6. 高エネルギー現象 −原子核反応利用の背景− ■ 特殊相対論的力学 粒子に外力 F が作用すると,粒子の運動量 p と運動エネルギー K は,次式にし たがって変化する. dp dK = F , =F ·v dt dt (1) 両式は互いに無関係ではなく,第 1 式と速度ベクトル v との内積をとると,第 2 式が得られることに注意しておく(ここまでは古典力学の復習). ところで,粒子の速度がきわめて速くなり,光速度(light velcotity)c ≈ 3 × 108 m/s と同程度になると,粒子の運動は特殊相対論的力学と呼ばれる力学に従う.この力 学によれば,運動量 p は次のように表されることが知られている. p= √ mv (2) 1 − (v/c)2 なお,(2) を (v/c)2 のべき級数に展開すると, [ ( )2 ]−1/2 [ ( )2 ( )4 ] v 1 v 3 v p = mv 1− = mv 1 + + +······ c 2 c 8 c (3) と表されるから,v/c ≪ 1 では p= √ mv 1 − (v/c)2 ≈ mv (4) と近似でき,(2) は古典的な運動量と一致する.さて,新しい運動量 (2) を時間 t で 微分すると, m dv dp = 2 3/2 dt dt [1 − (v/c) ] (5) となるから,(5) と v との内積をとれば, [ ] dp mv dv d mc2 √ v· = · = dt dt [1 − (v/c)2 ]3/2 dt 1 − (v/c)2 (6) を得る.したがって (1) との対応から,特殊相対論的力学における粒子の運動エネ ルギーは, [ ] d mc2 mc2 dK √ = より K = √ − mc2 dt dt 1 − (v/c)2 1 − (v/c)2 (7) と表されることになる(v = 0 で K = 0 となるように,積分定数を −mc2 に決定 した). ■ 粒子の内部エネルギー 1 個の自由粒子を考える.ここで言う“ 自由 ”とは,その粒子が重力や電磁気力な どの外力を受けず,他の粒子とも相互作用せず,まったく自由な状態にあることを 指す. 1 さて,運動している自由粒子のエネルギー E は, E =K +U (8) によって与えられる.K は運動エネルギー,U は粒子が内部構造を持つことに起 因するエネルギーである.自由粒子は相互作用をしていないのだから,粒子間の相 互作用エネルギーや重力によるポテンシャルエネルギーなどを考慮する必要はな い.ところで,運動エネルギー K の値は自由粒子を観察する座標系によって異な るが,内部エネルギー U には座標系によらない絶対基準が存在する.相対論的力 学によると,その値は U = mc2 (9) によって表されることが知られている.したがって,自由粒子がもつエネルギーの 相対論的表示は,(7) (8) (9) から, mc2 mc2 E=√ − mc2 + mc2 = √ 1 − (v/c)2 1 − (v/c)2 (10) と決定される.(10) を (v/c)2 のべき級数に展開すれば, [ ( )2 ]−1/2 [ ( )2 ( )4 ] v 1 v 3 v 2 E = mc 1− = mc 1 + + +······ c 2 c 8 c 2 (11) と表されるから,v/c ≪ 1 では mc2 1 E=√ ≈ mc2 + mv 2 2 2 1 − (v/c) (12) と近似することができる.(12) の第 2 項は古典力学における運動エネルギーで, v = 0 において 0 となる.一方,第 1 項は粒子の速度とは無関係であるから,た とえ粒子が静止していても,粒子はその内部にエネルギーを保有していることに なる.したがってこのエネルギーを,静止エネルギーあるいは質量エネルギーと 呼ぶ. 静止エネルギーの存在は,『質量もエネルギーの一つの形態である』ということを 意味しており,質量変化を伴う現象では,同時にエネルギーの増減も発生すること を予言している.このことを確かめるためには,2 つ以上の粒子を反応させて,そ の前後で質量変化を測定すればよい. 例 1 水素原子が基底状態(E1 = −13.6eV)から第一準位(E2 = −3.4eV)に励起 したとき,内部エネルギーの増加 ∆U に伴う質量の増加 ∆m は, ∆m = E2 − E1 10.2 × 1.602 × 10−19 J ∆U = = = 1.8 × 10−35 kg c2 c2 (3.0 × 108 m/s)2 例 2 メタン 1 mol の燃焼反応による発熱量は 212.8 kcal であるから,この反応前 後で生じる質量差 ∆m は, ∆m = ∆U 212.8 × 103 × 4.19J = = 9.9 × 10−12 kg 2 c (3.0 × 108 m/s)2 2 例 3 中性子 1 個と陽子 1 個が接近して両者が結合すると,波長 λ = 5.6 × 10−13 m の光子 1 個を放出して重陽子が 1 個生まれる.結合の際に生じる余分なエネ ルギーは光子が運び去る.その値は, hc 1.24 × 10−12 MeVm = = 2.2MeV λ 5.6 × 10−13 m であり,質量差に換算すると ∆m = 2.2 × 106 × 1.602 × 10−19 J = 3.9 × 10−30 kg (3.0 × 108 m/s)2 原子核内の陽子同士の間には,静 化学反応(例 2)とは,分子内の原子を組み換えることであり,静電気力で結びつ 電気力による斥力が働いている. いた原子同士を切り離したり結合させたりしなければならない. それにも関わらず原子核が結合し ていられるのは,核子同士を結び 原子核反応(例 3)とは,原子内の核子を組み換えることであり,核力で結びつい つけている核力が,静電斥力を上 た核子同士を切り離したり結合させたりしなければならない. 回る引力として作用しているから 上に示した例 1∼例 3 で,原子核反応は化学反応に比べて質量変化が大きく,反応 である.もちろん,核力の強さは 静電気力の 100 倍程度であるか 前後でのエネルギー変化量も化学反応のそれに比べて非常に大きいことを見た.こ ら,原子核内の陽子数が 100 個近 れは結局のところ,核力と静電気力との強さの違いに起因するものである.静電 くにまで増えて静電斥力が核力を 気力は重力に比べればはるかに強い相互作用力であるが,核力の強さは静電気力 上回ってしまうと,原子核は結合 の 100 倍程度にまで達する.したがって必然的に,原子核反応で解放されるエネ 状態を保つことができなくなる. 原子番号が 100 を大きく上回るよ うな原子が存在しないのは,その ルギーは膨大なものとなる.このエネルギーを熱源として利用することで,最終的 に電力を得るシステムが原子力発電である. ためである. 3
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