論 説 有権者の選好のタイプの分布について 金 子 太 郎 1.前の論文に対する批判と2 0 0 9年の衆議院議員選挙におけ る再調査 筆者は2 0 0 5年9月1 1日の衆議院議員選挙における香川1区の有権者に 対する調査に基づいて,金子(2 0 0 8,2 0 0 9a,2 0 0 9b)を書いた。この間, 学会誌の査読レフリーなどから様々な批判や指摘を受けた。 まず,この調査は香川1区の有権者名簿から6 0 0人を無作為に抽出し, その6 0 0人の有権者に調査票を郵送し,1 8 8人から回答を得たもので,回 収率は3 1. 3%だったが,「回収率の低さ,そこから発生する結果の歪みは 立論に影響を与えないか」という批判を受けた。 そこで,2 0 0 9年8月3 0日の衆議院議員選挙において香川1区の前の調 査よりも多い9 6 0人の有権者に対して同じ調査票を送り,前の論文の結論 について変更する必要があるかどうかを調べてみることにした。 「調査を香川1区に限定しているため,この結果が全国的に見て標準的 であるという根拠がない」という批判も受けたが,この調査を全国的な規 模で行う経済的余裕はないし,たとえ全国的に調査を行ったとしても,結 論の重要な部分は変わらないと考えているので,この点はそれほど問題が あるとは思っていない。 2 0 0 9年8月3 0日の衆議院議員選挙は民主党が大勝し,政権交代を果た −2 7− 3 0−1 ・ 2−7 2(香法201 0) 七 二 有権者の選好のタイプの分布について(金子) し た 選 挙 で あ っ た が,香 川1区 で は 有 権 者 数3 0 4, 7 0 2人,投 票 者 数 2 1 3, 7 0 8人,投票率7 0. 1 4%,各候補者の得票数は 小川淳也(民主党) 1 0 9, 6 1 8票 平井卓也(自民党) 9 1, 4 0 3票 河村整(共産党) 6, 3 7 8票 白石久美子(幸福実現党) 2, 4 1 6票 で,小川淳也が当選し,平井卓也は比例区で復活当選した。 筆者はこの選挙の後,2 0 0 9年9月半ば頃,香川1区の96 0人の有権者 に前と同じ方法で調査票を送り,2 8 3人から回答を得た。やはり,残念な がら回答率は2 9. 4 8%と低かった。今回は締め切りの2週間前に御礼の葉 書(催促の葉書)を出したのだが,あまり効果はなかったようだ。質問票 は9個の質問を含んでいたが,本稿に関連のある質問は以下の5つであ る。 質問1 今回の選挙で投票に行きましたか? 1.投票に行った ○をつけて下さい。 2.投票に行かなかった 質問2 投票に行った方に質問します。小選挙区ではどの候補者に投 票しましたか? ○をつけて下さい。 1.平井卓也(自民党) 2.小川淳也(民主党) 3.河村整(共産党) 4.白石久美子(幸福実現党) 以下の3つの質問はどの候補,どの政党を支持しているかとは関係の ない,あなたの投票に関する態度,考え方についての一般的な質問で 七 一 す。仮定の話だと考えて回答して下さい。 質問3 あなたが支持している候補者が,自分が投票に行かなくても 確実に当選できると予想できる時,あなたは投票に行きます 30−1・ 2−71(香法2 0 1 0) −2 8− か? ○をつけて下さい。 1.投票に行く 2.投票に行かない 質問4 あなたが支持する候補者が相手候補者と接戦になると予想す る時,あなたは投票に行きますか? 1.投票に行く ○をつけて下さい。 2.投票に行かない 質問5 あなたが支持している候補者が全く当選できそうもないと予 想する時,あなたは投票に行きますか? 1.投票に行く ○をつけて下さい。 2.投票に行かない 金子(2 0 0 8,2 0 0 9a)と同じように,質問3,質問4,質問5に対してど のように答えたかで,有権者の選好のタイプがわかる。 質問3 質問4 質問5 選好のタイプ 2 2 2 A タイプ 1 1 2 B タイプ 2 1 2 C タイプ 1 1 1 D タイプ 2 1 1 U タイプ A タイプとは棄権タイプ(Abstention-type) ,B タイプとはバンドワゴンタ イプ(Bandwagon-type) ,C タイプとは チ キ ン タ イ プ(Chicken-type) ,D タ イ プ と は 義 務 タ イ プ(Duty-type) ,U タ イ プ と は 判 官 贔 屓 タ イ プ (Underdog-type)である。 七 〇 2.集 計 結 果 投票した先の候補者別に集計した結果は以下の通りである。 −2 9− 3 0−1 ・ 2−7 0(香法201 0) 有権者の選好のタイプの分布について(金子) 平井卓也 小川淳也 河村 整 白石久美子 棄 権 A タイプ 0 0 0 0 1 1 B タイプ 5 9 0 0 3 1 4 C タイプ 5 4 0 0 1 1 0 D タイプ 8 2 1 4 0 6 1 5 2 3 4 U タイプ 5 9 0 0 1 1 5 NA 5 3 0 0 1 9 1 0 2 1 6 5 6 1 1 2 2 8 3 8 3=4. 9%,U この結果のどこが重要なのかと言うと,B タイプが1 4/2 8 3=5. 3%存在したということである。前回の調査では,B タイプが1 5/2 タイプが1 3. 3%,U タイプが4. 8%だったので,B タイプがかなり減って しまった。理由はよくわからない。しかし,B,U 両タイプとも5%ほど 存在した。これは無視できない有権者の数,比率であると言っていいだろ う。これは金子(2 0 0 8,2 0 0 9a)で述べたように,Downs(1 9 5 7) ,Riker and Ordeshook(1 9 6 8,1 9 7 3)の時代から Palfrey and Rosenthal(1 9 8 3,1 9 8 5) , Kanazawa(1 9 9 8,2 0 0 0) ,Bendor, Diermeier and Ting(2 0 0 3)に至るまで, 従来の投票行動の合理的選択理論は有権者の投票する利得 R を R=pB−C +D(p とは自分の1票で自分が支持している候補者が勝利する確率,B とは自分が支持している候補者が支持していない候補者に勝利することに よって得る便益の差,C とは投票のコスト,D とは投票という市民的義務 を果たすことから得られる効用)という式によって有権者の利得をとらえ てきたのだが,このとらえ方ではとらえることができない有権者の選好の タイプがやはり存在しているということである。従来の投票行動の合理的 六 九 選択理論の R=pB−C+D という式によってとらえられる有権者の選好の タイプは棄権タイプ(A タイプ) ,チキンタイプ(C タイプ) ,義務タイプ (D タイプ)だけで,これでは有権者の選好のタイプを背反網羅的にカバ ーしていないのだから,これらの理論はその基礎において間違っていたと 30−1・ 2−69(香法2 0 1 0) −3 0− い う こ と で あ る。だ か ら,た と え,Kanazawa(1 9 9 8,2 0 0 0) ,Bendor, Diermeier and Ting (2 0 0 3) のように十分に高い投票率を説明する理論があっ たとしても,その説明,「有権者が選挙の度に学習(learning)していき, 十分に多くの有権者が投票に行くようになる」というような説明は現実的 に尤もらしいかどうかは疑問だと言えるということである。 香川1区の投票率は7 0. 0 4%で,この調査のサンプルの有権者の投票率 8 3=9 5. 7 6%だから,明らかに投票に行った有権者がより高い比 が2 7 1/2 率でアンケートに回答したことになる。この意味でこのサンプルには投票 への志向の高い,政治意識の高いグループにバイアスがかかっているか ら,この調査のサンプルにおける選好のタイプの比率と母集団における選 好のタイプの比率は異なっていると考えられる。だから,このサンプルに おける選好のタイプの比率が有権者の選好のタイプを正確に表していると は言えないが,B タイプ,U タイプが無視できない比率で存在しているこ とはわかった。少なくとも従来の投票行動の合理的選択理論が現実に存在 する有権者の選好のタイプの多様性を十分考慮していなかったことはこれ ではっきりしただろう。 上に挙げた以外にもこの R=pB−C+D という式に基づいて膨大な数の 論文が書かれたが,それらは全てその基礎においてやはり間違っていたと いうことである。金子(2 0 0 8)の英文要旨の最後で書いたように,「R=pB −C+D という式に基礎を置いている全ての既存の投票行動の合理的選択 理論は尤もらしくない」のである。 金子(2 0 0 8)が採った方法は,判官贔屓タイプ(U タイプ)は無視でき るほどに小さい比率でしか存在しないと仮定し,A,B,C,D の4つのタ イプで背反網羅的にすべての有権者の選好のタイプをカバーしていると仮 定して,投票行動をベイジアン・ゲームとして表現し,投票率をベイジア ン・ナッシュ均衡として表現するということだったが,現実には判官贔屓 タイプ(U タイプ)は無視できない比率で存在しているようだ。これでは 金子(2 0 0 8)のモデルでは上手く投票率を説明できないということになっ −3 1− 3 0−1 ・ 2−6 8(香法201 0) 六 八 有権者の選好のタイプの分布について(金子) てしまう。これは困った。 そこで,金子(2 0 0 9a)では,完備情報の同時手番ゲームの設定で,各 タイプの有権者が選挙結果の予想とそれに対する合理的な投票行動によっ て,十分に高い投票率(substantial turnout)は説明できてしまうのではな いか,という考えを述べた。完備情報というのは選挙のモデルの仮定とし ては強過ぎる仮定である。しかし,そこはラフに考えておくことにしよ う。 私も衆議院議員選挙の投票率は毎回大体6 5−7 0%前後で,その状況は 何らかの均衡の性質を持っているのではないかと考えてきたが,有権者の 選好のタイプがそれほど容易には変わらないものだとすると,有権者の選 好のタイプの分布によって投票率のかなりの部分は説明できてしまい,そ れは必ずしもゲームの均衡でなくても説明できてしまうのではないかと思 うようになった。だから,金子(2 0 0 9a)の考えと考えは変わっていない。 それを繰り返すと,以下のような考え方である。 有権者の選好のタイプ自体はそう容易に変わるものではないと考えられ るから,投票率がある程度の高さで安定的な数値を示しているのはこのた めではないだろうか。 上で述べたように,調査のサンプルから母集団の有権者の選好のタイプ の正確な比率を知ることはできない。しかし,もし,仮にそれがわかった としたら,必ず投票に行く義務タイプ(D タイプ) ,自分が支持する候補 者に勝つ見込みがあれば投票に行くバンドワゴンタイプ(B タイプ) ,自 分が支持する候補者が相手候補者と接戦になりそうだと予想するときにの み投票に行くチキンタイプ(C タイプ) ,自分が支持する候補者が負けそ うか接戦になりそうなときは投票に行く判官贔屓タイプ(U タイプ)が採 六 七 る最適な行動の結果として,十分に多くの有権者が投票に行くという substantial turnout という現象,十分に高い投票率は,相当程度説明できて しまうのではないだろうか。そこには,自分が支持する候補者を支持する 有権者の集団の中に1人義務タイプ(D タイプ)がいるであろうと信じる 30−1・ 2−67(香法2 0 1 0) −3 2− ことは k を1つ減少させる効果を持つと考えられるから,バンドワゴンタ イプ(B タイプ)の投票する誘因をその分だけ増加させる。こうしたメカ ニズムも併せて考え れ ば,十 分 に 多 く の 有 権 者 が 投 票 に 行 く と い う substantial turnout という現象,十分に高い投票率は説明できてしまうので はないだろうか。 選挙前に最適だと思って採った戦略が選挙後に事後的にも最適である保 証はないから,完備情報の同時手番ゲームで考えると,その戦略の組は一 般にナッシュ均衡ではない。しかし,選挙後に有権者全員の選挙結果に関 する予想が正しかった時には,有権者の戦略の組はナッシュ均衡になって いると考えられる。このように有権者の選挙結果に関する予測が外れるこ とがないと想定できる時には,十分に高い投票率はナッシュ均衡として説 明できることになる。 投票のパラドクスに対する解答,つまり,十分に高い投票率(substantial turnout)を説明する理屈はこれくらいの説明でいいのではないかと私は思 うようになった。 3.アナウンスメント効果との不整合 また,金子(2 0 0 9a)と本稿の研究は,従来の投票行動の合理的選択理 論とアナウンスメント効果の間には整合性がないことを指摘するもので, 従来の政治学のテキストの内容を書き変える必要性を示すものである。 金子(2 0 0 9a)で「従来の投票行動の合理的選択理論のモデルとバンド ワゴン現象(効果)は一貫性がない」と指摘したが,それは判官贔屓効果 (underdog effect)についても言える。 選挙前のメディアの予測報道が投票行動に与える影響,アナウンスメン ト効果はバンドワゴン効果(bandwagon effect)と判官贔屓効果(underdog effect)だが,R=pB−C+D という式に依拠している従来の投票行動の合 理的選択理論が想定しているのは A タイプ,C タイプ,D タイプだけ −3 3− 3 0−1 ・ 2−6 6(香法201 0) 六 六 有権者の選好のタイプの分布について(金子) で,それらのタイプだけでは,これらの効果をほとんど説明できない。バ ンドワゴン効果については,金子(2 0 0 9a)pp.1 7 4−3で書いたので,ここ では判官贔屓効果について書いておこう。 従来の投票行動の合理的選択理論のように,有権者の利得を R=pB−C +D とチキンタイプを基本としてとらえていたならば,判官贔屓効果が生 じるはずがない。なぜなら,チキンタイプ(C タイプ)の有権者は,選挙 前のメディアの予測報道によって自分が支持する候補者が敗北すると予想 すれば,棄権するからである。すると,従来の投票行動の合理的選択理論 が判官贔屓効果を説明しようとすれば,義務タイプ(D タイプ)によって のみ引き起こされる効果であると説明する他はなくなる訳だが,義務タイ プ(D タイプ)というのはどんな場合でも投票に行くのだから,これでは 全く説明になっていない。判官贔屓タイプ(U タイプ)という選好のタイ プを前提にしないと判官贔屓効果は説明できないのである。 まとめると,従来の投票行動の合理的選択理論を前提にする限り,2つ のアナウンスメント効果(バンドワゴン効果と判官贔屓効果)は説明でき ないのである。これらの効果と従来の投票行動の合理的選択理論の間には 整合性がないのである。バンドワゴン効果はバンドワゴンタイプ(B タイ プ)という有権者の利得構造を前提として十分説明できるものだし,判官 贔屓効果は判官贔屓タイプ(U タイプ)という有権者の利得構造を前提と して初めて説明できるものなのである。 現在最も標準的な政治学のテキスト,久米・川出・古城・田中・真渕 『政治学』(有斐閣2 0 0 3年)では,4 3 5ページに2つのアナウンスメント 効果,バンドワゴン効果と判官贔屓効果が説明されていて,4 4 6ページに 合理的選択理論の有権者の利得を表す R=pB−C+D という式が出て来る 六 五 が,これらの間に整合性はない。次世代の政治学のテキストはこのテーマ については内容を書き変える必要があるだろう。 ある学会誌の査読レフリーから「 「バンドワゴン」 ,「アンダードック」と いう,既に先行研究で使われている概念が,著者が想定するような有権者 30−1・ 2−65(香法2 0 1 0) −3 4− のタイプとして適当なのかも疑問が残る。 」と批判されたのだが,上の私 の指摘を理解してもらえれば,むしろそう呼ぶことの方が適切であること がわかってもらえると思う。 もっとも,バンドワゴンタイプ(Bandwagon-type)というのは,棄権タ イプは Abstention,チキンタイプは Chicken,義務タイプは Duty で,A, C,D の間に B で始まる言葉で何かないかと探していて思い付いたものな ので,もともとは言葉遊びのようなところがあったのだけれども。また, 判官贔屓タイプを Underdog-type と呼ぶことは,『公共選択の研究』の査 読レフリーからの指摘,勧めによる(金子(20 0 8)では語呂合わせで E タイプと呼んでいた) 。 4.その他の批判に対する回答 上の批判をしたのと同じレフリーがその批判の前に「投票率に関する膨 大な先行研究に対する貢献が何であるかは,十分明らかにされていないと 思われる。 」と批判しているのだが,その膨大な先行研究のうち,私が知 る限り,すべての投票行動の合理的選択理論の研究は有権者の利得を R= pB−C+D という式でとらえてきた訳で,それらがその基礎から間違って いたということを私は示したのだから,それをなぜ「貢献が明らかにされ ていない」と言われるのか私には理解できない。続けて,このレフリーは その第一の理由として「「バンドワゴン」タイプと「アンダードック」タ イプが存在するであろうという著者の主張は,理論によって導出されたも のではなくて,あくまでも直感的な予想にすぎないからである。 」と批判 しているのだが,本稿では質問3,4,5(金子(2 0 0 8)では質問1,2, 3。金子(2 0 0 9a)では質問5,6,7。質問内容は同じ)に対する有権 者の回答から,それらの選好のタイプが存在していることは明らかで,そ れを「直感的な予想に過ぎない」と批判するのも私には理解できない。こ のレフリーは続けて「本稿が,先行研究に対して「理論的」な貢献を目指 −3 5− 3 0−1 ・ 2−6 4(香法201 0) 六 四 有権者の選好のタイプの分布について(金子) すものであれば,異なるタイプの有権者に関する演繹的なモデルが必要で あろう。 」と書いているのだが,こんな簡単なことを言うのに演繹的なモ デルが必要なのだろうか? 何らかの演繹的な数式の展開などの結果とし て B タイプや U タイプを導き出せ,ということだろうか? そんなこと が無理であり,不必要なことはすぐわかると思うのだが。 同じ査読レフリーは「そもそも,グロフマン(e. g. Hanks and Grofman 1 9 9 8)がしばしば指摘するように,ある特定の選挙の投票率の「レベル」 を説明するという試みはあまり意味があるとは思えない。(中略)複数の 選挙(衆議院選挙と参議院選挙,補欠選挙と総選挙,異なる国の選挙)の 投票率を比較する限りにおいては合理的選択モデルも説明力があるという グロフマンの主張には,説得力があると思われる。 」と批判しているが, それならば,なぜ Bendor, Diermeier and Ting の論文が American Political Science Review(2 0 0 3)に掲載されたのか説明できなくなってしまうだろ う。この論文を読めばわかる通り,投票のパラドクスは選挙の合理的選択 理論の研究者にとっては未解決の問題だったのである。だから,異なる選 挙を比較する研究でなくても,この研究は意味があるのである。 金子(2 0 0 8,2 0 0 9a)では候補者が当選するのに最少限必要な得票数で ある k をパラメーターとして扱ったが,同じ学会誌の別の査読レフリーか ら「k はモデルの中で解かれるべき変数であり,パラメータではない」と いう批判も受けた。これはもっともな指摘だと思う。金子(2 0 0 8,2 0 0 9a) の考え方というのは,大雑把に,ある候補者を支持する有権者の集団が候 補者の当選という公共財が実現できるかどうかという集合行為の問題に直 面しているととらえよう,という考え方である。有権者は主観的にそう考 えているのではないかと想定してのことである。そのために理論的には大 六 三 雑把にでも k という値を1つ決めておく必要があった。 9では以下のように書いた。候補者が2人いて, 金子(2 0 0 8)pp.1 8−1 その各々の候補者を支持する有権者の集団がいた場合でも,k≦N1,N2 が 集団内の主観的予想として成立していればよいとした。また, 両集団に 30−1・ 2−63(香法2 0 1 0) −3 6− とって k の値は違っていて,k1≠k2 となっていてもよいとした。そして, このモデルにおける投票率とは,各集団内の主体的な均衡投票人数の和を 有権者全体の人数で単純に割ったものであるとした。つまり,各集団が自 分たちが支持する候補者の当選という公共財の供給問題に直面し,それぞ れの集団内において各タイプの有権者が最適化行動を採り,均衡投票人数 が求められ,その和を有権者全体の人数で割って投票率が決まると考え た。これは従来の投票行動の合理的選択理論の考え方とは異なる。従来の 投票行動の合理的選択理論では,候補者が2人しかいない場合を考える と,一方の集団にとっての k は他方の集団の投票数の予想によって決まる と 考 え ら れ て お り,そ の 結 果,双 方 の 集 団 の 均 衡 投 票 率 が 互 い に consistent でなければならないという条件が要求されている。筆者はむし ろこのような条件を課さないモデルの方が現実的だと考えて,このような 条件を要求しなかったのである。 この査読レフリーの指摘の通り,相手候補を支持する有権者の投票行動 によって k は変わる訳だから,本来は k はモデルの中で解かれるべき変数 である。しかし,このことが投票率をゲームの均衡として表現しようとす る投票行動の合理的選択理論を難問にしている1つの大きな原因であっ た。また,これは有権者が高度の合理性と情報を持っていることを暗黙の うちに仮定していることになる。むしろこれは非現実的だと私は考えたの である。 この批判を受け入れたとすると,私のモデルは投票行動のモデルという よりも集合行為論のモデルの1つの発展として考えるのがよいのかもしれ ないということになる。それが金子(2 0 1 0)である。 有権者の選好のタイプを A,C,D タイプだけではなく,B,U タイプ をも含む形で一般化し,k もモデルの中で解かれるべき変数ととらえ,投 票率をゲームの均衡として表すというのが難問であることは容易に想像が つく。また,選挙のモデルとしては完備情報というのは強過ぎる仮定だか ら,両陣営における有権者の選好のタイプの分布だけがわかっているとい −3 7− 3 0−1 ・ 2−6 2(香法201 0) 六 二 有権者の選好のタイプの分布について(金子) う不完備情報ゲームとして表現するのが適切だろう。少なくとも現在の私 にこの問題を解ける見込みはない。 この最も一般化された選挙のモデルの均衡を解ける見込みはないという 点と,金子(2 0 0 8)が採った方法では,判官贔屓タイプ(U タイプ)が無 視できない比率で存在するので,投票率の上手い説明にはなっていないと いう点で,私は投票率をゲームの均衡として表現することには失敗してい ることになる。 そこで,金子(2 0 0 9a)や本稿のように「まぁ,大体でいいじゃない」 というようないささかラフな考えを述べている訳である。それを正当化で きるのかどうかわからないが,「市場において観察される価格と配分が全 て一般均衡理論の均衡によって説明できる」と考えるのも極端で非現実的 だと考えられていると思うが(厳格にこの立場を採る経済学者は少数派な のではないかと思う) ,「選挙において観察される投票率が全て何らかのゲ ームの均衡として必ず説明できる」と考えるのもやはり極端で非現実的な 考え方なのではないだろうか,と思うのである。 5.最 後 に 有権者の利得を R=pB−C+D という式でとらえてきた研究論文は上に 挙げた以外にも膨大な数がある。Downs(1 9 5 7) ,Riker and Ordeshook (1 9 6 8,1 9 7 3)が有権者の利得を R=pB−C+D という式で定式化して以 来,全ての投票行動の合理的選択理論の研究者が誤った道を進み,迷路に 迷い込んでしまったのではないだろうか。金子(2 0 0 8,2 0 0 9a)と本稿で そのことははっきりさせられたのではないかと思う。 六 一 これまでの研究で私は従来の投票行動の合理的選択理論の基礎を崩すこ とには成功したとは思うのだが,代替モデルの提示にはあまり成功しな かったようだ。そういう訳で,投票行動の合理的選択理論の研究をされて きた先生方には「破壊的なことばかり言って,あんまり生産的なことを言 30−1・ 2−61(香法2 0 1 0) −3 8− えなくて,どうもすみません」と言う次第である。 参 考 文 献 Aldrich, John H. 1 9 9 3. “Rational Choice and Turnout.” American Journal of Political Science, Vol.3 7, No.1, 2 4 6−2 7 8 Bendor, Jonathan, Daniel Diermeier, and Michael Ting. 2003 “A Behavioral Model of Turnout.” American Political Science Review Vol.9 7, No.2: 261−280 Downs, Anthony. 1 9 5 7. 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