VHF 無線電話通信の内容から見た VTS の効果検証

第133回講演会(2015年11月6日,11月7日) 日本航海学会講演予稿集 3巻2号 2015年9月30日
VHF 無線電話通信の内容から見た VTS の効果検証 正会員 瀬田 広明(鳥羽商船高等専門学校) 学生会員 ○大田 大(鳥羽商船高等専門学校) 非会員 Cemil YURT0REN(イスタンブル工科大学) 非会員 Y.Volkan AYDOGDU(イスタンブル工科大学) 要旨 世界各地の船舶輻輳海域では VTS センターが設置され、VTS オペレータによる航行管制がなされている。
VTS オペレータに対しての研修が義務付けられたが、各国により VTS の運用方法は様々である。 本研究では、イスタンブル VTS センターと伊勢湾海上交通センターにおける VHF 無線電話通信の内容を分
析し、各海域の現状を鑑み、VTS オペレータと操船者との間でどのような無線通信が行われているか、また、
VTS センターが海上交通の安全にどのように寄与しているのか検証することを目的とする。検証の結果、VTS
の効果は管制海域の大きさや海域特性など、種々の要因により左右されるものであることが示唆された。
キーワード:海上交通工学、交通管制、VTS センター、VHF 無線電話通信 1.はじめに 2.VTS センターの比較 海上交通における事故防止を目的とし、1948 年に
VTS はレーダ、テレビカメラ、AIS からのデータ
イ ギ リ ス の リ バ プ ー ル で 航 行 支 援 業 務 ( Vessel
及び VHF 無線電話装置を用いた海上交通に関する
Traffic Service :VTS)が初めて運用され、その後、ヨ
情報を収集、把握、監視、航行船舶に対し安全のた
ーロッパ、北米へと普及し、1980 年代には世界各地
めに必要な情報を提供し、場合によっては船舶に対
へと広がり、海上交通の安全確保に寄与している。
して危険防止等のための必要な勧告を行うものであ
2010 年の STCW 条約マニラ改定において船長、
る。また、視界の状況を考慮した航路外待機や大型
一等航海士の最小限の能力基準に VTS 利用能力が
船の入港予定の管理なども行う。
追 加 さ れ た 。 併 せ て 、 VTS オ ペ レ ー タ に 対 し て
地中海と黒海を繋ぐトルコ海峡(チャナッカレ海
IMO/IALA ガイドラインに準拠した世界標準に準拠
峡、マルマラ海、イスタンブル海峡の総称)は、分
した知識、技能の習得と運用、技能認定
(1)
が必要
離方式(Traffic Separation Scheme:TSS)が設定され、
となった。
7 つのセクターに分割された海域を 2 つの VTSC(イ
しかし、航路外待機指示、交通方法の遵守・危険
スタンブル VTSC、チャナッカレ VTSC)により航
回避の勧告など、船舶運航に直接関与できるように
行管制が行われている。イスタンブル VTSC は 4 つ
VTS の権限が増大した反面、VTS オペレータに課せ
のセクターを担当している。図 1 にトルコ海峡に設
られる責任と精神的な負担も増大することとなる。
定された各セクターを示す。
一方、操船実務者から見れば、各種航行支援情報の
享受により精神的な安心感を得られる反面、陸船間
の意思疎通に齟齬が生じた場合に想定される、船舶
運航の最終責任者という立場と VTS からの指示と
の優先順位決定の問題が挙げられる。
そこで本研究では、VTS オペレータと操船者間で
執り行われる VHF 無線電話通信の内容を分析し、操
船者に対してどのような利点があるのか、または、
どのような欠点をもたらしているのかを、伊勢湾海
上交通センター(以下、伊勢湾 VTSC とする。)と
イスタンブル VTS センター(以下イスタンブル
図 1 トルコ海峡と VTS の各セクター VTSC とする。)を比較し、VTS の効果を検証するこ
とを試みた。
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3.1 使用言語の割合 表 1 は本研究で対象とする伊勢湾 VTSC とイスタ
ンブル VTSC を比較したものである。
図 2 には通信に用いられた言語を海域別に示した
イスタンブル VTSC では 1 人の VTS オペレータが 1
ものである。イスタンブルでは英語の割合が半数を
セクターを担当しており、セクター内の権限と責任
超えていることがわかった。そこで、AIS を用いて
は VTS オペレータ個人に委ねられており、休息を十
当日観測された船舶の船籍について調査した結果、
分に取ることを求めている。一方の伊勢湾 VTSC で
セクターカドゥキョイ内を航行した AIS 搭載船のト
は、全対象海域を 2 名以上の VTS オペレータで対応
ルコ籍船の割合は 32%であり、伊勢湾を航行した
し、情報を共有しながらエラーチェーンを断ち切る
AIS 搭載船の日本籍船の割合は 66%であった。
ためのバックアップ体制がとられている。
VTS での使用言語の割合は、当該海域を航行する
また、イスタンブル VTSC 管轄内は TSS が設定さ
船舶の船籍に依存することが見受けられる。また、
れているため、漁船は航路内を航行する船舶を避け
水先人が乗船した場合には、VTSC との通信を自国
なければならず、伊勢湾のように漁船と一般航行船
語で行うので、自国語の使用割合が自国船籍の割合
舶が航路内で競合することが無いという特徴がある。
を上回っている理由だと考えられる。
この点においては、イスタンブルと伊勢湾の VTS オ
ペレータの負担度が大きく異なる。
表 1 イスタンブルと伊勢湾の VTSC の比較
管轄
面積 対象
海域 当直
人数 就労
時間 就労
資格 イスタンブル VTSC 伊勢湾 VTSC 約 1000 ㎢ 約 500 ㎢ 4 セクター (マルマラ、カドゥキョイ、 カンデリ、ターケリ) 5 人 (1 人/セクター) 6 時間勤務 (48 時間以上休憩) 国際航路の船長経験 1 年以上+研修 伊良湖水道航路 及び その周辺海域 4~5 人 (2 人/全管制海域) 2 直制 (9~17 時、17~9 時) イスタンブル 伊勢湾 図 2 VTS での使用言語割合 3.2 時間別通信時間 図 3 は VTSC と船舶との間で行われた VHF 無線
電話通信の通信回数を時間別に示したものである。
海上保安官+研修 セクターカドゥキョイでは深夜から早朝にかけ
て通信回数が多いことがうかがえる。これは錨地付
3.VHF 無線電話通信による VTS の内容分析 近の海域において錨泊に関する事項を VTSC との間
イスタンブル VTSC と伊勢湾 VTSC では、当直人
で通信している船舶が多くなっていたことと、投錨
数や時間、管制海域面積などそれぞれ運用体制に特
した船舶に対して翌早朝にイスタンブル海峡へ入航
徴があることが分かった。そこで VTS オペレータと
する時間を通知するための通信が多いことが原因で
船舶間の VHF 無線電話通信に着目して VTS オペレ
ある。また、早朝 4 時頃からイスタンブル海峡に向
ータの管制方法について以下の 4 つの項目(使用言
け抜錨を開始し、再度、錨泊に関する通報するため
語の割合、通信時間、通信内容、平均通信開始位置)
通信回数が多くなっていることを確認できた。一方、
について 1 日分の通信内容を聴取し、比較検討を行
伊勢湾 VTSC においては、朝夕のラッシュ時に通信
った。イスタンブル VTSC では、1 セクターに 1 つ
回数が多少増加する傾向がうかがえた。
の国際 VHF のチャンネルが割りあてられており、本
研究ではセクターカドゥキョイ(13ch)を対象とし、
伊勢湾では船舶と通信を行う 13ch と 22ch を対象チ
ャンネルとした。なお、通信内容の分析は、鳥羽商
船高専とイスタンブル工科大学海事学部内に設置し
た船舶通信モニタリングシステム (2)で取得された
情報を用いて行った。
図 3 時間帯別通信回数 100
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3.3 通信内容 3.5 通信開始位置 表 2 には VTSC と船舶との通信において、1 日の
図 5 および図 6 は VHF 無線電話を用いて VTS が
通信回数と 1 回あたりの平均通信時間を示している。
行われた時の対象船舶の位置と通信内容を示してい
イスタンブル VTSC では比較的単時間の通信が多い
る。図 5 に着目すれば、セクターカドゥキョイでの
のに対して伊勢湾 VTSC では回数が少ないものの 1
VTS は、管制対象海域内またはその近傍付近でのみ
回あたりの平均通信時間が長くなっていた。この理
行われていることがわかる。錨地付近ではアンカー
由は、伊勢湾 VTSC では位置通報などを行った際に、
レポートが多く、イスタンブル海峡入り口付近およ
関係する情報(例えば、操業情報など)を VTS オペ
び海峡の南口に存在するランウドアバウト方式の通
レータから操船者に提供していることが多いためで
行分離帯付近では、操船指示を含む他船情報の提供
ある。
が多いことが確認できる。つまり、イスタンブルの
表 3 には、VTS で行われた主な通信内容を示して
VTS オペレータは、セクター内に存在する船舶への
いる。いずれも接近する船舶の情報や他船の動向な
サービスに専念しているといえる。換言すれば、セ
ど共通する内容を確認することができた。しかし、
クター内の船舶動静を全て把握することが求められ
イスタンブル VTSC では、Pilot 業務や港湾管理など
る反面、オペレータに判断を委ねられた場合には、
伊勢湾 VTSC に比べ業務内容が多肢にわたり、様々
瞬時に適切な判断が下せると共に、周囲の船舶への
な通信が行われていることがわかった。
伊勢湾 VTSC では、船舶運航に直接関与しオペレ
ータに判断を委ねられるような通信内容は確認でき
なかった。一方、トルコ海峡内では、原則追い越し
行為は禁止されているが VTS オペレータの許可が
あれば追い越すことができる。そのため、イスタン
ブルの VTS オペレータは船舶に対して追い越しの
許可を行ったり、待機指示を与えたりしている通信
が複数回確認できた。このように追い越しをかける
船舶や錨地へ向かう船舶が発生した際、オペレータ
は当該船舶と見合い関係が悪くなるすべての船舶に
図 5 セクターカドゥキョイ付近での通信位置
対して、他船の航行情報を提供しており、表 2 にお
いてイスタンブル VTSC の通信回数が多くなってい
る一因である。
表 2 通信回数 通信時間 VHF の通信回数と平均通信時間
イスタンブル VTS 800 回/日 約 20 秒/回 表 3 伊勢湾 VTSC 271 回/日 約 60 秒/回 通信内容の割合
イスタンブル VTSC
27%
位置通報
24%
投錨・抜錨通報
8%
入航時間指定
4%
追い越し確認
15%
動静確認
4%
Pilot 時間確認
14%
他チャンネル指定
4%
その他
伊勢湾 VTSC
位置通報
予定及び変更通報
動静確認
AIS 表示内容訂正
68%
20%
7%
5%
図 6 伊勢湾周辺での通信位置
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フォローも必要に応じて行っていることが察せられ
参考文献 る。一方、図 6 のプロット結果から伊勢湾の VTS は、
(1) IALA: IALA Recommendation V-103 on Standard 主要航路全域に及んでいることがわかる。セクター
for Training and Certification of VTS の設定が無いため、必然的に対象船舶も増えること
Personnel Edition2.1, pp.6, 2013.12. (2) 瀬田広明・小野太津也・矢野雄基・鈴木治:VHF
から VTS オペレータは広範囲を担当することが免
れない。そのため、複数のオペレータを配置し、連
無線電話通信から見た伊勢湾の海上交通状況,
携しながら、運用ミスが発生しないよう業務にあた
日本航海学会論文集,第 121 号,pp.55-61,
る必要がある。しかしながら、広範囲を管制するこ
2009.9. (3) 鈴木治:船舶通信の基礎知識(改訂版),p145,
とで、危険海域で船舶が集中することないように遠
2013.7. 距離の段階で予め運航調整を行うことが可能となり、
結果として海域全体の安全が確保されていると推し
測ることができる。
4.むすび VTS オペレータの面から見ると、VTS オペレータ
の能力を超える船舶を管制しなければならない状況
下では、複数のオペレータを配置することが望まれ
る。複数のオペレータが存在すれば意思決定の仕方
やその情報共有が煩雑となる。一方、1 人のオペレ
ータのみで管制、状況判断から意思決定、船舶への
指示は、それぞれの決定基準が個々のオペレータの
主観的判断に委ねられている。均一な安全レベルを
担保するためにも、オペレータの精神的な負担軽減
のためにも、客観的判断基準のもとで管制を行える
ような管制支援システムの設計が必要となるであろ
う。
また、操船実務者の面から見た場合、VTSC との
手続きは運用上できる限りの簡素化が望まれる。そ
の意味から、基本的にセクター毎に割り当てられた
チャンネルのみを聴守し、同チャンネルで通信する
ことは合理的である。日本国内においては 16ch で通
信相手を呼び出し、指定チャンネルへ移動すること
が習慣付いているが、無線局運用規則では海岸局の
呼出は 16ch 以外でも可能とされている(3)。そのた
め、合理的な運用を行うためにも、13ch または 22ch
が空いている場合には積極的にこれらのチャンネル
を用いて呼出しを行っても良いのではないかと考え
る。
以上のように、VTS の効果は管制海域の大きさや
海域特性など、種々の要因により左右されるもので
あることが示唆された。VTS 運用基準などを策定す
る場合には、VTS オペレータと操船実務者とが互い
の共通認識の上に立ち、海上交通の円滑さを損なわ
ないことが重要である。
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