平板マイクロホンアレイを用いた物理モデルに基づく音場の記録 ∗

3-6-3
平板マイクロホンアレイを用いた物理モデルに基づく音場の記録
☆小谷野雄史, 矢田部浩平, 池田雄介, 及川靖広 (早大理工)
まえがき
1
離散空間周波数
マイクロホンアレイによる音響信号処理技術やそ
の応用の研究が盛んに行われている [1].マイクロホ
ンアレイは複数のマイクロホンによって空間に離散
的に音場を観測することができ,特に小型の MEMS
マイクロホンを用いたアレイでは,空間的に密に音
∗
-50
-40
-30
-20
-10
0
10
20
30
40
50
-50-40 -30-20-10 0 10 20 30 40 50
140
120
100
80
60
40
20
0
離散空間周波数
場をサンプリングすることができる [2].
図–1 波動方程式の
解空間の模式図
サンプリングとは信号と任意の基底との内積であ
り,目的に沿って設計された適切な基底を選べば少な
図–2 ωt = 1000 Hz 平面上
における解空間のにじみ
い数の係数で信号を表現できることがある [3].しか
し,AD 変換は時間に関するデルタ関数 δ(t),マイク
ロホンは位置に関するデルタ関数 δ(x) を自動的に選
空間周波数 k = (kx , ky ) ∈ R2 と時間周波数 ω を変
んでいることになる.一方,空間を伝搬する音をモデ
数に持つ 3 次元時空間周波数領域 V = R2 × R におけ
ル化する波動方程式は,空間と時間に強い相関があ
る,式 (1) の解空間について考える.平面波は V に
り解空間が特定の領域に集中しているため,その解
おいてデルタ関数 δ に対応するので,エヴァネッセン
ト波を考えなければ,式 (1) の解空間は式 (3) よりデ
空間のみを効率的にサンプリングできる基底が存在
するはずである.そこで,一度マイクロホンで観測し
ルタ関数 δ の和で表され,錘 W = {kx2 + ky2 ! ω 2 /c}
た信号を,そのような基底で再サンプリングするこ
上に広がる.図–1 に W の模式図を示す.
とを考える.
3
本稿では,波動方程式の解空間の性質を調べ,平板
マイクロホンアレイによる観測信号の時空間周波数
領域でのサンプリングにおいて,より効率的な基底
の設計方法を提案し,その有効性について検討する.
平板マイクロホンアレイによる連続音場の離散サ
ンプル u(x, ω) → {u′x,y,ωn } を,離散有限長な時空間
% で考え,(2) の解空間 W
& のみを効率的
周波数領域 V
に表現する基底 {en } によって再サンプリングする.
連続音場 u(x, ω) に対して W は図–1 のような錘で
波動方程式の解空間
2
周波数領域の再サンプリング
空間を伝搬する音は,位置 x と時間 t を変数とす
る波動方程式
あるが,有限開口マイクロホンアレイによって離散
% 上に
的にサンプリングされた影響で,{u′
}のV
x,y,ωn
(1)
& は,図–2 のように W と比較して錘の外側
おける W
によってモデル化される.式 (1) において,時間に対
を解析的に設計することは難しい.そこで,そのよう
!
△−
1 ∂2 "
p(x, t) = 0,
c2 ∂t2
(x, t) ∈ R3 × R
してフーリエ変換を行うと位置 x と角周波数 ω を変
数とするヘルムホルツ方程式
2
(△ + k )u(x, ω) = 0
(2)
を得る.式 (2) を満たす関数 u は平面波の線形結合
u(x, ω) =
#
n
αn exp (jk⟨x, νn ⟩)
(3)
∗
な空間的に有限で離散的な観測の影響やマイクロホ
& を表現する基底 {en } を設計
ン配置を考慮して,W
する方法を提案する.式 (3) が W に稠密なことを利
用し,異なる νn について生成した大量の平面波をマ
イクロホンアレイでサンプリングしたデータから自
動的に効率な基底を得る.
3.1
主成分分析を用いた基底の生成
任意の平板マイクロホンアレイに対して,式 (3) よ
によって任意によく近似できることが知られている.
$
ここで,△ = i ∂ 2 /∂x2i はラプラス作用素,k は波
√
数,α ∈ C,j = −1,⟨a, b⟩ は標準内積,ν ∈ S2 は
平面波の進行方向を表す単位ベクトルを表す.
に多くの成分が存在する.この外側の成分はマイク
& を表現する基底 {en }
ロホン配置に依存するため,W
り,ある時間周波数 ft に対してそれぞれ異なる kνn
を持つ複数の平面波の波面データを用意する.用意
した波面データに対して,主成分分析を用いて主成
分を求める.求めた主成分ベクトルのうち上位
Recording of the sound field based on a physical model using a flat microphone array By Yuji KOYANO,
Kohei YATABE, Yusuke Ikeda and Yasuhiro OIKAWA (Waseda University).
日本音響学会講演論文集
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2015年9月
表–1
計算機上の数値データ型に対応する量子化ステップ幅
計算精度 εp
1.19 × 10−7
2.22 × 10−16
3.0519 × 10−5
1.1921 × 10−7
4.6566 × 10−10
32bit-float
64bit-float
16bit-integer
24bit-integer
32bit-integer
Lft = # { ℓ | |λℓ |/|λ1 | ! εp }
10
15
20
25
行インデックス
数値データ型
30
(4)
& を表現する基底として用い
個の主成分ベクトルを W
0
0.1
0
5
10
15
る.ここで,λℓ は第 ℓ 主成分の固有値,εp は表–1 に
20
示す計算精度である.この手法では,マイクロホン配
& の基底を生成することができる.
置が何であれ W
4
0.1
0
5
25
30
0 5 10 15 20 25 30 0 5 10 15 20 25 30
数値実験
図–3
提案手法で生成した基底が,波動方程式の解空間を
どの程度効率的に表現できるかを検証した.32×32 =
0
正規化固有値
10
等間隔に配置された平板マイクロホンアレイについ
て考える.単位球面上での準等間隔な点を νn とする
10
16384 個の平波面の波面データを,離散時間周波数
fs = {5, 10, 15, . . . , fM − 5, fM } のそれぞれの周波数
に対して用意して,周波数ごとに基底を生成した.こ
10
0
こでは fM = 17000 Hz とした.図–3 に fs = 5000
Hz のときに主成分分析により得られた 32×32 行列で
図–4
表される基底の例を絶対値の線形軸表示で,図–4 に
& を fs = 5000
|λℓ |/|λ1 | の一例を示す.図–4 より,W
800
で十分に表現できることがわかる.また,図–5 に fs
& を表現する基底の数は,低
と Lf の関係を示す.W
600
00
図–5
50
[%]
数値実験を行った周波数の数 Mf = 17000/5 とした.
%
図–6 に,V に対する Sf の割合を示す.これより,V
s
を直接離散化するのに比べて 6 割以下の個数の基底
& を再サンプリングでき
を用いて,式 (2) の解空間 W
2
4
6
8
10
[kHz]
12
14
16
40
10
0
10 12 14 16
[kHz]
! の基底の数に対する W
" の基底の数の割合
図–6 V
むすび
本稿では,波動方程式の解空間の性質を調べ,平
板マイクロホンアレイによって観測した信号の時空
日本音響学会講演論文集
fs = 5000 Hz における主成分の固有値
20
すると,わずか 35%程度の基底で情報を記録できる.
ど平板以外の配置についての検討を行う.
1000
30
ることがわかる.特に 16bit 整数型の量子化幅を考慮
実装を見据えた基底や,球状マイクロホンアレイな
800
基底として用いる主成分の数 L と周波数 fs の関係
60
底の設計方法を提案し,有効性を検証した.今後は,
600
第 主成分
200
で表す.ここでは,マイクロホンの個数 M = 1024,
間周波数領域でのサンプリングにおける効率的な基
400
400
s
周波数では少数個で済むが,周波数が高くになるに
5
200
1000
に制限した平面は,式 (4) を満たす 400 個以下の基底
つれて増加していくことがわかる.
% を直接離散化した際に必要なデータ数を V = M ×
V
& を fs = f1 に制限した平面から fs = fs 制限し
Mf ,W
$s
た平面に対応した基底の合計の数を Sfs = k=1 Lfk
列インデックス
fs = 5000 Hz における主成分基底
10
1024 個のマイクロホンが正方格子状に幅 0.03 m で
0
0
2
4
6
8
参考文献
[ 1 ] 猿渡 洋, “小特集「マイクロホンアレイの新しい技術展開」
にあたって,” 日本音響学会誌, 70, 371–372 (2014).
[ 2 ] 及川靖広, 矢田部浩平, “MEMS マイクロホンアレイによる
音場の可視化,” 日本音響学会誌, 70, 403–409 (2014).
[ 3 ] O. Christensen, Frames and Bases, (Birkhäuser, 2008).
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