透析患者の約半数が便秘を合併

第1回日本医薬品安全性学会学術大会 ランチョンセミナー6
日時 2015年7月5日
(日)
場所 福山大学宮地茂記念館
演者
座長
熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター長・
臨床薬理学分野 教授
平田 純生 先生
あかね会 土谷総合病院 薬剤部
薬剤師長
鎌田 直博 先生
血液透析患者は、食物繊維の摂取不足や高齢による腸管蠕動力の低下などにより便秘をきたしやすい。加えて、
高カリウム(K)血症や高リン血症などの治療で、催便秘性のあるイオン交換樹脂製剤などを使用することも多
く、さらに便秘のリスクが増大する。
透析患者の便秘はQOLを低下させるだけでなく、致死的な腸管壊死や穿孔につながることもある。このような
リスクを回避するためには、下剤の適切な使用とともに、便秘をきたしにくい薬剤の選択なども重要となって
くる。本セミナーでは、熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター長・臨床薬理学分野教授の平田純生先生
に、血液透析患者における便秘の病態や薬剤性消化管穿孔への対策、さらに高K血症治療薬であるナトリウム
(Na)型陽イオン交換樹脂製剤ケイキサレートの便秘管理における有用性などについて解説いただいた。
透析患者の約半数が便秘を合併
平田氏はまず、透析患者の便秘発症に関わる因子につい
に基づくアンケート調査を実施、その結果、19%が機能性便
て、透析患者235名を対象に行った調査 を基に説明した。同
秘と判定された。これに下剤服用者(33%)を加えると、全患
調査では、消化器疾患の国際的な診断基準である「RomeⅡ」
者の52%が便秘を合併していると考えられた。
1)
また、年齢と便秘の間には明白な正相関が認められ、49歳
以下における便秘の割合は18%であったが、60∼69歳では
図1.便秘に影響する因子(多重ロジスティック回帰分析)
独立変数
オッズ比
95%信頼区間
年齢(歳)
1.07
1.04∼1.10
<0.0001
原疾患(DM、nonDM)
2.25
1.12∼4.54
0.0235
顕著であり、1歳加齢するごとの便秘のオッズ比は1.07〔95%
性別(女性、男性)
1.83
1.01∼3.32
0.0460
信頼区間(CI)
:1.04∼1.10、P<0.0001〕であった(図1)1)。同氏
ポリスチレンスルホン酸
カルシウム服用者
2.44
0.98∼6.10
0.0555
透析方法(HD、CAPD)
2.10
0.80∼5.49
0.1311
透析歴(月)
1.00
1.00∼1.00
0.3637
CaCO3服用者
1.51
0.47∼4.84
0.4899
54%、80歳以上では実に88%であった。多重ロジスティック
回帰分析の結果でも、
便秘に影響する因子として年齢が最も
は「高齢になると腸管の蠕動力が低下するのに加え、腹筋が
弱まって排便時にいきめず、排便力が低下する。一般人口で
も加齢とともに便秘が増えるが、
透析患者ではこの傾向がよ
値
R =0.143
2
り顕著である」
と解説した。
西原 舞ほか:透析会誌 37
(10)
: 1887-92, 2004改変
硬結便による便の通過障害が腸管内圧を上昇させ、
腸管穿孔を誘因
透析患者の便秘について、平田氏は「QOLを低下させるだ
透析中や透
に至った症例の死亡率は36∼90%と高いため3-5)、
けでなく、虚血性腸炎を引き起こし、致死性の腸管穿孔に至
析後に患者が腹痛を訴えた場合には腸管穿孔を疑う必要が
ることもある。
軽視できない合併症である」
と強調する。
ある」
と同氏は注意を促す。
虚血性腸炎は、一般的には大腸で発症するため「虚血性大
さらに、同氏は「腸管内圧上昇の原因となる硬結便の形成
腸炎」
と呼ばれるが、
透析患者では小腸でも発症する。
透析患
には、イオン交換樹脂製剤などによる薬剤性便秘が深く関
者の虚血性腸炎の発症機序は明らかになってはいないが、
次
わっている」と指摘した。1997年に同氏らが自施設で行った
のような仮説が考えられる。
透析患者では食物繊維の摂取不
調査で、
虚血性腸炎による腸管穿孔で手術に至った透析患者
足、
便秘の副作用がある薬剤の服用、
高齢による蠕動力・排便
3例について調べたところ、いずれも高カリウム(K)血症治
力の低下などにより、便秘の常習化が多くみられる。便秘の
療薬としてカルシウム(Ca)型の陽イオン交換樹脂製剤(ポ
常習化はS状結腸∼直腸近辺に硬い便塊(硬結便)を生じさ
下剤
リスチレンスルホン酸カルシウム)
が投与されていた6)。
せ、後続する便の通過障害を引き起こす。便の貯留により腸
は処方されておらず、
穿孔部位では樹脂を含む多量の硬結便
管内圧が上昇すると、結腸は便が透けて見えるほど薄くな
が認められた。同氏は、同様の症例が海外でも複数報告され
る。
そこへ血液透析による結腸への血流低下などが加わるこ
ていることも併せて紹介した。
とで、腸管膜動脈虚血が起き、腸管壊死(虚血性腸炎)や穿孔
また、
透析患者における虚血性腸炎の発症因子を調べる目
へと至る(図2)。
「 実際に、透析患者における虚血性腸炎は
的で、
同施設における虚血性腸炎による手術症例15例と非発
70%が透析中または透析後2時間以内に発生している 。
手術
症の629例を比較した2005年の調査でも、陽イオン交換樹脂
2)
図2.硬結便の形成から腸管穿孔を起こす過程(仮説)
1.硬結便の形成
上腸間膜動脈
2.宿便の貯留
下腸間膜動脈
3.結腸壊死
4.結腸穿孔
腸間膜動脈の血流不全
回結腸動脈
硬結便
硬結便
宿便の貯留
結腸壊死
結腸穿孔
提供:平田純生氏
製剤(同施設ではCa型のみを採用)の服用が最も有意な発症
で、
ヘマトクリット値の異常高値、
昇圧薬の服用、
透析による
因子であるとの結果が得られた(P<0.0001、χ 検定)。次い
体重減少率の高さ
(水分管理不良者)
などがあげられた7)。
2
陽イオン交換樹脂による便秘への影響
高K血症治療薬である陽イオン交換樹脂には、
Ca型である
よりも同樹脂との親和性が高いが、Naイオン(Na+)はK+よ
ポリスチレンスルホン酸カルシウムと、ナトリウム(Na)型
8)
りも親和性が低い
(図3)
。このためNa+は、Ca+に比べてK+
であるポリスチレンスルホン酸ナトリウム(ケイキサレー
との交換効率が高くなる。同氏は、
「Na型はK+交換能が高い
ト)の2種類がある。2005年の調査で、陽イオン交換樹脂の服
ため、Ca型に比べて服薬量の減量が期待できる。それが、便
用が虚血性腸炎の最も有意な発症因子とされたが、
この調査
秘の発現を軽減させている可能性もある」
と推察する。
はCa型のみを対象としていた。そのため、平田氏らは便秘に
これらの理由から、同氏は「Na型陽イオン交換樹脂である
対してNa型とCa型それぞれが与える影響を、ロペラミドを
ケイキサレートは、
便秘のリスクが高い血液透析患者にも使
投与したラット
(便秘モデル)
を用い調査した。
いやすい高K血症治療薬と言える」
と述べた。
ロペラミド+Na型投与群では、累積糞量、累積糞数がとも
に増加し、
消化管通過時間はロペラミド単独群よりも短縮し
た。また、累積糞中水分率は、コントロール群と差は無かっ
た。以上のデータから、Na型は硬結便を形成するような便秘
をきたしにくく、
消化管通過時間も短縮していることから便
秘を増悪させる可能性が低いことが示唆された。一方、ロペ
ラミド+Ca型投与群では、累積糞数と累積糞中水分率の減
少が認められていることから、硬結便を形成し、便秘に何か
しらの影響を及ぼす可能性が示唆された。
さらに平田氏は
「両者のKイオン
(K+)
交換能の違いも影響
しているのではないか」と語る。両薬剤に用いられているポ
リスチレンスルホン酸樹脂は疎水性であり、
水和が弱いイオ
図3.ポリスチレンスルホン酸樹脂に対する陽イオンの親和性
バリウム(Ba2+)
鉛(Pb2+)
ストロンチウム(Sr2+)
4.70
カルシウム(Ca2+)
4.15
ニッケル(Ni2+)
3.45
銅(Cu2+)
3.29
コバルト
(Co2+)
3.23
亜鉛(Zn2+)
3.13
マグネシウム(Mg2+)
2.95
カリウム(K+)
2.27
アンモニア(NH4+)
1.90
ナトリウム(Na+)
1.58
水素(H+) 1.32
リチウム(Li+) 1.00
0
1
ンほど結合しやすい(親和性が高い)。Caイオン(Ca+)はK+
2
3
4
6.56
5
7.47
6
選択係数(リチウムを1として)
7
8
山辺武郎 編:イオン交換樹脂−基礎と応用− 金原出版,
1962より作図
薬剤性便秘の予防には、
下剤の適切な使用が重要
薬剤性便秘の予防では、
薬剤の投与開始時から下剤を併用
れでも便秘が解消しない場合、
下剤の増量やグリセリン浣腸
し、硬結便の形成を未然に防ぐことが最重要となる。平田氏
を検討するが、
数日間排便のない血液透析患者への下剤の大
は、透析患者に使用する下剤では「まずはソルビトールやラ
量投与や高圧浣腸は穿孔リスクが高いため、
まずは摘便を行
クツロースといった浸透圧下剤を選択すべき」
とする。
一方、
い、
腸管内圧を下げてからの使用が原則となる。
センナ、センノシドなどの刺激性下剤は、依存性や耐性を生
最後に、同氏は「透析患者の便秘は“たかが便秘”では済ま
じやすいため、
蠕動力・排便力の低下した高齢者を除き、
浸透
されない。命にかかわる合併症であると肝に銘じ、予防策に
圧下剤が奏功しない場合の頓用として使用すべきである。
そ
取り組んでいただきたい」
と講演を締めくくった。
参考文献
1)
西原 舞ほか:透析会誌 37
(10)
: 1887-92, 2004
5)
Gusmão L et al.: Acta Med Port 5
(4)
; 169-171, 1992
2)
大平整爾ほか:臨牀透析 12
(1)
: 79-88, 1996
6)
筆本真由美, 平田純生ほか:大阪透析研究会誌 15
(2)
: 179-81, 1997
3)
大平整爾ほか:腎と透析 40
(別冊)
:8-23,1996
7)
西原 舞ほか:透析会誌 38
(6)
: 1279-83, 2005
4)
Johnson WJ: 消化管. Daugirdas, Ing編. 臨床透析ハンドブック
(第2版)
8)
山辺武郎 編: イオン交換樹脂−基礎と応用− 金原出版,
1962
メディカル・サイエンス・インターナショナル, 1995
2015年7月作成