地域の避難訓練にみる教育コミュニティづくり

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短信
地域の避難訓練にみる教育コミュニティづくり
取り組みは今後大切になってくると思いますよ」と話し
l大阪府茨木市立郡山小学校校区の「避難所生活体験」からI
「消火(器)を一度でも経験したことのある人は、た
ておられたのを覚えている(二○○一年二月、第一五回人
大橋保明
とえその時はうまくいかなくても、次は必ずうまくい
権啓発研究集会)。また、災害とは別に、学校の内外で子
そんななか、二○○三年一月、大阪府茨木市教育委員
という問いには答えが出せずにいた。
な取り組みはどのように位置づけられ、捉えられるのか、
づくりの文脈においてそうした人々のつながりや具体的
れまでも実感として持ってはいたが、教育コミュニティ
何らかの不安や危機が人々や組織を結びつけることはそ
モデル事業」に取り組んでいる。コミュニティにおける
科学省は二○○二年度から「地域ぐるみの学校安全推進
どもたちが巻き込まれる犯罪が増加したことから、文部
きます」。(消防関係者の話)
教育コミュニティづくりの取り組みにも通ずる話で
はないだろうか。
(二○○四年一月一七日フィールドノートより)
一はじめに
『学校を基地にお父さんのまちづくり』の著者で知ら
れる岸裕司さんが、「秋津では防災被災訓練を兼ねた校
庭での一泊キャンプに取り組みはじめまして…こうした
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郡山小学校は、’○○○世帯の府営住宅、一○○○世
い状況にある。しかし、「距離だけの問題ではない」と
る茨木市立郡山小学校の校長と郡山小学校枝区青少年健
帯の分譲・賃貸マンションの計約二○○○世帯の団地に
会主催の「地域ボランティアリーダー育成講座」のパネ
全育成運動協議会の会長であり、事前の打ち合わせから
囲まれるように立地しており、奇遇にも前述した千葉県
校長が言うように、そこには豊川地域とはまた別の地域
講座当日、そして「避難所生活体験」への参加、と大変
習志野市の秋津コミュニティ周辺の風景とよく似てい
ルディスカッションにおいて、コーディネーターを務め
お世話になった。本稿では、前述の問いを解くヒントと
る。府営住宅には、約四○世帯の外国籍の人々、また高
課題・状況が横たわっている。
して「避難所生活体験」について紹介し、教育コミュニ
齢者も多く暮らしている。子どもに目を向けると、二一
る機会を得た。そのときのパネリストが本稿で取り上げ
ティづくりの観点からその意義と可能性について考えて
一名の児童・生徒のうち外国籍の子どもが九名在籍し、
遠く、国道一七一号線が校区を分断する形で走っている
川青少年センターへは共に直線距離でも一・二m以上と
朋、一九八~二○○頁)。郡山小学校から豊川中学校や豊
ち上がったのが学校教職員であり、PTA役員をはじめ
ってくる。その期待に応えるのが学校の使命であると立
学校中心となり、保護者の学校への期待もますます高ま
このような状況においては、子どもたちの活動の場が
三「避難所生活体験」実施までの経過
保護者の参加もなかなか得られない状況にあった。
れるまで学校で過ごす子どもたちも多く、学校活動への
な社会的・経済的に厳しい家庭環境もあってか、日が暮
就学援助や単親家庭の比率も高い状況にある。このよう
みたい。
二茨木市立豊川中学校区にある郡山小学校
二○○三年夏の第四五回大阪府人権教育研究協議会夏
季研究会の地域ネットワークづくり部会で茨木市立豊川
中学校の実践報告を拝聴したが、郡山小学校はその豊川
ため、中学校区単位での活動が成立しにくく、子どもた
とした保護者であり、それを支える地域の諸団体である。
中学校校区にある小学校である(夏季研実践報告集胸
ちも青少年センター等での活動にはなかなか参加できな
部落解放研究N、1572004.4
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また、学校からの呼びかけに集まった六○代の男性一四
名で組織された「レスキューネット」の存在も大きかっ
四「避難所生活体験」の概要
ってきたもちつき大会などの「地域行事」(年四回)か
年にわたり青少年健全育成運動協議会が中心となって行
選択講座を行う「ハッピートライアル」(年八回)と長
トライアル」は、主に学校関係者が中心となって多様な
ったのである。毎月第三土曜日に実施される「サタデー
力のもとでそれが土曜日の活動として行われるようにな
活動を廃止し、運営委員会や五日制委員会メンバーの協
ざるを得ないが、学校の授業時間に行われていたクラブ
一回目の話し合いがもたれた。紙幅の都合上詳細は省か
五日制委員会)が立ち上げられ、二○○一年一一月に第
り、外国語や手話を担当するボランティアが積極的に動
在住外国人や聴覚障害者のための窓口が設けられてお
が、安否確認窓口には地域ブロック別担当者のほかに、
安否確認をしてからひとまず体育館に避難するのである
障害者も集まりはじめた。校庭に準備されたテント内で
続々と集まり、日頃学校とはかかわりの少ない高齢者や
たこともあり、子どもたちは親や近所の人たちと共に
否を確認することから始まった。学校の避難訓練を兼ね
午前一○時に大地震が発生したとの想定で、隣近所の安
三年二月に取り組まれたのが、「避難所生活体験」である。
二○○一一年度最後のサタデートライアルとして二○○
1「避難所生活体験」の様子
らなり、毎回七○~八○%の子どもたちの参加がある。
いていた。安否確認が終了し、当日参加した約四五○名
け、「子どものための学校週五日制を考える会議」(以下
また、「継続して力がつくクラブ的な活動にしたい」と
で、茨木市の防災担当者からのレクチャーやビデオ上映
(内、子ども約二○○名)が体育館への避難を終えた時点
る卓球や英会話など六つの「サタデークラブ」が誕生し、
防災について学べる場ともなっていた。
対応などに関するパネルが展示され、参加者それぞれが
が行われた。体育館の壁には阪神淡路大震災や災害時の
ラブ数は二)。
子どもたちの約半数が参加している(二○○三年度のク
いう声があがったことから、第三土曜日以外にも活動す
、
二○○二年四月からの学校週五日制の完全実施に向
。
た
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その後運動場に出て、
が見られた。お湯がなかなか沸かないため遊びだす子ど
と知恵を授ける場面など
「こうしたらええれんで」
子どもたちが大人たちに
割を積極的に与え、また
薪を取ってくるなどの役
大人たちが子どもたちに
で湯沸かしが始まった。
ルスカウトの指導のもと
プとして、ボーイ・ガー
人ぐらいを一つのグルー
を発信している、つまり文書化された資料を毎回準備す
づくのは、学校や地域の懇談会などさまざまな場で情報
の発展的継承には不可欠であろう。また、資料を見て気
ちなこうした作業がしっかりなされていることは、活動
員の多忙さ、あるいは保護者の消極性などから省かれが
めにはどのような取り組みが求められるのか。学校教職
ちのどのような実態が明らかになり、その課題解決のた
たのか。アンケート調査の結果から、郡山小の子どもた
級・学校懇談会がいつ行われ、どのような意見が出され
れた資料としてきっちり残されていることである。学
るまでの経過が第三者にもわかる形で、つまり文書化さ
まず感心したのが、サタデートライアルが取り組まれ
2「避難所生活体験」に参加して
ももいたが、ちょうどそのとき、校庭に大阪府災害時バ
る機会があることで、そうしたものが自然と蓄積されて
部落解放研究 NbLl5720044
子どもから大人まで一○
イクボランティアのバイク五台が到着した。豊川中学校
しかしながら、実際に参加してみないとわからないこ
いるということである。
飯、力一一玉どんぶり)を運んできてくれたのである。苦
と、得られない情報もたくさんある。ここで、フィール
にある備蓄倉庫から非常食(災害時用保存食の炊き込みご
労して沸かしたお湯で、苦労して運んでもらった非常食
ドノートからいくつかの情報を拾ってみることにしよ
印象的な場面はたくさんあったが、ひとつは、体育館
の入り口付近でひなたぼっこしながら話していた高齢者
L
を皆で分け合いながら試食し、別部隊で準備してくれて
いた炊き出し(豚汁)も味わった。その後、消防関係者
による消火・救助訓練などを見学し、午後三時に取り組
みは終了した。
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あれは豚汁かなあ?」「おいしいやるな。前のお餅も』
前のお餅もお
たちの会話である。「今日はいい天気やねえ。」「う-ん、
も大切であることを再認識させられる場面であった。
の中にも一人ひとりを大切にする気持ち、これが何より
いしかったしな。」「その前は何じゃったかな?」「…」
所生活体験」の像が浮かんでくるのであり、この高齢者
験」ではなく、継続的な取り組みの延長としての「避難
ち、打ち上げ花火的なイベントとしての「避難所生活体
イアルに継続的にかかわっていることがわかる。すなわ
えている。この取り組みの意義として整理しておきたい
きるような取り組みをしたい」と強く述べられたのを覚
られない子)が現時点で九名いる。この子たちが参加で
曜日の取り組みに参加していない子(来たくない子、来
養成講座の打ち合わせのなかで、校長が「こうした土
五地域課題に向き合う学校コミュニティ
のほかにもたくさんの人たちが学校やこうした取り組み
ひとつめの点はまさにこのことに関係していて、こうし
た一連の土曜日の取り組みに一度も参加していない子ど
もたちへの視点や配慮を常に持ち続け、さらには在日外
その後、二○○二年度内に「避難所生活体験」やサタ
ふたつめは、聴覚障害者に接する校長の姿である。聞
命手話に挑戦する校長の姿は印象的であった。校長が去
デークラブも含め、すべての子どもたちが何らかの活動
国人・障害者・高齢者など「社会的・経済的に取り残し
った後、聴覚障害者と手話ボランティアとの間では、「あ
に参加したとのことだが、学校外行事の取り組みであっ
いたところによれば、校長は保護者から手話を教わって
の方が校長よ」「えっ、校長!校長が手話で…」と目
ても教職員全体がサタデートライアルの宣伝や出欠把握
てしまいがちな人々を忘れない取り組み」を大切にして
を潤ませてのやりとりがあった。直接声をかけることは
に積極的に協力することによって、参加していない子ど
いるそうで、一人ひとりを大切にしながらコミュニケー
なかったが、「学校は安心できる場所であり、安心でき
もたちを把握できるのであり、学校の重要な役割として
いるということである。
る人がいる」と実感したにちがいない。大きな取り組み
ションを図りたいとの想いから、たどたどしくも一生懸
る。
に愛着を持って継続的にかかわっていることが考えられ
高齢者も一参加者として学校を基盤としたサタデートラ
このやりとりからは、一般に学校とはかかわりの少ない
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「来ない子どもたちが来る取り組みを知っておくこと」
体が少しずつ動きはじめるのである。
という要素も重要、○子どもの主体的な参画(発想・企
は子どもはすぐ離れていく、○子どもにとって楽しいか
課題や反省も出されたようである。○同じ取り組みで
い力、あるいは地域課題の解決にも寄与する〃学校の価
「学校を中心に」というときには、こうした学校の新し
はじめとして、教育コミュニティづくりの文脈において
主義への回帰だとの批判を受けそうであるが、本事例を
|般に、「学校を中心に」というと伝統的な学校中心
画・実践)をどう実現するか、○子どもにもっと役割を
値〃をもう一度見直しながら、教育・学習活動を通じて、
が可能となるのである。
与えるべき、○安否確認が校区の五一%にとどまった、
学校だけ、あるいは地域だけでは成し得ない地域づくり
かったが、○自治会の全面的な協力によって全二○○○
護者・地域関係者の皆様に心より感謝申し上げるととも
付記温かく調査者を受け入れてくださった学校教職員・保
る。
に取り組んでいくことではないかと現時点では考えてい
など。
二○○三年度の「避難所生活体験」は、阪神・淡路大
震災一○年目の節目を迎える二○○四年一月一七日(土)
世帯の安否確認がなされたこと、○ハシゴ車による訓練
に、地域教育活動のますますの発展をお祈りいたします。
に行われた。この詳細を小論に反映させることはできな
が実施できたこと、は記しておかねばならないだろう。
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また、来年度からは、こうした取り組みの大切さに気づ
いた地域側のイニシアチブのもとで「地域自主防災組織」
が組織され、取り組みが継続される予定である。子ども
を通して見えてくる家庭状況や地域課題を意識した取り
組みを学校が中心となって行い、そこにかかわる地域の
組みを学校が中心となって行い、そこにかかわる地域
人々や組織が協働作業を通じてつながっていくなかで
含するコミュニティ全
るようになり、そこから学校を包含するコミュニティ
学校の課題が意識され
身近な地域課題や子どもの状況、学校の課題が意識き
、