市で開催することが決定された。なお、会議の詳細は以下で公
開されている。http://www.hkk.or.jp/kouhou/file/no619_contribution-1.pdf
<今後の展開>
アムール・オホーツクコンソーシアムは、オホーツク海と周辺陸域の環境理解・環境保全を考える多国間学術ネ
ットワークとして、引き続き低温科学研究所がリーダーシップをとって運営していく予定である。運営にあたって
は、日本政府がロシア連邦との間で締結した二国間政府協定「日露隣接地域生態系保全協力プログラム」と連携す
ることにより、アムール・オホーツクコンソーシアムで議論した内容を上記の政府間プログラムで実現するような
仕組みを構築していきたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
特になし。ただし、アムール・オホーツクコンソーシアムの活動は、日本地球惑星科学連合の推薦を受け、日立
環境財団が運営する平成 27 年度(第 42 回)「環境賞」に応募する運びとなった。
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国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
Making of Humanities: Biological Roots of Mathematics and Cooperation
研究集会等名
A joint workshop of Social Psychology and Neuroethology
「人間性の構築:数学と協同の生物学的基盤」
(社会心理学と神経行動学のジョイント・ワークショップ)
研究代表者
職・氏名
部局等名
教授・亀田達也
社会科学実験研究センター
<開催の目的>
「人間性」(Humanities)を支える生物学的基盤について、脳科学・認知科学・霊長類学・数理生物学・神経科学・
神経経済学・神経行動学、そして意思決定科学と、多様な領域の国際的研究者が集い、それぞれが専門とする先端
的な知見を持ち寄って、議論中心のワークショップを行う。人間を人間たらしめている様々な要素の中から、
「数学的知性の基礎となる数・量・順序の理解」と「社会的規範の基礎となる大規模協同行動」を選んで集中
的な議論を行う。これらは従来、哲学・数学・社会学の内に留まって研究されてきた現象である。これらの課
題に生物学と心理学・認知科学の研究者が切り込むことにより、新たな視点と方法論を探索する事を目的とし、
新しい学際的先端領域を開拓することを目指す。
<成果>
本ワークショップの講演者はいずれも、日本社会心理学会大会(北大にて7月26・27日開催:参加者600名)、
第11回ニューロエソロジー国際会議 (札幌コンベンションセンターにて7月29日-8月1日開催:同500名)という、
規模の大きな国内学会と国際学会に参加するため札幌に来ていただいた研究者たちであり、それぞれの領域で
最先端の研究を展開している(下記リストを参照)。
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ワークショップの午前の部では数学(数の理解)を扱った。イタリヤ・トレント大学の Giorgio Vallortigara 教授
からはヒヨコが数の大小を理解していることを示す行動的証拠が紹介され、アメリカ・デューク大学の Elisabeth
Brannon 教授は、言語獲得より数理解が先行することを示すヒト乳児やヒト以外の霊長類の発達データを披露し
た。京都大学霊長類研究所の Tetsuro Matsuzawa 教授はチンパンジーに人間の数字(アラビヤ数字)を教え、彼ら
が人間より優れた作業記憶を示すこと、しかし人間の認知には彼らにはない独自の個性があることを論じた。これ
らの3つのトークをめぐって、アメリカ・カリフォルニア工科大学の Shinsuke Shimojo 教授がコメントした。午後
の部では協同(大規模な協力行動)を扱った。神戸大学の Shinya Yamamoto 准教授は我々人間の最も近い親戚チン
パンジーとボノボに着目して、人間の協同行動がどのような段階を経て進化したのか、議論した。イギリス・ブリ
ストル大学の Naoki Masuda 准教授は人間の間接互恵行動に注目し、自己の評判に基づく行動とペイ・フォワード
行動に伴う脳活動を解析することによって、これら二つを切り分けることに成功した fMRI 実験について報告した。
北大文学部の Tatsuya Kameda 教授は人間の正義にまつわる行動を、脳科学と生態学の視点から理解しようとし、
資源分配とリスクの下での決定と言う二つの局面が、単純な Maxmin 原理(最悪の事態の軽減を図る行動原理)に
よって共通の認知・神経メカニズムが関与する形で実現していることを示した。これらの3つのトークをめぐって、
アメリカ・デューク大学の Michael Platt 教授がコメントした。
本ワークショップには、国内外から120名を超える研究者が参加し、極めて闊達な議論が行われた。本ワークショ
ップを通じて、内外の研究者に対し北海道大学を軸とする高レベルの学際的研究活動の展開を強く印象づけること
ができた。
<今後の展開>
今回のワークショップでは人間性、つまりヒトをヒトたらしめるものの中から、数の理解と協同行動に着目した。
これらは人間の知性や論理、正義や倫理の根幹を成すものとして、従来哲学の範疇にある課題と考えられてきたが、
近年の行動学・心理学・脳科学の急速な発展の結果、必ずしもヒトに固有のものではないことがわかってきた。多
くの動物が数や順序を理解し、規範的な協同行動を示すとともに、ヒトもまた言葉を覚えるよりも早く数を理解す
る。もちろん、動物やヒト幼児の振る舞いはヒト成人と同じではないが、種による違いや発達の過程を見極めるこ
とによって、人間とは何者かを明らかにするという学際的な先端研究を今後も継続すると同時に、同様のワークシ
ョップやシンポジウムの開催を通じて国際的ネットワークの構築に努める。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・科学研究費助成事業・新学術領域(研究領域提案型・計画研究)「ヒト社会における共感性(代表)60,600 千円
(平成 25-29 年度)
・科学研究費助成事業・基盤研究 A「集合知の認知・生態学的基盤」(代表)19,000 千円(平成 25-27 年度)
・課題設定による先導的人文・社会科学研究推進事業(領域開拓プログラム・課題設定型研究テーマ)「“社会価
値”に関する規範的・倫理的判断のメカニズムとその認知・神経科学的基盤の解明」(代表)(平成 26-29 年度:
採択内定)
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国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
研究集会等名
研究代表者
職・氏名
第2回氷結晶結合蛋白質に関する国際会議
教授
・
佐﨑
部局等名
元
低温科学研究所
<開催の目的>
本国際会議の目的は、氷結晶結合蛋白質(Ice-Binding Protein: IBP)に関係する氷物理学、雪氷学、低温生物学
、結晶学、界面科学、相転移ダイナミクス、資源化学、地球環境学などの分野で活躍する先導的研究者を一堂に集
め、発表と討論を通して互いに最先端の知識と技術を学ぶことである。本会議は、凍結耐性に関する生理学、不凍
・氷核のメカニズム、IBPの構造機能相関、IBPのバイオテクノロジーの4セッションならびに学会賞受賞講演で構
成する。本会の企画運営は、第1回氷結晶結合蛋白質に関する国際会議(2011年、カナダ・クイーンズ大学)の組織
委員(津田 栄(生命科学院)を含む6名)に3名の学内研究者(佐﨑 元(低温研)、近藤英昌 (生命科学院)、内田
努 (工学研究院))を加えた計9名により執り行う。また、低温研、地環研、生命院、工学院、農学院、薬学院、
水産院、北方生物圏センター等の学内部局からの参加者を得る。特に、1963-1965年の2年間を北大理学部物理学教
室で過ごされ、当該分野で顕著な業績を有する米国環境研(NCAR)のCharles Knight博士(75)を本会議に招き、特別
功労賞を授与するとともに特別講演会を行う。これらにより北大を象徴する低温科学分野の国際研究交流を推進し
次世代に繋げるための同分野の研究基礎構築を達成する。
<成果>
本国際会議は、平成26年8月4— 7日の期間中に総計約90名(運営スタッフを含む)の参加を得ることで北大学術交
流会館において開催された。参加国は、オーストラリア、カナダ、中国、デンマーク、ドイツ、インド、イスラエ
ル、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ロシア、バングラデシュ、英国、米国の16カ国に上っ
た。学内からは、低温研、地環研、生命院、工学院、農学院、薬学院、水産院、および北方生物圏センターからの
参加を得た。学外からは、理化学研究所、京都工芸繊維大学、株式会社カネカ、株式会社ニチレイ、株式会社ジャ
パンハイテック、(独)原子力研究機構、(独)海洋研究開発機構、玉川大学、全国農業協同組合連合会(JA)
、および(独)産業技術総合研究所(つくば、名古屋、北海道の各センター)からの参加を得た。本国際会議は4
講演セッション、2ポスターセッション(40演題)、および特別講演(Charles Knight博士)で構成した。講演
セッションの題目と座長は以下の通りとした。
1. 題目:Physiology of freeze avoidance and freeze tolerance、座長:John Duman, Maddalena Bayer
2. 題目:Mechanism of IBP and INP action、座長:Peter Davies, Brian Sykes
3. 題目:Structure-function relationships and evolution of IBPs、座長:Laurie Graham, Hak Jun Kim
4. 題目:Biotechnical and commercial applications for IBPs、座長:Ido Braslavsky, Sakae Tsuda
各セッションはポスター発表応募者の中から選んだ講演者(ポスター選抜者)と招待講演者7〜8名で構成した。
ポスター選抜者と招待講演者は各セッションの座長が決定した。北大の若手学生もポスター選抜者の指名を受ける
ことになり、環境科学院生物圏科学専攻の山崎 彩さん(博士2年生)、生命科学院生命融合科学コースの花田祐一
君(博士3年生)とシェイク・マハタウッディン君(博士1年生)が英語での講演に果敢にチャレンジし拍手喝采
を得た。ポスターセッションでの発表は40件に上り1階ホールの会場において極めて熱心な議論が交わされた。
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氷結晶結合蛋白質は、世界中の魚類、昆虫類、植物類、菌類か
ら発見が続いている生体物質であり、近年その広範な応用可能
性に対して注目が集まっている。本国際会議においても当該物
質に関係する動物学、魚類学、進化学、細胞学、結晶成長学、
氷物理学、雪氷学、分子生物学、構造生物学、医学、生理学な
どの研究者が集うこととなりまた関連企業技術者の参加と展示
品説明等があったことで、様々なレベルでの研究技術交流がな
されるに至った。米国環境研(NCAR)のCharles Knight博士(75)
には、同博士がかつて提唱した氷結晶結合蛋白質の作用メカニ
ズムの概要や、その解明に向けて同博士が作成した実験装置の
概要等について研究紹介を頂いた。北大での研究経験を生かし
て得た知見や予測した機能の多くが近年の技術により証明され
ている現況を一同が理解するに至り大いに感銘を受けた。総じ
て本国際会議は世界の先導的研究者を一堂に集め中堅研究者か
ら若手までの発表と討論を通して最先端の知識と技術を学ぶこ
ととなり、十分に開催目的を達成した。
<今後の展開>
本会の開催を受け、組織委員会は今後3年毎に世界各地で当
該国際会議を開催する方針を固めた。すなわち第3回の氷結晶結
合蛋白質に関する国際会議を平成29年(2017年)8月に北米また
は欧州の都市で開催する事とした。参加者同士の間で可能な限
り国際共同研究の可能性を模索することや、当該分野に参入す
第 1 回氷結晶結合蛋白質に関する国際会議の会場
る企業との連携を強めていく方針で一致した。特にユニリーバ
スペース。2F 講堂を講演会場とし1F ホールの一
ー等の当該研究に感心を示した企業に対し、組織委員会は積極
部でポスター発表を行った。
的に連絡を取る事とした。若手研究者の参加を増やすことが最
大の課題であり参加者間で優秀な人材確保の努力をすることを
確認した。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・科学研究費助成事業(基盤研究(A))「高分解光学観察による氷結晶表面での疑似液体層の動的挙動の解明」平
成23年度~平成26年度(平成26年度:780万円)
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国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
研究集会等名
研究代表者
職・氏名
Asia Oceania Geosciences Society 11th Annual Meeting
部局等名
教授・高橋幸弘
大学院理学研究院
<開催の目的>
Asia Oceania Geosciences Society (AOGS)のAnnual Meetingは地球惑星科学分野におけるアジア・オセアニア地域
最大級の国際会議であり、本年の第11回大会は、北海道大学がLOCを担当する形で、札幌で開催される。大会にはア
ジア・オセアニアに加えて、欧米からも多くの参加者がある。今大会は、これまで1000〜1500人前後を推移してい
た参加者数が、約3000人に達し、過去最大の規模で行われた。この会議には、東南アジア各国を初めとする新興国
・開発途上国からも多くの参加者があった。こうした国々は、将来日本のパートナーとして重要な位置を占めてく
ると期待されており、学会での研究発表に加えて、北海道大学の研究活動を紹介すると共に、将来に向けた教育研
究活動の協力について議論する絶好の機会として今大会中に会合を持った。
<成果>
・ 開発途上国で将来の研究・開発を担う、新進気鋭の研究者や政府関係者を招聘することで、それら国々との純粋
科学における研究協力に加え、津波・地震・土砂災害・洪水・森林火災などの防災や、CO2 排出に関わる議論の基礎
データとなる森林計測や CO2 排出量の推定に関する地球環境問題の議論など、多面的な研究及び技術協力を、北海
道大学と複数の開発途上国で推進していく機運と具体的な協力の枠組み作りを検討する機会を得た。
・ 北海道大学が推進する、複数の超小型衛星を活用した地球観測網の国際的な運用体制、及びそうした運用のため
の研究開発協力の支援を行うアジア・マイクロサテライト・コンソーシアム構想について、具体的な検討を行い、
発足に目処をつけることができた。
・ 北海道大学が開発し現在国際宇宙ステーションに取り付けて観測を行っている雷放電観測装置、および地上の電
磁波を用いた雷放電観測ネットワークのデータの共同利用について議論し、スプライトなどの純粋科学と、防災へ
の応用の両面について議論し、国際共同研究を推進し、また防災ネットワークの構築を進めることができた。
・ 金星探査機あかつきの金星到着を数年後に控え、北海道大学の所有する大学院理学研究院附属天文台と欧州の金
星探査機Venus Expressを活用した事前調査についてのプランを検討し、国際的な観測体制を議論できた。
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<今後の展開>
・ 開発途上国における津波・地震・土砂災害・洪水・森林火災などの防災への対応を含め、超小型衛星及び地上観
測システムを利用した地球監視システムをアジア各国と協力して構築するための国際的な体制作りを進める。具
体的にはアジア・マイクロサテライト・コンソーシアムについて MOU を作成し、27 年度前半での締結を目指す。
目下日本を含む 9 カ国の宇宙機関、主要大学、省庁から強い賛同を得ており、各機関で MOU 案のチェックを行っ
ている。
・ 北大との衛星共同開発に強い意欲を示したフィリピンと協定(MOA)を締結し、同国が初めて開発する衛星の 1
号機、2 号機の製作を、キャパシティービルディングを含めたプロジェクトとして 26 年 1 月よりスタートした。
・ 国連の防災会議で国際共同による衛星観測体制を呼びかけ、国連の関連分野担当のスタッフ陣から強い賛同と支
援を得ており,今後アジアだけでなくアフリカなどの途上国も巻き込んだ国際協力の枠組みを模索する。
・ 北海道大学が開発し現在国際宇宙ステーションに取り付けて観測を行っている雷放電観測装置による観測成果
が、同ステーションの3大成果の一つとして NASA から表彰を受けた。同機器及び北大が有する地球規模の落雷
計測ネットワークを用いた、雷放電科学及びそれらの防災への応用について、国際共同研究を欧州、米国、アジ
ア各国と推進していく。
・ 北大が観測機器を搭載している金星探査機あかつきが2015年12月に金星に到着するのに合わせ、同探査機、北海
道大学の所有する附属天文台、及びパリ天文台を初めとする世界の地上望遠鏡ネットワークを活用した、観測・
研究体制を整備していく。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
※公的研究費ではないものも含めて、26年度中に新規応募/申請し、採択された外部資金を示します。
音羽電機工業株式会社・研究助成(26-28年度)総額 2,000千円(代表)
フィリピン国地球観測超小型科学衛星開発プログラム(26-29年度)総額 285,600千円(代表)
IHI共同研究・リモートセンシングにおける液晶波長可変フィルタシステムの研究(26年度)総額4,000千円(代表)
SATREPS・ザンビアにおける鉛汚染のメカニズムの解明と健康・経済リスク評価手法および予防・修復技術の開発
(27-30年度)総額 約50,000千円(分担)
科研費基盤B・極周回成層圏テレスコープ(風神)を用いた金星大気変動現象の研究(27-29年度)(分担)
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国際研究集会等開催支援
研 究 成 果 報 告 書
Grants for International Workshop
Project result report
研究集会等名 Enzo Workshop 2014
研究代表者
職・氏名
Ass. Professor Elizabeth Tasker
部局等名
Physics
<開催の目的>Goals of proposed workshop
The aim of the Enzo Workshop was primarily to introduce new users to the numerical simulation code, Enzo,
and its associated analysis package, yt. Enzo and yt are widely used in the international astrophysics
community to model the universe, including galaxy shape, star formation and major galaxy collisions. Enzo
runs the simulation by evolving the gas as it is acted on by gravity, heating and cooling, and energy from
stars. yt used the data from Enzo to create images, graphs or help in more advanced analysis (e.g. finding
sites of star formation). While developed to work with Enzo, yt can work with many different codes used
in the astrophysics community.
We also wanted to give more experienced users (or scientists familiar with similar software) the chance
to explore advanced topics, such as a closer look at the core algorithms in Enzo and how to develop the
code. Since programming is easiest learned by examples, all the participants followed the exercises
demonstrated using their own laptops. This allowed the workshop presenters (myself included) to check that
every participant was following the material and answer individual questions on the exercises.
At the end of the workshop, we wanted participants to: (a) understand how Enzo and yt could be used (b)
know how to get the code and install it (c) understand how to design an entirely new simulation (d) know
the basics of how to codes work and (e) know where to go for more help. We hope many of the participants
will use Enzo and yt in their own research.
<成果>Results
The workshop began with an overview of both Enzo (morning) and yt (afternoon). An initial seminar was given
by the workshop presenters (Enzo: Britton Smith, yt: myself) that described what each code can do. This
was followed by the participants installing both codes themselves and trying an example simulation.
Day 2 looked at cosmological simulations. These are the most common kind of simulation in astrophysics.
A patch of the universe is created that contains multiple galaxies. The initial set-up for this problem
is quite complex, so the participants were taken through each step (by presenter John Wise), creating their
own simulation either on their laptop or on Cosmoscience’s computer, Conival.
Day 3 discussed how to create your own simulation of any type, e.g. a galaxy like the Milky Way, a star
forming cloud or even a rotating cylinder of gas. Participants examined the files needed for a new simulation
and tried adapting one to make a different model.
Day 4 looked at more advanced topics. The morning looked in depth at the algorithms in Enzo while the afternoon
explored how to use yt for complex tasks, including making a three-dimensional image of your data.
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Since the simulations run during the workshop were small (and quick), the data they created was not very
good. We therefore provided the participants with larger data sets for them to practice analyzing with yt.
All the slides used at the workshop, along with many of the ‘live’ exercises where the participants followed
along with their laptops can be found on the workshop page:
http://astro3.sci.hokudai.ac.jp/~tasker/enzo-workshop-2014
<今後の展開>Possible development of workshop in the future
This workshop has now been run at Hokudai three times. This year was particularly successful, since we were
able to provide travel support for students and postdocs from Japan. Since the workshop is aimed at people
beginning their careers in numerical simulations, young researchers are our target audience, but they are
often short of travel money.
It would be excellent to run this workshop regularly. Since postdoctoral contracts are around 2 – 3 years
and masters programs around 2 years, it would be best to run similar workshops once every two years. This
would give new researchers in Japan the opportunity to learn the basics of Enzo from the people who developed
the code. The three invited speakers (along with myself) are major developers and users of Enzo and yt but
are based in the USA and Europe. Users in Japan therefore only typically interact with them via email. This
can be effective later on, but learning the basic from a workshop is substantially easier.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
Status of applications and acceptance for other public research grants in FY 2014
In FY 2014 I received the Suhara memorial foundation for 1,000,000 yen.
I am also currently funded by the MEXT grant for the Tenure Track System until March 2016.
22
3.若手研究者自立支援
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
ALS治療薬スクリーニング系構築に向けたisogenic細胞株の樹立
部局等名
助教・山崎智弘
遺伝子病制御研究所
<研究の目的>
筋萎縮性側索硬化症(ALS)は筋肉の運動を司る運動神経が失われることで、筋肉の麻痺により発症後約3〜5年
で亡くなるという難病であり、現在のところ有効な治療法が存在しない。本研究は、このALSに対する治療薬開発の
ための薬剤スクリーニング系の構築を目的としている。研究代表者のこれまでのALS原因遺伝子に関する研究成果か
ら、ALS患者由来の繊維芽細胞では、核内構造体Gemが形成されないことを見いだした。この核内構造体Gemを構成す
るSMN複合体の機能不全は、ALSと同じく運動神経の脱落を特徴とする脊髄性筋萎縮症(SMA)を引き起こすため、Ge
mの形成を回復させる薬剤はALS治療薬の有力な候補になると期待できる。一方で、ALS患者由来の繊維芽細胞は初代
培養細胞であり、分裂回数に限界があるため、多くの化合物をスクリーニングするのに十分な細胞数が得られない
ことがスクリーニングにおける大きな問題であった。この問題を解決するため、二倍体不死化細胞及び癌由来の培
養細胞に遺伝子改変技術であるCRISPR/Cas9システムを用いてALSを引き起こす変異をALS原因遺伝子に導入し、薬剤
スクリーニングのための新規モデル細胞株を樹立する。
<成果>
本研究室でCRISPR/Cas9システムを用いて、保有していたDLD-1株を使用してisog
enic細胞株の樹立を試みた。この細胞株では、標的とするALS原因遺伝子FUSおよびT
DP-43を含む染色体(FUSはヒト16番染色体、TDP-43はヒト1番染色体上にコードされ
る)が2本であることから、1アレルが正常で、1アレルに常染色体優勢変異を持
つ細胞クローンの樹立が可能である。まず、この細胞株でGemが観察できるかについ
て検討するため、抗SMNを用いて免疫染色法を行った。図1に示すように明瞭にGem
が観察できることを確認した。また、観察されたGemの数は、繊維芽細胞で観察され
るのと同程度の数が確認できた(1細胞あたり約1つ)。さらにCRISPR/Cas9システ
ムを用い、効率的に変異細胞株を得るためには、sgRNAとCas9酵素を発現させるプラ
図1 DLD-1 細胞の Gem(緑)
抗 SMN 抗体により免疫染色を行
い、Gem を可視化した。青は DAPI
による核染色。
スミドベクターの高効率での細胞への導入が必要であるため、遺伝子導入方法の検討を行った。Nucleofector(Lon
za)システムを用いて複数のエレクトロポレーション
の条件を試みたところ、70-80%以上の効率で遺伝子導
入が可能な条件を見つけることに成功した(図2)。そ
こで、FUSのALS変異が数多く存在しているC末端にあ
るNLSを欠失(実際にALS患者でもNLS欠失の変異も存
在する)させるためFUSのエキソン13をターゲットす
るsgRNAを2つ設計した。至適化した遺伝子導入条件
で細胞にこれらのsgRNAを個々に導入し、その切断活
図2 DLD-1 細胞への遺伝子導入の条件検討
Nucleofector を いた種々の遺伝子導入条件で、GFP を発 させるプラス
ミドを導入し、遺伝子導入効 を検討した。
現
用
性をT7 Endonuclease I assayで評価した。その結果
率
23
設計した2つのsgRNAともに強い切断活性を示した(図3)。こ
のうち、より活性が強いsgRNA#2を用いて、変異クローンの樹立
を試みた。sgRNA#2をDLD-1細胞に導入し、限界希釈法により単
一クローンの選別を行い、多くの候補クローンを得た。さらに
、それらのクローンに変異が導入されているかを上述のT7E1 a
ssayにより確認した。ここで、変異が含まれていると考えられ
たクローンについて変異の導入されている領域を含む形でその
領域をPCRで増幅しシークエンス解析を行った。その結果、シー
クエンスの波形から予想される位置に変異が導入されているこ
とが確認できた。
以上の解析から、まず解析に使用できる細胞株、つまり二倍
体に近くかつGemを形成する株を決定できた事は重要である。さ
図3 T7 Endonuclease I (T7E1) assay による sgRNA の
切断活性の評価。変異が導入された場合には DNA の
ミスマッチを認識する T7 Endonuclease I により切断を
受けるため、切断された DNA 断片が観察される。
sgRNA#1, #2 を導入し、酵素 T7E1 を加えた場合のみ
特異的に変異が導入されていることを示している。
らにその細胞株を用いてCRISPR/Cas9による変異の導入を確認できたことは大きな進展であった。加えて、CRISPR/
Cas9システムが当研究室で運用できるようになった事自体が非常に重要なことである。今後も研究室でさまざまな
プロジェクトに幅広く適応できる。しかもここで運用できるようになったシステムは、様々な点について最適化を
行ったので、予想以上に簡便かつ確実な方法となった。
<今後の展開>
今後、変異株におけるGemの定量を進める。予想通りGemの減少が確認できた場合にはその株を用いた薬剤のスクリ
ーニングや細胞株を用いた共同研究を検討している。具体的には、細胞株は樹立でき次第、共同研究ベースで研究
代表者が以前所属していたハーバードメディカルスクールのRobin Reed研究室が独自に持つ実験システム(in vitro
での転写、スプライシング、3’end processingなど)を用いて解析を進める。また、JST A-stepや製薬会社による薬
剤スクリーニングのための助成にも積極的に申請する。また、今後の検討課題としては、鋳型ssDNAを用いたALSで
多く確認される点変異の導入であるが、その点変異細胞の検出方法については検討済みであるので、ssDNAの導入条
件についてさらに検討を行えば、点変異導入株の樹立も近いものと考えている。また、Scr7という薬剤で変異の導
入効率を上げられることが報告されており、そういった手法も導入することも検討している。加えて、不死化正常
細胞株(hTERT RPE-1細胞など)の異なる細胞株への変異の導入なども進め、よりよいモデル系の確立を目指す。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
H26年度科学研究費助成事業(研究活動スタート支援)・H26-27年度・243万円・採択
H26年度公益財団法人武田科学振興財団・生命科学研究助成
(共同研究者として・代表廣瀬哲郎)・1000万円・採択
H27年度科学研究費助成事業(若手研究(B))・H27-28年度・429万円・採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
ヒト黄体の機能制御に重要な2,6シアル酸含有タンパクの同定
助教・小林
部局等名
純子
医学研究科
<研究の目的>
黄体は、妊娠の成立と維持に必須なプロジェステロンを産生する一時的
な内分泌器官で、排卵後の卵胞より形成される。妊娠が成立しない場合、
黄体は速やかに退行し、新しい卵胞が発育を開始する。一方、妊娠が成立
すると、黄体は退行を免れ、妊娠黄体となって機能を維持する。黄体の退
行回避には、胎盤より産生されるヒト絨毛性ゴナドトロピン(hCG)が重要な
役割を果たす(図1)。
ガレクチンは、型結合したガラクトースを認識するレクチンで、哺乳類で
は15種類のサブタイプが存在する。ガレクチンは、ガラクトース(Gal)とN-ア
図 1 黄体の退行と退行回避におけるガレクチンおよび
シアル酸転移酵素(ST6GAL1)の発現変化
セチルグルコサミン(GlcNAc)が結合したN-アセチルラクトサミン(LacNAc)
構造に強い親和性を示す。しかし、末端のGalに2,6結合したシアル酸(SA)が転移すると、
galectin-1はこのような糖鎖には相互作用できない。一方、galectin-3はこのような糖鎖も認識する
ことができる。末端のGalに2,6シアル酸を転移する酵素はST6GAL1であり、2,6シアル酸の有
無は、galectin-1とgalectin-3の糖鎖との相互作用の変化に重要である(図2)。
卵巣に発現する主なガレクチンサブタイプはgalectin-1とgalectin-3で、黄体の機能に伴って発
現が変化する。ヒトでは、プロジェステロンを産生する機能黄体はgalectin-1を強く発現するが、プ
ロジェステロンを産生しない退行黄体ではgalectin-3の発現が増強する。galectin-1と糖鎖との結
合を阻害する2,6シアル酸を転移するST6GAL1も退行黄体で強く発現しており、ヒト黄体では
黄体機能の変化に付随して発現する糖鎖およびガレクチンサブタイプが変化する“ガレクチンス
イッチ”が存在することが示唆された(図1)。しかし、ヒト黄体におけるガレクチンのリガンド糖鎖お
よびそれをキャリアする分子は不明である。
図 2 2,6 シアル酸の転移と
ガレクチンと糖鎖の親和性
Asn: アスパラギン酸
Man: マンノース
本研究では、ガレクチンのリガンドとなり、黄体機能の調節に重要な役割を果たす2,6シアル酸を含有する糖鎖をキャリ
アするタンパク質を同定し、その機能を明らかにすることを目的とした。
<成果>
1. ヒト黄体の機能維持分子がST6GAL1 mRNAの発現に与える影響
ヒト黄体における主な機能維持分子は胎盤より産生されるhCGと脳下垂体より産生される黄体形成ホルモン(LH)である。
hCGとLHは黄体細胞上に存在する共通のレセプター(LHCGR)に結合し、黄体細胞におけるプロジェステロンと黄体機能維
持に働く局所因子であるプロスタグランジンE(PGE)の産生を刺激する。ヒト黄体の機能制御におけるシアル酸の役割を
明らかにするため、ヒト黄体におけるST6GAL1の発現制御機構を解析した。
体外授精のために北海道大学病院婦人科に来院した患者より、同意のもと卵胞液の提
供をうけた。卵胞液より、ヒト黄体細胞と同様の機能をもつヒト黄体化顆粒層細胞(LGCs)を
分離・培養し、実験に用いた。培養日目のLGCsにhCGもしくはPGEを作用させ、24時間
後に細胞を回収した。回収した細胞より、RNAを抽出し、リアルタイムPCR法により
ST6GAL1遺伝子の発現変化を解析した。hCGとPGEはLGCsにおけるST6GAL1遺伝子の
発現を強力に抑制した(図3)。
25
図 3 hCG と PGE に よ る
ST6GAL1 遺伝子の発現制御
Cont: コントロール
EtOH: エタノール(PGE の溶媒)
2. ヒト黄体組織における2,6シアル酸の発現
ST6GAL1は退行過程の黄体で発現が増強し、ヒト黄体の機能維持分子(hCGおよびPGE)により発現が抑制される
ことから、シアル酸修飾はヒト黄体の退行に関与すると考えられた。ヒト黄体組織における2,6シアル酸の局
在を明らかにするため、2,6シアル酸を特異的に認識する植物レクチン(SNA)を用いてレクチン染色を行った。
SNAの陽性反応は、血管内皮細胞で認められるほか、一部の黄体
細胞の細胞質もしくは細胞膜もSNA陽性であった(図4左)。連続切
片をプロジェステロン合成酵素である3-HSDにより染色すると、
SNA陽性の黄体細胞では3-HSDの染色性が弱い傾向が認められた
(図4右)。リアルタイムPCR法により、ヒト黄体組織における
ST6GAL1とHSD3B1 mRNAの発現を比較すると、両者の発現には負の
相関性が認められた(r = −0.5428, P<0.01)。これらの結果より、
ST6GAL1による2,6シアル酸の修飾の増加は、ヒト黄体細胞の機能
図 4 ヒト黄体組織における2,6 シアル酸の局在
SNA 陽性の2,6 シアル酸は血管内皮細胞(矢印)と一部の黄体細
胞(*)に局在する。2,6 シアル酸陽性の黄体細胞はプロジェステ
ロン合成酵素(3-HSD)の発現が弱い。
低下および黄体の退行に密接に関与することが予想された。
3. hCGおよびPGE刺激により2,6シアル酸修飾が低下する分子の検索
ヒト黄体の退行メカニズムに重要な役割を果たすと予想される2,6シアル酸修飾をうけた糖鎖をもつタンパク質を同定する
ため、hCGもしくはPGE処置したLGCsよりタンパク質を抽出し、SNAによりレクチンブロッティングを行った。現在、hCG処置に
よりSNAの染色性が低下する分子(シアル酸修飾が低下する分子)の同定を試みている。
<今後の展開>
マウスやウシの黄体においてもプロジェステロン産生を停止した退行期の黄体でST6GAL1の発現が増強し、SNAによる染
色性が増加することから、2,6シアル酸修飾は動物種を越えて、黄体の退行に関与すると考えられる。ヒトLGCsでは、ガレク
チンの阻害糖であるラクトースを投与したり、hCG上のN型糖鎖を切断して作用させると、hCGによるプロジェステロンやPGE産
生刺激が低下する。これらのデータより、黄体細胞に発現するLHCGRがガレクチンの有力なリガンド候補分子になると予想さ
れる。今後はLHCGRにターゲットを絞り、2,6シアル酸修飾の変化を解析する予定である。また、シアル酸を除去する酵素で
あるシアリダーゼも黄体機能の変化に伴って発現が変動することから、シアリダーゼの働きにも注目して、黄体の機能制御メカ
ニズムにおける糖鎖とガレクチンの役割を明らかにしていきたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・日本学術振興会
科学研究費補助金
基盤研究(C)平成26年度~平成28年度・採択
・公益財団法人
秋山記念生命科学振興財団
・公益財団法人
ロッテ財団
・公益財団法人
鈴木謙三記念医化学応用研究財団
・第8回
平成27年度
2014年度研究助成(奨励)・採択
奨励研究助成・不採択
平成27年度調査研究助成金・不採択
資生堂女性研究者サイエンスグラント・不採択
・公益財団法人
第一三共生命科学研究振興財団
平成27年度
26
海外共同研究支援助成・申請中
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
(プロ)レニン受容体を標的とした生活習慣病の病態発症機序の解明
部局等名
特任講師・神田敦宏
医学研究科・眼科学分野
<研究の目的>
レニン・アンジオテンシン系(RAS)は、生物が海から
陸へと進化する過程で塩分と水分を体内に保持するた
めに発達した循環ホルモンシステム(循環RAS)である
が、臓器局所では細胞の分化・増殖など組織修復など
の役割を担っている(組織RAS)。我々はこれまでに組
織RASおよび組織RASの上流に位置する(プロ)レニン
受容体が、眼組織における炎症・血管新生の上流で網
膜疾患の分子病態を制御していることを動物モデルで示し、受容体随伴プロレニン系(receptor-associated prorenin syste
m: RAPS)という新たな病態概念を提唱してきた。(プロ)レニン受容体によるこの2つの作用(組織RASの活性化およびRAS
非依存型細胞内シグナル活性化)は眼組織のみならず腎臓や心臓などの病態モデルにおいても認められ、新薬であるレニ
ン阻害薬aliskirenが細胞内シグナルを阻害できないことから、(プロ)レニン受容体は生活習慣病における臓器保護のための
共通の創薬ターゲットとして注目されている(右図)。さらに最近、我々は糖尿病網膜症患者より採取した臨床検体を用いた
解析の結果、(プロ)レニン受容体は糖尿病網膜症における血管新生、つまり疾患の進行に関与する重要な分子であること
を示した。我々の研究により(プロ)レニン受容体および眼組織RASが炎症・血管新生病態の上流で網膜疾患の分子病態を
制御し、さらに(プロ)レニン受容体が網膜の発生において重要な役割を担っていることが明らかとなり、多彩な生理機能にも
関連していると考えられる。研究計画では、(プロ)レニン受容体のまだ明らかとされていない生理機能解析をはじめとして、
生活習慣病発症における関与を解明する。
<成果>
・病理的機能解析
(プロ)レニン受容体は、糖尿病網膜症をはじめとする様々な眼疾患において血管新生
などの病態に関与することを、我々はこれまでに報告してきた。本研究では、結膜節外
辺縁帯B細胞性リンパ腫(EMZL)におけるRASおよびRAPSの病態への関与を検討し
た。外科的に切除した結膜EMZL組織におけるRAS/RAPS関連分子の発現を免疫組
織染色法により検討した。さらに詳細な分子メカニズムを調べるため、ヒトBリンパ球細
胞(IM-9)を用い、プロレニンおよびアンジオテンシンII(Ang II)刺激による遺伝子発現変
化をリアルタイムPCR法にて解析した。結膜EMZL において、異型Bリンパ球でRAS/R
APS関連分子の発現・局在が検出された。またIM-9細胞へのプロレニンまたはAng II
刺激は、線維芽細胞増殖因子-2やマトリックスメタロプロテアーゼ2などの遺伝子発現
を有意に増加させた。組織RASおよびRAPSが結膜EMZLの病態形成に関与する分子
であることが示唆された。
本研究成果は、Ishizuka ET, Kanda A(corresponding author), Kase S, Noda K, Ishida S. Involvement of the
27
Receptor-Associated Prorenin System in the Pathogenesis of Human Conjunctival Lymphoma. Invest Ophthalmol Vi
s Sci. 2014. 56:74-80 にて論文報告した。
・生理的機能解析
(プロ)レニン受容体は、生理的に様々な機能を有しているとされているが、網膜における機能は不明である。そ
成体マウス網膜における(プロ)レニン受容体共役タンパク質を同定するため、抗(プロ)レニン受容体抗体を用いた免疫沈
降/質量分析解析(IP/MS)を行った。さらに免疫染色法などによりIP/MS結
果を検証し、siRNAによるATP6AP2遺伝子ノックダウンを行い共役タンパ
ク質の機能を解析した。(プロ)レニン受容体は、解糖系における酵素
の一つ、ピルビン酸デヒドロゲナーゼ(PDH)と共役することを同定
し、さらにsiRNAによるATP6AP2遺伝子ノックダウンは、細胞内のPDH
活性やアセチル-CoAレベルを減少、一方、乳酸レベルの上昇が認めら
れた。これらのことより、(プロ)レニン受容体は糖代謝経路に関与
していると示唆された。
本研究成果は、Kanda A, Noda K, Ishida S. ATP6AP2/(pro)renin receptor contributes to glucose metabolism via st
abilizing the pyruvate dehydrogenase E1 ß subunit. J Biol Chem. in press.
にて論文報告した。
<今後の展開>
本研究により(プロ)レニン受容体の新たな病理的機能が明らかになった一方、生理的機能も同定することが出来
た。(プロ)レニン受容体が様々な疾患の病態形成に関与しておりことは、他の研究によっても明らかとなってきて
いる。今後は、これまでに得られた結果を踏まえて(プロ)レニン受容体を標的にして、多角的なアプローチによる創薬研究
を展開する。さらに疾患動物モデルを用い、(プロ)レニン受容体の機能解明および生理的機能への影響を最小限にしなが
ら慢性炎症病態を抑制する早期介入治療戦略の開発を試みる。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・H27 年度科学研究費助成事業(萌芽研究)・H27~H28 年度・300 万円・応募中
・H27 年度科学研究費助成事業(若手研究(A))・H27~H29 年度・3000 万円・応募中
・公益信託加藤記念難病研究助成基金・H26 年度・300 万円・不採択
・公益財団法人 持田記念医学薬学振興財団・H26 年度・300 万円・不採択
・ノバルティスファーマ研究助成・50万円・採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
光ファイバーを用いた長期in vivo遺伝子計測:概日リズムのシステム的理解を目指して
研究代表者
職・氏名
部局等名
特任助教・小野大輔
医学研究科
<研究の目的>
睡眠、覚醒を含めた一日を一単位としたリズムを概日リズムとよび、私たちを含めた哺乳類では視床下部に位置す
る視交叉上核が概日時計の中枢として機能している。これまでのイメージング技術の進展により、個々の細胞レベ
ルにおける概日リズムの性質が理解されるようになり、多くの知見が培養実験から明らかになってきた。しかしな
がら、個体レベルで生じる現象と細胞、組織レベルで生じる現象を結びつけて理解するには複数のパラメーターを
同時に計測し、一つのシステムとして理解する必要がある。本研究では、in vitro, in vivoにおける発光イメージ
ング技術を駆使し、細胞内で生じる転写・翻訳のフィードバックループと、脳内神経ネットワーク、行動レベルの
現象を直接結び付けて理解することを目的とする。また部位特異的遺伝子操作を行い、これまで機能が明らかとな
っていない遺伝子の概日リズム形成における役割を、システムレベル(遺伝子から個体レベルまで)で理解する。
<成果>
in vivoにおける検証の前に初代神経培養を用いて、視交叉上核における時計遺伝子、神経発火の同時計測を行った
。まずGABAのトランスポーターであるVgatを欠損したVgatKOマウスを胎児期からとりだし、視交叉上核のスライス
をテシューチョッパーにて作成し、多電極ディッシュ上に置きDMEM培地で培養した。1週間以上培養下のちに、発
光イメージングを用い、時計遺伝子Per2のタンパク質にルシフェラーゼを結合させたレポーター系から発光イメー
ジングを行うと同時に、多電極ディッシュから神経発火リズムを計測した。時計遺伝子発現リズムと神経発火リズ
ムの同時計測には連続して1週間以上行う事に成功した。野生型の視交叉上核では時計遺伝子、神経発火ともに明
瞭な概日リズムが認められた。VgatKOマウスの視交叉上核では時計遺伝子では明瞭なリズムが認められたのに対し
、神経発火ではバースト発火が認められた。このバースト発火は神経発火リズムの24時間変動の中で生じている
ことが明らかになった(図1)。
次に同期バーストと細胞内カルシウム濃度
との関係を明らかにするため、培養視交叉上
核にアデノ随伴ウイルスを用いてGCaMP6sを
発現させた。その後GABA受容体の阻害薬を投
与し、細胞内カルシウム濃度の変化を高速蛍
光イメージングにて検討した。阻害剤を入れ
ていない状態では培養視交叉上核では一過
的な細胞内カルシウム上昇は認められない。し
かしながらGABA受容体の阻害剤を入れると、多
電極ディッシュで計測される同期バーストと同じタイミングで細胞内カルシウム上昇が認められた。この事は、抑
制性伝達物質であるGABAが視交叉上核の同期バーストを持続して抑制していることを示唆する。その他の脳部位で
は同期バーストがみられることから視交叉上核特異的な所見であると考えられる。
29
最後にin vivoにおける時計遺伝子発現パターンを評価するため、光ファイバーを脳内に挿入し、その逆単面を光電
子増倍管に接続し、自由行動下マウス脳内の視交叉上核からの発光輝度を連続して計測した。このin vivoの実験で
は、発現ピーク位相が異なるレポーターマウスである、Per1-luc, PER2::LUC, Bmal1-ELucのトランスジェニックマ
ウスを用いた。視交叉上核からの発光計測に加え、マウスの行動量の計測は赤外線センサーを用い連続して計測を
行った。その結果すべてのレポーターマウスの視交叉上核から明瞭な概日リズムが認められた(図2)。またその
位相関係はそれぞれレポーターごとに異なっており、かつ培養系のデータと一致していることから、このin vivo
計測システムが妥当であることを示している。
<今後の展開>
本研究では、マウス視交叉上核の
初代培養系を用い、時計遺伝子発
現と神経発火の同時長期計測を行
い、さらに抑制性伝達物質GABAの
機能的な特徴を、多電極ディッシ
ュおよび蛍光イメージングを組み
合わせ明らかにした。またin vivo
においてはこれまで誰も成功する
ことのなかった、脳深部からの遺
伝子発現計測と行動の長期計測に成功
した。今後は、GABA欠損で見られた同
期バーストがどのように時計遺伝子の
発現パターンを制御しているのかを、光遺伝学を用い同期バーストを模倣し、発火頻度およびバースト間隔を光で
制御し、神経発火と遺伝子発現の関係性を明らかにする。また神経発火がいかにして行動を制御しているかを明ら
かにするため、アデノ随伴ウイルスを用い、組み換え酵素Creをin vivoで発現させ、視交叉上核限定的にGABAの機
能を低下させる。また光遺伝学を用いて同期バーストを引き起こさせた際のマウスの行動リズム計測をおこない、
神経発火と行動との関係性を明らかにしていく。またin vivo蛍光計測システムを立ち上げ、遺伝子、神経発火と行
動の同時計測を行い、多機能計測を行っていく。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
(H26年度研究費応募状況)
H27年度科学研究費補助金・新学術領域(適応回路シフト)・300万円・応募中
H27年度科学研究費補助金・新学術領域(マイクロ精神病態)・300万円・応募中
H27年度ブレインサイエンス振興財団研究助成・100万円・不採択
H27年度公益財団法人光科学技術研究振興財団研究助成・200万円・不採択
H27年度国際科学技術財団研究助成・100万円・不採択
30
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
エンドサイトーシス制御におけるイオン動態の解析
部局等名
特任助教・藤岡容一朗
医学研究科
<研究の目的>
細胞は環境変化に応答して生理機能を発揮することで恒常性を維持しており、その一例がエンドサイトーシ
スと呼ばれる細胞外物質や細胞膜に局在する分子の取り込み機構である。エンドサイトーシスで細胞に取り
込まれた分子は、エンドゾームと呼ばれる小胞に包まれ細胞内を輸送される。初期エンドゾーム、後期エン
ドゾームを経て最終的にリソソームへと運ばれるものは分解され、リサイクリングエンドゾームへと運ばれ
るものは、再び細胞膜に戻され再利用される。以上のように、細胞はエンドサイトーシスによって細胞内に
取り込んだシグナル分子を分解した場合はシグナル伝達の遮断へ、一方で再利用した場合はシグナル伝達を
後に再び開始へ導く、といった複雑な制御を行うことで環境変化に応答し、恒常性を維持している。したが
って、エンドゾームの成熟化機構を明らかにすることが、エンドサイトーシスで取り込まれた分子の運命決
定を理解する上で重要となってくる。これまでのエンドサイトーシス研究は、主に蛋白質や脂質のダイナミ
クスを対象としたものがほとんどであり、イオンダイナミクスに関してはエンドサイトーシスの過程が進む
につれてプロトン濃度が上昇することが知られている程度であった。最近、我々はエンドサイトーシス研究
の過程で、複数のイオンチャネルをエンドサイトーシス制御に関与する候補因子としてプロテオーム解析か
ら同定している。そこで本研究では、同定したイオンチャネルがエンドサイトーシス制御に関与するか明ら
かにするとともに、エンドゾーム内のイオンダイナミクスがエンドサイトーシスに与える影響を検討するこ
とを目的とした。
<成果>
同定したイオンチャネルの細胞内局在を評価するためにそれぞれの分子にエピトープタグを融合して培養
細胞に発現させ、エピトープタグに対する抗体を用いた免疫染色を行った後に蛍光顕微鏡を用いて観察し
た。予想外なことにミトコンドリアに局在すると考えられていた電位依存性アニオンチャネルが、ミトコン
ドリアだけでなく、エンドゾーム様の細胞内小器官にも局在した。そこで、初期エンドゾームマーカー蛋白
質と共発現させたところ、このチャネル分子と部分的に共局在が認められたことから、このチャネル分子は
初期エンドゾームにも局在することが示された。また、蛍光蛋白質を融合した電位依存性アニオンチャネル
とエンドゾームマーカー蛋白質を培養細胞に共発現させ、生細胞イメージングを行ったところ、電位依存性
アニオンチャネルとエンドゾームが一時的にコンタクトし、すぐさま離れるといった様子を捉えることに成
功した。このことから、ミトコンドリアとエンドゾーム間の一時的なコンタクトという異種オルガネラ間相
互作用と想定される非常に興味深い現象が明らかとなった。つぎに、この電位依存性アニオンチャネルがエ
ンドサイトーシス制御に関与するか評価するために、エンドサイトーシスで取り込まれる物質であるデキス
31
トランに蛍光標識したものを培養細胞に取り込ませた後に蛍光顕微鏡で観察し、その取り込み量を定量化す
ることでエンドサイトーシス能を調べた。その結果、培養細胞に電位依存性アニオンチャネルを過剰発現さ
せたところ、コントロールの細胞と比して蛍光標識デキストランの取り込み量が増大、すなわちエンドサイ
トーシス能が亢進した。一方で、小分子RNAを用いてこのチャネルの発現を抑制したところエンドサイトー
シスが阻害された。以上から、同定した電位依存性アニオンチャネルはエンドサイトーシス制御因子である
ことが明らかとなった。この電位依存性アニオンチャネルはアニオンであるCl-イオン以外にもCa2+等のカチ
オンの輸送にも関与することが分かってきており、この電位依存性チャネルがエンドゾームのイオンダイナ
ミクスを制御することで、エンドゾーム成熟化に関与しているというモデルが考えられた。
<今後の展開>
本研究でエンドサイトーシスに関与することが明らかになった電位依存性チャネルが、実際にエンドゾーム
成熟化の過程においてエンドゾームのイオンダイナミクスを制御するか調べることが今後の課題である。ま
た、エンドゾームとミトコンドリアのコンタクトが明らかとなったので、これらのオルガネラがコンタクト
した際に電位依存性チャネルを介してイオンの輸送が行われていることが予想される。そこで、蛍光バイオ
イメージングを用いて生細胞での細胞内イオン濃度を可視化する系(蛍光プローブの作製、高速イメージン
グ系の構築等)を構築したい。具体的には、エンドゾーム成熟化過程におけるH+、Ca2+、Na+、Cl‐、K+等の
イオンダイナミクスを可視化するための蛍光プローブを作製する。すでに、Ca2+濃度をモニターする蛍光プ
ローブは多数報告されているので、それらをエンドゾーム局在型に作り変えることでエンドゾームのCa2+イ
オンダイナミクスのイメージングは可能である。以上の系を用いてエンドゾームとミトコンドリアがコンタ
クトする瞬間のエンドゾーム内のイオンダイナミクスのイメージングが達成できた際には、エンドサイトー
シスの制御機構が明らかとなるだけでなく、異種オルガネラ間の相互作用が生理学的意義を有するという細
胞生物学におけるパラダイムシフトを提供することが期待される。 将来的には、エンドサイトーシスの緻密な制御を包括的に理解し、生体の恒常性維持機構を解明するために
、今後も引き続き研究に邁進していきたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・
H26 年度ノーステック財団(Talent 補助金)・H26 年度・40 万円・採択 ・
H26 年度グラクソ・スミスクライン研究助成・H26〜H28 年度・200 万円・採択 ・
H26 年度内藤記念特定研究助成金・H26〜H27 年度・50 万円・採択 ・
H27年度秋山記念生命科学振興財団(研究奨励金)・H27 年度・50万円・応募中
・
H26年度JSTさきがけ・H26〜H29年度・3000万円・不採択
32
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
平面インパルス制御による設備投資問題の分析
研究代表者
職・氏名
准教授・後藤
部局等名
允
経済学研究科
<研究の目的>
本研究の目的は,申請者がこれまで取り組んできた設備投資問題の分析と平面インパルス制御の解法を融合させ
ることで,個々の企業の視点に立った,設備投資戦略における意思決定支援ツールを開発することである.具体的
には,以下のことを明らかにする.
(1) 設備の拡大縮小問題の最適解
経済主体は,経済状態が改善すれば設備を拡大し,経済状態が悪化すれば設備を縮小する.この両方を包含し
た設備投資問題を定式化し,設備を拡大するための経済状態の閾値,縮小するための閾値を求める.
(2) 確率論的な厳密性
本研究のような動的最適化問題では,(a)仮定により単純化して解の厳密性を放棄する方法と,(b)抽象化して
解の厳密性を追求する方法に大別される.(a)では扱える問題が多いが解の厳密性がない,(b)では解は厳密だ
が扱える問題が少ないという問題点がある.本研究では,問題の本質は抽象化せずに解の厳密性を保証する.
以上の問題を明らかにできれば,マクロ経済学的視点から研究されることの多い設備投資問題に対して,個々の
企業に着目したミクロ視点での意思決定に対する厳密な最適解を与えることが可能となる.さらに,数値計算アル
ゴリズムが構築されればデータによる実証分析が可能になるし,問題を競争環境へ拡張すればゲーム理論的アプロ
ーチによって企業間の相互作用が分析可能になる.本研究は設備投資問題における新たなスタンダードになる可能
性を秘めている.
<成果>
観測変数と制御変数からなる平面上のインパルス制御問題を提案したGoto (2013)について,参考文献をもとに最
適解の保証を確認した.平面インパルス制御は図1のように説明できる.観測変数が拡大閾値u(y)に達すれば,制御
変数をU(y)まで増加させる.一方,観測変数が縮小閾値d(y)に達すれば,制御変数をD(y)まで減少させる.このメ
カニズムによって,通常は内側の制御となるインパルス制御問題を外側の制御として定式化可能にしている.ただ
し,Goto (2013)では最適解の十分性において未完成であったため,Richard (1977), Constantinides and Richard
(1978)などを参考に,最適制御の存在性,パラメータの存在条件,解の十分性について確認した.
以上の成果を国内の研究会(1), 海外の学会(2)で発表した.
1. “On the Impulse Control Problem with Outside Jumps,” 日本オペレーションズ・リサーチ学会北海道支部・
サマースクール2014, 斜里町,2014年8月
2. “On the Impulse Control Problem with Outside Jumps,” INFORMS Annual Meeting 2014, San Francisco,
2014年11月
発表は概ね好評であり,今後の方向性などについて助言を得た.
33
図1. 平面インパルス制御のイメージ
さらに,数値計算アルゴリズム,実証分析について方向性を確認した.実際に平面インパルス制御問題の解を求
めるためには,非線形連立方程式を解く必要がある.この際の初期値探索方法についてヒューリスティック法が有
効であることが分かった.また,実証分析の際のデータ入手方法について知見を得た.
<今後の展開>
得られた成果を設備投資問題として再定式化し,関数形などの違いによる準変分不等式の変化,Verification
Theoremの変化について厳密性を失うことなく分析し,最適設備投資戦略を求める.これによって,マクロ経済学的
視点から研究されることの多い設備投資問題に対して,個々の企業に着目したミクロ視点での意思決定に対する厳
密な最適解を与えることが可能となる.また設備投資は,政府が掲げる「日本産業再興プラン」の成果目標の1つで
あり,政府目標に対する学術的な貢献も将来的に期待できる.
申請者は,本研究が設備投資問題における新たなスタンダードになる可能性を秘めていると確信する.これにと
どまらず,平面インパルス制御問題の厳密な解法が完成すれば,他の問題へも応用可能である.特に,コーポレー
ト・ファイナンスのキャッシュリザーブ問題はインパルス制御による分析が可能であり,応用が実現できれば金融
システムの安定化という,国際的に重要視されている問題の解決への手掛かりとなり得る.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・H26年度石井記念証券研究振興財団(研究助成)・H26~H27年度・60万円・採択
・H27年度科学研究費助成事業(若手研究(B))・H27~H30年度・415万円・応募中
・H26年度全国銀行学術研究振興財団(研究助成)・H26~H27年度・98万円・不採択
34
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
高速走査トンネル電子顕微鏡を駆使した革新的燃料電池技術の探求
研究代表者
職・氏名
准教授
松島
部局等名
永佳
大学院工学研究院
<研究の目的>
燃料電池や太陽電池などの電気を取り出すクリーンな電池材料では、電極と電解質との異相界面が存在する。高効
率かつ高耐久な電極触媒の開発には、正確な表面構造の解析と高度な表面制御が極めて重要である。そこでは、
1)「いつ、どこで、何が起きているか」を原子レベルから理解
2)理想的な表面構造の指針
3)材料創製のプロセス
が重要である。本研究の最終目標は、原子・分子を操りながら目的とする微細構造物の創成を行い、高効率な電極触
媒を開発し、エネルギー問題の解決に挑む。
<成果>
実施計画で計画してしたキール大学との共同研究による、プローブ顕微鏡用の高周波数の共振回路開発では、
Magnussen教授らとの開発グループとの連携が予想以上に実施することができ、十分に計画見込みが達成できた。ま
た得られた研究成果はSTMのみならず、現在、高速原子間力顕微鏡(Video-AFM)にも応用し、電極界面上のDNA
その場観察や銅電析過程における核発生のその場観察にも成功している。
Video-AFM を用いて、プラスミド DNA のその場観察を行った結果を Fig.1 に示す。連続画像は 10 frame/秒で撮影
したものであり、10 秒ごとの様子を示す。観察開始時では、HOPG 基板上の矢印で示されている画面左側部分に、200
nm 程度の特徴的なリング状の DNA が観察された。10 秒後では画像中央でその物体が見られ、DNA が 10 秒間に 15nm
程度 HOPG 基板上を移動していることが分かった。時折リング構造の一部が波打っている様子(50 秒)が観察され、
短時間の間にリングの一部が振動していることも、Video-AFM 観察により初めて分かった。このように、開発した高
周波数共振回路を AFM にも応用することで、従来の高速プローブ顕微鏡観察では不可能であった柔らかい構造物を
その場観察することに成功した。
0s
10 s
20 s
30 s
40 s
50 s
100 nm
Fig. 1 Sequence of Video-AFM images of DNA plasmid on HOPG substrate without superimposing electrode potential.
35
0s
5s
10 s
15 s
20 s
25 s
200 nm
Fig. 2 Sequence of Video-AFM images of Cu electrodeposition on HOPG substrate (Electrolyte : 1 mM CuSO4)
次に、HOPG基板上の銅電析のその場観察の結果をFig.2に示す。連続画像は-0.5 Vの電極電位にて、10 fame/秒で
観察したものであり、5 秒ごとの様子を示す。
電析開始後5 秒後の時点では画像右上に白いコントラストが現れた。その後、この白いコントラストの面積や
強度が次第に増していく様子が見られ、特に、矢印で示した凹部分が埋まっていく現象が、電析開始5 秒 ~ 25 秒
間にわたって観察された。この白い部分は、銅の析出により表面の高さが高くなったことを意味している。興味深
いことに、今回の実験では20 秒後に基板上の凸部分に核が形成されて、矢印部分に示した300 nm程度の結晶粒に成
長すると、その後の成長の大きな変化は見られなかった。今回のVideo-AFMの動画でも、その律速過程から成長速度
の低下を示唆するものが得られた。
以上得られた研究成果は、燃料電池の電極触媒であるPtナノクラスター触媒を観察する上でも、非常に重要な
知見であり、平成26年度日本金属学会(名古屋)にて招待講演にて発表した。さらに研究資金獲得状況は、本年度
は計5件の助成団体に申請し、JFE21世紀財団による採択に至った。最後に、本事業を通じて研究資金が調達でき、
次年度に繋がる研究継続が達成できる見込みである。
<今後の展開>
現在開発した高速プローブ顕微鏡を応用して、独国イルメナウ大学と連携した「イオン液体中のナノ白金触媒微
粒子のその場観察及び合成研究」の国際共同研究を展開中である。
将来的には、本研究成果で得られた知見を活かして、高速プローブ顕微鏡を駆使した高精度な原子操作に展開さ
せる。その技術を確立させ、複雑な電極界面設計や触媒設計などができ、エネルギー分野への革新的な発展を齎し
たい。さらには、塩基配列の制御を必要とする遺伝子治療への応用など、医療・バイオ分野へも大きく貢献する。
<平成26/27年度公的研究費申請・採択状況>
・H26年度 JFE21世紀財団技術研究助成・H26~H28年度・200万円・採択
・H27年度 アルミニウム研究助成事業・H27~H28年度・80万円・採択
・H27年度 倉田奨励金・H27~H28年度・300万円・不採択
・H27年度 豊田理研スカラー・H27年度・100万円・不採択
36
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
放射性廃棄物ならびに汚染廃棄物における核種移行促進技術の構築
研究代表者
職・氏名
部局等名
助教・橋本勝文
大学院工学研究院
<研究の背景>

放射性廃棄物セメント水和固化処理体の長期挙動において、核種イオンの長期~超長期(数百年~数万年)に
わたる拡散評価を短期間で行える技術が必要とされている。

放射性廃棄物処分施設を構成する人工バリアセメント系材料の核種移行に対する低拡散性能の評価ならびに長
期予測が課題となっている。
<研究の目的>

電気泳動理論に基づき、セメント系材料の超長期にわたる物理化学的な安定性(溶脱現象)を直接評価するこ
とを可能とする試みである。

申請者が先駆的に開発・提案を推し進めて試験装置を用いた国際共同研究を継続し、さらなる成果を達成して
いく活動が急務である。

The University of Sheffield(英国)との国際共同研究を継続的展開を含む国際ネットワークの構築し,これ
を維持・継続する。
<成果>
Cs あるいは Sr を含む放射性廃棄物固化処理体を模擬したセメント硬化体に対し、電気的促進試験を用いて放射性
廃棄物セメント固化体の溶脱挙動を評価した。その結果、以下の知見を得た。
1)
化学的変質について、AFm 相、Ca(OH)2、CsNO3 および NO3 イオンを含むカルシウムアルミネート相の変質速度
は電気的促進試験により 100 倍以上となる。
2)
物理的変質について、電流密度を 25A/m2 とした場合には 8 時間の促進により浸漬試験で 6 カ月以上の現象を再
現できた。
3)
溶脱現象を支配する水和物の分解速度や連続性の高い空隙の形成について、電気泳動による影響を把握するこ
とができた。
また、放射性廃棄物のセメント固化処理体の変質および核種イオンの溶出に関する実験結果を取得することがで
きた。今後の活動においては,変質およびを行い,共同研究者が開発して来た既存の数値解析手法へのモデルの統
合を行うことで数値解析を実施し,シミュレーション結果と実験結果を比較することで,結果の妥当性を示した上
で,本研究の最終目的である放射性廃棄物のセメント固化による適切な処分技術および環境負荷に関する一提言を
示す。
Sheffield 大学との今後の計画の綿密な共同研究計画に関する意見交換および情報共有を進めている。これについ
ては、平成 27 年 6 月~9 月にわたり、Sheffield 大学から Mr. Andrew MacArthur(Ph.D student)を The Immobilisation
Science Laboratory から招へいし、北海道大学にて申請者と共同で実験を行う予定である。
37
<今後の展開>
電気泳動を用いたイオン移動理論に基づく促進試験による超長期挙動のモデル化およびイオン移動シミュレーシ
ョンの実施について,
上記報告の通り,放射性廃棄物のセメント固化処理体の変質および核種イオンの溶出に関
する実験結果を取得することができた。今後の活動においては,変質およびを行い,共同研究者が開発して来た既
存の数値解析手法へのモデルの統合を行うことで数値解析を実施し,シミュレーション結果と実験結果を比較する
ことで,結果の妥当性を示した上で,本研究の最終目的である放射性廃棄物のセメント固化による適切な処分技術
および環境負荷に関する一提言を示す。また,低レベルの放射性物質を含む廃液には,大量の硝酸塩が含まれてい
るとの報告に基づいて,硝酸系の物質を対象に実験を実施してきたが,環境に放出された放射性核種が塩化物系の
物質との反応および沈殿を示すとの報告に基づき,現在では塩化物系の物質を対象にした実験も同時並行的に進め
ているところであり,今後の研究の遂行により,申請時に期待していた成果よりも拡張性の高い知見を示すことが
可能になると考えている。
①【H27年度】
核種イオンを含む固化処理体を
模擬したセメント硬化体の作製
Ø10a100
120
②【H27年度~H28年度】
固化処理体の長期曝露試験の開始
および汚染コンクリート製品・部材の作製
concrete
Ø10a100
300
100
③【H27年度後半~平成29年度】
電気化学的溶出促進装置および実部材
レベルの通電を用いた試験
・装置の適用可能性を拡大
・除染効果に関する基礎的情報
300
100
100
100
RC部材の作製(汚染状況の再現)
④【平成29年度後半~平成30年度】
廃棄物固化処理体からの核種イオンの溶出量に関する予測および新たな除染技術の提案
本研究の最終目標②
セメント系汚染廃棄物からの放射性物質の除染技術を開発
分析例:EPMAによる分析
(研究協力者)
本研究の最終目標①
放射性廃棄物固化処理体の
長期挙動を解明
切削・剥取り
汚染された部材・構造物
汚染廃棄物の移設・保管
設置電極への核種イオンの集約
汚染された部材・構造物
電気化学的処理
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
①公益財団法人 鉄鋼環境基金
汚染廃棄物の減容化
既往の除染方法(上図)および新たに提案する電気化学的処理方法の概念(下図)
第35回(2014年度)環境研究助成(採択済)
高炉スラグ微粉末を用いた放射性廃棄物セメント水和固化体の長期変質挙動
②公益財団法人鹿島学術振興財団
2014年度研究助成(採択済)
セメント系材料および周辺環境中における放射性核種の超長期拡散シミュレーション
③平成27年度(2015年度) 若手研究(A)(申請中)
放射性廃棄物ならびに汚染廃棄物における核種移行促進技術の構築
38
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
分子カプセル/ナノシート超分子複合体を用いた新規人工光捕集系の構築
研究代表者
助教
職・氏名
工学研究院
部局等名
石田洋平
材料科学部門
<研究の目的>
天然植物の光合成は、理想的な光化学反応の一つである。極めて効率良く可視光を捕集し、水を電子源とした光
エネルギー変換反応を実現している。その中で光捕集系は、適切な性質を持った分子が、適切に配列、配向するこ
とで高効率な光エネルギー移動を行っており、密度の希薄な太陽光を利用した光合成反応を行うために欠かせない
機能である(図1)。生体においては、蛋白質が分子の性質を調節し、分子の配列・配向を規定しているが、人工
的に類似の光捕集機能を実現できないだろうか?当グループでは、表面にアニオン電荷を有する無機ナノシート上
にカチオン性の機能性色素を静電的に複合化する事で、独自の分子配列技術を検討してきた。この超分子複合体で
は、例えばポルフィリン分子が高密度に吸着しながら、一定の分子間距離(2.4 nm)を保ち配列する(図2A)。こ
れまでに、粘土ナノシート上に配列した複数種の色素間で、高効率な光エネルギー移動反応、人工光捕集モデルを
提案してきた。本系は新しい学理に基づいた人工光捕集系として画期的である一方、中性の有機分子を利用できな
い点が問題だった。最近、カチオン電荷を有する有機分子カプセルを利用する事でこの問題を克服可能である事を
見出し、幅広い色素群に適応可能な光化学反応系が実現可能になりつつある(図2B)。
0.92 nm
0.94 nm
A
B
N
8+
N
1.05 nm!
N
N
O O
16+
O
+ ++ +
O
N
Et3N
H
N
1.2 nm
O O
O O
N
H
N
2
Et3N
O
O
O
O O
NEt3
O
O
NEt3
O
+
+
+
Et3N
Et3N
例えば
1.8 nm
1.8 nm
2.1 nm
図1.植物の光捕集系の制御
1.2 nm! 2.4nm
2.4 nm!
1.2nm
+
NEt3
NEt3
+
+
+
+
+
+
+
+
+
ピレン in カプセル2
された分子配置
図2.本研究の概略図
エネルギー移動反応
(光捕集)
ナノシート/分子カプセル複合体
本研究課題では、図2AとBを組み合わせ、複数種の中性色素を包摂した有機分子カプセルを無機ナノシート上に
配列する事で、可視光全域を捕集可能な人工光捕集系を構築する。申請者が研究協力者の研究室へ留学しスタート
した共同研究を基に、中性分子を包摂したカチオン性分子カプセルが、アニオン性ナノシート上に高密度に、かつ
安定な構造で配列可能であることを見いだした。この系では、分子カプセルは“包摂している分子に対してはホスト
”として、“ナノシートに対してはゲスト”として働く。ナノシート上に配列された分子カプセル中の2種ゲスト分子
間における高効率な光エネルギー移動反応の実現を目指し、研究を行った。
<成果>
本研究の成果を論文投稿し、すでに掲載済みである。
Ishida, Y.; Kulasekharan, R.; Shimada, T.; Ramamurthy, V.; Takagi, S. Supramolecular-Surface Photochemistry: Supra
molecular Assembly Organized on a Clay Surface Facilitates Energy Transfer Between an Encapsulated Donor and a
Free Acceptor. J. Phys. Chem. C 2014, 118, 10198–10203.
39
この成果は、粘土ナノシート上に有機分子カプセルと有機色素を共存させ、両者の間で光励起エネルギー伝達を
実現したものである。有機分子カプセル内に包摂されたアントラセン誘導体が光エネルギー供与体、有機色素とし
て用いたポルフィリン誘導体が光エネルギー受容体として働き、ほぼ100%の効率でエネルギー移動反応を達成した
。この系は、“有機分子カプセル”と“ナノシート”という2つの超分子系が組み合わさっており、このような異
なる超分子システムのアドバンテージを融合した系はこれまでにほとんど報告がない。
Aromatics within Cationic Organic-Cavitand
Cationic Porphyrin
ca. 100% Energy Transfer
- -- -- - - -- -- - - -
Size-Matching Effect
Clay/Organic-Cavitand complex
Anionic Clay Nano-sheet
図3.ナノシート上に配列された有機分子カプセルと有機分子間の光エネルギー移動反応
<今後の展開>
本研究最大の特徴は、本人工光捕集モデルは、申請者独自の技術、学理に基づき、超分子相互作用によって複合体
形成が成される点である。これまでに報告されている多くの人工光捕集系は、1)吸収波長域の調整が困難、2)
構造の不安定さにより光反応系との連結が困難、などの問題点があった。本人工光捕集系は、1)吸収波長域の調
整、に関して多種の色素を同時に利用することで問題を克服できる。
また、人工光合成の実現を考えたとき、2)光捕集系と物質変換系の連結は最も重要な課題である。超分子相互
作用を基に複数種の有機分子を配列可能な本系は、後続の物質変換や太陽光エネルギー変換系との連結が容易であ
る点が特に優れている。これは、共有結合に由来する他の人工光捕集系にはない本系独自の特徴であり、新しい人
工光合成へのアプローチになると期待している。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
光科学技術研究振興財団、「発光性貴金属ナノクラスターの二次元配列構造制御と、電子励起状態における反応開
拓」、H27〜28年度、計200万円、申請中
寿原記念財団、「金属ナノクラスター二次元配列を原料とする超薄金属ナノシートの合成」、H27年度、120万円、
採択内定
科研費/新学術領域研究 公募研究、「金属ナノクラスターの高次集合構造制御と光エネルギー伝達機能」、H27〜
28年度、計760万円、申請中
笹川科学研究助成《学術研究部門》、「分子カプセル/ナノシート超分子複合体を用いた新規人工光捕集系の構築
」、H27年度、計100万円、申請中
稲盛財団、「金属ナノクラスターを分子として用いる革新的人工光捕集材料の構築」、H27年度、計100万円、申請
中
公益財団法人 花王芸術・科学財団、「金属ナノクラスターを分子として利用する、革新的人工光捕集材料の創製」
、H27年度、計100万円、申請中
40
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
水素脆化機構の普遍的理解 -長寿命材料の知的設計-
助教・國貞雄治
部局等名
大学院工学研究院
<研究の目的>
近年の地球環境問題の深刻化とともに,クリーンなエネルギー源として水素が注目を集めている.しかし,高効
率・安全な水素貯蔵・輸送技術は確立されていない.例えば,水素吸蔵材料や,メタノールや天然ガス(メタン等)
を貯蔵・輸送し,燃料電池を使用する際に水素へと改質する方法等が検討されている.しかし,水素吸蔵材料には
水素吸放出時の圧力・温度の制御や低い重量エネルギー密度,燃料改質には改質装置が必要である事,CO 等の副生
成物の問題があり,実用化には至っていない.一方,70 MPa 高圧水素ガスタンクによる貯蔵では,これまでに確立
されている高い信頼性を持つ高圧ガスタンク技術の蓄積の利用,高い重量・体積エネルギー密度の実現等,多くの
利点がある.そのため,現在燃料電池自動車には高圧水素ガスタンクが用いられている.また,水素ステーション
へ水素を供給する際,タンクの他,パイプラインネットワークを利用する方法が検討されている.しかし,高圧水
素ガスを利用する場合,水素ガスの漏洩や水素脆化に起因する材料劣化が問題となり,実用化に困難が生じている.
そのため,耐水素脆化性が高く,水素遮蔽性の高い内壁用材料(ライナー)の開発が必要となっている.しかし,高圧
水素環境下での水素脆化及び水素透過メカニズムはいまだに明らかになっていない.
材料中の水素を実験的に直接観察することは非常に困難であるため,水素脆化や水素透過に関する研究は耐久試
験や透過試験が主なものである.そのため,原子・電子スケールの知見が不足しており,水素脆化及び水素透過メ
カニズムやその特性決定要因が明らかになっていない.そのため,従来の材料開発では,研究者の経験や勘所に頼
る絨毯爆撃的材料探索が行われてきた.そのため,開発において多量の資源が必要であるという欠点が存在する.
また,しかし,近年の第一原理電子状態計算や計算機性能の飛躍的な発展により,欠陥の影響を原子・電子論的観
点から明らかにする事が可能となっている.
そこで本研究では,密度汎関数理論に基づく第一原理電子状態計算を援用し,タンク及びライナー用材料の水素
透過メカニズムを明らかにし,その特性決定要因を調査する.タンク用材料として鉄,ライナー用材料としてアル
ミニウムに着目する.特に水素-空孔間の相互作用を原子・電子論的観点から理解し,その特性を決定している要因
を明らかにする.これらの結果から,材料表面近傍における水素の挙動を明らかにする.
<成果>
本研究では,鉄及びアルミ表面近傍における水素原子の拡散特性に着目した研究を行った.計算にはウィーン工
科大学で開発された密度汎関数理論に基づく第一原理電子状態計算コードVASPを用いた.これらの表面の中で最も
安定な表面である(111)面方位を取り扱い,これらの表面から水素原子が受けるポテンシャルエネルギー表面を作成
した.表面近傍についての計算のベンチマークとして,これらの金属のバルク中での水素原子の吸着エネルギーも
明らかにしている.鉄(111)表面近傍では水素原子は正八面体サイトに吸着することを明らかにした.さらに,格子
欠陥として空孔を導入し,空孔近傍における水素分子のポテンシャルエネルギー表面を作成した.その結果,空孔
41
と相互作用が互いに安定化させる相互作用を持っていることを明らかにし,鉄中への水素侵入特性において空孔の
存在が大きな影響を与えることを明らかにした.一方,アルミニウム(111)表面近傍には空孔の有無に関わらず水素
原子の安定な吸着サイトは存在せず,水素遮蔽特性に優れていることも明らかにした.
図1
清浄(左)及び空孔を含む(右)F鉄111)表面近傍における水素原子のポテンシャルエネルギー.緑丸と緑破線丸は
それぞれ鉄原子と空孔を表す.ohとthはそれぞれ正八面体サイトと正四面体サイトを表す.
<今後の展開>
本研究で得られた成果を元に,添加元素の影響などを詳細に調査する.また,粒界や析出物界面などの現実の材
料スケールに近い大規模な系を取り扱える手法を開発するとともに,水素分圧や温度などの現実的なパラメータを
考慮に入れた研究を行う.これらの研究により得られた知見から,水素遮蔽特性・耐水素脆化特性に優れた新規材
料の設計指針を得る.また,水素が侵入することによる材料中の電子状態変化などを観察できる透過型電子顕微鏡
を用いた電子エネルギー損失分光法や,材料中の欠陥量などを測定できる陽電子寿命測定法等のシミュレーション
を行い,実験研究とのより効率的な連携を目指す.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・科学研究費補助金
新学術領域研究(研究領域提案型)公募研究
・北海道ガス大学研究支援制度
・科学研究費補助金
採択
若手研究(B)
・東京工業大学研究助成
不採択
不採択
42
継続
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
アクティブ・ラーニング教室における効果的なICT活用の検証
部局等名
准教授・山田智久
国際本部
<研究の目的>
近年、日本国内外において「アクティブ・ラーニング」が盛んになってきている。その流れに伴い、大学はアク
ティブ・ラーニング用の教室やICT(Information and Communication、 Technology)機器の整備に力を入れている。
本学においても、新渡戸カレッジ用のアクティブ・ラーニング教室の大規模改修(S講義棟)が進んでいるが、この
ようなハード面の整備が進む一方で、それらを使う教師、つまりソフト面のICTリテラシーは、依然として低いまま
であるのが現状である。教育の現場でICTが普及しない主な理由として、山田(2012)は、次の2点を挙げている。
(a) 非常に難解なものだと受け止められがちなこと
(b) ICT を使った具体的な授業イメージが掴めないこと
上記の2つの問題から、教室やICT機器を整備しても使われない実情が多く見られる。アクティブ・ラーニング用
の教室が広く活用され、全学的に教育効果を上げていくにはどうしたら良いのか。この問いが本研究の起点であり
、この問いへの答えを検証することが本研究の目的である。そのために主として日本語教師を対象としたICT活用の
実情分析を行うこととした。
<成果>
当初の計画では、ICT活用に関するCan-Do-Statements作成を目標にしていたが、調査を進めるうちに、教育現場で
のICT活用が思いの外進んでいないことが明らかになった。そのため、当初の計画に加え、アンケート調査を行い、
教育現場においてどのようにICTが活用されているかを検証することを第一の課題と設定しなおした。その結果、実
際の教育現場では、パソコン等のデジタル機器の普及は進んでいるが、それらを活用できていない実情が明らかに
なった。また、新たなデジタルデバイスの導入も進んではいるが、具体的な使用場面が想定できないなどの問題が
あるため、活用されているとは言いにくい現状がわかった。そのため、ICT活用に関するオンライン質問紙調査を行
った。その結果(有効回答数121名)、「授業中にパソコンをどの程度使いますか」という問いに対して、「良く使
う45.33%」、「ときどき使う 24%」、「あまり使わない 21.33%」、「使ったことがない 9.33%」との結果が得ら
れた。また、「どのようにICTを活用しているか」との自由記述の問いに対しては、以下の順で回答数が多かった。
1)
PowerPointやWord、YouTubeなどで教材を提示する。
2)
語学に活用できるWebサイトを使って理解を深める。
3)
E-learningサイトを授業中に使っている。
4)
MoodleなどのLMSを使って授業理解を促進する。
これらの回答が示すとおり、現状では、パソコンを使った教材提示が主となっていることが明らかになった。し
かしながら、このような使い方以上を求めているのも事実であるため、どのようなICT活用を望むかについてもオン
ライン質問紙調査に盛り込んだ。その結果は以下の通りとなった(複数回答)。
43
1)
PowerPointを使った授業の質を高めたい (67%)
2)
教材作成に使えるWebサイトを知りたい (62%)
3)
学習者の自律学習を促すICT活用を知りたい (58%)
4)
MOOCなどのこれからの潮流を知りたい (49%)
5)
以上のことが今回の調査から明らかになった。現状を分析すると、ICT活用は、パソコン使用というものに留まっ
ているが、その先にある技術であったり、潮流に関して、まったく関心がないというわけではないことがわかった
。これらのことから、適切なワークショップ等の構築が必要だとの結論に至った。
<今後の展開>
今回の調査で、ICT活用に関するCan-Do-Statementsの作成の基礎情報を得ることができた。次の段階として、得ら
れた情報をKL法で分類する作業を行う必要がある。これらは、たとえば、教材作成に関するものや、授業内での提
示の方法などの目的別でも考えられるし、教師と学習者の視点などの立場別でも整理が可能であろう。
次いで、上記の項目の下に、難易度別に項目を整理する作業を行う。その上でワークショップを実施し、実際の
難易度を測定する作業がある。これら一連の作業を繰り返し、ICT活用に関するCan-Do-Statementsの信頼性を高め、
ICTリテラシー向上に向けた研修デザインへとつなげたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(C))「Can-Do-Statementsを利用した日本語授業におけるICT活用の体系
化」・H27~29年度・400万円・不採択
H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))「東アジア圏の複言語主義共同体の構築―多言語社会香港からの示
唆」・H27~29年度・2000万円・採択
44
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
Microvesicle microRNA を介した骨による遠隔臓器制御機構の解明
テニュアトラック助教・佐藤真理
部局等名
歯学研究科
<研究の目的>
骨を構成する3つの細胞(骨芽細胞、破骨細胞、骨細胞)の中でも90%以上を占める骨に埋め込まれた”骨細胞”の
役割はほとんど分かっていない。申請者は骨細胞が骨の改造のみならず、胸腺や末梢白色脂肪組織といった遠隔臓
器をも制御していることをこれまで明らかにしてきたが、骨細胞が一体どのようにして骨から遠く離れた臓器を制
御しているかは不明である。最近、骨細胞が細胞外小胞であるmicrovesicleを放出しており、末梢血中にも骨細胞
由来のmicrovesicleが観察されることが報告されたが、microvesicleを放出し血中にのせることで骨細胞が遠隔臓
器を制御している可能性は検討されていない。申請者は骨細胞が放出するmicrovesicleの中に閉じ込められたmicro
RNAを介して骨細胞が遠隔臓器を制御している、という仮説を明らかにすることを研究の目的とする。
<成果>
骨細胞株MLO-Y4とコントロールである骨髄細胞株ST2の培養上清中のmicrovesicleからRNAを回収し、各細胞から抽
出したRNAとともにmicroRNAアレイを行った。Bioanalyzer 解析によると、細胞から抽出したRNAにくらべてMicrove
sicleから抽出したRNAには18sまたは28s rRNAの量は少ないもののmicroRNAを含む25塩基付近のsmallRNAはほぼ同
量であった。microRNAアレイ解析により、骨細胞株MLO-Y4のmicrovesicleから913種類のmicroRNAが同定され、コン
トロールであるST2のmicrovesicleから同定された631種類より多かった。さらに、MLO-Y4細胞RNAから同定されたmi
croRNAは334種類であり、microvesicleの方がより多くの種類のmicroRNAを含んでいることが分かった。なお、細胞
内で同定されたmicroRNAの98%(329種類)はmicrovesicle中でも同定された。さらに骨細胞株MLO-Y4のmicrovesicl
eに特異的なmicroRNAを同定するため、コントロールであるST2のmicrovesicleに含まれるmicroRNAと比較してMLO-Y
4のmicrovesicle中で発現量が2倍以上高いmicroRNAを検索したところ158種類が同定された。しかし、microRNAアレ
イではprimary miRNAやprecursor miRNAといった未成熟のmicroRNAをも検出する可能性がある。また、MLO-Y4のmic
rovesicleにどのmicroRNAがどれだけの量含まれているかは不明である。そこでMLO-Y4のmicrovesicle RNAを用いて
次世代シークエンサーによる解析を行った。アダプター配列をトリミング後、1塩基以上のリードは9954039リード
であり、成熟microRNAを含む18-25塩基のリード数は1236918リードであった。さらにmiR baseにて公開されている
既知のmiRNA配列データベースに対してBlastnによる相同性検索を行ったところ、527種類の成熟microRNAが同定さ
れた。それらの内で、リード数が30以上かつmicroRNAアレイでMLO-Y4 microvesicleに特異的なmicroRNAと同定され
たものは47種類であった。47種類をリードカウント順に並べたところ、30-49リード数のmicroRNAは5種類、50-99リ
ード数のmicroRNAは9種類、100リード数以上は33種類であった(Table1)。現在、骨細胞にダメージを与えた遺伝
子組み換えマウスまたはWild typeマウスの血清中から抽出したmicrovesicle RNAを用いたmicroRNAアレイの結果
において、これら47種類のmicroRNAの発現変化を調べているところである。
45
<今後の展開>
骨細胞にダメージを与えた遺伝子組み換えマウスまたはWild typeマウスの血清中から抽出したmicrovesicle RNAを
用いたmicroRNAアレイの結果において、これら47種類のmicroRNAの発現変化を調べる。これにより、血中を介し
て遠隔臓器に送られているであろう骨細胞microvesicleに特異的に含まれるmicroRNAを同定する。候補として絞り込
まれたmicroRNAのmimicを作製し、脂肪細胞、胸腺細胞、筋細胞(細胞株もしくはマウスより単離抽出したprimary
cell)にmicroRNAを過剰発現させることで、細胞の形態や機能、分化能の変化をqPCR、免疫蛍光染色などで確認す
る。加えて、骨細胞培養株MLO-Y4上清から回収したmicrovesicleを脂肪細胞、胸腺細胞、筋細胞(細胞株もしくは
マウスより単離抽出したprimary cell)に直接添加することで上記と同様な変化が見られるかを検討する。上記の結
果より骨細胞microvesicle特異的microRNAが関与する遠隔臓器におけるターゲット遺伝子を同定する予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
1. 公益財団法人 秋山記念生命科学振興財団 2014年度研究助成(奨励):採択
2. 公益財団法人 武田科学振興財団 2014年度医学系研究奨励(基礎):採択
3. 一般財団法人 サンスター財団 金田博夫研究助成基金 平成26年度 海外留学助成:採択
4. 科学研究費補助金 平成27年度(2015年度) 若手研究(B):申請中
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
イヌのリンパ腫自然発症例におけるDNAメチル化のゲノムワイド解析
特任助教・山﨑
部局等名
淳平
大学院獣医学研究科
<研究の目的>
イヌに⾃然発症する腫瘍はその形態や病態がヒトのそれらと相似し、ヒトに近いモデルとして疾患のメカニズム
の解明および新規治療法の開発に重要である。このうち、リンパ腫はイヌにおいて最も発⽣率が⾼い腫瘍の1つで
あり、ヒトのリンパ腫にも類似した特徴が多い疾患である。ところがイヌのリンパ腫における原因については未だ
不明な点が多く、その発⽣機序に関して明らかでないことが多い。そのため、既存研究にはない、新規かつ独創的
なアプローチの研究が必要であると考えた。
エピジェネティックなメカニズムの研究はこの10年ほどで⼤幅に進歩したが、獣医領域における知⾒は⾮常に
乏しく、リンパ腫に関しても同様である。⼀⽅、近年の次世代シークエンサーの発達は疾患のメカニズム解明に⼤
きな影響を与えているが、獣医領域、特に臨床的な疾患についての汎⽤はされていない。
申請者はエピジェネティクスおよび次世代シークエンサーについてヒトの研究分野における最先端の知⾒・経験
を得ているため、これら2つの新規要素をイヌのリンパ腫⾃然発症例モデルへ応⽤することにより、未だ不明であ
るイヌのリンパ腫のメカニズムを解明できる可能性を⾒出した。エピジェネティクスに関する網羅的解析研究を進
めるために必要な次世代シークエンサーを⽤いるプロセスに館煤基盤を築くことを本経費による主な⽬的とした。
<成果>
次世代シークエンサーを利⽤したDNAメチル化のゲノムワイドな解析法である、DREAM(Digital Restriction
Enzyme Analysis of Methylation)法のイヌにお
ける応⽤の可能性の検討を⾏うため、まず、DREA
M法にのっとった⼿技による、次世代シークエンサ
ー⽤のライブラリ作製の検討を⾏った。イヌのリ
ンパ腫腫瘍細胞株をサンプルとして⽤いり、DREA
M法の主な特徴であるDNAメチル化感受性/⾮感
受性の制限酵素ペアでゲノムDNAを切断後、市販
の次世代シークエンサー⽤のライブラリ作製⽤キ
ットを⽤いて⾏った。調整したサンプルをバイオ
アナライザーによって質をチェックしたところ、⽬的とする領域の断⽚の増幅を確認した(図)。
同様に、3種類(CLC, UL-1, Ema)のイヌのリンパ腫腫瘍細胞株をサンプルとして⽤いり、次世代シークエンサ
ーのランを⾏う前段階までの⼿技の確認、特に必要な試薬や処理の⽅法の確認をすることができた。我々が使⽤予
定である次世代シークエンサー(Ion Proton, Life Technologies)は、DREAM法の樹⽴者が使⽤する次世代シー
クエンサー(HiSeq, Illumina)とは異なる機器であるが、その対応も完了できたと考えている。実際の次世代シーク
エンサーのランにはさらなる費⽤が必要なため、現在他経費によるさらな資⾦の獲得を検討中である。
47
次世代シークエンサーから得られるデータのイヌゲノムへの応⽤に関しては、DREAM法の樹⽴者であるDr. Jar
oslav Jelinek (Temple University)、Dr. Matteo Cesaroni (Temple University)ら⽣物情報統計学者との連携
が必要と考えられたため、これらハード⾯における問題をクリアするために、海外出張を⾏った。結果、上記⽣物
情報統計学者によるその実現性の確認を得ることできた上、イヌゲノムへ対応させるためのデータマイニング、ま
た今後のデータ処理の協⼒に関する合意を得ることができた。具体的には、本申請者が次世代シークエンサーによ
るfastqデータの取得後、前述の⽣物情報統計学者へ送信、先⽅にてイヌゲノム⽤に特化したDREAM法のデータア
ウトプットを⾏い、本申請者へと返送するといったデータ処理プロセスの確認ができたことにより、最⼤の障壁で
あった部分の解決を図ることができた。
(海外出張の実施状況)H26.10.16〜H26.10.22の⽇程でアメ
リカ・ペンシルバニア州、フィラデルフィアのTemple Unive
rsityへの出張を⾏い、DREAM法の樹⽴者であるDr. Jaroslav
Jelinek (Temple University)との⾯談の機会をもった。これ
により、実際にイヌゲノムへのDREAM法の応⽤について、同
席した⽣物情報統計学者らも含めて英語にて活発なディスカ
ッションを⾏った(右写真)。
<今後の展開>
今後、細胞株サンプルおよび実際のイヌのリンパ腫症例由来のゲノムDNAを⽤いて今回⼿技の確認を⾏った処理
によりライブラリ作製を⾏い、次世代シークエンサーにてDNAメチル化のゲノムワイドな解析を⾏う予定である。
また、北海道⼤学動物医療センターに来院するイヌのリンパ腫症例のDNAサンプルを定期的に採取する予定であり
、本研究における信頼性を得るための症例数(20-30症例)を得るために継続する。また、国内においても東京⼤
学を始めとした他⼤学へのサンプル提供の依頼も⾏っているが、特にイヌのリンパ腫のサンプルを多く所持してい
る東京⼤学獣医内科学教室の辻本元教授とディスカッションすることにより、サンプル提供の依頼および双⽅のプ
ロジェクトによるさらなるデータの向上について合意を得ることができたため、当初の予定よりも規模を⼤きくす
ることが可能と考えられる。
次世代シークエンサーの実際のランにはさらなる費⽤が必要なため、他経費による資⾦の獲得を検討中であった
が、先⽇、H27年度科学研究費助成事業(若⼿研究(B))・H27〜H28年度・320万円が採択されたため、今後シーク
エンスのランを実⾏し、シークエンスデータのクオリティチェックなどデータ取得以降の過程、特に当経費によっ
て築くことのできた⽣物情報統計学者との連携によってデータ処理および解析のプロセスに進む予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・H27年度科学研究費助成事業(若⼿研究(B))・H27〜H28年度・320万円・採択
・H27年度秋⼭記念⽣命科学振興財団研究助成・H27年度・50万円・応募中
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
糖鎖の動的挙動を利用した超分子材料の創製
准教授・小山
部局等名
靖人
触媒化学研究センター
<研究の目的>
本研究では天然糖鎖及び人工糖鎖の精密合成法を開発し、各糖鎖の動的挙動を精査することを目指し研究を推進
した。最終的には、糖鎖の多点認識・不斉内孔・刺激応答性を活用した新材料の創製を目指す。
意義・価値・構想:細胞の情報伝達において、糖鎖が特定の分子を認識することで多様な生理機能が発現する。ま
た感染・疾病も糖鎖の会合が引き金になることが知られているため、糖鎖の動的挙動や分子認識機構の解明は危急
の課題である。本研究では糖鎖を生命科学者が持ち得ない視点で合成・活用し、また糖鎖を超分子材料の題材とし
ながら学内・学外・分野内外の共同研究を推進することで、真の糖鎖の特性解明や有用な新材料の創製の分野に貢
献することを目指し、研究を実施した。
<成果>
本研究では特に①天然糖鎖である(1→2)-β-D-グルコピラナン{nD--Glcp-(1-2)}と②アミロースの6~8モノマー
ユニットに1つの機能性素子を規則的に組み込んだ人工糖鎖の合成及び特性評価に分類して研究を推進した。
①
天然糖鎖(1→2)-β-D-グルコピラナン{nD--Glcp-(1-2)}の合成と特性評価
昨年度までに環状サルファイトをモノマーとして用い
たアニオン性開環重縮合によるnD--Glcp-(1-2)の合成に
ついて検討を行っていたが、末端に開始剤を効果的に導入
することが困難で再現性の低い合成法であった。この研究
を深耕した結果、反応によって生じた二酸化硫黄と溶媒と
して用いたDMFが反応して、ゴム状硫黄と水が副生し反応
を阻害していることを明らかとした。脱水剤の添加によ
り、水の除去が可能であることが分かったものの、より再
現性の高い重合法を確立すべく、本年度は特に環状サルフ
ァイトのカチオン性開環重縮合について検討した。結果と
して、ペンテノールを開始剤、TfOHを酸触媒、MS 3Aを脱水剤として用い、ジクロロメタン中で重合を行うと、二酸
化硫黄の脱離を伴う重合が進行し、ペンテノイル基を片末端に有するnD-Glcp-(1-2)が得られることが明らかとなっ
た。アノマー位の立体化学は反応温度の制御によってコントロール可能であり、低温反応ではβの立体構造を有す
るポリマーを優先的に得ることが可能であり、昇温するにつれてαアノマーの生成量が増加することが分かった。
②
人工糖鎖:精密改変アミロースの合成と特性評価
アミロースの主鎖構造を精密に改変した人工糖鎖:構造改変アミロースの合成と特性評価について研究を推進し
た。今回、末端アルキンと任意のスペーサー構造を有するパーメチル化ヘキサ、ヘプタ、及びオクタ--マルトシル
アジド(n = 4, 5, and 6)をモノマーとして用い、これを重付加反応(クリック重合)することで、糖ユニットの
向きを完全に制御しながら主鎖にスペーサー構造が規則的に導入された構造改変アミロースが得られることを明ら
かとした。得られた構造改変アミロースの構造特性、溶液特性、及びゲスト包接挙動について評価した結果、合成
したポリマーは様々な有機溶媒及び水に可溶であり、CD測定の結果から天然のアミロースと同様に左巻きのらせん
構造を有していることが分かった。またポリマー水溶液はLCSTを示し、ポリマーに含まれるスペーサーの割合が多
くなるに連れて、LCST温度が低くなることが分かった。さらにポリマー水溶液にゲスト分子(ターチオフェン)を
加えると、ゲストはポリマーに包接されて水に溶解し、不斉ねじれ構造がゲスト上に誘起されることを明らかとし
た。固体状態での分子構造を明らかとすべく、各種ポリマーのXRD測定を行った結果、多重らせん構造を持つαケ
ラチンやDNAに特有なピークパターンを示した。アミロースの結晶系は2重らせん構造を持つことがこれまでに知
られており、本合成ポリマーも多重らせんを結晶中で有している可能性があることが示唆された。
49
雑誌論文
1) “Linear-cyclic polymer structural transformation and its reversible control using a rational rotaxane strategy”
Takahiro Ogawa, Naoya Usuki, Kazuko Nakazono, Yasuhito Koyama, Toshikazu Takata, Chem. Commun. 2015, in
press. (査読有り)
2) “Cyclodextrin-Based Size-Complementary [3]Rotaxanes: Selective Synthesis and Specific Dissociation”, Yosuke
Akae, Yasuhito Koyama, Shigeki Kuwata, Toshikazu Takata, Chem. Eur. J. 2014, 20, 17132-17136. (査読有り)
3) “Fluorescent poly(boron enaminoketonate)s: synthesis via the direct modification of polyisoxazoles obtained from
the click polymerization of a homoditopic nitrile N-oxide and diynes” Tohru Matsumura, Yasuhito Koyama,* Satoshi
Uchida, Morio Yonekawa, Tatsuto Yui, Osamu Ishitani, Toshikazu Takata*, Polym. J. 2014, 46, 609616. [Selected
as a Cover Art Picture] (査読有り)
4) “Synthesis of Highly Reactive Polymer Nitrile N-Oxides for Effective Solvent-Free Grafting” Chen-Gang Wang,
Yasuhito Koyama,* Satoshi Uchida, Toshikazu Takata,* ACS Macro Lett. 2014, 3, 286290. (査読有り)
5) “Gigantic chiroptical enhancements in polyfluorene copolymers bearing bulky neomenthyl groups: importance of
alternating sequences of chiral and achiral fluorene units” Kento Watanabe, Yasuhito Koyama, Nozomu Suzuki,
Michiya Fujiki, Tamaki Nakano, Polym. Commun. 2014, 5, 712–717. (査読有り)
6) “Photo-induced helix-helix transition of a polystyrene derivative” Yue Wang, Takeshi Sakamoto, Yasuhito
Koyama, Yuma Takanashi, Jiro Kumaki, Jiaxi Cui, Xinhua Wan, Tamaki Nakano, Polym. Chem. 2014, 5, 718–721.
(査読有り)
7) “Stimuli-Degradable Cross-Linked Polymers Synthesized by Radical Polymerization Using A
Size-Complementary [3]Rotaxane Cross-Linker” Keisuke Iijima, Yasuhiro Kohsaka, Yasuhito Koyama, Kazuko
Nakazono, Satoshi Uchida, Shigeo Asai, Toshikazu Takata,* Polym. J. 2014, 46, 6772. [Selected as a Cover Art
Picture] (査読有り)
8) ニトリルオキシドのクリック反応を用いる高効率グラフト反応及び架橋反応, 小山靖人,* 高田十志和,* 日本ゴ
ム協会誌, 2014, 87, 96-102. (査読有り)
9) “Synthesis of topologically crosslinked polymers with rotaxane-crosslinking points” Yasuhito Koyama,* Polym. J.
2014, 46, 315322. (査読有り)
図書
1) クリックケミストリー-基礎から応用まで-, Ed. 高田十志和, 小山靖人, 深瀬浩一(株式会社シーエムシー出版,
東京、2014.
<今後の展開>
項目 については、天然物の誘導化や活性試験も重要な今後の展開であると考えているが、グリコシル化反応活
性な末端基を利用することで、ブロックコポリマーや環状ポリマーが調製できると考えられ、それらも併せて検討
する。
項目 については、低分子モデルを作成し、2重らせん形成を確認することや、ゲスト包接挙動の精査・応用展
開が重要な展開になると考えている。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・平成27年度科学研究費補助金 新学術領域研究(公募研究)「らせんの不斉内孔を利用した光学活性元素ブロ
ック材料の創出」、平成27年度、600 万円、応募中
・平成27年度科学研究費補助金 新学術領域研究(公募研究)「イソニトリル群の簡便合成法の開発に基づく機
能性高分子材料の創製」、平成27年度、500 万円、応募中
・平成27年度科学研究費補助金 挑戦的萌芽研究「革新的構造材料の創製に向けたポリペプチドの交互共重合法
の開発」、平成27年度、500 万円、応募中
50
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
細胞分裂における細胞膜変形の分子メカニズムの解析
部局等名
特任助教・上原亮太
創成研究機構・
研究人材育成推進室
<研究の目的>
【背景・価値】細胞分裂は生命を次世代に継承するための必須の細胞現象である。とくに、複製した遺伝情報を2
つの娘細胞に分配しながら細胞膜をくびり切る「細胞質分裂」の制御異常は癌などの重大な疾病の原因となること
から、その制御の分子メカニズムの解明は生物学・医学の重要課題である。
【目標】本研究では、細胞質分裂を制御する収縮構造「収縮環」が正しい細胞分裂位置に形成される制御メカニズ
ム、および収縮環と細胞膜をつなぎ留める分子装置の同定を通して、細胞質分裂時の収縮環および細胞膜変形の動
態を明らかにすることで、微視的な分子間相互作用が精密な細胞変形運動へと統合される物理的な仕組みを明らか
にすることを目指す。
<成果>
本研究を通して、分離染色体の間の領域に中心体非依存的に形成される中央紡錘体微小管が、収縮環成分と細胞
膜の連携に関わる因子アニリンの分裂位置への集積を制御することで、収縮環を細胞の正しい位置に形成して正し
い細胞変形の制御に必須の役割を果たしていることを発見した。以上の成果を現在下記の学術論文誌に投稿し、peer
review中である。成果の一部を下記の学会にて報告済みである。
(雑誌論文,学会発表,図書等)
・雑誌論文(現在査読審査中)「Augmin shapes the anaphase spindle for efficient cytokinetic furrow ingression
and abscission」/(Molecular Biology of the Cell)/査読有/
・学会発表「細胞質分裂制御における中心体非依存的微小管の役割/生体運動班会議/H27.1.7-9」
51
<今後の展開>
上記で明らかにした、分裂位置決定機構を受けて、今後はその制御機構の下流で、収縮環がどのように分裂位置に
おいて細胞膜と相互作用して膜変形を引き起こすかということにフォーカスを絞って研究を展開する。具体的には
、収縮環・細胞膜係留因子を特定するために、分裂位置に集積する細胞膜貫通タンパク質をプロテオーム解析によ
り探索する。従来の除膜タンパク質画分を対象としたプロテオーム解析から着想を大きく転換し、細胞分裂位置特
異的な糖鎖修飾を手がかりとして、細胞外部に露出した被修飾成分を網羅的に同定することにより、細胞膜を貫通
する分裂制御因子を明らかにする。
さらに、特定した膜タンパク質と収縮環構成分子をニポウディスク型共焦点顕微鏡を用いた高解像度生細胞イメー
ジングにより同時観測することで、両者の相互作用および解離のカイネティックスを定量解析する。これらの研究
アプローチを通して、細胞質分裂の制御機構の全容解明の鍵となるアクチン・ミオシン収縮運動の細胞膜への伝達
機構を明らかにする。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
(H26 年度研究費応募状況)
・ H27 年度科学研究費助成事業(若手研究(A))・H27~H29 年度・1700 万円・不採用
・ H27 年度科学研究費助成事業(挑戦萌芽)・H27~H28 年度・300 万円・採用
・ H27 年度科学研究費助成事業(新学術)・H27~H28 年度・1000 万円・不採用
・H26 年度武田科学振興財団研究助成・H27 年度・200 万円・採用
・H26 年度秋山記念生命科学振興財団研究助成・H27 年度・100 万円・採用
・ H26 年度上原記念生命科学財団(研究奨励金)・H26~H27 年度・200 万円・採用
・H26 年度ノーステック財団研究助成・H27 年度・40 万円・不採用
・H26 年度住友財団研究助成・H27 年度・500 万円・不採用
・H26年度内藤財団若手ステップアップ研究助成・H27-29年度・1500万円・不採用
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
ショウジョウバエを用いた、匂い情報処理の体調に応じた調節機構の研究
部局等名
特任助教・田中暢明
創成研究機構
<研究の目的>
我々は匂いを常に一定に感じているわけではない。空腹時であれば食物の匂いに対する感受性が強くなったり、
妊娠時には従来好きだった匂いに吐き気をもよおしたりする。様々な遺伝学的手法を活用できるショウジョウバエ
も同様である。
これまでに、24 時間絶食させたハエと餌を与え続けたハエとで、餌の匂いを選択する行動に違いがあることを行
動実験で明らかにしてきた。この研究をさらに発展させて、体調に応じて、匂い情報を処理する神経の応答に生じ
る可塑的な変化や、その変化をひきおこす神経機構、また、ハエが匂いを選択して定位する神経機構を調べ、動物
が個体の内的な環境(体調や気分)に適応した行動をとるメカニズムを明らかにしていくことを本研究の目的とす
る。
<成果>
ショウジョウバエの嗅覚系の末梢神経に、神経の活動をリアルタイムでイメージングすることを可能にするGCaMP
遺伝子を発現させて、空腹のハエと満腹のハエの餌の匂いに対する神経応答を記録した。そうして得られた生理実
験のデータは、複雑、かつ膨大な情報量となった。そこで、インド・ハイデラバード大学のJoseph准教授と共同で
多変量解析を行った。具体的には、4段階の匂い濃度の餌臭刺激に対する、多数の神経細胞の匂い応答のデータから、
空腹のハエと満腹のハエとで異なる応答が観察されるか、また、匂いに対する応答行動と関連のある神経応答が観
察されるか、主成分分析で検討してみた。その結果、空腹のハエと満腹のハエとでは、匂いに対する応答が全く異
なることが明らかになった。しかし、空腹によって生じる行動の変化と関連のある神経応答を解明するためには、
生理実験のデータ数をさらに増やす必要があることがわかった。
本研究の実施に際し、Joseph准教授の研究室
を訪問し、議論を行った。その際に、ハイデラ
バード近郊の神経科学分野の研究者が集まり、
ハイデラバード神経科学シンポジウムがとり行
われた(左写真は、そのシンポジウムの開始に
行われたインド独特の点火式)。私も「Drosop
hila olfactory system and Cephalopod Brain
」というタイトルで、本研究課題の成果を講演
することができた。また、ハイデラバード大学
の生命科学科や神経・認知科学センターの研究
室を訪問し、その設備の充実ぶり、真摯に研究
する学生らに感銘を受けた。
53
本事業の支援のもと、総合研究大学院大学の
蟻川謙太郎教授の研究室にも訪問し、感覚情報
処理の研究方法に関する情報収集を行った。そ
の際、同行した大学院生の八木亮輔君が「Prot
ocerebral areas connected with multiple pr
imary sensory centers in Drosophila」という
タイトルで研究成果の発表を行い、今後の研究
の発展に結びつきそうな様々な議論をすること
ができた(左写真)。
<今後の展開>
ショウジョウバエでは、絶食条件下でインシュリンやドーパミンなどが働くことによって、末梢の感覚神経の匂
い応答が大きくなったり、味覚応答の感度が良くなることが報告されている。しかしながら、我々が行動実験で明
らかにした、行動を誘発する感覚刺激の強さの閾値全般の制御機構についてはまだ明らかにされていない。様々な
精神疾患の症状に、微弱な感覚刺激に過敏に反応したり、逆に非常に強い刺激に対して鈍感になる例が報告されて
いる。感覚応答を誘発する刺激強度の閾値のそうした異常は、生体アミン(セロトニンなど)の神経伝達を標的と
した薬剤の投与でおさまることがわかっているが、そもそも異常が生じる要因については完全には解明されていな
い。健常なハエをモデルに、個体のコンディションに応じて閾値を変化させる機構を調べながら、将来的には、遺
伝子改変動物を用いることで、その異常を誘発する分子機構を調べ、精神疾患の発症因子の同定に向けて研究を発
展させていきたい。
また、本研究の生理実験で得られた感覚神経の入力パターンを、我々が同定してきたハエの実際の嗅覚系神経回
路を模倣したモデル・ネットワークに導入することで、ハエが匂い源に定位する際の脳内情報処理過程のモデル化
を行いたい。その上で、絶食によってひきおこされる感覚入力の変化が匂い情報の処理にどのような変化をもたら
すのか、そのモデルを用いて推測し、その後、ショウジョウバエの遺伝学的手法を用いて、そのモデルによる推測
を実験的に検証していきながら、匂い情報処理の体調に依存した調節機構をより深く解明していきたいと考えてい
る。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
H27年度水産無脊椎動物研究所個別助成・H27年度・70万円・応募中
H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))・H27~H30年度・1950万円・応募中
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
TEM中溶液反応実験による結晶核生成機構の解明
部局等名
准教授・木村 勇気
低温科学研究所
<研究の目的>
従来、溶液中での核生成実験では、多くの系で準安定相や非晶質が前駆体として析出する核生成過程が信じら
れている。しかし、“その場”観察に光学顕微鏡や光散乱が主であるために、何の結晶の核生成であるかは“その場
”では確認できないこともあり、直接的な証拠は乏しいのが現状であった。例えば、主流である光学顕微鏡観察
では理論的にサブミクロンが分解能の限界であり、原子間力顕微鏡では空間中で起こる3次元的な均質核生成を観
察できない。また、ナノ領域の核生成は光散乱や吸収スペクトルなどの間接的な測定を元に議論されており、準
安定相のかかわりなど、ダイナミクスには迫れていない。一方で、核生成過程を凍結乾燥させた試料を透過電子
顕微鏡(TEM)でex-situ観察することは行われているが[1,2]、凍結時の過飽和度の急激な変化は避けられない。
TEM観察では、結晶の成長速度、形、集合、配列、サイズなどが直接観察できるだけでなく、電子回折により結
晶構造も“その場”で決定できる。しかし、TEM中では高真空が必要であるために、溶液を用いた研究は従来不
可能であった。これに対して、近年、特殊なセルや[3]、二枚のグラフェンに溶液を閉じ込めて水溶液中での核生
成過程をナノスケールで観察した報告がなされている[4]。しかし、準備から観察までに時間を要するため、核生
成は電子線によって誘起できる系に限られ、非常に限定的な成果に留まっている。本研究課題では、TEMによる
溶液成長の“その場”観察実験を行い、核生成過程を相同定を含めてナノスケールで直接観察することで、均質核生
成過程解明の突破口を拓くことが目的である。これにより、マクロな視点が主であった核生成過程をミクロな視
点からアプローチでき、メゾ領域特有の物性や現象を取り入れることも可能になる。今回、塩素酸ナトリウムの
キラリティ発生メカニズムやカルサイトの相決定機構、タンパク質の核生成過程の解明を直近のターゲットに、
イオン液体を溶媒として用いる手法と、溶液セルを用いる手法の二つの異なる方法で研究を行った。
①
真空に入れられる液体として注目されている、イオン液体を溶媒とした実験
イオン液体を溶媒とすることで、既存のTEM加熱ホルダーなどを使用できる。その結果、溶液中での現象を
温度(過飽和度)制御下でナノオーダーで観察できる。
②
隔膜を用いて水溶液を導入可能なフルイド反応TEMを用いた実験
水溶液中における核生成過程は水和構造が鍵であると考えている。水の無いイオン液体を用いた実験との比較
により、水和構造の影響を検証する。TEM観察、および加熱実験は申請者が立ち上げたフルイド反応TEMと加熱
ホルダーを用いて実施する。
[1] Pouget et al. Science 2009. [2] Dey et al. Nature Mat. 2010. [3] Zheng, et al., Science, 2009. [4] Yuk, et al. Sc
ience, 2012.
<成果>
我々は TEM に溶液を導入できる液体セルを備えた試料ホルダーを 2012 年に日本で初めて導入して最適化を進め
てきた、その結果、二種類の溶液を混合したり、溶液を流しながら反応条件を変化させながら観察できるようにな
り、本年度、TEM 観察下で 2 液を混合して核生成の瞬間から観察することに成功し、ついにフルイド反応 TEM
(FR-TEM)として確立できたと言えるまでになった。その結果、TEM 像のコントラストや電子回折パターンから
55
結晶構造を同定しながら、単純な成長や溶解だけでなく、相転移や融合成長、凝集などを実験条件とその場で 1 対
1 対応できた。サイズや形、結晶構造、欠陥や転移などの結晶の特徴は、結晶化過程における過飽和度やその温度
での界面エネルギー、冷却のタイムスケール、結晶成長速度、成長ユニットの取り込み様式などに依存する。実験
から得られるナノ粒子の界面エネルギーやカイネティック係数を用いて核生成理論を利用すれば、生成物の予測が
可能になり、ボトムアップによるナノ材料生成の効率が飛躍的に高まると期待できる。
アメリカ合衆国の Jim de Yoreo のグループを中心として、最近 oriented attachment や two step nucleation と呼ばれる
結晶化過程が提唱され、世界の様々なグループがこぞって研究を始めており、世界的にホットな領域となっている。
この流れの中で、我々は母相からの結晶の核生成過程が、準安定相を経ることを発見し、multistep nucleation pathway
として提案するに至った。この成果は多分野で重要になると考えられ、現在論文を投稿中である。
<今後の展開>
TEMによる溶液成長の“その場”観察実験を行い、結晶が生成する最初期の核生成過程を可視化することは、バ
イオミネラリゼーション過程の解明や生体適合材料の作製などに飛躍的展開をもたらすと期待できる基礎研究とな
る。今後は、例えば塩素酸ナトリウムや炭酸カルシウムに関して、水和層を作る水溶液と作らないイオン液体中で
の核生成過程をそれぞれTEM観察し、核生成理論とのずれから水和層の役割を解明する。これにより、これまで行っ
てきたナノ領域の物性を取り入れた核生成モデルの構築に加えて、水和層も考慮し、塩素酸ナトリウム結晶のキラ
リティ発生メカニズムやバイオミネラリゼーションにおける炭酸カルシウムの相決定機構、タンパク質の核生成過
程などの理解を飛躍的に進める。
平成27年度はスロベニアとの二国間交流事業に採択されており、その中で溶液中での核生成に加え、光触媒とし
ての性能や劣化過程をその場で半定量的に評価できる手法を確立する。Ti(OH)xを含んだ水酸化物を用いたゾル-ゲ
ル法により粒子を生成する。また、生成した二酸化チタン光触媒液に金粒子を分散して金の付着を指標とすること
で、紫外線照射による光触媒の活性度を半定量的に評価できる。ここで、紫外線の光源は光ファイバーで試料位置
近傍まで導入する。ナノ粒子にUV照射を行い、その触媒反応過程をTEM中で観察する研究では、環境ホルダーを用
いてガス雰囲気を制御した環境で行われてきた。しかし、水中での使用環境と同様の条件で光触媒反応をその場観
察した例はない。この研究では、TEM中溶液観察とUV照射を融合させた独創的な実験を行い、従来の触媒活性効果
の粒子依存性に関する定性的な知見を、その場観察により1対1に対応付けることで、半定量的に議論できるように
展開していく予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(S))・H27~H31年度・1億7285万円・応募中(ヒアリングに選
定)
・H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(A))・H27~H30年度・5000万円・不採択
・二国間交流事業 スロベニアとの共同研究・H27~H28年度・500万円・採択
・宇宙航空研究開発機構 平成26年度国際共同ミッション推進研究・H26年度・40万円・採択
・平成26年度宇宙航空科学技術推進委託費・H26~H28年度・6020万円・不採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
多孔性金属錯体を利用した炭化水素分離材料の開発
研究代表者
部局等名
准教授・野呂真一郎
職・氏名
電子科学研究所
<研究の目的>
多くの化成品原料となる炭化水素プロピレンの世界の需要は逓増し、2016年には日本の総生産の3倍の需要が予測
されている。また、タイヤの原料である炭化水素1,3-ブタジエンは石油クラッキングの副産物としてのみ得られる。
これらは石油から天然ガスへの原材料シフトに伴い供給不足に陥ることが懸念されており、石油に代わる天然ガス
(シェールガスを含む)から産業の基幹化学品であるプロピレン、1,3-ブタジエンの製造プロセスの基盤技術開発が
求められている。その一つとして分離プロセスの低コスト化が挙げられる。現在は粗製ガスを100m程の多段蒸留塔
や溶媒抽出等の操作により分離精製しており、その設備投資は高価になっている。本研究では、構造設計性、多様
性、柔軟性に富んだ多孔性金属錯体を基盤物質とするプロピレンあるいは1,3-ブタジエンを高選択的に吸着分離で
きる新規多孔性材料を開発し、設備投資の小さい圧力スイング吸着法(PSA)による精製を目指す。既存材料の特
性を大幅に上回る材料が開発できれば、プロピレン、1,3-ブタジエンの安定供給と高効率利用が見込まれ、現在の文
化的な生活水準を維持することが可能となる。
<成果>
プロピレン分離においては、国際共同研究先のドイツ・ルール大学ボーフムのFischer教授のサンプルの吸着測定
を実施し、プロピレンが選択的に吸着できることを確認した。また、プロピレン/プロパン混合ガスを用いた吸着
分離実験システムを整備し(図1)、混合ガス条件下においても確かにプロパン選択性が高いことを実証することに
成功した。さらに、平成26年11月終わりに申請者がFischer教授の研究室を訪問し(図2)、プロピレン分離に関して
密なディスカッションを行ってきた。その結果、Fischer研のドクターの学生を1.5ヶ月間申請者の研究室に派遣して
もらい、プロピレン分離評価を集中的に行ってもらうこととなった。渡航費用に関して昨年末にドイツの大学側に
申請していたが、今年1月に採択されたとの連絡を受け、現在具体的な実験渡航計画(平成27年6月から7月中旬)を
検討中である。
図 1.混合ガス吸着分離実験装置
図 2.ドイツにて Fischer 教授と
57
1,3-ブタジエン分離に関しては、材料の改良により低圧領域で良好な分離特性を示す材料を合成することに成功し
た(図3)。本内容に関して革新的研究開発推進プ
ログラムImPACTに申請していたが、残念ながら不
採択となった。その後、JST新技術説明会での発表
や企業二社との打ち合わせを行ったが、現在まで
共同研究を行うには至っていない。一方で、これ
までの分離研究成果が評価され、平成26年10月よ
りACCELプロジェクトに共同研究者として参画す
ることとなり、そちらではCO/N2分離に関して研究
図 3.0 度における C4 炭化水素ガスの吸着等温線
を進めることとなった。
<今後の展開>
炭化水素分離については、プロピレン/プロパン混合ガス吸着分離実験に加えて、1,3-ブタジエン/他のC4炭化
水素混合ガスを用いた吸着分離実験ができる環境を整備し、混合ガス下における真の分離特性を評価する。得られ
たデータを迅速にまとめ一流学術誌に投稿することにより、大型研究費の獲得や企業との共同研究へと展開する。
また、H26年度から開始したACCELプロジェクトでは、参画企業との連携を強化し、研究期間内にCO/N2分離プロセ
スの実用化を目指す。さらに、本経費を利用して構築された海外研究者との研究ネットワークをさらに強固にすべ
く、研究成果の共著論文化、さらにはJSPS二国間交流事業への発展を試み、北海道大学の世界的な存在感を高める
。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
H27年度科学研究費助成事業(基盤研究(B))・H27~H29年度・2000万円・不採択
H26年度革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)・H26~H30年度・未定・不採択
H26年度戦略的創造研究推進事業先端的低炭素化技術開発(ALCA)・H26~H31年度・15,000万円・不採択
H27年度稲森財団研究助成・H27年度・100万円・不採択
第4回新化学技術研究奨励賞・H27年度・100万円・応募中
JST戦略的創造研究推進事業ACCEL・H26~H29年度・7,200万円・採択(途中参加)
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
国内の民主主義および法の支配に対して国際法定立過程が及ぼす影響と展望——国際社
研究代表者
職・氏名
会の組織化の一断面
准教授・郭
部局等名
舜
法学研究科
<研究の目的>
本研究は次の二点を目的とした。(i)国際的な規範定立を通じた法的規律の統一化、国内の民主主義および法の支
配に対する影響を分析する理論モデルを構築し、(ii)想定される否定的な影響に対処するための理論的・実践的方
策を具体的に提示する。
国際社会には一般的法定立を行うことのできる真の立法機関は存在しないが、今日、多数国間条約の締結や国際
組織の決議などを通じて、地球規模の統一的な法秩序を形成しようとする動きが活発である(国際人権保障や国際
貿易・投資、地球環境保護など)。統一的な規律の強化は、これまで各主権国家の自由とされてきた国内法政策の
制約につながり、次のような懸念を生じさせる。
(1)立法内容が予め指示されることから、国民の民主主義的な自己決定を形骸化させるおそれがある。
(2)条約締結が行政主導で進められ、担保のための国内法令に対する立法府のコントロールも弱くなりがちであるた
めに、立法・行政・司法の間の立憲主義的バランスが動揺するおそれもある。
本研究では、日本の例に則して具体的な検討を加え、このような懸念が一定の妥当性をもつことを明らかにする
ことを目的とした。ただし、地球規模の諸課題への対処は一国では不可能であるため、統一的な法的規律への要求
も無視できない。そのため、さらに両者の調整を図るためにとりうる方策について、理論および実践の両面から提
案を行うことを合わせて目的とした。
<成果>
上記の目的のため、2014年10月から約1か月間、 イギリス・ケンブリッジ大学ラウターパクト国際法研究所に滞
在し、研究会での報告・資料収集・意見交換を行った。その結果、議会主権との関わりから国際法の効力が国内的
に制約されているはずのイギリスにおいても同型の問題が生じていることなど、興味深い点が明らかとなった。英
語論文の出版には至らなかったが、論文は現在改訂の最終段階にある。また当初予定していなかったが、成果の一
部は日本語論文として公表される(「憲法第9条削除論-世界正義の観点から」瀧川裕英・谷口功一編『(書名未定
)』(ナカニシヤ出版、2015年6月刊行予定))。
本研究の成果として、次の諸点が得られた。
(1)上記理論モデルの射程を実証的に拡大し、国連安全保障理事会を中心としたグローバルな国際テロリズムへの対
処、国際人権法による国内の人権保障システムの変容、国際投資仲裁における海外投資家の保護と受入国の公益の
調整などにも応用範囲を広げた。
(2)民主主義・法の支配の両概念について厳密化を図り、それぞれにつき詳細に検討した上で、その制度的表現であ
る議会主義や権力分立原理に対する国際法定立過程の影響を明らかにした。
(3)立法・司法・行政の三権がもつ役割と責任を明らかにし、とりわけ立法および司法を国際的な観点から位置付け
なおすことにより、一定の実践的含意を引き出した。すなわち、国内における立憲主義的な抑制・均衡を通じてこ
そ、グローバルな諸価値の調和的な追求が可能になるのであり、そのためには各国家機関のもつ理性的な対話の責
任が果たされなければならない。
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<今後の展開>
本研究を通じて、グローバルな文脈における国内の立憲主義の位置づけを図るための糸口をつかむことができた
。今後の展開としては以下の可能性があり、中長期的にはこれらを総合的に検討することを予定している。
(1)近年、グローバルな法秩序像の提案として、国際立憲主義が主張されている。これは、国際法の基本原理の中
にグローバルな統治機構および権利章典を定めたものを見出し、グローバルな観点から立憲主義的保障を論じよう
とするものである。これに対しては一元的な秩序像を想定しているなどの批判があるものの、そこには国内におけ
る立憲主義をグローバルな文脈において再定義する可能性が垣間見える。このような立憲主義の意義転換は、国際
法と国内法の関係を再考することにつながる。
(2)民主主義国家における外交の位置付けには常に困難がつきまとってきた。とりわけ、政府活動の民主主義的コ
ントロールおよび人権保護のために必要とされる情報の公開と、外交に必要な秘密保持とのあいだのバランスをい
かに図るかは、民主主義国家にとって重大な課題である。この問題を考えるには、外交において一定の事項が秘密
とされることの意義を踏まえた上で、それと民主主義的価値との間の比較衡量をする必要がある。グローバル化の
中で外交も共有された価値の追求という側面を強くもつようになっているが、伝統的な国益追求の側面もなお色濃
い。外交における秘密の問題は、外交とそれを取り巻く国際的な制度についてどのように理解し、どのような将来
像を提示するかという問題につながる。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・ 2014年度村田学術振興財団研究助成・2014〜2015年度・97.5万円・不採択
・ 2014年度住友環境研究助成・2014〜2015年度・95万円・不採択
・ 2014年度野村財団国際交流助成(研究者の海外派遣)・2014〜2015年度・50万円・採択
・ 2015年度トヨタ財団研究助成・2015〜2016年度・181万円・不採択
・ 2015年度稲盛財団研究助成・2015年度・100万円・不採択
・ 2015年度日本学術振興会科学研究費補助金(若手研究(B))・2015〜2017年度・270万円・採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
司法アクセスの実質的確保に向けた実証的研究―システムの排除性に着目して―
研究代表者
職・氏名
助教・橋場
部局等名
典子
法学研究科
<研究の目的>
本研究は、法システムの存在と実際の活用との間にあるギャップ問題に着目し、司法アクセスを実質的に確保し
得る要素について実証的に解明するものである。1990年代後半以降、司法制度改革が本格化し、総合法律支援法の
施行、裁判員裁判の導入、法科大学院の設置等が行われた。とくに、司法過疎問題における日弁連及び法テラスの
取り組みにより、ゼロワン地域の解消が大きく前進したことや、アクセスポイントの拡充により紛争処理への道筋
が整えられた点は評価することができる。一方で、こうした制度的側面の充実が届いてない状況も依然として存在
している。法的ニーズのあるところに必要な法的支援が届かない背景には、複数の複合的な理由が存在していると
推測される。本研究では、とりわけ社会的排除に置かれている人々に焦点を当て、彼ら彼女らにとって法システム
がどのように認識されているのか、すなわち弁護士や裁判所といった存在自体に対してどのようなイメージを持っ
ているのか、そうした心理的側面が法システムを活用する際にどのような影響を及ぼしているのかについて、フィ
ールド調査を基に実証的に解明する。
本研究は、充足されていない法的ニーズ、すなわち法的支援をはじめとする一連の支援がそれを必要としている
人々のもとに届いていない状況や、届いていたとしても法システムの活用が阻害されている状態に着目して、その
背景要因及び促進要因を実証的に探究しようとするものである。システム自体が持つ排除性や権威性に焦点を当て
ることにより、システムの活用自体に対する拒絶感が発生しているとき、どのような働き掛けがシステム活用に際
しての障壁を打破し得るのかを解明するものである。このような論点、すなわちシステム活用に関する拒絶の存在
は、法システムに限定されるものではなく、医師や病院の持つ権威性、教師や学校の持つ権威性という文脈で、広
く医療システム及び教育システムが抱える問題群と通底している課題であると思われる。現代社会のリアリティに
着目し具体的解決策を模索する点、また他分野への応用可能性が高い点において、本研究は社会的意義と研究価値
を有していると思われる。
<成果>
本研究は、法システムの存在と実際の活用との間にあるギャップ問題に着目して行われた研究である。とくに社
会的排除状態におかれている人々に焦点を当て、彼ら彼女らが法的存在(法律実務家、法関連機関)にアクセスす
る際にどのような障壁が存在しているのかについて実証的に明らかにしようとするものである。約9カ月というタイ
トな研究期間内に研究を遂行し一定の成果を挙げるために、①法システムが内包する排除性ジレンマの抽出、②排
除性ジレンマを克服していると思われる先駆的事例へのフィールドワーク、③一般性と属人性の相克を打破し得る
具体策の検討、の3点に絞り研究を実施してきた。
61
研究課題①に関しては、排除性のジレンマがどのような背景のもとに発生しているのかについて、これまでの申
請者自身の研究成果を基にして排除性ジレンマの内訳の分析及び分類を行った。この成果は、2014年8月に韓国ソウ
ルで開催された東アジア法哲学会特別ワークショップにおいて発表された。つぎに、本研究の特徴の一つでもある
、法システムに対する当事者自身の心理的側面についての着眼点を深めるために、心理学者達との研究会開催を通
して意見交換を行った。この成果は、2014年5月に北海道大学で開催された法と心理研究会において発表され、心理
の専門家達と意見交換を行うことができた。研究課題②に関しては、高齢者や障害者たちに対する司法ソーシャル
ワーク活動を行っている弁護士達に対してフィールド調査を行ったり、研究者、行政関係者が一堂に会する司法ア
クセス研究会に積極的に参加したりした。排除性ジレンマについて日常的に接している第一線の実務家達からの聴
き取りにより、彼らが当事者のために献身的な属人的関わり合いをしていることが明らかになった。研究課題③に
関しては、移民や生活困窮者等に対してコミュニティ・リーガルサービスやプロボノ活動による多方面のアプロー
チを実施しているオーストラリアのコミュニティ・リーガルセンター(CLC)に関する文献や資料を収集し、オース
トラリア研究をしている研究者に助言を求めた。
一連の本研究の遂行により、法の制度的側面の充実だけでは、広く国民に司法へのアクセスを実質的に保障する
ことはできないというリアリティの存在が明らかになった。同時に、法システムと実際の活用との間にあるギャッ
プが発生する背景には、法システム自体が内包する排除性のジレンマ、すなわち当事者自身による法的認識がシス
テムの活用に際して大きな影響を及ぼしている点が共通項として抽出された。そして、その法的認識に働き掛け、
システム存在と活用との間にあるギャップを克服し得る機能を持つものとして、当事者に身近に接する弁護士や社
会福祉士などの専門家が持つ属人性が大きな役割を果たしていることが実証的に解明された。
<今後の展開>
今後は、属人性の内実についてのより具体的な分析を試みる。また、排除ジレンマの発生要因についても引き続
き考察を行う。属人的関わり合いがどのように心理的障壁の緩和に役立っているのか、その具体的機能の提示を目
指す。また、諸外国におけるギャップ問題への対応策を調べるために、一般市民に向けたPublic Legal Education
(PLE)を行っているイングランドへ赴き、人々が法システム自体に対して持っているイメージがPLEによりどのよう
に変化しているのか/していないのかについて調査に赴く。研究成果は随時国内外における学会発表及び学会誌・紀
要への投稿を通して行っていく。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
〔代表〕平成27年度
科学研究費補助金
若手研究(B)・採択
〔分担〕平成27年度
科学研究費補助金
基盤研究(B)・採択
〔分担〕平成27年度
科学研究費補助金
基盤研究(C)・不採択
62
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
長島型掌蹠角化症に対する新規治療法(リードスルー治療)の開発
研究代表者
職・氏名
助教・乃村
部局等名
俊史
北海道大学病院
<研究の目的>
・
長島型掌蹠角化症は、手掌・足蹠の皮膚が肥厚する常染色体劣性遺伝疾患であり、本邦には約1.5万人の患者が
いると見積もられている。
・
2013年に本症の病因がSERPINB7遺伝子変異であることが解明されたが、未だに根治的な治療法は存在しな
い。興味深いことに、既報告の患者全員がナンセンス変異c.796C>T (p.Arg266Ter)を有しており、この変
異をターゲットにした新規治療法(リードスルー治療)の開発を目指すことにした。なお、このSERPINB7
遺伝子のナンセンス変異c.796C>T (p.Arg266Ter)の保有率(日本人)は人口の2%以上と高く、また、本症患
者全員が保有していることから、創始者変異であると考えられている(Mizuno O, Nomura T et al. Br J Derm
atol 2014)。従って、この変異さえ克服できれば、本症の治療が可能になると考えられる。
・ リードスルーとはリボソームによるmRNA翻訳時にナンセンス変異を読み飛ばしタンパク質合成をし続ける現
象であり、これを治療に応用できれば、本症だけではなく、種々の遺伝性疾患の治療法の開発が期待できる。
・
ナンセンス変異のリードスルー活性は、①終止コドンの種類(TGA/TAG/TAAのうちTGAが最もリードスルーされ
やすい)、②mRNA量(mRNA量が多い程リードスルーされやすい)に影響されるが、本研究のターゲットとなるS
ERPINB7遺伝子のナンセンス変異c.796C>T (p.Arg266Ter)は、①最もリードスルーされやすいTGAであること
、②最後のエクソンに存在する変異であるためnonsense-mediated mRNA decayによる分解を受けずmRNA量
が豊富であることから、このナンセンス変異は理論上リードスルー治療の最高のターゲットであると考え
られる。本症は本邦での推定患者数約1.5万人の比較的稀な疾患ではあるが、このナンセンス変異を用いた
研究により、リードスルー研究が大きく進展する可能性を秘めている。
63
<成果>
①
患者由来細胞の不死化:SERPINB7遺伝子にナンセンス変異c.796C>T (p.Arg266Ter)をホモ接合性に有する患
者の腹部より皮膚を採取し、初代培養細胞を作成した。この細胞株にウイルスベクターを用いて、パピローマ
ウイルスのE6/E7遺伝子を導入し、不死化を行っている最中である。これにより、患者細胞を不死化できれば、
患者由来細胞へのリードスルー治療の有効性を評価することが可能となる。
②
リードスルー活性を評価可能なレポータージーンアッセイの確立:上記ナンセンス変異を持つSERPINB7 cDNA
をクローニングし、この変異cDNAとGFPの融合遺伝子を持つコンストラクトを作製した。この融合遺伝子を持つ
細胞株は理論上、リードスルーが起こったときにのみGFPの蛍光を認めるはずであり、リードスルー活性の可視
化と、Western blottingによるリードスルー活性の定量も可能である。また、この融合遺伝子の上流にHisタグ
をつけることで、リードスルー活性を定量できるELISA系も構築した。
③
ゲンタシン軟膏(ゲンタマイシン硫酸塩0.1%(アミノグリコシド系抗生剤))を用いた自主臨床試験:実際の
長島型掌蹠角化症患者への効果を検討するために、陰性コントロール(白色ワセリン軟膏)とゲンタシン軟膏
を1ヶ月間それぞれ左右の手足に塗り分けし効果判定する自主臨床試験を計画した。自主臨床試験申請書を作
成し、現在、北大病院にて審査中である。
<今後の展開>
本研究により、難治性の皮膚疾患である長島型掌蹠角化症に対するリードスルー治療研究の基盤を確立しつつある。
In vitro での効果を確認ののち、ゲンタシン軟膏を用いた臨床試験を計画中である(北大病院内で自主臨床試験の
審査中)。これにより、本症に対するリードスルー治療の有効性が明らかにされることが期待される。
また、リードスルー治療は、理論上、病因遺伝子の種類を問わず、ナンセンス変異を持つ遺伝性疾患患者にはす
べて有用であることが予想される。これまで、遺伝性疾患に対する治療として、遺伝子治療、細胞療法(iPS を含
む)、タンパク質補充療法などの開発が行われているが、一部の酵素欠損症に対するタンパク質補充療法などの例
外を除けば、現時点では、遺伝性疾患に対し広く臨床で使用できる根治的な治療法は開発されておらず、ほとんど
の場合、生涯にわたり難治性で対症療法に終始せざるを得ないのが実情である。
しかしながら、本研究によりリードスルー治療を確立することができれば、長島型掌蹠角化症だけではなく、他
の遺伝性疾患の治療への波及効果も期待でき、多くの遺伝病に苦しむ患者への福音になることが期待できる。その
ため、今回確立した ELISA アッセイ系を用いて今後化合物スクリーニングを行う予定である。ここでリードスルー
活性の高い化合物を同定できた場合、リード化合物とそれをもとに作成された多数の化合物をさらにスクリーニン
グし、より活性が高く安全な薬剤の開発を目指すことが可能である。このように、本研究を基盤にさらに幅広い疾
患を対象にした治療研究に発展させることが期待できる。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
基盤研究(C)・採択
64
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
メタラサイクルの形成を引き金とする炭素-水素結合活性化反応の開発
研究代表者
職・氏名
部局等名
講師・大西英博
大学院薬学研究院
<研究の目的>
有機合成化学において、一般に不活性とされる炭素-水素結合を活性化し、直接官能基化することができれば、医
薬品や天然物の合成の効率化が期待される。特に、sp3 炭素-水素結合の活性化は最も困難な課題とされており、そ
の報告例は少ない。sp3 炭素-水素結合の活性化には、一般に選択性及び反応性の向上のために、ピリジン基等の「
配向基」を必要とする(Scheme 1,eq. 1)。この配向基により、遷移金属錯体がsp3 炭素-水素結合に近づき、その
結合の切断が起こる。一方、最近申請者は、アレンインと遷移金属錯体との反応で形成されるローダサイクルIがあ
たかも「配向基」として機能して、sp3 炭素-水素結合の活性化が起こることを見出した(Scheme 1,eq. 2)。本反
応はメタラサイクル中間体の形成を引き金
とする新しいsp3 炭素-水素結合活性化の手
段を提示するものとして評価されたが、1,3
-二置換アレン化合物を基質として利用す
る必要があり、触媒的不斉合成へと展開す
ることは困難であった。そこで、今回申請
者はこの概念を基盤とする新たなsp3 炭素水素結合活性化反応を開発し、不斉合成へ
と展開することを目的とする。
<成果>
不斉合成への展開を視野に、エニン1aを基質として用いたRh(I)触媒によるsp3 炭素-水素結合活性化反応を検討(
Table 1)。その結果、(R)-tolBINAPを配位子として持つRh(I)触媒とエニン1aとの反応では、スピロ環2aと3aがそれ
ぞれ良好な収率かつ良好な不斉収率で得られ
た(entry 3)。この反応ではまず、Rh(I)触媒と
1aとの反応でローダサイクル中間体iaが生成し
、続いて中間体iiaにおいて炭素−水素結合活性
化が起こり、ローダサイクル中間体iiiaが形成さ
れる。この中間体iiiaからの還元的脱離により2
aが生成し、2aのオレフィン部分の異性化によ
り、3aが得られる。当初予想した通り、エニン
1aを基質として用いることにより、メタラサイ
クルの形成を引き金とする炭素-水素活性化反
応を触媒的不斉合成へと展開できること見出
した。そこで本反応の基質の適用範囲に関して
65
調べることにした。その結果、いずれの場合も良好な収率で目的のスピロ環(2b-2d)を与えることが明らかになっ
た(Scheme 2)。
次に、アルケン上の置換基としてイソプロピル基を持つ基質1eを用いて反応を行なった(Scheme 3)。その結果
、望みとするスピロ環2eは全く得られず、5員環化合物4eが単一生成物として良好な不斉収率で得られた。この環化
体4eは、エニン1eとRh(I)触媒との反応で生成するローダサイクル中間体iiibからの-水素脱離により生成したものと
考えられる。
望みとするスピロ環は得られなかったものの炭素-水素活性化反応を伴う新たな反応を見出すことができたので、
こちらの反応に関しても基質の適用範囲に関して調べることにした(Scheme 4)。その結果、不斉収率には問題を
残すものの、5員環化合物(4f, 4g)が得られることがわかった。また、アルケン上の置換基としてエチル基を持つ
場合にも、やはり同様の環化体4hが生成することがわかった。
<今後の展開>
メタラサイクルの形成を引き金とする炭素-水素結合活性化反応において、エニンを基質として検討を行なったと
ころ、2つの新しい触媒的不斉環化反応を見出すことができた。現状では、収率や不斉収率に問題を残すものの、今
後さらに詳細に条件検討を行ない、基質の適用範囲の拡大を目指し検討を続ける予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
科学研究費補助金 基盤研究(C) 継続・採択(平成26~28年度)
ノーステック財団 若手研究人材・ネットワーク育成補助金・不採択(平成26年度)
住友財団基礎科学研究助成・不採択(平成26~27年度)
有機合成化学協会旭化成ファーマ 研究企画賞・採択(平成27~28年度)
66
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
新規遺伝子治療法の開発を目指した非ヘテロ四量体形成性p53の探索
特任助教・野村
部局等名
尚生
薬学研究院
創薬科学研究教育センター
<研究の目的>
癌抑制タンパク質 p53 は、「ゲノムの守護神」と呼ばれ、放射線、紫外線、発癌物質などの遺伝毒性ストレスに
対し、p21waf1 や Bax などの様々なタンパク質の転写を制御することで細胞周期のコントロールにおいて中心的な
働きをしている。p53 は悪性腫瘍細胞において最も高頻度に変異している遺伝子である。この p53 の機能発現に
は四量体形成が必須であり、悪性腫瘍において、四量体形成ドメイン(p53TD:326-356 位)の31残基中の24残
基に38個もの変異が発見されている。C 末端領域に位置する四量体形成ドメインは、β-ストランド、ターン、α-ヘ
リックスにより形成されている。この四量体形成ドメインの構造と安定性の研究は、機能の面でも極めて重要で
あり、現在までに申請者は p53TD 変異体の立体構造と活性に関する研究を進めてきた。変異による四量体構造の
不安定化(Kamada, Nomura et al., JBC)、四量体内部の最適化による構造の安定化(Nomura et al., Biopolymers)につい
て報告しており、加えて、安定化剤の添加により悪性腫瘍由来の変異型四量体構造を安定化させることに成功している
(Nomura et al., Pep. Sci.)。
p53TD の遺伝子変異は報告されている変異のおよそ10%程度で、大部分の変異(〜60%)は DNA 結合ド
メイン(102-292 位)に報告されている。変異により p53 と DNA との相互作用を不全化させることで、より直
接的に発癌につながることが知られている(IARC TP53 Database)。これらの DNA 結合能の失活・低下した変異体
p53 タンパク質は、p53TD が正常型であるため、DNA と結合可能な野生型 p53 タンパク質とヘテロ四量体を形成可能で
ある。そのため、片方の染色体に変異が起こると正常な野生型 p53 も巻き込んだヘテロ四量体 p53 を形成してし
まう。このように四量体中に一つでも不活性な p53 が存在すると、その転写活性化能が著しく減少することが知られ
ている(ドミナントネガティブ効果:下図)。
p53 タンパク質は副作用の低い有効な遺伝子治療ターゲットと考えられており、p53 を標的とした治療により
悪性度の高い腫瘍細胞を効率的に除去することが報告されている。しかしながら、内在性の変異型 p53 タンパク
質によるドミナントネガティブ効果により治療効率が著しく減少するため、その回避法が切に望まれている。そ
こで、正常型 p53 の立体構造と機能を保持したままで、悪性腫瘍中の変異型 p53 とヘテロ四量体を形成しない遺
伝子治療用の改良型 p53 の開発を目指す。
<成果>
非へテロ四量体形成性 p53TD ファージディスプレイライブラリーの作成
初めに M13KE ファージベクターの調整を行った。Ph.D.-12 Phage Display Peptide Library kit(NewEngland
BioLabs)を大腸菌 DH5に感染させ二本鎖ファージベクターを精製した。DH5a を LB 培地でプレカルチャーし、
1/10 量を新しい LB 培地に添加し 3 時間、37˚C で培養した。OD600 がおよそ0.4になったところで、2L の
phage を添加し 37˚C で6時間培養した。培地から phage 感染大腸菌を集菌し、miniprep kit(QIAGEN)を用いて
プラスミド精製と同じ様にファージベクターを精製した。
人工 DNA 合成(フナコシ)によって作成した野生型 p53 四量体形成ドメインとコラーゲン様ペプチドを組み
込んだプラスミドから制限酵素、DNAligase を用いて先に精製したファージベクターに組み込んだ。人工 DNA
合成依頼は N 末端から p53TD-リンカー-コラーゲン様ペプチド-リンカーのコンストラクトを依頼し、両端に
M13KE ファージベクターのマルチクローニングサイトに合うように、シグナルペプチド領域と GP3領域を含む
数ベースを組み込んだベクターを作成した。コラーゲン様ペプチドは長さ 48 残基の GPAGPP を8回繰り返した
配列を用いた。p53TD-コラーゲン様ペプチド間およびコラーゲン様ペプチド - GP3 間のリンカーには可溶性確保
とフレキシビリティーを考慮し、Gly、Ser, Pro からなる 20 残基のランダム配列を用いた。合成された配列を有
する pUC9 ベクターを大腸菌 DH5に形質転換し、プラスミドを増幅させた。精製した pUC9 プラスミドから制
限酵素処理を行い合成 DNA 部分を切り出し、アガロースゲル電気泳動により目的塩基サイズの断片を切り出し、
DNA リガーゼにより M13KE ファージベクターに組み込んだ。これをコンピテントセル化した大腸菌 ER273 に
67
形質転換し、培養することで p53TD を先端に有する GP3 を持つ phage を作成した。得られた phage を用いて X-gal
を用いた Titer Check により phage の感染価を算出したところ、ほとんど感染していないことがわかった(50
pfu/100L)。しかし、phage 精製時には phage の沈殿が見られることから、phage は溶出していると考えられる。
つまり GP3 に組み込んだ配列が長すぎて感染能に影響を与えたことが考えられる。そこで、コラーゲンの繰り返
し数を5回に、リンカーも9残基に変更した。さらに、p53TD-コラーゲン様ペプチドの間のリンカーを 3C プロ
テアーゼ切断配列に変更し、全長 97 残基に変更した。今までの報告では 100 残基以内の挿入では大腸菌への感
染能は低下しないことが報告されている(Data not shown; 鹿児島大)。同様にして M13KE ベクターに組み込み、
phage を精製し感染価を算出したところ、4.3x10^pfu/100l の phage を得た。これを用いて、野生型 p53TD をア
ビジンコートプレートに単量体化し固定したところに phage を加えた。インキュベーション後 anti-fd 抗体を用い
て検出を行った。その結果、p53WT 固定化したウェルでは OPD が黄色に呈色したのに対し、アビジンのみのプ
レートでは検出されなかった。これは固定化された p53TD と phage 上の三本の p53TD が四量体を形成し、ウェ
ル上に固定化されたと考えられる。各構成ドメイン構造が全て機能し、phage の GP3 上に機能的な p53TD を提示
可能な phage を調整できたと考えられる。現在、この発現系をもちいてライブラリー化した p53TD を組み込ん
だ phage の作成を試みている。
<今後の展開>
変異体 p53TD を標的とした非ヘテロ四量体形成性 p53TD の探索(下図)
スクリーニングの標的となる化学合成 p53TD ペプチドは、疎水性コアが崩壊し四量体構造を形成できない二変異
体 p53TD Leu330Ala, Phe341Trp を用いる。スクリーニングを繰り返すことで、決して野生型とは四量体構造を
形成しないアミノ酸配列をスクリーニング可能であると予想される。ファージ単離後、アビジンコートプレートを用い
て標的ペプチドを固定化し ELISA 法により親和性解析を行い、親和性の高い結合ファージを選択しそのペプチ
ド配列を解析する。得られたアミノ酸配列を Fmoc 固相合成法により化学合成する。サイズ排除クロマトグラフ
ィーおよび円二色性分光法を用いてホモ四量体形成能および安定性を解析し、野生型に類似した構造を形成して
いるか確認を行う。また、野生型 p53TD にビオチン修飾を施したペプチドを固相合成し、非へテロ四量体形成
p53TD 候 補 ペ プ チ ド
M13ファージ・
と混合し、加熱・冷却
によりリフォールデ
コラーゲン
リフォールディング・
ビオチン添加・
ペプチド
ィングを行う。アビジ
インキュベーション・
(30残基)・
ンを用いてビオチン
p53TD Library・
修飾ペプチドをプル
特異的溶出・
ダウンし、逆相カラム
四量体非形成性
デスチオビオチン
変異体
p53TD
クロマトグラフィー/
固定化p53TD・
アビジン
質量分析により四量
樹脂
体を構成するペプチ
ドの定量を行い、ヘテ
ロ四量体形成能を解析する。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・公益財団法人ノーステック財団若手研究人材・ネットワーク育成補助金・H26-H27 年度・50 万円・不採択
・公益財団法人秋山記念生命科学振興財団 2015 年度研究助成<奨励>・H26-H27 年度・50 万円・不採択
・公益財団法人小林がん学術振興会 第9回研究助成金・H27-H28 年度・100 万円・応募中
・公益財団法人秋山記念生命科学振興財団 2015 年度研究助成<奨励>・H27-H28 年度・50 万円・応募中
・科学研究費助成事業
若手研究(B)・H27-H29年度・500万円・応募中
68
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
超平面配置のミルナーファイバー:実構造を使った組合せ論的研究
部局等名
准教授・吉永正彦
大学院理学研究院
<研究の目的>
ミルナーファイバーは特異点の定義式を少し動かして滑らかにすることで得られる多様体で、もとの特異点に関す
る多くの情報を持っている。孤立特異点の場合はミルナーファイバーのホモトピー型が単純(いわゆるブーケ型)
なので、コホモロジーが中間次元に集中する。一方、非孤立特異点の場合はコホモロジーの集中が起こらず分かっ
ていないことが多い。超平面配置は非孤立特異点の特殊なクラスであるが、組合せ論的な手法を援用することがで
きるために注目を集め、現在活発に研究されている。とりわけ、コホモロジー群へのモノドロミー作用を記述する
ことが重要課題である。超平面配置のミルナーファイバーに関しては、k-net と呼ばれる組合せ論的な構造を使っ
て、コホモロジー群へのモノドロミー作用が記述できるだろうと予想されている。
超平面配置の補集合は「極小 CW 複体」と呼ばれる非常に枚数の少ないCW複体のホモトピー型を持つことが知られ
ている。極小CW複体の構造は、まだよくわかっておらず、極小CW複体の理解を通して様々な幾何学的な問題を扱う
研究を吉永はこれまで進めている。本研究の目標は、これまでの極小CW複体に関する成果を、ミルナーファイバー
の研究に応用するというのが基本的な方針である。これまで、極小CW複体の構造を、実構造を使って記述する研究
を進めてきたので、ミルナーファイバーの研究に実構造を使う道を拓き、組合せ論的構造との関係を明らかにする
ことが目標である。
<成果>
上記の目標の通り、ミルナーファイバーのコホモロジーのモノドロミー作用による固有空間分解や、より一般に、
超平面配置の補集合の上の局所系係数コホモロジーを(極小CW複体を介して)実構造を使って記述し、詳細に分析
するという方針で研究を進め、いくつかの成果を得た。
1. 直線配置のミルナーファイバーそのものとホモトピー同値なCW複体を構成し、実構造を使って記述した。これは
ミルナーファイバーが、一次元次元の低い(deconingした)超平面配置の補集合の巡回被覆空間になっているという
事実に基づいて、極小CW複体を持ちあげることによって得られる。今回得られたCW複体の大きな特徴は、ミルナー
ファイバーへのモノドロミー作用が、CW複体のレベルで実現されていることである。このことは、CW複体から鎖複
体を構成し、ホモロジーやコホモロジーを計算してモノドロミー作用を調べる上で決定的に重要な性質である。整
数係数ホモロジーの精密な構造の解明につながると期待している。(Michele Torielli氏との共同研究)
69
2. 一般に超平面配置の補集合の捩れコホモロジーを記述する複体を調べることは難しいが、その(無限小)線形近
似が、Orlik-Solomon代数上の青本複体として実現されている。青本複体は純粋に組合せ論的に構成される対象であ
るが、実構造を使った青本複体の記述を得た。これはある意味で、組合せ論的・代数的に定義された青本複体の幾
何学化と位置づけられる。青本複体の計算を「視覚的に」実行することが可能になり、ミルナーファイバーのコホ
モロジーが非自明な固有値を持つことが、配置に様々な制約を課すことが明らかになった。また、以上の研究方針
を、実構造に頼らず、純粋に組合せ論的に実行するための幾何学的なアイデアとして「Orlik-Solomon代数の退化写
像」を導入しいくつかの問題に応用した。Libgober や Cohen-Dimca-Orlik によって得られていたミルナーファイ
バーや局所系係数コホモロジーの消滅定理を、直線配置の場合に青本複体のレベルで証明した。(Pauline Bailet
氏との共同研究。)
3. 超平面配置の補集合とそのコアメーバがホモトピー同値であることが証明できた(Eva Maria Feichtner 氏との
共同研究)。
<今後の展開>
上記の成果 1, 2 は「着実な進展」と呼べるものであり、今後もこの方向で研究を進めていくのが良いと考えてい
る。Torielli 氏と構成した、ミルナーファイバーのセル分割は、ミルナーファイバーの精密な研究には不可欠な対象
であると考えている。長年未解決の問題「ミルナーファイバーの1次の整数係数ホモロジーは捩れ部分を持たない」
を目標に、Torielli 氏とは共同研究を継続している。2の方向では、Cohen-Dimca-Orlik型の捩れコホモロジーの消滅
定理を退化写像を使って青本複体のレベルで証明するのが当面の目標である。
成果 3 は全く想定していなかった結果である。最近代数多様体のアメーバやコアメーバと呼ばれる対象を研究する
「トロピカル幾何」の研究が活発になっており、アメーバの極限であるトロピカル多様体と超平面配置の組合せ論
的構造の関係を研究しているFeichtner氏と共同で、ミルナーファイバーへの応用可能性を探る最中に得られた。ア
メーバの極限では捉えられないと思われている超平面配置の補集合のホモトピー型がコアメーバでは保存されてい
るという事実は新しい知見であり、楽観的な展望としては、今後超平面配置とトロピカル幾何との新たな相互発展
を促すと期待している。実構造とコアメーバの関係や、k-net をトロピカル極限を通して理解することが、重要な課
題であると思われる。今後どのような展開があり得るかも含めてFeichtner氏とは議論を継続したい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
Pauline Bailet 氏(Nice大学Ph. D)に北大でポスドクをしてもらうべく、ホストとして25年度から26年度にかけて
、JSPSとCNRSに応募した。結果、JSPSの「欧米短期」枠で一年間採用され、26年11月から北海道大学でポスドクを
してもらい、共同研究を進めている。
Daniele Fanzi 氏(Bourgogne大学教授)を招聘のため、JSPSとCNRSにホストとして応募した。結果、JSPS「欧米短
期」枠で約一カ月来日してもらうことになった。Faenzi教授は2015年6月~7月に北大に約一カ月滞在予定。
70
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
生命の始まりを支える卵母細胞の形成機構解析
部局等名
准教授・小谷友也
大学院理学研究院
<研究の目的>
すべての動物はたった一つの細胞、受精卵から生まれる。動物の体は非常に複雑で高度な生命機能を持つが、こ
の体作りに必要な最も初期の仕組みは生殖細胞として特殊化した卵母細胞に備わっている。しかし、我々は卵母細
胞の形成機構について驚くほど理解できていない。つまり、我々は生命の始まりを支える仕組みをほとんど知らな
い。卵母細胞の形成を理解することは、動物の体を作り出す最も重要な基盤を知ることにつながり、なおかつ
生命の連続と多様性を支持する仕組み、すなわち地球上の生物の根源を支える仕組みを理解することにつなが
る。卵母細胞の形成機構の解析によって得られる成果は、ダウン症などの遺伝病・不妊症の原因解明に役立ち
その新たな治療法の開発に貢献する。
卵母細胞はその形成と初期発生を正常に進行させるため、多くの種類のmRNAを細胞質に蓄積する。これらmRNAの
一部は細胞質において蛋白質を合成できない状態、すなわち翻訳が抑制された状態で蓄積される。これらmRNAは単
独で存在するのではなく、多くの蛋白質が直接あるいは間接的に結合し、mRNAの安定化・翻訳の抑制・その後の抑
制解除の準備を担っている。しかし、その仕組みはよく分かっていない。特に哺乳類卵母細胞は遺伝学的・生化学
的解析が困難なことから、卵母細胞形成機構の解析が非常に遅れている。本研究は、卵母細胞の形成において特に
重要な仕組みである「時期特異的な遺伝子発現機構」に焦点を当て、卵母細胞がどのような機構で転写後の翻
訳を正確に制御し子孫を生み出すことを可能とするのか、生命の根源に迫る普遍的な原理の解明を目指した。
さらに本研究は、哺乳類において卵母細胞形成機構を解析する新規技術を確立することも主要な目的とした。
<成果>
「マウス卵母細胞における Pumilio1 の解析」
我々は、卵母細胞の細胞質に蓄積された mRNA の翻訳抑制とその後
の抑制解除に重要な Pumilio1 蛋白質の挙動について、マウスを用い詳細な解析を行った。はじめに、マウスの卵巣
から十分に成長した卵母細胞を取り出し、Pumilio1 蛋白質の検出を試みた。マウスの卵母細胞は直径が約 80 µm と、
多くの両生類や魚類卵母細胞と比較し 1000 分の 1 ほどの体積しか持たない。従って、従来の蛋白質検出法ではマウ
ス卵母細胞で発現する蛋白質の検出は困難を極める。Pumilio1 においても、従来のトリス-グリシン・ゲルを用いた
解析でその発現を検出することは出来なかったが、新
たに分離度と検出感度の高いビス-トリス・ゲルを導
入し卵母細胞抽出液から Pumilio1 を検出することが
可能となった。次に卵母細胞を試験管において成熟さ
せ、時間経過における変化を解析した。その結果、
Pumilio1 は卵成熟開始後 30 分にリン酸化を受けるこ
とが明らかとなった。これは卵母細胞の核が崩壊する
時間(2 時間)より相当に早い時期である(図 1)。
図1 マウス卵母細胞抽出液における Pumilio1 蛋白質の検出。
未成熟卵 (Im) において Pumilio1 は約 130 kDa のバンドとして
検出される。卵成熟開始後 0.5 時間 (0.5 h) において Pumilio1
はリン酸化を受ける。GVBD, 卵核胞崩壊;M, 成熟卵
71
これらの成果は、哺乳類卵母細胞の形成機構研究を強力に発展させることを可能にする。卵成熟における Pumilio1
のリン酸化は、標的 mRNA の翻訳抑制解除と関連することが予想されており、その解明が今後の課題である。
「Pumilio1 標的 mRNA の同定とその局在解析」 Pumilio1 は細胞質中の mRNA に直接結合し、その翻訳を制御すると
考えられる。現在までに標的として Cyclin B1 mRNA が知られているが、それ以外の標的は不明であった。我々はマ
ウス卵巣抽出液から Pumilio1 蛋白質を免疫沈降し、特異的に回収された mRNA の中に Mad2 mRNA が存在することを
明らかにした。すなわち、Pumilio1 は Mad2 mRNA も標的とすることが示された。我々は、生物種を問わず卵細胞質
に蓄積された Cyclin B1 mRNA が顆粒を形成することを初めて見いだし
たが、Cyclin B1 以外の mRNA が顆粒を形成するかは不明であった。本
研究において、我々が卵母細胞で用いた高感度 in situ hybridization
法をさらに改良し、Mad2 mRNA が Cyclin B1 mRNA と同様に卵母細胞の
細胞質において顆粒を形成すること、しかし、Cyclin B1 mRNA とは異
なる顆粒に存在することを明らかにした(図 2)。Mad2 蛋白質は、卵母
細胞が成熟する前には存在せず、成熟開始後に合成されることで染色
体の分配をモニターする非常に重要な役割を持つ。しかし、卵母細胞
の細胞質において Mad2 mRNA の翻訳が抑制される分子機構とその抑制
解除の仕組みは全く分かっていない。Cyclin B1 mRNA は細胞質におい
て顆粒を形成することで正確な翻訳開始を制御しており、Mad2 mRNA
も同様の分子機構で翻訳を制御していると考えられる。本研究によっ
て、Mad2 mRNA が正確に翻訳される機構の解明に初めて糸口が見いだ
図2 マウス卵母細胞における Mad2 と Cyclin
B1 mRNA の局在解析。未成熟卵において
Mad2 と Cyclin B1 mRNA は異なる顆粒を形
成する。
された。
<今後の展開>
本研究で得られた成果は、(1)卵母細胞で発現する蛋白質を高感度で検出する技術の確立、(2)卵細胞質に存在す
るmRNAを高感度で検出する技術の改良、(3)哺乳類卵母細胞に試料を微量注入する技術の確立、である。今後は(1)
で得られたPumilio1のリン酸化の役割解明、(2)で得られたCyclin B1とMad2 mRNAの顆粒形成の仕組みとその役割の
解明に迫ることが必要である。その実現には、(3)で確立した技術を用い蛍光標識したPumilio1蛋白質の発現とその
挙動の解析、およびPumilio1過剰発現による卵成熟過程への影響を解析する。さらに、Pumilio1遺伝子ノックアウ
ト個体の作製とメス個体の卵巣における卵母細胞の解析から、卵母細胞形成過程において翻訳機構が果たす役割を
明らかにすることを目指す。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・平成 26 年度・武田科学振興財団ライフサイエンス研究奨励助成金・採択
・平成 26 年度・第一三共生命科学研究進行財団研究助成金・採択
・平成 26 年度・住友財団基礎科学研究助成金・不採択
・平成 27 年度・稲盛財団研究助成金・不採択
・平成 27 年度・寿原記念財団研究助成金・採択
・平成 27 年度・上原記念科学財団研究助成金・不採択
・平成 27 年度・倉田記念日立科学技術財団倉田奨励金・不採択
72
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
微視的測定手法による巨大磁場環境下における異常超伝導状態の研究
研究代表者
職・氏名
部局等名
講師・井原慶彦
理学研究院
<研究の目的>
超伝導体は高磁場を発生させる電磁石の線材として実用されているが、通常の超伝導体では外部から強い磁場(
臨界磁場)を印加することにより超伝導状態が破壊されるため、印加可能磁場は臨界磁場に制限されていた。とこ
ろが、ある種の超伝導体では強磁場中で新たな超伝導状態を形成することにより、臨界磁場を超えても超伝導状態
を維持し続けることが予想されている。さらに、結晶中に局在磁気モーメントを持つ超伝導体では、強磁場中での
み超伝導状態が安定化する「磁場誘起超伝導」を発現するものがある。これらの強磁場中で現れる従来の超伝導特
性とは異なる異常な超伝導状態についてその性質、及び発現機構を解明することが本研究の目的である。
本研究では強磁場中で異常な超伝導状態を示す候補物質である有機超伝導体を対象に、国際的協力体制の下で強
磁場中の超伝導状態を調査し、磁場に強い超伝導状態の発現機構を解明する。
<成果>
本研究では、フランス・グルノーブルの強磁場施設LNMCI-Grenobleの研究グループとの共同研究に加えて、国内
の強磁場施設である東北大学金属材料研究所でのNMR実験を行った。以下に、それぞれについての成果を示す。
-LNCMI-Grenobleとの共同研究
従来の臨界磁場を超える強磁場でも超伝導状態を維持するFFLO超伝導の候補物質である''-(BEDT-TTF)4[(H3O)G
a(C2O4)3]·C6H5NO2塩(''-Ga塩)ついて17 Tまでの強磁場中でNMR実験を行った。''-Ga塩では非常に高い磁場中で
も超伝導が破壊されないという特徴に加えて、超伝導転移温度の近傍で電荷秩序を形成していることが指摘され
おり、この電荷秩序の存在が強磁場中で安定に存在できる超伝導状態と関係している可能性が考えられている。
本研究において、微視的測定手段であるNMR分光法により電荷秩序転移を明確に観測し、さらに電荷秩序状態で
は秩序パターンが非自明な3倍周期を持っている可能性を指摘した。これらの研究成果は以下の論文・学術会議に
おいて発表した。
論文
▸ "13C NMR study of the charge-ordered state near the superconducting transition in the organic superconductor
''-(BEDT-TTF)4[(H3O)Ga(C2O4)3]·C6H5NO2"
Y. Ihara, M. Jeong, H. Mayaffre, C. Berthier, M. Horvatić, H. Seki, and A. Kawamoto
Physical Review B 90, 121106(R) (2014). 査読有
学術会議
▸ "Charge ordering transition near superconductivity in
3
''-(BEDT-TTF)4[(H3O)Ga(C2O4)3]·C6H5NO2" studied by
C NMR spectroscopy"
Y. Ihara, H. Seki, A. Kawamoto, M. Jeong, H. Mayaffre, C. Berthier, and M. Horvatić,
International Conference on Strongly Correlated Electron Systems, Grenoble France
July 7-11, 2014.
73
1
▸ (招待講演)「電荷秩序系BEDT-TTF物質のNMR研究」
井原慶彦
日本物理学会第70回年次大会(2015年)、早稲田大学、2015年3月22日
-東北大学金属材料研究所における強磁場NMR研究
上に示した''-Ga塩と同型の結晶構造を持ち、非磁性のGaイオンに代えてFeスピンが導入された''-(BEDT-TTF)4[(H3
O)Fe(C2O4)3]·C6H5Br塩はFeスピンが作る内部磁場を外部磁場がちょうど打ち消す時に超伝導が発現する磁場誘起超
伝導体の候補物質である。本研究ではFeスピンが作り出す内部磁場の大きさを見積もるため、強磁場施設も用いて1
9 Tまでの磁場領域で13C NMR測定を行った。その結果、Feスピンは外部磁場と反平行に内部磁場を発生させてお
り、非常に強い磁場を印加することで超伝導が発現する可能性があることを明らかにした。また、東北大金研にお
いて19 Tで長時間NMR測定を行ったのは本研究が初めてであり、今後強磁場中でのNMR測定を行うための基礎デー
タを得ることに成功した。これらの成果は以下の学術会議で発表した。また欧文誌への投稿準備中である。
学術会議
▸ "13C NMR study of -d interaction in quasi-two-dimensional organic superconductor ''-(BEDT-TTF)4[(H3O)Fe(
C2O4)3]·C6H5Br"
Y. Futami, Y. Ihara, A. Kawamoto, C. J. Gomez-Garcia,
International Conference on Strongly Correlated Electron Systems, Grenoble France
July 7-11, 2014.
<今後の展開>
本研究では同型の結晶構造を持つ有機超伝導体である''-Ga塩と''-Fe塩を対象に強磁場中において13C NMR分光
を中心とした実験を行ってきた。それぞれの物質に対する今後の展望は以下のとおりである。
-''-Ga塩
LNCMI-Grenobleの強磁場施設で印加することが出来る最高磁場である31 Tにおいて実験を行い、磁場中でのみ現
れる新奇超伝導状態を直接観測する。これまでは主に13C NMR測定を行ってきたが今後は共同研究の幅を広げて、
比熱測定、磁気トルク測定なども行いFFLO超伝導が実現している可能性を検証する。
-''-Fe塩
これまでの13C NMR測定から見積もられたFeスピンが作る内部磁場の大きさは定常磁場で印加できる最高磁場を
遥かに超えている。そこで、パルス強磁場施設を利用して超高磁場を印加し、磁場誘起超伝導の可能性を検証する
。また、東北大金研で印加できる最高磁場である24 Tでの13C NMR測定を遂行し、定常強磁場中での磁気状態を明
らかにする。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
-科学研究費助成事業
若手研究(A)
-一般財団法人
材料科学技術振興財団
-公益財団法人
村田学術振興財団
不採択
助成研究
研究助成
不採択
応募中
74
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
カイラル超伝導体におけるチャーンサイモン効果の実験的検証
部局等名
助教・延兼啓純
理学研究院・物理学部門
<研究の目的>
本研究の目的は、カイラル超伝導におけるチャーンサイモン効果を実験的に明らかにすることである.近年、チ
ャーン不変量によって特徴付けられる普遍数理構造が凝縮系物理学において発見されている.例えば、2010年のノ
ーベル物理学賞は「2次元炭素単層シート”グラフェン”においてディラック電子がもたらす量子ホール効果の発見」
に対して贈られている.特に基礎学術において興味深い点は、(2+1)次元のトポロジカルな場の量子論であるチャ
ーンサイモン理論ではグラフェンにおける量子ホール効果の可能性が予言されていたことである.このグラフェン
実験による発見を契機として凝縮系物理実験と場の量子論の相補的な関係性からトポロジーに関する普遍数理を探
る研究が盛んになった.グラフェンの量子ホール効果はディラック電子におけるチャーン不変量を実証したわけで
あるが、では2つの電子がペアを組んで(クーパー対)、多数のペアが位相を揃えて凝縮した状態(ボゾン系)では
チャーン不変量が物理量に現れるであろうか.我々は、微小Sr2RuO4薄膜単結晶の電子輸送測定を行い、量子伝導に
現れるチャーン不変量を実験的に検証する.層状ペロブスカイト酸化物Sr2RuO4はスピン三重項カイラルp波超伝導で
あることが示唆されている.現在のところ、このSr2RuO4は超流動3He-A相に類似したクーパー対の対称性を持つ唯一
の(擬2次元)超伝導体である.北海道大学でナノスケールカイラル超伝導物理を発展させることを目的として、カ
イラルp波超流動やナノスケール超伝導で最先端の成果を上げているAalto University(フィンランド・ヘルシンキ
)のO. V. Lounasmaa LaboratoryでProf. Hakonen(実験), Prof. Volovik(理論)らとの国際共同研究を推進す
る.
<成果>
(実験)我々は、カイラル超伝導体Sr2RuO4におけるゼロ磁場での分数量子ホール効果と分数電気分極効果を発見し
た.これらの分数性を有する新奇な量子伝導が、カイラル超伝導のチャーンサイモン効果であることを初めて実験
的に明らかにした.以下に得られた実験成果の詳細を記述する.
微小Sr2RuO4単結晶薄膜は劈開によりSiO2/Si基板上に取り出し、電
子ビームリソグラフィーを用いて電極を取り付けた.低温で電子輸
送測定を行った結果、超伝導転移温度以下のゼロ磁場において量子
ホール抵抗を観測した(図1).この量子ホール抵抗が現れる起源は、
(2+1)次元の場の量子論や超流動ヘリウム3薄膜の理論研究において
予言されているトポロジカルなチャーン・サイモン項の誘起により
量子ホール効果が生じたためと考えられる.さらにこのカイラル超
伝導体Sr2RuO4におけるゼロ磁場量子ホール効果が本質的な現象であ
ることを確かめるために、膜厚の異なる試料を複数個準備し、測定
図1:Sr2RuO4 単結晶薄膜における Rxy, Rxx
を行った.興味深いことに2次元伝導面(RuO2面)が10-30層の試料
の温度依存性と Sr2RuO4 の電子顕微鏡写真
では基底状態で量子ホール抵抗(h/4e2~h/2e2)を示した.一方、伝
導面が100層以上の肉厚試料ではホール抵抗値は数kΩより十分小さかった.また、膜厚が数百ナノメートルの試料
75
のTcは、これまでに報告されているバルクSr2RuO4と同じ1.5Kであっ
たのに対して薄膜試料(20nm)では約3K付近で超伝導転移が起きて
いることがわかった.近年の研究においてc軸方向への一軸性圧力
やナノスケール結晶転位近傍では、純良なSr2RuO4においてTcが1.5
Kから3Kへ上昇することが報告されており、このTcに関する未解決
問題、特にカイラルp波超伝導のペアリング機構の解明にナノスケ
ールSr2RuO4単結晶薄膜を対象とした研究が重要であることを示唆
している.また我々はTc=3K以下において異常な電圧を観測した(
図2).この自発電圧は試料の厚さと関係があり、薄くするにつれて
増加することが分かった.伝導面に垂直に磁場を印加したところ±
1Tから±5.8Tの範囲内で自発電圧のスイッチング現象を観測した.
図2:自発電圧の磁場依存性
もし電場Eと磁場Bのカップリングがあれば、自発電圧の発生の起源を説明できるかもしれない.そこで我々はこれ
らの実験結果の解釈について、2次元から1つ空間次元を上げた(3+1)次元のチャーン効果に由来する2次元表面伝
導の寄与が量子ホール効果として現れ、また自発電圧とスイッチング現象は層間方向を考慮した3次元的な電気分極
効果であることを提案した.
(国際学会発表と国際共同研究)
実験成果を国際会議"International School and Workshop on Electronic Crystals ECRYS-2014" H26.8.15-H26
.8.23/フランス・カルジェースにて” Topological electromagnetic response in the chiral superconductors
Sr2RuO4”というタイトルで口頭発表を行った.また、H26.8.11-H26.8.14にAalto University(フィンランド・ヘル
シンキ)を訪問し、カイラル超伝導・超流動に関する理論研究で多くの業績をあげているProf. G. E. Volovikと我
々の実験結果に関する研究議論を行った.Prof. VolovikとはH26.12月にも日本で研究議論を行った.H26.8.24-H2
6.8.27に低次元導体であるカーボンナノチューブ・グラフェンや微小ジョセフソン接合等のナノスケール量子物理
に関する最先端の実験研究を行っているProf. P. Hakonen(O.V. Lounasmaa Laboratory所長, Aalto University
)とナノスケールカイラルp波超伝導の共同研究に関する提案と実験結果についての議論を行った.
<今後の展開>
カイラルp波超伝導Sr2RuO4におけるチャーンサイモン効果を発見し、当初の研究計画以上の興味深い成果が得られ
た.今後も継続してカイラル超伝導体におけるトポロジカル量子現象の実証を遂行する.Aalto Universityでは極
低温物理、特にカイラルp波超流動3Heにおいて大変興味深い発見が数多く報告されている.従って我々のカイラルp
波超伝導に関する研究について国際共同研究を進める予定である.Prof. P. Hakonen所長からはナノスケールカイ
ラルp波超伝導に関する在外研究の了承を得ており、現在外部資金の獲得を目指している.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・三菱財団自然科学研究助成・H27年度・400万円・応募中
・住友財団研究助成・H26年度・200万円・不採択
・稲盛財団研究助成・H27年度・100万円・不採択
・日本板硝子研究助成・H27年度・100万円・不採択
・池谷科学技術振興財団研究助成・H27年度・100万円・不採択
76
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
フラストレーションの開放による新しい高温超伝導の実現
助教
部局等名
吉田紘行
理学研究院
<研究の目的>
超伝導は電気抵抗が零である事や完全反磁性など、豊かな物理的興味のみならず将来のエネルギー問題を解決す
るクリーンテクノロジーとしても大きな注目を集めている。しかし、現状では超伝導は低温現象であり絶対零度か
ら-140℃程度の温度領域でのみ起こる事が知られている。超伝導の多彩な機能性は大きな興味を引き、超伝導を室
温で発現させる試みが極めて盛んに行われたが、これまで実現してこなかった。
本研究では、そのような現状にブレイクスルーを引き起こすべく新たなメカニズムに基づく高温超伝導の実現を
目指す。新しいメカニズムとして、幾何学的フラストレーションをカギとして超伝導を発現したい。第一ステップ
としてフラストレート磁性体を合成し、様々な物性測定を行う事により、通常の磁気秩序が抑制された量子スピン
液体状態を観測する。第二ステップとして量子スピン液体状態にキャリアをドーピングする事により、新しい高温
超伝導の発現を目指す。以上の研究において、これまでに確立していなかった量子スピン液体状態を実験的に確立
する事、更には元素置換や圧力印加によりキャリアをドープし新しい高温超伝導を世界に先駆けて発見する事を目
指している。
<成果>
本研究において、様々な固体化学的手法を用いて新しいフラストレート
磁性体の開発を行った。その結果、新しいS = 1/2カゴメ格子反強磁性体
カルシウムカペラサイトの開発に成功した。正三角形の三つの頂点に、白
と黒の石を同色が隣り合わないように並べる事は出来ない。これと同様
に、正三角形の三つの頂点に上向きと下向きのスピンを交互に並べる事は
出来ない。このような状況を称してフラストレーションと呼ぶ。カゴメ格
子は最もフラストレーションの効果が顕著に現れる系であり、理論的には
絶対零度でもスピンが揺らいでいる量子スピン液体状態が実現すると期
図1
最もフラストレーションの
待されている。カルシウムカペラサイトは歪みや乱れのない、数少ない理
強いカゴメ格子
想的なフラストレート磁性体である事が明らかとなった。詳細な磁化測定
の結果から、本物質の基底状態はスピン揺らぎの強い状態である事を示唆する結果を得た。現状、本物質の磁気基
底状態が理論的に予想されていたスピン液体状態であるかはまだ明らかではないが、今後より詳細な磁化・比熱測
定やNMR、中性子散乱実験、また単結晶育成を行う事で解明したい。
また、同様に新物質であるカゴメ格子反強磁性体クロムアンチモナイトの開発に成功した。本物質も乱れや歪み
のない理想的なカゴメ格子反強磁性体である。詳細な磁化・比熱測定から、本物質においては通常では起こりえな
い逐次磁気転移を示す事を明らかにした。また、基底状態としてスピン揺らぎの強い状態の実現を示唆する異常を
観測する事に成功した。本物質の基底状態を解明するため、高エネルギー加速器研究機構ミュオングループとの共
同研究でSR実験を行う事が決定し、実験の準備が進んでいる。
77
以上の2次元カゴメ格子反強磁性体の揺らぎの強い状態の発見に
加えて、一連の1次元フラストレート磁性体イシイナイト(La3AlMS7,
M = V, Cr, Fe, Co, Ni, Cu)の合成に成功した。本物質においては結
晶構造の1次元性を反映した低次元磁性の観測に成功した。また、元
素置換によるキャリアドーピングを行う事により金属化、及び超伝
導化を試みている。一方、イシイナイトと類似した構造を有する1
次元フラストレート磁性体Ba2V2O3S4は1次元系特有の金属絶縁体転
移であるパイエルス転移が起こると理論的に計算されており、また
元素置換や圧力印加によりパイエルス転移を抑制することで超伝導
化が期待される系である。本年度の研究においてはBa2V2O3S4の単相
試料を得る事は出来ていないが、より詳細で精密な合成を行うこと
図2
La3AlMS7 の結晶構造
で、単相試料を得ること、及び超伝導化を実現したい。
本年度は、これまでに得られた成果を国際会議Study of matter at extreme conditions 2015のシンポジウム(招待講
演)において発表した。タイトルは「Orbital Switching Phenomenon in Spin-1/2 Kagome Antiferromagnet Volborthite
」でS = 1/2カゴメ格子反強磁性体ボルボサイトの軌道スイッチ現象とスピン液体的な基底状態について発表し、様
々な議論を行った。
<今後の展開>
本年度の研究では、最終目標として掲げたフラストレーションの開放による新しい高温超伝導の実現には至らな
かった。一方で、これまでに実験的に確立されてこなかった量子スピン液体の実現を示唆する結果を新しい物質カ
ルシウムカペラサイトとクロムアンチモナイトにおいて得る事に成功した。今後、これらの物質の磁気基底状態を
明らかにするため単結晶育成や、より精密な磁化や比熱といった巨視的物性測定を行う。また、NMR、中性子、S
Rといった微視的測定が共同研究として行われる予定であり、一部については既に進行している。
1次元フラストレート磁性体イシイナイトについては、キャリアドーピングを行っているものの、現状では金属化
、超伝導化は達成していない。今後、より多彩な合成法を用いてキャリアドーピングを進めると共に、圧力印加等
の実験を行うことで物理的に電子状態を変化させ金属化を目指す。
以上の研究をより発展させる事により、これまで不明確であった量子スピン液体状態が実験的に確立すると期待
される。また、キャリアが適切にドーピングされる事により、スピン系の量子液体である量子スピン液体状態から
電子系の量子液体状態である超伝導状態への量子相転移が生じうる。過去にこのような量子相転移が実験的に確立
された例は無く、研究が完成した際のインパクトや物理学への貢献は非常に大きいと期待される。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
平成27年度からの外部資金として平成27年度池谷科学技術振興財団「単年度研究助成」及び、日本学術振興会「
若手研究(B)」、村田学術振興財団「研究助成」へ応募申請した。その結果、日本学術振興会「若手研究(B)、平成2
7-28年度」に採択された。現在、村田学術振興財団の結果を待っている状況である。
78
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
ペア行列を利用した強相関電子系分子の量子化学計算
研究代表者
部局等名
助教・小林正人
職・氏名
理学研究院
<研究の目的>
量子化学計算は、実験研究者も含めた分子・物質科学コミュニティで広く用いられるようになった。しかし、遷
移金属を含む分子や反応の遷移状態を記述するには定性的にも不可欠な「強い電子相関」を正しく取り込んで計算
することは、未だ専門家でも困難なものである。研究代表者は2電子波動関数を用いる電子状態理論の研究を展開し、
従来に比べより簡便に強相関系が計算可能な手法を提案したが、大規模系への展開はできなかった。最近、2電子波
動関数の情報を有効的に繰り込んだペア行列を用いることにより、さらに簡便に強相関系の計算が可能なHartree–
Fock–Bogoliubov (HFB)法が注目されてきており、研究代表者はこの手法に基づき分子の構造を求める手法の開発に
成功した。本事業では、この手法をさらに大規模系へと適用し、また分子動力学計算にも拡張することによって、
強相関系を取り扱う新たな基盤的理論を構築することを目的とする。また、HFB法に唯一存在するパラメータζの適
切な値についても検討を行った。さらに、強い電子相関と関連が深い有限温度の効果についても検討を行った。
<成果>
一重項ビラジカルは、強い電子相関の影響が大きい典型的な系である。本事業ではまず、平成25年度に研究代表
者が開発したHFBエネルギー勾配法を、ビラジカル性の高い分子の構造最適化計算に適用し、本手法の有用性を検
証した。表1にベンゼンからHが2つ抜けた3種類の一重項ベンザインの最適化構造を示す。o-ベンザインのC1–C2距
離は、RHFではCASSCFよりも3 pm以上短く、UHFでは7 pm以上長くなってしまう。HFB法もζ = 1.0ではC–C距離を
全般に過大評価するが、ζ = 0.8ではCASSCFとよい一致を示すことがわかった。HFB法はCASSCF法のように活性空
間を指定する必要はなく、また計算コストも非常に少ないので、ζを適切に設定する方法が確立されれば、本手法は
静的電子相関が重要な寄与を果たす分子の構造を推定する強力な手法になり得ると考えている。
Table 2. Optimized bond lengths (in pm) for singlet o-, m-, and p-benzynes.
Molecule
o-benzyne
m-benzyne
p-benzyne
R(C1–C2)
R(C2–C3)
R(C3–C4)
R(C4–C5)
HFB (ζ = 1.0)/6-311G**
141.3
143.8
143.1
142.5
HFB (ζ = 0.8)/6-311G**
127.1
138.9
139.2
140.5
CASSCF(8,8)/aANO
125.1
140.0
139.1
142.0
HFB (ζ = 1.0)/6-311G**
143.8
143.1
143.1
HFB (ζ = 0.8)/6-311G**
138.6
138.4
139.5
CASSCF(8,8)/aANO
137.5
137.9
139.6
MR-CCSD(T)
138.4
138.8
140.9
HFB (ζ = 1.0)/6-311G**
143.1
144.0
HFB (ζ = 0.8)/6-311G**
138.5
140.2
CASSCF(8,8)/aANO
137.8
140.9
MR-CCSD(T)
137.3
143.3
Method
79
また、強い電子相関と関連が深い有限温度の効果についても検討を行い、特に電子相関理論の一つである2次の
Møller–Plesset摂動(MP2)理論で進展があった。有限温度MP2のエネルギー表現は、これまで以下とされてきた。
C
EMP2

f p f q f r f s pq rs  2 rs pq  rs qp

r  s   p  q
pqrs
(1)
ここでfは温度有限の時の分子軌道の占有数を表している。この表式には、{r, s}、{p, q}の組が等しい場合に発散し
てしまい、また温度を低くしていったときの振る舞いが0 Kの結果に正しく収束しない、という問題点が指摘されて
いた。最近、平田らは以下のrenormalized有限温度MP2エネルギー表現を提案している。
R
EMP2

f p f q f r f s pq rs  2 rs pq  rs qp
pqrs

f r  r  f s  s  f p p  f q  q
(2)
一方、研究代表者らは以前、MP2計算の前に分子軌道を得るために行われるHartree-Fock (HF)計算の密度行列(DM)
を用いて、直接MP2エネルギーを求めるDM-Laplace MP2法について研究を行い、この方法に基づく2種類のエネルギ
ー表式(S−1F表式とDF表式)の実践的パフォーマンスを検証した。本事業の研究の中で、有限温度MP2エネルギー
表現に対してDM-Laplace MP2と同じ導出過程を踏むと、従来の表現(1)からはS−1F表式が、renormalized表現(2)から
はDF表式が導出されることが分かった。絶対零度の計算であっても、密度行列に近似が導入されると有限温度の表
式と同じように小数占有数が現れるが、このような場合のDM-Laplace MP2法では、S−1F表式を用いた場合に正しい
エネルギーが得られないことが知られていた。本研究により、この原因が(1)式の発散によるものであることが明ら
かとなり、特に強い電子相関の影響が大きい場合には(2)式を利用することが必要であると分かった。
<今後の展開>
本事業により、HFB計算プログラムは分子動力学計算に対応し、また構造最適化計算の効率も高まった。まずは
このプログラムを使って、通常の化合物に比べて外部刺激に敏感に応答する「感応性化学種」の構造と物性評価に
利用することを検討している。例えば中間的なビラジカル性を持つ分子が典型的な感応性化学種の一つとして知ら
れており、このような系の物性を理解するためには、強い電子相関を取り込んだ計算が不可欠となる。平成27-28年
度の研究期間で採択された科研費課題に本事業の成果を引き継ぎ、このような系の構造・反応・物性計算のレシピ
を確立したい。さらに、現在のHFB法では「強い電子相関」と双璧をなす「動的電子相関」の効果を取り込むこと
ができていないため、これを取り込んで精度を高める研究も並行して進めていきたい。
また、本事業の終盤で、研究代表者が開発を進めてきた大規模系計算手法である分割統治(Divide-and-Conquer: DC)
法とHFB法とを理論的に接合する検討を行った。将来的には金属中心を含むタンパクの構造計算などに利用するこ
とを目標として、継続して研究開発を進めている。なお、DC計算プログラムは、2種類の有限温度MP2理論や密度
行列形式のMP2理論と組み合わせた拡張が行われた。このプログラムについては、これまで通り、論文発表の後に
アイオワ州立大学から配布されているフリー量子化学計算パッケージGAMESSに実装する予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・日本学術振興会科学研究費補助金
用」
若手研究(B)「大規模強相関系のブラックボックス量子化学理論の確立と応
継続(平成25~27年度)
・文部科学省科学研究費補助金
する理論的研究」
新学術領域研究(公募)「感応性化学種が持つ中間的な電子構造とその反応に関
採択(平成27~28年度)
・秋山記念生命科学振興財団
研究助成<奨励>「ペア行列を用いた大規模複雑電子状態の量子化学計算手法の開
発と電子励起状態への適用」
申請中(平成27年度)
80
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
現代の聖人――ロシア正教会における聖人崇拝の伝統とその現代的意義
研究代表者
職・氏名
部局等名
助教・高橋沙奈美
スラブ・ユーラシア研究セン
ター
<研究の目的>
本研究は、ロシア正教の信者にとって最も重要な信仰対象のひとつである聖人に着目し、現代における列聖のポ
リティクスと崇拝のプラクティスを明らかにすることを目指した。スターリン没後の後期社会主義時代からポスト
・ソヴィエトの現在に至るまでの時期を取り上げ、科学的無神論というイデオロギーの揺らぎと崩壊、そしてポス
ト・ソヴィエト的消費社会の到来という宗教をめぐる新しい状況の中で、表面的にはアーカイックに見える聖人崇
拝がいかなる変容を経験しているのかを宗教社会学の観点から考える。
本研究では、第二次大戦後のロシア・ナショナリズムの高まりとソ連崩壊後に到来したポスト近代の社会状況を
考慮に入れつつ、具体的な検討材料として、最後の皇帝ニコライ二世一家と、民衆の自発的崇拝が列聖に結び付い
た聖人であるサンクト・ペテルブルグのクセーニヤ(1732-19世紀後半)とモスクワのマトローナ(1881-1952年
)を取り上げる。彼らの列聖をめぐる議論と、メディア上の表象・言説、そして実際の崇拝の現場について、ポス
ト近代社会についての宗教社会学の成果を参照しつつ検討する。それによって、列聖と聖人崇拝の意義を解明する
ことで、後期社会主義時代からポスト・ソヴィエトの社会における信者大衆にとっての聖人の意味・魅力の持続と
変容、その消費文化の側面を論ずる。そのために、欧米や日本といったポスト近代社会の観察から得られた宗教社
会学の成果を踏まえて、ソ連崩壊後に到来したポスト近代の特徴がロシア正教の振興世界に及ぼした影響を読み解
こうとする点で画期的であり、ポスト・ソヴィエトのロシア正教の変容について、新しい切り口を提示することを
目指す。
<成果>
まず、ロシア正教会における聖人の位置づけについて、予備的考察を行った。中世以降現在まで、ロシア正教会
が聖人をどのように位置づけてきたのか、近代以降の列聖と聖人崇敬にどのような変化が現れたのか、ソ連時代の
列聖と聖人崇敬の実態がどのようなものであったのか、といった点について俯瞰的な考察を行った。これらについ
て、国外を含む以下の学会で報告した。
・
Sanami TAKAHASHI, The Prestige of Saints: Contemporary Saints in Post-Soviet Russia, in the 6th East Asia
n Conference for Slavic Eurasian Studies, Seoul, Korea, 27-28 June 2014.
・
高橋沙奈美、「聖人崇拝から見るロシアのキリスト教受容の独自性」、ユーラシア諸国におけるキリスト教受
容の比較研究、北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター、2014年11月。
また、ここで得られた知見を以前のプロジェクトで行ったフィールドワークの結果と合わせて、論文の形で発表
することができた。
・
Такахаси С. Канонизация и почитание современных святых в поздне- и постсоветской России//Церковь, го
сударство и общество в истории России и православных стран: Религия, наука и образование/ под ред. А
ринина Е.И. Владимир. 2014. С. 162-170.
81
2015年2月から一か月にわたって、ロシア連邦サンクト・ペテルブルグで、聖クセーニヤについての資料収集およ
びフィールドワークを集中的に行うことができた。準備段階で、聖クセーニヤについて詳細な研究を行っている人
類学者のセルゲイ・シュティルコフ(ヨーロッパ大学人類学部)およびジャンナ・コルミナ(高等経済学院ペテル
ブルグ支部)両氏とメールで連絡を取り合い、参照すべき先行研究や調査方法についての助言を受けた。
ペテルブルグでは、両氏との研究交流を兼ねて、ヨーロッパ大学でセミナーを開催し、以前の研究に関する成果
報告を行った。
本研究課題に即しては、国立中央アーカイヴ、国立宗教史博物館、サンクト・ペテルブルグ府主教区アーカイヴ
、ロシア国立図書館で資料収集を行い、ソ連時代のクセーニヤ崇拝の実態、および当局による管理について、貴重
な資料を集めることができた。また、クセーニヤやマトローナについて、大衆向けの聖者伝やイコンを収集し、さ
らにクセーニヤの生涯をテーマとした戯曲を観劇した。
<今後の展開>
2015年2月の調査結果については、The 33rd ISSR (International Society for the Sociology of Religion) Conference
(ベルギー、2015年7月)にて報告することを予定している。合わせて、調査結果を論文の形にまとめ、Religion, S
tate and Societyなど国際的評価の高い査読誌に投稿する予定である。
H27年度以降は、地方・国家アイデンティティとの結びつき、ジェンダー論の視点、聖人崇敬における現代的メ
ディアの役割に注目しながら、現代の聖人列聖と崇敬についての研究を行う。モスクワおよびエカテリンブルグに
て、聖マトローナとニコライ二世一家の崇敬に関するフィールドワークを行うことを予定している。ニコライ二世
一家と聖クセーニヤに共通する特徴として、亡命教会による列聖がロシア国内の動きに先立ったという点を挙げる
ことができる。これに関連して、古儀式派や亡命教会を含めたロシア教会の動向について博士論文を提出した、ロ
シア国立人文大学のセメネンコ・バシン教授と連絡を取り合っており、モスクワでのフィールドワークの際に直接
助言を受ける予定である。また、列聖を通じた在外教会とのつながりに関しては、三菱財団の研究助成を申請して
おり、採択されれば、調査地を米国にまで広げ、ロシア正教の国際的ネットワークという視点を含めて、本研究課
題を展開する予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
平成26年度科学研究費助成事業(研究活動スタート支援)・H26~H27年度・273万円・採択
北海道大学交流デー(ブレーメン大学)の開催に係る経費支援・H26年12月・20万円・採択
公益財団法人杉野目記念会海外研修助成・H27年度・10万円・採択
第44回三菱財団人文科学研究助成・H27年度・135万円・申請中
82
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
腫瘍血管内皮細胞のメチル化制御に関する基盤的研究
特任助教・間石
部局等名
奈湖
遺伝子病制御研究所
<研究の目的>
腫瘍組織では腫瘍細胞のみならず,腫瘍血管を構成する腫瘍血管内皮細胞(TEC)も正常組織の血管内皮細胞(NEC)
と比べて様々な異常性を示すことが近年明らかになっている.TECはNECに比べて細胞増殖能や遊走能が高く,様々
な遺伝子発現が亢進している.
我々は腫瘍組織形成過程において腫瘍微小環境の影響を受けたTECがエピジェネティクス,特にメチル化制御を受け
て,NECとの様々な性質の違いを獲得しているのではないかと考えた.本研究ではTECのメチル化制御の可能性とそ
の影響を検討する.
<成果>
当初の計画通り,ヒト臨床検体数症例を用いてがん組織からヒト腫瘍由来血管内皮細胞を,非がん部から正常血
管内皮細胞を分離培養した.これまで得られた知見を生かすため,マウスの皮下移植腫瘍からも腫瘍血管内皮細胞
を分離培養した.正常コントロールとしてはマウス正常皮膚由来血管内皮細胞を準備した.
分離培養した血管内皮細胞を用いてDNAメチル化アレイ解析を行い,過去に行ったDNA microarray解析の結果と照
らし合わせ,mRNA遺伝子発現パターンとDNAメチル化との関連について比較検討した.その結果,腫瘍血管内皮細胞
と正常血管内皮細胞では異なるメチル化パターンを示す遺伝子がいくつか選出された(図).
これまで腫瘍血管内皮マーカーとして着目していたGene Xについて,さらに詳細に解析を進めた.具体的には,
メチル化特異的PCR解析とBisulfite sequencing解析を行った.Gene Xの発現には,メチル化制御が関与している可
能性が示唆された.
さらに,メチル化制御のメカニズムを調べるため,腫瘍微小環境の影響についてin vitroで腫瘍細胞由来液性因
子を用いて検討している.
83
(図)メチル化アレイとDNA microarrayのヒートマップ
<今後の展開>
さらに多くの腫瘍血管内皮細胞でのみ発現が亢進している,もしくは低下している遺伝子について着目し,メチ
ル化制御との関連を検討する.また,それらががんの病期とどのように関わりうるのか臨床病理学的因子と共に検
討する.さらに,メチル化制御に関わる腫瘍微小環境因子について,in vitroで検討し,メチル化制御の一端を解明
したい.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・2014年度武田科学振興財団(医学系研究奨励)・H26~28・200万円・不採択
・H26年度歯科基礎医学会(若手研究者助成)・H26年度・50万円・不採択
・2014年度秋山記念生命科学振興財団(奨励)・2014年度・50万円・不採択
・H26年度研究成果最適展開支援プログラムA-STEP・H26~27年度・170万・不採択
・2015年度秋山記念生命科学振興財団(奨励)・2015年度・50万円・応募中
84
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
カルボニル化による小胞体カルシウムセンサーSTIM1の機能制御機構の解明
部局等名
助教・東恒仁
医学研究科
<研究の目的>
細胞小器官の一つである小胞体は、細胞内の主要なカルシウムストアとしての機能を有する。Stromal interacti
on molecule 1(STIM1)は、小胞体に局在するカルシウムセンサーであり、小胞体内のカルシウム濃度が減少する
と、細胞膜のカルシウムチャネルと相互作用して細胞へのカルシウム流入を促進することが知られている。申請者
らは、最近、STIM1の新規スプライスバリアントであるSTIM1Lを見出した。そしてSTIM1LはSTIM1と比較してカルシ
ウムチャネルとの相互作用が強いことを報告した(Horinouchi et al., 2012)。
また申請者は、ニコチン及びタール除去タバコ煙水抽出物(nicotine- and tar-free cigarette smoke extract,
CSE)が、細胞内カルシウム依存的に細胞傷害を惹起することを見出した(Mai et al., 2012)。更に、CSE中の主
要な細胞傷害因子の実態は不飽和カルボニル化合物であるacrolein(ACR)およびmethyl vinyl ketone(MVK)で
あることを報告した(Noya et al., 2013; Higashi et al., 2014)。不飽和カルボニル化合物は反応性が高い化
合物であり、核酸やタンパク質に対して求核反応をしてこれらの生体高分子を不可逆的に修飾することが報告され
ている。
しかしながら、不飽和カルボニル化合物によるタンパク質の修飾と、不飽和カルボニル化合物によって惹起され
る細胞傷害との関係については、全く分かっていない。
そこで、不飽和カルボニル化合物による細胞傷害のプロセスを解明するために、小胞体カルシウムセンサーであ
るSTIM1の機能が、不飽和カルボニル化合物によりどのような影響を受けているか、その分子メカニズムを明らか
にすることを本研究の目的とした。
<成果>
不飽和カルボニル化合物によるSTIM1のカルボニル化修飾
まず、STIM1およびSTIM1のバリアントであるSTIM1Lが、不飽和カルボニル化合物によって修飾を受けるかどうか
を確認した。Flagタグを付加したSTIM1もしくはSTIM1Lを発現するHEK293T細胞を構築した。構築した細胞を不飽和
カルボニル化合物で処理した後に、免疫沈降法を用いてSTIM1もしくはSTIM1Lを精製した。カルボニルの特異的検出
試薬であるaldehyde reactive probe(ARP)を用いてSTIM1およびSTIM1Lのカルボニル化を検出したところ、両者と
もアクロレインで処理した場合に特異的にカルボニル化を受けることが分かった(図1A)。これに加え、興味深い
ことに、STM1LはSTIM1と比較してより強くカルボニル化修飾を受けることが判明した。
85
STIM1Lのカルボニル化部位の特定
STIM1Lは、STIM1のスプライスバリアントであり、STIM1のC末端領域に約100アミノ酸が挿入された遺伝子構造を
取っている。申請者は、STIM1L特異的なカルボニル化部位が、この約100アミノ酸残基中にあるのではないかと考え
た。カルボニル化修飾を受ける主要なアミノ酸残基は、リシン・ヒスチジン・システインとされている。STIM1L特
異的なアミノ酸配列中には、ヒスチジンが6個、システインが1個含まれていたことから、部位特異的突然変異法を
用いてこれらのアミノ酸残基をアラニンに置き換えた変異体を作製し、カルボニル化を解析した。その結果、560
番目のシステインをアラニンに置換したSTIM1L変異体(STIM1L C560A)のカルボニル化レベルは、STIM1と同レベル
まで低下することが判明した(図2)。この結果から、STIM1Lの560番目のシステインが不飽和カルボニル化合物に
よって修飾されていることが強く示唆された。
カルボニル化がSTIM1に与える影響の解析
カルボニル化合物がSTIM1の局在に与える影響を、免疫染色を用いて調べた。不飽和カルボニル化合物(ACRおよ
びMVK)処理によるSTIM1およびSTIM1Lの局在の著明な変化は、観察されなかった(データは示さず)。
図 2 STIM1L C560A のカルボニル化解析。
図 1 STIM1 及び STIM1L のカルボニル化
Lane1:
HEK293T,
lane2:
STIM1,
lane2:
STIM1L, lane4: STIM1L C560A
<今後の展開>
今後は、マススペクトロメトリーを用いたSTIM1のカルボニル化部位の特定や、カルボニル化がSTIM1やSTIM1Lの
機能に与える影響について検討する予定である。特に、カルボニル化がSTIM1/STIM1Lと他のタンパク質(特にTRPC
やOrai1などのカルシウムチャネル)との相互作用に与える影響を免疫沈降法などの相互作用解析を用いて解明する
と共に、細胞へのカルシウム流入に及ぼす影響を、細胞内カルシウム測定法を用いて明らかにしていきたいと考え
ている。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
H26年度公益財団法人鈴木謙三記念医科学応用研究財団調査研究助成・不採択
第43回かなえ医薬振興財団研究助成金・不採択
H27年度西宮機能系基礎医学研究助成基金・申請中
86
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
Adapting to a changing workforce: knowledge management practices in
the Japanese construction industry
研究代表者
職・氏名
Assistant professor Michael HENRY
部局等名
Faculty of Engineering
<研究の目的>
Due to Japan’s aging society, many experienced workers are retiring from the workforce, resulting
in a loss of their expert knowledge after their retirement. To sustain the future of Japan’s
construction industry, it is necessary to preserve expert knowledge and pass it along to the next
generation of workers. The purpose of this research was to investigate knowledge management (KM)
practices in the Japanese construction industry towards understanding how to preserve and transfer
the expert knowledge of aging workers. The research is important as Japanese society continues to age
and fewer people pursue careers in construction, even while maintenance becomes more critical as the
current infrastructure system ages and deteriorates, and thus it is necessary to consider solutions
for sustaining the industry into the future while adapting to new demands, such as reduced
environmental impacts and greater durability and resilience. The target of the investigation is to
provide a fundamental background for the development of a framework for expert knowledge
preservation in construction, as there is no basic study clarifying the existing methods in Japan,
as well as to build a strong domestic and international network and to gain knowledge about the
situation overseas. The results will be compared to approaches reported overseas and in other
industries to explore how the Japanese industry can adjust to the changing workforce while preserving
infrastructure safety and improving infrastructure sustainability.
<成果>
Upon receiving the research fund and beginning to plan the research study, I found out that the
international conference I intended to join was not being held that year. As I was required to
utilize more than half the budget for international travel, I consequently re-oriented my
international travel plans to focus on building a research network with colleagues in Europe and to
gather general information about the state of sustainability in concrete construction in some select
countries. This new focus was slightly shifted from my original target of knowledge managementspecific research, but still fell within the general concept of how to sustain and improve the
construction industry in the future considering socio-economic changes.
For the overseas travel, I visited the Danish Technological Institute in Denmark and Kingston
University and Loughborough University in the United Kingdom. At these institutions, I met with
researchers working in the field of concrete construction and engineering, as well as experts on
87
sustainability of construction, to establish connections in Europe, gather information on the current
state and issues related to the sustainability of concrete materials and construction, and to explore
the potential for future collaboration. In particular, I was able to learn about the variety of
institutional efforts that have been carried out in the UK towards improving sustainability in the
concrete and construction industries, which spurred me to later apply to another research fund in
order to pursue further collaborative research at Loughborough University (unfortunately, the
application was not accepted).
As per my original research plan, I was able to join a meeting of the Japan Knowledge Management
Association and learn about KM activities. Additionally, I was able to make significant connections
with researchers in this field here in Japan. This led to an opportunity to conduct a basic hearing
at a large construction company, focusing on their corporate social responsibility (CSR) activities
and how KM plays a role. This knowledge was particularly useful for considering potential future
courses of research plans.
Overall, I was able to gather information on the current state and issues related to how to sustain
the construction industry in the future, although that information was broader than just the original
scope of KM alone. I also made invaluable connections with researchers, both in Japan and abroad,
which I hope will lead to future collaboration. Therefore, although I was not able to successfully
fully implement my original research plan, due to the cancellation of the international conference,
I was able to adjust and successfully pursue other goals related to the original plan.
<今後の展開>
As part of the development of this area, I have begun to invest more effort into research on CSR
activities in the construction industry, which covers a variety of sustainability-related topics as
well as the KM theme that was originally focused on in this research. Due to the support of this
fund, I was able to make connections with stakeholders carrying out CSR in construction companies, so
my goal for the near future is to coordinate my research activities with their needs, if possible
through collaborative research. I am also planning on trying to again obtain research funds related
to this topic in order to enable a broader range of activities, including large-scale surveys as
well as overseas investigations.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
 Kakenhi (Kiban-B): 2015-2017, 19,850,000 yen, rejected
 Kakenhi (Challenging Exploratory Research): 2015-2016, 4,980,000 yen, rejected
88
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
高度セキュリティー蛍光インクを指向した円偏光発光(CPL)シリコン量子ドットの開発
部局等名
助教・中西貴之
工学研究院
<研究の目的>
本研究は『シリコン量子ドットにキラル有機分子を付与することで生じる
円偏光発光(CPL)を利用した新型セキュリティー蛍光体の創成』を目的とし、
光化学に関する新分野の開拓を狙った。
昨年度、申請者は大気中でも安定な量子ドットの発光特性を実現するため
にスチレン分子をシリコン表面上に化学結合させ、その保護効果によって発
光効率55%の強発光化に成功した。
【左図:シリコンとスチレンとの共有結合イメージとその赤色発光】
本申請では量子ドット半導体に有機化合物が持つ特
有の光機能付与を目的に、量子ドットの表面保護其に
『キラル分子』を用いて、発光に特殊な円偏光を持つ
『CPL 特性』を付与した量子ドット発光体の検討を行っ
7nm
た。量子ドットはサイズ効果による波長選択(下写真:
5nm
4nm
2nm
粒子サイズに依存した発光色変化)を行え、物質固有の CPL 特性による発光性セキュリティインク材料となること
が期待される。
円偏光発光『CPL』はキラル中心(不斉炭素など)を有する有機分子の発光に観測される光学現象の一つで発光スペ
クトルに特別な偏光差(旋光)が付与される現象である。この発光は円偏光フィルタと組み合わせると高度な光波伝達
が可能となり、セキュリティー性が必要な紙幣の蛍光インクや次世代物流を支える蛍光タグシステム、3次元画像
技術など光学分野で活発に研究が行われる。一方で量子ドットにおけるCPL現象の報告例はこれまでほとんどな
い。これは量子ドット(無機半導体)へのキラル中心の導入が単純に困難なためであるが、上記方法では光開架反応に
より量子ドット上に直接キラル構造を持つ有機分子を結合することが可能であると考えた。この無機化合物の最小
単位:量子ドットに有機化合物の特徴である『キラル:CPL 特性』を上乗せした新規ナノハイブリットに関する研
究は、我々の合成技術を利用し初めて達成されるもので独創的で新規性が高いと考え本研究の遂行を行った。
<成果>
希釈したフッ酸硝酸を用い、UV照射下でキラル誘導体との光開
裂反応を行った。Fig.1はR保護其を用いたナノ粒子の透過電子顕微
鏡(TEM)と分散状態のヒストグラムを示す。 5-7nmの大きさで粒
子系の揃った量子ドットが(R/S)置換基どちらの場合でも生成で
きることがわかった。一方、R- or S-キラル化合物の導入により
、シリコン量子ドットの発光量子効率は依然報告した55%から
20%程度に大幅に低下したが、赤色750nm(R担持)および黄色550
nm(S担持
)の発光を示すキラルが付与した量子ドットが得られた。その量子ドットへの担持量はSとRで大きく異なるというこ
とが初めてわかった。そのキラル物性を評価するために行ったCDスペクトル測定では有機分子(R/S)のみのCDス
ペクトルとは明らかに異なるスペクトルが可視域に発生した。
89
これは量子ドット表面にキラ
ル分子が直接結合した誘起CD
スペクトルでありシリコン電子
物性とカップリングしたことを
示している。実際にR/Sのキラ
ル有機分子の種類を振り検討を
行ったところ、その形はシリコ
ンと用いたキラル分子を反映
した異なる誘起CDがそれぞれ
観測された。
得られたR- or S-量子ドッ
トを
用いて、その円偏光発光
(CPL)測定を京都大学
工学研究院と共同で行なった。Fig.3 a)b)とc)にはその発光スペクトル
、寿命曲線、およびCPL測定結果を示す。CPL測定に関しては、現段階
では良好なCPL発光の観測まで至っていないが、粒子作製条件にフィー
ドバックをかけ再実験を行い現在その検討を行っている。ここまでの成
果は新規な量子ドット合成と誘起CDの発現を中心に論文を作成し国際学術誌への投稿を行った。
<今後の展開>
今回、研究目的のひとつCPL機能の確認が間に合っていないが本研究を進めること解決できると考えている。円
偏光発光は光スペクトルに物質固有の情報を含ませることができ、高度な光通信・次世代3D技術に必要不可欠な
光機能物質である。本研究は可視のフレキシブルCPL発光体の創製を目指す先駆的研究であり、その発展が非常に
重要であると考えている。今後も引き続き研究を行い、良好なCPL物性の設計が確保された時点での特許出願と、
得られた学術成果を国際学術誌に投稿することを行う。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・
H26 ノーステック財団
talent補助金 H26・35万・採択
・
H26 服部報公会
・
H26 科研費
若手研究(B)・H27-H28・500万・採択
・
H26 科研費
新学術領域「元素ブロック高分子」・H27-H28・500・不採択
研究助成・100万・不採択
・ H26 JSTさきがけ「分子技術と新機能創出」・H27-H28・3000万・不採択
90
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
大容量LAN系光通信向け送信用光デバイスの研究
部局等名
准教授・藤澤剛
情報科学研究科
<研究の目的>
スマートフォンなどの普及、データセンタ事業の活発化に伴い、ネットワークのバックボーンを支える光通信の
需要が急増しており、その通信容量の大容量化、ネットワーク装置のグリーン化(小型化、低消費電力化)が急務
となっている。光ファイバ中の複数の導波モードそれぞれに情報を乗せる、モード分割多重技術(MDM:Mode D
ivision Multiplexing)は通信容量の大容量化に極めて有用であり、ここ数年、盛んに研究が行われている。
MDMでは、複数のモードの合分波の際に、主に、レンズを利用した空間光学系のものが用いられているが、サイ
ズ、部品点数も多いため、将来的には小型で集積可能な導波路型モード合分波器が望まれている。しかし、これま
で報告された導波路型モード合分波器は一般に光の波長依存性が大きく、その高性能化が望まれている。
本研究では、高性能モード合分波回路、並びにその最適設計技術に関する研究を行う。具体に、光波回路最適設
計手法の一つである、波面整合法を用いた独自のモード合分波光波回路最適設計技術を開発し、それを用いて、モ
ード合分波回路の極限性能追求を行う。特に、実用化の際に課題となる波長依存性を極限まで低減した、高性能モ
ード合分波回路の研究を中心に行い、MDM伝送技術の実用化に貢献していく。
<成果>
将来のLAN向け大容量光送信機ではWDM技術
の導入が避けられないため、用いる光波回路の波
長依存性の低減が最優先課題となる。波面整合法
は、特に光波回路の波長依存損失の低減に有用な
設計手法であり、これまで、Y分岐導波路や導波
路交差など様々な光部品設計に用いられてきた。
それに対し申請者は、多モード干渉導波路と呼ば
れる、入出力は単一モードであるけれども、部品
図 1 非対称方向性結合器型モード合分波器
中で複数のモードの相互作用を利用する汎用光部
品設計に波面整合法を初めて適用し、その動作帯
域拡大に成功し、権利化も達成してきた。これま
での成果を基に、今年度は、より一般的な、マル
チモード入出力を含む、モード制御光波回路に適
用可能な波面整合法を新たに開発した。
本研究では図1に示すような非対称型モード合
分波器を考える。導波路2に入射された基本モード
(LP01モード)は、非対称方向性結合器において
、導波路1の第1高次モード(LP11モード)へと結
図 2 モード合分波器の透過スペクトル
合し、モード合分波器として動作する。図2の赤線
91
は、通常のモード合分波器の透過スペクトル
であり、1.5ミクロン付近にピークをもち、
パラボリックな特性を有しており、波長1.3
、1.7ミクロンでは約2.5dB程度の損失がある
。このモード合分波器に、本研究で開発した
波面整合法を適用した結果得られた、導波路
構造の上面図を図3に示す。波面整合設計に
図 3 波面整合法により設計された
より、導波路の幅が変調されていることがわ
モード合分波器の導波路形状
かる。本構造の透過スペクトルを図2緑線に
示す。図から、波面整合設計をしない通常構造に比べ、透過損失が減少し、波長1.3から1.7ミクロンという超広帯域
において、損失が-0.5dB以下となっており、波長依存性が大幅に低減されていることがわかる。
以上、本研究では、モード制御光波回路の波長依存損失の低減、究極性能を実現する導波構造の探索を行い、波
面整合設計をしない場合に比べて、大幅に波長依存性を低減する構成を見出した。本成果については、共同研究者
である日本電信電話株式会社と共願で特許を出願済み、また、2015年3月の電子情報通信学会で成果を発表してお
り、今後、国際会議投稿、論文化を進めていく。さらに、モード変換器の1種である偏波変換器の性能向上について
も検討し、こちらも、2015年3月の電子情報通信学会で成果を発表、また2015年6月開催予定の国際会議CLEO-Eu
ropeに講演が採択されている。
<今後の展開>
本研究で開発した設計理論をベースに、様々な導波路パラメータの光波回路に対して、波面整合設計を行うととも
に、製造・実用化に耐えうる高トレランス設計を追求していく。さらには、設計した構造を実際に試作し、波面整
合設計の効果を検証するとともに、試作結果から設計にフィードバックを行う。また、ここでは第1高次モードであ
るLP11モードのみの合分波を考えたが、今後、さらなる高次モードの合分波回路を同様に波面整合設計し、複数の
モード合分波回路を実現し、モード多重伝送の実現に貢献していく。その過程で、国際会議発表、論文化はもちろ
んのこと、特許出願も積極的に行い、成果を公表していくことで、本学のプレゼンスを高めていきたい。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・科研費、研究活動スタート支援・採択(課題番号26889002)
・公益財団法人倉田記念日立科学技術財団、平成26年度倉田奨励金、採択
92
若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
4,5,6 族の元素からなる新規結晶性複合酸化物の合成と固体酸性質の評価
研究代表者
職・氏名
助教・村山
部局等名
徹
触媒化学研究センター
<研究の目的>
これまで結晶性の固体酸触媒は,ゼオライト及びその類似体がほとんどである.従って,結晶性を有する4,5, 6
族元素の複合酸化物を合成し固体酸触媒反応に展開することは大変意義深い.4,5,6族元素を骨格構造に持つ結晶
性を有する固体酸触媒を合成し,均質な表面を有する固体酸触媒が合成できれば,酸性質の発現メカニズムの解明
にも繋がるため,学術的にも非常に重要な価値を持つ.申請者の所属する研究グループでは,水熱条件下における
ユニット合成法を開拓し結晶性の細孔構造を有するMo,Vの結晶性複合酸化物(Mo3VOX)触媒の合成に成功し報告を
行ってきた.ユニットの出発原料をMo,Vのみならず他の4,5,6族元素の組合せで行えば,ユニット合成法によ
り結晶性構造の構築ができ,複合酸化物への機能集積が可能と考えられる.4,5,6族の元素から規則的かつ均質な
表面を合成のために,前駆体溶液の精密な調製およびキャラクタリゼーションが必要であり,多くの無機材料合成
手法の検討が必要不可欠である.そこで本研究では,4,5,6族の元素からなる新規結晶性複合酸化物の合成と固体
酸性質の評価を目的とした.
<成果>
4,5,6族の元素からなる新規結晶
性複合酸化物は,構成元素の性質に
由来する酸化還元特性,ヘテロポリ
酸(ポリオキソメタレート)の様な分
子性を有することが期待でき,水熱
条件下にて結晶化することにより,
ゼオライトのような細孔特性を併せ
持つことが期待できる(Fig. 1).当研
究グループにおいて合成に成功した
Mo,Vの結晶性複合酸化物(Mo3VOX)
触 媒 の 合 成 手 法 を 応 用 し ,
W-M-O(M= Ti,Zr,Nb,Ta)複合酸
化物の合成を行った.この結果,得
Fig. 1 Multifunctionality of new complex metal oxide catalysts on the basis of
crystal structure.
られた複合酸化物はオクタヘドラル
積層構造を基盤とする新しい結晶性を有することが分かった.また,得られた複合酸化物は,ミクロ孔およびメソ
孔を有しており,100~150 m2 g-1と大きな比表面積を有している特徴があった.これらの複合酸化物は,固体酸と
して有効に作用することが期待できるため,本申請研究を通じて,キャラクタリゼーションを行うと共に,近未来
における重要な反応と位置付けられるバイオマス変換反応に応用し固体酸性質の評価を行った.
93
・リール大学(フランス)との連携
リール大学のセバスチャン・ポール教授,フランク・ドミュニエル教授,およびベンジャミン・カトリニョック
助教と協力し,バイオマス変換反応の一つである乳酸の転換反応(および酸化反応)を行った.乳酸からのアクリル酸
合成およびピルビン酸合成は,化成品合成における中間体原料の合成反応として非常に重要である.当研究グルー
プにて合成した複合酸化物触媒を用いたところ,ブレンステッド酸性質を制御することで従来の反応温度である約3
80℃と比較し,200℃付近の低温においても反応が進行することが分かった.生成物選択性の向上に課題が残るも
の酸点の制御により活性の向上が見込まれる結果となった.
また,アリルアルコールの酸化反応についても連携を行った.当研究グループで開発したMo3VOx複合酸化物触
媒を用いたアリルアルコールの酸化反応において,棒状結晶の結晶面における反応性の違いを明らかにした.
・アイントホーヘン工科大学(オランダ)との連携
アイントホーヘン工科大学のエミール・ヘンセン教授と協力を行い,W-Ti-O複合酸化物の酸性質解明および固体
酸活性の評価を行った.この研究は,主に当研究グループにて実施し,研究結果について議論を行う形で行った.
W-Ti-O複合酸化物触媒の有する高い固体酸活性を,水の存在下における酸性質を赤外分光により関連付けて評価す
る手法を開発した.W-Ti-O複合酸化物触媒は,水存在下においても機能する高活性なルイス酸点を有しており,こ
のルイス酸点がバイオマス変換反応に有効であることが分かった.
・カーディフ大学(イギリス)との連携
グラハム・ハッチング教授,ジョナサン・バートレー助教,デービッド・ウィロック助教と協力を行い,最近の
研究成果について意見交換をし,カーディフ大学の研究を当研究グループが補助をする形で連携を行った.バイオ
マス変換反応の一つであるレブリン酸の水素化反応において,CuをZrO2に担持した触媒(Cu/ZrO2)が有効であるこ
とをカーディフ大学の研究グループが見出した.当研究グループは,その触媒のキャラクタリゼーションを補助す
る形で連携し,Cu/ZrO2触媒がレブリン酸の水素化に有効な理由が,触媒の表面構造にあることを示した.
<今後の展開>
今回の申請研究で得られた研究結果は,いずれも今後の研究の発展の足掛かりになるものであった.平成26年度
中の論文の成果発表には間に合わなかったものの,本申請研究で得られた成果を引き続き議論し,平成27年度には
共著の論文として成果発表をすることを予定している.
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・H27年度科学研究費助成事業(若手研究(A))・H27~H29年度・3000万円・不採択
・H27年度旭硝子財団
自然科学系「研究奨励」・H27年度・200万円・応募中
・H27年度石油学会研究助成・H27年度・100万円・不採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
遺伝子治療に向けた細胞の力学特性の評価:
ミオシン結合タンパク質の欠損による細胞への影響
助教・水谷
部局等名
武臣
先端生命科学研究院
<研究の目的>
近年、外来遺伝子をヒトゲノム上に挿入する技術の開発が進んでいる。外来遺伝子として、治療目的の遺伝子を
選択した場合には、遺伝子治療として活用できると期待される。この場合、外来遺伝子をゲノム上の何処に挿入し
ても良いという訳ではなく、元の細胞の生理的な機能が失われない、癌化しない、などの条件を満たす領域への導
入が求められる。現在、この条件を満たす場所の探索が進められている。
最も有力な候補とされているサイトが、19番染色体上
のAAVS1と呼ばれる領域である。ここには、MBS85(ミオシ
ン結合タンパク質)がコードされている(右図)。MBS85を
欠損させても、iPS細胞の分化能が失われない、細胞の増
殖能は保持されている、などが分かっている。しかしな
がら、ミオシンに依存した細胞の力が変化するのかは不
明である。心臓や筋肉といったミオシンが重要な臓器へ
の遺伝子治療を開始する前に、MBS85の欠損の効果を明ら
かにしておく必要がある。
本研究の目的は、MBS85の欠損が細胞の力に与える効果を明らかにすることである。このために、MBS85の発現抑
制による細胞の力への影響を評価するために、次の実験を行った。まず、ヒト繊維芽細胞株に対して3つの操作を
行った。それぞれ、ゲノムを改変してMBS85を発現できなくしたKnockout (KO)、AAVS1領域にGFPを導入したKnockin
(KI)、特別な操作を加えていないWild-type (WT)、である。これらの細胞群をコラーゲンゲル中で培養し、細胞の
力でゲルの大きさが有意に変化するかどうかを計測した。
<成果>
MBS85の発現抑制は、細胞の力に影響を与えることが明らかとなった。まず、MBS85に特異的な抗体を用いて免疫
蛍光染色を行い、MBS85のKDとKOを確認した(下図。ここでは、WTとKOの比較を示している)。次に、KOとWTの細胞を
コラーゲンゲル中に埋め込み、培養時間の
経過とともに細胞の力でゲルが縮んでいく
様子を計測した。KO群でのゲルの直径は、W
T群と比べて有意に小さくなっていた。この
ことは、MBS85の発現量の減少が細胞の力を
増加させることを示唆している。この結論
を裏付けるために、KO細胞にMBS85を強制発
現させ(KO(OE))、KO群とのゲルの大きさの
変化を比べた。その結果、ゲルの収縮が
95
緩和されることが明らかとなった。これは、MBS85の発
現量を回復させることにより、増大していた細胞の力
が本来の値に戻る傾向があることを意味する。以上の
結果から、MBS85の発現抑制は細胞の力の増大に繋がる
ことが明らかになった。さらに、ゲノム編集によりAAV
S1領域にGFPを導入した細胞群(KI)を作製した。AAVS1
領域にGFP遺伝子が挿入されていることをPCR等によっ
て確認した。このKI細胞群とWT細胞群をそれぞれコラ
ーゲンゲル中に埋め込み、ゲルの大きさの変化を比較
した(右図)。その結果、KI群でのゲルの直径は、WT群
と比べて有意に小さくなっていた。従って、AAVS1への
外来遺伝子の挿入によっても、細胞の力が増加するこ
とが明らかとなった。
ヒトの細胞に外来遺伝子を導入することを目的とした場合、AAVS1領域を活用すると細胞が出す力が増加してしま
うことが明らかとなった。筋肉や心臓といった細胞の力が重要な臓器へと外来遺伝子を導入する場合、AAVS1領域で
はなく、別の箇所を選択することが良いと予想される。
<今後の展開>
癌化しない等これまで指摘されていた安全性を保ちながら、さらに、細胞が出す力を変化させることなく、外来
遺伝子を導入するためには、AAVS1領域ではない箇所を探す必要がある。AAVS1領域ほど注目されていないが、ヒト
ゲノム上で遺伝子導入先の候補とされている箇所が幾つかある。それらに対してゲノム編集を加えた細胞を作製し
、細胞が出す力を評価する予定である。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
・2014年度住友財団基礎科学研究助成・H26~H27年度・320万円・不採択
・H27年度科学研究費助成事業(若手研究(A))・H27~H30年度・2700万円・不採択
・H27年度科学研究費助成事業(挑戦的萌芽研究)・H27~H28年度・500万円・採択
・H26年度興和生命科学振興財団研究助成・100万円・不採択
・H26年度JSTさきがけ研究助成・H26~H30年度・3000万円・不採択
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若手研究者自立支援
研 究 成 果 報 告 書
研究題目
研究代表者
職・氏名
超分子錯体形成を鍵とする凝集誘起型発光現象の探索
助教・小門
部局等名
憲太
大学院理学研究院
<研究の目的>
凝集誘起型発光(Aggregation-Induced Emission、AIE)は、固体状態や凝集状態で有機発光色素の発光強度が増大す
る現象であり、2001年のTangらの報告(Chem. Commun. 2001, 1941.)以降、精力的に研究が進んでいる分野である。
旧来の有機発光色素の研究において、その機能評価は溶液系で行われていることが多いが、有機発光色素を実際に
デバイス化する場合、蒸着やスピンキャストなどの固体状態で用いることがほとんどである。この点において、固
体状態でも濃度消光を示さず、むしろ発光強度が著しく増大するAIE特性を示す色素は、実際の応用において優位性
を有していると考えられ、凝集体分散液中での金属イオンや生体分子の発光センサーのみならず、有機発光デバイ
ス(OLED)などへの応用も広く検討されている。
AIE色素の一般的な設計指針としては、分子内回転運動を起こしやすいフェニル基のような置換基をπ電子系に集
積させるというものであり、ヘキサフェニルシロールやテトラフェニルエテン(TPE)と言った化合物がAIE特性を示
す典型例として報告されている。しかし、凝集を形成した時以外に発光強度が増大する例は、冷却や凍結を除くと
ほぼ報告されておらず、発光センサーとして用いられている報告でも、検出対象である生体分子などと会合して結
果的に凝集を形成して発光している例しかない。
本申請研究では、AIE特性の発現を、凝集を形成させることに拠らず、超分子的に制御することを目的に研究を進
めた。具体的には、典型的なAIE色素であるテトラフェニルエテン(TPE)を母骨格としたさまざまな分子を合成し、
①金属錯体、②共結晶、 ネットワークポリマー、といった種々の分子集合体を用いたAIE特性の制御を試みた。
<成果>
①金属錯体を用いた系
金属錯体と錯形成できるAIE分子として2,2’-ビピリジルを4箇所に有するBP
yTPEを合成した。BPyTPEの合成はラジカル反応によってモノブロモ化した4,
4’-ジメチル-2,2’-ビピリジルとテトラ(4-ヒドロキシフェニル)エテンをウィリ
アムソンエーテル合成に付すことで行なった。
得られたBPyTPEは凝集を形成していなくても若干の発光を示し、凝集する
ことで発光強度が増大するAggregation-Induced Emission Enhancement(AIEE)の
挙動を示した。また、クロロホルム/メタノール(1/1、v/v)の条件下で銅(II)、亜
鉛(II)、鉄(II)の各イオンとそれぞれ錯形成を試みたところ、紫外可視吸収の極
大波長は鉄 (15 nm)>銅=亜鉛 (9 nm)の順に長波長側にシフトし、発光スペク
トルでは元のBPyTPEよりも発光強度が減少する様子が見受けられた(右図)。
これは、近距離の金属イオンへの光誘起電子移動(PET)の影響と考えられる。
これらのことから、BPyTPEは金属イオンと錯形成し、AIEEの強度が変化する
ということが明らかになった。
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②共結晶を用いた系
AIE分子としてテトラ(4-ヒドロキシフェニル)エテン
(THPE)を選択し,THPEのフェノール性のヒドロキシ基
を利用し,水素結合アクセプター(HBA)となる含窒素複
素環式化合物として4,4’-bipyridine(4,4’-bpy)、2,2’-bipyri
dine(2,2’-bpy)、1,10-phenanthroline(1,10-phen)、imidazol
e(Im)、2-methylimidazole(2-MeIm)、DABCOを用いて共
結晶を作製し、結晶構造解析および発光特性の評価を行
なった。その結果、4,4’-bpy、2,2’-bpy、1,10-phenとの
共結晶ではほとんど発光を示さなかったが、Im, 2MeI
m, DABCOとの共結晶ではTHPE単独の場合と同様に強く発光した(上図)。これらの共結晶について単結晶X線構造
解析を行ったところ、DABCOとの共結晶を除いて、THPEのフェノールの水酸基が隣接するTHPE同士を水素結合
によって会合させ、一次元のテープ状の構造体を形成し、このテープをHBAが水素結合により架橋することで二次
元ないしは三次元の構造体を形成することが明らかになった。これらのことから、THPEの水素結合能を利用し,
さまざまなHBAとの共結晶の作製に成功し、共結晶形成によるAIE発光特性の制御が可能であることが明らかにな
った。
③ネットワークポリマーを用いた系
ネットワークポリマーの架橋点とポリマー鎖に着目し、AIE骨格を架
橋点に導入したさまざまなネットワークポリマーを作製し、機械的性質
と発光特性について評価を行なうため、反応点としてラジカル重合性の
アクリロイル基を有するAIE架橋剤(A2)を合成し、種々のモノマー類と
のラジカル共重合によってネットワークポリマーの作製を行なった。そ
の結果、弾性率が大きいネットワークポリマーでは極大発光波長(λem)が
短波長シフトし、発光量子収率(ΦF)が増大する傾向が見受けられ、ポリ
マー鎖の固さに応じて架橋点のAIE骨格の運動が制限され、発光特性に
影響することが示唆された(右図)。また、膨潤状態や温度によっても発
光強度が劇的に変化する様子が見受けられた。ネットワークポリマー内
部ではAIE架橋剤が均一に分布しているので、凝集ではなく周囲のポリ
マー鎖との相互作用によって発光特性が変化することを強く示唆する
結果である。
<今後の展開>
本研究の知見を元に、「分子運動の停止に拠る発光クロミズムの発現」という観点で、これまで実現し得なかっ
た発光材料の探索に引き続き取り組んでいく。
<平成26年度公的研究費申請・採択状況>
科学研究費補助金若手研究(B), 研究代表者, 3,300,000円, 採択
日揮・実吉奨学会研究助成, 研究代表者, 2,000,000円, 採択
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