平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ

平成 24 年度新潟薬科大学薬学部卒業研究Ⅰ
論文題目
液体 Ni-Sn 合金の磁気的性質に関する研究
物理研究室 4 年
09P037
小島 幸大
(指導教員:大野 智 教授)
要旨
Ni-Ge 合金の帯磁率は合金中の Ni 濃度の上昇に伴い急激に減少することが知られてお
り、同様の傾向は別の Ni 合金(Ga, Zn, Cu, Au)についても観測されている。Sn と Ge は同
族の元素であり、電子軌道は非常に似ている。したがって、Ni-Sn 合金の帯磁率を測定
することで Ni 合金の帯磁率を系統的に理解することができると考えられる。
本論文では、Ni-Sn 合金の帯磁率をフェルミエネルギーの状態密度の濃度依存性を見
積もることによって検討した。
キーワード
1.Ni
2.Sn
3.合金
4.液体金属
5.遷移金属
6.帯磁率
7.3d 電子
8.フェルミエネルギー
9.状態密度
目 次
1. はじめに
2. 帯磁率
3. 液体 Ni-Sn 合金
4. 考察
5. まとめ
6. 謝辞
7. 引用文献
論 文
1.はじめに
ニッケルは、原子番号 28 の遷移金属元素である。元素記号は Ni。鉄とともに最も
安定な元素であり、岩石惑星を構成する元素として多量に存在する。強磁性体にお
けるキュリー点は 350℃である。耐食性が高いためさまざまな合金に利用されている。
Ni-Sn 合金ははんだに用いられることが多い。
本論文では Ni-Sn 合金の帯磁率の見積もりを理論計算により行う。
2.帯磁率
図 1 は強磁性付近の原子番号に並んだ
金属の融点における帯磁率の値である。
帯磁率は Mn から Fe で増加し、Co にお
いて極大となり、Ni から Cu へと減少する。
遷移金属の合金の帯磁率の値は、純液
体金属の点の間で連続的に変化する。
Mn-Fe 合金、Co-Ni 合金は遷移金属濃
図 1. 遷移金属の帯磁率
度が増加するに従って直線的に変化す
る。一方で、Co を間にはさんだ Fe-Ni 合
金では Fe 濃度が 10 パーセント付近で極
大をしめす。このことから、融点における
帯磁率において極大を示す Co を原子
番号順ではさまないような合金であれば、
帯磁率は直線的な変化を示し、Co をは
さんだ合金の場合、極大を示すというよう
に帯磁率の変動が異なってくる。
図 2. Ni 合金の帯磁率の組成依存性
通常金属と Ni 合金の帯磁率を図 2 に示す。帯磁率の値は Au 合金から Ge 合金の間
で系統的な変化を示す。Ni 濃度が増加するに伴って帯磁率が減少していることがわかる。
また、遷移金属における合金の帯磁率は
(2.1)
𝛘 = 𝛘𝟑𝐝 +𝝌𝒑𝒂𝒓𝒂 +𝝌𝒅𝒊𝒂
と表される。𝜒𝑝𝑎𝑟𝑎 は paramagnetic の略であり、伝導電子による常磁性帯磁率で
ある。𝜒𝑝𝑎𝑟𝑎 における伝導電子は原子に束縛されることなく自由に動くことのでき
る電子である。𝜒𝑝𝑎𝑟𝑎 と状態密度の関係式は(2.2)の式であらわされる。
𝝌𝒑𝒂𝒓𝒂 =𝝁𝟐 N(𝑬𝑭 )
(2.2)
であり、𝐍(𝐄𝐅 )はフェルミエネルギーの状態密度であり、以下の式により計算することがで
きる。
𝐍モル体積 V(𝒄𝒎𝟑 /mol)
(2.3)
𝐕 = 𝑴/ 𝝆
電子密度 𝐧/𝐕(×𝟏𝟎𝟐𝟐 /𝒄𝒎𝟑 )
𝐧/𝐕=
価数×アボガドロ係数
𝐕
(2.4)
フェルミ波動ベクトル𝐊 𝐅 (×𝟏𝟎𝟖 /𝒄𝒎−𝟏 )
𝟏
𝐧 𝟑
𝐊 𝐅 = (𝟑𝛑𝟐 𝐕)
(2.5)
フェルミエネルギー𝐄𝐅 (J)
𝐄𝐅 (𝐉) =
ћ
𝟐
𝟐𝐦
𝐧
(𝟑𝛑𝟐 𝐕)
(2.6)
この場合の ћ はディラック定数であり
ћ=1.055×𝟏𝟎−𝟐𝟕
である。また、m は電子の質量であり
m=9.109×𝟏𝟎−𝟐𝟖
である。また、フェルミエネルギーにおいて𝐄𝐅 (𝐉)から𝐄𝐅 (𝐞𝐕)との関係式は
𝐄𝐅 (𝐉)=𝐄𝐅 (𝐞𝐕)/1.6022×𝟏𝟎−𝟏𝟐
(2.7)
である。
またフェルミエネルギーでの状態密度𝐍(𝐄𝐅 )
𝐍(𝐄𝐅 ) =
𝟏
𝟐𝛑
𝟐(
𝟐𝐦 𝟑
ћ
𝟐
)𝟐 √𝐄𝐅 (𝑱)
𝟏𝟎𝟑𝟗
(×
𝒆𝑽
𝒄𝒎𝟑 )
(2.8)
で与えられる。単位は erg である。Ni が 1 価の時、2 価の時における状態密
度を表 1 に表す。
また、𝛘𝟑𝐝 は 3d 軌道にある電子が与える帯磁率であり磁性状態、非磁性状態か
によって見積もり方は異なる。
磁性の場合(d𝐗 −𝟏 /𝐝𝐓 > 𝟎)
帯磁率はイオンモデルによって説明される磁化率は Curie-Weiss 式に従う。
𝝌𝟑𝒅 =
𝐂
𝐓−𝛉
(2.8)
p
磁気モーメントは Curie-Weiss 式の傾きから出される。この磁気モーメントは 5 つの不
対 3d 電子極限よりも大きくなる場合がある。残留常磁性を用いることによりモーメントの値
が出る。
非磁性の場合(d𝐗 −𝟏 /𝐝𝐓 < 𝟎)
帯磁率は局在した不純物状態の Friedel Anderson モデルによって説明される。その
状態ではフェルミエネルギーでの状態密度は増加し、非磁性状態における多くの合金の
磁化率も増加する。温度計数の符号の変化は、磁性状態から非磁性状態への転移とし
て解析される。液体遷移金属合金の磁化率を求める式は(4,2)で表わされる。
𝛘𝟑𝐝 =
𝐍𝐋 𝛍𝐁 𝟐 𝛒𝐝 (𝐄𝐅 )
𝟏−(𝐔+𝟒𝐉)[𝛒𝐝 (𝐄𝐅 )/𝟏𝟎]
(2.9)
で与えられる。ここで、𝝆𝒅 (𝑬𝑭 )は𝑬𝑭 での 3d 電子の状態密度である。𝝆𝒅 (𝑬𝑭 )は以下
の式で与えられる。
𝛒𝐝 (𝐄𝐅 )= (
𝟏𝟎 ) 𝐬𝐢𝐧𝟐
𝛑𝚫
𝛑𝐍
( 𝟏𝟎𝐝 )
(2.10)
自由電子近似により表される状態密度からΔを求める式は
Δ=π∣ 𝐕𝐝,𝐬𝐩 ∣𝟐 𝐍𝟎 (𝐄𝐅 )
(2.11)
𝝌𝒅𝒊𝒂 は diamagnetic の略であり、原子核イオンから作られる反磁性帯磁率であり原子
のイオン半径に依存する値で合金の組成依存性は各金属での反磁性帯磁率の線形
の足し合わせで表される。従って合金の帯磁率の振る舞いに大きな影響を与えないと
考えられる。
3.液体 Ni-Sn 合金
Ni-Sn 合金において Ni の濃度を 10%ずつ増加させ、帯磁率の組成依存性について計
算する。
Ni が 1 価、2 価のとき𝝌𝒑𝒂𝒓𝒂 における伝導電子は
Ni→𝐍𝐢+ + e-
Ni→𝐍𝐢𝟐+ + 2e-
となり伝導電子は 1 個である。一方で Sn は 4 価で、
Sn→𝐒𝐧𝟒+ + 4eとなり、伝導電子は 4 個になる。Ni の価数が 1 価、2 価それぞれについて状態密度を計
算したものを図 3 に示す。図 3 で今回計算によって出されたフェルミエネルギーの状態密
度は Ni が 1 価において減少する一方で 2 価ではわずかではあるが上昇していることが
分かる。
(×1034erg −1 cm3)
3E+22
2.5E+22
2E+22
Ni 1価
1.5E+22
Ni 2価
1E+22
5E+21
0
0
10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
図 3. 伝導電子の状態密度
次に𝛘𝟑𝐝 に影響を及ぼす不対電子数について検討を行う。まず、Sn の 3d 軌道には電
子が 10 個存在しており、閉殻しているため、不対電子数は 0 である。Ni の電子軌道は
𝟑𝐝𝟖 𝟒𝐬𝟐 であらわされる。1 価の時は電子が d 軌道から抜けたとすると d 軌道の電子数は
7 個になるが、s 軌道から抜けたとすると d 軌道の電子数は 8 個のままである。また、2 価
の時は 2 個の電子が d 軌道から抜けたとすると d 軌道の電子は 6 個となり、d 軌道と s
軌道から 1 個ずつ抜けた場合は d 軌道の電子は 7 個、2 つとも s 軌道から抜けた場合は
d 軌道の電子は 8 個である。このように伝導電子として放出された電子がどの軌道から抜
けるかによって d 軌道に存在する電子数が変化する。
さらに、スピンの向きを考えると、フントの法則により d 軌道に存在する電子数が 6 個の
場合は 5 つが上向きのスピンで、1 個が下向きになり 1 組の電子が対になっており不対電
子の数は 4 個となる。7 個の場合不対電子数は 3 個であり、8 個の場合不対電子数は 2
個になる。d 軌道に存在する不対電子数が 2 個、3 個、4 個のときのρd (EF )の値を図 4 に
示す。d 軌道における不対電子の数が多いほどρd (EF )は大きくなっており、また、Ni 濃度
が増加するに伴い単調に減少していく。
(cm3 erg−1)
45
40
35
30
d軌道に2個
25
d軌道に3個
20
d軌道に4個
15
10
5
0
10
20
30
40
50
60
70
80
90
100
atomic parcent(%)
図 4. 3d 電子の状態密度
4.考察
伝導電子の状態密度は Ni が 1 価か 2 価で Ni 濃度が増加したときのふるまいが変わ
る。Ni よりも Sn のほうが放出される電子数が多いことから、Ni 濃度が増加するに従って、
自由電子の総数は減少していく。そのため同じ原子配置であれば Ni 濃度が増加するに
従い単位体積あたりの電子数は減少していくと考えられる。しかし、Ni の密度は Sn よりも
大きく、原子間の距離は Ni が増加するに伴い短くなっていく。このことは、単位体積あた
りの電子数を増加させる要素となる。単位体積当たりの電子数の組成依存性は上記二つ
の要素の積によって決まり、Ni が 1 価の時には放出される電子数による影響が大きく、状
態密度は減少していくが、Ni が 2 価になると、放出される電子数の減少以上に密度変化
の項が影響を与えることから状態密度は増加していくと考えられる。
また、図 4 から d 軌道における不対電子の数が多いほどρd (EF )は大きくなっている。不
対電子の数は(2.10)式の Nd であらわされる量であり、ρd (EF )に sin 関数で反映される。こ
のとき分母が 10 であることから、Nd=5 つまり d 軌道の不対電子数が最大のところで極大
を示す。そのため、不対電子数増加に伴い値は大きくなっていくと考えられる。一方で、
ρd (EF )の組成依存性は⊿によって自由電子近似であらわした状態密度と関係づけられ
る。d 軌道に存在する不対電子は Ni 原子のみから与えられるため、Ni 濃度上昇にともな
い状態密度は単調に増加すると考えられる。⊿は N(EF)の逆数に比例する量であるため、
Ni 濃度増加に伴い反比例的に減少していく。
5. まとめ
今回、Ni-Sn 合金の帯磁率を理論計算により見積もるため、自由電子の状態密度及び
3d 電子の状態密度を計算した。今回求めた状態密度の計算と実験データを比較するこ
とで、U+4J の値を見積もることができると考えられる。
6.謝辞
本研究を進めるにあたり、ご指導を頂いた卒業論文指導教員の大野先生、島倉先
生に感謝致します。また、日常の議論を通じて多くの知識や示唆を頂いた物理学研
究室の皆様に感謝します。
7.引用文献
FrederickC.Brown,G.Busch,H-J.Guntherodt,G.D.Mahan,P.ONilsson,
I.S.Zheludev,SOLID STATE PHYSICS Advances in Reserch and
Applications,ed.by H.Ehrenreich,F.Seitz,D.Turnbull,ACADEMIC PRESS,
New York, 1974