自治体におけるユニバーサルデザインの取組み

自治体におけるユニバーサルデザインの取組み
-事例調査から見た現状と課題-
金田 敏彦1)
飯島 玲子2)
社会基盤の整備においては、近年ユニバーサルデザイン(以下、UD)の考え方が急速に広まりつ
つある。本研究では、UDに関する自治体の取組みについて調査した結果、多くの自治体でUDに関
する指針等を策定していることがわかった。また、既存施設の評価・改善等UDへのプロセスをガイ
ドライン化している先行的な自治体も見られた。今後、スパイラルアップによるUDの取組みを実践
していくため、その課題や対応方向についても併せて考察した。
キーワード:ユニバーサルデザイン、評価、スパイラルアップ
1. はじめに
わが国では、「交通バリアフリー法(平成 12
年)」「ハートビル法(平成 6 年策定、平成 15
年改訂)」に基づき、道路・公共交通ターミナル・
建築施設などのバリアフリー化が進められている。
これまでのバリアフリー化では、高齢者や身体
障害者(特に車椅子利用者、視覚障害者)を主な
対象とした移動制約の除去を目的としてきたため、
すべての人々の公平な利用という観点から見ると
十分とは言えず、また、各々の施設ごとに整備さ
れているためにシームレスな移動が確保できてい
ないといった問題点が指摘されている。
こうした中、国では平成 17 年7月に「ユニバー
サルデザイン政策大綱」を策定し、UDの理念に
基づく生活環境や連続した移動環境をハード・ソ
図1 スパイラルアップのイメージ
フトの面から整備・改善していくための施策を推
進することとしている。具体的な施策として、図
改善計画、行動までの取組み(スパイラルアップ)
1に示すように、施設整備などの事業実施による
をモデル化したガイドラインも含まれている。
成果に対し多様な関係者の参加を得て評価を行い、
本研究は、これら自治体のガイドラインについ
その評価結果を以後の事業や施策の立案・実施に
て、評価手法や運用状況を調査・分析した結果を
反映するスパイラルアップの仕組みを創設するこ
踏まえ、社会資本整備におけるスパイラルアップ
ととしている。
によるUDの取組みの普及に向けた課題を検討・
一方、UDの施設整備に関する指針、条例、ガ
イドライン等により、独自の取組みを推進してい
整理するとともに、国や自治体における今後の対
応方向について提案するものである。
る自治体も少なくない。この中にはUDの評価、
1)2)会員:パシフィックコンサルタンツ株式会社
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2. UDに対する自治体の取組み状況
する「スパイラルアップ」を進めるための取組み
2-1 概況
を体系的に示している。
滋賀県・熊本県のガイドラインの内容は、おお
平成 17 年 3 月、全国の都道府県におけるUDに
むね以下のとおりである。
関する取組み事例の収集を行った。収集は、都道
府県ホームページからの入手を基本としたが、ホ
ームページで具体的な内容が把握できないものに
(1) 評価方法
ついては、直接担当部署に伺い資料を入手するこ
・施設のUD評価は、事業者・利用者の両方の参
加によって行う。
ととした。
収集された 21 の取組み事例を分類・整理する
・利用者の一般的な動線を設定し、一連の流れの
と表2に示すとおりで、この中ではUDの施設整
中でポイントとなる箇所(出入口、通路、エレ
備の理念と方針を示した指針が多かった。
ベータ・階段、トイレなど)を評価箇所として
設定する。
・評価箇所の設定後、各ポイントに用意された評
表2 都道府県の取組み事例
区分
指針
UD評価
モデル事業
意識調査
合計
事例数
15
4
1
1
21
備 考
UDに関する理念・方針等
UD評価に関するガイドライン
住民参加ワークショップ
住民に対する意識調査
価シートを用いて点検していく。
(2) 評価指標
現状施設における評価指標は、多少の相違はあ
るものの、いずれも「使いやすさ」「わかりやす
さ」「快適性(心地よさ)」に分類された項目に
またUDの評価指標や評価手順についてガイド
ついて点検するよう設定されている。
ラインを示している自治体も見られた。
なお、滋賀県では、利用者へのアンケート調査
による「利用者満足度評価」や、過去 1 年間にお
2-2 ガイドラインの内容
UD評価について、その手順や指標など具体的
ける取組みの達成状況を評価する「目標達成度評
なガイドラインを示しているのは、福島県、東京
価」を併せて実施することにより、総合的な評価
都、滋賀県、熊本県の 4 都県である。具体的なガ
を行うこととしている。
イドラインの名称は表3に示すとおりである。
(3) 評価結果を踏まえた改善計画の策定
評価により把握できた施設の課題に対応するた
表3 UDの評価手法を示す自治体事例
自治体
福島県
東京都
滋賀県
熊本県
め、今後改善すべき項目・内容について改善計画
名称
ふくしま公共施設等ユニバーサルデザイン指針
~UDチェックリスト
福祉のまちづくりを進めるためのユニバーサルデザ
インガイドライン
淡海ユニバーサルデザイン点検プログラム
既存建築物のユニバーサルデザイン評価マニュアル
を策定することとしている。
特に熊本県の
「評価後の行動計画
(UDプラン)
」
では、施設の管理状況、施設利用者の意見、これ
まで実施されてきた改善行動などとともに、短期
的及び中・長期的な対応項目についてまとめてい
これら4つのガイドラインのうち、滋賀県「淡
くこととしている。
海ユニバーサルデザイン点検プログラム」と熊本
県「既存建築物のユニバーサルデザイン評価マニ
(4) 改善行動の実施
ュアル」が特徴的なのは、次の2点である。①い
改善計画に沿って、事業者が具体的な取組みを
ずれも評価対象を公共施設や不特定多数の利用が
進め、その状況を定期的に確認していけるような
想定される既存施設としている、②評価の指標や
体制が必要であり、そうした中で事業者や職員に
方法を示すにとどまらず、評価結果を踏まえた改
対する意識高揚を図っていくことがUDの継続的
善計画・設計の策定、改善の実施を経て、再評価
な取組みを進める上で重要であるという考え方が
2
方(評価、改善の繰り返しにより、少しずつUD
明示されている。
の水準を高めればよい)などとともに、実施のメ
リットについても具体的な裏づけのもと周知する
2-3 ガイドラインの運用状況
必要がある。
以上のように、滋賀県・熊本県が国に先駆けて
②事業者の負担が大きい
スパイラルアップの取組みをモデル化しているこ
UDにかかわる評価や施設の改善には、事業者
とから、実際の運用状況についてヒアリングを行
が工事費用などを負担しなくてはならないが、U
った(平成 18 年 4 月)。
その結果、県が管理する公共施設においては、
Dの意識が十分に浸透していない現段階では、こ
ある程度の運用実績があるものの、既存施設の大
の負担が少なからず阻害要因になっていると考え
多数を占める民間事業者に対しては、具体的な運
られる。
そのため初期段階においては、国や自治体が補
用実績が確認されなかった。
助事業や助成制度を創設し、民間事業者の負担軽
3. スパイラルアップの取組み促進のための課題
減を図るなどの支援が必要である。
3-1 全般的な課題
③根拠法令がない
UDにおけるスパイラルアップの取組みについ
(1) 意識の浸透
UDの取組みの浸透には、市民、事業者など、
て、義務規定や努力規定を設けている根拠法令が
多くの人々がその大切さを理解することが必要で
ないため、民間事業者の取組みが進みにくいと考
ある。そのため、例えば、行政には総合計画、都
えられる。
市計画マスタープランなどの基本計画でUDを位
取組みを促す根拠として、
今後国が制定する
「ユ
置づけること、市民には学校教育、生涯学習、市
ニバーサルデザイン法」などにより明確化するこ
民活動など多様な場で学ぶことなどが望まれる。
とが望ましい。
(2) 多様な参加者による実践
(4) 技術的課題への対応
スパイラルアップの実践のためには、当初は行
既存施設をUDの考えに基づいて改善していく
政が主導する場面も必要であるが、その後は行政
際、建物の構造や空間の制約で困難なケースも多
や専門家のサポートのもと、事業者や地域に暮ら
いと予想される。こうした施設改善にかかわる技
す市民、NPO等が参加し主体となって活動が展
術的課題への対応も求められる。
開されていくことが望まれる。
3-2 スパイラルアップの段階別の課題
スパイラルアップの各段階における主な課題は
(3) 民間事業者の取組み促進
表4のように考えられる。
民間事業者の取組みにおいて、不特定多数の人
が訪れる交通施設、商業施設、娯楽施設などにお
けるUDの実践は特に重要であり、重点的に促進
表4 スパイラルアップの段階別課題
評価
することが望まれる。
しかし、前出の自治体において、実際にガイド
ラインを活用したスパイラルアップの取組みを実
践している民間事業者は確認されなかった。その
計画
設計
背景として、以下の3点が考えられる。
①事業者の認識が不十分
UDの概念について、事業者の認識がまだ不十
実施
分であることが考えられる。
UDの意義や重要性、スパイラルアップの考え
3
①望ましいユニバーサルデザインのあり方
の明確化
②評価実施体制の明確化
③事業者の評価への支援
④利用者に対する評価結果の周知
⑤利用者との合意形成(表5参照)
⑥評価結果を反映するプロセスの明確化
⑦改善方法のモデル化
⑧事業者の計画策定への支援
⑨改善に要する費用の軽減
(7) 改善方法のモデル化
(1) 望ましいUDのあり方の明確化
UDにふさわしい具体的な形状や取り組み内容
物理的制約や技術的問題により新設・増設・改
など評価指標を設置して明確化していくことが考
修などが困難な場合が少なくないと想定される。
えられる。なお、評価対象には、これまで改善が
このような場合の対応方法について、具体的な改
進みにくかった既存施設についても含めることが
善例が示されることが望まれる。
望まれる。
(8) 事業者の計画策定への支援
民間事業者に対する改善計画・設計にかかわる
(2) 評価実施体制の明確化
評価の実施主体は事業者、利用者、第三者及び
技術的問題の解決や事業化計画の策定のための支
これらの併用が考えられる。いずれの場合も「利
援が望まれる。
用者本位の視点」とともに、評価における公平性
(9) 改善に要する費用の軽減
が確保されなければならない。
3-1(3)②に記述したとおり、事業者が改善のた
(3) 事業者が実施する評価への支援
めに要する工事費等の負担の軽減が求められる。
事業者が評価を行う際、その方法について助言
3-3 国及び自治体の役割
をしたり、初期段階では必要経費を助成するなど
国には、ユニバーサルデザイン法をはじめとす
の支援が必要と考える。
る法制度の整備において、UDの基本的な理念や
(4) 利用者に対する評価結果の周知
整備方針、技術基準、スパイラルアップのガイド
多くの利用者にUDを実践する施設を知っても
ラインなどの基本的な枠組みを整備していくこと
らうよう、事業者の取組み状況や評価結果を公表
が求められる。また、初期段階における助成制度
することが望まれる。
の創設も望まれる。
自治体においては、スパイラルアップをガイド
(5) 利用者との合意形成
ラインに明示し、公共施設での実践も進んでいる
利用者との合意形成、意見反映は、施設の新設
先進的事例がみられた。今後は、より多くの自治
時のほか、既存施設の評価、計画・設計段階にお
体において、地域の実情に応じた条例やガイドラ
いても重要である。利用者との合意形成を進める
インを定め、利用者・事業者とともにスパイラル
ための課題は表5のように整理された。
アップを進めていくことが期待される。
謝辞 本稿は「ユニバーサルデザイン評価手法に関す
表5 利用者との合意形成における課題
a 利用者ニーズの的確な把握
b 適切な合意形成手法の適用
c 検討過程と結果の公表
d 利用者の意見を引き出し、集約する人材(フ
ァシリテーター等)の育成・活用
る調査検討業務報告書(国土交通省)」の作成過程で
得られた知見をもとに記しました。ご指導いただいた
国土技術政策総合研究所の鈴木学主任研究官に感謝の
意を表します。
文
(6)評価結果を反映するプロセスの明確化
献
1)ユニバーサルデザイン政策大綱,平成 17 年 7 月、国土
評価を実施して、多数の改善項目が指摘された
交通省
場合、事業者が改善のための計画策定や事業を円
2)ユニバーサルデザイン評価手法に関する調査検討業
滑に実施できるよう、参考となる検討プロセスの
務報告書,2006 年3月,国土交通省国土技術政策
明確化が望まれる。
総合研究所,パシフィックコンサルタンツ株式会社
3) 川内美彦:まちづくりに関わる、エキスパートとし
てのユーザー,都市計画学会誌 Vol.55/No.2
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