牛乳中の動物用医薬品の測定 サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社 Application Note LCMS614 Q Exactive Focusを用いた筋肉、血漿および キーワード Q Exactive Focus、オービトラップ、動物用医薬品、HR/AM、定量、スクリーニング、 vDIA、遡及的解析 目的 動物用医薬品の測定を例として、高分解能質量分析計 Q Exactive Focusの定量と 定性性能、新たな測定手法である Variable Data Independent Acquisition(vDIA ) についてご紹介します。 はじめに 一般的に動物用医薬品の分析は、高い感度が必要とされるこ とが多く、複雑なサンプルの前処理と、十分に最適化された分 析条件を必要とします。特に、筋肉、血漿、牛乳などの生体 サンプル中の多種類の動物用医薬品の分析を行う場合、より 図1:高分解能質量分析計 Q Exactive Focus 良い結果を得るためには、個々の化合物群ごとに LCや MSの この手法のメリットは、分析時間の短縮化、高感度、優れた選 条件を最適化する必要があり、分析条件の検討に非常に多く 択性にあります。この手法でデータ取得を行うことにより、 の時間を要します。また、従来のトリプル四重極質量分析計 定量データと同時に、ターゲットもしくはノンターゲットの を用いた高感度定量では、ターゲットとする化合物の情報し スクリーニングに対応したデータの取得も可能になります。 か得ることができず、追加で他の化合物について評価したい この手法の典型的なメソッドは、Full Scanと vDIAを併行し (遡及的なデータ解析をしたい)場合には、新たにデータを取 て測定するメソッドです。vDIAでは、最大5種類のアイソレー 得し直す必要がありました。 ションウィンドウを設定することが可能で、この5種類を組 み合わせて、Full Scanで設定した測定範囲をすべてカバーす 今回ご紹介するのは、 Thermo Scientific™ Q Exactive™ Focus るように、 vDIAのメソッドを設定します。 による新しい測定手法 vDIAです。vDIAは MS2の一種であり、 プリカーサーイオンのアイソレーションウィンドウ(取り込 今回、筋肉、腎臓、血漿、牛乳のサンプルに添加した44種類の み幅)を50 ∼ 800 Daの範囲で任意に選択できます。たとえ 動物用医薬品(表 1)について評価を行いました。 ば低質量領域では、ダイナミックレンジと感度を向上させる 定量に関しては、100 ppt ∼ 500 ppbまで8濃度の検量線用 ために狭いアイソレーションウィンドウを設定したり、逆に 標準液を用意し、絶対検量線で定量を行いました。vDIAでの 高質量領域では、データ取り込みを効率良く行うために、広い スクリーニングメソッドを評価するために、筋肉と腎臓には アイソレーションウィンドウを設定したりすることが可能で 抗菌剤を、血漿にはニトロイミダゾール類を、牛乳にはアバメ す。 クチン類を添加し、Q Exactive Focusで測定を行いました。 2 データ解析 表1:分析対象化合物とその定量下限(LOQ ) 化合物 Abamectin Amoxicillin Ampicillin Cefalexin Cefalonium Cefaperazone Cefapirim Cefquinome Chlorotetracycline Ciprofloxacin Cloxacillin Danofloxacin Dapsone Difloxacin Dimetridazol Doramectin Doxycyclin Enrofloxacin Eprinomectin Erythromycine Flumequine Ipronidazol-OH LOQ 化合物 5 .0 1 .0 0 .5 0 .5 0 .5 1 .0 0 .1 5 .0 1 .0 0 .5 0 .1 5 .0 0 .5 0 .5 5 .0 10 .0 0 .5 1 .0 5 .0 1 .0 1 .0 0 .5 Marbofloxacine Metronidazole Metronidazole-OH Moxidectin Nafcillin Oxacillin Penicillin G Penicillin V Ronidazol Sarafloxacine Sulfadiazine Sulfadimethoxin Sulfadimidin/Sulfamethazine Sulfadoxin Sulfamerazin Sulfamethoxazole Sulfamethoxypyridazine Sulfathiazole Tetracycline Thiamphenicol Trimethoprim Tylosine (ppb) LOQ (ppb) 5 .0 0 .5 0 .5 0 .5 0 .5 0 .1 0 .5 0 .5 0 .5 0 .5 0 .1 0 .5 0 .1 0 .5 0 .1 0 .5 0 .1 0 .5 0 .5 0 .5 0 .1 1 .0 Thermo Scientific Dionex™ UltiMate™ 3000 RSLC Thermo Scientific Accucore™ C18 aQ カラム (100×2.1mm、 2.6 µm )P/N 17326 -102130 移動相 A 0.1%ギ酸水溶液 移動相 B 0.1%ギ酸アセトニトリル グラジエント B5%→95%(6 分) 流速 300 µL/min 分析時間 15 分 スプレー電圧 シースガス Auxガス キャピラリー温度 ベーポライザー温度 RF-レンズレベル HCDコリジョンエネルギー まれている、 450化合物の組成式およびフラグメント情報を 含むデータベースを使用しました。 定量のデータ解析において、ターゲット化合物は、まず Full Scanのプリカーサーイオンのデータを元にして定量されま す。加えて、vDIAのデータの中から、1 ∼ 5種類のフラグメン トイオンが確認イオンとして使用されます。これは、 EUの規 則(EC/657 /2002)における 確 認 イ オ ンの 概 念と 同 様であ り、トリプル四重極質量分析計でイオン比を確認する手法と よく似ています。 full scan m/z 100–1000 vDIA m/z 100–200 vDIA m/z 200–300 vDIA m/z 300–400 vDIA m/z 400–500 vDIA m/z 500–1000 図2:一般的な FS-vDIAのメソッド設定 結果 MS2を行う手法の中間的な位置に存在する測定手法です。 図 2に典型的なメソッド設定例を示しました。この vDIAで測 定する際には、基本的に Full Scanと幅広のアイソレーション ウィンドウを持つ MS2を組み合わせて使用します。設定例か ら分かるように、 vDIAの MS2のアイソレーションの測定範囲 は、 100 ∼ 500 Daで任意に設定することができ、Full Scanの 測定領域すべてをカバーするように設定されています。 FS-ddMS2の測定手法において、たとえばターゲットの化合 物を Inclusion Listに登録して MS2を取得するような場合、得 MS分析条件 分解能 アイソレーションウィンドウ ノンターゲットのスクリーニングには、 TraceFinderに組み込 Fragmentation(AIF )のような設定した全質量領域について LC vDIA 設定しました。 う な 特 定 の イ オ ン に つ い て M S 2 を 行 う 手 法 と 、A l l I o n LC分析条件 分解能 測定範囲 (m/z ) て行いました。マストレランス(質量抽出幅)は、+/-5 ppmに vDIAは、Full Scan-Data Dependent MS2(FS-ddMS2)のよ 測定条件 MS Full Scan デ ー タ 解 析は Thermo Scientific TraceFinder™ 3 .2を 用い られるデータは非常に限定的なものです。将来的に、新たに Q Exactive Focus 70,000(FWHM )@ m/z 200 100 ∼ 1,000 17,500(FWHM )@ m/z 200 100 ∼ 205, 195 ∼ 305, 295 ∼ 405, 395 ∼ 505, 495 ∼ 1000 4.4 kV 30 arb 5 arb 250℃ 300℃ 50 35 eV 評価すべきターゲット化合物が現れたとしても、 Full Scanの データを確認することはできますが、 MS2のデータは確認す ることができません。 AIFのような非常に広い質量領域の MS2では、プリカーサーイ オンとプロダクトイオンが紐付けできないというデメリット はありますが、Full Scanで検出されたすべてのイオンのフラ グメントイオンを取得できるというメリットがあります。そ のため、AIFは遡及的なデータ解析には適しているとされてい ます。しかしながら、ダイナミックレンジ、選択性、検出限界 は、生じるフラグメントイオンの量により制限を受けてしま います。 vDIAの手法では、Full Scanのすべての質量領域のうち、限ら れた質量領域から生成されるフラグメントイオンが、複数回 のスキャンとして取得されます。AIFに比べて生成するフラ メントイオンが重なり合うのかを示したものです。一番左が グメントイオンが少ないため、選択性や感度は高く、さらに、 Full Scanで取得された定量イオン、一番右が vDIAで取得さ すべての化合物のフラグメントイオンのデータを取得するこ れた確認用のフラグメントイオンのピークです。これらは とが可能です。このことから、vDIAは遡及的データ解析に対 TraceFinderで自動で解析され、図 3 のように結果が表示され して、非常に優れた測定手法だと言えます。 ます。 表 1は定量下限の濃度を示しています。今回の評価における すべての確認イオンはマトリックス成分に関係なく生成し、 定量下限濃度は、 Full Scanで定量イオンが検出され、少なく 定量イオンと共溶出するので、複雑なマトリックスのサンプ とも確認イオンが一種確認される濃度と定義しています。 ルであっても、その化合物と同定する明確な根拠となります。 精密質量での定量や確認、同定において、フラグメントイオン vDIAで取得したデータは、すべてのフラグメントイオンに関 が定量イオンのピークと同じ時間に溶出することは、非常に する網羅的なデータを含み、クロマトグラムのピークとして 重大な確認要素となり得ます。しかし、それを評価するため それを確認することができます。このような定量イオンと確 にクロマトグラムのベースラインが上昇するなどピークの検 認イオンの強度の比率を評価する手法は、非常に信頼性が高 出の妨げになる要因は避けなければなりません。 く、一般的によく利用されています。 図 3 は、解析画面でどのように定量イオンと確認用のフラグ 図 4は、FS-vDIAで取得したデータのうち、いくつかの化合物 定量ピーク オーバーレイ 確認ピーク 図3 :マトリックス中の動物用医薬品のクロマトグラム;A:豚筋肉中のアンピシリン 5 ppb、B:豚腎臓中のスルファジアジン 5 ppb、C:豚血漿中のロニダゾール1 ppb、D:牛乳中のモキシデクチン 1 ppb 3 4 の検量線を示したものです。検量線の範囲は500 ppt ∼ 500 今回の検討において、アバメクチンとドラメクチンについて ppbであり、相関係数はすべての化合物において R >0 .99で はプリカーサーイオンが不安定で、感度があまり良くありま した。 せんでした。この要因の一つとして、今回のメソッドは幅広 2 い動物用医薬品をターゲットにしており、一般的な MSパラ 図4 メーターを使用したことが考えられます。このような化合物 2.0 x 107 をより低濃度まで測定するためには、Full Scanで得られたプ 2 R = 0.9999 リカーサーイオンに限らず、フラグメントイオンを使って定 量する方法もあります。 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ppb アンピシリン アンピシリン 検量線の評価に続いて、添加サンプルを用いた定性能の評価 を行いました。筋肉と腎臓には抗菌剤を5 ppb、血漿にはニ トロイミダゾール類を1 ppb、牛乳にはアバメクチン類を1 ppb添加しました。 8.0 x 106 マストレランスは +/-5 ppmで行い、化合物の同定には保持 R2 = 0.9999 時間情報も使用しました。 TraceFinderによるスクリーニング解析では、複数の確認要素 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ppb を任意で解析に組み込むことができます。Full Scanでの同位 セファロニウム セファロニウム 体の情報を比較し、スコア化する方法がその一つです。図 5 は、シプロフロキサシンの実測のFull Scanのスペクトル(赤) と、組成式からの理論スペクトル(青)を重ね書きしたもので す。70 ,000の分解能があれば、筋肉中の複雑なマトリックス 3.0 x 107 R2 = 0.9991 に干渉されることなく、シプロフロキサシン5 ppbのモノア イソトピックイオンを確認することができ、さらには同位体 のイオンも、理論どおりに検出されていることが確認できま 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 ppb す。 ジメトリダゾール ジメトリダゾール 2.0 x 107 R2 = 0.9996 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 ppb メトロニダゾール メトロニダゾール 図4:代表的な化合物の検量線 (グラフ内の検量線は、低濃度領域を拡大したものです。) 5 図5:同位体パターンのマッチング例(シプロフロキサシン) ※実測のスペクトルは赤、理論スペクトルは青で表示されています。 MS2のデータを用いた化合物の同定確認は、既知のフラグ 複数のイオンから生じた多種類のフラグメントイオンが共存 メントイオンが存在するか否かで評価されます。 しています。しかし、高い分解能と質量安定精度を持つオー 図 6 は、筋肉サンプルに0 .5 ppbのシプロフロキサシンを添加 ビトラップの MS2であれば、高い選択性でフラグメントイ した際の結果です。これは vDIAで取得されたフラグメントイ オンを検出することが可能です。また、保持時間との一致も オンを示しています。 同時に確認できるため、より信頼性の高い同定確認を行うこ vDIAは広めのアイソレーションウィンドウを設定している とができます。 ため、そのスペクトルの中には、設定した質量範囲に存在する 図 6:フラグメントイオンのマッチング例(シプロフロキサシン) ※実測のスペクトルは赤、理論スペクトルは青で表示されています。 ることはできませんが、取得済みのデータを再解析し、懸念さ れる化合物について新たな情報を得ることができるのであれ ば、再測定が不要なため効率的であるだけでなく、再入手が不 可能なサンプルデータを生かせます。 遡及的な解析手法の例として、vDIAで取得済みのデータを使 用し、畜産品中の動物用医薬品の網羅的なスクリーニング解 図7 析を行った例を次に紹介します。 も検出され(b)、MS2ライブラリでも高いスコアでヒットし Application Note LCMS614 一般的な定量のメソッドでは限られた数の化合物しか評価す ました(c)。これは、このサンプルにはコルチゾールが含まれ ている可能性が高いことを示しています。 まとめ Q Exactive Focusの新機能である vDIAを使って、44種の動 物用医薬品の定量分析を行いました。この新しい測定手法に より、高感度での定量と同時に、保持時間や正確なm/z 、同位 体のパターン、フラグメントイオンを使用したより信頼性の ノンターゲットスクリーニングについては、1,500の化合物の 高い化合物同定を行うことが可能になりました。この手法は、 フラグメント情報などを含む TraceFinderに搭載されている EUの規制(EC/657 / 2002)の要件を十分に満たしています。 データベースを使用しました。TraceFinderでは、登録された さらに vDIAは、感 度と 選 択 性の 高い 手 法であるため、ノ ン データベースと実測データについて、いくつかの項目を照合 ターゲットスクリーニングなどにも有効です。一連のデータ し、サンプル中にその化合物が存在するか否かを評価するこ 解析は、TraceFinder上ですべて行うことが可能であり、簡単 とが可能です。 かつ正確に化合物を見つけ出すことができます。また、デー 図 7は、コルチゾール(Hydrocortisone )が検出された例を示 タ取得後に再解析が必要になった場合でも、取得済みのデー しています。コルチゾールは、実測のスペクトルパターンが組 タはすべての化合物のフラグメントイオンの情報を含んでい 成 式からの 理 論 的な ス ペ ク ト ル パ タ ー ンと 一 致しており るため、いつでも、信頼性の高い定性解析ができます。 (a)、登録されているフラグメントイオンが実測データから (c) (b) (a) 図7:TraceFinderでのノンターゲットスクリーニング例 ※本アプリケーションノートは AN614を翻訳したものです。 Ⓒ 2014 Thermo Fisher Scientific Inc. 無断複写・転載を禁じます。 ここに記載されている会社名、製品名は各社の商標、登録商標です。 ここに記載されている内容は、予告なく変更することがあります。 サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社 分析機器に関するお問い合わせはこちら TEL 0120-753-670 FAX 0120-753 -671 〒221-0022 横浜市神奈川区守屋町3 -9 E-mail : [email protected] www.thermoscientific.jp LCMS030_A1505SO
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