日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 授業のユニバーサルデザインの視点を取り入れた理科授業の有効性 -小学校3学年「こん虫を調べよう」の実践から- The effectiveness of the science class that adopted a viewpoint of the univeral design of the class ○平澤 林太郎*, 久保田 善彦** HIRASAWA Rintaro*, KUBOTA Yoshihiko** 小千谷市立小千谷小学校*, 宇都宮大学** Ojiya Elementary School*, Utsunomiya University** [要約]本研究は,授業のユニバーサルデザインで大切にされている授業の焦点化・視覚化・共 有化を理科授業で行うことで,学習者にどんな効果があるかを検証した。学習課題の焦点化,考 えを視覚化するワークシートの工夫,マグネットシートを活用した共有化により,認知が下位の 児童でも問題意識をもちながら学習に取り組み,理解を深めていく姿が見られた。 [キーワード]授業のユニバーサルデザイン,ワーキングメモリ,小学校理科,昆虫 Ⅰ はじめに 平成 24 年の中央教育審議会で「共生社会の 形成に向けたインクルーシブ教育システムの 構築のための特別支援教育の推進」が示され た。平成 24 年現在で,特別な教育的支援を必 要とする児童が,約 6.5 %の割合で通常学級 に在籍している。そこで近年は,通常学級で 教育方法を工夫することで,全ての児童生徒 に等しく学習の機会を提供しようとする「授 業のユニバーサルデザイン」が注目されてい る。桂( 2010)は国語教育の視点から「授業の 焦点化・視覚化・共有化」の3つの要件によ る授業デザインを提案している 1)。そこで本 発表は,小学校3学年「こん虫を調べよう」 で,「授業の焦点化・視覚化・共有化」をした 実践を行い,その効果を検証した。 Ⅱ 授業の手だて 1 焦点化した学習課題や教材の提示 一般的に「昆虫の体のつくりを調べよう」 のような焦点化していない学習課題が多い。 児童が1時間ではっきり解決できる学習課題 を設定する必要がある。調べる昆虫は身近で 一人一人が観察できるアリとした。アリの体 のつくりについて焦点化したいくつかのモデ ルを示し,比較・検討することで「アリの足 はどこから何本生えているのか」のような学 習課題を提示する。このことで,どの児童も 問題意識をもちながら観察していけると考え た。 2 考えを視覚化する板書や観察器の工夫 アリの体のつくりについていくつかのモデ ルを黒板に示し,自分の予想に近いモデルに ネームプレートを貼り視覚化する。このこと により,自他の考えの違いに気づき,問題意 識を高めていくと考えた。アリは児童が捕ま えてレンズ付き昆虫観察器で観察させる。レ ンズ付き昆虫観察器はアリを逃さず傷つけず, 拡大して観察することができる。観察でわか ったことをワークシートに書き込むようにす る。図で自分の考えをかく本学習では,罫線 のないシンプルなワークシートが有効である と考えた。シンプルなワークシートを活用す ることで自分の考えを視覚化できると考えた。 3 共有化のためのマグネットシートの活用 自分なりの考えをもった児童でも,いきな り教室全体での共有となると自分の考えを表 出できない児童がいる。そこで小グループで の話合いを行ってから教室全体での話合いを 行う。小グループでの思考ツールとしてマグ ネットシートを活用し,小グループで考えを 出し合い,意見をまとめる。このことにより, 自分の考えを仲間と共有でき,さらにマグネ ットシートを黒板に貼ることで全体での共有 化も図られるのではないかと考えた。 Ⅲ 実践の方法 1 実践の対象 実践の対象は,0市立0小学校の3学年1 クラス(29 人)である。実施時期は平成 26 年 ― 19 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 9月である。 2 指導計画(全5時間) 1次 生き物の様子を調べよう(2時間) 2次 昆虫のからだを調べよう(3時間) 3 分析の方法 2次の1時間目の後に本研究に関する質問 紙調査を行った。質問紙は4件法で回答を求 めた。「かなりそう思う」を肯定的回答「やや そう思う」「あまりそう思わない」「全くそう 思わない」を否定的回答としてまとめ,合計 人数を換算し,各項目について直接確率計算 (母比率不等,片側検定)を行った。また, 児童の学習能力と本論における手立ての有効 性を調べるために,ワーキングメモリの測定 を行った。ワーキングメモリ (作業記憶,作 動記憶)とは,短い時間に心の中で情報を保持 し,同時に処理する能力である。会話や読み 書き,計算などの基礎となる,私たちの日常 生活や学習を支える重要な能力といえる。測 定は,樋口ら(2001)の児童版集団式リーディ ングスパンテスト(以下:「RST」とする)を 用いた。RST の標準偏差を出し,平均+ SD を上位群(4人),平均- SD を下位群(7人), 間を中位群(18 人)として,各項目について As デザイン(1要因参加者間計画)を行った。さ らに単元終了直後と単元終了4ヶ月後に業者 テストを行い,学習内容の理解度を計測した。 自分の考えのものはあったか」,質問 1.2「ア リの体のつくりで全員の予想を出さずに,7 つのモデルを出したのはよかったか」は肯定 的に有意( p=.000)であり,上位群・中位群・ 下位群での差は見られなかった。質問 1.3「◎ (学習問題)についてしっかりと調べること ができたか」,質問 1.4「アリの足はどこから 何本出ているかについてしっかりと調べるこ とができたか」,質問 1.5「アリの体はいくつ に分かれているかについてしっかりと調べる ことができたか」も肯定的に有意( p=.000)で あり,上位群・中位群・下位群での差も見ら れなかった。 質問 1.6「アリの体のつくりがわかったか」 も肯定的に有意( p=.000)であり,上位群・中 位群・下位群での差も見られなかった。 2 考えを視覚化する板書や観察器の工夫 黒板に貼られた7つのモデルを見た児童は 自分の予想に近いモデルにネームプレートを 貼った(図1) 。自他の考えの違いに気づくこ とで,児童は問題意識をもつことができた。 アリは児童一人一人が捕獲してレンズ付き昆 虫観察器の中に入れて観察した(図2) 。 Ⅳ 結果・考察 1 焦点化した学習課題や教材の提示 1次の終わりに「アリの体のつくりを予想 してみよう」と問うた。すると,児童は一人 一人違う体のつくりを予想してきた。全ての 予想を提示するよりもいくつかのモデルに焦 点化した方が問題意識をもつと考え,7つの モデルを提示した。モデルの体のつくりの違 いに気づくことで, 「アリの足はどこから何本 出ているのか」 「アリの体はいくつに分かれて いるか」という問題意識をもつことができた。 学習課題を「◎アリの体のつくりは本当はど うなっているのか」と設定し,アリを観察す ることにした。観察中も学習課題にたちかえ りながら,追究する児童の姿が見られた。 質問紙調査の結果を表1に示す。質問 1.1「ア リの体のつくりで7つのモデルを出した中に, 図1 アリの体のつくりの7つのモデルと, 自分の考えを示したネームプレート レンズ付き昆虫観察 器を児童一人一人に持 たせることにより,ど の児童も集中して観察 に取り組んでいた。観 察でわかったことをワ ークシートにはどの児 童も図で書き込んでい 図2 レンズ付き昆虫 く姿が見られた。わか 観察器での観察 ったこと(考察)は 29 人中 29 人とも2行以 上書くことができた。 質問 2.1「自分の考えに近いモデルをネーム での差は見られなかった。質問 2.3「一人一人 がレンズ付き観察器で観察したのはよかった か」,質問 2.4「レンズ付き観察器の観察は楽 ― 20 ― 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) 表1 学習後の質問紙調査結果 質問項目 1 焦点化した学習課題や教材の提示 1.1 アリの体のつくりで7つのモデルを出した 中に,自分の考えのものはあったか 1.2 アリの体のつくりで全員の予想を出さず に,7つのモデルを出したのはよかったか 1.3 ◎(学習問題)についてしっかりと調べ ることができたか 1.4 「アリの足はどこから何本出ているか」に ついてしっかりと調べることができたか 1.5 「アリの体はいくつに分かれているか」に ついてしっかりと調べることができたか 1.6 アリの体のつくりがわかったか 2 考えを視覚化する板書や観察器の工夫 2.1 自分の考えに近いモデルをネームプレート ではったのはよかったか 2.2 ネームプレートをはったことで,仲間との 考えのちがいがわかったか 2.3 一人一人がレンズ付き観察器で観察したの はよかったか 2.4 レンズ付き観察器の観察は楽しかったか 2.5 レンズ付き観察器の観察で,アリをくわし く観察することができたか 2.6 観察してわかったことを,ワークシートに 書き込むことができたか 3 共有化のためのマグネットシートの活用 3.1 マグネットシートを使った話し合いで,自 分の考えを話すことができたか 3.2 マグネットシートに自分たちの考えをしっ かりと書くことができたか 3.3 マグネットシートを黒板にはったことで, 他の班の考えを知ることができたか 3.4 マグネットシートを黒板にはったことで, 他の班とのちがいを知ることができたか 直接確率計算 上位群 N=4 母比率不等(p 値) Mean S.D. 中位群 N=18 Mean S.D. 下位群 N=7 Mean S.D. 一要因被験者間 分散分析(F 値) 0.00 ** 3.00 0.71 3.73 0.73 3.29 0.70 F(2,26)= 1.90 ns 0.00 ** 3.50 0.50 3.67 0.47 3.71 0.45 F(2,26)= 0.25 ns 0.00 ** 3.50 0.50 3.44 0.83 3.14 0.99 F(2,26)= 0.34 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.94 0.23 4.00 0.00 F(2,26)= 1.29 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.61 0.49 3.86 0.35 F(2,26)= 0.71 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.89 0.31 4.00 0.00 F(2,26)= 0.83 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.61 0.83 3.58 1.05 F(2,26)= 0.05 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.56 0.83 2.86 1.25 F(2,26)= 1.61ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.94 0.23 4.00 0.00 F(2,26)= 1.29 ns 0.00 ** 4.00 0.00 3.89 0.31 3.86 0.35 F(2,26)= 0.27 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.33 0.88 3.42 1.05 F(2,26)= 0.33 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.33 0.88 3.42 0.73 F(2,26)= 0.40 ns 0.04 * 3.25 0.83 2.89 1.05 3.29 1.03 F(2,26)= 0.44 ns 0.00 ** 3.50 0.87 3.28 0.99 3.29 1.03 F(2,26)= 0.08 ns 0.00 ** 3.75 0.43 3.67 0.75 3.43 0.90 F(2,26)= 0.29 ns 0.00 ** 4.00 0.00 3.83 0.37 3.57 0.72 F(2,26)= 1.14 ns 表2 学習内容の理解度調査(業者テストの結果) 質問項目 1 学習直後(事後)の理解度調査 1.1 科学的な思考・表現 (全国平均 39) 1.2 技能 (全国平均 40) 1.3 知識理解 (全国平均 41) 2 学習から4ヶ月後(遅延)の理解度調査 2.1 科学的な思考・表現 (全国平均 39) 2.2 技能 (全国平均 40) 2.3 知識理解 (全国平均 41) 図3 科学的な思考・表現 の平均点の推移 上位群 N=4 Mean S.D. 中位群 N=18 Mean S.D. 下位群 N=7 Mean S.D. 47.50 4.33 46.39 4.66 42.14 9.95 F(2,26)= 1.22 ns 47.50 4.33 48.33 3.73 48.57 3.49 F(2,26)= 0.10 ns 46.25 6.50 46.39 5.22 47.14 2.47 F(2,26)= 0.06 ns 50.00 0.00 48.61 3.25 45.00 7.07 F(2,26)= 2.06 ns 47.50 4.33 47.78 5.33 45.71 4.95 F(2,26)= 0.37ns 47.50 2.50 47.78 3.81 42.86 8.391 F(2,26)= 2.11 ns 図4 技能の平均点の推移 ― 21 ― 図5 一要因被験者間 分散分析(F 値) 知識・理解の 平均点の推移 日本科学教育学会研究会研究報告 Vol. 29 No. 4(2015) しかったか」,質問 2.5「レンズ付き観察器の 観察で,アリをくわしく観察することができ たか」も肯定的に有意( p=.000)であり,上位 群・中位群・下位群での差も見られなかった。 また,質問 2.6「観察してわかったことを,ワ ークシートに書き込むことができたか」も肯 定的に有意( p=.000)であり,上位群・中位群 ・下位群での差も見られなかった。 3 共有化のためのマグネットシートの活用 マグネットシートを活用することで,小グ ループでの話し合いが活発になった。(図6) ことから,授業のユニバーサルデザインの視 点を取り入れた授業により,下位群の児童も 学習内容を十分に理解していけることがわか る。4ヶ月後に同じ業者テストを行った。そ の結果を表2と図3~5に示す。上位群と中 位群では多くの観点で4ヶ月前の得点を上回 っていた。一方で,下位群は全ての観点で得 点は下降しているが,他の群との有意な差は なかった。 技能,知識理解については,各群には得点 のばらつきはあるが,上位群・中位群,下位 群およびテスト時期(事後,遅延)の差なか った。つまり本実践では,技能,知識理解に ついては,どの群の子どもも同じように理解 し,それが定着していると言える。 思考については,テスト時期に関係なく, 下位群より上位群の得点が高い傾向にある。 本実践において,思考については,群の差を 解消することは出来なかった可能性がある。 図6 Ⅴ マグネットシートを活用した話合い 質問 3.1「マグネットシートを使った話し合 いで,自分の考えを話すことができたか。」は 肯定的に 5%水準で有意(p=.039)であった。し かし,否定的な回答が他の質問項目よりも多 かった。上位群・中位群・下位群での差は見 られなかった。質問 3.2「マグネットシートに 自分たちの考えをしっかりと書くことができ たか」,質問 3.3「マグネットシートを黒板に はったことで,他の班の考えを知ることがで きたか」,質問 3.4「マグネットシートを黒板 にはったことで,他の班とのちがいを知るこ とができたか」は肯定的に有意( p=.000)であ り,上位群・中位群・下位群での差は見られ なかった。 4 学習内容の理解度 2次終了後に学習内容の理解度を測定する ために業者テストを行った。その結果を表2 に示す 。「科学的な思考・表現 」「技能 」「知 識・理解」のどの観点でも,全国平均を上位 群・中位群・下位群で上回っており,上位群 ・中位群・下位群での差は見られなかった。 また,「技能」と「知識・理解」では,上位群 よりも下位群の方が平均点が高かった。この おわりに マグネットシートを活用した話し合いで自 分の考えを表出できない児童が見られた。今 後は,自分の考えを表出し共有しやすい学習 ツールの開発に取り組んでいきたい。 また,学習直後では下位群の児童は学習内 容の理解しているが,4ヶ月後には理解度が 下降していた。他の群との有意な差はないが, 得点が下降している要因についても分析を試 み,解決の方略を検討したい。 さらに,RST は言語性ワーキングメモリの ため視空間ワーキングメモリは測定していな い。本実践では,視空間ワーキングメモリを 使う可能性があった。その関連についても明 らかにしていきたい。 〔謝辞〕 本研究は,JSPS 科研費 26590228 の助成を 受けたものである。 <引用文献> 1)桂聖:『授業のユニバーサルデザイン,Vol.1』 東洋館出版社,2010. 2)樋口一宗,高橋知音,小松伸一,今田里佳 :児童版集団式リーディングスパンテスト 及びリスニングスパンテストの開発,信州 大学教育学部紀要,No.103,219-226,2001. ― 22 ―
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