商船高専における海事技術者のキャリア育成の試み - 海洋基本法への

海洋 10 月号原稿-1
商船高専における海事技術者のキャリア育成の試み
- 海洋基本法への期待 -
現代 GP「海事技術者のキャリア育成プログラム」総括担当
富山商船高等専門学校 遠藤 真
鳥羽商船高等専門学校 石田 邦光
弓削商船高等専門学校 多田 光男
広島商船高等専門学校 水井 真治
大島商船高等専門学校 岩崎 寛希
はじめに
商船高等専門学校(以下、商船高専)は 100 年を超える歴史を有する海事教育機関であり、多くの外航船舶職
員を輩出し、日本の産業界に貢献して来た。富山、鳥羽、弓削、広島と大島の五つの商船高専は 15 才の中学卒
業者を受け入れ 20 歳までの 5.5 年制の船員養成機関(3 級海技士)として誕生(昇格)したが、石油ショック後
の海運界の不況と合理化などの影響による工業系学科への学科改組を経て、商船学科(航海 20 名と機関 20 名)
と定員 40 名の工学系 2 学科(富山は人文系学科を含む 3 学科)の計 3 学科(富山は 4 学科)の本科から構成され
る商船及び工業系高専に変貌した。さらに、平成 16 年に独立行政法人化し、平成 17 年度からは学士号を取得す
る 2 年制の専攻科が本科の上に設置されるに至っている。
現在の五商船高専の商船学科定員は 200 名/年であり、
当初の高専昇格時の 1/3 となり、船員を職業として選択する卒業者数も、ここ数年の回復傾向にあるものの、昭
和40年代と比べれば極端に減少している。叫べども改善しない海運企業求人、入学志願倍率の低下、入学者学
力の低下などから、船員養成科目で占められている教育体系にも拘らずわかりやすい夢(船員就職機会)を与え
られない教育機関となり、船員養成学科縮小を目途とした学科改組が余儀なくされ、そして、独立行政法人化と
統合・再編を迎えている。ひとつの教育機関としては抗えない波に翻弄され続けた商船高専の 30 年間であった。
海事教育環境の改善が見られない現状の中、各高専 1 学科となった五商船高専の商船学科が連携して、学生に
対する「わかりやすい夢への道筋の提示」を企画し、試行している。文部科学省の平成 18 年度現代的教育ニー
ズ取組支援プログラム(略称:現代 GP、解説を後掲)に採択された五商船高専が連携して実施する 3 年間の「海
事技術者のキャリア育成プログラム - 強い職業意識と高い職業能力を備えた海事技術者の育成 -」である。職業
としての船員を目指す現代の商船学科学生のキャリア育成を支援する教育プログラムである。
この現代 GP プログラムを実施している最中に、海洋基本法が成立、施行された。経済的合理性に基づく海運
界の動きに翻弄されて来た海事教育機関に、初めて、経済的合理性を超える法的、政策的な存在と活動の根拠が
与えられたのである。
商船高専における海事技術者のキャリア育成の試みである本プログラムの概要とともに、海事教育機関である
商船高専・商船学科の海洋基本法への期待についても紹介するものである。
1.五商船高専連携・現代 GP「海事技術者のキャリア育成プログラム」
五商船高専が連携して取り組んでいる 3 年間(平成 18 年~20 年)の現代 GP「海事技術者のキャリア育成プ
ログラム - 強い職業意識と高い職業能力を備えた海事技術者の育成 -」の概要を以下に紹介する。
1.1 取組の概要
海技士資格が必要となる海事技術者の育成を目指す商船学科のカリキュラムは、国土交通省の定める船舶
職員養成科目で構成され、卒業者の進路は船舶職員を始めとする海事関連産業であり、入学時から海事分野
への強い意欲と意識が必要となる特徴を有する。
現代学生の希薄な職業意識と商船学科固有の特徴が相まって、海技士資格取得率及び就学達成率は伸び悩
んでいる。
本プログラムは、海事技術者としての高い職業意識・能力の育成を目指し、商船学科の正課教育と連携し、
相補うキャリア育成プログラムを開発、実践することに、五商船高専が3年(平成18年度の準備、平成19年
度の試行、平成20年度の実行)を掛けて取組む連携教育改革事業であり、その概要を図1に示す。
低学年においては「働く意識」、「海事技術者を目指す意識」、「論理性と表現力」を育成する。次に、
「資格証明の伴う専門性」、「国際性」等の能力を育成し、最終的に、個々の学生に「キャリアガイダンス」
を行い、進路に繋げることを目指すものである。
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図1
プログラムの概要図
1.2 キャリア育成プログラムの目標、概要と進展状況
本キャリア育成プログラムは、商船学科の学生を対象として、海事技術者としての高い職業意識・能力の育成
を目指し、商船学科の正課教育と連携し、相補うキャリア育成プログラムを開発、実践するものである。具体的
には、以下に紹介する①職業意識の育成、②職業能力の育成と③キャリアガイダンスの 3 種類のグループプログ
ラムを、五商船高専と外部海事関連団体を含む広域ネットワークを活用して、目標を達成するものとなっている。
① 職業意識の育成
職業意識の育成は働く意識と海事技術者を目指す意識を育成する二つのサブプログラムからなる。
・ 「働く意識の育成」
15 歳~20 歳の学生達に、働くことや学習することの意味などを理解させ、意識させることを目標とする
もので、低学年を対象にした読書指導などの仕事学講座(平成 19 年度後期から富山で試行)を開講し、指
導するプログラムである。
・
「海事技術者を目指す意識の育成」
海事技術者とは何か、そのキャリアパスはどのようなものかを理解させ、海事技術への興味と意欲を持た
せることを目標とするもので、低学年の海運企業見学と現役船舶職員による Web 講演会、高学年の海運企
業インターンシップなどを介して、学生自らが海事技術者について意識し、理解するプログラムである。現
役船舶職員による Web 講演会(インターネット接続の五商船高専テレビ会議システムを活用:写真-1 参照)
と内航海運企業インターンシップは、全日本船舶職員協会の支援を得て、平成 19 年度から実施される。第
1 回現役船舶職員講演会のポスターを写真-2 に示す。
② 職業能力の育成
職業能力の育成は論理性・表現力、資格証明の伴う専門性及び国際性を育成する三つのサブプログラムからな
る。
・ 「論理性・表現力の育成」
海事技術者に求められる合理的な判断に必要な論理的な思考能力と表現力を育成することを目標とする
もので、低学年を対象とした論理的な記述・表現作法講座を開講し、指導するプログラムである。
・
「資格証明の伴う専門性の育成」
商船学科に義務付けられている海技士資格の取得を目指した体系的かつ効率的な専門能力の育成を目標
とするもので、高学年を対象とした海技士資格対応講座(平成 19 年度後期から五商船高専 Web 講演会形式
で試行)を開講し、入門から試験対策まで、正課教育の進度と連携しながら、支援するプログラムである。
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・
「国際性の育成」
海事技術者に不可欠なコミュニケーション能力、英語力育成を目標とするもので、高学年を対象とした海
外語学研修講座、英語による乗船実習などを行い、国際コミュニケーション能力の育成を行うプログラムで
ある。平成 19 年度の海外語学研修講座は、7 月 28 日から 8 月 27 日までの 1 ヶ月間、写真-3 と 4 に示すよ
うに、カナダのノースアイランドカレッジで実施された。
③ 「キャリアガイダンス」
キャリアガイダンスは学生個別の能力、適性とキャリアパスなどに基づき、最終的に、自らがキャリアプラン
ニングできる学生の育成を目指すもので、学生個別のキャリアプランニングの作成支援を行うプログラムである。
写真-1 五商船高専テレビ会議システム(Web 講演・会議)
写真-3 カナダでの海外語学研修-1(授業)
写真-2 第 1 回現役船舶職員講演会 の案内
写真-4 カナダでの海外語学研修-2(課外活動)
本プログラムは 3 年間に渡る教育改革の試みであり、3 年間で全ての目標が達成されるとは思えず、海事教育
の改善と改革の種を撒くだけに終わることが予想されるが、五商船高専・商船学科が直面する海事教育における
課題に自らの力でチャレンジしているものである。本プログラムの本質は、商船学科学生のキャリア育成支援の
チャレンジを介して、海運界の動きに翻弄され、疲弊して来た商船高専及び船員養成に携わる人々が失ってしま
った海事教育への誇りと意欲の再生を目指すものでもある。
2.海洋基本法
前述した五商船高専連携現代 GP「海事技術者のキャリア育成プログラム」が教育機関による海事教育の改善
と改革への内側からのチャレンジとすれば、以下に示す「海上輸送の確保」の記述を含む海洋基本法の制定と施
行は、法的・政策的な力を持って、海事教育の存在と活動を外側から支援、支持するものである。
経済的合理性に基づく海運界の動きに翻弄され続けた海事教育機関にとって、海洋基本法への期待は多い。商
船高専としての海洋基本法への期待について、以下に記す。
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第三章 基本的施策 (海上輸送の確保)第二十条
国は、効率的かつ安定的な海上輸送の確保を図るため、日本船舶の確保、船員の育成及び確保、国際海上輸
送網の拠点となる港湾の整備その他の必要な措置を講ずるものとする。
2.1 省庁間の垣根を超える海洋基本法
商船学科の教育機能は文部科学省関連規則に基づき、海事教育内容は国土交通省から指導を受けており、商船
学科の海事教育は文部科学省と国土交通省の両省の狭間で雁字搦めになっているのが実情である。
国土交通省の「船員教育のあり方に関する検討会」において、文部科学省はオブザーバー参加となっていたが、
ほとんど欠席であり、意見もなかった。
商船高専は文部科学省所管の国立高専機構に所属しており、本年、機構本部から①我が国全体の船員養成にお
いて商船高専が担っている役割如何、②商船学科の教育期間が 5 年半の理由は如何、③船員のどの部分を対象に
した教育か(内航、外航の別等)などの、文部科学省自体が知っていなければならない項目についての問い合わ
せがあった。
海洋基本法がここに例示したような省庁間に存在する壁を超え、強く横断的な施策となることを求めるもので
ある。文部科学省と国土交通省の両省の狭間でもがき苦しんでいる海事教育を解放することが海事教育の再生の
第一歩と考える。
2.2 交通政策審議会・海事分科会・ヒューマンインフラ部会の中間とりまとめ
海洋基本法の具体的な施策は国土交通省の交通政策審議会・海事分科会・ヒューマンインフラ部会で審議され
ており、
「海事分野における人材の確保・育成のための海事政策のあり方について(中間とりまとめ:素案)」が
提示されている。第 1 章に、将来必要不可欠な日本籍船を約 450 隻、これらの日本籍船を運航するのに必要な日
本人船員を約 5,500 人とする「船員数の将来見通し」が示され、第 2 章に「優秀な日本人船員(海技者)の確保・
育成のための施策」として、下記する 4 つの取り組みを柱とする具体的な施策案が示されている。
(1)船員を集める
(2)船員を育てる
(3)船員のキャリアアップを図る
(4)陸上海技者への転身を支援する
記述されている具体的な施策案はどれも妥当であり、今まで望んでいた内容である。更なる審議を経た早急な
施策の実現と実施を求めるものである。現在、海事教育を実施している商船高専の視点から、
「(2) 船員を育てる」
に関連して、期待する二つの事柄を以下に記述する。
・
現状実施されている海事教育の分析
「中間とりまとめ:素案」で示されている施策は養成数値目標を満たすための新しい、効率的な海事教育シ
ステムの提示のみに偏重しているように思われる。現在まで実施されている海事教育システム自体について、
何が良く、残さなければならないのか、何が悪く、改善すべきなのかなどの分析が実施されていない。過去及
び現状分析の無い新たな施策の実施は、両用教育と同じ轍を踏むものとなる。学生と教員からなる海事教育現
場は実験室では無いことが理解され、充分な現状分析と合理性に基づく具体的施策の提言を望むものである。
・
海事教育現場の視察と理解
「中間とりまとめ:素案」を実施可能な具体的な施策に昇華していく過程において、商船学科で実施されて
いる海事教育の現状視察、あるいは、商船学科を構成する学生と教員の意見を聴取する機会を望むものである。
海事教育現場の視察と理解は提言される施策の具体的な実現可能性を左右する重要な因子と考える。
おわりに
ここまで、五商船高専連携現代 GP「海事技術者のキャリア育成プログラム」と海洋基本法への期待について、
紹介した。海洋基本法は待ち望んだ“海事教育を支える法的施策”であるが、海洋基本法が海事教育の直面して
いる全ての課題を解消するとは思えない。五商船高専連携現代 GP は、海事教育機関としてのみならず、海事教
育を経て現在に至っている先輩として、後輩に何かをしなければならないとの思いから生まれたものでもある。
海洋基本法に基づく海事教育の再生とその将来には、海事技術者である読者諸兄の教育機関と後輩への期待と活
動が必要不可欠であることを付してまとめとしたい。 (文責: 遠藤 真)
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著者略歴
富山商船高等専門学校 副校長(教務主事)
工学博士 教授 遠藤 真
電子メール: [email protected]
URL:
http://www.toyama-cmt.ac.jp/~endo/
昭和 50 年東京商船大学航海科卒業、昭和 53 年同大学商船学研究科修士課程修了後、舟艇設計に従事。
昭和 56 年国立富山商船高等専門学校(現在、国立高専機構)に奉職、操船シミュレータ・操縦性の研究に従事、
平成 12 年に教授、平成 14 年より日本航海学会・操船シミュレータ研究会・会長、現在に至る。
現代的教育ニーズ取組支援プログラム(現代GP)とは?
「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」は,各種審議会からの提言等,社会的養成の強い政策課題(地域
活性化、知的財産関連教育、キャリア教育など)に対応したテーマ設定を行い,各大学・短期大学・高等専門
学校(以下「大学等」という。)から申請された取組の中から,特に優れた教育プロジェクト(取組)を選定
し,広く社会に情報提供するとともに,財政支援を行うことで,これからの時代を担う人材の養成を推進する
ことを目的とするものであり、高等教育全体の活性化を促している。
GP(グッドプラクティス)とは,近年,国際機関の報告書等において「優れた取組」という意味で幅広く
使われている言葉である。その頭文字を取り,各大学等が工夫を凝らし,他の大学等でも参考となる「優れた
取組」が選定される「現代的教育ニーズ取組支援プログラム」の通称を「現代GP」と呼んでいる。
五商船連携現代 GP「海事技術者のキャリア育成プログラム」は、平成 18 年度現代 GP の募集テーマのひと
つである「実践的総合キャリア教育の推進」に採択された 33 件(大学・短大・高専からの応募総数 176 件)
の内のひとつであり、本取組の選定理由は以下のとおりであった。
“海事技術者のキャリア育成プログラム”の選定理由
「全国に 5 校しかない商船高等専門学校の全てが一致協力して、海事技術者キャリア教育のための統合的プ
ログラムを開発する着想は、全国の海事技術者のレベルが、統一した基準のもとに向上する成果が期待され、
注目に値します。また互いに遠隔地にあるため、Web 上で講義や講演を聴く e-ラーニングに重点を置いて
いる点は、新しい教育手法への意欲的な取組と評価されます。海事産業や同窓会との緊密な連携も有効な特
長の一つです。
海事技術者育成という特殊な条件下での取組ですが、キャリア教育の根幹においては他と共通する面も多
く、また遠隔地にある複数校が共同開発した e-ラーニングを活用して、単独ではなし得ない効果的な教育
ができることが立証されれば、他の教育機関においても大いに参考になります。
今後、全商船高専を網羅するスケールメリットを生かした大胆な発想に基づく教育や、また海事技術者と
して重要と思われる、公共精神、奉仕精神、倫理観などについての教育なども内容に加え、全国規模の雄大
な連携をさらにいっそう実りあるものとされるよう期待します。」